西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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12/10/21(日)

[]バカ 20:14 バカ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - バカ - 西川純のメモ バカ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我がゼミ生だったら分かりますが、私は「バカ」という言葉を愛情を込めて言います。

 芸事もなにもかも、最初は基本を言われたとおりに忠実にするしかありません。例えば「ステップアップ」という本とおりにするしかないのです。ところが、自分の一人了見でかってに変形する。しかし、初期段階で我流に走れば、その我流を正すまで時間がかかります。

 ところが、素直にやる人がいます。常識的な考えから言えばリスクは山ほどです。でも、そういう人がいます。そういう人を私は「バカ」と言います。バカは『学び合い』を学び取ることを最初に出来る人です。

追伸 否定的な意味の場合は「おろか」と言います。

furu-tfuru-t2012/10/21 21:36『学び合い』の理念が薄れ、toss化していくことを恐れている自分としては「我流」という言葉に危機感を覚えます。
この「我流」という言葉が当たり前のようにふりかざされるようになっては危険。
そう考えています。

jun24kawajun24kawa2012/10/22 07:05TOSS化という言葉が何を意味しているか分かりませんが、私はTOSSが果たした成果と、現在も果たしている役割を高く評価しています。
furu-tさんが危惧している点はなんとなく想像できますが・・・・
しかし、私が我流というのは初期段階のことです。その時は、基本的な型から入るべきだと思っています。なぜなら理念を直接理解することは困難だからです。型から入り、型を守り、型を破り、型を捨てる、段階があります。でも、型から入らないと、破り捨てる段階に進みません。結果として、我流で理念を理解し、それ以外を排斥することにもなりかねません。『学び合い』の理念は「一人も見捨てない」という願いと、3つの観によって構成されています。それ以外は、各人の考え方で良いと思っています。

furu-tfuru-t2012/10/22 08:05危惧している点がお分かりいただけていることに少し安堵しました。

いつか型を破り捨てることが前提の「守」は大切だと私も思います。
「離」に至るための「守」をせよとおっしゃっているということがわかり安心いたしました。

しかし、「我流」という言葉は暴走しやすい言葉です。
破り捨てるものすべてを「我流」といって否定する雰囲気が生まれてしまわないよう我々は気をつけていかねばなりませんね。