西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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14/03/08(土)

[]アドラー心理学との関係 09:20 アドラー心理学との関係 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アドラー心理学との関係 - 西川純のメモ アドラー心理学との関係 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は○○と関係がありますか?と聞かれることがあります。ま、基本的に関係していません。関係しているとしたら、認知心理学と経営学と生物学だと思います。でも、改めて考えれば近い部分は少なくありません。当たり前ですが、教育で目指す方向は同じなのですから。

 その中でアドラー心理学との関係を問われることは少なくありません。私なりの整理です。非常に似たところは多いと思います。でも、違うところがあります。それは少なくとも実践レベルではアドラー心理学は個人対個人(個人対数人)を想定している点です。端的に表れるのはアドラー心理学が子育てに応用されている点です。一方、『学び合い』は子育てには応用出来ません(もちろん、7、8人の子どもがいる場合は可能ですが)。『学び合い』は個人対集団を想定しています。

 だからアドラー心理学で教師が三十人のクラス経営をしたら、無理が生じると思います。具体的には、指導の濃淡が出来ると思います。では、アドラー心理学がクラス経営に無効かと言えば、そんなことはありません。アドラー心理学の知見を教師が学ぶのでは無く、子どもが学ぶべきだと思います。アドラー心理学を学んだ子どもたちを『学び合い』で教師が管理する、そんな妄想を持ちます。

 だから、子ども(小学校1年生も)向けのアドラー心理学の本がいっぱい出来たらいいのに、と思うのです。

[]変えてみても変わりが無いぞ2 09:20 変えてみても変わりが無いぞ2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 変えてみても変わりが無いぞ2 - 西川純のメモ 変えてみても変わりが無いぞ2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 思い出したので、ついでに。教員採用試験を受けるゼミ生に毎年語ることです。

 教員採用試験の受験勉強の方法は大学入試と同じです。定評のある問題集を選び、それを解きます。出来たら問題番号に黄色のラインマーカーを引きます。駄目だったところは、くよくよせずに解答を見て、その解答を理解し、覚えます。とにかく最後まで解きます。そして、最初から解きます。黄色のラインマーカーを引いたところが再度出来たら赤のラインマーカーを上書きします。そして前回出来ずに、出来た場合は黄色のラインマーカーを引きます。最後まで解きます。そしとえ、最初から解きます。赤のラインマーカーを引いたところが再度出来たら青のラインマーカーを引きます。そして、最後まで解きます。そして最初から解きます。ただし、青のラインマーカーを引いたところは以降では解きません。これを繰り返すと解くべき問題数は減ります。そのため、繰り返しのサイクルは短くなります。そのため前回の解答の記憶が残っているので、今まで解けなかった問題も解けるようになります。

 ところが、どうしても解けない問題があります。何度やっても無理なのです。その問題は細かい問題で、どうでも良い問題です。そんなこと出来なくても良い問題です。それがかなりある問題集だったのです。私は問題集の選択を誤ったと思いました。

 そうすると定評のある別の教科書の噂を聞きます。早速それをやり始めました。すらすらと解けます。あっという間に青のラインマーカーだらけになりました。ところが、どうしても解けない問題があります。何度やっても無理なのです。そこで、問題集を変えました。早速それをやり始めました。すらすらと解けます。あっという間に青のラインマーカーだらけになりました。ところが、どうしても解けない問題があります。何度やっても無理なのです。

 そこで問題集を変えることを考えました。しかし、考え直しました。今まで使った3種類の問題集を並べてみました。そして、どうしても解けない問題を調べてみると、「同じ」だったのです。私はそのような問題は、細かい問題で、どうでも良い問題と考えました。しかし、3種類の定評のある問題集に載っているならば、どうでも良くない問題であることは明白です。そこで、最初にやった問題集に戻って、踏ん張って全問を青のラインマーカーにしました。そうすると残りの2種類もたやすく全問を青のラインマーカーにすることが出来ました。

 もし、私が問題集を変え続けることをしていたら、私は教員採用試験に落ちていたでしょう。そして、最初の問題集で踏ん張っていたならば、私はもっと効率よく受験勉強が出来たと思います。

 困難に向かえば、自分以外に原因を求めたいのは人情です。たしかにそうでしょう。しかし、人は変えることは出来なくとも自分は変えることが出来ます。だから、私はそれ以降、「変えてみても変わりは無いぞ」という風に考えることとしています。

[]変えてみても変わりが無いぞ 07:17 変えてみても変わりが無いぞ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 変えてみても変わりが無いぞ - 西川純のメモ 変えてみても変わりが無いぞ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 厳しい教員採用試験を通って採用されたのに、数年のうちに教員をやめる方が少なくありません。それは増えています。残念と思います。その方々は職場が自分と合わない、と言います。確かにそうでしょう。私が採用された時代に比べて、圧倒的に職場の教育力は低下しています。でも、職場を変えてみても、大抵は変わりが無いのに、と思います。

 若い方は(この言葉を使うのは私が老化したことの証拠ですが)、世の中に何か正解があると思っているようです。世の中に自分にベストフィットする「伴侶」、「職」があると思っているようです。そして、それを探そうとします。しかし、ベストフィットする「伴侶」、「職」があるのでは無く、自分がベストフィットさせるか否かです。

 豊臣秀吉は草履取りの時には草履取りにベストフィットさせました。納戸役のときは納戸役にベストフィットさせました。城持ち大名の時は城持ち大名にベストフィットさせました。その場にベストフィットさせたから、次のステージに進めます。もし、草履取りの時に、「俺は城持ち大名に合っているから」と思っていたら、草履取りさえクビになるでしょう。

 進路を変えることによって成功する場合もあるでしょう。でも、圧倒的大多数は、失敗します。何故なら、ベストフィットさせる気が無ければ、結局、同じことの繰り返しです。そして、それまでの蓄積を捨てているのですから。

 来年、採用される方は色々とあると思いますが、踏ん張ってください。変えてみても変わりはありません。踏ん張って積み上げましょう。蓄積がありますから、初年より楽になります。どんな職業も、一番大変なのは採用1年目ですから。2年目は1年目ほどの苦労はありません。

[]二種類の縦糸 06:50 二種類の縦糸 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 二種類の縦糸 - 西川純のメモ 二種類の縦糸 - 西川純のメモ のブックマークコメント

私の昨日のメモに対して、同志の方が以下のことを書かれていました。とても素敵な表現です。自分が縦糸を作ることは出来ずとも、子どもたちが縦糸を作ってくれるクラスをつくることは出来る。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

縦糸と横糸

昨日、素敵な皆さん方と飲みました。

そこで喋っていて、ふと考えたこと…

おそらく縦糸には二種類あるんです。

①教師が作っていく縦糸

②教師が作らずとも、子どもたちから作ってくれる縦糸

漠然とですが、そんなイメージを持ちました。

[]テクニック 06:36 テクニック - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - テクニック - 西川純のメモ テクニック - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の考え方ではなく、テクニックの話です。

 新採で『学び合い』は出来るでしょうか?という疑問を持たれる方がいます。応えは「出来ます」です。

 数ヶ月前にあった、ある新採と私とのメールのやりとりです。その新採の方は、採用されて直ぐにフルの『学び合い』を実践した方です。メールのタイトルは「実践上の相談」です。どきっとして読んだら以下の通りでした。

おはようございます、●●です。

実践上での悩みがあり、相談させて頂きました。

一コマ45分の時間の使い方についてです。

3学期になり教科書の配当字数にかなり余裕が出てきました。

授業時間を15〜20分残して全員が課題達成(課題はシンプルな教科書○ページを全員が解き、解き方を説明する等です)をできてしまうのが現状です。

業者プリントを大量にコピーし、自由に解き採点できるようにしたりしていますが、それでも時間が余ってしまい困っています。(喜ばしいことではあるのですが)

早く次の単元に入るのもいいかと思いましたが、学年で進度に差が出たり、何より3月にやることがなくなってしまいそうです。

なかなか他の先生には「授業でやることがなくて困ってるんです」とは聞けないので、現状の現場において、どう時間を活用したら良いのかお教えいただけたらと思います。

お忙しい中と思いますが、よろしくお願い致します。

 繰り返しますが、以上は新採の先生の悩みです。私はコンピュータの前で爆笑し、アドバイスを送りました。

学び合い』はシンプルで簡単です。ですので新採が授業をするとしたら従来型より圧倒的に安定した高い成果を上げることが出来ます。(ただし、上記のような学習成果に抜群の成果を上げるにはフルの『学び合い』をしたときです。でも、一部『学び合い』を取り入れた状態でも人間関係はかなり向上します。)

 上記の人は、管理職・先輩の理解ある職場に勤めています。また、当人も周りとの良好な関係を築いているのでしょう。でも、そういう環境で無い方もいます。その方には、『学び合い』のテクニック(考え方では無いですよ)の本体は何かを語ります。

 それは、「授業の最初に全員の力で全員が課題を達成することを求め、最後に全員達成したか評価し、それに基づき説教する」という約60で表現できます。私が書いた『学び合い』のノウハウ本はつまるところこの約60文字を安定して出来るためのものに過ぎません。

 馬鹿みたいに簡単ですが、実は革命的です。というのは、今までの授業で「本当」に全員達成を求めていたでしょうか?おそらく、国際会議での「核の全面廃棄」の宣言ぐらいの意味しか無いと思います。つまり、「そうなったらいいよな~。でも、無理だよな~」というレベルです。教師がそのレベルならば、子どもはもっとです。でも、『学び合い』では額面通りに信じて、求めます。

 次に、今までの授業で「全員が課題を達成する」ことを求めた場合、一人一人の子どもは自分が課題を達成することに集中します。「全員が課題を達成する」とは、その一人一人の単純な足し算です。だから、達成しなかった場合、達成しない子の責任だと考え、説教します。一方、『学び合い』は「全員の力で全員が課題を達成する」ことを求めます。従って、一人一人の子どもは自分の課題達成はもとより、他の人の課題達成も求められています。従って、達成しなかった場合、全員の責任だと考え、説教します。

 上記のように、「授業の最初に全員の力で全員が課題を達成することを求め、最後に全員達成したか評価し、それに基づき説教する」は革命的なのです。が、「授業の最初に全員の力で全員が課題を達成することを求め、最後に全員達成したか評価し、それに基づき説教する」をやって咎められる学校が日本中にあるでしょうか?ありません。

 ようは「授業の最初に全員の力で全員が課題を達成することを求め、最後に全員達成したか評価し、それに基づき説教する」を確実に安定した成果を上げるためのテクニックが一般の人には気になるのです。

 例えば、授業の大部分を教師が仕切っているのに、教師が「授業の最初に全員の力で全員が課題を達成することを求め」たら、子どもは「そんなの、先生の責任でしょ」と言われてしまいます。だから、子どもに任せる時間を長くします。

 決まった1校時の中で子どもに任せる時間を長くするためには、課題の説明をダラダラと続けるのでは無く、クラスの2、3割り以上が確実に理解できるレベルにまで削ります。

 子どもたち全員の力を最大限に生かすために、立ち歩きや相談を許します。

 でも、それが一般の人には気になる。ならば、折り合いをつけてやれば良いのです。わざわざ戦う必要はありません。研究授業や新採研修の指導教員の前では従来型の授業をすれば良いのです。分からない人には、「今」は分かりません。そのうち分かります。でも、「今」ことを荒立てる必要はありません。

 それにしても『学び合い』のテクニックが「授業の最初に全員の力で全員が課題を達成することを求め、最後に全員達成したか評価し、それに基づき説教する」という約60文字に集約できるなんて素敵でしょ。私は自然科学をモデルとして、『学び合い』を考えています。

追伸 上記のテクニックを支えているのが学校観、子ども観という考え方であることは言うまでも無いことですよね。

kanjii4dakanjii4da2014/03/08 09:5560文字。今日も勉強になりました。ありがとうございました。
学校観、先日から何度も語っています。(^_^)

daitouirukadaitouiruka2014/03/08 09:56アドラー心理学との関係は、まさに九州の分科会でもお話させていただいたことなのですが、その理念を学級「集団」に対して生かし切れていないということが私の長年の悩みであり、その答えを示してくれたのが『学び合い』でした。
アドラー心理学も「クラス会議」というものを提案しており、集団を意識していないわけではなく、『クラスはよみがえる』の中でも、精神医学における「患者同士が相互に治療し合うことで効果も効率も上がる」という「治療共同体」の考え方を応用して、学校内の「教育共同体」というものをつくっていくことを目指すよう提案はされています。

教師を扇の要部分とする「扇型」の経営ではなく、教師も子ども達もさまざまな線でつながっていて、たとえ教師との糸が切れても、別の糸でつながっている子ども同士の糸を通してつながれるという「網型」の経営です。
ずっと理想とし、そして、全く知らないときに比べればはるかによくなってきたとは言え、十分とはとても言えず、やはり「集団」相手よりも「個別の対応」に追われ、まして、一日のうちの大半を占める「授業」においては(別仕立てのエクササイズなどではなく、教科の授業として)全くといっていいほど「道筋」が見えていませんでした。
その具体的な「道筋」を示してくれたのが、私にとっては『学び合い』だったわけです。

daitouirukadaitouiruka2014/03/08 10:06追伸:アドラー心理学の知見については、子ども達にも折に触れ語っています。
「子ども向けの本」、あるといいな、と思います。