西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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12/01/08(日)

[]考え方 22:25 考え方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 考え方 - 西川純のメモ 考え方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の反対者も、同志も、いずれもイノベーターとアーリーアダプターだと思っています。だって、アンテナがめちゃくちゃ高いから『学び合い』を知っているのですから。でも、テクニック的なレベルで理解されている方が多く、私が本当に大事にしている「考え方」のレベルではなく、どうでもいいことで議論されている方が少なくないのでメモります。

 『学び合い』は「一人も見捨てず」という願いから発しています。私の場合は、教師としての原体験である高校教師時代のトラウマから発しています。多くの同志はその願いを共有していると思います。が、トラウマの程度が違います。そして、それ故に「教祖」とか「頑固」とも言われます。

 でも、「一人も見捨てず」という願いから、どのように私の考える『学び合い』の全体像があるかを説明し、誤りがあるならば、ご指摘いただきたいのです。

 私の言う「一人も見捨てず」は本当に一人も見捨てずです。もちろん、結果として、見捨ててしまう子どもはいるかも知れません。でも、それを願い続けることはぶれたくないと思います。

では、そうではないとは何か?過去5年間の子どもたちの中で、「あの子はしょうがない」という子どもが2人いたら、私の言う「1人も見捨てず」ではありません。1人の方は、過去十年間でも一人なら、私の言う「一人も見捨てず」です。しかし、過去十年間だったら4人になったら、私の言う「一人も見捨てず」ではありません。もちろん、自分がそれを乗り越えたとは言いません。私は凡夫です。でも、それを乗り越えたいし、乗り越えられない自分を恥じます。

 話が横道にはずれますが、年度末に東大に何人合格するかという高校のランキングが出ます。でも、母数は吟味の対象外です。どれだけドロップアウトしたか、無名の大学に行ったかは書かれません。これだったら、賢い人間をどれだけ集められるかの勝負です。その高校でどれだけの授業がなされるかは余り重要ではありません。これって、予備校の宣伝なんかも同じですね。でも、入学時の偏差値と卒業後の偏差値を分布で表す評価を出せば、高校の受験地図はだいぶ変わるでしょうね。

 本題に戻ります。上記の意味での願いを実現するとします(そうでない方は、その段階で、議論の対象外です)。私は、一人も見捨て素を実現するためには、「何のために学校で学ぶのか」を説得する必要があると思います。そして、「勉強しよう」と思った後には、思った「その子」に必要なサポートが必要だと思います。(これが間違っていたら、教えてくさい)

 私の知る限り、問題の多い子どもも、受験街道ばく進の子どもも、同じ語りが出来るのは、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する」という『学び合い』の学校観以上のものを知りません。(これが間違っていたら、教えて下さい。)

 次に勉強したいという子どもをサポートするには、子ども集団を最大限に活用するしかないと思っています。少なくとも100万人普通の教師にとっては「まし」だと思っています。(これが間違っていたら、教えて下さい)

 つまり、一人も見捨てず、この前提を認められない方は、議論の対象外です。それを認めた上でならば、優れたものがあれば学びたい。

 このレベルの理論無しに、方法論レベルで是非を議論しているのは本質的ではない、と思うのです。このレベルとの整合性なしに、それに反する方法を併用することの是非を議論したいな、と思うのです。個々の事例の問題点はあった場合は、このレベルに戻して議論したいな~っと思います。

HirarinHirarin2012/01/09 22:38熱く、そして痺れるお話、ありがとうございました。先生が最後に言われた言葉の具現のためにどうすればいいか。帰りの高速の車の中で考え続けていました。自分なりにがんばってみます。

jun24kawajun24kawa2012/01/10 16:59期待しています。

scorpion1104scorpion11042012/02/02 22:47西川先生は、ゼミ生の方々を心から信頼されていらっしゃるんですね。ハプニングが起きても即対応されてらっしゃる。そのようなことも含んだ上で全てを任せていらっしゃる。そのような管理職に会ったことは一度もないことに気がつきました。提案文書は、どのようにささいなことも管理職を通すことが常識だと思っていました。でも、もしかしたら違うのかもしれないと考えました。現状を変えるには信頼関係の上に立って常識を破ることが必要じゃないかと。