西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/12/02(月)

[]地方 08:51 地方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 地方 - 西川純のメモ 地方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 都市部は教育委員会の縛りが強いために隠れキリシタンのように『学び合い』を実践している方が少なくない。しかし、それを勘案すれば、『学び合い』の広がり方は都市部に近づくほど厚みがついています。一方、地方になればなるほど弱くなる傾向があります。

 何故かと言えば、問題意識の差だと思うのです。

 都市部、また、都市部に近いベットタウン化した地域の保護者は学校にちゃんと要求します。具体的には、成績を上げてほしいし、子どもは喜んで学校に行ってほしいと願います。当然の願いだと思います。しかし、今の一斉指導は2割程度の子どもは完全に切り捨てることによって成り立っている教育です。これは教師の能力とか熱意とか言う問題ではなく、子どもの多様性を認めれば小学生にも分かる理屈で、2割程度の子どもは切り捨てざるを得ないのです。でも、その2割の子どもの保護者が問題解決を求めてくるのです。

 一斉指導では出口はありません。だから、『学び合い』が広がっているのです。

 一方、地方では状況が違います。何が何でも成績を上げてほしいとは願っていません。なかには成績を上げるとクレームが来る地方さえあります。なぜならば、成績が上がり大学に進学したら地元に戻らないことを恐れているのです。

 地方に行けば、都市部の学校からは考えられない二十人学級、十人学級、はては二三人学級が実現しています。そのクラスサイズで経験十年以上の教師が教えているのですから、よほど相性が悪くなければ、都市部よりも教科指導はやりやすいです。そして、教師自身も「やった」という充実感を感じることが出来ます。

 しかし、NRTが高いことで有名な小規模校の子が、進学先では鳴かず飛ばずになることは一般的ではないでしょうか?NRTの結果は子どもの能力ではなく、その学校のクラスサイズと教師の能力に過ぎないのです。そして、大きな学校に進学し、不適応を起こしてドロップアウトしてします。しかし、問題が起こるのは進学してからであり、その問題の責任は進学先が担っているのです。保育園、小学校、中学校の12年間、ずっと同じメンツで学習している地域も少なくありません。そうなると高校で表出する問題の責任がどの学校、どの教師にあるのかも訳が分からなくなってしまう。そして、問題が起こっても保護者は怒鳴り込まなくなるのです。

 そんな地域では何をやるでしょうか?とにかく目立ったことをやります。なにしろ結果に関しては誰からも評価されないのですから、「やった」ことが大事になります。「やった」とわかりやすい、その時のキーワードを前面に出した研究をドカンと打ち上げるのです。都市部学校は保護者からの要求に疲れ切っているのですから、そんな打ち上げ花火をやる余裕なんてありません。だから、なおさら目立つのです。

 大人になってからのことを考えれば、地方の子どもたちの方が危機的なのに・・・と思い、焦っています。

daitouirukadaitouiruka2013/12/03 04:42「論理的」の件、大変興味深く読ませていただきました。
現在、国語教育の中では「論理的」という言葉がとてもよく聞かれるようになってきており、私自身も少なからず興味を持ち、関連する書籍などもいくつか読んでいたからです。

そのことについてこの欄に少しお書きしてから質問しようと思ったのですが、書き始めてみて、とてもとても長くなりそうなので、近々お会いしたときにでも直接お話しさせてください。

その前に言葉の定義として、西川先生のお考えになっている「論理的説明」や「論理的思考」というものはどのようなものなのでしょうか?
そして、それを身につけるためにはどのような学習をしていけばよいとお考えなのでしょうか?
できればお聞かせください。

ogymogym2014/01/12 22:23[学習指導要領を無視して、その人が思うとおりに他人の子どもに教えてよいのは何故か]

「学校の研修の方向性を無視して、あなたが思うとおりに教えてよいのは何故か」を問われてしまうことが現場では多いように思います。研修内容や授業形式がそもそも…となると、積み上げてきたものを崩すのは3年しかいられない職員ではだれも硬直して大鉈をふるえない。

変えれない、と思って変えないのではなく、変えて…正常な状態に微力ながらできることをしていきたいと思います。