西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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12/01/26(木)

[]分からない 08:58 分からない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からない - 西川純のメモ 分からない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 マリーアントワネットの名言に「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」というものがあります。実際に彼女が言った分けではないようですが、彼女のような地位の人が言ってもおかしくないとみんなが思うから残った言葉だと思います。しかし、その言葉を言った人に悪気はないのだと思います。飢えるという経験をしたことがないのですから。

 『学び合い』を実践している方の中にも、『学び合い』を方法の一つとして捉えている方は少なくありません。ましてや『学び合い』を実践していない方の場合は、そのように考えるのは当然です。そうなると、「『学び合い』は良い方法の一つかも知れないが、全てではない。色々な方法を併用すべきだ。一つの方法に囚われるのは問題だ」とおっしゃいます。ま、典型的な誤解です。『学び合い』は方法ではなく、考え方です。その根幹は「一人も見捨てるな」と子どもに求め、子どもに任せることなのです。

 尊敬すべき、経験豊かな方が、それが分からないのは何故だろう、と思います。でも、しょうがありません。自分が経験したことのないことは分からないし、自分の経験したことによって他人を類推しているのですから。

 ある尊敬すべき教師が、「分からない子は、分からないままでもいい」と言い放ったのを聞きました。腰を抜かすほどビックリしました。でも、しょうがないと後で分かりました。教師になるような人は、現状の学校教育にフィットしています。ですので、分からない状態で、45分(50分)の授業を週三十回受けることを十数年間続ける苦しみが分からないのです。そして、「分からない」が人間的価値に瑕疵あると思わされるような競争的な課題を与えられている子どもの苦しみが分からないのです。何故なら、そのような人は、授業は大抵は分かったのです。分からないところもありますが、それはごく一部だし、ちょっと勉強すればそれなりに自分の力で乗り越えられたのです。

 一方、自分の得意なこと、好きなことにのめり込んだことによって得られた喜び・感動を持っています。そして、善意でそれを多くの子どもに与えたいと思うのです。しょうがありません、自分の経験したことによって他人を類推しているのですから。そのため、ちゃんと教えれば、自分と同じように喜び・感動すると思っているのです。ま、全員とは思っていないでしょう(そして、上記の理由からそれほど重大とは思っていませんから)が、過半数以上の子どもに対しては、自らの研鑽によって可能だと思っています。でも、日本人の大多数は物理を蛇蝎のように嫌います。そして、物理教師は上記のように思っているのです。そのような物理教師をどう思うでしょうか?

 マリーアントワネットに民衆の飢えを実感させるのは難しいでしょうね。その難しさを感じています。

tm43919tm439192012/01/26 12:27「医療&教育熟議」主催者として・・・
『学び合い』を「治し合い」と比べられるなんて、と思ってしまいました。どの誤解もごもっともですよね!
そして宣伝していきます。
http://ik-jukugi.jimdo.com/

jun24kawajun24kawa2012/01/26 12:40ともに人相手の仕事ですから。ね。宜しくお願いいたします。