西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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13/08/05(月)

[]『学び合い』フォーラム 08:42 『学び合い』フォーラム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』フォーラム - 西川純のメモ 『学び合い』フォーラム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 8月3日、4日、福島で『学び合い』フォーラムに参加してきました。充実していました。充実しすぎて疲れてしまい、振り返りは今から書こうと思います。

 個人的には私と石川さんの対談は蛇足のように感じました。というのは、私個人の思い出を二百人の前で語るということが意味あることのようには感じませんし、なにより恥ずかしい。ゼミ生数人の前で話すのがお似合いです。しかし、石川さんとじっくりと話せたのは楽しかった。

 その後の分科会は良かった。私は個々の話は聞いていません。数百人の子どもが体育館で全校『学び合い』をしているのを参観しているように、集団の動きを見ていました。心地よかったです。

 関係する方々に心から感謝します。ありがとうございました。

daitouirukadaitouiruka2013/08/07 21:36フォーラムでは夜の懇親会、その後の会を含めていろいろとお話をさせていただいてありがとうございました。
以前から「科学としての『学び合い』」についてその方向性に共感させていただいているのですが、学術研究の素人なもので、その世界では基本的なことだと思うのですがお教えください。
ある個人の判断が無条件によしとされるようなものは「科学」としては論外だとしても、心理や教育の分野では、人間の心やその他のさまざまな条件がからまっていて特に物理の世界ほどの再現性は望めない(と思う)のですが、どの程度再現できれば「科学」となるのでしょうか?
どこまでも「より確からしい」状態に「近づける」ということからは脱することはできないように思うのですが、どのような状態になれば「科学的に証明された」と言えるのでしょうか。
それから、「考え方」が大切であるということもあり、「この条件下で」ということを示していても、本人がその「条件」でやっている「つもり」でも、実はそうじゃなかったということもよくあると思うのですが、その点は具体的に「対話」しながら個々の事例に対応していくということでしょうか。
個人的なメールでご質問しようかとも思ったのですが、『学び合い』をしている人に限らず、ここに訪れる人の何パーセントかの方にとっても知りたいことではないかと勝手に思ってここに書かせていただきました。

jun24kawajun24kawa2013/08/08 05:28科学とは何かを明らかにすることは科学哲学研究の主要なテーマです。それ自体が研究のテーマになっているということは、さまざまな立場があるということです。ということを認めた上で、一般的に認められている科学の要件は「反証可能性」と言われます。つまり、「実験や観察によって、それが間違っていると証明できる」か否かです。あの人が言っから、は信仰であり反証は不可能です。だから科学ではありません。
次に、「確からしさ」つまり蓋然性についてですが、イルカさんが指摘しているように人相手の研究の場合、物理学より蓋然性が低くなると思います。しかし、相対的に蓋然性を高める努力の営みが科学だと思います。
反証によってチェックされ、その反証の反証によってチェックされ・・・、その積み上げによって蓋然性は相対的に高まっていくのだと思います。

daitouirukadaitouiruka2013/08/08 18:41なるほど、やはり「蓋然性」をより高くしていくことなのですね。
そして、「反証可能性」ということで納得できました。
ありがとうございます。