西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/11/25(月)

[]管理職の老後 21:42 管理職の老後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 管理職の老後 - 西川純のメモ 管理職の老後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この年になれば、人生の先輩の老後を色々と見ることになります。現役の時は権力者として生きていたのに、退職したとたんに惨めなジジイ(ババア)になる人を見ています。ところが、現役はもちろんのこと退職後も輝いている人もいます。

 これって管理職は落差が大きい。

 主に若い人、そして自分に対するメモです。

 相田みつをは、「人の世の幸不幸は、人と人が逢うことからはじまる よき出逢いを」と書いています。わたしもそう思います。大きなビルを築いて、ダムを築いて、それで自分の人生の意味を感じる人がいるかもしれません。でも、そうではないと思います。ビルやダムの向こうに人を感じたとき、人生の意味を感じると思います。

 教師人生、子どもとの出会いによって、人生の意味を感じます。管理職になると言うことは、人ではなく、ビルやダムを建てる仕事と言えます。だから、人生の幸せを感じることが難しいと思います。彼らが幸せを実感するには、ビルやダムを立てる意味を感じている、管下の人との繋がりによって得られます。

 では、管理職はどのようにして幸せになるべきでしょうか?それは職場を教室にするべきなのです。子どもとのふれあいはないけど、職員とのふれあいは出来ます。子どもの幸せを願う職員との繋がりを持つことによって、管下の職員とは違う喜びを持てます。

 色々な管理職に会いました。日々の雑務をこなすことで手一杯な人もいました。そういうことも必要でしょう。そんな人の愚痴もいっぱい聞きました。でも、その人たちをうらやましいとは思いません。だって、夢がないから。

 管理職の幸せとは、夢を持つことです。管下の職員が分かってくれるか、否かではなく、とにかく大事だと確信を持つことを何度でも語れるだけの夢を持てることです。そして、その夢を共有できる管下の職員と「ワッショイ、ワッショイ」と声を掛け合うことなのです。

 でもね。これって管理職にならないと思った人も同じなのです。

 物事をなす管理職は、同じ願いを持つ様々な年齢の教諭と繋がれた人です。でも、教諭として物事をなす人は、同じ願いを持つ管理職と繋がれた人なのです。

 私は多くの人の老後を見ました。

 現役の時に持っている絶大な権限を使わず、その権限が限定的であることを愚痴り、日常業務処理に終わった人を。その人は日常業務とは思わず成果と思い込んでいるでしょう。でも、その人の願ったことを受け継がれないならば、しょせん、その程度なのです。

 現場主義に徹する人もいます。それは、それで美しい。でも、それは誰かがやらねばならないことを、自分がやりたくないから人に押しつけているのです。私がそうです。その我が儘を恥じるべきです。私は恥じます。でも、本当にやりたくない。だったら、管理職になってくれる人で、自分の願いを実現する管理職を見つけ、全力でそれを支えるべきです。

 職階は目的ではなく、手段です。ようは、より多くの人と繋がれる志を持てるか持てないか、それが管理職、いや教諭としての老後を決めるように思います。

 私は、『学び合い』を通じて、手本とすべき先輩と後輩で出会えたことを喜びます。もし、私が学術の世界の論文の数、学会賞の受賞、学会での地位、で人生の意味を感じる人(ビルやダムで実感する人)と同じだったら、老後は危ういと思います。

追伸 目の前の子どもの幸せは、あなたは保証できるでしょう。でも、あなたが卒業させた後の教え子の幸せを保証できるでしょうか?「その子」のレベルならば無理です。私だってそう。だから、「その子」を受け入れる社会を考えなければならない。それは私の仕事ではないという人はいるでしょう。そうかもしれません。でも、自分にも出来ることはあります。