西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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13/01/16(水)

[]富 06:42 富 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 富 - 西川純のメモ 富 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かなり前から「富」というものを考えています。なぜなら、それが分かるともっと子ども達に『学び合い』の意味が分かりやすくなる。今のとこと、『学び合い』を子どもに説明する中心は学校観です。つまり、多様な人と折り合いをつけることが人間の最高の能力であると説明しています。では、その能力を使って何を得るべきなのか、それをハッキリさせたいと思っています。今のところは、現状の「富」を前提にして受験や仕事での出世などで説明しています。しかし、私が知りたいのは彼らが住む社会における富なのです。

 本当の富、それを本気で考え始めたのは「断絶の航海」というSFを読んだ頃からですから30年前です。それまでにも貨幣は富では無く、それを象徴するものであるということは知っていました。しかし、貨幣は富と等価で交換するのですから、富とは別なものであるという言葉は、私には言葉遊びに過ぎないと感じました。

 『学び合い』を研究し始めて経営学に興味を持ちドラッカーを読み始めました。そして、トフラーの「富の未来」を読みました。結果として「断絶の航海」で必要としているSF的な技術は基本的にいらないということが分かりました。つまり、マンズローの外的欲求が満たされた後であれば「断絶の航海」レベルの社会が出来ると言うことです。少なくとも現代の日本は「生理的欲求」、「安全欲求」が満たされています。そして、『学び合い』が地域コミュニティーを再生するようになれば、生涯にわたって集団に属することが出来「社会的欲求」を満たすことが出来ます。

 私が考えているのは、そのような社会における「富」とは何かと言うことです。これについてはドラッカーもトフラーも明確には示していません。彼らに分からないことを私ごときが分かるとは思えないのですが、考えています。

 「断絶の航海」においては「尊敬」だと書いています。マンズローも「尊厳欲求」だと書いています。しかし、『学び合い』における子どもの様子を見ていると、それは容易く満たされるように思うのです。たしかにノーベル賞の受賞者が受ける尊敬を「尊敬」だと考えるならば全ての人が教授し得ない「尊敬」です。それは「ノーベル賞」がことさら凄いことだと価値付けされているから生じることです。それは炭素の結晶にすぎないダイヤモンドに価値を与えているのと同じぐらい馬鹿馬鹿しいことです。またブドウ汁を発酵させた葡萄酒に数十万の値をつけたり、バイオリンに数億つけたりするのと同じです。その価値を分かる人にとっては価値あることですが、世界中の人の中でその価値が分かる人がどれほどいるでしょうか?その人達だけの「富」であるならば、とてもそのような値段になるわけありません。分かりもしない人にも「富」だと思わせることによって生じる価値です。さて、そのような馬鹿馬鹿しいことが無くなれば、全ての人はその人に合った「尊厳欲求」を満たすことが出来るように思います。またその先の「自己実現欲求」も同じ理屈で実現可能です。ようは、自分なりの「富」が確立することが大事なのだと思います。

 と、ここまで書いてきて、自分なりの整理が出来ました。つまり、『学び合い』の社会が成立することによって、他者の「安全欲求」、「生理的欲求」を満たす集団に所属することによって「社会的欲求」を満たし、それによって「尊厳欲求」を満たす。その上で、自分なりの「富」を満たすことによって「自己実現欲求」満たそうとする。というものです。

 我々はどんな自分の「富」をもっているでしょうか?考えると面白いですよ。高価な宝石を持っていることを知っているのは自分一人で、それを付けて外出しなくて満足できる宝石はあるでしょうか?それは服装もバックもそうです。それは本当の「富」ではありません。「尊厳欲求」や「社会的欲求」を満たすための模造品に過ぎません。

 食べ物も同じです。ホテルで出されるごちそうは美味しいですが、3日も続けば食傷気味になります。酒だって、利き酒大会をすれば、蘊蓄と実際の乖離は明白です。私は本当に美味しいものは高くは無い、というものが持論です。何故なら、本当に美味しくて、毎日食べたいと思うようなものだったら、人類は量産するでしょう。そして、価格は手ごろなものになると思います(少なくとも現代の日本では)。

 そう、自分なりの「富」の創出。それが「富の未来」のように思うのです。

[]老後 07:09 老後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 老後 - 西川純のメモ 老後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私も53です。老後を考えます。私の本当に好きなのは何かということを考えます。第一は、家族といることです。それが無いと体を壊して死ぬでしょう。

 さて、それを満たした後は何かなと考えます。私は今までに3度、徹底的に自分の欲求を制限したときがあります。それは大学入試、大学院、そして息子の子育ての時です。その時は色々なものを制限しました。そして大学入試や大学院では極限まで頭を使いましたので、頭は疲れていました。その時の状態は老後の状態に合っているように思います。

 そこから想像すると、以下のようなものです。

 家内から言われた仕事は率先してします。それ以外は掘りごたつに座っています。そして、好きなSFや星新一のショートショートを読みながらお茶を飲みます。たまにレンタルビデオを借りて映画を見ます。外出は、家内の買い物につきあうぐらい。基本的に家から10km以上には出ません。毎日2時間程度、本を書いたりブログを更新したりします。週に2日ぐらい、午前中だけの講義をします。そして、年に10回程度の講演をします。講演には家内同伴で、夫婦旅行と兼用します。そして月に1度ぐらいの地域の催し物に参加します。

 というようなものです。

 『学び合い』が進行すれば、地域コミュニティーの繋がりが出来るので、私より素晴らしい老後が生じるはずです。(残念ながら私は「非」『学び合い』人間なので、そこには参加しないだろうと思います。)きっと、全ての人が二十代後半ぐらいから上記のような生活が出来るようになるのがパラダイスなのだと思います。