西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/06/14(金)

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 本日のゼミでゼミ生の現職院生の方と長く議論しました。『学び合い』の本質を分かっているゼミ生がなかなか理解してもらえない理由が分かりませんでした。でも、ゲートキーパーとなってくれた院生の言葉で分かりました。

 私が本に書いていること、それは入門者用のことです。基本が何かを分かってから、それを捨てるのはありです。しかし、基本を学んでからです。

 私が本に書いたこと、それは万人受けしないこと、それは百も承知、二百も合点です。受けるだけなら、足して二で割る『学び合い』の方が受けやすい。だって、十数年前の我がゼミはそれを『学び合い』としていました。しかし、それは受け入れやすいけど、「な~んちゃって」になりやすいことを知っています。何故なら、今までと何が違って、何が同じかがハッキリ分からないからです。だから、いつのまにか「な~んちゃって」になるのです。

 もう一つは、足して二で割る『学び合い』は受けやすい。でも、それで一定以上の成果を上げるには、才能と経験が必要です。十数年前に『学び合い』にトライしている人はそれが出来る人だけでした。その頃は、『学び合い』が変質するのを恐れて、意図的にノウハウを書くのを避けました。ところが、それでも出来る人がいたのです。そういう人は、足して二で割る『学び合い』の不備を、その人の一斉指導の能力で補っていました。

 でも、それは全ての教師が出来ることでは無い。『学び合い』は受け入れがたいかもしれませんが、一度受け入れれば、ごく普通の教師でも一定以上の成果は出ます。何故なら、足して二で割る『学び合い』、そして一斉指導は授業者本人の能力、才能、経験に頼る部分は大きいですが、『学び合い』は子ども集団の能力に頼る部分が多いのです。つまり、教師個人の能力、才能、経験に頼る部分が少ないのです。それが、それがある人には分かりにくいのです。

 私は子どもを一人も見捨てたくないですが、教師も一人も見捨てたくない。だから、本人の能力、才能、経験に頼らない『学び合い』を追求しています。もちろん、「受け入れにくい」という欠点があります。でも、それを乗り越えるために、足して2で割る『学び合い』では無く、教師集団の『学び合い』を模索しています。それが合同『学び合い』です。が、なかなか分かってもらえない。