西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

13/11/30(土)

[]分からない 03:25 分からない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からない - 西川純のメモ 分からない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今から、6、7年前だったら、全国で『学び合い』を本当に実践している人は9割以上は把握していました。でも、今は把握不能です。昨日の神戸での『学び合い』の会でも、初対面の方々に会えて嬉しかったです。

13/11/29(金)

[]発表会 21:43 発表会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 発表会 - 西川純のメモ 発表会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は卒業研究の中間発表会です。私は「な~んも」していません。彼らの発表を「はじめて」聞きました。でも、高レベルです。質疑応答もなかなかのもんです。細かいことを言いたいこともあります。でも、細かいことを言えば、阻害することも多い。

 私は誇ります。我がゼミは、私の教育力より、遙かに上を行っていいる。

 多くの人は、私の言うことを変と思うでしょうね。でも、職員室に置き換えれば自明なのです。私は自慢をしているのです。私は、私の個々人に対する指導力を自慢しているのではありません。私は個々人に対する指導力を持つ集団に対する指導力を自慢しているのです。この醍醐味を多くの教師は味わっていない。

13/11/28(木)

[]ツアー 11:02 ツアー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ツアー - 西川純のメモ ツアー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回のツアーでは 『学び合い』のテクニックの話と、 『学び合い』の学力向上の話という、二大定番の話を中心に話そうと思っています。いわゆる十八番ということです。ツアー中の12月2日、6日以外は飲み会がありますが、オープンです。

11月30日 学び合う会in 神戸

 私は 『学び合い』のテクニックの話をします。 『学び合い』は一見、先生が何もしていないようにしか見えません。それにも関わらず、「成績が上がる」、「人間関係が良くなる」と言われたって眉唾物ですよね。でも、ちゃんと種があります。それを語ります。http://p.tl/pvTE

12月1日  『学び合い』中国の会(広島市)

  『学び合い』で成績が上がるって言われたって信じられないのが当然です。だって、板書も発問もしないですから。でも、板書も発問もしないから成績が上がるのです。手品みたいですが、ちゃんと種があるのです。それは、今まで学力向上で一生懸命になっていたところは、将来、教師になろうとする人種の人が悩んでいるところなのです。圧倒的大多数の子どもが分からないところは別なところにあります。それを理解していないので、今まで行われたありとあらゆる学力向上策が有効では無いのです。では、子どもは何が分からないのか、それを語ります。分かれば、当たり前のことなのです。http://p.tl/sEsF

2日 広島市立三入小学校

前回、お邪魔したときからどれほど爆走しているか楽しみです。私は 『学び合い』のテクニックの話をします。前日の話と一対です。http://p.tl/UgNn

3日 午前:佐賀県唐津市立鬼塚小学校

 西川ゼミの現職院生が単学級と合同 『学び合い』の飛び込み授業をします。たった一時間で、子どもたちがどれほど変わるかを先生方に見ていただきたいです。

   午後:神埼市教育委員会

 私に2時間の時間を与えていただけることになりました。こうなると、大学での授業のように話し合わせる演習をしたいなと、思っています。

4日 佐賀県東部教育事務所で打ち合わせ(勝手知ったる事務所ですので、気軽に雑談をしたいと思います)

   中学校で 私が飛び込みの合同 『学び合い』をします。

5日 福岡県八女市立立花小学校

 先生方の実践を見て、先生方のお悩み相談をしたいと思っています。

6日 大分県日出町立藤原小学校

 今年から初めて、すぐに公開授業です。今、ばく進しています。私は定番の学力向上の話をします。http://p.tl/xPTN

7日 大分県別府市立大平山小学校

 今年から大分県から派遣された現職院生の置籍校です。 ご期待あれ。私は 『学び合い』のテクニックの話をします。前日の藤原小学校の話と一対になる話です。http://p.tl/fsIL

以上 お誘いします。

[]幸せ 07:03 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来週は中学校で3時間の授業をします。1時間目は全校生徒に対する講演です。2時間目、3時間目は3学年の合同『学び合い』の飛び込み授業です。

 私的には最悪です。ま、ギャラを50万円ぐらいは欲しいぐらいです。だって、私は大学教師であって中学校教師ではありません。「名選手名伯楽にあらず」と言いますが、「名伯楽名選手にあらず」です。第一、飛び込みでは、私が使っている「子どもをいじくる」というテクニックが使えない。だって、どの子をいじくっていいのかが分からないですから。という愚痴を一応言いましたが、なし崩しでやることになりました。

 で、昨日、中学生用のプレゼンを完成しました。基本構想は「幸せ」です。

 日本の教科教育で、さらに、キャリア教育で決定的に欠けているのは、「自分にとっての幸せとは何か?」ということを考えさせていないことです。それ無しに、教師は「志望校に入るため」、「なりたい職業に就くため」と言ったり、職業体験をさせたりします。たしかに、子どもの中には、自分の将来を見据えて考えられる子もいるでしょう。でも、その割合はきわめて少ないと思います。

 志望校を選ぶ場合は、どんな学校生活をして、卒業後にどんな職業に就くかを考える子どもがどれほどいるでしょうか?高校選択の場合、ほぼ序列化した高校の中で自分が入れる学校の上の方を狙うでしょう。もしかしたら、余裕を持って入れる高校に入った方がいい場合だってあります。例えば、ぎりぎりで入った進学校の中でビリグループに入ってやる気を失う可能性は少なくないですよね。でも、そんな学校生活をイメージすることなく、とにかく序列で考えるでしょう。

 大学入試だってそうです。自分がどんな職業に就くかを考えることではなく、まず、自分の得意、不得意科目によって理系、文系を分けます。そこから大凡の学部を選び、あとは偏差値を見て決めているはずです。その大学にどんな先生がいて、どんなことを学べるかを真剣にリサーチして入る受験生が1%もいるでしょうか?

 大学生の職業選択はどのように決めているでしょうか?自分の入った大学の卒業生が就職したところ、または、そこに案内をおくる企業から選んでいるのではないでしょうか?

 つまり、常に1年程度しか先を見ていない。現状の積み上げでしかない。受け身的でしかないのです。

 本当は、「自分にとっての幸せとは何だろうか」が最初であるべきです。「その幸せを実現するにはどんな人生設計をしたらいいだろうか」→「そのためにはどんな職業に就くべきか」→「そのためにはどんな学校に進学し、どんなことを経験すべきか」→「そのために、今、どのように勉強すべきか」の一貫した流れが必要だと思います。それは、小学校の頃から、常に考え、常に改良すべきだと思うのです。

 私は教師の職能を、子どもが知らない知識・技能を知っていて、それを教えることだとは思いません。そんなことを出来る子どもはかなりいます。そんなのは子どもの次元なのです。教師の職能とは、子どもが思いもつかない次元から物事を考え、それを直近の問題(例えば、今、どのように勉強するか)と結びつけて語れるかにあると思います。その事によって、子どもたちの視点を、1年先、ではなく、3年先、10年先、30年先を考えられる子どもに育てなければなりません。

 教師の仕事は、かけ算の九九を教えることではありません。年号を教えることでもありません。

 教師の仕事は、彼らの10年先、30年先、50年先の「大人」に育てることだと思っています。そんなことを気づかせる1時間目にしたいと思います。それをベースに3学年合同『学び合い』によって、それが学校でも出来ることを経験させたい。

 そんなことを考え、プレゼンを創りました。

追伸 今後は、こんなことがないように、私の飛び込み授業をやって欲しい場合は、相当額のギャラを要求するということを明記することにしました。そうでないと、気楽に頼まれたのではかなわない。http://p.tl/0Drj

追伸2 ちなみにプレゼンの前半は、学校の勉強は大人になってから殆ど役に立たないと大人たちは知っているし、実は教師自身もそう思っていることを学術データで述べます。その他、一般の先生が言っている「勉強しないと大変だぞ」というのは誤りであることを延々と述べます。きっと、困ってしまう先生も少なくないし、「なんだあいつは!」と苦情を私の講演を頼んだ人に行くでしょうね。ま、私は劇薬ですから、使い方に注意しなければ。

concert3concert32013/11/29 00:01来週はプレゼン,授業(ゴメンなさい),演習よろしくお願いします。その分,夜はたっぷりおもてなしさせてください。楽しみにしています!!

jun24kawajun24kawa2013/11/29 05:43お~、50万円分のお、も、て、な、し、期待していますよ。ふぉふぉふぉ

karakusa01karakusa012013/11/30 23:07その通りだと思います。目先のことではなく、もーーーっと先を見据えて教育実践です。来週は学力テストのための勉強です…でも子ども達には高校入試の話をしています。「どうせならみんなでわかる方がいいじゃないか!」と…

明日は中国の会ですね。僕は残念ながら息子のハンドボールの試合で参加できませんが…。

jun24kawajun24kawa2013/12/01 03:12息子さんの活躍をお祈りいたします。

13/11/27(水)

[]無視 06:44 無視 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 無視 - 西川純のメモ 無視 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私がお仕えした、ある学長から教えて貰ったことです。曰く「出世する人は、人の話をよく聞いて、そして、それを無視できる人」。確かにだと思います。私のような凡人は、自分の考えに反する話をされると、とにかく論破したくなってしまう。そこをぐっと我慢できる人が出世できるのでしょう。でも、単なる凡夫は人の話を良く聞けばそれになびいたり、むげに断れなくなったりする。ところが出世する人は、それをさらりと無視できる。凡夫には出来ないことだと思います。

 「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」(学陽書房)に書いたエピソードです。ミケランジェロがフェレンチェのダビデ像の彫刻を頼まれたときの話です。完成した像を市に受け渡す際、市の役人が来ました。

 その役人は、「鼻が高すぎるのでは」と意見を言いました。ミケランジェロは「素人の小役人が!」と腹の中で怒りました。しかし、表情はかえず、役人の見えないように作りたてのダビデ像の周りにある削りくずの粉を、そっと手に取りました。そして、ダビデ像の鼻を削り取る「ふり」をして、手の中の粉を「そっと」落としました。そして、「なるほど、ちょうどよくなりましたね」とミケランジェロは役人に微笑みながら語ったそうです。役人は、「うん、ちょうどよくなった」と大変満足しました。この寓話が指し示す内容は、理解できますよね。

 私が大学院生の頃、私が書いた論文に対する学会誌の審査委員会からの意見が馬鹿馬鹿しい意見だったので、私が怒り狂いました。それに対して、指導教官の小林先生から教えて貰った話です。

 一般的なことですが、戦うより、戦いを避ける方が精神的にも、肉体的にも楽ですから。でも、だからといって従う必要はありません。ようは「ふり」をすればいい。そして、協力できるところで埋め合わせればいいのですから。

 あるOGFBを読んで書きたくなりました。

13/11/26(火)

[]横並び 10:11 横並び - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 横並び - 西川純のメモ 横並び - 西川純のメモ のブックマークコメント

 校長と教頭との違いは、教頭と教諭との違いより大きい。これを理解する人は少ないですね。特に、教諭の方は。そのため、教諭でのやり方の延長上で教頭になった方が校長になると、教諭のような校長になってしまいます。

 校長と教頭・教諭の違いは何かと言えば、「決定し、求め、評価する」ことなのです。教諭の延長上で、教頭の延長上で校長になった方の場合、合意を重視します。「合意が駄目なの?」と思われる方もおられるでしょう。でも、そんなのは教諭・教頭がやっていることと同じなのです。

 断言します。みんなで話し合った結果で出される合意は、「現状維持」以外のものはあり得ません。だって、現状はそれによって利害を持つ人がいるから現状なのです。現状に問題を抱える人が主張しても、現状を良しとしている人が声高に反対意見を述べれば、決まりません。決まらなければ、現状維持となります。現状維持を求める人は決める必要が無く、決めない状態を生み出せばいいのですから。

 それを超えて決める権限は、村社会である職員室で持っている人はいません。それは教頭も同じです。それを超えて「決定し、求め、評価する」ことが出来るのが校長なのです。

 圧倒的大多数の校長は現状維持の横並びを基本としています。それによって日本の教育の不易な部分を守っている。でも、絶えず変化する部分を持たない生物は緩慢な死を迎えるしかありません。幸い、集団の2.5%程度は革新者で在り、13.5%は革新者をじっと観察し本物と偽物を見極める人です。校長にもそういう人がいます。

 昨日、来たメールを紹介します。

上越教育大学大学院

 教授 西 川   純 先生

突然のメールをお許しください。

夏の福島でのファーラムに参加させていただいた

○○県○○市立○○小学校の○○です。

学び合い』を校内研究のテーマに掲げ、4月から取り組んできました。

まだまだ、「学び合い擬き」状態です。

要は考え方です。今まで培った考え方や手法、教師としての常識などを

ベースに『学び合い』をとらえようとしても無理があります。

そのことは、先生の御著書の中に基本中の基本として明記されている

ことなのですが、この部分がなかなか難しいです。

そこで、誠に勝手ながら、低・中・高学年ブロックから一人ずつ、計3名を

研修に出したいと思っております。

旅費等の算段もほぼつきましたので、お受け入れいただけませんでしょうか。

先生のスケジュールが大変なことは重々承知しておりますが、何とかお願いいたします。

学び合い』の授業を実際に見せていただき、その学校の研究討議等に参加させていただけたら幸いです。その後、西川先生からのご講義や研究室の皆様との話し合いなどができれば、最高です。

いきなりの申し出で申し訳ございません。

もし、どうしてもその日でなければできない場合は、研修の方を優先しますので、

なにとぞよろしくお願い申し上げます。

本当に突然このような申し出をしまして申し訳ございません。

私たちは、何とか子どもたちにとって良い学校をつくりたいと思っております。

夏休みも、冬休みもいらない!休みの日なんかいらない!学校に行きたい!

そんな風に子どもたちが思う学校にしたいと思っております。

どうか、西川先生、ご指導ください。

どうかよろしくお願い申し上げます。

 以上のメールをゼミ生に読ませたら、「感激しました」、「やらねば」と言っていました。

 こんな校長が2.5%+13.5%います。でも、そうで無い校長が84%いるのです。

 横並びで一生終える校長は、何が楽しくて校長になるのだろうか、と思います。給料も退職金も大して違いは無い。使える権限を使わずに終える。子どもとのふれあいを捨て、事務仕事に埋もれる。

校長だけが出来ることを十分にしなければ校長になった意味は無いと思うのです。

追伸 最近は校長レベルの問い合わせがぐんぐん増えています。やっと、16%の校長の目にとまるようになってきたのだと思います。

[]やればいい 07:05 やればいい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - やればいい - 西川純のメモ やればいい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育行政を端から見ていると、「やったか否か」だけを言って、「出来たか出来ないか」はあまり口を出しません。それは教育行政のもとの学校もそうです。教育行政が結果を求めると、色々な理由を挙げて反対の声が出ます。そして、結果を公開することを求めると、大反対です。だって、教員集団の身内の中で処理できなくなるからです。

 結果として、学校の「やった、やった」とやったことを宣伝するのですが、その結果に関しては象徴的なものしか出せません。

 総合学習でどんな子どもを育てたいのでしょうか?端で見ていると、総合学習を計画している教師にとっては素晴らしい総合学習になっていますが、教師の引いたライン通りに学習を進めている子どもにとっては総合学習にはなっていないように思うのです。

 ICT教育によってどんな子どもを育てたいのでしょうか?職員室においてインターネット接続が制限されている学校で、子どもたちがどんな子どもに育つのでしょうか?

 生活科でどんな子どもを育てたいのでしょうか?遊びと学習の違いをどこにおいているのでしょうか?遊びだったら、学校でわざわざする必要はありません。

 おそらく、色々説明は出来るでしょう。しかし、その説明が説明になっているか、言葉遊びになっているか、それを判断する簡単な方法があります。その学校でのテーマを子どもたちに聞いたとき、それを子どもが語れるか否かです。

 今度、どこかの授業公開している学校に行ったとき、そこで渡される要綱を休み時間の子どもたちに示すのです。そして、その学校のテーマに関して、そして、自分たち(つまり児童・生徒)はどのように取り組んでいるかを聞いて下さい。十中八九、いや、百のうち九十九以上は「ぽかん」としているでしょう。

 え?と思うでしょうね。でも、考えてみてください。当たり前のことをしているのです。 これは理科教育を専門としていたときから(つまり『学び合い』以前から)わたしがよくやった方法です。名人授業と言われる授業を見せて貰います。理科の授業は大抵、実験が公開されます。実験が開始すると、学力中位の子に「この実験は何のための実験なの?」と聞きます。それに対して子どもが応えられたら、良い授業なのです。ポカンとしていたら、その先生が周りの先生から名人と言われても、その程度の先生なのだと判断します。この判断方法はおかしいですか?

 子どもに育って欲しい姿がハッキリとイメージされているならば、教師はそれを何度も語り、求め、評価するでしょう。子どもにとっては耳たこになるはずです。そうなれば、子どもはどのように振る舞うべきかをハッキリとイメージできるはずです。それは生活科を受けている小学校低学年の児童も同じです。

 逆にそれが出来ずに、何故、子どもは求める姿に成長できるのでしょうか?彼らは読心術を持つエスパーではないのです。

 でしょ?私にとっては、教師だけが学校のテーマを語れて、子どもには語れない状態を変だと思わない現状を私は変だと思うのです。私っておかしいのかな~・・・

追伸 『学び合い』をまともにやっていれば、子どもはちゃんと『学び合い』のことをかたります。だって、耳たこ状態になっているはずですから。だから、授業公開で子どもたちが語る場面を設ければ、彼らは自信を持って語るでしょう。

 でも、これって『学び合い』か否かに限らず、総合学習でもICTでも生活科でも何でもやるべきだと思うのです。ただ、多くの先生方は躊躇するでしょう。そして、それを合理化する理由を述べるでしょうね。何故なら、『学び合い』では前提としている、子どもたちの能力を信じられないからです。

 私が子どもが自らの学習を参観者に説明する場面を設けることを学校にアドバイスするようになったのは6年ぐらい前からです。その当時は『学び合い』の同志もドキドキしていました。しかし、最近は広がっています。だって、一度でもそれが出来ることを見さえすれば、『学び合い』で育った自分の学校の子どもだって出来ることを確信できますから。

takami_swctakami_swc2013/11/26 22:02校長についての今日のメモ。勇気が出ます。やる気になります。私の夢は「自分が理想とする学校を作る」です。理想は少しずつ変化してきていますが,学校を作る夢は変わりません。
期待してください。

jun24kawajun24kawa2013/11/27 19:41期待しています。
大事なのはおりあいです。そのあたりのノウハウも7つのルールに書いてある通りです。

13/11/25(月)

[]管理職の老後 21:42 管理職の老後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 管理職の老後 - 西川純のメモ 管理職の老後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この年になれば、人生の先輩の老後を色々と見ることになります。現役の時は権力者として生きていたのに、退職したとたんに惨めなジジイ(ババア)になる人を見ています。ところが、現役はもちろんのこと退職後も輝いている人もいます。

 これって管理職は落差が大きい。

 主に若い人、そして自分に対するメモです。

 相田みつをは、「人の世の幸不幸は、人と人が逢うことからはじまる よき出逢いを」と書いています。わたしもそう思います。大きなビルを築いて、ダムを築いて、それで自分の人生の意味を感じる人がいるかもしれません。でも、そうではないと思います。ビルやダムの向こうに人を感じたとき、人生の意味を感じると思います。

 教師人生、子どもとの出会いによって、人生の意味を感じます。管理職になると言うことは、人ではなく、ビルやダムを建てる仕事と言えます。だから、人生の幸せを感じることが難しいと思います。彼らが幸せを実感するには、ビルやダムを立てる意味を感じている、管下の人との繋がりによって得られます。

 では、管理職はどのようにして幸せになるべきでしょうか?それは職場を教室にするべきなのです。子どもとのふれあいはないけど、職員とのふれあいは出来ます。子どもの幸せを願う職員との繋がりを持つことによって、管下の職員とは違う喜びを持てます。

 色々な管理職に会いました。日々の雑務をこなすことで手一杯な人もいました。そういうことも必要でしょう。そんな人の愚痴もいっぱい聞きました。でも、その人たちをうらやましいとは思いません。だって、夢がないから。

 管理職の幸せとは、夢を持つことです。管下の職員が分かってくれるか、否かではなく、とにかく大事だと確信を持つことを何度でも語れるだけの夢を持てることです。そして、その夢を共有できる管下の職員と「ワッショイ、ワッショイ」と声を掛け合うことなのです。

 でもね。これって管理職にならないと思った人も同じなのです。

 物事をなす管理職は、同じ願いを持つ様々な年齢の教諭と繋がれた人です。でも、教諭として物事をなす人は、同じ願いを持つ管理職と繋がれた人なのです。

 私は多くの人の老後を見ました。

 現役の時に持っている絶大な権限を使わず、その権限が限定的であることを愚痴り、日常業務処理に終わった人を。その人は日常業務とは思わず成果と思い込んでいるでしょう。でも、その人の願ったことを受け継がれないならば、しょせん、その程度なのです。

 現場主義に徹する人もいます。それは、それで美しい。でも、それは誰かがやらねばならないことを、自分がやりたくないから人に押しつけているのです。私がそうです。その我が儘を恥じるべきです。私は恥じます。でも、本当にやりたくない。だったら、管理職になってくれる人で、自分の願いを実現する管理職を見つけ、全力でそれを支えるべきです。

 職階は目的ではなく、手段です。ようは、より多くの人と繋がれる志を持てるか持てないか、それが管理職、いや教諭としての老後を決めるように思います。

 私は、『学び合い』を通じて、手本とすべき先輩と後輩で出会えたことを喜びます。もし、私が学術の世界の論文の数、学会賞の受賞、学会での地位、で人生の意味を感じる人(ビルやダムで実感する人)と同じだったら、老後は危ういと思います。

追伸 目の前の子どもの幸せは、あなたは保証できるでしょう。でも、あなたが卒業させた後の教え子の幸せを保証できるでしょうか?「その子」のレベルならば無理です。私だってそう。だから、「その子」を受け入れる社会を考えなければならない。それは私の仕事ではないという人はいるでしょう。そうかもしれません。でも、自分にも出来ることはあります。

13/11/24(日)

[]サンタ 21:38 サンタ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - サンタ - 西川純のメモ サンタ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日のクリスマスプレゼントの会話によれば、息子はサンタさんを信じ続けているようです。

yukitokazuyukitokazu2013/11/25 08:11ある漫画に、「どれくらいの年齢までサンタクロースを信じていたかで、その子の子どもの頃の幸せ具合が分かる」と書いてあったのを読んだことがあります。幸せなご家庭が目に浮かびます。

jun24kawajun24kawa2013/11/25 18:38あははは。それは嬉しい!ありがとうございます。

13/11/23(土)

[]ゼミ生の変化 21:43 ゼミ生の変化 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ゼミ生の変化 - 西川純のメモ ゼミ生の変化 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年、一定の人数は、大学院に『学び合い』の確信犯が西川ゼミに所属します。その変化が面白い。

 ある人は、入学当初、手が震えていました。どうしたの?と聞くと、「西川先生は偉大だから」と真顔で話すので、研究室で大爆笑しました。ところが、半年もたつと、私の前で寝転んで話すようなことをします。たいていの人はビックリします。

 でも、これって大事なことだと思うのです。

 その「人」と、その人が「述べていること」とを分けることが大事なのです。アインシュタインは相対性理論を明らかにしました。でも、アインシュタイン=相対性理論とは違います。ま、アインシュタインと比すのはおこがましいですが、それと似たようなものです。

 『学び合い』はシンプルで汎用性に富んでいます。でも、私の個人的な部分は『学び合い』とは別物です。『学び合い』は集団における振る舞いのゴールデンルールです。しかし、私が個人的に行動しているときのルールとは違います。

 私は普通のおっさんです。いや、頭のよい中学生と同じ行動をする、手間のかかるおっさんです。でも、ひとたび教育に関することを聞けば、『学び合い』のセオリー通りに分析し、答えを出します。物理教師はおっさんでも、物理は偉大であるのと同じです。

 私は私の崇拝者が欲しいわけではない。『学び合い』のセオリーの凄さを分かって、私と同じ願いを実現する仲間が欲しい。自分がよければ、自分のクラスがよければ、いいという人ではなく、日本中に苦しんでいる子どもや教師の声が分かる人が欲しい。でも、これが難しい・・・・

13/11/22(金)

[]岡方第一 21:32 岡方第一 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 岡方第一 - 西川純のメモ 岡方第一 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は岡方第一小学校の自主公開研究会に参加しました。

 おそらく、それに参加した方は、大満足だったと「断言」します。少なくとも私は大大満足でした。

 蛇足ながら、私も講演しました。その際に私に課した課題、「泣かない」、「時間を守る」です。これはクリアーしました。

 が、危うくなりました。おそらく誰も分からなかったと思います。それは校長の語りの中で、感激で泣きそうになりました。校長は常にひょうひょうとしています。かたりも、淡々と語っています。しかし、校長の語る気持ちを察すると感激して泣きそうになりました。が、校長が淡々と語っているのに、脇で語っている私がボロボロになってしまうと、どっちらけです。そして校長に失礼です。だから、我慢しました。

 この学校に関われ、多くの先生方に関われたことを光栄に思います。心地よい疲れです。

追伸 ちなみに越後『学び合い』でも、同じ思いを感じたんです。今の段階で、『学び合い』を学校に取り入れようとする管理職は、かなりの大人物です。すくなくとも、横並びの人ではない。

[]学術 08:29 学術 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学術 - 西川純のメモ 学術 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 おそらく、 『学び合い』を学術データと論理で否定するのは不可能だと私は思います。なぜならば、以下を論証しなければならないのです。

前提1 子どもたちの能力は多様で、東京大学に行くかもしれない子と、知的障害が強く疑われる子どもが共存する数十人の集団がクラスである。

前提2 現状の子どもたちの三割強は塾・予備校・通信教材・家庭教師を受けている。大学レベルの高等教育を受けている保護者がかなりいる。

前提3 分かれば教え方がうまくなるとは限らない。分かりすぎると、分からない人の理解や気持ちを分からなくなる。

前提4 どの学校段階、どの教科でも、圧倒的大多数の授業は能力レベルの中(もしくは中の下)に合わせている。

前提5 学校教育は学習指導要領で指定されていることを国民全員が学ぶことを求めている。それを超えたことを教える価値は否定しないが、それは、最低限のことを全員が学んだ後の話である。

 以上の前提の元に、一人の教師が板書発問で授業を進める方が、子どもたち同士が支え合う授業よりも、子どもが分かると論証しなければなりません。もしくは上記の5つの前提を否定しなければなりません。

 批判する人は、上記を学術データと論理で論証してみたらいいのに。

 こりゃ無理だ。私にとっては1+1が2であると同じぐらい、単純なことなんですが。

追伸 なお、上記は「分かる」という 『学び合い』では最低レベルのことにとどまっています。これが「人格の完成と二桁の足し算を結びつける」、「子どもの一生涯の幸せを保証する」レベルのことを持ち出したら、批判する人はどのように論証するのだろう。

[]大事なこと 06:44 大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大事なこと - 西川純のメモ 大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は最底辺校の教師として教師人生を始めました。私の考え方を決定的に決めたのはそこだと思います。

 その学校では、「純ちゃん、なんで物理を勉強するの?」といっぱい聞かれました。その疑問に対して、大学、大学院で学んだ理科を学ぶ意義を語りました。しかし、非常に単純な論理で論破されます。自分が学んだものは何だったんだろう・・・と愕然としました。物理好き同士が納得しあう物理を学ぶ意義だったら山ほど知っています。でも、物理嫌いの人を納得させる物理を学ぶ意義を語れる人がどれだけいるでしょうか?

 私は最底辺校で専制君主となろうとしました。ものの見事に拒否されました。そして、彼らを奴隷にする権力はどこにもないことを知りました。その学校で教師となるには、子どもたちの合意を取り付けなければならないのです。残念ならが、どうかんがえても物理を学ぶ意義を語ることは出来ませんでした。結果として、面白い授業、わかりやすい授業をすることによって「なんで物理を勉強するの?」とは聞かれなくなりました。でも、それは誤魔化しであることを知っていました。

 研究者になって、本当に物理を学ぶ意義はあるのだろうか、その他の教科を学ぶ意義があるのだろうか?それを調べました。結果として、そんなのはありません。

 子どもから「なんで○○を勉強するの?」と聞かれて説明できないとき、「今は分からないかもしれないけど、大人になると分かるよ」なんていう説明をします。でも、私が調べた結果によれば、「大人になると、たいして大事ではない」ということがハッキリ分かるのです。そして、実は教師自身も分かっているのです。

 学術データによって断言します。学校で学んでいる内容はたいして大事ではありません。では、民主的な国家における法の執行者としての教師であらんとするならば、どうしたらいいか?それを追求した結果が『学び合い』なのです。

 だから、たいして大事ではないことを、後生大事にしている人、そして、それを背景として専制君主になろうとしている人を見ると、悲しく思います。

追伸 ある教科を学ぶことによって、一般的な能力(例えば論理的思考能力)を育成できるという形式陶冶の議論は認知心理学の文脈依存性や領域固有性から否定されています。そんなことは1970年代に決着していることです。残念ながら教育の世界は50年遅れている。

西川純、小林学(1985.10):戦後の経済・産業界の教育に関する要望・意見の変遷、科学教育研究、9、日本科学教育学会、100-106

西川純、新井郁男、熊谷光一、田部俊充、松本修(1997.8):生涯教育から見た各科教育、学校教育研究、12、日本学校教育学会、136-147

西川純、新井郁男、熊谷光一、田部俊充、松本修(1998.7):生涯教育から見た各科教育(その2)、学校教育研究、13、日本学校教育学会

西川純、北島克浩(1999.3):保護者から見た理科への評価、科学教育研究、23、日本科学教育学会、50-58

西川純(1999.9):「学ばなければならない科学」からの脱皮、科学教育研究、23、日本科学教育学会、382-384

[]形成者 06:04 形成者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 形成者 - 西川純のメモ 形成者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何度も書いたことです。

 教育基本法第1条には「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。でも、この文章を本気になって受け取っている教師がどれほどいるでしょうか?単なる美辞麗句として捉えている教師が大多数ではないでしょうか?

 『学び合い』を批判する方の批判は、大抵はテクニックレベルのことにとどまっています。教育の本質は、どのような教え方をするかではなく、どのような子どもを育てたいかにあります。しかし、批判する方の中で、第1条レベルで議論する方に出会ったことはありません。

民主主義とは、国家や集団の権力者が構成員の全員であり、その意思決定は構成員の合意により行う体制・政体です。では、今の教室は民主的でしょうか?教室には手の上げ方、声の出し方まで指定している掲示物が貼られています。まるで、とこかの将軍様の国のよう。そういえば、あの国の名前は「民主主義」とうたわれている。あれも民主主義なのかな~

 もちろん、日本だって権力者はいます。しかし、その権力の行使にあたっては、常に構成員の合意に基づく法を執行しています。従って、権力は当人にあるのではなく、構成者の合意に基づく法にあり、つまり構成者にあるのです。

民主的な国会及び社会の形成者を育てるには、教室が民主的であらねばならない。

 日本の法のどの条文を見ても、「分からなかったら、友達同士で相談してはいけない」とは書いてありません。「静かに、座って勉強しなければならない」とは書いてありません。「教師は板書・発問で教えなければならない」とも書いていません。ところが、相談することを制限し、座ることを強いているならば、どの法の条文によって立つのでしょうか?

学び合い』は徹頭徹尾に遵法です。

学び合い』で子どもに強いるのは、学校教育法施行規則によって規定される学習指導要領の求めることを全員が達成することです。法令に定められていない、方法に関しては強いません。

教師が権力者として子どもに強いるならば、その構成者の合意を得る必要があります。でも、そんな教師はいませんね。つまり、専制君主になっているのです。

 『学び合い』を批判する人が、このレベルで教育の議論を出来るようになれば、実り多いのにな、と思います。

追伸 マスクをつけているか、いないかレベルの批判を読むと、滑稽を通り過ぎて悲しくなります。

takami_swctakami_swc2013/11/23 11:42昨日は大変にお世話になりました。帰りのタクシーの中で静岡の先生方とたくさん話すことができ短い時間でしたが非常に有意義でした。教育について前向きに理想を語り希望を見いだすことができるのは『学び合い』ぐらいだと思います。早川校長先生の希望と未来の話は,完全保存版にします。

jun24kawajun24kawa2013/11/23 12:08期待しています。

13/11/21(木)

[]岡方第一 21:07 岡方第一 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 岡方第一 - 西川純のメモ 岡方第一 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日は、岡方第一小学校での研究会(http://p.tl/r8zv)です。楽しみたいです。

[]参観 21:07 参観 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 参観 - 西川純のメモ 参観 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 地元の実践校へ静岡と石川の人が参観です。その日に合わせて教職大学院の視察に来られた文科省の役人さんも参観です。

 正直、変な授業だと思われてもしょうが無いと思ったのですが、見ていると反応がいいのです。というか、普通です。近くよって話してみると感覚がいい。感じとして、偏見のない教師の驚き、という感じです。あとで分かったのですが、教育系大学出身者です。つまり、教育実習を経験しています。なんか、ホッとします。日本の教育はこういう役人さんが支えてくれてんだろうな~っと、思いました。

13/11/20(水)

[]いいな~ 21:13 いいな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いいな~ - 西川純のメモ いいな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、石川と静岡から研修旅行の方が来ました。ほぼゼミ生が対応しています。そして、ゼミ生の手作り飲み会。全幅の信頼で任せます。いいな~

13/11/19(火)

[]ボーゼン 21:23 ボーゼン - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ボーゼン - 西川純のメモ ボーゼン - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の学部生相手の授業をやった、久しぶりのバリバリの一斉指導です。私が最底辺校で授業をしていたように、子どもたちをジェットコースターに乗せるような一気呵成のマシンガントークでやりました。

 授業の最後に、「それでは、今日はこれで終わりね。」と言って授業を閉めたのですが、だれも動かない。寝ている人はいません。ただ、呆然とした顔で無言なのです。何か変な雰囲気です。あれ?っと思いました。でも、食堂で待っている人がいたので、「最後の人は電気消してね」と言って教室を出ました。

 あとで受講生の一人に「今日の講義、みんな呆然としていたね」と言ったら、「みんな頭の中が疲れ切っているようです」と言っていました。おそらく、ジェットコースターに車酔いしたのかもしれません。ちょっとスピードを出しすぎたのかもしれません。反省です。

 講演会の後では、この種のことはよくあるのですが、講義の際には珍しいことです。もう少し「笑い」のテーストを加味すればよかったのかな~・・・・

13/11/18(月)

[]強み 22:00 強み - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 強み - 西川純のメモ 強み - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の強みを感じることがあります。

 一人一人の発信力、一人一人の人徳、それで言ったら私は中の下かもしれない、と落ち込みます。でも、私がその程度でも、私が願っていることを発信してくれる人、人を引きつける人徳のある方、これってもしかしたら『学び合い』が日本随一ではないか、と思い始めました。これに気づいたら、なんか気が楽になりました。

 我々の納得させなければならないことは、単なるテクニックではなく、根源的な意識改革です。大変です。でも、いっしょにやってくれるひとが多い。

 『学び合い』は、科学をモデルにして、それから外れないようにずっとモニターしていました。結果として、個人崇拝や、集団同床異夢にならないようになりました。結局、それが力になると思います。

 私には同志がいます。

[]シャワー 06:27 シャワー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シャワー - 西川純のメモ シャワー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の初期はテクニック的でした。「自己モニター」というテクニックを開発しました。方法は簡単です。子どもたちが自分たちの話し合いの様子を5分間記録し、それを自分たちで見直すのです。全部でも15分程度。これを1回やれば話し合いが驚異的に改善します。考えてみてください。職員会議の際、馬鹿げたことを延々と喋る人がいますよね。その人は、自分の姿が客観的に見られないだけなのです。だから、職員会議の様子を記録し、みんなが一緒にそれを見直せば、恥ずかしさで二度とやりません。『学び合い』は学習者の能力を信じます。学び合うことが教えるべきものではなく、学習者の中に内在すると考えるからこそ開発できるテクニックです。

 このテクニックを外部の人に試してみました。ところが見事に無効なのです。不思議に思ってビデオを見て分かりました。たしかに、その人はテクニックを使っています。でも、そのテクニックを使っていない黙って立っているときに、不安そうな様子をしているのです。そしてそれを子どもたちが見ていたのです。

 分かってみれば、当たり前のことです。我々は意識的なことをしている時間より、無意識で行動をしている時間の方が圧倒的に長い。そして、その際も、ボディランゲージを雄弁に語っているのです。子どもはそのボディランゲージによって、その教師の「心」を見透かします。

 『学び合い』は、そのボディランゲージを最大限に使っています。でも、そのボディランゲージを最大限に有効に使うためには、二つのことが大事です。第一は、見透かされる「心」が子どもを動かすにたるものであるか、ということです。では、「心」を高めるにはどうしたらいいでしょうか?滝に打たれ、十日間の絶食をするべきなのでしょうか?『学び合い』は「一人も見捨てたくない」と願い、「多様な人とおりあいをつけて自らの課題を解決できるようになること、その仲間を創ることが学校教育の意味」、「学習者集団は有能である」という二つのことを理解さえすればいいと考えています。

 もう一つは、教師や子どもが規制された場ではボディランゲージは有効ではありません。『学び合い』では教師も子どももフリーな状態です。だから有効なのです。

 そのため、立っているだけで、賞賛と叱責のメッセージをシャワーのように全員に発することが出来ます。フリーの状態だから、子どもたちのことを見ることが出来ます。見れば、自ずとボディランゲージを発します。評価とは見ることなのです。

 無言だからこそ、教師の発するボディランゲージを、子どもたち一人一人が自分に置き換えて解釈することが出来ます。説明的な言葉にすれば解釈が狭まってしまう。禅宗の公案のようなものです。

 なんのことはありません。野球チームやサッカーチーム等の監督をやっている方だったらお分かりのはずです。そこに立っているだけで、集団をどれだけ動かせるかを。『学び合い』はそれを洗練し、徹底し、教科学習でも有効なことを明らかにしただけです。

13/11/17(日)

[]確信 21:08 確信 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 確信 - 西川純のメモ 確信 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年の6月20日に「取引」の段階に入ったと書きました(http://p.tl/0i_6)。今日、本格的に取引の段階に入ったと確信しました。「攻撃」の段階の人が、「こりゃまずいぞ」と気づき始めました。ポイントは、自分が攻撃している相手が、どれほどの広がりがあるかが分かってきたのだと思います。『学び合い』シンパ以外の中間層の動きが変わってきていることをアンテナの高い「攻撃」段階の人が感じ始めたのだと思います。

 全ての動きは『学び合い』のセオリー、経営学のセオリー通りです。セオリーを知るものの楽しみです。

[]分かって貰わねば 07:53 分かって貰わねば - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分かって貰わねば - 西川純のメモ 分かって貰わねば - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志が『学び合い』を一般の人に発表したそうです(http://p.tl/66E3)。そこでの質問は典型的です。読むにつけ、根本的な意識改革が必要なんだろうなと思います。

・『学び合い』というのも一つの手法。『学び合い』であれ,一斉授業であれ,全員を理解させるということは根本。これを常に目指すことが教師の仕事。

   ↓

 『学び合い』は手法ではなく、「一人も見捨てない」という考え方。もし、一斉指導でそれが実現できるということを明らかにしてくれれば、私はすくに乗り換えます。でも、それは絶対に出来ないことは単純な算数の計算でも明らかです。「全員を理解させることは根本」という言葉を建前論ではなく、本気で願って欲しいな~

・場面によっては『学び合い』はとても有効。しかし,教師は教えるプロ。プロとしての手腕を授業で見せることも大切。

   ↓

 『学び合い』は手法ではなく、「一人も見捨てない」という考え方。子どもを見捨ててもいい場面なんかあり得ない。教師の仕事は「教える」ことではなく、「分からせる」こと。「わからせる」ために、教えなくても分からせられたとしたら、それはプロとしての手腕。一人の「教え」で知的障害が疑われる子どもと将来は東京大学に進学するかもしれない子どもが同居するクラスで、みんなが教えられると思っているのかな~・・・。

 『学び合い』が成立したクラスで、「先生、教科書、友達」の中で勉強で役立つものは何?と聞けば、友達がダントツの一位で、教科書は二位。でも、その子どもたちに「先生はいらない?」と聞けば、絶対に必要だと応えます。理由を聞けば、教師がいなければ各人のエゴが暴走し、支え合いが成立しなくなることを知っているのです。そう言わせる教師こそがプロだと思います。

・生徒にとって「同級生の方が先生よりも質問しやすい」というのは寂しい。生徒にとって先生の方が質問しやすいと思わせることも大切。

 「寂しい」????『学び合い』は手法ではなく、「一人も見捨てない」という考え方。自分が教えて分からせられるのと、自分が教えなくてもわからせられるのと、どちらの方が高度だろうか?柳生新陰流の奥義は「無刀取り」と言われます。

[]教科の能力 07:30 教科の能力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教科の能力 - 西川純のメモ 教科の能力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に関して、「教科の専門能力はどうなっているのか?」と言われることがあります。その他、カリスマ性や話術や指導能力や・・・・。もちろん、教科の専門性や、カリスマ性や、話術や、指導能力や・・・が高い方がいいに決まっています。それは従来型であろうと、『学び合い』であろうと。でも、私はあえてそれを言いません。

 何故なら、それらがとても得がたいものであることを知っているからです。努力も必要でしょう。そして努力をしすぎると、家庭をおろそかにしてします。そして、あるレベル以上になると才能が決定し、努力をいくらしても達成しないことを知っています。

 日本中にはプロ野球選手やJリーガーになることを夢見て練習に励む子どもがどれほどいるでしょうか?でも、その中でそれを実現することが出来る子どもがどれほどいるか。さらに言えば、実現したとしても、充実した現役時代を過ごし、それによって生活を成り立たせられる人はさらに少ない。

 私は子どもを一人も見捨てたくありませんが、同時に教師も一人も見捨てたくない。だから圧倒的大多数の教師が実現できる入り口を提案しているのです。その入り口から入れば、ごく普通の教師もかなりましになります。そして、本人が願うならば教科の専門性や、カリスマ性や、話術や、指導能力を高めることは可能です(ただし、一人も見捨てないという軸をぶらさない限りは)。

 苦労した人には二種類います。「俺も苦労したんだから、お前も苦労しろ」という人と、「俺の苦労を、お前は苦労しなくていいよ」という人です。私は後者になりたい。

 以上のことが分かるためには、教師の仕事が何であるかが分かる必要があります。教科の知識・技能を伝えることが教師の仕事であると思っている人は、「何言っているんだ、プロだろ」と言いたくなるのは分かります。でも、教師は100万人いるんです。そんなにプロがいるわけありません。教師は単一の職業としては最大の職業なのです。その100万人にその種のプロを求めるのは無理だと思っています。

 でも、私は子どもの一生涯の幸せを保証するのが教師の仕事だと思っています。これは各人が家族を持ち、仲間を持てば実現できることだと思います。そこで必要なのは、教師自身が家庭を持ち、仲間を持つことだと思います。ごく普通の教師が教科の専門性を高めるために家庭をおろそかにしては駄目だと思っているのです。

 子どもにとって、大人のモデルは親と教師です。教師は幸せな、ゆとりある生活を見せる必要ががあると思っています。だから、私のような年代の人は、「俺も苦労したんだから、お前も苦労しろ」という世の圧力に対して、防波堤にならねばならないと思います。

ftogpxtakaftogpxtaka2013/11/17 22:28先生,ありがとうございます。
sakusaku0428さんとも同じようなことを話しながら高知城に登りました。飲み会の席でこのような話になったとしたら,色々と反論してしまったかもしれません(笑)

jun24kawajun24kawa2013/11/18 05:11酒席で話してはいけない話題は、宗教と政治です。『学び合い』のことはアンチの人と話さない方がいいですよ。

sakusaku0428sakusaku04282013/11/22 04:57分かってほしい内容こそ違いますが… 問題行動を起こす生徒に分からせたいときに似ていると思います。分からせようとしても無理があると思います。でもときどき熱くぶつかるのもありだと思います。その人がいつか気づいてくれたなら、その熱くぶつかった日はきっと記念日になるのですから。

jun24kawajun24kawa2013/11/22 21:53わかります。でも、教師とぶつかるのではなく、子ども同士がぶつかればいい。教師がぶつかる相手は、子ども集団ですから。

13/11/16(土)

[]有能 19:08 有能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 有能 - 西川純のメモ 有能 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本当に、ゼミ生は有能です。『学び合い』越後の会でも、強く感じました。本当に、凄い。

[]素 18:58 素 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 素 - 西川純のメモ 素 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の講演会では、まったく何も考えずに語り始めました。これって私とっては全く初めての経験です。私の話は、しっかりと話の構造を決めて語ります。というか、それ以外は出来ません。でも、今回はそれをあえてやめて話しました。

 その結果、分かりました。話を組み立てずに語ると、「素」になってしまい、感情コントロールが不能になってしました。無様な状態になってしまいました。とほほ

13/11/15(金)

[]有能 17:33 有能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 有能 - 西川純のメモ 有能 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は何人もの教員の結婚式の司会者を務めました。その経験から言えば、教員は話し好きで、時間を守りません。

 今回の越後『学び合い』の会では『学び合い』で学校作りしている4つの学校(そして我がゼミが教育実習でお世話になっている学校)の校長のパネルディスカッションがありました。予定表を見たら、「無理だ~・・」と思いました。だって、4人の校長とも、話し出したら面白い話が泉のように湧き出す方です。その4人の校長のパネルディスカッションの司会が学部学生なんです。

 ですので、昨日は「無理!」を連発しました。ゼミ生からは「学習者を信じられないのですか?」と言われましたが、「だって~、絶対に無理だもん」を連発しました。

 が、時間ぴったりです。4校長のご理解とご協力によって、成立しました。そして、学部生は見事に司会を務めました。

 ということで私の完敗です。

 あ、これから懇親会です。乾杯します。ちゃ、ちゃん

[]ゲスト 11:20 ゲスト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ゲスト - 西川純のメモ ゲスト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 しばらくすると越後 『学び合い』の会が始まります。久しぶりにOBに合いました。そのOBが「今日、明日、よろしくお願いします」と言われました。「え?」と最初思いました。そして嬉しくなりました。

 おそらく対外的には越後 『学び合い』の会の主催者は私だと思われているでしょう。しかし、ゼミ生やOBの中では、彼らが主催者で、私はゲストなのです。そして、実態は、まさにそうです。

 こんな喜びは 『学び合い』をしないと感じられない喜びだと思います。

[]理想の教師 06:56 理想の教師 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理想の教師 - 西川純のメモ 理想の教師 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前のこと、ゼミ生がニコニコして「あのゼミは、みんな○先生のようになりたいと思っている人のゼミ。うちは、“誰一人として”西川先生みたいになりたいとは思っていません」(誰一人の部分に力が入っていました)と言われたことがあります(http://p.tl/tzHp)。ニコニコして語っているのですから、悪い意味で言っているわけでは分かっているのですが、なんか嬉しいような悲しいような思いをしました。

 とブログで愚痴ったら、翌日に別のゼミ生が「ゼミ生は西川先生を好きだし、なりたい部分もありますよ」と言われました。

 どこが違うのだろう・・・・っと思っていました。それが心に残っていましたが、昨日のゼミ生のメモを読み疑問が氷解しました(http://p.tl/jn8T)。私は理想の教師ではなく、理想の校長・社長であり、ゼミ生がなりたいのは校長・社長ではなく教師なのです。だから「あのゼミは、みんな○先生のようになりたいと思っている人のゼミ。うちは、“誰一人として”西川先生みたいになりたいとは思っていません」と言われるのだと思います。

 そりゃそうでしょうね。喋るのは「日本を変える」と繰り返す。本日と明日は上越で越後『学び合い』の会が開かれます。ゼミ生たちはその準備で忙しい中、そのそばで長いすに寝っ転がりながら馬鹿話を私はしています。毎月、日本中から教諭、校長、議員の人が自分たちの実践を参観しに来て、その人たちと飲み会をします。実習では二十代前半の学生が校長や教務主任の先生と相談する。そんなゼミを主催する私が理想の「教師」と思うわけないと思います。

 でも、私とは同じでなくても良いけど、私と同質の教師になって欲しいと願います。

 以前書いたことを書きます。

 かなり前に、兵庫のKさんの小学校高学年の授業を見に行きました。素晴らしいものです。『学び合い』で育てられた子どもはKさんの自慢の教え子でしょう。授業の終わりに「西川先生、子どもたちに一言」と急にふられたのです。ビックリしましたが、以下のようなことを語りました。

 「君たちの学ぶ姿は素晴らしいものです。感激しました。君らは『学び合い』がどんな授業であるかを知っています。でも、君らが受けている『学び合い』がやられているクラスはありまありません。君らの姿が、『学び合い』の素晴らしさを示すものです。君らは兵庫を変える、近畿を変える、日本を変えることが出来ます」

 というようなことを2分間ぐらいかけて話したと思います。それを見ていたKさんは「西川先生のいつものほら話だな」と思ってニヤニヤしていました。その後、Kさん知らないうちに、子どもたちは相談したそうです。数日後、子どもたちがKさんにお願いに来ました。彼らは「僕らは兵庫や日本を変えたい。そのためには多くの先生方に僕たちのクラスを見て貰わなければならない。だから、先生にお願いだけど、もっと多くの人たちに僕らを見せて」と言ったそうです。その言葉と真剣さにKさんは、ハッとしたそうです。

 小学生も尊い志を持つことは可能です。そしてそれによって健全な集団が出来るのです。例えば、私が「教員採用試験に合格し、教師になる」程度のことをゼミ生に求めたら、一人一人のエゴは暴走し、健全なゼミは出来ません。とてつもない志を語ることによって、それぞれのエゴは相対的に小さくなり、協働が成立します。

 教師は足し算の繰り上がりの方法を教えられなくても良い、右と左のノの順番を分かってなくても良い。でも、クラスの誰よりも遠く先を見ていて、それと現実とを結ぶことが出来なければならない。結果として、クラスのみんなからは荒唐無稽な夢を、こともなげにニコニコ語れる教師にならなければならない。

 『学び合い』における教師の姿は校長や社長です。クラスは職員室であり、職場です。子どもが教員であり、会社員です。その教員や会社員に、目指すべき方向を示し、ぶれないのが校長や社長の仕事です。その目指すものが素敵でとてつもないものであるべきです。校長や社長の職能とはドリームメーカーなのです。

13/11/14(木)

[]ザ・ホワイトハウス 13:25 ザ・ホワイトハウス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ザ・ホワイトハウス - 西川純のメモ ザ・ホワイトハウス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この1ヶ月半、「ザ・ホワイトハウス」を見続けました。感激しました。特に出張中の電車の車中は、ずっとです。

 ビデオレンタル店に「なんかないかな~」とみたらありました。古い番組なのにシーズン1しかおいてありません。ということはシーズン1でこけた番組なんだろうと思っていました。が、何もなかったので借りました。

 涙もろい私は、単純に感動し、何度も泣きました。調べてみるとシーズン7まで続き、アメリカドラマ最多数のエミー賞に輝いたドラマだそうです。

 最初は戸惑います。というのは議会制民主主義の議会と違って、アメリカの政党には党議拘束がありません。議員の考えによって投票します。なんか、国会議員というより、市町村議員のような感じがします。

 また国民の過半数が民主・共和のいずれかの政党に所属しているというのもビックリです。草の根なんですね。

 そして、両党とも安全保障などの点では基本的に一致し、それでいて「自由」と「安心」のいずれを重視するかという対立軸が明確で、さまざまな政策決定に一致しています。

 でも、一番私の心をとらえたのは、国民に一致した神話があることです。番組の中で「建国の父」という言葉がたびたび出てきます。そして、自分たちの憲法を誇りに思っていることが分かります。

 国民が自分たちの国の現在の政体に誇りを持っている。それが我が国にあるかを考えると危ういものがあります。だから、日本の政治ドラマでは利害関係の交換所のように描かれます。また、政治家の大多数は悪と描かれています。本当は政治家の大多数は、凡人を超えた志をもって、訳の分からん職を選んだ人だと、私は信じたい。

 良きにせよ、悪しきにせよ、これは大きな違いだな、と感じました。

 数年後にまた通しで見たいドラマです。

13/11/12(火)

[]越後『学び合い』の会 21:33 越後『学び合い』の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 越後『学び合い』の会 - 西川純のメモ 越後『学び合い』の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週の金曜日と土曜日に越後『学び合い』の会が上越であります(http://p.tl/v3-d http://p.tl/uSyE)。私は「な~んも」知りません。ゼミ生たちの企画運営です。で、金曜日は全校『学び合い』と、その後の子どもたちのとの語らいです。これを経験すれば、どんな有名校の研究発表も「へ」です。だって、子どもが自分の学校の研究テーマを語れるのですから。それも代表者ではなく、全員がです。

 そして、校長のパネルディスカッションです。一人一人が味わい深い校長です。だって、『学び合い』によって学校を良くしようとする校長なんですから。面白いですよ。味わい深いですよ。

 私の具体的な仕事は次の日曜日の講演です。1時間です。どうしようかな、と思いました。今、思いました。まったくプレゼンを用意するのをやめました。計画を立てずに、1時間、ダラダラと話したいと思います。これって32年間の学会発表、講演会で最初の試みです。まあ、そんな我が儘をしてもいいかなと思い始めました。うまくいけば最高、下手すると撃滅。

[]講義 21:11 講義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講義 - 西川純のメモ 講義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本質的に授業が大好きです。本日は学部の授業。学生の反応が良くなった、と感じます。繰り返しの効果ですね。私のテクニックではなく、私の願っていることを感じ始めたと信じたい。

13/11/11(月)

[]保原小学校 17:50 保原小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 保原小学校 - 西川純のメモ 保原小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 バリバリの学校 『学び合い』を見たい方へ。12月11日に福島県伊達市の保原小学校で公開があります。以下をお読みください。「ワッショイ、ワッショイ」という子どもや職員たちの声が聞こえそうです。http://p.tl/AS1o

[]授業能力向上のポイント 06:46 授業能力向上のポイント - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業能力向上のポイント - 西川純のメモ 授業能力向上のポイント - 西川純のメモ のブックマークコメント

 壊滅的に対人関係能力の無かった私が、短期間に授業能力を向上できたポイントは二つあると思います。

 第一に、そうしないと生きていけなかった状況だった。漫才師の修業の場として最高なのはストリップ小屋だと言われます。客の怒号の中で生き延びなければなりません。牧歌的な教室、手を抜いても聞いてくれる(聞いたふりをしてくれる)子どもたちの前では修行になりません。

 第二に、その中でも潰れないでいたのは、良き職場・先輩に恵まれたからだと思います。

 若い人の多くは、そうしなくても生きていける状況の中で勤めています。でも、手を抜いても聞いてくれる(聞いたふりをしてくれる)子どもの前に立っても、その中で地獄の苦しみを味わっている子どもがいることを忘れないで欲しい。そうでなければ、そうしないと生きていけない状況になったときに潰れてしまう。

 若い人の多くは、私が享受した良き職場・先輩に恵まれていません。それは若い人の問題でも無く、その職場の先輩の問題でもありません。無計画な採用によって生じた年齢バランスの崩壊に由来するものです。その中で生き残れる、協働力が必要です。

 私は、この二つをゼミ生に与えたいと願っています。

[]うまい授業 06:09 うまい授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - うまい授業 - 西川純のメモ うまい授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不遜ながら申します。私は授業がうまい。だって、暴走族やオール1の子どもたち相手に物理の授業を成立させたのですから。

 私の講演を聞いた人ならば、私のしゃべり方、表情、仕草、話題を知っているはずです。しかし、私の授業の本領は、講演会では使えない部分にあります。それは子どもたち一人一人の特性を理解し、それを適切にいじることによって、殆ど自分が喋らなくても授業が進行させるテクニックです。つまり、タモリ、明石家さんま、所ジョージがバラエティ番組で使っているテクニックです。

 タモリ、明石家さんま、所ジョージを嫌う人もいるでしょう。私の授業を嫌う人もいます。何よりも、私が私の授業の嫌なところをよく知っていますから。でも、タモリ、明石家さんま、所ジョージはもちろんのこと、私も一定以上の評価を得続けています。教師になる前は無口で人付き合いが病的にひどかった私にとっては上出来だと思っています。

 さて、これを習得するにはものすごい努力と時間が必要なのでしょうか?いいえ不必要です。だって、私だって半年で、最底辺校で物理の授業を成立させることが出来なのですから。詳しくは「何故か仕事の出来る教師の7つのルール」に書きました。あの本の最初の3分の1を実行すればそれが出来ます。

自分自身の中に数限りない教材や指導法をため込むという努力の物量作戦には限界がありません。授業を成立させる普遍的なものは何かを探れば良いのです。ようは集団を前にしての自分の見せ方と、集団を動かすツボどころは何かということだと思います。(でも本当は、それを求める心のありようなのですが)

 私は教員養成系大学に勤めていますが、ロスが多いな~っと思います。

[]好かれる先生 05:48 好かれる先生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 好かれる先生 - 西川純のメモ 好かれる先生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 好かれる先生とはどんな先生でしょうか?1999年までは、「授業のうまい先生」、「面白い先生」、「明るい先生」、「親身になってくれる先生」・・・・と思っていました。それらは学園ドラマと自分の体験に基づくものです。それらを疑っていませんでした。

 ところが2000年に「あなたの好きだった先生を思い出してください」と求め、その先生の特徴を調べてみました。つまり、好かれる先生という言葉ではなく、実際に好かれる先生の特徴を調べたのです。その結果、必ずしも授業はうまくなく、必ずしも面白くはなく、必ずしも明るい先生ではないのです。この事実は私にとって衝撃的でした。既に『学び合い』の研究をしていた私でしたが、当時は『学び合い』を授業テクニックレベルにしか理解していなかったので、上記の事実を理解できませんでした。

 しかし、数年の後に上記を理解できるようになりました。そして、校長に関する研究を開始しました。その結果、好かれる教師も、好かれる校長も『学び合い』のセオリーに一致し、それは経営学の結果にも一致することが分かりました。

 現職者だったら、自分の仕えたことのある校長を思い出してください。その校長を判断する基準は、「授業のうまい先生」、「面白い先生」、「明るい先生」、「親身になってくれる先生」ではなかったと思います。もちろん、教師も校長も、それらで3ヶ月ぐらいは引きつけられると思います。しかし、賢い子どもや教師は、1週間でそれを見切ります。そして、大多数の子どもや教師も3ヶ月以内にそれを見切ります。

 そのあとでも大事になるものを精神論ではなく、具体的な事実によって語れる教育的言説は驚くほど少ないと思います。

13/11/10(日)

[]好かれる先生 21:23 好かれる先生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 好かれる先生 - 西川純のメモ 好かれる先生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来週の授業準備のために「ルーキーズ 卒業」という映画を見直しました。この映画は、現状の理想の教師像のプロトタイプを端的に表しています。

 私の授業ですので、私からはシャープな課題をぽんと出して学生さんに話させます。その間は学内をゆっくり散歩します。その日のテーマは「好かれる先生」です。

 さて「ルーキーズ 卒業」は非常に変な映画なのです。だって、全編の中で主人公の教師が担当の現代国語を教える場面が全くありません。学園ドラマなのに・・・・・。教科学習は感動には縁遠いと思われていることを端的に表れます。だから、教師の中には部活の顧問をしたいために教師になりたい人もいます。また、中高の教師の中には授業は半ば捨てて、部活に燃える人もいます。

 さらに映画のラストには十人の部員たちに切々と語り、部員たちは教師に切々と語ります。感動の場面です。でもね、変じゃないですか?例えば、小中高の担任が卒業式の後、クラスの中の3人だけを残して、「お前たちは俺の夢だ」と切々と語っていたとしたら、どう思いますか?

 これは現状の理想の教師像は、親兄弟をモデルにしているからです。でも、親兄弟のモデルの教師では三十人のクラスの教師にはなれません。依怙贔屓が起こります。しかし、依怙贔屓を受けた子が教師になるため、その矛盾を感じず、再生産が起こってしまう。

 これを私からの三つの問いかけと1時間程度の議論の中で気づかせ、発展させたいと思います。

追伸 今気づくと、我がゼミには、小中高で依怙贔屓されなかった子が少なくないな~。

[]型を教える 10:06 型を教える - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 型を教える - 西川純のメモ 型を教える - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何事も型から入り、型から離れます。それはテニスでも剣道でも、そして『学び合い』も同じです。だから、型を学ぶことは大事です。が、私から見ると馬鹿馬鹿しい型学習があります。

 それは学ぶ必要性もない型を教えている場合です。

 小学校に行くと、「ふわふわ言葉」、「チクチク言葉」と書かれた掲示物が貼られています。そして、「ふわふわ言葉」の型を指導している場面に出くわします。馬鹿馬鹿しいな~と思います(が、黙っていますが)。

 チクチク言葉を喋ってしまう子どもは「チクチク言葉」が悪いとは知らないのでしょうか?いいえ知っています。ふわふわ言葉を知らないのでしょうか?いいえ知っています。だって、子どもたちの会話を聞けば、相手によって「ふわふわ言葉」と「チクチク言葉」を使い分けています。それも幼稚園の子どもでさえもです。つまり、彼らに教えるべきは「ふわふわ言葉」ではなく、「チクチク言葉」を使う相手が「ふわふわ言葉」を使うべき相手であることを分からせることなのです。

 もちろん使い分けの出来ない子どももいます。典型的な子どもはアスペルガータイプの子どもです。でも、そのような子どもは、そもそも「チクチク言葉」をしたときの相手の感情を想像できないのですから、指導したって「何故?」と思うだけのことです。

 場面緘黙の子どもに話し方の型を教える場合もあります。これまた馬鹿馬鹿しいです。だって、その子は家に帰れば喋れるのですから。彼らに教えるべきは、クラスメートも家の人と同じ関係を結べることなのです。

 問題解決の過程や科学の過程などを教えるのも馬鹿馬鹿しいと思います。そもそも仮説設定を分からない子どもはどれほどいるでしょうか?例えば、おもちゃが見つからなくて探す場合、どこにあるだろうという仮説無しで小学生が探すと思いますか?まあ、そういう子どももいます。でも、親が必ず教えるはずです。

 理学部出身者は思い出して下さい。研究室に入って小中高でやっているような問題解決の過程や科学の過程などを教えられたことがありますか?あるわけ無い。そこでの問題解決の過程や科学の過程を学び方は正統的周辺参加に準拠しています。つまり、実際の科学者集団の中に入り、その中で現実の問題解決に参加することによって様々なことを学びます。そこで必要とされる問題解決の過程や科学の過程などは高度に領域固有的であり、文脈依存的であるから、それしか学べません。普遍的な問題解決の過程や科学の過程などはフィクションです。まあ、わざわざ学校教育で学ぶようなものはないでしょう。

 でも、上記で学べるのは通常科学の問題解決の過程や科学の過程に過ぎません。つまり、ほぼ一定の手順を踏めば結果を出せるようなものばかりです。

 では、それ以上のパラダイムシフトが必要な問題解決の過程や科学の過程はどうしたらいいでしょうか?結論から言えば、そんなのあるわけありません。だって、そんなのがあるならばパラダイムシフトとは言えませんから。では、パラダイムシフトはどうやって起こるのでしょうか?一部の大天才は別にして、もっともそれに近い方法は「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する」ことなのだと思います。そして、その教科が全く分からない子どもが分かるときには、その子にとってパラダイムシフトが起こるのです。

 例えば理系の人間は、距離を時間で割れば速度が出ると、直ぐに納得します。しかし、理系でない人は「何で距離を時間で割れるの?だってリンゴをミカンで割れないでしょ!」と思うのです。その人が「距離を時間で割れば速度が出る」ことを納得する過程は、パラダイムシフトなのです。それを乗り越えるには、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」が必要なのです。つまり『学び合い』が必要なのです。

takami_swctakami_swc2013/11/11 20:43>普遍的な問題解決の過程や科学の過程などはフィクションです。
>まあ、わざわざ学校教育で学ぶようなものはないでしょう。
では学校教育(理科教育)では何を学ばせればいいのでしょうか。フィクションであることを分かった上で,最も一般的な型としての問題解決の過程を経験させることは必要だと思っていましたが・・・うーん分からなくなってきました。現在学校で教えている問題解決の過程は実際にはあり得ない型であるから学ぶ意味はなく生活の中で自然に身に付いていくレベルのことと考えればいいのでしょうか。

jun24kawajun24kawa2013/11/11 22:06我々の研究によれば、理科の特徴は、日常経験を元に推論することを学ぶ教科であると言えます。その他、理科の陶冶価値は様々あります。問題は、どうでも良いことが、陶冶価値だと思われているところです。

takami_swctakami_swc2013/11/11 23:10教科の陶冶価値に関しての先生のメモを読み返してみました。よく分かりましたが現状ではこれを主張すれば完全に干されるような気がします。したたかにやっていく方法を模索します。

jun24kawajun24kawa2013/11/12 08:38驕らず、腐らず、したたかに。

13/11/09(土)

[]27歳 21:32 27歳 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 27歳 - 西川純のメモ 27歳 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この前の東京での飲み会で若い方々に人に合い、喋りました。もう、本当に可愛い。抱っこして、高い高い、をしたい気持ちになります。真面目で、前向きで、でも、不安で。でも、前向きで。

 私は27歳で大学教師になりました。その頃を思い起こせば、お会いした方々の足下にも及ばない。保守的で、地盤を固めることにきゅうきゅうとしていました。自分の所属する学会に認められることに頭がいっぱいでした。

 私は、自分の目指すものが分かりませんでした。ただ、生き残ることだけでした。虚勢を張り、その虚勢を実態にすることだけしか考えられませんでした。

 私は彼らの足下にも及びません。なんと偉いだろう。私には抱っこして、高い高いをしたくなるほどの若さの中で、それが出来るのは何故だろうと、思います。

[]気が楽 19:32 気が楽 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 気が楽 - 西川純のメモ 気が楽 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は教え子にして同僚の水落さんが関わっている新潟市の小学校に参観に行きました。実に良い仕上がりです。何よりも中心となっている先生方の熱い気持ちを感じます。そして、先生方の方向性がいい。結果として子どもたちの動きが良い。それを気楽に鑑賞できました。

 来週は上越市で越後『学び合い』の会(http://p.tl/v3-d http://p.tl/uSyE)があり、再来週は岡方第一小学校での研究会(http://p.tl/r8zv)があります。楽しみであり、緊張もします。

[]思考の過程 19:32 思考の過程 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思考の過程 - 西川純のメモ 思考の過程 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 フィクションとノンフィクションの違いに関して、以下のような話をすることがあります。

 「君たちが今の彼女・彼氏とどのような過程でつきあい始めたかを人に説明することがあるかもしれないよね。おそらく膨大な事実の中で説明しやすい事実を選び出し、説明しやすい順序に並べて説明すると思う。たしかし、個々の事実は実際に起こったこと。でも、それ以外にも膨大な事実があるはずだ。思い出してみなよ、その人が好きになったきっかけは、些細な仕草・視線・一言が膨大に積みかさなった結果だろ。それも、好きになった、という時点を特定することは出来ないだろう。つまり君らの説明は嘘ではないが、本当でもないと思う。」

 この話は「科学の過程」、「問題解決の過程」を説明するときに必ずする前振りです。

 学校では、考え方の型を教えます。それらは「科学の過程」、「問題解決の過程」があるという前提があるのです。しかし、そのようなものがあるというのはフィクションです。ここ半世紀の科学史の研究は「科学の過程」、「問題解決の過程」というものは無いことを明らかにしているのです。

 教科書的には、ケプラーはティコブラーエの残した膨大な天体データを虚心坦懐に分析した結果、ケプラーの法則を発見したことになっています。しかし、ケプラーはギリシャ時代からの「円は最も完全な形である」という宗教に近いピタゴラス学派に従っていました。そのためティコブラーエのデータの中で、円であることを否定するデータは誤差であるとして否定したのです。そもそも観察から理論から生まれるというのはフィクションです。実際は理論があるから観察が成立します(観察の理論負荷性と言います)。実際の科学者の思考は、理論と観察の往還の小さいサイクルから成り立っているのです。

 なぜこのことが多くの人に理解されていないか、それは本当の科学研究をした人が殆どいないからです。圧倒的大多数の研究者は既に成り立って理論に基づいて、それを追体験するだけのことをします。これをクーンは通常科学と言いました。このレベルの研究だったら「科学の過程」、「問題解決の過程」に合っています。さらに言えば、勉強の得意で理論を学習済みの学習者の思考過程にも合っています。そして、そのような子が大きくなった教師の思考過程にも合っています。が、得意ではないこの思考過程には合っていないのです。彼らはまさにクーンの言うパラダイムシフトを経験しなければならないからです。

 困ったな~。教育関係者は科学史研究を学ぶ必要があります。

makine45makine452013/11/09 22:08ありがとうございます。「型を身に付ければ、子どもたちは学ぶ」という思考は、どこから生まれてきたのでしょうか。私も、かつてそう思っていました。大変な課題だと思っています。

jun24kawajun24kawa2013/11/10 07:48テニスでも剣道でも技能は型から入り、型から離れる過程の中で学びます。しかし、それは型に過ぎません。ところが、問題解決の過程や科学の過程を押しつけている型の圧倒低大多数は、それが型ではなく実態であると思い込んでいることが問題なのです。素振りだけで試合が出来ると思っているようなものです。

13/11/07(木)

[]今回の出張 19:45 今回の出張 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今回の出張 - 西川純のメモ 今回の出張 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今回の11月1日から6日の出張で、兵庫、岡山、東京、秋田、青森を回ってきました。正直疲れました。特に後半ではブログやFBを更新できないほどです。しかし、今後に繋がる種がまかれたと実感しています。苦労は多かったが、意味ある出張でした。

[]日常 19:38 日常 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 日常 - 西川純のメモ 日常 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の日常は、時計のように正確です。最近の日常は以下の通りです。

 朝5時に起床、夜に入ってきたメール等を処理します。6時ぐらいに家族が起きてきます。7時15分に朝食を食べ始め、7時40分に食べ終わります。7時45分に家を出て、8時に大学に到着。仕事をし始めます。午前中に頭を使う仕事を終わらせます。11時半に下のゼミ室に行き、一緒に昼飯を食べます。12時頃にレターボックスを経由して研究室に戻ります。仕事です。3時頃にゼミ生の部屋に行き、馬鹿話です。研究室に戻り仕事をします。6時頃にゼミ生の部屋に行き、馬鹿話です。研究室に戻り仕事をまとめます。6時45分に大学を出て、7時に家に戻ります。直ぐに息子と風呂に入ります。7時半頃からコンピュータで仕事です。息子は目の前で勉強です。8時に夕食で、8時45分ごろ食べ終わります。9時から私は仕事で、同じ部屋で息子は勉強です。9時50分頃には終わって寝る準備です。10時に息子と一緒に寝ます。

 毎日は、その繰り返しです。

 昨日の夜11時に家に帰りました。一晩寝てから、日常に戻りました。そして、もうそろそろ夕食の時間です。

[]大平山小学校 14:00 大平山小学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大平山小学校 - 西川純のメモ 大平山小学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 12月7日に大分県別府市の大平山小学校で学校体制での 『学び合い』の発表があります。お誘いします。私も行きます。http://p.tl/fsIL

13/11/04(月)

[]教師の醍醐味 22:15 教師の醍醐味 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の醍醐味 - 西川純のメモ 教師の醍醐味 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は小学校3年生まで知的障害があると思われていました。そんなことない、と思った母親のおかげで今があります。母親が言います。今もおまえを小学校の担任に見せたい。と。その言葉を言った母親は、それまでになく凄みがありました。

 ある受験生が大学院前期受験で受験しました。ところが、面接で駄目でした。大方の意見は、「教師としては不適格」でした。まあ、そう思われてもしょうがありません、という部分があります。でも、私自身が規格外だったので寛容になれます。

 中期試験で再受験して、合格しました。

 私のゼミに所属し、紆余曲折があり、めでたく就職しました。

 本日の秋田の会でそのOBが発表しました。

 途中から、涙が止められなくなりました。今の彼を面接担当の先生方に見せたいと思いました。嬉しかった。誇らしかった。

 教師の醍醐味です。

[]やらねば 05:06 やらねば - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - やらねば - 西川純のメモ やらねば - 西川純のメモ のブックマークコメント

 一昨日は岡山で、昨日は東京で多くの同志の方々にお会いしました。その方々がいらざる軋轢無く実践できるにはどうしたら良いか、それを考えました。我々の年代が踏ん張らねばなりません。

 本日は横手で『学び合い』秋田の会を開きます。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2013/11/04 23:00読んでいるだけで勝手に想像してしまい、涙が出てきました。自分の教え子たちとオーバーラップしてさらに涙が…
と同時に、自分の仕事の責任の重さを感じさせられました。

jun24kawajun24kawa2013/11/06 10:38結果、期待していますよ。

13/11/02(土)

[]理解と納得 05:28 理解と納得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理解と納得 - 西川純のメモ 理解と納得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は兵庫の学校に行きました。とても良い学校です。というのは、校長室に座っていると、となりの職員室から笑い声があふれているのです。若手、中堅、ベテランのバランスもあります。管理職も明るい方、積極的な方です。良い学校でしょ!

 研修会が終わって飲み会がありました。そこで若手の先生をとっ捕まえて議論しました。先生方は『学び合い』の良さを分かっています。しかし、全ての教科で、全ての時間で出来るというところが納得できないのです。先生方のおっしゃる疑問に対しては、いつもの通りマシンガントークで単純な論理と、豊富な事例で論破します。若い先生は、いい加減なところで逃げないで食らいついてくれます。教師として心地よいです。が、理解と納得は違います。「理屈は分かるが・・・・、でも・・・・」のぐるぐるが始まるのです。

 このあたりは、私ではどうしようもありません。実践している方と、その子ども達しか伝えられません。よろしくお願いします。

 昨日、心に誓いました。『学び合い』の会、ゼミの飲み会、以上以外は私は飲み会では席をたってはいけないことを。私に議論したいと願う人以外とは話さないことを。私は一般の人には劇薬ですから。反省です。

scorpion1104scorpion11042013/11/02 09:29実践結果を職員に知らせてなお、『学び合い』効果を認めない職員の場合には、理論で攻めても無理ということになりますでしょうか? そうだとすると、やはり、職員の半数が『学び合い』っていいんじゃないの?という指示する雰囲気をつくることが必要なのかと思うこの頃です。

jun24kawajun24kawa2013/11/04 05:07ピンポ~ン

13/11/01(金)

[]長いな~ 06:12 長いな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長いな~ - 西川純のメモ 長いな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のことです。息子と並んで寝ていると、いつも通りに私の枕を自分の枕に引き寄せ、私と頭をつけて寝ることを求めます。息子が「今度の出張はいつまで?」と聞くので、「6日までだよ」と答えました。息子は「長いな~」と。中学生の息子に言われて嬉しかった。

[]学術 06:12 学術 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学術 - 西川純のメモ 学術 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 千年前の人がテレビを見たら、魔法の成せる技と思うでしょう。しかし、テレビは徹頭徹尾、科学研究によって基礎づけられています。一つ一つの積み上げが、魔法と思える成果を成し遂げたのです。

 『学び合い』も新興宗教のように思われることもあります。しかし、徹頭徹尾、学術データに基づいています。不遜ながら断言します。学校教育成立以来、全国的に広がった教育実践の中で、『学び合い』ほど実証的な学術データに基礎づけられた実践はありません。

 そう断言するのは、長い長い、学術と実践の乖離の歴史があるからです。それらが融合するとき、互いに豊かになれる。

karakusa01karakusa012013/11/02 02:05新興宗教…そうかもしれません。
続きは岡山で…(笑)
気をつけてお越しくださいませ。

jun24kawajun24kawa2013/11/02 05:10お世話になります。