西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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14/03/05(水)

[]説明の論理 07:10 説明の論理 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説明の論理 - 西川純のメモ 説明の論理 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に対して様々な疑問を受けます。当然です、今までと見た目がかなり違いますから。みなさんも同様な質問を受けると思います。何度か書いたことですが、私の定型的な応え方です。ただし、穏やかにやってくださいよ。

 まず、「『学び合い』をすると丸写しをする子が生まれるのではないか?」のような「『学び合い』では●●がおこってしまうのではないか?」という疑問と、「『学び合い』で本当に分かるのか?」のような「『学び合い』では●●はできるのか?」疑問が典型的です。

 まず、前者に対する対応法です。

 「では、今までの授業で●●はおこっていないのですか?自由にさせたとたんにそれがおこるならば、子どもの本質は●●なんではないですか?そのような子どもに指導して変わりましたか?変わらなかったですよね。それはしょうがありません、そのような子どもは歴代の担任が同じように注意して、改善しなかった子どもですよね。あなたとでは無く、教師と相性が無いのですから、どうしようもありません」と話します。

 これに対しては、「私は出来る」、「それは教師がすべきだ」という反応があります。その場合は(1)に進んでください。「なるほど、今までの授業でも改善できないよね」という場合は(2)に進んでください。

(1)「たしかにあなたならば出来るのかもしれません。しかし、あなたの次の担任の時はどうしますか?進学先ではどうしますか?」と言います。

 これに対しては、「私は出来る」、「それは教師がすべきだ」という反応があります。その場合は(1-1)に進んでください。「なるほど、今までの授業でもそのレベルは改善できないよね」という場合は(2)に進んでください。

(1-1)「素晴らしい。あなたは『学び合い』で無くても良いと思います。でも、そうできない教師もいます。『学び合い』はそのような教師のためにあります」と言って引き下がります。それ以上言っても感情論に行きますから。かの大村はま先生でさえ、一部の子どもから「ババア」とよばれたのに・・・・・

(2)「『学び合い』は現状の問題点を教師の管理下で露わにして、教師の管理下で解決する根治療法をする教育です。では、どのように解決するか?教師がその子を変えようとしても無理です。でも、教師の言うことを聞く子どももいます。その子たちが中心となって、一人も見捨てない学習集団を育成します。あなたが気になる子どもは教師の言うことを聞かないかもしれませんが、クラスメートの言うことは聞きます。そういう仲間を創れば、進学先でも社会に出ても問題を軽減する可能性があります。教師が先読みして手立てを講じれば、問題が起こらないようにすることも出来るかもしれません。しかし、それは問題を先送りする対処療法です。『学び合い』は根治療法を願っています」と語ります。納得するか否かは別で、このようになればたいていの場合は、話の筋は通っていることは分かって頂けます。

 「『学び合い』で本当に分かるのか?」のような「『学び合い』では●●はできるのか?」という疑問に対する対応法です。

 「では今までの授業で●●はできていましたか?クラスの中には東大に行きそうな子どもがいる一方、知的な障害が疑われる子どもがいます。子どもたちは毎日毎日の授業のたびに、様々な疑問を持ちます。文科省の統計によれば子どもの3割は塾・予備校・通信教材・家庭教師で学んでいます。そして、多くの教師は成績中の下に合わせた授業をします。ということは3割近くの子どもにとっては、退屈な授業となっています。その子にはより高度な学習を与えるべきですね。でも毎時間、発展教材を用意したら、教師がパンクしてしまいますね。」と聞きます。

 これに対しては、「私は出来る」、「それは教師がすべきだ」という反応があります。その場合は(3)に進んでください。「なるほど、今までの授業でも改善できないよね」という場合は(4)に進んでください。

(3)「たしかにあなたならば出来るのかもしれません。しかし、あなたの次の担任の時はどうしますか?進学先ではどうしますか?」と言います。

 これに対しては、「私は出来る」、「それは教師がすべきだ」という反応があります。その場合は(3-1)に進んでください。「なるほど、今までの授業でもそのレベルは改善できないよね」という場合は(4)に進んでください。

(3-1)「素晴らしい。あなたは『学び合い』で無くても良いと思います。でも、そうできない教師もいます。『学び合い』はそのような教師のためにあります」と言って引き下がります。それ以上言っても感情論に行きますから。認知心理学のエキスパート・ノービス研究からいって絶対に不可能であることは学術的に明白なのですが・・・・

(4)「子どもたちは一人一人、違った学びを必要としています。それらに一人の教師が対応することは不可能です。理屈は簡単です。一校時をクラスの人数で除してください。1分少々ですね。さらに授業の大部分が1種類の説明で押し通したとしたら、個別支援が出来るにはごく僅かの時間です。それをクラスの人数で除してください。十数秒ですよね。これは無理だ。どんなに教師の指導が優れていたとしても十数秒では無理ですよね。例えばです。アフリカの飢餓地域に千人分の高級栄養食材を送るのと、そのお金で十万人分のくず米を送るのでは救われる子どもはどちらが多いでしょうか?取り出した1、2人に放課後1時間の指導をするのより、毎日、子ども同士が教え合う方が良いのでは無いでしょうか?第一、本人が勉強する気が無ければ全ての教材や指導法は無効です。逆に、本人が勉強する気になればどんな教材でも有効です。では、いままで勉強する気を持たなかった子に持たせるにはどうしたらいいでしょうか?おそらく、様々な教師が指導して無理だった子だと思います。だったら、同級生の「一緒に勉強しようよ」の方が可能性があるのでは無いでしょうか?さらに今まで「もう分かっているよ・・・」と思っている学習済みの子どもは教えることによって学びます。教えることが勉強になることは教師が一番分かっていることだと思います。そして、周りの子どもから「ありがとう」と言われます。勉強は出来るが、対人関係が不得意な子どもが周りとつきあい始めるきっかけになるのではないでしょうか?少なくとも現状よりは「まし」だと思います。もちろん、先生が育てたいと思っている教科の本質の部分は直ぐには教えられないかもしれません。でも、それを授業で扱うためには、クラス全員の底上げをしてからだと思います。そうでなければ、クラスの一部だけが分かって、最後に数人から素晴らしい発言があってめでたしめでたし、という授業になりかねません。もし、クラス全員が一定レベルの学力が保証されたならば、素晴らしい授業が出来ると思います」と語ります。納得するか否かは別で、このようになればたいていの場合は、話の筋は通っていることは分かって頂けます。

 以上が私の手の内です。これを印刷して配っても良いですよ。