西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

12/01/19(木)

[]秋田 17:56 秋田 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 秋田 - 西川純のメモ 秋田 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 取り急ぎ、第一報します。2月に秋田におじゃまします。

 17日に大仙市立刈和野小学校に授業を見せていただきに参ります。18日には秋田大学で会を開こうと思います。詳細は決まり次第、お知らせします。まずは、取り急ぎ。

[]群馬の会 14:30 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月28日は高崎で『学び合い』群馬の会があります。そこでの講演をどうしようかな?と一言言ったら、ゼミ生から群馬の会では新作ですよね、と言われてしましました。こうなると意地です。

 本日、45分かけてプレゼンを作りました。今までとは全く違った毛色の講演です。つまり、『学び合い』の広がりを経営学の視点でどう捉え、私がどのように戦略を考えているか、という話です。

http://bit.ly/sKTYlZ

[]戦略 07:00 戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略 - 西川純のメモ 戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、ある人から「『学び合い』にはデメリットはないのか?」という定番の質問を受けました。いつも通りに「まし」であるレベルだったら、全方位で「まし」と応えました。しかし、いかのようなことを伝えました。

 私は生物学を大学で学びました。そのため、生物学的に妥当性を検討する「くせ」があります。『学び合い』は群れる生物の生存戦略の究極の姿だと思っています。が、そうでない生物もいます。つまり群れない生物もいます。膨大な卵から生まれ、厳しい生存競争の中で生き残ったものが、次世代を担う生物です。そういった生物では協働はないですし、生存競争の武器は「おのれの能力」です。そのような生物がいる以上、そのような生存戦略にも妥当性があるのだと思います。

 実は人間の中にもそういうものはあります。例えば、プロ野球などのプロの世界はそうでしょう。プロ野球の選手になりたいと希望する人はうじゃうじゃわいてきます。そういう人を単純に競争させれば、自ずと強い人が生き残ります。また、学校教育でもそうです。現状の高校教育では東京大学に何人は行ったか?という視点で序列化が行われています。しかし、進学先の分布はあまり吟味の対象となっていません。特に、ドロップアウトした生徒(退学したという意味もありますし。入学時の偏差値に比べて著しく偏差値が下がった子も含まれます)の数も吟味されていません。こういった場合は、『学び合い』は有効ではないのかも知れません。

 『学び合い』は「一人も見捨てない」ということを究極まで推し進めた教育です。「一人も見捨てない」ということが成り立たない場合は、単純な競争の方が有効なのかも知れません。しかし、少なくとも学校教育で「一人も見捨てない」ということを求めない学校があったとしたら、それが教育基本法の理念に反し、学校教育法に反し、従って学校ではないと思います。

追伸 それゆえに所ジョージさんの番組で紹介されている高校レベルの部活の映像は好きではありません。なぜなら、そこでは一部のメンバーの優勝が最高の評価です。従って、必然的に競争がベースになります。感涙の涙になく子どもたちの影で、どれほどがドロップアウトしたかを想像するのです。

daichi223daichi2232012/01/19 11:05追伸の内容に関して質問です。
「競争がベース」であるような映像であるから、学校教育の目標にそぐわないのでその「映像」自体は好まないという意味でしょうか。

高校レベルの部活でのドロップアウトとはどのようなことを意味しているのでしょうか。「負けること」=ドロップアウトという意味でしょうか。

jun24kawajun24kawa2012/01/19 12:39個々の部活が本当はどうであるかは分かりません。ただ、想像してしまう、ということですので。つまり、以下に書くことが、写されている学校にあっていると断言していないことをまず書きます。
 第一に対する説明は、部の構成が演奏者だけで構成されている場合、参加者に入れない人が生じます。それを満足できるかとうか、です。ドロップアウトとは、部活をやめるということです。もちろん、新たな道に転進ならばOKなのですが、そうでない場合です。