西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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13/06/20(木)

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 死に直面した患者がどのような行動をするかという研究したロスの「悲嘆の五段階説」というのは面白いです。第一段階は、その存在を否認し、たいしたことはないと無視します。第二段階は、怒りで攻撃的になります。第三段階は取引です。第四段階は抑鬱です。そして第五段階が受容です。

 3年ほど前に「攻撃」の段階に入ったと感じました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20100201/1264985646)。しかし、現在は「取引」の段階に入ったことを感じます。様々な書籍やネット情報を読んでいると、『学び合い』のノウハウ・テクニックをさりげなく取り入れているものがちらほら散見するようになりました。もちろん「盗む」というものではありません。『学び合い』関係の書籍が順調に版を重ねているのですから、アンテナの高い人はそれらを読んでいます。そして『学び合い』から吸収し、自らの実践を高めているのだと思います。

 それらはノウハウ・テクニックのレベルにとどまっています。それも書籍に明示的に書いてあるノウハウです。結果として今のところ口伝のレベルで伝えている、合同『学び合い』で数百人の子どもがゴチャゴチャと動いているとき、それらを的確に見取り、コントロールするためのノウハウは広がっていないようです。ま、そのうちに広がるでしょう。しかし、そのレベルを超えることは無いと思います。

 『学び合い』の根幹は学校観と子ども観です。そこは受け入れられないだろうし、受け入れてしまえば『学び合い』になってしまいます。

 学校観を受け入れられなければ、「一人も見捨てずに」を徹底することは不可能です。徹底できなければ、集団をリードする2割の子どもというリソースを最大限に活用することが出来ません。2割の子どもの有能さは、自分自身だけに消費されてしまいます。そして、その2割の子どもが中心となった10割の子ども集団のパワーを引き出すことが出来ません。

 また、「一人も見捨てずに」を徹底できないならば、教師や地域コミュニティに拡張することが出来ません。どこまで行っても「自分のクラス」を超えることは困難(不可能とは言いません)だと思います。

 子ども観を受け入れられなければ、集団をリードする2割の子どもというリソースを最大限に活用することが出来ません。2割の子どもは教師に依存的になり、手を抜きます。そして、その2割の子どもが中心となった10割の子ども集団のパワーを引き出すことが出来ません。

 また、子ども観を受け入れることが出来ないと、教師の介入が多くなります。つまり、「今日はこれこれのことをみんなが達成しましょう。さあどうぞ」が出来ません。最初の説明が長くなったり、途中でまとめたり、最後で確認をします。そうすると合同『学び合い』や学校『学び合い』は不可能です。どこまで行っても「自分のクラス」を超えることは不可能です(ここでは不可能と言います)。

 現在の教育実践のさまざまな試み、先導的な教師の実践のユーザーは教師集団の中の2割程度の人です。いや、それも危ういかもしれません。出版関係の人から聞いたことですが、採用後5年間は本を買って勉強するが、それ以降は本を買わないとのことです。しょうがありません、その頃になれば家庭を持つ人が増えてきます。そして勉強しなくても授業は出来るようになります。よほどの志がなければ勉強し続けることはないでしょう。

 そのため、本屋に並ぶ書籍、また、様々な研修会は2割(実際はそれよりかなり少ない)の人をターゲットにしています。それがあるから2割の教師の再生産がなりたっています。しかし、8割以上の教師がそのままです。そして、日本の子どもの8割はその教師の管理下の中で育っているのです。

 今、『学び合い』に管理職レベルの人が注目しています。その方たちが求めていることに応えるには、教師の『学び合い』が必要で、そのためには学校観と子ども観を受け入れることが必要なのです。従って、「取引」は不可能なのです。学校レベルの『学び合い』が広がれば、それがハッキリとすると思います。2割の教師をユーザーとしている教育実践と、十割の教師をユーザーとしている『学び合い』の違いです。おそらく地域によって前後があると思いますが、今後3年以内に「憂鬱」に入るでしょう。いや入らせます。

追伸 様々な遷移は平行して行われます。さすがに「無視」は出来ないでしょうが、「攻撃」は続くでしょう。だから、結果は出し続けなければなりません。驕らず、腐らず、したたかに。