西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/11/10(日)

[]好かれる先生 21:23 好かれる先生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 好かれる先生 - 西川純のメモ 好かれる先生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来週の授業準備のために「ルーキーズ 卒業」という映画を見直しました。この映画は、現状の理想の教師像のプロトタイプを端的に表しています。

 私の授業ですので、私からはシャープな課題をぽんと出して学生さんに話させます。その間は学内をゆっくり散歩します。その日のテーマは「好かれる先生」です。

 さて「ルーキーズ 卒業」は非常に変な映画なのです。だって、全編の中で主人公の教師が担当の現代国語を教える場面が全くありません。学園ドラマなのに・・・・・。教科学習は感動には縁遠いと思われていることを端的に表れます。だから、教師の中には部活の顧問をしたいために教師になりたい人もいます。また、中高の教師の中には授業は半ば捨てて、部活に燃える人もいます。

 さらに映画のラストには十人の部員たちに切々と語り、部員たちは教師に切々と語ります。感動の場面です。でもね、変じゃないですか?例えば、小中高の担任が卒業式の後、クラスの中の3人だけを残して、「お前たちは俺の夢だ」と切々と語っていたとしたら、どう思いますか?

 これは現状の理想の教師像は、親兄弟をモデルにしているからです。でも、親兄弟のモデルの教師では三十人のクラスの教師にはなれません。依怙贔屓が起こります。しかし、依怙贔屓を受けた子が教師になるため、その矛盾を感じず、再生産が起こってしまう。

 これを私からの三つの問いかけと1時間程度の議論の中で気づかせ、発展させたいと思います。

追伸 今気づくと、我がゼミには、小中高で依怙贔屓されなかった子が少なくないな~。

[]型を教える 10:06 型を教える - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 型を教える - 西川純のメモ 型を教える - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何事も型から入り、型から離れます。それはテニスでも剣道でも、そして『学び合い』も同じです。だから、型を学ぶことは大事です。が、私から見ると馬鹿馬鹿しい型学習があります。

 それは学ぶ必要性もない型を教えている場合です。

 小学校に行くと、「ふわふわ言葉」、「チクチク言葉」と書かれた掲示物が貼られています。そして、「ふわふわ言葉」の型を指導している場面に出くわします。馬鹿馬鹿しいな~と思います(が、黙っていますが)。

 チクチク言葉を喋ってしまう子どもは「チクチク言葉」が悪いとは知らないのでしょうか?いいえ知っています。ふわふわ言葉を知らないのでしょうか?いいえ知っています。だって、子どもたちの会話を聞けば、相手によって「ふわふわ言葉」と「チクチク言葉」を使い分けています。それも幼稚園の子どもでさえもです。つまり、彼らに教えるべきは「ふわふわ言葉」ではなく、「チクチク言葉」を使う相手が「ふわふわ言葉」を使うべき相手であることを分からせることなのです。

 もちろん使い分けの出来ない子どももいます。典型的な子どもはアスペルガータイプの子どもです。でも、そのような子どもは、そもそも「チクチク言葉」をしたときの相手の感情を想像できないのですから、指導したって「何故?」と思うだけのことです。

 場面緘黙の子どもに話し方の型を教える場合もあります。これまた馬鹿馬鹿しいです。だって、その子は家に帰れば喋れるのですから。彼らに教えるべきは、クラスメートも家の人と同じ関係を結べることなのです。

 問題解決の過程や科学の過程などを教えるのも馬鹿馬鹿しいと思います。そもそも仮説設定を分からない子どもはどれほどいるでしょうか?例えば、おもちゃが見つからなくて探す場合、どこにあるだろうという仮説無しで小学生が探すと思いますか?まあ、そういう子どももいます。でも、親が必ず教えるはずです。

 理学部出身者は思い出して下さい。研究室に入って小中高でやっているような問題解決の過程や科学の過程などを教えられたことがありますか?あるわけ無い。そこでの問題解決の過程や科学の過程を学び方は正統的周辺参加に準拠しています。つまり、実際の科学者集団の中に入り、その中で現実の問題解決に参加することによって様々なことを学びます。そこで必要とされる問題解決の過程や科学の過程などは高度に領域固有的であり、文脈依存的であるから、それしか学べません。普遍的な問題解決の過程や科学の過程などはフィクションです。まあ、わざわざ学校教育で学ぶようなものはないでしょう。

 でも、上記で学べるのは通常科学の問題解決の過程や科学の過程に過ぎません。つまり、ほぼ一定の手順を踏めば結果を出せるようなものばかりです。

 では、それ以上のパラダイムシフトが必要な問題解決の過程や科学の過程はどうしたらいいでしょうか?結論から言えば、そんなのあるわけありません。だって、そんなのがあるならばパラダイムシフトとは言えませんから。では、パラダイムシフトはどうやって起こるのでしょうか?一部の大天才は別にして、もっともそれに近い方法は「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する」ことなのだと思います。そして、その教科が全く分からない子どもが分かるときには、その子にとってパラダイムシフトが起こるのです。

 例えば理系の人間は、距離を時間で割れば速度が出ると、直ぐに納得します。しかし、理系でない人は「何で距離を時間で割れるの?だってリンゴをミカンで割れないでしょ!」と思うのです。その人が「距離を時間で割れば速度が出る」ことを納得する過程は、パラダイムシフトなのです。それを乗り越えるには、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」が必要なのです。つまり『学び合い』が必要なのです。

takami_swctakami_swc2013/11/11 20:43>普遍的な問題解決の過程や科学の過程などはフィクションです。
>まあ、わざわざ学校教育で学ぶようなものはないでしょう。
では学校教育(理科教育)では何を学ばせればいいのでしょうか。フィクションであることを分かった上で,最も一般的な型としての問題解決の過程を経験させることは必要だと思っていましたが・・・うーん分からなくなってきました。現在学校で教えている問題解決の過程は実際にはあり得ない型であるから学ぶ意味はなく生活の中で自然に身に付いていくレベルのことと考えればいいのでしょうか。

jun24kawajun24kawa2013/11/11 22:06我々の研究によれば、理科の特徴は、日常経験を元に推論することを学ぶ教科であると言えます。その他、理科の陶冶価値は様々あります。問題は、どうでも良いことが、陶冶価値だと思われているところです。

takami_swctakami_swc2013/11/11 23:10教科の陶冶価値に関しての先生のメモを読み返してみました。よく分かりましたが現状ではこれを主張すれば完全に干されるような気がします。したたかにやっていく方法を模索します。

jun24kawajun24kawa2013/11/12 08:38驕らず、腐らず、したたかに。