西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

13/07/31(水)

[]奥義 21:53 奥義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 奥義 - 西川純のメモ 奥義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、学部3年生のゼミ生に『学び合い』の奥義を伝えました。

 もうすぐ教育実習です。普通の学校に教育実習なのですから、当然、一斉指導です。ゼミ生は『学び合い』を忍び込ませたいと願っています。しかし、一斉指導のお約束の色々なことをやらねばならないと、彼が自由に出来る余地はあまりありません。そこでは満足できないので、何とか出来ないか交渉することを考えていました。

 そこで以下のように語りました。

私:『学び合い』で一番大事にしていることは何?

ゼミ生:一人も見捨てないこと。

私:そうだね。『学び合い』には色々なテクニックや手順がある。その中で一番大事なのは、子どもに「一人も見捨てずに全員達成するように」と求めることと、出来なかったら「何故出来なかったんだろう。どうしたら良いんだろう。頭を使ってみみんなが出来るようにしよう」と繰り返し語ることが『学び合い』のコアだよ。

ゼミ生:なるほど。分かりました。

私:学び合うことが『学び合い』だと思うのは当然だよ。分かりやすいから、まずはそこから入るように入門書には書いた。でもね、『学び合い』のコアは、一人も見捨てないという願いであり、そのために、繰り返しそれを語ることなんだ。それを語るためには、一人も見捨てない、ってことがどれほど凄いことかを確信しなければならない。これって『学び合い』の奥義だよ。あはははは

 私の管理下の中では、それは分かります。でも、私の管理下を離れた後では、私の最後に語った奥義の深さを理解するかが大事です。

 ゴミ分別をした方が良いのは大多数の人は知っています。そして、ゴミ分別をしている集団の中にいれば、ゴミ分別はするだろうし、ゴミ分別の意義は語れます。ゴミ分別をしていない集団の中で、ゴミ分別をしつづけるためには、ゴミ分別をすることが自分にとって意味があること、そしてみんなでやることの意義を自分の利害で理解できる必要があります。これは短期の利害とは別物の、中長期の利害、自分の人生をイメージした利害を考えられるか否かなのです。これは、私が百年教えても分かるとは限りません。そして、私が何も教えなくても分かる人は分かります。私が教え子を守る方法は、分かる人を教え子の職場に数人生み出すことなのです。お願いします。でも、皆さんも同じだと思います。職場の代わりに、中学校、高等学校、大学に変わるだけだと思うのです。そして、私もみなさんも、地域コミュニティの再生が無い限りはでは、完全では無いのです。

 これこそが奥義です。クラスの『学び合い』では教え子を本当に救いきれない。

[]佐賀の会 18:10 佐賀の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 佐賀の会 - 西川純のメモ 佐賀の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 佐賀県で8月29日に『学び合い』の会が開かれます(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/concert3/20130620)。県教育事務所で開かれますが、佐賀県の人以外もウエルカムです。長崎、福岡、熊本、山口の方だったら、ちょいと足を伸ばせば行けますね。お誘いします。

[]千葉の会 18:10 千葉の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 千葉の会 - 西川純のメモ 千葉の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 9月7日に千葉で『学び合い』の会があります。お誘いします。http://p.tl/1PnN

[]不満 07:00 不満 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不満 - 西川純のメモ 不満 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、ゼミ生と議論しました。その中で、ゼミ生は『学び合い』をもっと広がるためには「結果」を出さなければならない、逆に、広がらないのは「結果」を出せないからだ、と言いました。それに対して私は、結果は出ている。しかし、それだけでは広がらないと申しました。

 『学び合い』を「ちゃんと」やれば、確実に「まし」になります。少なくとも人間関係はかなりましになります。成績だって、課題と評価を一致させれば「まし」にすることは確実です。(ただし、ステップアップ通りのことを額面通りやった場合は保証しますが、足して2で割る『学び合い』は約束できません)

 事実、私が直接関わった学校では、上記を実現しました。NRTを求められれば、10以上挙げることは出来ました。が、それですくに分かって貰えるとは限りません。最初はなぜだか分かりませんでした。しばらくして分かってびっくりしたのは、成績を上げたい、全員が分かってほしい、と願っている教師や学校はそれほど多くは無いという事実です。ですので、結果を出しても「あ、そ」で終わってしまうのです。本当に願っていれば、結果を出せばかなり怪しくても何が起こったかは調べますよね。それが無いです。例えば、ダイエットしたいと願っている人だったら、書店でダイエット本を見れば、かなり怪しくても最初の10ページぐらいは読みますよね。あれが無いのです。

 結果を出せば分かって貰える、そんな簡単なものではありません。その代わりに、結果を出せなければ、それを攻撃される。だから、結果を出す最大の理由は、自分で実践することを許され、結果を出したいと願っている教師に伝えることを許して貰えるまでの時間です。少なくとも校内に3人の仲間を生み出すまでの時間稼ぎに意味があります(ただし、これは凄く大事なことです)。

 今から6年前に書いたメモ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070808/1186528618)を再度アップしまします。6年前も今も、『学び合い』にとっての最大の壁は「不満」を持たないという状況なのです。私はこの状況を打開する道は、特別支援の子どもを持つ保護者が『学び合い』に可能性を持っていただくことだと思っています。

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何度もメモで紹介しているポズナーの概念転換モデルによれば、我々は概念転換するためには以下の4つの条件が必要です。

1)先行概念への不満が生じなければならない。

2)理解可能な新しい考えが、利用可能なものでなければならない。

3)新しい考え方は、もっともらしくなければならない。

4)新しい考え方は、先行概念より生産的でなくてはならない。

 眺めてみると、1以外は、行動してから本当にわかるものです。

 私は長年、携帯電話を使いませんでした。私の周りの人の殆どすべての人が使っているのにも関わらず使いませんでした。使ってみれば、これほど便利なものはありません。長年、意固地になって使わなかったのが、馬鹿みたいです。これは、ブログにせよ、電子メールにせよ、同じです。今では上記三つは、私の3種の神器になっています。

 なぜ、それをなかなか使わなかったかと言えば、とりあえず携帯電話が無くても、生活できるから不満があまりなかったからです。携帯電話が「もっともらしい」ことも、「生産的」であることも知っていました。しかし、私にとって携帯電話をピコピコ指で押している学生さんの姿は魔法使いのように思えました。そして、私がそれを使えるようになるには、そうとう大変だと思っていました。簡単に言えば、面倒だったんです。だから、いろいろな屁理屈・小理屈で先延ばしにしていました。つまり、私にとってのネックは1)と2)だったんです。

 2)に関しては、コテコテのマニュアル本で対応できるかもしれません。考え方を伝えるのは出来ませんが、とりあえずは『学び合い』もどきは出来ますし、それでもかなりの効果を実感できます。その実感を得た後に、不満を持ち、その段階で「考え方」の重要性を理解し、受け入れられるのだと思います。

 問題は1)です。残念ながら、現状に不満を持ってない人が多い。例えば、数年に一人ぐらい、クラスに不登校が生じたとしても、「避けられない災難」ぐらいに感じて、決して自分自身の人災とはとらえていないのではないでしょうか?人災だとしても、それは前の担任、前の学年、親等の人災であり、それを継続させているのは自分の人災だとは考えていないのではないでしょうか?

 業者テストの平均値が、業者の期待得点をわずかでも上回れば上出来と感じるのではないでしょうか?平均値は、期待得点より数十点低い子がいても、満点の子がそれに対応する人数がいればなりたちます。そして、期待得点より数十点低い子がいても、「そりゃ、しょうがない」と思うのではないでしょうか?

 特別支援を必要とする子どもがいて、その子が問題を起こし続けた場合、適切な学校に入学させない親が悪い、介助員を配置できない学校が悪いと思っているのではないでしょうか?

 そして、結局、「しょうがない」と思っているのではないでしょうか?白状しますが、偉そうに書いている、私もそうでしたし、そうです。研究室の中で達成度が著しく低いゼミ生がいると、「あいつはしょうがない」と思います。心の中で「みんな」、「みんな」と呪文を唱えますが、「しょうがない」という気持ちはむくむくと起こります。しかし、そう考えている限り進歩はない。こりゃ大きな壁だ・・・

[]長野の会 05:26 長野の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長野の会 - 西川純のメモ 長野の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 10月19日に長野セミナーを開きます。西川ゼミや私も参加します。お誘いします。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20130731

takami_swctakami_swc2013/07/31 13:59不登校,いじめ,学級崩壊・・・その他どんな問題が起きても,「しょうがない」と思って自分を合理化する人はこの業界内にはたくさんいます。私のイメージですが,全体の4分の3はそうだと思います。そしてそのような人は,自分のせいだとは思わないので心を病むことはありません。ある意味で心が強く,この業界で生き残れる人です。『学び合い』に興味を示し,やってみようと思う人はそのような人ではありません。
『学び合い』が広がっていくかどうかは,正直なところ分かりません。でも決して少なくない人が学級に問題を抱え心を病んでいます。そのような人を救えるのは『学び合い』しかないと思います。

jun24kawajun24kawa2013/07/31 18:07はい。
でも、自己合理化している人も、被害者であると考えています。何故なら、本当の誇りをかじることを出来ずに一生を終えるのですから。出口が無いから、合理化する。出口を指し示す人が必要です。あなたもその一人です。驕らず、腐らず、したたかに。