西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

12/05/19(土)

[]私のやっていること 20:40 私のやっていること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 私のやっていること - 西川純のメモ 私のやっていること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の所には日本中の仲間からのメールが来ます。さまざまな悩みが来ます。下で書いたように、手ほどきに関しては直ぐに対応できます。しかし、それを越えた先に関して確実に成功する「方法」を示すことは出来ません。出来るのは、過去の同志の事例を基に例示することです。本質的には、同じ職場の仲間と一緒に解決するしかありません。

 で、私はどうしようとしているか。それはロジャーズやムーアの理論に基づき、多様な教師に向けて、多様な入り口を用意することです。

 もうちょっとお待ち下さい。私が出来ることを今やっています。私は「一人も見捨てたくない」と本気で思っています。理由は、それを知ると苦しくてしょうがないからです。そして、そのような情報が集まるのです。だから自分のために「一人も見捨てない」道を捜します。

[]祝杯 20:28 祝杯 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 祝杯 - 西川純のメモ 祝杯 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は息子の運動会でした。一番のイベントは、放送委員の2年生リレーの実況中継です。最高の実況中継でした。ということで、家族で家から500mの飲み屋で祝杯です。

[]方法と考え方 20:25 方法と考え方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 方法と考え方 - 西川純のメモ 方法と考え方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は考え方です。では、その考え方とは何でしょうか、学校教育に限定するならば、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決することが最大の戦略であることを学ぶのが学校教育の目的」、「子どもは有能である」という短い言葉で表現される2つの言葉です。私が拘るのは、これだけ。ところが、私が手ほどきでそれを言っても分からないから、その人の求める状況に、それを適応するとどうなるかということを語ります。でも、それは方法なのです。私にとってはどうでもいいことです。

 が、方法と考え方の違いは、なかなか分かってもらえない。

 我がゼミの場合、ゼミ生から求められたらば方法を例示します。しかし、ゼミ生はその方法が例示の一つにすぎないことを現実の学校現場で分かります。そして、私が求めるのは「日本を変える」ということで、具体的には「一人も見捨てない」ということです。それを求めると、彼ら自身で方法を考えます。私はそれがセオリーに照らしてあっているか否かを問います。しかし、私がセオリーにあっていないと判断しても、どうでもいいのです。大事なのは「一人も見捨てない」ということです。

 私は『学び合い』の手ほどきは出来ますが、その先は当人しか解決できません。私が出来ないのは大学教師だからではなく、他人の誰でも出来ません。それは実践界の巨星でも出来ません。自分しかできません。しかし、それを確実にするとしたら、集団を作るしかないのです。だから私はそうしています。

追伸 私は一人の教師にすぎません。しかし、おそらく、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決することが最大の戦略であることを学ぶのが学校教育の目的」、「子どもは有能である」という二つの考えが、どれほどの凄さがあるかということを一番知っているのは私だと、不遜ながら思っています。

[]責任 18:46 責任 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 責任 - 西川純のメモ 責任 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子は放送プロジェクト(放送委員会)の長をやっています。しかし、なかなか思う通りになりません。そのため、悩んでいます。しかし、これも責任感があるからだと思います。成長です。

scorpion1104scorpion11042012/05/20 07:34悩んでいる息子さんの姿も愛おしいですね。

jun24kawajun24kawa2012/05/20 08:02はい

karakusa01karakusa012012/05/20 22:46方法と考え方…なかなか難しいですね。

jun24kawajun24kawa2012/05/21 06:44伝えられなくても気にしないでね。伝えられる人に伝えればいいのだから。大事なのは、折り合いをつけること。