西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

13/07/06(土)

[]豊橋 20:42 豊橋 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 豊橋 - 西川純のメモ 豊橋 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 豊橋近くで『学び合い』の生を見たい方へ、以下にご連絡下さい。http://www.kyobun.co.jp/topics/20120409.html

[]議論 16:19 議論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論 - 西川純のメモ 議論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の書いていることは、かなり過激であることは十分了解しています。そして排他的のように読めるかもしれないことは十分に理解しています。しかし、「私も正しいけど、あなたも正しいよね」という議論は実りがなく、安易な合意(?)らしきものしか生み出しません。だから旗幟を明らかにして書いています。

 そのため、『学び合い』が間違っているとか、誇張であるとか書かれている方がおられる。はては日本を破滅させると書かれる方がおられる。私と違った考えを持つ人を人間と否定することはしませんし、私の考えが間違っている可能性を否定しません。だからこそ、議論が意味がある。ところが、否定される方からまともな議論をされたことが殆ど一度も過去にありません。

 ツイッター上で何度か過去にありましたが、論理は破綻し、論点が右に左に動きます。そしてなによりも残念ながら、大人のルールを守れない方が多い。私は大人のルールを守れる方、つまり腹の中で何を考えていても、「おまえのかーさんでべそ」レベルの罵詈雑言を書かない人からの議論は大歓迎です。

 私が書いてることは誇張ではなく、事実です。少なくとも「地域コミュニティの再生」以外は実現済みなことです。また、実証データは終わりはありませんが、否定される方が提示出来る実証データよりは質・良ともに勝ったデータを出せる自信はあります。そして、それを実現している現場をお見せする、と大見得を切っているのです。

 しかしながら、『学び合い』の実践者が全て、私が前提としている『学び合い』のセオリー通りのことを実践しているとは限りません。また『学び合い』の考え方が分かった方でも、人は生ものです。心が揺らぐことがあります。

 ということを割り引いているので「まし」という表現を使っています。

 まともな議論が出来ないのを残念に思います。しかし、今はロスの悲嘆の五段階説の第2段階です。しょうがありません。今は、勉強もせずに否定する愚かな人と、時の推移を見守っている大人の方の二通りいます。次の段階に移れば、実りのある議論が生まれるかもしれません。

[]評価 10:41 評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 評価 - 西川純のメモ 評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 お役所が学校に何かを求めるとき、たいていは「方法」を求める。そして「方法」は評価するが、「結果」は評価しない。というか、だれも結果の責任を負わない。

 『学び合い』をすると授業内容のレベルが下がると言う人がいます。そうかな?と思います。たしかし、その人が板書すること喋ることはレベルが高いかもしれません。でも、教育で大事なのは教師が書いた喋ったことでは無く、最終的に子どもが得たものです。ところが、それを評価していません。

 教師が主導し、数人の子どもが「素晴らしい」発言をすれば、それでハッピーエンドとなる授業があります。そして、その言葉を訓詁学のように延々と議論することが教材研究のように思われている場合もあります。常に、教師の思い通りになった数人に目が向けられています。

 公教育は学習指導要領で定められたことを全員に獲得させることを目的としています。そこから先を否定はしません。でも、そこから先は、全員が獲得してからです。だから、学校教育での評価は「方法」ではなく「結果」です。そして、「結果」は、最高得点でも無く、平均値でも無く、点数分布です。そして注目すべは最低点近くの分布なのです。

 最高得点や平均点は、かなりいびつな教育、姑息な教育でも実現できます。しかし、全員達成は教育の本義を保った教育しか実現できません。そして、最低点が上がれば、平均点は驚異的に上がります。そして、知的障害が疑われる子どもが80点以上を実現するために交わされる子どもたちの会話の中には、教科の本質があります。