西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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14/01/12(日)

[]研究 09:46 研究 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研究 - 西川純のメモ 研究 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの方は胸に手を置いて聞いて頂きたい。

 大学に異動してから、多くの研究会に参加しました。しかし、その学校の研究がどうして研究だと思っているのか理解不能でした。義務教育を理解していない私の不勉強だと思ってなんとか理解しようとしました。しかし、分かりました。あれは宗教活動なのだと。

 私が理解不能だったのは、以下の点です。

 例えば、ある学校で「豊かな言語活動」を目指した研究をしていたとします。その学校の方に「豊かな言語活動」とは何かを聞けば、99%以上は叙情的な表現をされます。次に、それが成り立ったか、否かを判断するのはどうやるのかを聞くと、目が点になります。そして、「何でそれを聞くのか?」という風になるのです。もちろん、それが成り立ったか、否かを判断する基準が明確であったほうが良いことは理解されているようです。でも、必須事項とは考えていないのです。そのことに私は目が点になります。

 科学研究とはどのようなものを指しているのでしょうか?もっとも広く受け入れられている定義は反証可能性があるものです。簡単に言えば、どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い仮説は科学ではないということです。もし、「豊かな言語活動」の定義が明確で無く、したがってその反証可能性が無いならば、科学研究では無いのです。

 断言します。皆さんのお勤めの学校の研究主題で、反証可能性がある場合はまずありません。「豊かな言語活動」だけではなく、学力の向上でさえ、どの点数を学力と考えるかは明確ではありません。

 不思議なことに自然科学研究をした理科系の人でさえ、そのことに奇異を感じなくなるほど学校の現状は異常です。

 研究主任の説明で使われる図は、私にとっては密教の曼荼羅図に見えます。なにしろ、関係しそうな名詞が全てそこに書かれており、そして全てが繋がっているのです。全てが繋がっている図は何の情報もありません。おそらく曼荼羅図の方が遙かに理論があります。

 その曼荼羅図を前にして、定義不能の学力等の「真言」が唱えられている状態が、研究会で研究主任が説明している姿です。そこにはその地域の枢機卿、大司教、司教、司祭が並んでいるのです。宗教活動以外の何者ではありません。だから、何十年積み上げても何も生まれません。だって、反証可能性の無い答えがそこにあり、予定調和的な営みがなされているのです。

ogymogym2014/01/12 22:24痛快・明快で励みになりました。

FlipperKFlipperK2014/01/12 22:34 我々はきっとコペルニクスであり、ガリレオなのでしょう。でも、地球は動いているという事実は動かせないのと同様、これからの方向はいずれ…。自分にできることを少しずつやります。

jun24kawajun24kawa2014/01/13 06:10お二人ともへ
大義は我にあり、です。