西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

13/12/31(火)

[]折り合いをつけて 22:16 折り合いをつけて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 折り合いをつけて - 西川純のメモ 折り合いをつけて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の学校観は、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」あります。が、おりあい、は大事だけど、難しい。正しいから、認められるとは限りません。多くの人が認められるから、正しいのです。

 で、多くの同志が悩む。

 私は小中高と「趣味」で各種宗教の読みあさったことがあります。結果として、宗教の最も大事な部分、理屈抜きで信じることは出来ませんでした。でも、その指し示すものの尊さは感じることは出来ます。

 キリストの十字架にかけられたときの言葉です。

 「父よ、彼らを赦して下さい。なぜなら、彼らは何をしているのかわからないからです。」(ルカの福音書23章34節)

 キリストの死ぬ直前の言葉は、

 「エロイ・エロイ・レマ・サバクタニ(わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか。)」(マルコの福音書15章34節)「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(マタイの福音書27章46節)

 です。なんと、人間的な言葉でしょう。

 でも、復活を遂げ、昇天します。

 これからを思っているとき、昔読んだ一節が頭をよぎります。もちろん、死刑になりたくはありません。おりあいをつけねば。

[]読書 13:59 読書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 読書 - 西川純のメモ 読書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師自身が本を読まなくなっているのですから、しょうがないですよね。http://www.nnn.co.jp/news/131230/20131230008.html

13/12/30(月)

[]通信簿 17:23 通信簿 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 通信簿 - 西川純のメモ 通信簿 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は昔から好きなものは誰からも言われなくてもやるけど、嫌いなものは絶対にやらない、というタイプでした。ま、研究者向きのタイプとも言えます。しかし、それが生きてくるのは大学院に入ってからです。小中高大では、そこそこはバランス良く学ばなければなりません。私はそれで大失敗しました。

 共稼ぎの両親は、放牧タイプの教育です。読みたい本があれば、どんどん本を買ってくれました。だから、ものすごく本は読みました。が、バランスが良くない。その付けがたまりにたまって、にっちもさっちも行かなくなりました。何しろ、英語の模試の成績が偏差値27だったんです。高校2年の最後の最後で心を入れ替え、必死になって受験勉強し、筑波大学に滑り込みました。

 その反省もあるので、息子に関しては勉強を見ています。結果として、私より遙かに勉強が出来ます。でも、勉強をいやがります。なんども、私がどんな失敗をしたかを話してもリアリティがありません。

 最近、私の中学校、高校の通信簿を手に入れることが出来ました。読んでみると、自分が思っている以上に成績が悲惨です。で、それを息子に見せました。少しは私の言っていることにリアリティを持ったように思います。

追伸 私の知能指数は、東大生の平均値を上回っています。もし、私が今の私たちのような両親に育てられていたら、東京大学に入っていたのでは無いか、と息子を見て思います。が、きっと、「好きなものは誰からも言われなくてもやるけど、嫌いなものは絶対にやらない」という性格は親が何を言っても変わらないでしょうね。

[]対策 17:13 対策 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 対策 - 西川純のメモ 対策 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 墓参りの時です。息子がいきなり「この墓におばあちゃんも入るの?」と聞きました。私の母親(祖母)が「そうだよ」と言いました。一拍して、「お父さん、お母さんも入るの?」と聞くので頷きました。一拍、「僕も入るの?」と聞きました。そうしたら祖母が「そうだよ。そのためには結婚して子どもを作らないといけないんだよ。お父さん、お母さんは、その役目を果たしたから、今度はおまえが頑張らねばならないよ」と言いました。

 息子は素っ頓狂な裏返った声で「早く対策立てなきゃ!」と焦っていました。

 しかし、中1の息子が対策を立てるのは、だいぶ先ですね。

FlipperKFlipperK2013/12/31 06:51 通信簿の話題はそのまんま自分の事のようです。英語の偏差値も同様です。たぶん違うのは、知能指数と、入った大学と、心を入れ替えた時期です。子ども達は、勉強は当時の私よりもできると思いますが、似て欲しくないところは、似てしまっています。特に長女が…。

jun24kawajun24kawa2013/12/31 13:43 実感としては、似たくないところが似ますね。でも、正確に言えば、全部似ているのです。でも、嫌なところが似てしまう。

13/12/29(日)

[]愛する 22:14 愛する - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 愛する - 西川純のメモ 愛する - 西川純のメモ のブックマークコメント

 高校時代から、小田さんのファンでした。

 今、ある言葉が頭の中をかけめぐっています。それは「君よ愛する人を、守りたまえ」です。大学生の時代には言葉を実感できません。でも、そう思えたら良いなとは思いました。今は、実感できる、愛する人がいます。その幸せを感じます。

[]来年に向けて 21:43 来年に向けて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 来年に向けて - 西川純のメモ 来年に向けて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今から5年前に、実践者レベルでは点から線に移行したことを感じました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080621)。今、学校レベルの点から線に移行したことを感じ始めました。

 昨年度までに『学び合い』のホールプロダクトは完成し、マニュアル本の補足も数年のうちに完成します。つまり、数年後には私の書籍における役割は終わると思います。思いたい。

 来年度もかなりの予算的に裏付けもなりたち、政治的な動きも可能になりました。

 はやく役割を終え、フェードアウトしたい。

13/12/28(土)

[]校長の喜び 21:19 校長の喜び - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長の喜び - 西川純のメモ 校長の喜び - 西川純のメモ のブックマークコメント

管理職のなり手が無くて困っている、という都道府県もあります。おそらく、今のままでは広がりそうですね。でも、そうなってもしょうが無いように思います。校長が校長としての喜びを感じるとしたら、自分なりの学校作りが出来ることです。が、3年、いや2年で異動するという都道府県では、それはよほど意識しないと無理ですね。だって、普通の校長は、初年は自分の意見を押さえ、2年目に徐々に出す。でも、2年目はほとんど形になりません。よほどうまくやって3年目に形になる、で異動です。

多くの校長は自分の考える学校創りの実感を味わうことは出来ずに退職するのでは無いでしょうか?

給料が劇的に上がるわけではありません。嫌な立場になります。だったら生涯一教師のほうが良いと思う人が多くなるのは当然です。

でも、校長だけが出来ることがあります。そのことをやりたいと願うならば、校長は魅力的な職業だと思います。

最近学びに来た校長からメールをもらいました。二人の教諭の方をつれての研修旅行です。そのレポートです。

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上越教育大学大学院

 教授 西 川   純 先生

遅くなりまして申し訳ございませんでした。

3人分のレポートを添付させていただきました。

最初、かなり気を遣って書いていたのですが、最後の当たりは各人とも鬱憤がたまったのか、好き放題に書かせていただきました。(笑)

帰ってきてすぐにA・Bの二人で授業を始めました。

A先生は社会科で、貿易を扱う単元のまとめのテストをワークシートとして扱い

全員で様々なものを調べながら、素晴らしい『学び合い』を展開してくれました。

この中で、普段であれば10分もすればお手上げ状態で残りの35分を何もしないで過ごすであろう子が、生き生きと周りとコミュニケーションを取りながら頑張っている姿を見て、改めて『学び合い』の良さを認識しました。

B先生は算数で、平行と垂直の単元の1時間分を扱っていました。

このクラスで、算数の不得意な子(Zさん)が、たった一人で取り組みはじめ、しかも本当はわかっていないのにわかったつもりになって名札をひっくり返していました。

ニコニコして周りに教えに行ったZさんでしたが、その説明がしっかりしていなかったため、一緒に教えていた子が「Zさん、これどうやってやったの?ちょっとやってみて」と、Zさんを彼の机のところに連れて行って説明を求めました。

すると、やっぱりできていなかったのです。

「Zさん、ちゃんとわかっていないね。」といって、その子はZさんに付ききりで教え始めました。責める感じは一つもありませんでした。

Zさんの集中力が切れかけました。すると周りにいた子ども達が、「大丈夫だね。時間まだたっぷりあるし」といって慰めました。中には、頭をなでてあげる子も現れました。

そうこうしているうちに、できた子が増えてきたので、Zさんの周りにたくさん子どもたちが集まって来ました。すると、交通整理?をする子が出てきました。(あんまりいっぱいいってもだめなので、ちょっとはなれよう!)すると数人を残して、あとの子はじゃまにならない距離まで離れました。離れて遊び出したかといえば、不思議なことに誰一人、関係のないことを言ったり、遊び出したりする子はいませんでした。遠巻きに見守ると言った感じで見ていました。

Zさんができたとき、子どもたちはとても喜びました。

ところがここでさらに事件が…。

あと4分というところでXさんが三角定規の使い方を間違えて、というより、三角定規を使わないで描いていたことが判明。

「Xさん、それでは、だめ。ほら、こっちに来てやろう!」ということで、そこにまた輪ができはじめました。全員達成が危ぶまれる情況になって、Xさんを責める子が出てきました。すると、学級一のガキ大将的存在の子が「責めない、責めない。」と悠長に言って歩くのです。

時間切れになると、子どもたちが先生にあと一分だけくださいと懇願。

B先生、じゃぁ、あと一分だけだぞと許す。

すさまじい活動が展開され、見事全員達成!自然とみんなで拍手していました。

B、感動して泣いていました。

西川先生、日本の教育を変えたいです。

二人の授業をみながら、真剣に思いました。

長くなりました。

どうか良いお年をお迎えください。

ありがとうございました。

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 ここにある子どもの姿、それは『学び合い』では毎度のドラマです。ですので、私にとっては想定内です。が、私が感激し、涙を流したのは、以下の2行です。

西川先生、日本の教育を変えたいです。

二人の授業をみながら、真剣に思いました。

 もし、自分の教え子、それも自分が担任している時に分からせる程度だったら、今の授業でも、それなりには出来ます。もし、自分の教え子の生涯の幸せを願うならば、今の授業では無理です。それには『学び合い』が必要だと思います。でも、それだったら教諭でも十分です。

 しかし、管下の職員の幸せを願い、その職員の管下の数百人の子どもの幸せを願えるのが校長の幸せなのです。その幸せを感じられる人がいることを、共感し感激したのです。そして、その先には、まだ見ぬ多くの教員と子どもの幸せを妄想できる。

 あ~、この喜びを知る校長が日本にどれほどいるだろうか・・・・

[]教科書 09:42 教科書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教科書 - 西川純のメモ 教科書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学習指導要領が我が国にあります。これに異論を唱える人がいますが、私は必要なことだと思います。その学習指導要領が主たる教材である教科書を決めている。これが無くなったらどうなるか?

 アメリカには天地創造説に基づく教科書があるのです。というより、そっちの方が多いともいえるほどです。何か国際問題が起こると、週刊誌ごとに様々に書きます。中には眉唾物も少なくありません。あのレベルの教科書がOKになったらどんなことが起こるでしょう。

 もっとありえることは、教科書どんどん受験に対応するはずです。参考書・問題集との差が無くなります。私立中学校の入試問題集を読んだことがありますか?その中には珍問ありますよね。あれが満載の教科書になったらどうなるでしょうか?圧倒的大多数の子どもはちんぷんかんぷんですよね。

 もしデジタル教科書が一般的になったら、教科書の外にあるコンテンツの方が重要になり、それは検定外です。極論すれば、教科書は学習指導要領の原文をコピーした10ページぐらいの冊子にすることも可能です。そして本体は検定外のネット上のコンテンツにすることも可能です。そうなったらどうなるのか?と思うのです。

 そうなったとき、国の学習指導要領の守り手は教師しかありません。

 が、日本の教師の99%以上は学習指導要領を馬鹿にしているし、読んでいません。これは困ったことです。

 たとえば、昭和52年の小学校学習指導要領理科では、「観察,実験などを通して,自然を調べる能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を図り,自然を愛する豊かな心情を培う。」とあります。現行は「自然に親しみ,見通しをもって観察,実験などを行い,問題解決の能力と自然を愛する心情を育てるとともに,自然の事物・現象についての実感を伴った理解を図り,科学的な見方や考え方を養う。」とあります。

 注目すべきは「観察、実験などを通して」が「観察、実験などを行い」に変わっている点です。実験観察をしなければならなくなったのです。この表現を変えるために、文科省は膨大な予算を確保し、確実に実験を行えるようにしたのです。

 また、アブラナの花を観察するというのは定番です。もし、ある子どもが5枚の花びらのアブラナを見せたら、教師はびっくりしますよね。そして、「4枚が正解」と言いたいところですよね。でも、学習指導要領を読めば、アブラナの花びらを4枚だと教える必要は無いのです。重視すべきは雄しべと雌しべの役割を学ばせ、それとの関連で花びらと萼の存在を認識させればいいのです。また、十歩譲ったとしても、生物の学習では「共通性・一様性」は「多様性」と常に一対です。つまり、5枚の花びらが出てきたら、困ったことでは無く、喜ぶべきものです。そして、「花びらが4枚のが多い」というのが正解です。むしろ多様性が大きいバラ科植物のイチゴの花を利用する方が望ましいといえるぐらいです。

 が残念ながら、大学ではあまりそれらが教えられていないように思うのです。

 例えば、「教科の背景となる学問の学習」が多いのでは無いでしょうか?実践的な授業と言われるものは、すぐに使えるテクニック、また指導案の書き方(地域ごとでばらばらなのに)のように思うのです。偉そうにいえません、私も理科教育法を担当していたとき、そうでした。でも、教師が学習指導要領の守り手となる時代では、それは許されないように思うのです。

 もし教師が学習指導要領の守り手になれば、子どもはデジタル教科書や外部コンテンツをツールと使えます。大事なのは、教師が子どもにどのような課題を与えるかだと思います。が、日本の多くの教師は教科書や教師用指導書が無ければ、自らが課題をたてられないのでは無いかと恐れます

13/12/27(金)

[]電子教科書 21:12 電子教科書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 電子教科書 - 西川純のメモ 電子教科書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教えてほしいことがあります。

 電子教科書の教科書検定制度です。教科書並みにの検定制度があれば、電子教科書にしなくてもpdfにすればいいことです。検定制度が緩やかになれば、ウティペキアになるだろう。で、教科書会社の経営は成り立つのかな、と。

[]後夜祭 10:29 後夜祭 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 後夜祭 - 西川純のメモ 後夜祭 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日はクリスマス後夜祭をしました。家内はクリスマスの後片付けで忙しく、普段通りの食事です。でも、家族パーティはしっかりしました。

ogymogym2013/12/28 00:35電子教科書がもし本気を出したら、ipadで筆順・計算・学習履歴を残して学習機能を充実させて…一斉授業の教師の仕事成り立つのかな、とも思います。また、逆に経費削減のためPDF化して公開されていた心のノートは数年間ほとんど使われなかったように思います。今後どんな方向に行っちゃうのでしょうか…

FlipperKFlipperK2013/12/28 06:21 デジタル教科書を実際に使っているものとしての感想です。デジタル教科書と紙の教科書との一番の違いは、ツールとしての立ち位置です。
 デジタル教科書は今のところ「教師が一斉指導の際に使うもの」を前提に作られているものだと思っています。(使いようにもよりますが)紙の教科書を使うのは、子どもと教師双方です。だから、正確にはデジタル教科書は「教科書」ではなく、「デジタル掛け図」です。一部のワークシートを除いて文面を印刷することはできません。
 教師だけではなく、デジタル教科書を作る側が、使う主体を子どもに想定したとき、何か変化があるのかもしれませんが。

jun24kawajun24kawa2013/12/28 09:42ありがとうございます。
私なりの補足をアップします。

13/12/26(木)

[]信頼2 11:18 信頼2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信頼2 - 西川純のメモ 信頼2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同じ職場、同じ家庭の人から信頼を受けることは、それほど難しいことではありません。よほど無神経にならなければ大丈夫です。なんとなれば、その人と面と会えば、思い出すし、気まずい思いをしますから。

 一方、物理的に離れている人から信頼を受けるには努力が必要です。それを安定してえようと思ったら、凡人は仕組みを持たねば無理です。誠意ある対応をしよう、なんて思っていても、続きません。

 私がやっている当たり前のことをずっとやる方法をお教えします。何度か公開しているし、ゼミ生には言っていることですが、やっている人は多くは無いですね。(ちなみに「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」学陽書房には詳しく書いています)

 第一に、ネット上のカレンダー(私はグーグルカレンダー)を利用します。そして、忘れてはいけない予定を記入します。そして、一定日時前に通知をする設定をします。そして、他者が関わる予定に関しては公開しています。

 第二に、私は仕事のやりとりをGmailでやっています。電話で頼まれたこと、口頭で頼まれたことは、後でメールで再度送るよう求めます。逆に、私が電話や口頭で頼んで承諾したことも、大事なことは再度メールで送ります。結果として、私がやらねばならないことはすべて電子メールに保存されます。そして、私の仕事が終わったメールはアーカイブ(つまり目の前に見えない状態で保存)します。つまり、電子メールのソフトを見れば、自分が終わらせなければならないのに終わってない仕事は何かが前面に出るようになっています。そして、その数が絶対に十以上にならないようにしています。

 私はそれでやっています。私は平均的な小中高の先生方が仕事上で関わる人の数十倍の人と関わります。その圧倒的大多数は直接に合わない人です。その人たちに対して、当たり前のことをずっとやり続ける方法は、上記2つだけでやっています。

追伸 私は暇な人と仕事をするのが嫌です。暇な人は仕事を先送りにします。先送りに出来るほど、暇なのです。忙しい人は仕事を先送りにしません。なぜなら、先送りできるほどの余裕は無いからです。だから、私は与えられた仕事はすぐにこなします。本だって、雑誌・新聞の年間連載だって、1週間以内に書き上げます。なぜなら、あとからあとから仕事が舞い込むからです。

追伸2 この手のことを書くと、「私ではないですか?」と心配される方はおられます。大丈夫です。あなたではありません。その方には本日9時38分にそれとハッキリ分かるメールを送りました。その時間のメールを受け取っていない方は違います。

 が、重要なのは、上記を他山の石としてご理解していただきたいと言うことです。それは偉そうに書いている、私もそうなのです。

[]支援学級 05:33 支援学級 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 支援学級 - 西川純のメモ 支援学級 - 西川純のメモ のブックマークコメント

古くからの同志が、北部九州の学校に勤めています。1月16日(木)5校時14:05から、校内研究の全体授業で3,4年生、支援学級で異学年『学び合い』授業を行います。お勧めです。校内研修ですので、限定数名、早い者勝ちです。http://p.tl/UeUB

13/12/25(水)

[]信頼 22:13 信頼 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信頼 - 西川純のメモ 信頼 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 信頼とは、凄いことをやることでは無い。当たり前のことを、ずっとやること。それも5年、10年、20年と。当たり前のことを続けることは難しい。私は、やり続けます。なぜなら、それをちょっとのことでし損じると、どれほど、損するか分かるから。

 昔、小学生の私に、商売している父が言ったこと、「銀行がお金を貸すか否かは、今、どれほどの預金があるかでは無く、何年、口座をもっていたかだ」と。これはどの世界にも当てはまることだと思います。

 浅薄な人は、信頼を裏切ったとき、言葉で回復しようとする。でも、そんなのは社会では許されない。信頼を裏切ったら、その十倍、百倍の誠意で返すしか、回復できない。だったら、普通のことを普通にする方が得。

[]母親は強いな 21:28 母親は強いな - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 母親は強いな - 西川純のメモ 母親は強いな - 西川純のメモ のブックマークコメント

 イブ前夜祭はターキーのもも肉とピザ、イブは寿司、本日は肉巻きハンバーグ(なんか難しげな名前があったけど)でした。思春期に入り始めた息子はイライラを母親にぶつけ、母親に叱られます。本日の料理を見た息子は「お母さん、ごめんなさい、ありがとう」と言ったそうです。母親は強いなと思います。クリスマス後夜祭は何かな?

13/12/24(火)

[]就寝時間 21:00 就寝時間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 就寝時間 - 西川純のメモ 就寝時間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子は今日は9時に寝ると言い張っています。理由はサンタさんが来る前に寝なきゃならないから、とのこと。で、私はサンタさんが来るのは日本中が寝ている時間だからと行って説得しています。

[]理論と実践の往還 07:38 理論と実践の往還 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理論と実践の往還 - 西川純のメモ 理論と実践の往還 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育学の研究者は現場に頼りにされません。例えば、学校現場の研修会に頻繁に呼ばれる大学教師はどれほどでしょう?大学の設置されている都道府県レベルに限ったら数%でしょう。そして、全国レベルだったら1%もいない。

 どうして、これほど少ないかと言えば、大学の評価システムにあります。大学教員が助教・講師・准教授・教授に昇任する際に問われる業績は学術研究です。それは教員養成系大学の教員も同じです。従って、学校現場向けの実践論文、実践書、研修指導は全く考慮されません。

 最近、実務家教員として現場経験の豊富な教師が大学教師として採用されます。しかし、その方が学校現場での経験をそのまま生かすのであれば、大学教員としての意味は限定的です。それだったら、勤務曜日を分けて学校現場と大学の二股をしたほうがいい。そして、大学では授業担当だけをすればいい。その方が、学校現場の感覚を失わず、フレッシュな感覚を生かせます。また、大学勤務曜日を使って、全国で講演をしたり本を執筆したりすれば良いと思います。

 でも、今、殆ど日本にいない人はどんな人かと言えば、理論と実践の往還が出来る人です。そのためには現場経験の長い方は学術論文を書かねばなりません。研究経験の長い方は、学校現場との関わりを深めなければなりません。

 と思うので、私が上越教育大学の教職大学院の基本コンセプトを構築する際、人事基準に学術業績とともに実践業績の項目を立てました。そして、教職大学院担当者は二つの業績を上げることを求めています。これって日本でも数少ないですよ。大抵の所は学術は研究者行員が担当し、実践が実務家教員が担当するのが一般的です。だから、他大学の方から、「実務家教員はどなたですか?」と聞かれると、困ってしまうのです。圧倒的大多数が実務経験があります。また、実務家教員で採用された方の方が、研究者教員で採用された方より博士の学位を持っているのです。

 採用後は研究者教員は学校現場との繋がりを深めます。というより、そうしなければならないのです。何故なら、教職大学院の学生は長期の教育実習に入らなければなりません。多くの大学では、実習校との調整は実務家教員が担当します。しかし、上越教育大学の教職大学院はゼミ生の入る学校の調整はアドバイザー本人が「全て」やらねばなりません。つまり、実務家教員に丸投げは出来ないのです。だから、学校現場と会話できない研究者教員は生きられないシステムなのです。

 実務家教員も採用時に学術論文の業績を求められます。もし、実践業績でそれを補った教員がいたばあい、採用後に学術論文を書きます。もちろん、それになれていない実務家教員もいます。その場合は、研究者教員が仲間として学術論文の書き方のイロハを指導します。これが出来る関係性が研究者教員と実務家教員の中にあります。なぜなら同僚が理論と実践の往還が出来る教員でないならば、結局、自分にそのつけが回ってくるからです。

 自画自賛ですが、このシステムは本学では上手くいっています。

 大学を変えるには理念では変わりません。理念を絶対にするカリキュラムと、それを保証する評価システムが必要なのです。

[]しりにしかれる 07:38 しりにしかれる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - しりにしかれる - 西川純のメモ しりにしかれる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は若い未婚の男性には結婚しなさい、としつこく言います。女性は結婚しなくても生きられるが、男性は結婚しなければ生きられないと私は思っています。では、なぜ男性は結婚するべきか、それは女性に「尻に敷かれる」ためです。少なくとも私は。

 私の考えることは仕事をベースにしており、生活をおろそかにします。結果として短期的には正しくも、長期的には正しくない。例えば、私が結婚していなければ、日本中を飛び回って講演し、論文・本を書きまくるに決まっています。そうすれば、体は確実に悲鳴を上げるに決まっています。

 私を第三者の立場で見守る、基本的に利害の一致する人と生活することは、絶対に必要だと思います。私の周りの殆どの男性は、その傾向があると思いますので、結婚しなさいと勧めます。

追伸 結婚しても結婚しても尻に敷かれていない人は、気をつけてね。健康を害したり、伴侶から見放されることになりますから。

FlipperKFlipperK2013/12/24 21:20 おっしゃるとおりだと思います。私は完璧にしかれすぎています。煎餅座布団よりも薄っぺらくなっている状態です。そのおかげで、曲がりなりにも幸せな家庭が築けていると思っています。

jun24kawajun24kawa2013/12/25 08:22幸せの証拠です。
家内が言います。良い夫の標語「勝てない、勝たない、勝ちたくない」です。

13/12/23(月)

[]4れんちゃん 19:23 4れんちゃん - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 4れんちゃん - 西川純のメモ 4れんちゃん - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、イブ前夜祭です。明日はクリスマスイブ。明後日はクリスマスです。そして明明後日はクリスマス後夜祭です。ということで4日間連続家族パーティです。が、クリスマス後夜祭ぐらいになると、ごちそうも食傷気味になるので、質素な後夜祭になると思います。

[]議論がしたい 19:16 議論がしたい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論がしたい - 西川純のメモ 議論がしたい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 定期的に書いていることです。超長文です。

 私は『学び合い』に対して疑問を持つ方と、建設的な議論をしたいと願っています。しかし、今までそれは叶いませんでした。愚かな人は感情論に陥り、紳士は安易な合意に走る。残念な限りです。個々人の問題とは思いません。教育という世界の文化なのでしょう。理学部で科学的な議論をトレーニングされている方も、一度、教育の世界に入るとそれが出来なくなるのですから、根深いものです。なにしろ大学に籍を置いている人でさえそうなんですから。

 私の経験する非論理的な議論のタイプを紹介しましょう。繰り返しますが、個々人を非難する意図はありません。このようなタイプが一般的なのは、個人の問題では無く文化の問題なのだと思います。

 第一は、事実では無く人・組織によって説明する。

 このタイプの方の場合、私は「その根拠は何ですか?」と聞いていくと、「●●先生がそう書いている」とか「教育委員会がそう言っている」と言います。そこで、「●●先生(または教育委員会)がそう主張される根拠は何ですか?」と聞くと答えられなくなってしまうのです。

 第二は、根拠となるものが、現実の教育と乖離している方です。

例えば脳科学。脳科学は素晴らしい可能性を持っています。しかし、それを日々の実践に結べる段階には移行していない。だから、脳科学を持ち出す教育の言説は、大抵は啓蒙書レベルのデータを飛躍して教育に適応しています。

 生化学がいくら発展しても、生理学、病理学の発展が伴わないと、医学には適用できない。だから、まずは医学での実証的な研究が必要です。

 このタイプの方の根拠の特徴は、啓蒙書レベルのデータに終始している点です。決して、そのもの(例えば脳科学)の学術論文・学術書を引用し論拠することはありません。このタイプも第一のタイプと同じで、権威のもとに思考停止しているのです。

 第三は、論理的な議論というものが何であるか分からず、ディベートのような勝ち負けだと思っている人です。

 この人の場合は、「その根拠は?」と聞いても、答えません。答えたとしても、自分の旗色が悪くなると、あっさりとその根拠を翻します。そして、翻したことを認めません。結果として、議論の前提があっちえいったり、こっちへ行ったりします。この手の人と議論をするのは本当に疲れ、実りがありません。

 論理的な議論の場合は、必ずしも一方が正しく、他方が誤っているという結果にはなりません。何故なら、前提が違えば、最終的な結果が違うのですから。だから、最後まで平行線でもいいのです。その議論の末に、それぞれの前提がどこに違いがあるかが分かればいいのです。

 第四は、感情的になるタイプの人です。

 必ずしも本気で感情的になっているとは限りません。議論に勝つための手段として感情を利用します。恫喝したり、人格否定をします。議論と全く関係の無い話題を出し、議論を混乱させます。

 このタイプの人は、人間性を疑いたくなります。

 さて、私の議論の手の内をさらします。非常に単純で普遍性があります。『学び合い』は学校観と子ども観が中心ですが、たいていの場合は子ども観レベルで論破できます。プロセスは以下の通りです。

 最初に前提の確認です。同じ前提であるならば、これを飛ばすことが出来ますが、そもそも『学び合い』に疑問な方なのですから絶対に確認が必要です。

 私は、「学習指導要領の示す最低学力と、居心地のよい学校を一人の例外なく与える」ということを確認します。ま、大抵は否定されません。次に、『学び合い』ではそれを最優先事項であることを述べて、相手方がそれを超えるものがあるかを聞きます。これまた大抵は否定されません。否定されたならば、そのことが最優先である理由を聞いて、平行線だったら議論はそこで終了です。結論は、前提が違う、ということです。

 あとは子どもの多様性を確認します。これまた大概は認めます。そして、その多様性を一人の教師では対応できないことを述べます。これは1校時を人数で割れば不可能であることは自明です。従って、「学習指導要領の保証する最低学力と、居心地のよい学校を一人の例外なく与える」を実現するには、教師が教えるのでは無く、子どもが支え合える集団作りをすべきだと述べます。これで一応の証明です。

 しかし、ここで反論が出ます。典型的な例を挙げましょう。

 まずは、子どもが教えられるわけは無い、という反論です。それに対しては、大抵の授業は成績中位もしくは中の下に合わせていることを確認します。そして、日本の子どもの2、3割が塾・予備校・通信教材・家庭教師によって教えられていること、高学歴の保護者が多い事実を上げます。

 次に、子どもの発想だけでは高い次元にいたれない、という指摘です。この場合は、教師が指導すれば高いレベルに至れる子もいるけど、そうでない子どもが多いことを指摘します。そして、その子にとってその授業中の苦痛を想像させ、「学習指導要領が示す最低学力と、居心地のよい学校を一人の例外なく与える」ということに矛盾することを述べます。最後に、クラス全員が学習指導要領の示す最低学力が保証されたとき、本当に次の段階に進めることを述べます。

 次に、教師は教えるべきだ、という指摘です。この場合は、教育基本法、学校教育法、学習指導要領のどこに板書し、発問すべきであると書かれているかを聞きます。そして、教師の仕事は教えることでは無く、子どもが成長させることであることを確認します。従って、成長するために板書、発問することが有効であれば、それを使うべきだが、そうでないならば使うべきでは無いことを述べます。

 以上のような質問が『学び合い』に対する反論の大部分です。それに対して、色々な反論をするでしょう?それに対する反論の仕方は簡単です。「じゃ、今のあなたは、全員それを成り立たせていますか?」です。そうすれば、曖昧な表情をして、反論に勢いが無くなります。次に、「では、何割ぐらいの子どもに成り立たせることが出来ていますか?」と聞きます。そして、「じゃあ、子どもたちと一緒にやった方が「まし」ではないですか?」と言います。

 学校観レベルの議論は少ないですが、重度の障害を持つ子、虐待されている子どものように最後の一人の教育をどうすべきかのときに必要になります。そして、へき地小規模校の教育において必要となります。でも、大多数は上記に書いた通りのルーティーんな議論、つまり、大脳を殆ど使わなくて良い議論で終わってしまうのです。それを超えた議論が出来れば、私自身が賢くなれるのですが・・・・・

 教育に関して論証するとかエビデンスという言葉が安易に使われているようです。

 そもそも論証には理論と実験の二つがそろって論証になるのです。理論だけあっても、実験だけあっても論証にはなりません。しかし、残念ながら大学では前者になりがちで、学校現場は後者になりがちです。大学と現場が連携しない限り、論証にはなりません。

 次に、理論と随筆の違いが分からないようです。理学部から教育研究の世界にうつって、最初に愕然としたのが理論が理論で無いことです。どんなに読んでも、コアが見えないのです。な~んとなく、分かった気になりますが、ではコアは?と問えばそれが見えないのです。書いている言葉がころころ変わるのです。もちろん数学では無いのですから意味の揺らぎはあります。だから、どこかで短い文章で最もコアであるものを宣言すべきだと思います。が、教育の世界ではそれがない。

 また、実験結果だけを並べて、それをエビデンスと主張する方もおられる。観察の理論負荷性をご存じない。実験結果は理論と一対にならねば意味を持たないです。

 このあたりが分かって貰えないから、教育の世界での議論が深まらない。

ogymogym2013/12/23 20:38>>理論と随筆の違いが分からない
非常に思います。

jun24kawajun24kawa2013/12/23 20:50あはははは
理論がある方が、めずらしいよ。

13/12/22(日)

[]退職の会 21:00 退職の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 退職の会 - 西川純のメモ 退職の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、長年お世話になった先生の退職の会がありました。お人柄がにじみ出る会です。その先生の薫陶を受けた方に、その先生の願いが伝わり、その人たちが集まった会だと思いました。

 そんなとき、ふと、私の退職の会は、どんなだったらいいだろうか?と思いました。

 ゼミ生だったら分かると思います。私は基本的に多人数の飲み会は苦手です。だから、今日の会のような退職の会は嫌だな~っと思いました。では、どんな会がいいか。おそらく、小中高の先生方に近い形かもしれません。

 卒業式・修了式の夜、卒業生、修了生が集まります。おそらく修士2年と4年生だけで、修士1年と3年はいないと思います。追い出しコンパですが、追い出す人がいない会です。人数も少ないので、どっかの店の個室を借りれば十分でしょう。私はその卒業生・修了生の一人として参加します。研究室の鍵は事務に返して、大学には何も残していません。

 その時は、いつものゼミの飲み会と違って、最後の最後まで参加すると思います。もしかしたら2次会まで行くかもしれません。私には珍しく、だいぶ酔っ払って家に帰ることになるでしょう。それで終わり。そんなのがいいな~っと思いました。

[]天気 21:00 天気 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 天気 - 西川純のメモ 天気 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 中1の息子は最近、天気予報に興味を持っています。そして、何度も「雪が降らないかな~」と言うのです。そこで「何で雪だといいの?」と聞きました。息子は「雪が無いとサンタさんのソリがうまく着陸できないよ~」と言うのです。そこで、私は「サンタさんのソリは高機能だから大丈夫だよ。暑いところにもプレゼント行けるようにね」と説明しました。しかし、さっき天気予報でクリスマスは晴天との予報を聞いて「え~!!」と絶句していました。

13/12/21(土)

[]幸せ 21:32 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昔読んだ小説を買って、せっせとpdfにしています。でも、我慢できずに読み始めると、とても幸せな気持ちになります。今は小説を読む時間なんてありません。かつては自分のことをすれば良かった。今は、そうではありません。家族のため、ゼミ生のため、日本全国の同志のため、自分の出来ることをコツコツやっています。そうすると殆ど本を読むエネルギーはなくなります。

 上越教育大学の定年が65歳です。でも、それ以降の大学にそのうち異動して、のんびりと働きたいと思うことはあります。でも、早く退職して昔読んだ小説をゆっくりと読み直したいという気になります。でも、そんな状態は幸せではないことも、『学び合い』のセオリーから分かります。人は、他人から必要とされることによって幸せになります。

 昔読んだ小説の読み始めると、自分のためだけに時間を割ける時代を思い出します。小中高の子どもたちに、大人の幸せは何かをつたえるために何をすべきか。ま、分かっているんですよね。でも、私は『学び合い』を経験せずに大人になってしまった。今も、部下として経験することはないのです。

[]集団をリードする子 21:07 集団をリードする子 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 集団をリードする子 - 西川純のメモ 集団をリードする子 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の本でクラスや学校の『学び合い』が崩れる前兆として書いていることです。

 集団にはリードするメンバーがいます。『学び合い』の初期には狭いサポートをします。しかし、『学び合い』の意味が分かると、全体を俯瞰する行動をします。ところが、『学び合い』がそこそこ広がり、自分的に満足すると全体を俯瞰する行動をやめます。もちろん、何もしないわけではありません。自分の座っている近くの子のサポートはします。

 それが損であると言うことは、自分に被害があるまで分かりません。そして、最悪の場合は、その被害があるのは、みんなに問題があり、近くの子をサポートしている自分にはないと思い込むことです。

 私が伝えたいのは、それは損であると言うことです。

追伸 『学び合い』のセオリーは普遍的です。ようは、子どもに求めていることを自分に課すか、です。

[]不健全 19:25 不健全 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不健全 - 西川純のメモ 不健全 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私がより多くの人、特に、ゼミ生に伝えたいことは、自分の利益を最大限にするためには、より高次の集団の利益と一致するように自分の利益を構築することなのです(http://p.tl/HyY8)。実は、『学び合い』において子どもたちに求めていることを、自分にも置き換えたことなのです。が、これがなかなか難しい。よほどの意思の力が無いと、直ぐに狭い利害でしか考えられなくなってしまう。

 日本の教育の現状で、それを感じます。日本の圧倒的大多数の人は自分の授業向上を求めています。それが証拠に、本屋に並ぶ教師用図書の99%はその人の授業向上のための本です。学ぶために身銭を切って学ぼうとする先生方でさえそうなのです。

 管理職でない教諭の方々の中で、自分の学校外の市レベルの教育のことを考えられる人がどれほどいるでしょう。さらに県レベルのことを考えられる人がどれほどいるでしょう。もちろん、そんな人はそれほど多くはない。でも、現状が少なすぎます。2割と願いたいですが、1割でもいい、そんな人がいて欲しい。

 今の三十代の人、いや、二十代の人は、これから十年弱の大量退職の後に、急に市や県レベルのことを考え、行動する立場になる可能性が高い。

[]美しいもの 19:07 美しいもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 美しいもの - 西川純のメモ 美しいもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 研究者の頭は二十代後半あたりがピークのような気がします。そして三十代後半になると急激に衰えます。つまり、五十代の私は「バカ」(というより愚か)です。だから三十代後半から自分の頭で勝負ではなく、若い人と一緒にやる研究にシフトしています。

 では愚か者になった私の武器は何か、それは、その研究が美しいか、美しくないかを判断する嗅覚です。そして、そのような研究はどの方向にあるかという嗅覚です。その嗅覚を持つ人は年齢によって衰えない、経験によってその能力は高まります。

 私は生涯に量的研究、認知研究、『学び合い』という3つの大ビンゴを引き当てることが出来ました。だからこそ普通の研究者の十倍の研究業績を上げ、数々の学会賞を頂くことが出来ました。この嗅覚には自信があります。

 昨日、ある院生の研究の相談を受けているとき、その嗅覚が働きました。そして、感激でウルウルしてしまいました。なぜ、その研究の方向性に大鉱脈があるのかが分かりません。でも、感じるのです。ただ、それが教育実践上の大鉱脈なのか、学術研究上の大鉱脈なのかが判然としません。ま、そのうち分かります。

 一言で言えば、集団をリードする子どもを発掘し、極限まで成長させるには何が必要なのかが分かるような気がするのです。

13/12/20(金)

[]群馬の会 05:41 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月1日に群馬の会があります。お誘いします。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/take1_No12/20131219

13/12/19(木)

[]謎の解明 22:00 謎の解明 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 謎の解明 - 西川純のメモ 謎の解明 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前からマスコミに関して不思議に思っていることがありました。

 第一は、日本のアイドルに関してです。

 スマップの中井正広、木村拓哉は41歳です。嵐の大野智は33歳です。ハッキリ言ってオジサンです。それがアイドルとして歌っていること自体、気持ち悪い。若い方には分からないと思いますが、私の年だったら小林旭がアイドルやって、ふりふりの服装で歌っているようなものです。気持ち悪い。

 そこでゼミ生と集中的に話して分かりました。つまり、今の小中高の子どもたちにとってスマップや嵐は「おじさん」なのです。我々の時代の「輝け日本の歌声」なんていう番組で出てくる演歌歌手みたいなもんです。

 次に思ったのは、「輝け日本の歌声」なんていう番組は年に数回です。ところがスマップや嵐の冠番組があることが異常なのです。今の小中高の子どもたちのアイドルがテレビを主流を占めていない現状を恐れます。新たな文化は、彼らが生み出すのに、我々の世代がそれを押さえているのです。

 第二は、韓流アイドルです。韓国ドラマの女性スターはかなり美しい。が、男性スターの大部分は美しくない。半数程度は、日本の基準から言えば、普通以下です。半数以上の殆どは、我が大学の男子学生の美形レベル、それ以下です。なんで、そんなレベルの人がスターをやっているのか不明です。もちろん、演技派俳優ならば別です。若いから、だけの人がそうだから訳が分からなくなる。

 あのレベルでスターになるのであるならば、その年齢の3分の1以上は資格十分です。韓国人、また、韓流ファンの日本人の美醜の概念が違うのかとは思うのですが、女性スターのレベルを考えると、そんなに日本人の好みとは違うように思うのです。

 演技のレベルの違いかと思いますが、家内の見ているドラマを横目で見ている限り、それほどではないように思います。

 あのレベルで、何故、と思っています。理由分かる方、教えて下さい。

[]和歌山の会 21:11 和歌山の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 和歌山の会 - 西川純のメモ 和歌山の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

第三回『学び合い』和歌山の会開催について

 第三回の『学び合い』の会を下記の日程で実施することになりました。『学び合い』を既に実践している人、これから研究してみようと思う人、少し興味のある人、いろいろな人が集まって気軽に情報交換できる会です。

1 日 時  平成25年12月26日(木) 17時30分~19時30分

2 場 所  紀美野町立野上小学校 相談室 (駐車場:校内中庭と運動場)    

3 内 容  

(1)実践報告

  (2)実践者への質問

(3)情報交換 など 

 実践報告については、どんな形式でもかまいませんので、話のきっかけとしていろいろ出していただければありがたいです。情報交換したり、質問したりすることにより、3学期に『学び合い』を実施する上で、いろいろなヒントが見つかればと考えています。

 申込みは、12月25日(水)までに、下記の事務局までお願いします。

会費300円(当日集金)

事務局:紀美野町立野上小学校 松尾詩朗

 〒640-1131 和歌山県海草郡紀美野町動木1445

 電話 073-489-2041  FAX 073-489-2042

 E-mail koutyou@nokamies.town.kimino.wakayama.jp

mana-mama5mana-mama52013/12/20 18:42スターっていうくらいだから、誰か光を当ててくれる人がいないと輝けないって考えたら、しっくりきませんか?キムタク、韓流スター、その他、ながくその場に留まれる人達って、周りのスタッフへの感謝や気遣いはしっかりできてると思いますよ。そういうのが顔にでてるから、造形的にいまいちでもスターでいられるんじゃないですか?「あの人は今?」みたいな昔はスターだったけど今は画面から姿を消してしまった人達なんかみるとそう思います。韓国女優さんはかなりの人が顔作ってますからねー(笑)

jun24kawajun24kawa2013/12/20 19:33まさに。どの業界でも生き残る人は、挨拶を大事にしている人だと思います。
ただ、私が不思議と思うのは、イケメンと分類されている男性韓流スターがどうみてもイケメンに分類できない点なのです。韓国は整形に対する抵抗感がないのですから、もうすこし何とかならないのかな、と思う次第です。

13/12/18(水)

[]忘年会 21:05 忘年会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 忘年会 - 西川純のメモ 忘年会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、西川ゼミの忘年会兼歓迎会です。

 『学び合い』のセオリー通りの会です。

 最初に私のお説教です。(あとでゼミ生から、前半は良かったが、後半は駄目だと、だめ出しを食らいました。とほほ)

 その後、幹事から目標の設定です。目標は、新ゼミ生には「自分のフルネームとニックネームを覚えるもらう」で、ゼミ生は「新ゼミ生のフルネームとニックネームを覚える」です。そして、さあどうぞでえんえんとゴチャゴチャしています。

 そして、最後の方は評価です。そこから『学び合い』のセオリーに反する抽出児童への問いかけです。私がそれでに選ばれてしまいました。五十のおっさんは固有名詞が駄目なのに。

 いずれにせよ、『学び合い』の集団の忘年会兼歓迎会としては、セオリーに「ほぼ」則っています。

 ま、ポイントは集団全体を俯瞰できる2割がいるかいないかです。あはははは

[]400万ヒット 06:42 400万ヒット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 400万ヒット - 西川純のメモ 400万ヒット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、400万ヒットを超えました。ご愛顧、感謝です。

13/12/17(火)

[]ツール 21:54 ツール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ツール - 西川純のメモ ツール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「シャープペンシルによる教育改革」という文字がネット上で流されたら、どう思います。笑っちゃいますよね。鉛筆に比べてシャーペンは色々な良いところがあります。でも、教育を変えるほどのことはありませんよね。

 この世界に三十年弱生きています。色々なものがもてはやされ、廃れているものを何度も見ています。その時々に経済の論理で特定のツールがもてはやされ、そのツールが陳腐になるに従って廃れてしまいます。

 電子黒板で何か出来ると本気で思っている人、どれだけいます?それは数年後のipadと同じです。ツールは賞味期限は非常に短い。直ぐ先に、もっと便利なツールが生まれるのは必然です。

 重要なのはツールではなく、そのツールを必要とするものなのです。子どもたちの成長のために何が必要なのか?それを実現するには現状で何が必要何か?なのです。

私が大学院生の時にやっていたことを未だにやっていることに食傷気味です。

 教育はツールではなく、どのような子どもを育てたいかという願いによって変わる。日本の教育は過去、2回しか変わっていない。第一は、明治当初の公教育です。つまり、特定の職業になるための教育から、日本人を育てる教育に変わったのです。第二は、戦後教育です。臣民の教育から市民の教育への変革です。私は戦後60年たって次にシフトする時期にあると思います。それは市民の教育を完成するために、個人の教育から、個人が集団を利用するための教育です。それはかつての一部個人が大多数の個人を利用するための教育とは違います。全員の個人が、全員の集団を利用するための教育です。

 というレベルのことを考えれば、ツールがどうのこうのなんて、陳腐でしょ。

shinji-akasakashinji-akasaka2013/12/19 18:58いつも通り賛成!集団主義教育のアレルギーから解放されて、本当の意味での個と集団の在り方を追究する時代ですね。

jun24kawajun24kawa2013/12/19 22:03はい、個があり、そのための集団がある。この前提が民主主義だと思います。

13/12/16(月)

[]段階 21:20 段階 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 段階 - 西川純のメモ 段階 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』には3つの観があります。学校観、子ども観、授業観。私がその重要性に気づけた順番は授業観、子ども観、学校観の順番です。日本中の圧倒的大多数の方は、授業観で『学び合い』を見て批判されます。でも、方法論ではないのです。考え方です。次の段階になれば子ども観が分かります。子ども集団の有能性、逆に言えば、自分の限界を理解する段階があります。幸いなことに、この段階に進まれた方がかなりいます。でも、その先があります。学校観です。これが分かるには、方法論の様々なところを捨てなければなりません。教科内容ではなく、仲間作りの大事さを理解する必要があります。もちろん、教科内容を捨てるのではありません。それらは仲間作りのベースの上にあるし、そのベースは教科内容にあるということを理解しなければなりません。

 でもね、一番大事なのは、子どもの幸せです。私の授業で子どもがどのように感じるか、学ぶかではなく、私の手を離れてから十年、二十年、三十年先を考えられるかです。おそらく、日本の教師の99.9%まで分かっていない。本当は、そうありたいと願っても、心の平安のためにそれを封印してしまっている。しょうがありません。私のゼミ生に願っていること、それは、自分は目の前にいる教え子の一生の幸せを保証しているんだ、ということを確信して欲しいことです。

 教師という職業は誇り高いものです。その誇りは何を教える、何を気づけるかを子どもに与えるかではありません。目の前の子どもの十年、二十年、三十年先の幸せを保証することです。とても誇り高く、やりがいのある職業です。と、信じているから教員養成系大学の教師を私はやっているのです。でも、その難しさを感じています。

 授業論はたやすい(ま、でも難しいですが)。が、子どもを極限まで信じるのはかなり大変です。でも、授業論を理科するのは「驕らず、腐らず、したたかに」を出来なければなりません。なぜなら、我々は教え子の将来の幸せを保証しているのですから。したたかにならねばなりません。

[]東京大学附属中学校 19:40 東京大学附属中学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 東京大学附属中学校 - 西川純のメモ 東京大学附属中学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月15日に東京大学教育学部附属中等教育学校の公開研究会があります。對比地さんが1時間は中3の単学級『学び合い』、もう1時間は中3と高1の異学年『学び合い』を行います。必見です。http://p.tl/uuPM

[]ハイタッチ 17:13 ハイタッチ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ハイタッチ - 西川純のメモ ハイタッチ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は我がゼミが入っている学校の全校 『学び合い』を参観しました。今年最後の全校 『学び合い』です。今回は近くの幼稚園の年長さんも参加です。つまり、年長~6年の異学年 『学び合い』です。

  『学び合い』のセオリー通りに子どもが動きます。そもそも最低限のことをまもってさえいれば異学年 『学び合い』は失敗させるのが難しいほど、簡単なのです。それが 『学び合い』を分かっている学校で実践するのですから、百万が一の不安もありません。

 最後は51秒を残して全員達成です。

 その瞬間、子どもたちや先生方から拍手が起こり、ハイタッチの嵐です。

 いいな~っと思います。 『学び合い』がある程度軌道に乗れば、単元内容によっては一部の子が手を抜いても全員達成することは出来る場合があります。しかし、その場合は、全員達成した時の盛り上がりが少ないのです。なぜなら、集団全体を俯瞰できる子は、教師と同様に手を抜いている子どもがいることを見取ってしまうのです。そのため、心から喜べない。

 今日は子どもも教師も喜べる全員達成です。

13/12/15(日)

[]西川ゼミ 21:19 西川ゼミ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 西川ゼミ - 西川純のメモ 西川ゼミ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 総勢11名の教職デザインコースの中から2名の学部学生が西川ゼミを希望しました。ありがたいことです。何がありがたいかと言えば、我がゼミを理解する学生がいると言うこと自体がありがたいです。

 我がゼミは常識的な視点から見れば変です。(順不同です。括弧内は一般的な見方です)

1)『学び合い』をリアルに実現可能だと考える。(教師が教えないなんて変だよ。やっぱ、教材と発問の力が無ければ。)

2)「一人も見捨てない」を何度も連呼する。(そんなの建前論のスローガンでしょ。それよりも大事なことがあるんじゃない)

3)ゼミを見れば。(ゼミに先生が出ないって何?え?先生と学生が馬鹿話をしているのって、これが個人ゼミ)

 が、これを乗り越えた人がいた、というだけで驚異的です。

 でも、我がゼミの特徴は入ってしばらくしないと分からない以下だと思います。

1)何故か全国から学びに来る人が後から後から西川ゼミに来る。そして、校長先生レベルの人と自然と話せる。

2)どう考えても、おやじギャグを連発するオジサンである西川先生の話をその人たちが真剣に聞いている。その時の西川先生の様子がいつもと違う。でも、やっぱりおやじギャクが止まらないおっさんである。そういえば、現職院生さんもなんか気の良いオジサンが多い。大学教員や現職教員と学生が自然とじゃれ合っている。

3)自分たちのやっていることが、日本の各地に影響を与えている。その影響が実際に感じることが出来る。「一人も見捨てない」ということを実現することに自分が参加していることを実感できる。

 不遜ながら3)を実感できるゼミが日本の中にどれほどあるでしょうか?それを感じてくれる人がいることが私の自慢です。

13/12/14(土)

[]規律 19:28 規律 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 規律 - 西川純のメモ 規律 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 どこかの将軍様の国会の様子がテレビに出ます。指導者が党員票を上げて賛成すると、全員が熱烈賛成をします。指導者が喋ると、全員が静かに聞いて、喋り終わると全員が立って全力で拍手します。実に規律正しい。で、日本の国会もそうなって欲しいですか?

 その国のマスゲームを見て、我が国もそういう風になりたいと思いますか?

 そんな分けないですよね?

 でも、我が国でも教室には手の上げ方を指定し、声の大きさを指定しています。その教室では、それを守らないと叱られるのです。なんか変ではありませんか?

 よく静かに聞くトレーニングをしないと大人になって困ることがある、と言う人がいます。でも、そんなときっていつです?おそらく、結婚式の媒酌人と主賓の挨拶中ぐらいではないでしょうか?結婚式でも、友人挨拶あたりになるとだいぶ崩れる。あと考えられるのは葬式の際、最前列で正座しているぐらいです。そんなことのために、成長盛りの子どもが毎日6時間、週5日、黙って静かにするトレーニングをする必要がありますか?

 そのトレーニングが全く失敗したであろう暴走族を教えたことがあります。たしかに授業中は崩れています。ところが暴走族の集会では何時間でも実に規律正しい。少なくとも、動員のかけられた研修会の研究主任説明の時の教員よりは規律正しい。

 教育基本法第1条は「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。では、現状の規律正しさは、「民主的な国家及び社会の形成者」の規律正しさでしょうか?いいえ、専制国家の指導者が、自分の都合で強いている規律以外の何者ではない。

 日本の教師の中で「民主的な国家及び社会の形成者」の言葉と現在強いている規律を整合できるのでしょうか?教育関係の全ての法規を読んでも、どこにも「静かに座りなさい」とは書いていないのです。

 ある同志の授業を参観した偉い人が、子どもが何を学んでいるかを見ずに、学習規律がないとご指導されたそうです。その人は教育基本法の第1条を読んで欲しい。民主的な国家及び社会における規律とは、一人一人のメンバーがその規律の意味を理解し、自らの判断で意味があるときにそれに従うのが規律です。

学び合い』が成立しているでは、教師が「静かにしろ」、「こっちを向きなさい」と言わなくても必要なときは静かになり、教師の方に向きます。それが民主的な国家及び社会における規律です。

13/12/12(木)

[]至宝 21:39 至宝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 至宝 - 西川純のメモ 至宝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は求められれば、それに応えるという気持ちで出張を引き受けました。その結果、年間70日が出張になってしまいました。そして不整脈になりました。そのため、健康のため出張の基準を設けました。生きるための基準です。

 私は大学の教員です。忙しいですが、時間の自由が効きます。色々なことはゼミ生がこなしてくれます。チームとして対応しています。ということで私でも出張をこなしています。

 ところがです、小中高の教師として日常の仕事をしつつ、私以上の出張をこなしている方がおられます。私は心配でしょうがありません。その方々は、日本の教育の至宝だと思っています。その方々の一言一言でどれほどの人が救われたのでしょう。ネットをちょっと調べれば、その方々の凄さが分かります。その方々が長く、多くの方々の救いになって欲しい。だから健康であって欲しい。

 なんかいいシステム無いかなと思うのです。一定以上の実績があれば、各県の給与は保証されつつも、専科となり、週の勤務が3日になるというシステム。優れた教師を小中高の現場におきつつ、全国の教師の救いになるようにするには。

追伸 正直、大学教員という道がいい道か分からなくなっているのです。昔は定年が60歳以降でした。でも、あと十年もたてば小中高の先生方の定年制も変わると思います。大学教員の昇級ストップ年齢が下がり、教授になる年齢も上がっています。准教授の給与で教授を十年近く務めると言うことが定常的になりつつあります。

[]妄想 19:52 妄想 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想 - 西川純のメモ 妄想 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は昨日に引き続いて広島と青森の先生方と『学び合い』実践校の参観をしました。その学校の校長の話は私も色々と学べました。

 参観者の方の頭の中に私と同じ妄想が動き始めたのを感じます。嬉しい。

13/12/11(水)

[]完備 21:55 完備 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 完備 - 西川純のメモ 完備 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、校長や教育行政の人の参観が多くなりました。というより、その割合の方が多いです。

 思い起こせば、最初に校長が参観に来たのは2005年です。そのころは、「へー校長先生が学びに来るんだ」と思いました。その当時は、教室の『学び合い』でした。でも今は学校レベルの『学び合い』に進化しています。現状は、それに対応しています。

 不遜ながら言います。

 学校レベルで取り込めて、実証的データで保証している、さらに理論本、実践ノウハウ本が完備している事例は、我が国において『学び合い』以外ありません。意外でしょ?私も意外でした。

 随筆的な文章は山ほどあります。でも、その実践の理論的整理がなされているものは殆どありません。それがなされていたとしても、それらが実証的データによって基礎づけられているものは殆どありません。さらに、その実践においてノウハウの整理がなされているものは、さらにありません。

 管理職の人が『学び合い』に興味を持つのは当然だと思います。

 学術データ、実践データ、理論書、実践書の全てがそろっている学校レベルで取り込めるものが『学び合い』以外にあったら教えて下ださい。学びたいと思います。

[]バカ 21:38 バカ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - バカ - 西川純のメモ バカ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、広島の校長二人と、青森の校長と教諭二人が来て、ゼミ生と飲み会です。私はバカが大好きです。バカばかりの飲み会になりました。楽しかった~。

toukonyukitoukonyuki2013/12/12 20:14広島から校長先生が2人もですか⁈すごく嬉しいです。励みになります。
質問なんですが、データ、理論、実践の裏付けがあるんだと人に伝える時の三点セットみたいに使える書籍を三冊揃えておくなら、どの三冊がよい、とかありませんか?私の個人的な思いつきではないんだと伝えたい時の為に…。

jun24kawajun24kawa2013/12/12 22:03理論書は手引き書、データの裏付けは私のHPの業績をご覧下さい。ノウハウ本は学陽書房の本、です。

13/12/10(火)

[]ビックリ 18:26 ビックリ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ビックリ - 西川純のメモ ビックリ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の学部3年ゼミに学部2年生が参観しました。完全にビックリしていました。ま、そうでしょう。普通のゼミだったら、難しげな本を輪読して勉強するのがゼミです。私も卒論では「金原寿郎の基礎物理学」と「スレーター・フランク理論物理学(原書)」を1年間かけて輪読しました。

 が、馬鹿話とまじめな話がゴチャゴチャした会話が続くのが西川ゼミの個人ゼミです。

 ゼミの後に「質問は?」と参観者に聞いたら「これって何ですか?」と聞かれゼミ生は大爆笑です。そりゃそうだ、と思いました。でも、我々の研究によれば、健全な集団の会話は、馬鹿話とまじめな話が交互にゴチャゴチャと混じるものです。そうではないと、高い質の会話は続きません。しかし、一般の常識は、ずっとまじめな話が続くのが望ましいと思われています。

 考えてみて下さい。ずっとまじめな話が続く会話には、確認と合意形成は出来ても、創造は生まれません。

[]誕生日 18:26 誕生日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誕生日 - 西川純のメモ 誕生日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は家内のご降誕記念日、つまり、誕生日です。朝一番に「生まれてくれてありがとう」と言いました。本当に家内のおかげで、今、生きています。

 で、今日は佐賀で奮発して買った佐賀牛ですき焼きパーディーです。つまり、家内の誕生日後夜祭です。

[]説明会 18:09 説明会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説明会 - 西川純のメモ 説明会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越教育大学教職大学院は、現職者や他の学部卒院生とチームになる実習を中心としたカリキュラムで実践力を高めます。つまり、一人で悩むのではなく、みんなで乗り越えることを学びます。また、じっくりと実習校に入り、実習校の先生方とチームになれます。

 私もそうでしたが、就職したとたんに40歳代、50歳代の先生から「先生」と呼ばれ、一人前の仕事を求められます。それを乗り越えるには、40歳代、50歳代の先生に話しかけ、教えてもらう力が必要です。

 上越教育大学教職大学院は、40歳代、50歳代の先生と笑いながら話、悩みを聞いてもらう力を育成します。その中で、本で学ぶことの出来ない、40歳代、50歳代の先生の経験談に裏打ちされた実践力を学ぶことが出来ます。

 説明会に参加し、院生と直に話して来年の進路を考え下さい。http://p.tl/myUU

13/12/09(月)

[]出来るの? 07:05 出来るの? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出来るの? - 西川純のメモ 出来るの? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 たまにネットサーフィンをして、私に対する非難を読みます。「まあ、そう思うよな~」と思える想定内の非難が大多数です。私もかつては多くの教師と同じ立場でものを考えたのですから。でも、私が日本の教育を壊すレベルのことを書いてあると、「お~・・・、俺ってそんなに凄いのかな~」とびびります。

 それらの非難は、子どもの多様性を理解されていない。だから、一人の教師が教えられると考えているようです。ま、「分かりやすい授業」や「面白い授業」という言葉はよく使われる言葉です。その言葉を読むと、「誰にとって?」と思います。子どもは一人一人違うのに。

 また、「べきだ」、「なるはずだ」ということを前提にしています。でも、教師全員がそうできるわけではありません。でも、その教師のクラスで1年間過ごす子どものことを考えるべきなのです。教室には様々な子どもがいます。どう考えても無理な子どもがいます。では、どのように合理化するか、全員は無理と白旗を掲げます。でも、「より多く」という旗を掲げ、「多くの子どもが分かる授業」、「多くの教師が出来る授業」と言います。でも、その多くとはどれほどでしょうか?まあ、過半数程度ではないでしょうか?仮に九割五分であったとしましょう。十割でない限り、それは九割になり、八割になり、七割になり、早晩、六割になります。

 私も高校教師の時はそうでした。全員分からせることを早々に諦め、多くの子どもが楽しくて、全員が分かった気になる授業を目指していました。だって、全員わかる授業なんて出来るわけないと思っていましたから。でも、全員わかる授業、全員幸せになる授業を考えるべきなのです。

 ですので、「その日の授業が出来ればいい」、「その教科が分かればいい」、「自分が教えているときが良ければいい」のレベルの言説を、まあそうだよな~っと思います。そして、子どもの成長と言っても、まあ1年レベル、長くて3年レベルのことしか想定の中になく、それ以上は言葉遊びの随筆になっている言説も、まあそうだよな~っと思います。そして、怒るより、脱力します。ま、そのうち分かってくれると思います。毎日の授業が、子どもの七十、八十になった時の幸せを保証するものであることを。そして教育基本法で書かれていることは建前論ではなく、実現可能であることを。

[]ルビコン川 06:39 ルビコン川 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ルビコン川 - 西川純のメモ ルビコン川 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が同志やゼミ生に提案していることは、全て確実に出来ることしか言っていません。リスク管理も行っており、最悪の場合でも重篤な問題は起こさず、最悪でも一定以上の成果を上がることを計算しています。が、『学び合い』という多くの方が信じられないものを信じて貰える同志の人もなかなか信じて貰えません。

 例えば、異学年『学び合い』です。部活経営と同じであることを説明すれば、「あ~、なるほど」と分かって貰えます。しかし、なかなか実行に移せませんでした。それを口説いて口説いて、「騙されたと思って1度やってみて」と言いました。「では、一度だけなら」と言ってやって貰えました。やれば私が言った通りになることが分かります。そして、一度だけのはずだったのに、それがずーっと続きました。それ以降は、その学校の異学年を実際に多くの人に見て貰いました。これが、今、全国に広がりつつある全校『学び合い』です。

 参観の時に、自らの学びを子どもたちに語らせることも、なかなか信じて貰えませんでした。でも、一度やれば、子どもたちがいかに『学び合い』で成長していることを参観者に伝える最高の方法であることが分かります。なによりも子どもの成長に繋がります。これはポツポツと広がりつつあります。

 現在、多くの同志に、口説いて口説いているのは、ちゃぶ台作戦です。『学び合い』の際に机を置きます。そしてお茶とお菓子を用意し、参観する保護者と雑談するのです。これが教室の『学び合い』、学校の『学び合い』と成長した『学び合い』の次の段階である、地域コミュニティの再生の決定打であることを信じて貰えません。一度、一度、やってもらえれば分かるのに~・・・・・

 私は「おもいつき」で人様に提案しません。ちゃんとした理論と事実によって提案しています。

[]説得 06:39 説得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説得 - 西川純のメモ 説得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回のツアーで色々な方からの質問に応えました。私の説明は学校観、子ども観に対応することに集約されます。その中で、一番難しいのは学校観です。しかし、そこさえ分かって貰えれば、子ども観や授業観は導かれることですから。

 『学び合い』に対して疑問を持たれる方への私の応えは定型化されています。まず、その方の言われる『学び合い』の問題(?)に関して、その方の現状で問題なかったかを聞きます?そのことを言われると、大抵の方は今までにも問題はあったことが分かります。次に、実際に子どもの顔と名前を思い出して貰い、現状の指導がフィットしている子どもはどれだけかを確認して貰います。そうすれば多くて3割程度しかフィットしていないことが分かります。それを十割に近づけるには、子ども集団の力を利用するしかないことを語ります。

 また、多くの先生方の視野が「その時間の授業が分かるか否か」のレベルに留まっています。結果として対処療法しか思いつかないのです。しかし、対処療法で出来るのは、その問題を見えにくくする以上のことは出来ません。結果として、いつまでたってもコマネズミのように子どもに振り回されることになります。そのような方には3ヶ月のスパンで、そして1年のスパンで根治療法をすべきであることを語ります。

 その先生の授業力があったり、逆に、子どもの反応に鈍感であったりする場合、自分の授業やクラス経営がうまくいっていると誤解してしまいます。その場合は、その人の手を離れた後、そして、十年、数十年先の子どもの幸せを考える必要があることを語ります。

 子どもの一生涯の幸せとは何か?そして、それをもとに今日、この時間の授業を組み立てられる教師を増やしたい。

 現状の99.9%の教師は、それを建前論と考えています。だからちゃぶ台作戦のものすごい可能性に分かって貰えない。

13/12/08(日)

[]日常 21:25 日常 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 日常 - 西川純のメモ 日常 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家に戻りました。もうすぐ晩酌です。家族で夕食を食べて、息子と一緒に寝る。これを二日繰り返すと体が復帰します。

[]誠意 21:25 誠意 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誠意 - 西川純のメモ 誠意 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の熱意と、感謝の形との関係を再確認しました。両者は一致します。

 もちろん、感謝の形は色々です。でも、笑い話みたいな話もあります。

 講演して帰り際に、笑顔でクッキー一つ渡されたこともあります。

また、飲み会に呼ばれることは少なくないですが、飲み会には本性が現れます。『学び合い』に関する気持ちが分かります。全ての人が『学び合い』に熱意があるなんて思っていません。そんなの変です。でも、飲み会に参加する人の中での『学び合い』の熱意のある人の割合は一般の割合よりもかなり高い。『学び合い』の次に進めたい人が多くあるはずです。ところが、そうでない場合は、自分たちの飲み会にたまたま呼んだということが明らかです。はては、管理職や中心人物が単なる酔っぱらいになって、絡むなどが起こるなどは論外です。そういう所に限って、「金はありませんが、熱意はあります」ということを言うところです。

教頭先生や研究主任の姿で色々なことが分かります。管理職が乗り気であっても、本気でなければ、それは日常の言葉に表れます。そして、それを長期間接している人は正確に見取ります。管下の職員はそれに従うか、否かは当たり外れはあります。でも、教頭先生や研究主任は校長の心をかなり正確に表すことが出来ます。もちろん、校長のカーボンコピーである必要はありません。でも、校長が本気だったらば、ちゃんと考えるはずです。校長が本気であれば、教頭や研究主任がエヘラエヘラになるはずはありません。

私は、集団の見取りを専門としているのです。職員集団の動きで、色々と分かります。その私を騙せると軽く思われると、本気でムカムカします。芸人として呼ばれたならば、芸人のパフォーマンスをしっかりします。ところが、同志として呼んで、本心は芸人だったとき憤りを感じます。それを5年ぶりに感じました。

が、今回のツアーでは涙が出るほど、感謝することが多かったです。小さい『学び合い』の会になると思ったのに、多くの人に出会えました。飲み会だけでも、私と話したいと参加してくれる人もいました。

休みにもかかわらず職員の多くが『学び合い』の会に参加し、発表してくれる学校もありました。翌日は、多くの地域の学校に素晴らしい姿を自主公開で見せてくれました。校長とはその学校とホテルとの間、ずっと馬鹿話をしながら楽しく過ごせます。

数ヶ月前に出会って、手本を紹介してからの学校がありました。ところが、短期間で凄いレベルに達しています。それは先生方の出す課題のレベル、質問のレベルで分かります。校長はじめとする先生方の本気度が分かります。そこに近隣の学校(Aとします。)の先生方が大挙しておいでにいただきました。その学校は先月お邪魔した学校です。本気だったんだ~・・・と感じると嬉しくなります。

市教育委員会の小さい会がありました。が、その市以外の多くの先生方が参加いただけました。議会で忙しい教育長が途中から私の話を聞いて、時間を割いて私と話してくれました。

学び合い』の大推進派の校長が学校を巻き込んで学校作りをしました。次を次いだ校長先生はビックリされたでしょう。でも、職員と子どもの姿を見取り、学ぼうとして他校の実践を学ぼうとしています。その校長の明るさが学校に見とれます。

古くからの同志が校長の学校に行きました。楽しかった。その学校の推進役の先生とだったら、ま、3時間は馬鹿話を出来そうな気がします。あらゆる面で大変な時期なのに、あらゆる面で配慮していただきました。

最後はその学校で活躍すべき、出来る職員を私の所に託してくれた校長がいます。多くを語る必要性はありません。出発するとき、堅くハグして分かれました。最初にあってから2年もたっていません。そこでは、多くの優れた行政の方々に会うことが出来ました。その研修会に先のA学校の先生が多数参観されています。何人かの先生と話しましたが、私への質問のレベルが並ではない。凄いとお思いました。

「人の世の幸不幸は 人と人が逢うことからはじまる よき出逢いを」と相田みつをは書いています。それを感じます。多くを学べたツアーでした。

[]大平山小学校 06:19 大平山小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大平山小学校 - 西川純のメモ 大平山小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は別府の大平山小学校に行きました。なんかホームっていう感じです。校長先生と話していると、馬鹿話が終わりません。職員集団の中で『学び合い』へのスタンスは様々です。それは授業をちらりと見れば明瞭です。でも、方向は同じ方向を見ています。それは明らかです。

 今後が楽しみです。我がゼミ生はこの学校に入っています。あるミッションを与えました。それは地域コミュニティーの再生の第一歩です。簡単なことなのですが、全校『学び合い』と同様に、やってみないと、それが簡単であり、可能性は大きいことが分かりません。ようは、バンジージャンプで一歩を踏み出すか否かです。もし、踏み出せば、確実に『学び合い』の次の次元に踏み出した最初の学校になるはずです。

[]同志 06:08 同志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同志 - 西川純のメモ 同志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 近畿、中国、九州という一連のツアーを終え、昨日、飛行機で東京に着きました。本日中に家族に会えます。

 嬉しかったのは、同志同士がどんどんつながっていることを感じました。小学校、中学校、高等学校の教師がごく普通に話し合える。教科が違う中学校、高等学校の教師がごく普通に話し合える。違った学校の教諭と校長がごく普通に話し合える。いや、教師以外の様々な方々と話し合える。

 同志同士だと、話し出せばすぐに分かる。互いが「子どもの幸せ」という共有の言語を持っているから。そして、『学び合い』における子どもの姿は、学校段階、教科を超えて同じだから。

 同志の方々へ。積極的に他県の『学び合い』の会に参加し、他県の同志の授業を参観し、他県の同志と子どもの話で盛り上がりましょう。

 皆さん、『学び合い』のセオリーは普遍性が高いことを思い出してください。みなさんの教室で、職場で、親しい人たちが固定的に学び合っていたら、それは何を意味するでしょうか?そして、どうなるでしょうか?そして、どうするべきでしょうか?自明だと思います。ならば、「今」行動しましょう。

13/12/07(土)

[]明るい図々しさ 06:51 明るい図々しさ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 明るい図々しさ - 西川純のメモ 明るい図々しさ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は古くからの同志が校長を務めている学校にまいりました。その方を見ながら思います。『学び合い』を推進される方には明るい図々しさがあると思います。

 見た目にはかなり「変」なことを他の人に勧めるのですから、そうとう図々しくなければなりません。「こんなことを言ったら・・・・」と悩む方は勧められません。少々その面が鈍感な方がいい。でも、図々しく求められても、「仕方ないな~」と思わせる人柄、明るさが必要です。

 昨日は楽しめました。

toukonyukitoukonyuki2013/12/07 07:45確かに、そうかもしれません。そういうことなら、私は鈍感さと図々しさは得意なほうかも…。勇気出ました。ほんと、毎日このメモには励まされてます。ありがとうございます!

jun24kawajun24kawa2013/12/07 22:12子どものため、自分のために、したたかに、明るく、図々しく。

13/12/05(木)

[]立花小学校 22:29 立花小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 立花小学校 - 西川純のメモ 立花小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は立花小学校の先生方と、馬鹿話で盛り上がっていました。私が「馬鹿」という時には、好意と賛辞の意味を含めて使います。否定的な意味で使う場合は「愚か」を使います。という言葉の使い方から言えば、みんな「馬鹿」です。明るい「馬鹿」です。楽しかった。

 全国の同志の皆さんへ。本日の自主公開で感激したことがあります。それは、本日の自主公開研修会では、特別支援学級の子どもが一人も例外なく、通常学級の『学び合い』に入っていたのです。四百人弱の学校ですよ!同志の皆さんならば、私のうれしさを分かってほしい。

 悔しかった。このすばらしさを公開したかった。

[]間尺 22:29 間尺 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 間尺 - 西川純のメモ 間尺 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人は、自分の間尺で、他人の行為を解釈します。卑しい人は、人を卑しい人だと解釈して、その人をコントロールします。

 商取引は、人は卑しいものだという前提で、だから、卑しいレベルのものは成り立っています。教育は、卑しいもので無いという前提で成り立っています。でも卑しい人はいます。そういう人と関わると、自分が卑しくなるように思います。

 というと、毎回、「私では無いか」と心配される方がおられます。大丈夫。私が想定している人は、絶対に、このメモを読みません。絶対に。だから、これを読んだ方は、想定している人ではありません。

13/12/04(水)

[]最高のパフォーマンス 22:02 最高のパフォーマンス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最高のパフォーマンス - 西川純のメモ 最高のパフォーマンス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は中学校の生徒の相手の講演会と、飛び込み授業をやりました。この十年間で最高の講演と、講義をしました。あの子どもたちの熱気と、視線、凄い。不遜ながら、私は天才だと多くの人に誇れる3時間でした。

追伸 本当に、私が怒りのアドレナリンで最高潮になった状態のすごさ、見せたいな。恐ろしいくらいですよ。ゼミのみんなへ。時松さんへ、詳細は聞いてください。

[]誠意 22:00 誠意 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誠意 - 西川純のメモ 誠意 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 言葉と行為は一致します。本当にそう思いました。言葉で誠意のあるふりをする人は、非常に分かりやすいところで誠意の無いことが分かります。誠意を出せない理由をいいたてます。でもね、誠意があれば、出せることを私は知っています。

 誠意の無い人とつきあうだけのエネルギーは無くなっていることを、よ~く、そして、久しぶりに実感しました。

 私は、あなたの友達では無い。

 久しぶりに人生勉強になりました。

[]佐賀 08:33 佐賀 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 佐賀 - 西川純のメモ 佐賀 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、唐津の鬼塚小学校に行きました。今年から取り組み始め、本格的に取り組んだのは10月からだと思います。その学校にゼミ生と行き、ゼミ生が単学級『学び合い』と全校『学び合い』の飛び込み授業をしました。 

 正直、10月からですので、ちょっとはやってればいいかな、と思いました。が、違います。凄かったです。全校『学び合い』での課題を見れば、どの程度か分かります。私に対する質問でどの程度か分かります。実にいい。

 この学校の先生方は、素直だな、と思います。何かを学び取るためには、入門時期に我流を出さず、手本通りにやることが大事です。そのようなことが出来るからこそ、この速度で変化できるのだと思います。また、合計、3時間分、すべての先生が我々の飛び込み授業を参観しています。その目の付け所もいい。

 短い時間ですが、充実した時間を過ごしました。

 その後は神埼市教育委員会に移動です。私に2時間強の時間を与えていただきました。悉皆研修ではないのにもかかわらず、神埼市以外の広い範囲の先生方がご参集いただきました。その先生方の机を見ると、ステップアップやジャンプアップなどもありました。先生方の熱意を感じ、気持ちよく語ることが出来ました。

追伸 鬼塚小学校の校長も、神埼市の教育長も、とてもチャーミング(というより美人)な女性でした。

[]質問 08:33 質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 質問 - 西川純のメモ 質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私に対する質問で、どのようなレベルかが一目瞭然です。その種明かしです。

 第一に、『学び合い』をやらないことを合理化する質問です。たとえば「最後のまとめはしてもいいですよね」、「うちのクラスには○○タイプの子がいて、その子は・・・・・という子なんです。だから、その場合は『学び合い』は無理ですよね」という質問です。

 ところが、『学び合い』をやろうとしている人は、「最後のまとめをしないのは何故ですか?」、「どのようにしたら子どもが分かったということを確認できるのでしょうか」、「うちのクラスには○○タイプの子がいて、その子は・・・・・という子なんです。その場合、どのように『学び合い』をすればいいのでしょうか?」という質問になります。

 わかりやすいでしょ?

 次に、やり始めてからの質問ですが、最初は課題の出し方を質問します。ところが、子どもたちが動き始めると、そのようなことは重要でないことが分かります。むしろ、自分が何を達成したいのかを吟味するようになります。

 課題の出し方を質問する段階を脱すると、次に、学びの輪の中に入れない子どもをどうしたらいいかを質問します。入門段階の人だな、ということが分かります。

学び合い』で子どもがゴチャゴチャ動き始めると、クラスの闇がはっきりと見えてきます。阻害されている子、分かったふりの子、授業を放棄して遊ぶ子などです。しかし、それらの解決先は、その子をなんとかするのではなく、集団に全員達成を愚直に求め続けるしかないことが分かってきます。充実段階の人だな、と分かります。

 次に、『学び合い』によってクラスの状態が良くなっていたと感じたが、最近、マンネリ化してきたことを質問する人です。この方の場合は、通常の教師が求めないことを求めなければならないのです。たとえば、テストで全員100点とか、全国学力調査で全国1番とか、全員がその地域の有名進学校に進学するとか、です。冷静に考えれば、笑っちゃうようなことを真顔で求めなければならないのです。それによって、『学び合い』をリードする2割の子どもに「やる気」の炎を燃やし続けることが出来ます。ああ、そろそろ発展段階に移行する人だな、と分かります。

 ね、分かりやすいでしょ。昨日の、鬼塚での質問のレベルは非常に高かったです。

追伸 でも、もう一つあります。私に質問するようなことが無い人です。それも研究推進部の人という場合もあります。この場合は、当人の問題ではありません。管理職の問題です。管理職がちゃんと目標を明示し、求めてない場合に起こることです。自分では説得の前面に立たず、少数の人を校長室に呼んで「おまえやっておけ」と言うタイプです。時には、私が説得役になることを求めます。でも、私は管理職ではありません。当然、出来ません。

[]川柳 05:35 川柳 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 川柳 - 西川純のメモ 川柳 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある学校で、あるクラスを見ました。凄いです。これだけの動きが出来るのを見たのは、お亡くなりになったS先生のクラス以来です。そのクラスは、知的な障害がある子どもがいるクラスなのに、社会科で3回連続で満点を出したクラスです。

 自らも『学び合い』の実践経験のある現職院生のゼミ生は「このクラスは異次元だ」と言っていましたが、私も同感です。廊下に、川柳が張っていました。聞いてみたら「遊びでやらせてみました」と笑いながら言っていました。

 お許しが出たので、公開します。http://p.tl/D1ZT

concert3concert32013/12/05 06:08最高の講義と授業でした。特に5時間目,先生が最初にお話された4点を意識して学習を進める生徒さんたちの姿が素晴らしかった。特に終末の10分間。全員達成に向けてあちこちで行われていた動き,友達が達成したことを心から喜ぶ姿,集合した時の達成感あふれる表情…素敵でした。ありがとうございました。

scorpion1104scorpion11042013/12/05 06:42飛んで行きたかったのですが…。

jun24kawajun24kawa2013/12/05 22:09『学び合い』のセオリーは正しく、私は天才だと確信しました。ふぉふぉふぉ。な~んっちゃって

13/12/03(火)

[]明日 22:42 明日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 明日 - 西川純のメモ 明日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日、私は中学校で子どもたち相手の講演をして、その後、全校『学び合い』を仕切ります。

 おそらく、ある理由から5年に1度の語りをするはずです。私の体にアドレナリンが満ちあふれています。二度としなくない。

[]自爆剤 06:52 自爆剤 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自爆剤 - 西川純のメモ 自爆剤 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不遜ながら申します。私はお金の取れる講演をします。暴走族相手に物理の授業をやっていたんですから。が、学校に呼ばれての講演は、危険です。

 「『学び合い』をやろうと思うんだけど、ここが分からない、あそこが不安」という方に対しては私の話は良薬になる可能性があります。ところが「『学び合い』をやりたくない!」と思う方の場合、私の語る一言一言が「『学び合い』をやりたくない!」を補強する材料になります。

 不特定多数を対象とした講演の場合は、私の話術に取り紛れて「へ~、そんな実践もあるんだ~」と思う人が大多数だと思います。私は数百人の講演会で、数人の人が「やろう」と思っていただければ満足だと思っているぐらいです。

 ところが学校は別なのです。たとえばテレビで芸人がゴキブリ料理を食べていたとします。その国ではゲテモノではないのです。それを見ていても「あはははは、そんなもの食べているの。」ですみます。が、もし、その料理を自分が食べなければならず、そのことを納得させるためにその番組を見させられたとしたら、どう思いますか?見て「食べよう」とは思いませんよね。そして、より強く「食べたくない」と思うでしょ。

 「やろう」と決まっていない段階の学校で私の講演をすれば、それと同じです。おそらく、大反対をする人が出ます。必ず出ます(その人の方が普通だと思うのです)。そうなれば村社会である職員室は、その人に合わせます。

 つまり起爆剤になるのではなく、自爆剤になってしまうのです。私は劇薬です。用法に注意しましょう。

[]三入小学校 06:52 三入小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 三入小学校 - 西川純のメモ 三入小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は広島市の三入小学校にまいりました。実にいい。先生方の暖かいまなざしの中で語れました。これからどんな発展があるか、大いに楽しみです。

sakusaku0428sakusaku04282013/12/04 03:04三入小学校さんの授業も参観したかったです。そういう学校に勤めたいなぁと感じました。っといいますか、そういう学校に自分がしていきたいと思います。まずはパートナー探しから…

sakusaku0428sakusaku04282013/12/04 03:05三入小学校さんの授業も参観したかったです。そういう学校に勤めたいなぁと感じました。っといいますか、そういう学校に自分がしていきたいと思います。まずはパートナー探しから…

jun24kawajun24kawa2013/12/04 05:30したたかに、やってください。

13/12/02(月)

[]足して2で割る 08:51 足して2で割る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 足して2で割る - 西川純のメモ 足して2で割る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は超シンプルな『学び合い』を提案しています。しかし、それ以外を認めないと申しているのではないのです。そのあたりを誤解されて「西川先生は駄目だというだろうけど」、「西川先生は怒るだろうけど」と言われるのを心苦しく思います。ま、私が面前としている時に言ったり、私が読むことを予想している場所に書いてあるのですから、悪気はなく、冗談半分であることは十分に予想できるのです。しかし、私と直にあって、馬鹿なおっさんであることを知らず、教条的な大学教師と思っている人には、額面通りに受け取られかねません。で、定期的にアップします。

 私は大学の教師であって、小学校の教師でもなく、中学校の教師でもなく、高校の教師でもありません。だから、小中高の子どもを教えることに関しては、小中高の先生がプロだと敬意を払います。しかし、『学び合い』を教師に伝えたことに関しては、ダントツで私がプロだと思っています。伝えた教師、学校の数が違います。伝えた教師の多様性もダントツです。中には、『学び合い』をやりたくないという人に伝えることもあるのです。

 その経験から言えば、シンプルでない『学び合い』、具体的には従来の手法を取り入れたた足して2で割る『学び合い』は、初心者には難しいのです。足して2で割る『学び合い』は一斉指導での力量が極端に高い教師のみが出来ることです。ところが、人は自分の経験に照らして、一般化します。たった一人(もしくは数人)の「自分」の経験に基づいて、一般化してしまうのです。私は直に伝えた教師だけでも数百人います。

 なぜ足して2で割る『学び合い』は難しいのでしょうか?それは、教師の介入する割合が多くなれば、その教師の力量に成否がかかってしまうからです。たとえば、中間のまとめ、後出しじゃんけんの指示は一斉指導ではよくあることです。というよりも一斉指導の多くの教師は、自らが何を目的に授業しているかを明確に考えずに、とりあえず授業をして、後出しじゃんけんで修正することはよくあることです。

 中間のまとめ、後出しじゃんけんの指示、さて、それが有効な子どもは何人いるでしょうか?クラスの中には東京大学に進学するかもしれない子もいる一方、知的な障害が疑われる子どもがいるのです。その子どもの顔を一人一人思い出してください。さて、何人がその中間のまとめや後出しじゃんけんの指示が有効でしょうか?

 一般の教師だったら3割程度、名人教師であっても6割程度だと思います。でも、従来の一斉指導の場合は、子どもたちは座っていて、黙っているので、その問題点が表出しません。ところが、『学び合い』はよい面も悪い面も、非常にわかりやすい状態です。3割程度しか有効でない中間まとめや後出しじゃんけんの指示をすれば、『学び合い』の質は下がるのは当然です。

 事実、私のところに来る『学び合い』の悩みのうち、同僚・上司とのおりあいの付け方以外の悩みの九割以上は、足して2で割る『学び合い』によって生じたものです。

 ただ、シンプルな『学び合い』の欠点は、多くの教師が信じ切れない、ということです。信じ切れなければ、それが子どもに伝わります。それを乗り越えるために、『学び合い』ステップアップでは、イベントの『学び合い』から入ることを提案しています。イベントだったら、週1時間だけならば、割り切ってシンプルな『学び合い』に取り組める人はかなりいるでしょう。そして、より確実に『学び合い』を学ぶ道として、『学び合い』ジャンプアップで紹介した合同『学び合い』、異学年『学び合い』を提案しています。これは思いつきでやっているわけはありません。千人を超える教師、数十の学校に『学び合い』を伝えた経験と、それに関わる学術データで保証しているのです。

追伸 『学び合い』の考え方が分かった後は、「一人も見捨てない」という軸をぶらさない限り、自由に変形しても大丈夫だと思います。私がやっているのは、入り口だけを用意しているだけなのですから。

[]地方 08:51 地方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 地方 - 西川純のメモ 地方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 都市部は教育委員会の縛りが強いために隠れキリシタンのように『学び合い』を実践している方が少なくない。しかし、それを勘案すれば、『学び合い』の広がり方は都市部に近づくほど厚みがついています。一方、地方になればなるほど弱くなる傾向があります。

 何故かと言えば、問題意識の差だと思うのです。

 都市部、また、都市部に近いベットタウン化した地域の保護者は学校にちゃんと要求します。具体的には、成績を上げてほしいし、子どもは喜んで学校に行ってほしいと願います。当然の願いだと思います。しかし、今の一斉指導は2割程度の子どもは完全に切り捨てることによって成り立っている教育です。これは教師の能力とか熱意とか言う問題ではなく、子どもの多様性を認めれば小学生にも分かる理屈で、2割程度の子どもは切り捨てざるを得ないのです。でも、その2割の子どもの保護者が問題解決を求めてくるのです。

 一斉指導では出口はありません。だから、『学び合い』が広がっているのです。

 一方、地方では状況が違います。何が何でも成績を上げてほしいとは願っていません。なかには成績を上げるとクレームが来る地方さえあります。なぜならば、成績が上がり大学に進学したら地元に戻らないことを恐れているのです。

 地方に行けば、都市部の学校からは考えられない二十人学級、十人学級、はては二三人学級が実現しています。そのクラスサイズで経験十年以上の教師が教えているのですから、よほど相性が悪くなければ、都市部よりも教科指導はやりやすいです。そして、教師自身も「やった」という充実感を感じることが出来ます。

 しかし、NRTが高いことで有名な小規模校の子が、進学先では鳴かず飛ばずになることは一般的ではないでしょうか?NRTの結果は子どもの能力ではなく、その学校のクラスサイズと教師の能力に過ぎないのです。そして、大きな学校に進学し、不適応を起こしてドロップアウトしてします。しかし、問題が起こるのは進学してからであり、その問題の責任は進学先が担っているのです。保育園、小学校、中学校の12年間、ずっと同じメンツで学習している地域も少なくありません。そうなると高校で表出する問題の責任がどの学校、どの教師にあるのかも訳が分からなくなってしまう。そして、問題が起こっても保護者は怒鳴り込まなくなるのです。

 そんな地域では何をやるでしょうか?とにかく目立ったことをやります。なにしろ結果に関しては誰からも評価されないのですから、「やった」ことが大事になります。「やった」とわかりやすい、その時のキーワードを前面に出した研究をドカンと打ち上げるのです。都市部学校は保護者からの要求に疲れ切っているのですから、そんな打ち上げ花火をやる余裕なんてありません。だから、なおさら目立つのです。

 大人になってからのことを考えれば、地方の子どもたちの方が危機的なのに・・・と思い、焦っています。

[]思いつきでやらないで 08:51 思いつきでやらないで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思いつきでやらないで - 西川純のメモ 思いつきでやらないで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育実践の世界では「思いつき」で満ちあふれています。

 たとえば少人数指導です。事の発端はフロンティア事業ですが、そもそもフロンティア事業の全文を読んだ人がどれほどいるでしょうか?ちゃんと読めば「少人数指導をしろ」とは書いてないのです。可能性のある指導法の一事例として書かれているに過ぎません。ところが、どの段階かで少人数指導だけが一人歩きしてしまいました。

 そもそも少人数指導が何故有効なのでしょうか?「え、だって有効だろ」と思うかもしれません。でも、それは素人考えです。私の知る限り、少人数指導が有効だという学術データを知りません。少なくとも、それにかかる労力と予算に見合っていると示した学術データを知りません。

 学校に行けば、論理的説明するにはこれこれの話形(たとえば、「私は○○だと思います。理由は・・・・」)で話しなさいと書かれた模造紙が貼られています。しかし、その話形が論理的であり、かつ、その話形で語れば論理的になると示した学術データそ知りません。逆に、科学史研究の成果を学べば、科学者はそんな話形で話し合っていないことは学術的に明らかです。

 教育委員会が授業の型を示している場合もあります。しかし、その型が有効であるという学術データがあるのでしょうか?おそらく、18世紀のヘルバルトに影響を受けた明治時代の五段階教授法の変形なのでしょう。実証データで基礎づけられなかった時代の授業の型を、現代でも踏襲していることを奇異に思います。

 私が若い頃の話です。理科の学会に教科調査官が来て、新しい学習指導要領の説明をしました。その際、ある先生が学習指導要領のここが悪い、あそこが悪い、だから、私はこう教えていると言い始めたのです。はっきり言って喧嘩をふっかけているんです。若い私はドキドキしながら聞きました。その教科調査官は、やんわりとあなたがそう教えていることが正しいという根拠を問いました。問いを重ねている結果として、それをやっているのは、同僚や校長や保護者や子どもと無関係に、その人が、そう思ってやっていると言うことを浮き彫りにしました。そして、学習指導要領を無視して、その人が思うとおりに他人の子どもに教えてよいのは何故かと教科調査官は問いました。その人は「自分は教師だから」と言ったのです。

 そこで、教科調査官は、その人が教師であるという身分を持っているのは、公務員法や教育公務員特例法などの法に基礎があり、それがなければ単なる物知りおじさんに過ぎないことを指摘しました。そして、教師が一定の法に基づくプロセスによって決まった学習指導要領を否定すれば、教師であることを自己否定することを明らかにしました。明らかに、その人の負けです。私は学習指導要領が神の啓示のごとく正しいとは思っていません。しかし、学習指導要領は民主的な手続きによって定められたものであり、個々人の思いつきで、それを無視していい訳ありません。どうように、個々の組織の思いつきで無視していい訳はありません。

 我々は他人の子どもを教えているのです。保護者から「何故?」と問われたならば、法によって答えなければなりません。法に書かれていないことを他人の子どもに強いたならば、それを説明できるだけの根拠を持たねばなりません。つまり「だって、当たり前でしょ」とか、「みんなやっていることでしょ」では駄目なのです。

 はたして、いろいろな学校で指導されている話形、授業の型に実証的データに基づいた根拠はあるでしょうか?

 ちなみに、「一校時中、静かに座って、ノートをつけなさい」ということは学習指導要領はもちろん、教育基本法、学校教育法、その他の関係法規に、どこにも書かれていません。

 『学び合い』は「だって、当たり前でしょ」とか、「みんなやっていることでしょ」ではなく、ちゃんと学術と実践のデータによって吟味されて成長しています。

[]広島 05:59 広島 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広島 - 西川純のメモ 広島 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は広島市で『学び合い』中国の会がありました。広島でも芽が出たように思います。今日は三入小学校で楽しみたいと思います。

daitouirukadaitouiruka2013/12/03 04:42「論理的」の件、大変興味深く読ませていただきました。
現在、国語教育の中では「論理的」という言葉がとてもよく聞かれるようになってきており、私自身も少なからず興味を持ち、関連する書籍などもいくつか読んでいたからです。

そのことについてこの欄に少しお書きしてから質問しようと思ったのですが、書き始めてみて、とてもとても長くなりそうなので、近々お会いしたときにでも直接お話しさせてください。

その前に言葉の定義として、西川先生のお考えになっている「論理的説明」や「論理的思考」というものはどのようなものなのでしょうか?
そして、それを身につけるためにはどのような学習をしていけばよいとお考えなのでしょうか?
できればお聞かせください。

ogymogym2014/01/12 22:23[学習指導要領を無視して、その人が思うとおりに他人の子どもに教えてよいのは何故か]

「学校の研修の方向性を無視して、あなたが思うとおりに教えてよいのは何故か」を問われてしまうことが現場では多いように思います。研修内容や授業形式がそもそも…となると、積み上げてきたものを崩すのは3年しかいられない職員ではだれも硬直して大鉈をふるえない。

変えれない、と思って変えないのではなく、変えて…正常な状態に微力ながらできることをしていきたいと思います。