西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/02/10(日)

[]冊子 07:20 冊子 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 冊子 - 西川純のメモ 冊子 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越に戻ってホッとしてから、先だっての保原小学校の発表冊子を読み始めました。私は基本的に発表冊子を読みません。何故ならつまらないからです。そして、それを読んでも実際の授業の姿が見えないのです。建前としての授業の姿は見えます。しかし、そこに現れているものと、実際の授業があまりにも乖離しているのです。研究テーマがあっても、多様な先生方が全てそれに乗れることはまずありません。結果として、縛りを緩くします。それが原因です。

 そのため、各学校の冊子を渡されても、ちらりとは見ますが、それだけです。

 上越に戻ってから保原小学校の冊子をちらりと見始めました。が、ビックリしました。今まで見た冊子と別次元なのです。先生方が「書きたいから、書いた」というオーラがあふれています。そして、現在の学校の姿がどのような過程で生まれてきたのか、それがありありと分かるのです。読んで楽しい冊子です。ちょっと手を入れれば、「新保原小学校の一年」という本になりそうです。

 結果として、見栄えの良い、型どおりの冊子とは違います。ゴチャゴチャしているのです。見栄えを気にする管理職だったら、ストップがかかるかも知れませんが、保原の校長はそういう人ではありません。

 全国の同志の皆さん、一歩先んじられましたよ。でも、その先もあります。それは学校発表の冊子の大部分、子ども達がつくった冊子です。『学び合い』だけが出来る、本当の学校研究冊子です。その中には保護者の書いた部分もあるのです。私は早くそれが実現しないか待っているのです。

追伸 もし研究発表に行って、担任の先生に「御校の研究テーマは何ですか?」と聞いたら、「分かりません。校長先生に聞いて下さい」と応じられたら、呆れますよね。校長だけの研究テーマだっていうことが分かります。そんな学校はないですよね。でも、子どもに「研究テーマは何ですか?」と聞いて応えられる学校がどれほどありでしょうか?おそらく殆ど無いでしょう。子どもが分からなくてどうして学校の研究が深まるのでしょうか?だから、子どもは冊子を書けるし、書くべきなのです。