西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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13/12/09(月)

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 たまにネットサーフィンをして、私に対する非難を読みます。「まあ、そう思うよな~」と思える想定内の非難が大多数です。私もかつては多くの教師と同じ立場でものを考えたのですから。でも、私が日本の教育を壊すレベルのことを書いてあると、「お~・・・、俺ってそんなに凄いのかな~」とびびります。

 それらの非難は、子どもの多様性を理解されていない。だから、一人の教師が教えられると考えているようです。ま、「分かりやすい授業」や「面白い授業」という言葉はよく使われる言葉です。その言葉を読むと、「誰にとって?」と思います。子どもは一人一人違うのに。

 また、「べきだ」、「なるはずだ」ということを前提にしています。でも、教師全員がそうできるわけではありません。でも、その教師のクラスで1年間過ごす子どものことを考えるべきなのです。教室には様々な子どもがいます。どう考えても無理な子どもがいます。では、どのように合理化するか、全員は無理と白旗を掲げます。でも、「より多く」という旗を掲げ、「多くの子どもが分かる授業」、「多くの教師が出来る授業」と言います。でも、その多くとはどれほどでしょうか?まあ、過半数程度ではないでしょうか?仮に九割五分であったとしましょう。十割でない限り、それは九割になり、八割になり、七割になり、早晩、六割になります。

 私も高校教師の時はそうでした。全員分からせることを早々に諦め、多くの子どもが楽しくて、全員が分かった気になる授業を目指していました。だって、全員わかる授業なんて出来るわけないと思っていましたから。でも、全員わかる授業、全員幸せになる授業を考えるべきなのです。

 ですので、「その日の授業が出来ればいい」、「その教科が分かればいい」、「自分が教えているときが良ければいい」のレベルの言説を、まあそうだよな~っと思います。そして、子どもの成長と言っても、まあ1年レベル、長くて3年レベルのことしか想定の中になく、それ以上は言葉遊びの随筆になっている言説も、まあそうだよな~っと思います。そして、怒るより、脱力します。ま、そのうち分かってくれると思います。毎日の授業が、子どもの七十、八十になった時の幸せを保証するものであることを。そして教育基本法で書かれていることは建前論ではなく、実現可能であることを。