西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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13/10/12(土)

[]到達点 21:01 到達点 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 到達点 - 西川純のメモ 到達点 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、我がゼミに他大学の学生さんが参観に来ました。そして、『学び合い』の生を見ました。多くを学んだとのこと、よかった、よかった。その方のFBに「この二日間の『学び合い』の見学は、単に魅了されただけではなく、私にとって本当に大きな意味を持ちました。なんだか壁にぶつかった感じです。私が教育における到達点としていたものが、『学び合い』においては手段であったようです。これについて書き連ねてみたら4時間もかかってしまったので…一言でまとめます。笑  私には、“折り合いをつける力”の重要性が抜け落ちていました。そして恐らく「一人も見捨てない」ことの大切さも本当に理解出来ていないのだと思います。」と書いてありました。実は、午後、ずっとそのことを考えていました。

 その学生さんが上越にいるときに、真剣に私に質問したのです。しかし、私はその場で、その言葉の意味を正確に捉えられておらず、適切に返答できなかったと思います。そこで書くことにしました。

 多くの教師は、楽しく、わかりやすい授業をすることが教師の仕事だと思っています。もちろん、教師が子どもの人生に影響を与えられるし、するべきだと思っているでしょう。しかし、実際にそれを実感できる教師がどれほどいるでしょうか?そして、実感できたとして、どんなとき、そして頻度はどれほどでしょうか?おそらく、運動会や部活などで経験することが出来るでしょう。でも、前者でそれを感じられたとしても、年に1度です。後者で感じられたとしても、目の前にいる子どものごくごく一部です。結局、毎日毎日しているのは授業です。だから、楽しく、わかりやすい授業をすることが教師の仕事だと思うのは当然でしょう。私だって、そうだった。だから、学生さんがそう思うのは当然です。そして、それが単なるツールに過ぎないということに衝撃を受けるのは当然です。

 では、私は何故変わったか。二十年弱の学術と実践の積み上げによって変わりました。そして、臆面も無く私は「全ての子どもや人を一生涯幸せに出来る」と言います。そして、それが教師の出来ることだと言います。

 しかし、では西川ゼミの学生さん、それも実践経験も無い若い学生さんが、「全ての子どもや人を一生涯幸せに出来る」と思えるのでしょうか?百歩譲っても、「全ての子どもや人を一生涯幸せに出来る」ということが実現できると本気に思っている人がいると思えるのでしょうか?

 それは『学び合い』の生を長期にわたって観察することによって、「全ての子どもや人を一生涯幸せに出来る」とわかるからです。毎日、毎日の『学び合い』では、ドラマティックなことは無いのです。そこにあるのは、ちょっとしたアイコンタクトの変化、ちょっとした一言、ちょっとした行動の変化があるだけです。しかし、そんなちょっとしたことをクラスのみんなでやれば、そしてそれを積み上げれば、信じられないことが起こることを見ます。

 そして、私のゼミに所属すれば、全国にいる仲間との繋がりを感じられます。その人たちのちょっとした情報発信が、別な地域に影響を与え、やがては学校を変えることを知ります。つまり、「全ての子どもや人を一生涯幸せに出来る」ということはみんな(その中には子どもや保護者や地域の人を巻き込んで)でちょっとしたことを積み上げていれば、実現するかもしれないというイメージを持つことが出来るようになるのです。

 ただし、実現可能だと思ったとしても、私の管理下から離れ、ゼミの文化から離れた後にそれをやるか否かは、私の力の及ぶところではありません。それは、一人一人の持っている共感能力や、願いに依存します。なによりも、どのような人と繋がっているかに依存します。それによって、その一人一人の到達点にが決まります。

szeidzsiszeidzsi2013/10/13 19:13pdf化するときは、1ページずつスキャンにかけるのでしょうか。それとももっと簡単にできるそれ用の機材があるのでしょうか。知識がないのでとっても気になっています。

jun24kawajun24kawa2013/10/13 21:47私はかなり高機能のものを使っていますが、それでなくても可能です。ようは裁断すれば良いのです。

szeidzsiszeidzsi2013/10/14 20:45裁断するんですか。ありがとうございます。