西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/12/02(月)

[]思いつきでやらないで 08:51 思いつきでやらないで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思いつきでやらないで - 西川純のメモ 思いつきでやらないで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育実践の世界では「思いつき」で満ちあふれています。

 たとえば少人数指導です。事の発端はフロンティア事業ですが、そもそもフロンティア事業の全文を読んだ人がどれほどいるでしょうか?ちゃんと読めば「少人数指導をしろ」とは書いてないのです。可能性のある指導法の一事例として書かれているに過ぎません。ところが、どの段階かで少人数指導だけが一人歩きしてしまいました。

 そもそも少人数指導が何故有効なのでしょうか?「え、だって有効だろ」と思うかもしれません。でも、それは素人考えです。私の知る限り、少人数指導が有効だという学術データを知りません。少なくとも、それにかかる労力と予算に見合っていると示した学術データを知りません。

 学校に行けば、論理的説明するにはこれこれの話形(たとえば、「私は○○だと思います。理由は・・・・」)で話しなさいと書かれた模造紙が貼られています。しかし、その話形が論理的であり、かつ、その話形で語れば論理的になると示した学術データそ知りません。逆に、科学史研究の成果を学べば、科学者はそんな話形で話し合っていないことは学術的に明らかです。

 教育委員会が授業の型を示している場合もあります。しかし、その型が有効であるという学術データがあるのでしょうか?おそらく、18世紀のヘルバルトに影響を受けた明治時代の五段階教授法の変形なのでしょう。実証データで基礎づけられなかった時代の授業の型を、現代でも踏襲していることを奇異に思います。

 私が若い頃の話です。理科の学会に教科調査官が来て、新しい学習指導要領の説明をしました。その際、ある先生が学習指導要領のここが悪い、あそこが悪い、だから、私はこう教えていると言い始めたのです。はっきり言って喧嘩をふっかけているんです。若い私はドキドキしながら聞きました。その教科調査官は、やんわりとあなたがそう教えていることが正しいという根拠を問いました。問いを重ねている結果として、それをやっているのは、同僚や校長や保護者や子どもと無関係に、その人が、そう思ってやっていると言うことを浮き彫りにしました。そして、学習指導要領を無視して、その人が思うとおりに他人の子どもに教えてよいのは何故かと教科調査官は問いました。その人は「自分は教師だから」と言ったのです。

 そこで、教科調査官は、その人が教師であるという身分を持っているのは、公務員法や教育公務員特例法などの法に基礎があり、それがなければ単なる物知りおじさんに過ぎないことを指摘しました。そして、教師が一定の法に基づくプロセスによって決まった学習指導要領を否定すれば、教師であることを自己否定することを明らかにしました。明らかに、その人の負けです。私は学習指導要領が神の啓示のごとく正しいとは思っていません。しかし、学習指導要領は民主的な手続きによって定められたものであり、個々人の思いつきで、それを無視していい訳ありません。どうように、個々の組織の思いつきで無視していい訳はありません。

 我々は他人の子どもを教えているのです。保護者から「何故?」と問われたならば、法によって答えなければなりません。法に書かれていないことを他人の子どもに強いたならば、それを説明できるだけの根拠を持たねばなりません。つまり「だって、当たり前でしょ」とか、「みんなやっていることでしょ」では駄目なのです。

 はたして、いろいろな学校で指導されている話形、授業の型に実証的データに基づいた根拠はあるでしょうか?

 ちなみに、「一校時中、静かに座って、ノートをつけなさい」ということは学習指導要領はもちろん、教育基本法、学校教育法、その他の関係法規に、どこにも書かれていません。

 『学び合い』は「だって、当たり前でしょ」とか、「みんなやっていることでしょ」ではなく、ちゃんと学術と実践のデータによって吟味されて成長しています。

daitouirukadaitouiruka2013/12/03 04:42「論理的」の件、大変興味深く読ませていただきました。
現在、国語教育の中では「論理的」という言葉がとてもよく聞かれるようになってきており、私自身も少なからず興味を持ち、関連する書籍などもいくつか読んでいたからです。

そのことについてこの欄に少しお書きしてから質問しようと思ったのですが、書き始めてみて、とてもとても長くなりそうなので、近々お会いしたときにでも直接お話しさせてください。

その前に言葉の定義として、西川先生のお考えになっている「論理的説明」や「論理的思考」というものはどのようなものなのでしょうか?
そして、それを身につけるためにはどのような学習をしていけばよいとお考えなのでしょうか?
できればお聞かせください。

ogymogym2014/01/12 22:23[学習指導要領を無視して、その人が思うとおりに他人の子どもに教えてよいのは何故か]

「学校の研修の方向性を無視して、あなたが思うとおりに教えてよいのは何故か」を問われてしまうことが現場では多いように思います。研修内容や授業形式がそもそも…となると、積み上げてきたものを崩すのは3年しかいられない職員ではだれも硬直して大鉈をふるえない。

変えれない、と思って変えないのではなく、変えて…正常な状態に微力ながらできることをしていきたいと思います。