西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

12/01/31(火)

[]劇的ビフォーアンドアフター 09:24 劇的ビフォーアンドアフター - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 劇的ビフォーアンドアフター - 西川純のメモ 劇的ビフォーアンドアフター - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月13日、14日に埼玉からお客様が来ます。その方のために、以下のような参観ラインナップを用意しました。

12

 夜までに高田のホテルに入ってもらう。

13日

 朝、ホテルに迎えに行き、糸魚川市の今井小学校(『学び合い』に取り組まれてから2ヶ月)に移動。

 9時45分から全校『学び合い』の授業参観

 授業後の20分程度の検討会の後、糸魚川市の浦本小学校(『学び合い』に取り組まれて2回目の全校『学び合い』)に移動

 11時30分から授業参観

 昼飯を食べながらの懇談。その後、糸魚川市の木浦小学校(『学び合い』に本年度4月から取り組まれている学校)に移動

 14時から授業参観、その後、この年度のまとめの校内研修会

 終了後 高田に戻ります。

14日

 朝、ホテルに迎えに行き、その後、地元の高校(今年度から『学び合い』に取り組まれた高校国語の先生です。)へ移動

 8時50分~授業参観

 終わってから新潟市の岡方第一小学校(これから『学び合い』に取り組む学校への、最初の手ほどきです)に移動します。

 2時~授業参観

 3時~4時半 協議会

 つまり、『学び合い』に取り組む直前の学校、『学び合い』に取り組んで数回の学校、『学び合い』に取り組んで2ヶ月の学校、『学び合い』に取り組んで1年の学校が一度に参観し、そこの先生方と話せるという豪華ラインナップです。

 希望する方がいたら、どうぞ。

[]山梨の会 07:11 山梨の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 山梨の会 - 西川純のメモ 山梨の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月4日に山梨で会があります。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/i-Kawa-nakajima/20120130

ogymogym2012/01/31 22:24これはすごい・・・
というか、なぜこういう教育研究・研修があちこちで見られないのかが不思議です。

jun24kawajun24kawa2012/02/01 06:37こういうレベルが普通になればいいですよね。結局、発表のためのイベントだから、こういうのが出来ないのだと思います。『学び合い』は普通にいつもやっていることだから、直ぐにこういうのが出来る。

karakusa01karakusa012012/02/02 00:07うらやましい限りの『学び合い』ツアーですね。なかなか人に見せるような授業ではありませんが、誰に見られてもいいという、何と言っていいのかわかりませんが、気持ちはありますね。やっぱりそれが、そこが『学び合い』なんでしょうか…。

jun24kawajun24kawa2012/02/02 06:31はい、授業公開の敷居が低いというのも特徴ですね。

12/01/30(月)

[]新潟市の会 19:38 新潟市の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新潟市の会 - 西川純のメモ 新潟市の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 11月12日に新潟市に講演をしました。小さな会でしたが、心を込めて語りました。

 その日の直前に、ネットサーフィンして『学び合い』を見つけた福島の中学校の先生が、即断でその会に参加しました。その方は、直ぐにトライしたそうです。そして、『学び合い』が本物であることを実感しました。その方が、本日、上越においでになり小規模校の全校『学び合い』を参観しました。その方は学年1クラスの中学校の先生ですのでぴったりでした。その方とずっと良い悪巧みの話で盛り上がりました。これから何が起こるか楽しみです。

 今回もいつもと同じです。日本を変える道は、自分の出来ることをやること。いかなる場合も、誠意を持って対応すること。誰にでも出来ることです。

 新潟の会を企画してくれた方に感謝です。

12/01/29(日)

[]テスト 22:25 テスト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - テスト - 西川純のメモ テスト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』のやっていることは低級で、教育はもっとレベルの高いことだ、と言われる方がいます。大抵は、人格の完成レベルのことでは考えておらず、教科レベルのことをおっしゃっている方です。

 大抵は、言っても分からないし、感情的になる方が多いので聞き流します。が、『学び合い』を学ぼうとしている方、そして、しつこく議論をふっかける人に関しては以下のように聞きます。

 では、テストではどんな問題を出しますか?と。

 大抵は、その方の言っているような凄いことは評価していません。糞くだらないレベルのものが大多数です。ですので、「そのことが本当に大事ならば、それが達成したか否かはとても気になることですよね?でも、実際の評価では、それをしていませんよね?ということは、それほど達成したいとは思っていないことですよね?」と言います。

 でも、「いや、評価している」という人がいます。大抵は嘘です(どのように評価しますか?と聞けば、直ぐにばれます)。が、承ります。そして「それを達成している子どもは何パーセントですか?」と聞きます(※)。そうすると、ま、2割以下です。そこで「それを100%に出来ますか?」と聞くと、「無理」とおっしゃいます。そうすれば、「ごく一部の子どもの達成のために、大多数の子が学べないものを教える意味があるでしょうか?」と聞きます。

 ま、そこで「出来なくても、学べることは多い」と抗弁する人には、「では、それが学べたと評価はしていますか?」と一段前の質問をします。

 以上の過程で、論理的には論破可能です。が、その以前に、感情的になりますね。が、もっとも手に負えないのは、※の返答が「みんな出来る」という人です。私の過去に一人だけいました。とてつもなく無神経な人です。こうなると、「それは素晴らしいですね。でも、あなたのような人は希ですよ」と話を切ります。

[]群馬の会 10:38 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は群馬の会に参加しました。日本で最初に『学び合い』で学校づくりをしたのは群馬県の小学校です。その関係で日本でもっと最初に『学び合い』の会を開いたところの一つです。群馬の会によってどれだけのことが起こったか分かりません。例えば、群馬の会に参加したことが宮城の会を開くきっかけとなり、それが東京の会を開くきっかけになり、それが神奈川の会を開くきっかけになったのです。それぞれの会から波及したことを考えれば、群馬の会が果たした役割ははかり知れません。

 現在、他地域の変化の速度に比べれば、おそらく群馬で頑張っている同志にとっては忸怩たるものはあるでしょう。しかし、変化の見えない時にやり続けていることが次に繋がります。全国的な動きの中で次の段階は来ます。楽しみです。

[]ぶれていないことが分かった。 10:38 ぶれていないことが分かった。 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ぶれていないことが分かった。 - 西川純のメモ ぶれていないことが分かった。 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の今回の講演は、いわゆる一般受けする内容ではありません。『学び合い』のコアメンバーに向けてです。というのは、今まで私がしつこく拘っていたことと一見反するようなことをこれからするからです。その意図が伝わらないと、私が変質した、ぶれた、と誤解する方がいると思います。しかし、今までを踏まえ、これから5年を考えた時に何が必要かを考えた結果です。

 心はぶれていません。方法論を増やしただけです。そして、コアの部分では、それらの方法論に矛盾が生じないような配慮をしています。ということを伝えたかったのです。幸い、ある方から、「最近のブログを読んでいると、ぶれているのかなと思っていましたが、ぶれていないことが分かりました」と言っていただきました。

[]ぶれていない 10:38 ぶれていない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ぶれていない - 西川純のメモ ぶれていない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 3人の同志の方が発表しました。それぞれの現場の状況の中でぶれそうになりながら、ぶれずにいる姿がよく分かります。それは『学び合い』の目指すものを分かっているからだと思います。

 『学び合い』の実践では、その殆どは定式化されるテクニックです。テクニックレベルに留まっていると、ちょっとずつずれてしまう。自分がずれていることに気づけません。しかし、『学び合い』の目指すものを分かっていると自分がずれていることに気づきます。発表された同志の方はそれが見えている。だからぶれていないと思いました。

[]保護者・子ども 10:38 保護者・子ども - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 保護者・子ども - 西川純のメモ 保護者・子ども - 西川純のメモ のブックマークコメント

 テレビ業界には「子どもと動物には勝てない」という言葉があるそうです。群馬の会の特徴は、保護者と子どもの声を中心にしているというところです。保護者と子どもの発表を聞いていると、「こりゃ、勝てないわ~」と脱帽します。

全国の『学び合い』の同志の方へ。保護者・子どもの参加を促し、彼らの声を生かした会を創ると良いですよ。

[]戦略 10:38 戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略 - 西川純のメモ 戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 講演では、私の考えている戦略の半分を語りました。でも、時間の関係で語れない半分がありました。そこのところを講演後にFさんから聞かれたので話しました。

 講演では、教育改革のコアメンバーに伝える戦略とは、日本中の大多数の人に伝える戦略は違うことを話しました。そして、日本中の大多数の人に伝えるにはどうしたらいいか、そして、私はそのためにどのようなことをするつもりかを伝えました。

 が、実は教育改革のコアメンバーに伝える戦略も必要なのです。でも、そういう方の多くは既に何らかの方向性で教育改革のために汗を流しています。日本には数多くの教育研修団体があります。それらの中では、教育改革のコアメンバーになっている人を奪い合っている状態です。

 こういう状態になったら、差別化(特殊化)か価格競争で勝負するしかないというのが経営学の定説です。教育で言えば、ある教科やある活動に特化するのです。こう書けば、あ~あそこってそれだなと思える団体はあると思います。一方、学力向上や生徒指導に関して「簡単にできる」、「高いレベルまでいける」のような同じ指標で自己アピールします。限られたパイ(つまり、教育改革のコアメンバー)を奪い合うのですから、血の雨が降ります。そして、血の雨が降る割りには益が少ない。

 こうなった時には、自身の他者にはない独自の価値を見出し、その意味をアピールするという戦略があります。帰りの途中にゼミ生に説明した例としては100円寿司があります。100円寿司と寿司屋は似て非なる店です。たとえば、100円寿司に行こうか寿司屋にいこうかと悩む人はまずいません。求めるものが全く違うからです。子どもずれの家族が食べに行こうという場合は、寿司屋に行こうとは思わないでしょう。逆に寿司を食べながら商談をしようとする人が100円寿司に行こうとは思わないでしょう。100円寿司はあらたなニーズを提案し、定着したのです。これって意外に多いですよ。牛丼チェーン、1000円床屋などがあります。

 ゼミ生に「世にある数多くの教員研修団体と『学び合い』との決定的な違いは何か?」と聞きました。しかし、分かりません。そこで、「じゃあ、今、西川ゼミがやっていることを思い起こしてみな」とヒントを出しました。さすがゼミ生です。学部3年のゼミ生が分かりました。

 世にある数多くの教員研修団体の圧倒的大多数は、自分のクラスの授業向上を目指しています。主任レベルの人の場合、自分の学校の若手の授業向上を目指している場合もあるでしょう。が、クラスレベルです。特殊化した団体だと、小学校の全科の中のある一つの教科に限られています。でしょ?が、『学び合い』は教科学習活動を通して、学校づくりを実現できます。さらに、教科学習活動を通じて、地域コミュニティの再生を実現できます。このレベルのニーズを提案し、定着したら、世にある数多くの教員研修団体とは別種になります。従って、戦う必要がないのです。

 ということを考えて、こつこつと積み上げているのだよ、とゼミ生に語りました。

 ドラッカーは企業とは「顧客の創造」だと看破しています。授業向上のレベルで戦うのではなく、学校創造・地域創造のレベルで教科学習の価値を生み出し顧客を創造しようとしているのです。そして、最初の顧客はへき地小規模校と被災地だと思っています。

[]茨城の会 07:42 茨城の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 茨城の会 - 西川純のメモ 茨城の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の会が無い県が少なくなっています。関東で無い県は栃木と茨城でした。が、茨城でも開かれます。2月19日の土浦です。http://bit.ly/wJLWB2

twoyoshitwoyoshi2012/01/29 10:11それって暗にだれか栃木にも、って事ですよね(笑)

jun24kawajun24kawa2012/01/29 10:39なんだったら、あなたがやってもいいんですよ。車で移動して。あははは

twoyoshitwoyoshi2012/01/29 10:44うわっヤブヘビだった(汗)

jun24kawajun24kawa2012/01/29 10:45本日書いたレベルのことを踏まえ、今のあなたの状態を分析し、次の一歩を考えて下さい。期待しています。

nome2733nome27332012/01/29 13:47先生,お世話になりました。

あっちの方もがんばります。

jun24kawajun24kawa2012/01/29 17:11あっちも期待しています。

katokiti2003katokiti20032012/01/29 19:58昨日はありがとうございました。
先生の講演を拝聴し、今、ぼくが進もうとしている方向に確信を持てました。
ブログはあまりご期待に添えられないかも知れませんが、ぼちぼちやっていきます。

jun24kawajun24kawa2012/01/29 20:50あははは
ブログ「も」期待しています。

twoyoshitwoyoshi2012/01/29 20:50了解です。『高校部会』の理念も先生の考えに通じていて良かったです。生み出す価値が異質なんです。そして競合者も全くいない。

jun24kawajun24kawa2012/01/29 22:07結果を
期待しています。

kuro106rakuro106ra2012/01/29 23:03昨日はお世話になりました。
守るものができるというのは、本当に大きなことだと最近実感しました。

jun24kawajun24kawa2012/01/30 06:47まったくですね。そして帰る場所があるということも。人の幸せはごく普通の中にあると思っています。

12/01/28(土)

[]群馬の会 18:50 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、群馬の会から帰りの車中です。楽しかった。とりあえず。

12/01/27(金)

[]信頼 22:34 信頼 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信頼 - 西川純のメモ 信頼 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 信頼を得るための方法は多様です。私にもあります(http://bit.ly/yQRpXM)。しかし、方法はどうでもいいのです。方法は一人一人違います。『学び合い』のセオリーです。一番大事なのは、信頼を得たいと思う気持ち。正確には、信頼を失うことを恐ろしく思うことです。私は、それが恐ろしいから、自分なりの方法を洗練したのです。

 でも、人は誤るもの。私も、みんなもそうです。しかし、恐ろしい失敗をしたら、それはトラウマのように残るものです。例えば、スピード違反で捕まったら、半年ぐらいは、どの曲がり角の先にもねずみ取りがあるように思えますよね。あれと同じです。私も誤ります。でも、半年以上はトラウマになり、「そうならないか・・」とびくびくしています。従って、少なくとも同種の信頼を失う行動は絶対にしません。

 でも、半年以内に何度もする人がいます。理由は簡単です。「その人」に対して信頼を失うことを恐れていないだけです。

 では半年以内に何度も同種の信頼を失う行動をする人はどうしたらいいでしょうか?二三年は信頼を獲得する行動を続けるしかないですね。もし、それ以内で信頼を失う行動をすれば、それまでの期間はリセットして振り出しに戻ります。

 小学校5年生の息子を見ていると、謝ったらそれで許されると思っているようです。ま、家族ならばそうでしょう。しかし、社会ではそうはいきません。社会では、謝ったら関係者は忘れたような顔をします。しかし、忘れません。自分を「信頼を失うと恐ろしい人」ではないと認識していると思い続けます。それを回復するには二三年は必要です。

 私はそれが恐ろしい。だから、それはしないようにしています。別に難しいことではありません。それが恐ろしければ、ごく普通にやり続けられることをしているだけのことです。

 私の言っていることは厳しいことではありません。そして、私だけが厳しいわけではありません。それなりの立場の人は、私と同様に人を見ているはずです。そして、私も、それなりの人の判断を二十代からずっと受けています。そして、社会人のそれなりの仕事をしている人はみんなそうです。

追伸 そうできない人もいます。それは集団で何とかするしかありません。一人も見捨てないためには。そのためには、信頼を失うことを恐れる集団を管理者がつくることです。

[]帰納と演繹 22:34 帰納と演繹 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 帰納と演繹 - 西川純のメモ 帰納と演繹 - 西川純のメモ のブックマークコメント

  理系と文系は最先端では、それほど違いはないのですが、一般的な議論をする際には特徴があるように思います。理系は、最初に前提を確認し、それから論理的に引き出される結果を積み上げて是非を問います。逆に、文系の場合は、最終結果から、それに一致する論理を積み上げます。

 学内政治では、理系の人を相手にする場合は、議論の前提となる学則や関係法規を確認して、そこから是非を議論します。理系の人の場合、最初の前提と論理を認めてもらえば、そこから演繹されたものがその人の希望と異なっても、認めます。従って、理系の人を相手にする場合、現実の問題の議論をする前提は何かの合意を得るまでが勝負です。

 ところが、文系の人は前提から演繹するということをあまりしません。ま、現実の問題はそれほど単純ではないので、正しいアプローチとも言えます。従って、基本的には理系の私が議論しようとすると、前提を定めるのは避けますし、確認した前提をころころと代えます。従って、論理的な議論は非常に難しい。しかし、論破するときには、これをとことんまで突き進みます。

 が、文系の人と合意を形成するためには別なアプローチをします。どうするかといえば、その人が是とする現実を確認するのです。そして、その人の是とする現実が、何故、是としているかを確認します。そして、私が是とするものと同型であることを説明するのです。

 『学び合い』の理論は基本的に理系です。非常にシンプルな二つの原則を演繹することによって整理することが出来ます。理系の人は、その理論を一つ一つ確認すればよいのです。しかし、文系の人は、基本的にまず現実の現象から出発します。そうすると、見た目にはだいぶ違うので、『学び合い』を説明するのは難儀です。

追伸 文系と理系の枠組みが戯画的であることは十分に理解しています。

[]群馬の会 09:07 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日は群馬県高崎市で『学び合い』の会に出ます。全く新作の演目で、おそらく他では殆ど話さない、今回限りの話になると思います。つまり限定商品。内容は、私がこの数年でどんな戦略を考えているかということを、経営学の視点で話します。http://bit.ly/sKTYlZ

[]隠れキリシタン 08:58 隠れキリシタン - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 隠れキリシタン - 西川純のメモ 隠れキリシタン - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は、ゼミ生とのやりとりは随時公開しています(http://bit.ly/zGggOn)。最近、ゼミ生の研究の相談を受けました(http://bit.ly/xxj2By)。とても楽しみな研究です。

 全国には隠れキリシタンのように実践している『学び合い』の実践者は数多くいます。私はその人のために「従来指導型『学び合い』の手引き」を書きました。ゼミ生と話しているうちに、「考えてみれば、隠れキリシタンのように実践しなければならない、全国的に広がった教育実践というのはかってあっただろうか?」と思いました。おそらく無いと思います。あったら教えて下さい。

 隠れキリシタン的になるためには、二つのことが成り立たなければなりません。第一に、ちょっと目にも全く異質であることが分かると言うことです。新規採用者でなければ、毎日の実践をつぶさに観察される機会は殆どありません。従って、人の授業実践が変わっていると分かるためには、見た目にも異質であり、かつ、日常的な実践であるということです。

 第二の条件は、それが迫害されてもやり続けるだけのものがあるということです。今年のゼミ生がそのあたりを調べていますが、簡単に言えば、結果が出るからです。もちろん、成績の目に見えた向上にまで行けない人もいますが、それでも、人間関係の向上は比較的早く、容易く実現することが出来ます。それだから迫害に耐えられるのです。

 こんな教育実践で全国的に広がった実践って、あるかな~?っと思いました。

 併せて、『学び合い』に反対する人の調査も勧めました。『学び合い』の前提の一つである、知りすぎると分からない人の気持ちや理解が分からない、ということは私にも適用されます。私には、『学び合い』が分からない人の気持ちが分からないのです。

 例えば、「教師しか教えられないのに、子ども同士で教えられるわけ無い」という誤解は典型的な誤解の一つです。しかし、それに対する説明(http://bit.ly/zjmcrp)をしたにも関わらず、「教師ですら教え方(学び方)を知らない国語を、『学び合い』でどうやって教える(学び合わせる)んだろうな。どうしようもないだろ…。困った「教師」たちだよな。ほんと。議論の余地もない。」と反応される方の頭の中が理解不能なのです。

 その方の授業中の会話を全部記録し、分析したら、その圧倒的大多数は、極単純な指示であるはずです。また、漢字の書き取りや、基礎的文法を行動主義心理学程度の手法で教えているはずです。それを何故、具体的に意識化させるコメントを読んでも自覚できないのか分からないのです。

 その方にもちゃんとした理由があると思います。しかし、私と議論するとぎっくり腰にさわるそうですから、残念ながら分からない理由が分からないのです。そのあたりをゼミ生が明らかにしてくれればありがたいと思います。

[]子ども達からのエール 08:35 子ども達からのエール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子ども達からのエール - 西川純のメモ 子ども達からのエール - 西川純のメモ のブックマークコメント

学び合い』をやろうとしている先生へ。そして、『学び合い』に悩んでいる先生へ。子ども達からのエールです。このレベルまで授業にコメントできる子どもは『学び合い』だから育てられると思います。amba.to/A5z21G

 なお、『学び合い』を実践している方は、是非やると良いですよ。

sumi-chansumi-chan2012/01/27 22:12明日の群馬セミナーは、同僚と一緒に参加できることになりました。^^
隠れマナビアンの私でも、少し陽が当たるようになってきました。
(木もれ日程度ですが。笑)

今回の講演は新作ということで、とってもとっても楽しみにしています。
西川先生の講演に関しては、リピーター率高い方かと思いますので、、ふふっ♪

jun24kawajun24kawa2012/01/27 22:36木漏れ日を夜明けにするためには、だれをターゲットにすべきか、を語りたいと思います。まってま~す。

12/01/26(木)

[]追伸 14:31 追伸 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 追伸 - 西川純のメモ 追伸 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の「医療」に関連して、それを書かれた方にに議論することを提案しましたが、拒否されました。私と議論するとぎっくり腰にさわるそうです。

 その方によれば「教師ですら教え方(学び方)を知らない国語を、『学び合い』でどうやって教える(学び合わせる)んだろうな。どうしようもないだろ…。困った「教師」たちだよな。ほんと。議論の余地もない。」だそうです。

 私はそのようなレベルのものがあることを否定しません。しかし、現実の学校でやっていることの多くは、そのレベル以下のことです。そのようなレベルを全ての子どもがクリアーした後の話だと私は思っている次第です。あくまでも議論ではなく、独り言です。

 しかし、議論を避けたというのことは、大人の対応の一つだと思います。

[]分からない 08:58 分からない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からない - 西川純のメモ 分からない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 マリーアントワネットの名言に「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」というものがあります。実際に彼女が言った分けではないようですが、彼女のような地位の人が言ってもおかしくないとみんなが思うから残った言葉だと思います。しかし、その言葉を言った人に悪気はないのだと思います。飢えるという経験をしたことがないのですから。

 『学び合い』を実践している方の中にも、『学び合い』を方法の一つとして捉えている方は少なくありません。ましてや『学び合い』を実践していない方の場合は、そのように考えるのは当然です。そうなると、「『学び合い』は良い方法の一つかも知れないが、全てではない。色々な方法を併用すべきだ。一つの方法に囚われるのは問題だ」とおっしゃいます。ま、典型的な誤解です。『学び合い』は方法ではなく、考え方です。その根幹は「一人も見捨てるな」と子どもに求め、子どもに任せることなのです。

 尊敬すべき、経験豊かな方が、それが分からないのは何故だろう、と思います。でも、しょうがありません。自分が経験したことのないことは分からないし、自分の経験したことによって他人を類推しているのですから。

 ある尊敬すべき教師が、「分からない子は、分からないままでもいい」と言い放ったのを聞きました。腰を抜かすほどビックリしました。でも、しょうがないと後で分かりました。教師になるような人は、現状の学校教育にフィットしています。ですので、分からない状態で、45分(50分)の授業を週三十回受けることを十数年間続ける苦しみが分からないのです。そして、「分からない」が人間的価値に瑕疵あると思わされるような競争的な課題を与えられている子どもの苦しみが分からないのです。何故なら、そのような人は、授業は大抵は分かったのです。分からないところもありますが、それはごく一部だし、ちょっと勉強すればそれなりに自分の力で乗り越えられたのです。

 一方、自分の得意なこと、好きなことにのめり込んだことによって得られた喜び・感動を持っています。そして、善意でそれを多くの子どもに与えたいと思うのです。しょうがありません、自分の経験したことによって他人を類推しているのですから。そのため、ちゃんと教えれば、自分と同じように喜び・感動すると思っているのです。ま、全員とは思っていないでしょう(そして、上記の理由からそれほど重大とは思っていませんから)が、過半数以上の子どもに対しては、自らの研鑽によって可能だと思っています。でも、日本人の大多数は物理を蛇蝎のように嫌います。そして、物理教師は上記のように思っているのです。そのような物理教師をどう思うでしょうか?

 マリーアントワネットに民衆の飢えを実感させるのは難しいでしょうね。その難しさを感じています。

[]医療 07:11 医療 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 医療 - 西川純のメモ 医療 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットで「「教え合い」や「学び合い」による「教育」は、医師が患者に「治し合い」をしろと言っているようなもの。患者同士がいくら知恵を出し合っても、勉強におけるトリガーポイント・筋硬結は、永遠に見つけられないだろう。」というコメントを見出しました。多くの方が感じることだと思います。

 上記のように思われるにはいくつかの誤解があると思います。

 第一の誤解は、実際の子どもたちが躓いているところは何か?ということです。我々は子どもたちが何を分からないかを膨大なデータから見ています。その結果、子どもたちは教師からは本当に馬鹿馬鹿しいレベルで引っかかります。例えば、「国道って道のこと?」とクラスメートに聞いている子どもがいます。また、「あ、それはここを見れば良いんだよ」と教科書を指し示し、「あ、な~んだ」と言う会話もあります。ところが現状の授業ではそれが出来ません。そして、子どもはそこで学習を放棄します。授業開始5分でどんどん子ども達は宇宙に旅立つのです。

 第二の誤解は、現状の日本の子どもたちの学力分布です。現状の授業は教師しかそのことを知らないという学制発布の時代に形成されたものです。その時代は、コピーは無いし、本も高かった。そのような時代であれば、教師が黒板に書き、それを写すという教育しかあり得なかった。ところが、現状は塾・予備校・通信教材があふれています。さらに親が高学歴になり、中には教員免許状を持つ親も増えました。結果として、どんなクラスにも2割ぐらいは、学校で教える前に勉強済みの子どもが生まれました。そのような子どもは、教師がこの時間で何を言わせたいのかが分かっています。ただし心優しき子どもは、それを授業の最初に言えば、教師の立場がないので、分からないふりをしているのです。

 第三の誤解は、ものを知れば知るほど、深い理解をすればするほど、教え方がうまくなるという誤解です。素人的には正しいように思います。多くの常識なのでしょう。そして、現状の教員養成はそれに基づいています。しかし、これは認知心理学のエキスパート・ノービス研究からも否定されています。ま、そんなことを言わなくても、大学まで勉強した人だったら、教えてもらった小中高大の中で壊滅的に分からない授業をしたのは誰かを思い出せばいいと思います。天に唾しますが、大学教師です。何故、教え方下手なのでしょうか?それはあまりにも分かりすぎるから、分からない人を理解することが出来ないのです。教え教えられるという関係において、分かれば分かるほど良い、という単純な関係は成り立ちません。教え教えられる両者の理解が適度であるとき学びが成立します。従って、教師より子ども(それもそれほど成績の良くない子ども)の方が、教師には理解不能の子どもにとっては良い教え手になります。

 第四の誤解は、分からない子に必要なのは知識・理解だけではなく、それ以上にその子の気持ちにより添うことが必要なのです。例えば、やる気を失っている子どもにとって、ちんぷんかんぷんな授業をする教師が「やろうよ」と言うのと、周りの親しい子どもが「いっしょにやろうよ」と言うのとでは、どちらが効果的でしょうか?やる気がなければ、いかなる授業も無意味です。

 第五の誤解は、子どもの多様性がどれだけかということに関連しています。今の授業は、「分かっている子」、「分からない子」と大づかみに2分法をしています。そして、分からない子ども用の素晴らしい教え方があると思っています。しかし、実際は「分かっている子」も「分からない子」も一人一人違っているのです。分かる子がもっと分かるための方法、分からない子が分かるための方法は、一人一人違っています。どの方法が、それかを判断できるのは当人しかありません。だから、当人との対話が必要なのです。それも膨大な会話が。しかし、このようなことは教師には物理的には出来ません。

 さて、以上を踏まえて、現状の教育を医療に置き換えると以下の通りになります。

 擦り傷だったら消毒して、絆創膏を貼ればいいです。二日酔いだったら、水を多めに飲んで寝ればいい。しかし、そのようなことは医療行為であるとして、大学病院の医者にやってもらわなければなりません。町には町医者がいるのですが、それはたまに大学病院の医者が「やってもいいよ」と許した場合にのみ許されます。このような社会では、全ての人が大学病院に殺到します。結果として、圧倒的大多数は医者に診てもらうことは不可能です。結果として、擦り傷や二日酔い程度の患者は、そのうちに自然治癒してしまいます。しかし、そのような患者のために医療を受けられない癌の患者が、早期発見することなく死ぬのです。

 では、『学び合い』ではどうなるか。擦り傷や二日酔い程度は自分で直します。鼻風邪程度も自宅出直します。しかし、熱が38度以上になったら、町医者に行きます。また、なんかどうも変だな、と思うと町医者に行きます。かかりつけの町医者であれば、その患者の過去の履歴に基づき、だいたいの病気の原因を判断できます。が、それでは判断できない場合、また、重篤な病気の兆候があった場合、大学病院への紹介状を書きます。大学病院では、そのような患者を中心に診察するのです。

 さて、どちらの方が「まし」か?自明だと思います。

追伸 私だって旧来の枠組みでかつては考えていました。今のように考えられるのは、膨大な子ども達の実態を二十年以上積み上げた結果です。多くの方が誤解するのは当然です。

tm43919tm439192012/01/26 12:27「医療&教育熟議」主催者として・・・
『学び合い』を「治し合い」と比べられるなんて、と思ってしまいました。どの誤解もごもっともですよね!
そして宣伝していきます。
http://ik-jukugi.jimdo.com/

jun24kawajun24kawa2012/01/26 12:40ともに人相手の仕事ですから。ね。宜しくお願いいたします。

12/01/25(水)

[]増刷 19:51 増刷 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 増刷 - 西川純のメモ 増刷 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』スタートブックの5刷りが決まりました。日本中の小中高の数パーセントは読んだことになると思います。本格的なパンデミックは近い。

[]良い悪巧み 19:51 良い悪巧み - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い悪巧み - 西川純のメモ 良い悪巧み - 西川純のメモ のブックマークコメント

 良い悪巧み進行中です。日本中には素晴らしい『学び合い』実践者は数多いです。しかし、本当の初心者への手ほどきの経験係数は私が圧倒的に多いと思います。あははは

[]研修旅行 08:41 研修旅行 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研修旅行 - 西川純のメモ 研修旅行 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、一昨日と二つの学校がおいでになり、『学び合い』をじっくり学ばれました。

 『学び合い』を学ぶために宿泊しながら上越に来られることを研修旅行と申します。2004年の12月16日から18日に群馬県群馬町から中学校の先生が西川研究室においでになりました。私の記憶する限り、『学び合い』を学びに来る研修旅行の初めだと思います。多大なお金と時間をかけて勉強する先生にビックリし、感激したのを覚えています。2006年の11月15日~17日に東京の私学の校長先生が研修旅行に来られました。校長先生が学校レベルで取り組むために、御自ら来られると言うことにビックリしました。2007年9月3日~5日に佐賀の教育事務所長が指導主事を二人連れて来ました。県レベルの取り組みを視野においておいでになりました。

 最近は、校長や県教育委員会レベルのお客様が来ても、ゼミ生は普通に対応し、話しています。大学を卒業したばかりの学卒院生が、『学び合い』を通した学校づくりに関して、そのような先生方と話し合っていることを頼もしく思います。が、十分に出来ると信じているので任せています。

 上越教育大学の教職大学院は、カリキュラムの中に学校改革にゼミが半年から数年単位で参加することがカリキュラムの中に組み込まれています。学卒院生はもちろん、現職院生もどっぷりと学校改革の中に取り組みます。そして、その中で自らの教育実践の向上を図ります。当然、その学校の忘年会等には参加しますし、PTAの飲み会にも参加します。校長・教頭と学校をどうしようか、というレベルの話を学卒院生が普通に話すのです。だから、二十代前半の学卒院生に、校長や県教育委員会のお客様の対応を任せても安心です。本学教職大学院には学校運営リーダーコースという現職院生に特化したコースがありますが、西川ゼミでは学校運営を学卒院生にやらせています。

 慣れというのは恐ろしいものです。今ではゼミ生は上記のことが普通のようになっています。彼らに、「今、学校に入っている活動、あれってカリキュラム上は教育実習となっているんだよ。でも、君らが数年前に受けた教育実習を思い出してみなよ。校長・教頭、そして教育委員会の人と学校をどうするかで話し合うことを想像できた?」と問うと、自分たちの変化を自覚します。

12/01/24(火)

[]実践校 22:13 実践校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 実践校 - 西川純のメモ 実践校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は福島県より、本日は新潟市より、『学び合い』で学校づくりをすることを希望する方々がおいでになった。広がり方を実感する。

motoryoumotoryou2012/01/24 22:32福島ですか!どこかな~。

jun24kawajun24kawa2012/01/25 08:44伊達市です。隣り合った二つの小学校が『学び合い』で学校づくりをします。

motoryoumotoryou2012/01/25 09:34すごい、N先生がおっしゃっていることがどんどん形になっているんですね。

jun24kawajun24kawa2012/01/25 13:23フォフォフォ。みんなでやっていますから。

12/01/23(月)

[]毎日 20:50 毎日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 毎日 - 西川純のメモ 毎日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、実践校の進歩を感じました。遠方から同志が来てくれた。毎日、目指すべき未来につながることを感じます。

12/01/22(日)

[]私の方法 12:59 私の方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 私の方法 - 西川純のメモ 私の方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は人との約束を破ることがとても恐ろしいのです。私には愛嬌はありません、従って私が社会で生き残る術は誠実だけしかありません。ところが、私の場合、理屈では誠実であるべきだと分かっているのですが、私の本性は不誠実です。ですので二つのことをやっています。

 第一は、単純なルールを自分に課して、それを公開しています。私の社会的な活動(その中には当然、ゼミ生との接し方に関しても含まれます)に関するルールはほぼ全てHPに公開しています。これによって、不公平・恣意的と思われることを避けます。

 第二は、外部記憶装置を利用します。その最たるものは人です。つまり人に任せられるものは、人に任せます。自分自身の仕事に関しては、インターネットのクラウドに保存しています。私の予定はグーグルカレンダーに公開しています。また、私への仕事の依頼はメールで送るようお願いしています。私はグーグルメールを使っていますが、私がやるべき未対応の仕事は受信箱に残します(それ以外は全てアーカイブします)。結果として、常に何の仕事が残っているかが分かるのです。

追伸 守る気のない人には、「馬の耳に念仏」なのでしょう。しかし、そういった人は、毎日合っているため、「まだ~?早くやってよ」と声をかけられる人に対してのみ不誠実にならずにつきあえます。が、そうでない人には不誠実な行動をしてしまうので、そのような人から関係を切られます。結果として、その程度のネットワークで出来ることしかできません。まあ、それでもそれなりに幸せになれますので。それ以上を狙うならば、私の方法を使うことを勧めます。


[]残るもの 07:14 残るもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 残るもの - 西川純のメモ 残るもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、息子はある職業に憧れていました。しかし、私はそれはやめた方が良いと勧めました。息子がどんな職業になっても良いと思います。しかし、憧れた職業が息子が壮年になった時、無くなるような職業は選択して欲しくないと思ったからです。彼に言ったのは以下のような内容です。

 ルーティーン化できる仕事は、どんどん機械に置き換えられてしまいます。また、機械を操作することが主な仕事も、同様です。しかし、一番機械に置き換えるのが困難な仕事は、人間を相手にしている仕事だと思います。だから彼には人に対するサービスに関わる仕事を勧めました。

 機械に取り囲まれ、情報を操作する仕事であっても、最後は人との関わる能力が勝負を決めます。昨日のメモに関連してメモります。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20040127/1172823521

twoyoshitwoyoshi2012/01/22 08:26では教員として自分しかできないこととは何なのでしょうか。悩みますね。

moripimoripi2012/01/22 10:58励まされました。私が学生の頃は保健指導は保健師になり介護はその専門の分野ができてくるといわれてました。その通りにケアマネ・社会福祉士などができました、看護婦として生き残れる職業観を持たないと自然と排除されるとも言われてきました。でその通り看護師に移行し4大卒がでびゅーしています。看護の体系化され確立した現在、看護師が専門性をもってるのかが問われてます。後輩を育てながらもう一息がんばらんといけんようです。天職できましたんで責任は重いです。

jun24kawajun24kawa2012/01/22 12:50twoyoshiさんへ
 愚問ですよ。子どもに人の道を説くことです。
moripiさんへ
 自分の職に誇りを持てるか否か。それは、自分の心が決めますから。ね。

12/01/21(土)

[]脱皮 09:18 脱皮 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 脱皮 - 西川純のメモ 脱皮 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、本屋がどんどん潰れています。ネットで購入することに抵抗感がない世代が増えるに従って、町の本屋で買う意味はありません。手軽に買えるというのだったら、ネットの方が便利です。何しろ、自宅で注文できて、自宅で読めるのですから。その中で大型書店は生き残っています。大型書店では、手にとって見ることが出来ます。いわゆる立ち読みです。しかし、今後、ネット販売で立ち読み出来るサービス(つまり、中身の一部を読めるサービス)が充実したら、それも衰退するでしょうね。

 古本屋なんて悲惨ですね。ネットで古書の売り買いが出来るようになったためです。今古書を持っている世代、そして、今後、古書を買う世代の意識が変わったら激変が起こるでしょう。今、アマゾンで取引されている古書は、美品か否かということを選択する項目があります。しかし、もし、自炊用に裁断済みの本の流通が一般化したらどんなことが起こるでしょうか?手元に、その原本のコピーがあればよいという人は少なくありません。少なくとも多くの研究者はそうでしょう。そうなったら、そういう人たちの蔵書の古書がどんどんネット上で流通するのです。さらに、国会図書館が蔵書の中で著作権の焼失した古書をPDFで提供サービスが実現したら・・・

 本の価値は情報の価値で、紙の冊子の価値ではありません。従って、今後、本屋や古書店が生き残っていける道は、本自体の情報にいかに付加価値を付けるかです。自動化した機械では出来ない、人だから出来る相互交渉によって出来る価値だと思います。つまり、その書店に行って、店員さんと相談しながら適切な本を紹介してもらう、特に、ネットでは流通していない情報を教えられる書店が生き残ると思います。

 が、そのことが分かっていない人が多すぎます。今から十数年前に某大手教科書会社の取締役の人と会う機会がありました。その際、教科書が紙媒体から情報に移行するであろうことを話しました。そのような時代の検定制度と、その中で付加価値をどのように付けていくかを話しました。が、聞く耳を持っていませんでした。つまり、「そうあって欲しくない」ということがいつの間にか「そうはならない」という理屈にすり替えられてしまうのです。結局、そんなことが起こったら今のビジネスモデルが崩れてしまうのが怖いのです。

 今、電子書籍が今一歩進んでいないのは、電子書籍を出版社がやろうとしているからだと思います。つまり、電子書籍が一般化して欲しくない人が、電子書籍の規格を定めようとしているのですから進むわけありません。カメラ屋も本屋も潰しているのは、当事者ではなく、他業種です。カメラ屋が潰れても、本屋が潰れても構わないという人たちです。いま、それが具体化しつつあります。

私としては恩義ある出版社が脱皮して欲しいと願います。急流の中で船をコントロールするためには、川の流れより速く進まなければなりません。関連する業者にも脱皮を促して欲しいと思います。ものを売るという意識の販売店や書店に情報を売るという意識を持たせるべきです。また、そのための質の高い情報を提供すべきでしょう。ユーザーにどのような情報を与えられるか、それが勝負だと思います。

 今のビジネスモデルに拘らなければ、各社には多くのノウハウがあります。何よりも、多くの著者との信義関係があります。それを活用すれば生き残れます。そういう信義関係を気づいた社員のいる会社が生き残ります。そして、著者に売れる書籍をつくるためのアドバイスを出来る社員がいる会社が生き残ります。これは、ネット業者では出来ません。だから、脱皮して欲しいと願います。あくまでもど素人のつぶやきです。

ghjalghjal2012/01/21 12:09技術が進み、モデルが革新を遂げ、ビジネスが変わる。そんな中でも信義?は重要なのだなあ。私はよく神保町に行くけれども、あの街並みが無くなっていくのは寂しい。いや、街並み内包されている信義に小さな灯明を観ているだけなのかもしれません。

jun24kawajun24kawa2012/01/21 15:15大丈夫。本当にプロの知識と信義のあるところは残ります。でも、あそこにあるから成り立っているところは、潰れると思います。

twoyoshitwoyoshi2012/01/21 23:38 何かの本で読みましたが、メディアとしての新聞はもう終わっているのだそうです。その理由が、情報を載せるプラットフォームを完全にインターネットに奪われてしまったからだと述べていました。マスに対してはコンテンツを生み出すことよりも、それをプラットフォームを制するものが勝利を収める。
先生の記事を読んで思い出しました。

jun24kawajun24kawa2012/01/22 07:04そうですね。多くのユーザーはプラットフォームにしかアクセスしませんから。

12/01/20(金)

[]閑・手抜き 08:52 閑・手抜き - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 閑・手抜き - 西川純のメモ 閑・手抜き - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この手のことを書くと、直ぐに3、4人の方から「私ではないでしょうか?」と言われるので最初に書きます。あなたではありません。主に、過去・現在・未来のゼミ生に向けてです。

 私は仕事が早いです。1年間の連載記事を頼まれた場合、大抵はその日のうちに書き上げ、推敲を含めて3、4日で出版社に送ります。その他、何でも早く終わらせます。理由はものすごく忙しいからです。目の前の仕事を「今」こなさなければ、あっという間に仕事の山が築かれます。私の所には、後から、後から仕事が来ます。それを分かっているので、「とりあえず、後でやろう」ということはしません。やらなければならない仕事を「あとでやろう」と思うのは、「閑」だからです。だから、与えられた仕事を直ぐにやらない人のことを私は「忙しいから」とは考えません。「閑だから」、「適当に考えているから」と考えます。それが証拠に、そういう人は「忙しい」と言いながら、潤いのある時間を過ごしています。例えば、食事に外に行くとか、食事の時の雑談を楽しむとか、寝坊をするとか、音楽・テレビをするとかです。私の場合は、そういう時間があったら、まずしなければならない仕事をこなします。繰り返しますが、ものすごく忙しいからです。

 希に、本当に手一杯の仕事をこなしており、上記のような潤いのある時間を全くない人がいます。その場合、私は「面倒くさがっているのだな」と見ています。

 私が大学4年の時、推薦書を書いて欲しいと指導教官の石坂先生に頼みに行きました。ところが、石坂先生は「自分で書きなさい」と言うのです。私はビックリしました。その後、石坂先生も石坂先生の先生にそう言われたことを説明し、何故、自分で書いた方が良いのかという理由と、書き方のポイントを教えてくれました。そして、結果として自分の勉強になることを理解しました。(最終チェックは石坂先生がやってくれました)

 本当に仕事が手一杯になる最大の理由は、人の仕事まで自分一人で背負い込んでいるからです。背負っている人は、「みんながやらないから、出来ないから、自分でやらざるを得ない」と思っているのだと思います。しかし、違います。その人が背負っている仕事の多くは、「別な人が背負うべきだし、背負えるし、背負えばその人にとってもプラスになる仕事」です。ところが、他の人に「別な人が背負うべきだし、背負えるし、背負えばその人にとってもプラスになる仕事」であることを説明し、納得させるのが面倒くさいのです。だから、自分で背負ってしまうのです。たしかに、人に仕事を背負わせるのは面倒です。自分でやれば、それよりは「楽」です。しかし、そうしている限りは仕事の山がついて回ります。そして、結局、仕事の質を低め、組織に迷惑が行くのです。最初は手間でも説明し、納得させるべきです。そのうち、それが文化になれば、いちいち説明しなくて良くなります。

 私の場合は、舞い込んでくる仕事を「私にしかできないことか否か」と「組織にとって、その正否は絶対的であるか否か」で仕事を分類します。「組織にとって重要で、私にしかできないこと」は私がやります。「組織にとって重要性、私以外の人でも出来ること」は最も適任な人に任せ、私なりのポイントをアドバイスします。「組織にとって重要ではなく、私にしかできないこと」はその多くを人に任せ、最終段階を私がやります。「組織にとって重要ではなく、私以外にも出来ること」は、私は絶対にしません。(もちろん、組織から文句を言われないだけ「組織にとって重要で、私にしかできないこと」を十分にします)

 以上のことをすることを徹底することによって、「組織にとって重要で、私にしかできないこと」を十全に出来て、家族に迷惑のかからない仕事が出来ます。

追伸 その組織の管理職が無能である場合は、上記の限りではありません。その場合は、限りなく「無能」のふりをすることを勧めます。そして、その直属の管理職以外の人と繋がることを勧めます。しかし、私はこの手のことに関して無能ではなく、西川ゼミは有機的な組織を持っていると確信しています。不遜ながら。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060223/1140679791

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20010315/1173103326

[]ワークシェアーの育休 08:52 ワークシェアーの育休 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ワークシェアーの育休 - 西川純のメモ ワークシェアーの育休 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近のメモ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20120111/1326239303)のことを考えているうちに、育児休暇の方法を思いつきました。少なくとも、夫婦とも同一校種の教員の場合は可能ではないかと思うのです。

 育児休暇を夫婦共で申請します。夫婦の勤務校のうち比較的大きな学校に、育児休暇に入る年度に異動します。小学校では二人で一つのクラスの担任を分担するのです。例えば、月曜、火曜は夫が出勤し、妻が育児休暇です。水曜日、木曜日、金曜日は妻が出勤し、夫が育児休暇です。つまり、ワークシェアーするのです。学校での出来事、重要事項は家で引き継ぎをします(もちろん、家でのことも)。中高で担当教科が違う場合は、その教科の中で調整し曜日を定めます。そして、担任や校務分掌は夫婦でワークシェアするのです。

 思いつきなのですが、良いアイディアのように思えます。これがいいならば、大会社でもやってはどうかなと思います。社内恋愛で結婚したら妻が寿退社という事例も多いですが、そうではなく夫婦共に同一会社で働き続け、上記のシステムを活用できれば、女性のキャリアーを継続することが出来るように思います。どうかな~?

tm43919tm439192012/01/20 17:47冬休みから産休に入り、産休や育休について悶々と考えていました。夫婦でのワークシェアリング、とてもいいですね!給料は時間講師でもいいけれど、担任を持ちたいという思いがある場合、ワークシェアリングしかないと思うのです。育休中にワークシェアリングについて研究します!

jun24kawajun24kawa2012/01/20 19:22子どもは国の宝です。おめでとうございます。二人分、ご自愛ください。

tm43919tm439192012/01/21 14:06ありがとうございます。国の宝として頑張って育てたいと思います。

a-peanuta-peanut2012/01/22 01:28ワークシェアできる夫婦なら、かなりベストな方法ですね。
と思いつつ、頭の中では、ワークシェアできないだろうなぁ…と思う夫婦の例を2,3思い浮かべました。家での打ち合わせが、夫婦喧嘩になりそうです。仕事を共有できるパターンと、できないパターンがありますよね。男女の仲って。

jun24kawajun24kawa2012/01/22 07:03そうですね。今考えているのは、完全な育児休暇ではなく、曜日指定の育児休暇です。これだったら、別々の職場の夫婦でも可能ですよね。

scorpion1104scorpion11042012/01/22 10:05管理職が無能である場合に関してですが、ある方から「管理職を使って一人前」と教えられたことがありました。それ以来感情的になることは随分減り(笑)、いかにして個性的な管理職を動かすのかということに頭を使うようになりました。

jun24kawajun24kawa2012/01/22 12:47使える程度の管理職はいますが、どうしようもないのも、たまにいます。

scorpion1104scorpion11042012/01/22 14:46私は管理職ではありませんが、周囲から「無能のふり」をされてないか気をつけなければ!と思いました。

jun24kawajun24kawa2012/01/22 20:47あはははは

12/01/19(木)

[]秋田 17:56 秋田 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 秋田 - 西川純のメモ 秋田 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 取り急ぎ、第一報します。2月に秋田におじゃまします。

 17日に大仙市立刈和野小学校に授業を見せていただきに参ります。18日には秋田大学で会を開こうと思います。詳細は決まり次第、お知らせします。まずは、取り急ぎ。

[]群馬の会 14:30 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月28日は高崎で『学び合い』群馬の会があります。そこでの講演をどうしようかな?と一言言ったら、ゼミ生から群馬の会では新作ですよね、と言われてしましました。こうなると意地です。

 本日、45分かけてプレゼンを作りました。今までとは全く違った毛色の講演です。つまり、『学び合い』の広がりを経営学の視点でどう捉え、私がどのように戦略を考えているか、という話です。

http://bit.ly/sKTYlZ

[]戦略 07:00 戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略 - 西川純のメモ 戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、ある人から「『学び合い』にはデメリットはないのか?」という定番の質問を受けました。いつも通りに「まし」であるレベルだったら、全方位で「まし」と応えました。しかし、いかのようなことを伝えました。

 私は生物学を大学で学びました。そのため、生物学的に妥当性を検討する「くせ」があります。『学び合い』は群れる生物の生存戦略の究極の姿だと思っています。が、そうでない生物もいます。つまり群れない生物もいます。膨大な卵から生まれ、厳しい生存競争の中で生き残ったものが、次世代を担う生物です。そういった生物では協働はないですし、生存競争の武器は「おのれの能力」です。そのような生物がいる以上、そのような生存戦略にも妥当性があるのだと思います。

 実は人間の中にもそういうものはあります。例えば、プロ野球などのプロの世界はそうでしょう。プロ野球の選手になりたいと希望する人はうじゃうじゃわいてきます。そういう人を単純に競争させれば、自ずと強い人が生き残ります。また、学校教育でもそうです。現状の高校教育では東京大学に何人は行ったか?という視点で序列化が行われています。しかし、進学先の分布はあまり吟味の対象となっていません。特に、ドロップアウトした生徒(退学したという意味もありますし。入学時の偏差値に比べて著しく偏差値が下がった子も含まれます)の数も吟味されていません。こういった場合は、『学び合い』は有効ではないのかも知れません。

 『学び合い』は「一人も見捨てない」ということを究極まで推し進めた教育です。「一人も見捨てない」ということが成り立たない場合は、単純な競争の方が有効なのかも知れません。しかし、少なくとも学校教育で「一人も見捨てない」ということを求めない学校があったとしたら、それが教育基本法の理念に反し、学校教育法に反し、従って学校ではないと思います。

追伸 それゆえに所ジョージさんの番組で紹介されている高校レベルの部活の映像は好きではありません。なぜなら、そこでは一部のメンバーの優勝が最高の評価です。従って、必然的に競争がベースになります。感涙の涙になく子どもたちの影で、どれほどがドロップアウトしたかを想像するのです。

daichi223daichi2232012/01/19 11:05追伸の内容に関して質問です。
「競争がベース」であるような映像であるから、学校教育の目標にそぐわないのでその「映像」自体は好まないという意味でしょうか。

高校レベルの部活でのドロップアウトとはどのようなことを意味しているのでしょうか。「負けること」=ドロップアウトという意味でしょうか。

jun24kawajun24kawa2012/01/19 12:39個々の部活が本当はどうであるかは分かりません。ただ、想像してしまう、ということですので。つまり、以下に書くことが、写されている学校にあっていると断言していないことをまず書きます。
 第一に対する説明は、部の構成が演奏者だけで構成されている場合、参加者に入れない人が生じます。それを満足できるかとうか、です。ドロップアウトとは、部活をやめるということです。もちろん、新たな道に転進ならばOKなのですが、そうでない場合です。

12/01/18(水)

[]学修成果発表会 16:51 学修成果発表会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学修成果発表会 - 西川純のメモ 学修成果発表会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、学修成果発表会がありました。教職大学院ではなければ修士論文発表会に対応します。しかし、教職大学院ですので研究とは限りません。しかし、比較的学会発表に準じた形式のが多かったように思います。

 他研究室の発表を聞きましたが、楽しかったです。最近、学会に行って聞いても面白い発表が少ないのに、本日はみんな興味深かった。何故だろう、と考えました。おそらく、研究のための研究ではなく、現実を見据えた研究だからだと思います。

 とにかく、良かった。

12/01/17(火)

[]三重カッコ 16:32 三重カッコ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 三重カッコ - 西川純のメモ 三重カッコ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は地元の学校が、とりあえず2月からでも学校として『学び合い』をやりたいと希望するので手ほどきに参りました。そこにゼミ生が陪席しました。

 帰ってから、私の話は「三重カッコ」になっていると言うことを言われたので、「三重カッコって何?」と聞いたら、「先生、西川ゼミなのに知らないの?」と言われました。ゼミ生の新語らしいです。我がゼミは毎年、毎年、ばく進しています。今年の『学び合い』が来年には従来指導型『学び合い』にしています。いつのまにか二重カッコが三重カッコになっていても不思議はありません。

 が方向性は一致しています。2002年に出版した「学び合いの仕組みと不思議」では以下のように書きました。

『本書、及び前著において、クラス内で学び合わせる方法とその意味を述べた。しかし、同じ学年の40人の子どもたちだけの学び合いには限界がある。やはり教師が全面に出なければならない場面も多い。筆者としては、出来るだけ子どもを全面に出したい。そのための鍵と感じ、現在研究しつつあるのは「異学年」の学び合いである。優れた部における先輩・後輩の学び合いを、教科活動の中に取り入れたいと考えている(即ち、学び合う学校)。

 この異学年の学びは、言葉としては受け入れやすいが、教科学習の中に異学年を取り入れることをイメージする事は難しいだろう。一人の教師が、同時に二つの内容(例えば5年生の内容と、6年生の内容)を語ることは出来ない。したがって、一人の教師が40人の子どもを教える図式で解釈すれば、教科学習の異学年は不可能になる。しかし、子どもたちが学び合うことを基本におくならば可能である。この学び合いを想像できる方も、異学年=お兄さん、お姉さん/弟、妹の図式で考えがちである。しかし、実際は学年の差はありつつも、固定的な教える/教えられる関係は無くなる。例えば、職員室での関係を思い出して欲しい。先輩教師や後輩教師との関係は固定的ではない。最初は、それなりに堅いものであっても、しばらくすると馬鹿話もするようになる。先輩教師をそれなりに立てつつも、からかったり、遊んだりするようになる。教え方、校務分掌にしても、はじめは教えられる一方だった後輩教師が、逆に、先輩教師に教えるようになる。つまり、雰囲気のいい職員室、それが、学び合いが成立した異学年の姿である。この姿は現在実践研究を進めている段階である。

 さらに、異学年にとどまらない。学校同士がネットワークで結びついた学び合い(即ち、学び合う学校群)、学校外の一般社会と結びついた学び合い(即ち、学び合う社会)を模索している。それによって、社会みんなが救われるのではと考えているが、こうなると宗教に近くなってしまう。筆者の研究室所属のゼミ生には「最終的には「学び合う宇宙」までいけたらいいな」といって、ほら話を締めくくることにしている。』

 と書いている。従って、最終的には「学び合う宇宙」の実現である。しかし、2005年に出版した「座りなさいを言わない授業」では以下のように書いている。つまり、学校レベルを視野においていた。

 『最後に、筆者の夢に関して述べたい。それは校長になる夢である。この夢は、学び合う学校を研究するようになって強くなってきた。この本をお読みの方は、小学校、中学校、高等学校の先生だと思われる。皆さんも、教え子の成長を見ながら、夢を描くであろう。筆者にとっての現場とは大学・大学院である。私にとっては、20歳代前半の学生さん、30歳代~40歳代の院生さんが、「可愛い」教え子である。

院生さんが現場に戻って3ヶ月かけて授業実践を行う。結果として、子どもたちが従来の授業の型から逃れ、生き生きと活動し始める。その変化は、3週間ぐらいから顕在化する。現在、1~3ヶ月の継続調査を行っているが、子どもたちの変化は劇的である。その成果は本書に示した通りである。しかし、それがより長期になれば、その教科・授業のレベルを超え、そのクラス全体の文化に成長させることが出来る。また、そのような授業実践を行う教師が複数いれば、もっと多様に授業実践が可能である。さらに、そのような授業実践を行う教師が、その学校の大多数だったら。きっと、現在の常識から言えば、非常識と思われる授業実践を大胆に行うことが出来る。まさに、学び合う学校を実現することが出来る。

指導教官バカ であるが、西川研究室の全体ゼミでの院生さん・学部学生さんの議論の質は最高である。ここでの議論の10分の1のレベルの議論が、学会においてなされるのは希だと自負している(不遜ですが)。その議論は、相手の考えを否定するのではなく、高め合う議論である。なぜなら、全員が同じ方向性を持っているからである。その議論を横で聞いている時、もし、この方々を丸ごと、どこかの学校に転任させたら、どんなことが起こるだろうか、と考えることがある。想像すると、鳥肌の立つような、ものすごい学校が出来る(かなりの確信を持って)。

もし校長(それも力の強い校長)になることが出来たら、最初は「学び合いを理解している先生」を一本釣りして呼び寄せる(だいたい3人ぐらい)。その先生方の実践を他の先生に見てもらうことを通して、徐々に「学び合い」を試してみようとする先生を増やす。そのような先生方を、「学び合い」を既に行っている先生方が勇気づけ、サポートする。徐々に「学び合い」を理解する先生が増え、職員室・お茶のみ場の会話が、現在の筆者の研究室での全体ゼミ(または食堂での会話)のような会話になる。筆者としては、そのようなことが可能となるよう対外的な調整(例えば人事・予算。そして、なによりも対外的な批判からの盾となり、スポークスマンとなる。)を行う。その中で育った先生方を、徐々に全国に輩出する。もちろん、その学校でやっていることの多くは現在の大学院でやっていることである。しかし、大学院では1年間という授業実践は行えない。また、院生の方は2年間しか派遣されない。もし、「学び合い」を5年以上のスパンで学ぶことが出来、共に学ぶ教師集団がいて、1年以上の授業実践が行えるとしたならば、今より、もっと素晴らしい学校が実現されるはずである。

しかし、筆者は大学の先生で、校長にはなれない。なれたとしても、お飾り物の附属学校の校長先生止まりである。その点、現場の先生方は校長になれる。学び合う学校をつくることが出来る。本当にうらやましいと思う。でも、私はあと20年、大学に在職出来る(今の上越教育大学の定年制が続いたという仮定のもとですが・・)。であれば、学び合う学校を、その目で見られる可能性は、決して少なくないと確信している。

「生涯一教師」を目標とされている素晴らしい先生方を、職業柄、数多く知り合うことが出来た。その先生方には、つねに「管理職になって下さい」と言っている。「教師としてあなたが関われる子どもは限られています。あなたが「良し」とする教育に共感してくれる先生を守ることによって、あなたはもっと多くの子どもと関われると思います。あなたが素晴らしい先生だからこそ、管理職になって下さい。」と語る。もちろん、私なんぞの言葉には力が無く、かつ、私なんぞが語ることなど百も承知、二百も合点だろう。そして「私は生涯一教師」と言い張るかもしれない。しかし私は何度でも何度でも語る。私の果たせぬ夢は、校長になり真の「学び合う学校」をつくることだから。私の果たせぬ夢を託せる方に、何度でも・・』

 しかし、今では学校というレベルを超え、学校群、地域を射程に入れている。それが実現するのは時間の問題(それも長くない)と捉えている。現在、『学び合い』の同志の校長ばかりではなく、教諭の同志、いや、学生の同志の方に同様な視野を持って欲しいと願っています。

 しかし、以上は既に実現の方向で動き始めたものである。研究者としては、次の、次を明らかにしなければならない。となると「学び合う宇宙」の実現まで行かねばならない。が、一つだけ私にも実現できないことがあります。それは、学び合う宇宙になるためには、宇宙人が現れなければならないと言うことです。これは難しいな~・・。と思って書いている時に、思いつきました。

 あ、地球人が宇宙に進出して宇宙人になればいいんだ。だったら出来るかも知れない。と、ホラ話を締めくくることとします。

追伸 ゼミ生へ。こんな馬鹿馬鹿しいことをリアルに妄想する人が相手なのです。私を越えた妄想をして下さい。ふぉふぉふぉ

12/01/16(月)

[]荒業 20:48 荒業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 荒業 - 西川純のメモ 荒業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の午前は『学び合い』を初めて1カ月少々の学校(50kmぐらい離れた学校)に手ほどきに参り、昼に大学に戻り、三時半より2月から『学び合い』を始める学校(30kmぐらい離れた学校)に手ほどき参りました。かなり荒業です。が、心地よい。

 最初の学校の先生は『学び合い』が腑に落ちていることがよくわかります。1か月でよくぞここまで、と思います。子どもたちの姿によって学ぶ先生方だと思います。午後の学校では、率直に質問がありました。その質問の質が高いので、とても楽しみです。

 さすがにこれを繰り返すのはきついです。二つの学校は方向はおんなじですので、2限と4限にそれぞれの学校で参観し、その後、懇談することになりました。なお、2月13日には、近くの学校の参考もします。その日は、初めて2回目の学校、1ヶ月半の学校、1年弱の学校を参観できます。

12/01/15(日)

[]リスニング 19:15 リスニング - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - リスニング - 西川純のメモ リスニング - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は監督を務めました。なによりも大変なのはリスニングです。あれほど緊張することはありません。

twoyoshitwoyoshi2012/01/16 00:07お疲れさまでした。私たちも無事に終えてホッとしています。

jun24kawajun24kawa2012/01/16 06:56もうそろそろ、二年目の展開、楽しみにしていますよ~ん

12/01/13(金)

[]しっとり 22:46 しっとり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - しっとり - 西川純のメモ しっとり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』で学校づくりをして3年目の学校に行きました。用件は我がゼミのゼミ生が単元レベルでの授業をするのを見に行くためです。ま、ゼミ生が見に来て、と言ったら「ば~か」と言うところですが、その学校の先生からのお申し出とあれば「はい、喜んで」です。

 ポイントを見終わって、必要な指示をゼミ生に言った後は、学校の中をふらふら徘徊し、ふらっと教室に入ります。

 なんかいいな。

 『学び合い』をやっている!というようなりきみは何もない。ただ、普通に子どもたちの力を信じている。ごく普通に、九九を思えさせるレベルの課題ではなく、子どもの人生を想定して授業を捉えている。それが学校全体に広がっている。先生方とごく普通に馬鹿話を授業中に言える。

 こういうのって、しっとり、という感じなのかな。とにかく、居心地が良い。

[]新年会 22:46 新年会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新年会 - 西川純のメモ 新年会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミの新年会がありました。その中に、地元の高校の先生と小学校の先生が混じっています。これって、凄いですよね。日本中の教育の研究室で、ゼミの新年会に地元の先生方が混じって、ごく普通にゼミ生と馬鹿話を出来るって凄いことです。

 と書いていたら、もう一つ自慢できることがあることを発見。日本中のゼミの中で、地元の学校の忘年会に呼ばれる研究室ってどれだけあるでしょうか?

 理論と実践の往還、これが普通に出来ている証拠だと思います。

 ゼミ生と地元の先生が大盛り上がりの中で、子育て戦士の私は早々に退散し、息子の風呂入れと添い寝をしました。復帰して、今、これを書いています。

imayouimayou2012/01/18 23:07新年会に参加させていただき、ありがとうございました。
先生にありがたいお話をお聞きし、公私共に頑張らなくてはと実感できました。
今後ともよろしくお願いします!

jun24kawajun24kawa2012/01/19 06:39期待しています。

12/01/12(木)

[]苦学生 22:22 苦学生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 苦学生 - 西川純のメモ 苦学生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今の時代でも苦学生というのはいます。が、我がゼミに関しては、「苦」は感じない。「今」の意味を知っているからだと思います。

12/01/11(水)

[]お見立て 11:10 お見立て - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - お見立て - 西川純のメモ お見立て - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、中国地方のある先生から、授業の様子を見て欲しいと依頼がありました。とても良いクラスです。ポイントをいくつかお教えしました。この方法だったら、遠方の先生の授業をお見立てすることは容易いことです。

 では、どうしたらいいか?まず、授業をビデオで撮ってください。その際、ポイントは固定点で良いですから、クラス全体が見える位置でお願いします。最初から、最後までを取ってください。

 取ったビデオをコンピュータで見られる形式に変換します。最近のビデオだったら、どうしたらいいか書いています。無い場合は、フリーソフトで探せば、色々とあります。

 次にドロップボックスに登録してください。無料で、以下のような荒技が出来ます。登録はhttp://db.tt/bMZAZwxに入って、画面に言われるとおりやれば簡単に登録できます。注意すべきは、無料のプランを選択することです。(ただし、私は有料を使っています。とても良いです。色々と似たようなサービスを試したのですが、ファイルの動悸の速さが格段に違います)

 そこで画面下にドロップボックスの水色のアイコンが出来ますので、右クリックで「フォルダーを開く」を選択してください。その中に「Public」というフォルダーを開いてください。そこに先に作った動画を移動します。そのファイルの選んで、右クリックすると「Dorpbox」というものがあると思います。それを選んでみると「パブリックリンクのコピー」というものがあります。

 私へのメールに、コピーされたものをペーストすると特定のアドレスがペーストされます。メールを読んだ私が、そのアドレスを選択するとそのファイルが見えるようになります。

 このようなことが出来るのは「Public」に置かれたファイルだけですのでご安心下さい。終わったら、そのファイルを削除していただければ結構です。こうしていただけると、莫大なメモリーを食う添付ファイルを送られるよりありがたいです。また、郵送と違って、直ぐにこちらに送ることが出来ます。

[]家族 08:48 家族 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家族 - 西川純のメモ 家族 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の尊敬する友人の一人に石川晋さんという北海道の先生がいます。ま、知っている方も多いと思います。私の知る限り、組織力に関して一番凄い人です。精力的です。そして、『学び合い』を客観的に見て、かつ、大人の議論が出来る数少ない人の一人です。

 その方が来年、育児休暇をとり、1年間は講演等の活動を休止します。石川さんの日常の活動をしっているだけに凄い決断です。でも、彼にとっては当然の判断なのでしょう。我々は教師である以前に、夫・妻であり、親・子であります。その順序を間違えれば、家族を犠牲にします。世にスーパー教師ともてはやされても、その家庭を犠牲にする人を私は好きではありません。しかし、家族を大事にすると言っても、私が石川さんのように育児休暇を取れるか?と言われれば大いに疑問です。石川さんを好きになる理由が増えました。

 先進国では少子化が進んでいます。これは我が国ばかりの問題ではなく、少子化は先進国共通の問題です。その中で、出生率を回復した国は、夫の育児休暇制度を充実させた国です。しかし、それを男が選択するか否かは教育の仕事だと思います。夫の育児休暇制度を「良きものである」と思えるような教育はどうやったらいいのだろうか?と思います。

 いずれにせよ石川さんというスーパー教師が、育児休暇制度を取ると言うことは、スーパー教師を目指す人にとって多くを学ばせることだと思いました。

12/01/10(火)

[]ザ・ウェーブ 22:01 ザ・ウェーブ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ザ・ウェーブ - 西川純のメモ ザ・ウェーブ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 尊敬すべき友人のブログに触発された、同志のメモに触発され、「ザ・ウェーブ」という本を読みました。「ザ・ウェーブ」、「みんな」を求める集団圧力の恐怖が書かれています。『学び合い』がそうなる危険性があるのではないかという指摘です。

 社会心理学では、アイヒマン実験というのがあります。社会心理学の本だったら絶対に載っている有名(悪名高き)実験です。詳細はインターネットで調べれば分かると思います。著者(というより、それをやった教師)はそれを知っていたのでしょう。何故、悪名高いかと言えば、その効果が絶大で、かつ結果が悲惨だからです。だから、途中過程と結果が分かるので、約30分で読み終わりました。

 しかし、それと『学び合い』と特に繋げる理由はないと思います。

 以前のブログに書いたように、学級崩壊しているクラスにイジメはありません。イジメというのは非生産的です。わざわざやるのにはエネルギーが入ります。だから、イジメをするにはそうさせる力があるのです。クラスでその力を持っているのは「教師」以外ありません。では、イジメを避けるために学級崩壊をすべきか、明らかに否です。教師は学級経営をしなければなりません。それは自分の担任のクラスばかりではなく、自分が担当するクラスに関して、自分の担当する時間に関してはクラス経営をしなければなりません。

 クラス経営するには集団を動かすということをするのは当然です。3人以上の集団を集団をコントロールする以外にやれる人などはありませんから。社会心理学でアイヒマン実験と同程度に有名な結果にLewin,Kの実験があります。それによれば、いわゆる名人教師のクラスでは見た目はよいのですが、裏でイジメが発生します。これは私が高校教師の時(というより終わってから気づきましたが)の最大の失敗です。一斉指導でも、「ザ・ウェーブ」と同じことが出来る。というより、日本中の圧倒的大多数の一斉指導でそれがなされています。「みんなが静かにしているから、分からなくても静かにしている」、「みんなが出来るのに、あの子は出来ない」ということはです。

 何を言いたいかと言えば、「ザ・ウェーブ」の示すものの危険性は、クラス経営をするならば、当然、起こりえる危険性です。

 では、「ザ・ウェーブ」になるかならぬかのポイントは何か?それは一斉指導でも同じですが、何を目指しているか?だと思います。つまり、集団を目的とするか、個人を目的とするかです。集団を目的とすれば、個人はいくらでも圧殺できます。全体主義がその天啓です。しかし、個人の幸せの折り合いを付けたものが集団であるならば、個人は集団を離脱する権利を持ちます(http://bit.ly/zzdeTd)。個人が集団の論理から離れる権利を留保できるか、その価値を管理職が理解しているかだと思います。ちなみに、『学び合い』では集団を教師がつくりません。いかなる集団も当事者が決められなくなった時、「ザ・ウェーブ」になる危険性があります。班学習、ペア学習も、個人の選択の自由はないのです。我々はそのような集団になった時、何が起こるかを知っています。

 ちなみに、『学び合い』ではそうならない、そのための仕組みを持っています。それは組織らしい、組織が全くないという点です。だから、正しいと思う人は参加でき、おかしいと思う人は離れられる。そして、そのことをとやかくいわれることは何もありません。何の権力もなく、あるのは自由意志です。そして、個人を結ぶのは信頼です(もちろん、結ばないという権利もあります)。

12/01/09(月)

[]同級生 18:56 同級生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同級生 - 西川純のメモ 同級生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学の同級生が遊びに来てくれた。話せば話すほど、面白いし、深く考えていることが分かる。

12/01/08(日)

[]市場理論 22:25 市場理論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 市場理論 - 西川純のメモ 市場理論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガートという表現を使います。これは、ロジャーズとかムーアなどの、物が売れる時にどのような行動をするかという分類です。先だって、学生さんに聞かれたのでメモです。

 イノベーターもアーリーアダプターも、変革したいという意識は高い人で、そのためのアンテナの高い人です。両者の違いは、リスクをどれだけ引き受けるかということです。両者の違いは、その人が新しい物を見出した時の反応です。イノベーターの人は、「○○さんがやっているのね」というのが大多数の反応です。というのはイノベーターはリスクを恐れず、色々なことにトライします。結果として「はずれ」が多いのです。そのため、周りの人は、その人が「いい!」と言っても、「また始まった」といって動きません。

 ところがアーリーアダプターはリスクはそれほど負おうとはしません。どうやって判断するかと言えば、イノベーターの行動です。イノベーターもアーリーアダプターもアンテナは高いです。ですので、新しいものが生まれれば、ほぼ同時にそれを知ります。イノベーターはとりあえず購入し、アーリーアダプターはイノベーターの様子をじっと見て、購入します。

 アーリーアダプターとアーリーマジョリティの違いは、そのものを使うのは主に「自分」が使うとため思うのか、主に「みんな」が使うためと考えるかです。例えば、『学び合い』に関して私に質問する時、自分の実践にどう使えるかを主に聞くか、みんなが実践するにはどうしたらいいかを聞くかに端的に表れます。

 今のところ、『学び合い』はアーリーアダプターからアーリーマジョリティに移行しつつあります。

 ただし、イノベーターが偉いというわけではありません。あくまでも役割です。私は携帯に関してはラガートからレイトマジョリティだと意識ししています。

 そして、私の戦略はイノベーターとアーリーアダプターを固めて、アーリーマジョリティとレイトマジョリティ用のツールを用意したいと思っています。

[]考え方 22:25 考え方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 考え方 - 西川純のメモ 考え方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の反対者も、同志も、いずれもイノベーターとアーリーアダプターだと思っています。だって、アンテナがめちゃくちゃ高いから『学び合い』を知っているのですから。でも、テクニック的なレベルで理解されている方が多く、私が本当に大事にしている「考え方」のレベルではなく、どうでもいいことで議論されている方が少なくないのでメモります。

 『学び合い』は「一人も見捨てず」という願いから発しています。私の場合は、教師としての原体験である高校教師時代のトラウマから発しています。多くの同志はその願いを共有していると思います。が、トラウマの程度が違います。そして、それ故に「教祖」とか「頑固」とも言われます。

 でも、「一人も見捨てず」という願いから、どのように私の考える『学び合い』の全体像があるかを説明し、誤りがあるならば、ご指摘いただきたいのです。

 私の言う「一人も見捨てず」は本当に一人も見捨てずです。もちろん、結果として、見捨ててしまう子どもはいるかも知れません。でも、それを願い続けることはぶれたくないと思います。

では、そうではないとは何か?過去5年間の子どもたちの中で、「あの子はしょうがない」という子どもが2人いたら、私の言う「1人も見捨てず」ではありません。1人の方は、過去十年間でも一人なら、私の言う「一人も見捨てず」です。しかし、過去十年間だったら4人になったら、私の言う「一人も見捨てず」ではありません。もちろん、自分がそれを乗り越えたとは言いません。私は凡夫です。でも、それを乗り越えたいし、乗り越えられない自分を恥じます。

 話が横道にはずれますが、年度末に東大に何人合格するかという高校のランキングが出ます。でも、母数は吟味の対象外です。どれだけドロップアウトしたか、無名の大学に行ったかは書かれません。これだったら、賢い人間をどれだけ集められるかの勝負です。その高校でどれだけの授業がなされるかは余り重要ではありません。これって、予備校の宣伝なんかも同じですね。でも、入学時の偏差値と卒業後の偏差値を分布で表す評価を出せば、高校の受験地図はだいぶ変わるでしょうね。

 本題に戻ります。上記の意味での願いを実現するとします(そうでない方は、その段階で、議論の対象外です)。私は、一人も見捨て素を実現するためには、「何のために学校で学ぶのか」を説得する必要があると思います。そして、「勉強しよう」と思った後には、思った「その子」に必要なサポートが必要だと思います。(これが間違っていたら、教えてくさい)

 私の知る限り、問題の多い子どもも、受験街道ばく進の子どもも、同じ語りが出来るのは、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する」という『学び合い』の学校観以上のものを知りません。(これが間違っていたら、教えて下さい。)

 次に勉強したいという子どもをサポートするには、子ども集団を最大限に活用するしかないと思っています。少なくとも100万人普通の教師にとっては「まし」だと思っています。(これが間違っていたら、教えて下さい)

 つまり、一人も見捨てず、この前提を認められない方は、議論の対象外です。それを認めた上でならば、優れたものがあれば学びたい。

 このレベルの理論無しに、方法論レベルで是非を議論しているのは本質的ではない、と思うのです。このレベルとの整合性なしに、それに反する方法を併用することの是非を議論したいな、と思うのです。個々の事例の問題点はあった場合は、このレベルに戻して議論したいな~っと思います。

[]荒技 15:01 荒技 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 荒技 - 西川純のメモ 荒技 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越教育大学の教職大学院のメンバーはみんな授業が「ものすごく」巧い人たちばかりです。そういう人たちで固めた組織ですから。が、その中には天性の人と、努力の人というのがあります。

 前者の人は、巧まずとも面白くてためになる話を出来ます。ところが、後者の人は徹底的に準備して、それを達成します。例えば、ある人の場合、自分の話の順番の直前まで紙に何かを書いています。話の組み立てを書いているのです。

 1時間半の話、45分の話、15分の話、5分の話、それらは全く異なった構造をしています。当初はその話の組み立てをします。ところが、教師というのは話が長くなる傾向がある。そのため、当初15分と言われていた割り当て時間が、7分になり、5分になれば話の組み立てを変えねばなりません。それを周りの状況に応じて変更しなければならないのです。

 私の知る限り、二十人ほどのメンバーのうち、二人だけは後者の人です。その一人が私です。両方とも、飲み会や座談が不得意ですし、あまり好きではありません。というのは、飲み会や座談は、準備が出来ないからです。ですので、大抵は隅っこに座っています。話しかけても、授業のような能弁ではなく、また、話は面白くありません。実はそれが「地」なのです。

 私の講演や授業は、徹底的に原稿を用意し、どんなところで笑いを入れるかも計算します。そうでなければ講演が出来ません。

 先日の臨床教科教育学会では、私の仕事は懇親会の最初の挨拶だけと聞いていたので、非常に楽にしてきました。記念講演会の準備をしている実行委員長と講演会会場で馬鹿話をしました。

 記念講演会開始1時間前に、実行委員長が「○○先生は来ないですね」と一言。「もし、来なかったら先生お願いしますよ」とのこと、私は「あはははは」と大笑いして、私の講演は「高いよ~」と返しました。が、45分前になっても来られません。そこで自宅に電話しました。そうするとご自宅にいらっしゃいました。連絡の行き違いで午後だと勘違いであることが判明です。

 「先生お願いします」と頼まれました。私は私以外が出来る仕事は徹底的に拒否しますが、これは私しかできない仕事です。逃げられそうもありません。

 それから15分で話の基本的構造を決めました。15分でプレゼンを作りました。そして、それをUSBに入れて印刷することをお願いしました。会場に集まり始めた人の中で、話の流れを頭の中でシミュレーションしながら、どこに笑いを入れるかを考えました。そして1時間20分の講演を時間ぴたりに話しました。

 ホッとしています。というこは、私はゼミ生に怒る数少ないことは、発表時間を守らないことです。ですので、私自身がどんな状況でも、それを守らねばならないからです。

 でも、絶対に二度としたくありません。私のようなタイプの人間は基本的に当意即妙は無理ですから。

 天性の授業者に比べて劣等感を感じます。が、一面、良いところがあります。それは天性の人は、その才能を人に伝えることが出来ません。しかし、努力の人は、そのノウハウを人に伝えることが出来ます。

[]臨床教科教育学会 15:01 臨床教科教育学会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 臨床教科教育学会 - 西川純のメモ 臨床教科教育学会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は臨床教科教育学会がありました。お世話をしていただいた信州大学三崎研究室の皆様のおかげで、気持ちの良く、充実した学会になりました。関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

[]学会発表 15:01 学会発表 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学会発表 - 西川純のメモ 学会発表 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西川ゼミは『学び合い』で運営されています。今回の学会発表に関して、私は何もしていません。学生達が自主的にプレゼン練習会を行っているときも、当然のように私には連絡ありません。そして、素晴らしい発表をしました。文化だと思います。

 あ、ひとつ学会発表の準備で私のしたことがあります。準備をしている学生の周りで馬鹿話をしたら、「先生、忙しいですからあっちに行ってください」と言われました。つまり、邪魔したことぐらいが私のやったことです。

HirarinHirarin2012/01/09 22:38熱く、そして痺れるお話、ありがとうございました。先生が最後に言われた言葉の具現のためにどうすればいいか。帰りの高速の車の中で考え続けていました。自分なりにがんばってみます。

jun24kawajun24kawa2012/01/10 16:59期待しています。

scorpion1104scorpion11042012/02/02 22:47西川先生は、ゼミ生の方々を心から信頼されていらっしゃるんですね。ハプニングが起きても即対応されてらっしゃる。そのようなことも含んだ上で全てを任せていらっしゃる。そのような管理職に会ったことは一度もないことに気がつきました。提案文書は、どのようにささいなことも管理職を通すことが常識だと思っていました。でも、もしかしたら違うのかもしれないと考えました。現状を変えるには信頼関係の上に立って常識を破ることが必要じゃないかと。

12/01/07(土)

[]キャリア教育 13:11 キャリア教育 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - キャリア教育 - 西川純のメモ キャリア教育 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現在は「職業体験=キャリア教育」となっているように思います。少なくとも現場はニアリーイコールです。しかし、どのような人生を生きるかという土台があって、職業だと思います。そうでないと、社会的名声とか給与とかで職業を決めます。しかし、もっとも大事なのは、人生の幸せとは何か、それを実現するために何が必要かということだと思います。その上に人生設計を考え、それを実現するツールが職業だと思います。

 とりあえず受験で尻をたたくのも可能でしょう。というより、それで動く子がいる。でも、そうでもない子がいる。そして、力量があるのに、そこそこで良いと思う子もいる。迂遠なように、上記のレベルでキャリア教育を考えるべきだと思います。

12/01/06(金)

[]人生 22:20 人生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人生 - 西川純のメモ 人生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、私の大好きな校長先生の御尊父様が亡くなられた。直接お会いしたことはないが、あの方を育てた方なのだから、どんな方だろうと興味がわきます。きっと素晴らしい方なのだろう。ご冥福をお祈りします。

 それを思いながら息子の添い寝をしていたら、色々なことが頭に浮かぶ。メモりたいと思います。

 だれしも小学校の早い時期に「死」というものに向かい合います。私も。とにかく怖かった。なんで父母はそれに向き合えるのか想像できなかった。寝る度に怖くて怖くてしょうがなかった。が、今はそれからは逃れられています。もちろん、その場面に面すれば状況は変わりますが、小学校の時とは違います。人生というのはフルコースの食事のように思います。

 まずは前菜、ちょこちょこっとして美味しいものです。その食べかけで、コース料理は最後は終わると言われたら、それもコースの中身を知らなかったら、そりゃ、あわてます。これで終わりなのって。しかし、その後、次々に美味しいものがでます。その味に集中すれば「終わる」ということを意識しなくてすみます。これが若者、そして中年ではないでしょうか?

 でも、メインディッシュはその後です。子育ても終わり、後は、責任のない孫です。世間的には自由であり、言いたいことを言えます。でも、美味しい料理も続ければ苦痛です。旅館の料理が典型的です。そうなれば、デザート・コーヒーとなります。そして、お店から「コーヒーのおかわりは?」と聞かれて、「結構です」という頃が人生の終わりです。あとは、次回の来店となります。それは神か、仏か分かりませんが、決めるのでしょう。

 今、私は52歳です。明らかに人生の半分をすぎました。大学に異動した直後、年配の先生は病気の話ばかりです。遠い先の話としか思えません。私のボスのT先生は18歳年上、異動した時の私が27歳ですので当時は45歳です。当時は中堅のバリバリと思っていましたが、今の私から見れば、可愛い年齢です。(と思える自分にビックリします)不思議なもので(ま、当然ですが)T先生は未だに18歳年上です。45歳、そして52歳のT先生の気持ちや状態は、なんとなくでも分かります。が70歳のT先生は分かりません。でも、私もその年になれば分かるのでしょう。きっと52歳は可愛い年齢と思っているのでしょうね。

 老いは、それに到達した者には分かりますが、若い人には分かりません。ちょいとメモります。が、若い私が分からなかったように、若い人には分からないでしょうね。でも、未来の私への備忘です。

●身長:おそらく、最初に老いを感じたのは、大学学部時代でしょう。自分の身長が、もうそれ以上伸びないという現実を認めた時です。生まれた時から、毎年、大きくなるということが普通だったのに、それが不可能だということが分かったことです。限界、ということを意識しました。そして、50代になると縮むという現実に出くわします。おそらく、軟骨の関係なのだと思います。毎年のドックで誤差を超える収縮をいやいやながら認めることとなります。

●酒量:職人の家で育ちました。(親戚一同の中で大学に入ったのは私一人でした。)ということで中学校から父親の晩酌のつきあいをし始め、高校時代はごく普通でした。ある時は、飲み残しのワインを一本飲んでから高校に良い気分に通学しました。高校時代からお店にボトルを入れていましたが、大学になればパワーアップです。当時の酒量は自分ながら化け物でした。毎日、ボトル1本は飲んでいました。それも年間切れ目無く。最高だったのは大学院の1年目だと思います。2年目になって、翌日に残すようになりました。その当時の適量は8合ぐらいでした、1升以上の飲んでいたので、朝は酒臭かったと思います。就職すれば変わるかと思ったのですが、勤めたのは定時制高校だったため、それが続きました。結局、それが変わったのは30歳、急性アルコール性肝障害になり1ヶ月入院しました。復帰後は、1日5合ぐらいです。次は42歳、新コース立ち上げの心労がたたり、胃潰瘍と肝障害になりました。復帰後は3合強になり、いまに続きます。その量で、それなりに酔える今の自分にビックリします。が、1時間ぐらいたつとさめるのが玉に瑕です。

●筋肉:学生時代、高校教師時代:ジョギングが好きでした。自分のペースで走るのが。大学に異動して、その暇が無くなりました。30歳の入院の後に、ジョギングを始めようとしました。ところが2kmもたたないうちに足の「さら」が痛くて走れません。医者に行ったらば、筋肉全体が落ちているため体重が全て「さら」に行くためだと言うことです。老いを感じました。その後は歩くことにしています。もう、走れないな、と思った次第です。

 35歳頃に、ぎっくり腰になり、思いものは持たないようにするようにしました。四十代で四十肩になり(いまは大丈夫です)。思いものを持つと直ぐに腰痛になり、それが2ヶ月はかかるようになります。

●髪:父母の遺伝子のおかげで、黒い髪がふさふさと今もあります。が、30代に鼻毛に白髪が混じるように愕然となりました。そ、し、て、最近、「下の毛」に長い白髪を発見、老いを感じました。

●視力:父母の遺伝子のおかげで、視力で苦労したことはありません。しかし、42歳で老眼を意識しました。40歳で授かった子どもの離乳食を食べさせる時、息でふうふうさました時、離乳食のお椀がぼやけることによって意識しました。それまで「近く」が見えない、という老眼が信じられませんでした。が、事実でした。

●研究:今までの老いとは違って、驚きはありません。そして、幸いなことによって、それを補うものがあります。若い頃は、自分の馬力と知力で戦えました。今は、それはありません。今あるのは、何が良いか、という感性です。そして、それに至る、ノウハウです。それによってチームで乗り越えています。

 以上が、52歳の私です。十年後はどうなっているのでしょうか?T先生を見てる限り、ま、今の延長上にありそうです。そして、今の学生さんは、上記を理解できないだろうと思います。

 明日は臨床教科教育学会の年会が信州大学であります。記念講演はT先生です。

[]新年会 14:38 新年会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新年会 - 西川純のメモ 新年会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西川ゼミの新年会です。『学び合い』のセオリー通りで、同じ方向性を持つ人ならば多様ならば多様な方が良い。ウエルカムです。http://amba.to/AaOTIf

[]日本人の9割に英語はいらない 12:57 日本人の9割に英語はいらない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 日本人の9割に英語はいらない - 西川純のメモ 日本人の9割に英語はいらない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 正月に「日本人の9割に英語はいらない」という本が目にとまった。本日読んでみた。自分と同じようなことを考えているので、1時間で読めた。でも、実は英語だけではなく、全ての教科も同じ。専門教育と一般教育をちゃんと切り分けないと、非常にロスが多い。(http://bit.ly/su7Ku9

[]越後の会 07:27 越後の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 越後の会 - 西川純のメモ 越後の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 越後の会のことが教育新聞に掲載されています。http://bit.ly/AvnMx6

12/01/05(木)

[]プリンキピア 18:17 プリンキピア - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プリンキピア - 西川純のメモ プリンキピア - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学生の時、ニュートンのプリンキピアを読んだときの感想は、とにかくまどろっこしいのです。「いいじゃん、そんなこと」というところを重箱の隅をつつくように書いている。おそらく、現代の力学の本だったら二三十ページですむようなことを延々と書いている。はては神が出てくるし、デカルトやライプニッツに対する嫌味みたいなものまである。

 でも、今は分かります。彼はデカルト派との論争に疲れていたし、ライプニッツとの戦いにも疲れていた。だから、一行書くごとに、自分の文章をどのように批判するであろうと言うことが分かってしまう。そのため、その批判に対する予防線を張ってしまう。結果として、古典力学がニュートンの勝利に終わった後の人間にとって、まどろっこしくなってしまう。

 今は、ニュートンを慰めたくなる。今は、その気持ちがよく分かる。

12/01/04(水)

[]語り合う 23:02 語り合う - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 語り合う - 西川純のメモ 語り合う - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学の学部時代、一番、悔いることは人と語り合わなかったこと。当時は、遊び回っていた。高校時代の1年から「飲みに行く」と言えば、「恥かくなよ」と言って万札をくれる職人の親父だった。高校時代から、池袋の東口にはボトルが入っている店が3軒ほどあった。それが大学学部時代はパワーアップ。

 今、学部時代の同級生のメーリングがある。また同級会がある。話せば、本当に面白い奴らばかり。尊敬すべき人ばかり。なぜ、学部時代にその人達ともっと話さなかったか。それが私の悔いること。

[]家 21:11 家 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家 - 西川純のメモ 家 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 長い帰省旅行から帰り、上越の自宅に戻りました。歓待もいいでど、やはり家内の手料理と自宅はいいな。

12/01/03(火)

[]反論無し 17:48 反論無し - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 反論無し - 西川純のメモ 反論無し - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ツイッター、ブログで建設的な『学び合い』の反対者からの議論を求めましたが、反応がありませんでした。しょうがないかも知れません。そういう方は、私をブロックしているのかも知れません。同志の皆様、私の代わりによろしく議論して下さい。そして、議論の内容をお教えいただければと思います。

mana-mama5mana-mama52012/01/03 21:18連日報道される隣の隣の国ニュースを見ていて思ったのですが、彼らの偉大な指導者の言うことが彼らにとって本当に得であるならば、誰が見ていようと、どこにいようと、その指導を守り続けようとするはずです。(でもどうやらあの国民の嘆きはカメラや監視の前だけのようですね。あれだけ泣き叫びながら涙がでてないし・・。)
本物の学び合いをしている先生のクラスでは、先生がいない休み時間、放課後、出張中であっても、子ども達は学び合いの状態を保っているのではないでしょうか。私が学び合いってすごいかも~と思ったのは給食時間になっても算数の問題をあきらめなかった子供たちを見、我が家で娘と友達が学び合いごっこをしているのを見たからです(笑)学び合いの真価は授業以外の場面でこそわかるのではないでしょうか。アッ、今年もよろしくお願いいたします。

jun24kawajun24kawa2012/01/04 06:20こちらこそ、よろしくお願いします。我々は教師の中ではまだまだ少数派です。でも、子どもや保護者という仲間を加えれば、最大の勢力を誇っていると思っています。教師には出来ない部分で是非いっしょにやりましょう。

daichi223daichi2232012/01/05 14:59『学びあい』で使う方が増えてくれれば色々と相談・議論ができると思うので紹介です。
http://vlvlv.jp/
現在Betaテスト中ですが、1月中には本サービス稼動するそうです。
簡単には「音声に特化したソーシャルメディア」です。
以下のサイトを見てもらえればどんなものかは大体わかると思います。
http://blogs.itmedia.co.jp/sabe0524/2011/11/synergy-drivevo-2ece.html
http://happy.bz/index.php?VoiceLink%E3%81%AE%E9%81%8A%E3%81%B3%E6%96%B9

基本的には一番上に乗せたサイトに行きさえすれば簡単に聞くことができます。今日も21時ごろからやっていると思います。
本サービス稼動後はアーカイブもできるようなので、非常に使えると思います。

リリースイベントの動画
http://www.youtube.com/​watch?v=0uSvwqE85nk

jun24kawajun24kawa2012/01/05 18:10ありがとうございます。
検討したいと思います。

12/01/02(月)

[]議論したいな 16:41 議論したいな - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論したいな - 西川純のメモ 議論したいな - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』批判や疑問に対しての私の議論の仕方の手の内を公開します。それを見ながらその手の文章を読むと面白いですよ。また、批判される方に対して、謹んで手の内をさらします。

 まず、前提として『『学び合い』は「一人も見捨てない」を目指していることので、それに立脚しない立場に関しては基本的前提が違うのですから、「見解の相違で終わりにしましょう。」』と言います。これに対して判断する人はまずいません。いたらば、日本国憲法や教育基本法をもとに論破すればいいのですから。希に「見捨てるとはどういうことか?」と聞かれる方がいます。その場合は、相手が考える「見捨てる」という考えを正せばいいことです。そこから、教育基本法第1条や日本国憲法の第三章を引用しながら決めればいいことです。(おそらく、以下の議論が深まると、大抵の方の場合は、そんなことあまり気にしていないことが分かりますから)

 次に、「私は『学び合い』がパーフェクトであるとも魔法であるとも主張していません。あくまでも相対的に「まし」でることを主張しています。従って、批判する場合はそれよりも「まし」な実行可能な代案を提示して議論しましょう。」と求めます。否定は素人でもできるが、実行可能な代案を出しうるもののみが専門家です。これまた、反対する人はいません。

 これが求める最低限の前提です。怒り(もっと正確には自分の今の立場が否定されることに対する恐怖)で一杯の方の場合、この前提に立つ前に、怒りにまかせた言葉で埋め尽くされます。私はこの前提に立てて、冷静な議論を出来る人を求めています。

 さてこれが成り立った後は、その方の批判の内容を聞きます。というのは『学び合い』を批判されている方は『学び合い』をちゃんと勉強されているわけではありません。従って、何らかの誤解をしている可能性が大です。ですので、どのような誤解をされているかを把握しなければなりません。

●「教師はこうあるべきだ」、「教育はこうあるべきだ」

 「『学び合い』では教師が教えることを放棄している」、「私語、立ち歩きを許している」等の批判があった場合、「教師が板書して発問しなさいと関係法規のどこに規定されているでしょうか?私語・立ち歩きがいけないと関係法規のどこに規定されているのでしょうか?」と聞きます。「法で規定されているのは、人格の完成であり。指導要領で規定されていることを国民全員が達成することです。それに沿っているか、いないかで議論しましょう」と申します。「教師はこうあるべきだ」とか「教育はこうあるべきだ」ということで申される方の場合、この段階で根拠を失います。

●大事なことを教えていない

 『学び合い』の入門段階では非常に単純な課題を与えます。そうなると「『学び合い』はテストの点数を上げたい教育だ」、「教科で学ぶべきことはそんなレベルのことではない」という批判があります。これに対する議論の方法は色々ありますが、典型的なのは、まず、その人が学ぶべきだと思っていることを聞きます、そして補助的な質問をしながら、それをハッキリと定義してもらいます。次に、「それを全員が達成することが出来るのでしょうか?」と聞きます。それに関する能力が相対的に低い子や、知的・情緒障害の子が出来るかと問います。こうなると無理だということは分かります。そこで、「『学び合い』では一人も見捨てたくないので、一人一人が支え合うクラスをつくります」と思うします。なお、苦し紛れに「私なら出来る」と言われる方には「素晴らしいですね。でも、多くの教師はあなたのようにはなれませんよ」と申します。「そんなに辛くはない」と言われる方には、「そのようなクラスでどれほどの苦しんでいる子どもがいるか」を語ります。

●子どもに教えら得ない

 「子どもに教えられるわけない」と言われる方は、多くの子どもが分からないところが分からないのです。いたしかたありません、認知心理学のエキスパート・ノービス研究でも明らかですが、熟達者は分からない人のことが分からないのですから。そこで、子どもたちの躓いている原因の大部分はとてつもなく単純なことであることを実証的データから示します。事実、個別支援をした教師であれば、自分が言っていることの大部分は「そこに書けば良いんだよ」とか「ほら、個々読んで」レベルのものであることを思い出せるはずです。そして、日本ではクラスの2割は塾・予備校・通信教材で既習であることを述べます。

●遊び回ってしまう

 あんな自由にさせれば規律のない子どもになる、と言われる方の場合は、規律を守れない子どもを頭に思い浮かべています。そこで、教師の言うことに従う子どもが2割いることを述べます。その子どもたちとクラスを経営する方が「まし」であることを述べます。そして、民主国家における規律とは何かを議論します。

 上記の議論を通じて、「一人も見捨てない」ということと「では、あなたはどうされているのですか?」ということを積み上げていくのです。

 が、大抵の方の場合、私が上記のことを言い出すと、感情的に怒り出すか、論点がどんどん飛び回りはじめます。私は、それを必死になって論点を動かさず、一つ一つ積み上げるようにします。が、そうなるとさらに論点がさらに飛び回り、合間合間に感情的な言葉を入れ始めます。

 ま、気持ちは分からんでもありません。私も解析学の最初の部分で「xが0に収束する時、limxは0になることを証明せよ」という問題を見た時、「なんじゃこりゃ?」と思いました。そしてイプシロンデルタ論法を読んでも、なんか屁理屈をこねているだけとしか読めませんでした。そのが理解出来るようになったのは、解析学を最初から学んで実数とか連続とかの意味を理解してからです。

 私が『学び合い』が「まし」であるということに確信を持っている理由は非常に単純です。第一に、「一人一人は多様であり、多様な支援を必要としている。そのような支援を一人の教師が背負うより、クラス全体で背負った方が「まし」である」という至極単純な理屈です。第二に、多くの人は教育基本法の「人格の完成」を建前としています。しかし、我々は、目の前にいる子どもの大人になった時の幸せを保障することを求められています。それが教育基本法第1条の意味だと思っています。ところが、それに応えるレベルでの議論する方がいないのが残念です。そんなことを考えなくても勉強し、それなりに幸せになっていく子どもは日本の半数以上です。しかし、私が教えた最底辺校の子ども達は、多くの方の言われているレベルでは動きません。私は、その子達を常にイメージしています。だから、「一人も見捨てない」ということに関しては「まし」と確信しています。

 以上に関して疑問や反論がある場合は、いつでもお応えします。ツイッターでも結構ですが、140文字では難しいので電子メールでどうぞ。ただし、大人の議論が出来る方のみです。大人の議論が出来ない方の場合は無視しますので。ただし、今までのやりとりの中で、そのような方は十人もいません。また、氏名や所属を明記して下さい。従って、ツイッターの場合は、それを明記している方が対象となります。私は常に公開しております。なお、電子メールでのやりとりは必要の場合は公開します。当然、私のメールを公開することはOKです。

 今までの経験では、一部の大人のやりとりの出来ない方の場合以外は、実り多いものが得られます。議論は勝った負けたではなく、新たな視点を得ればいいことです。前提が違うならば、結論が違うのは当然のことです。結果として、両者の意見が不一致に終わったとしても、自分がどのような前提に立っているかを理解できるだけでも学ぶものは多いと思います。

 かなり挑発的な書きぶりですが、お詫びします。ただ、ただ、大人の議論を出来る反対者から多くのことを学びたいと願っている次第です。

[]高校教師 16:41 高校教師 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 高校教師 - 西川純のメモ 高校教師 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、大学の同級生だった高校教師と議論しました。そこで面白いことが分かりました。私の疑問は、何故、急激に高校教師が教育に目を向けるようになったかと言うことです。『学び合い』の会に参加する高校教師の数も急増しています。私が高校教師だった頃は、「教育を学ぶなんて二流の教師のやることだ。教師は、教科を深く、深く理解すればいい」というような教師が教師集団を主導していました。

 同級生によれば、高校における異動が行われるようになったからだ、ということです。なるほど、と思います。かつては組合が絶大な力を持っていた時代は、「希望と承諾」が異動の原則でした。結果として、異動はなかなか行われません。行われても、似たような学校同士での異動です。結果として、二十年以上も一つの学校にいつづける教師もいます。そうなれば、一つのパターンで何とか出来ます。有名進学校の場合であっても、要は大学試験問題のパターンを理解し、その傾向を理解できればいいのです。これだったら5年もやれば普通の教師であってもある程度の専門家になれます。また、私が勤めたような最底辺校の場合でも、それなりの教え方のパターンを理解すればいい。第一、そのような学校の場合、兄弟同士が進学する場合は少なくないので、それらのネットワークを利用すれば、子どもたちを掌握することは出来ます。そして、その効果は、長く勤めれば勤めるほど高まります。

 ところが、異動すれば、それらが完全にチャラになってしまいます。そのような背景から、学校が異動しても普遍的なものを見出す必要性を主導的な教師が気がついたのだと思うのです。

追伸 3年前に高校教師が私のゼミに所属した時、最初にやりたいテーマは「校内研修の活性化」と言った時、私は腰を抜かしました。

[]議論 09:44 議論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論 - 西川純のメモ 議論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は行動学を学びたくて生物学を学びました。しかし、行動学の専門家が筑波大学にいなかったため数学と物理学にのめり込み生物物理学を専攻しました。しかし、今も生物学研究をしています。ホモサピエンスという高等生物の、教育という高度な行動を研究しているつもりです。

 ネットサーフィンをしていると、残念ながら、現状で『学び合い』を批判されている方で議論できるレベルの方が少ない。『学び合い』(もしくは私)が大嫌いだという感情が前面に出て論理やデータが弱い。でも致し方ないと思います。現状は無視から怒りの段階ですから(http://j.mp/ijI668)。やがて取引の段階に進むでしょう。そうすれば大人と大人の議論が出来るようになります。待ち遠しいと思います。

 心の中で『学び合い』(もしくは私)が嫌いな方がいても致し方がないし、当然と思います。が、それを公的にのべつに述べるというのは大人の作法ではないと思うのです。そうではなく、感情を公的には秘めて、淡々と議論していただける『学び合い』批判の方が生まれていただければ、私も学ぶものは多いと思います。

 『学び合い』は一人も見捨てないという願いに発しています。おそらく、それに反対する方はいないでしょう。もし、それを前提として議論を進められたら、実り多いと思います。もし、それを実現するによりよいものがあれば、私は直ぐに受け入れ、学びます。『学び合い』の十数年の歴史は、まさにそれをしている歴史なのですから。十数年前の『学び合い』は、現在の私は、従来指導型『学び合い』として一線を画しています。そして、今の『学び合い』も十年後には、私は否定的に見ているでしょう。

 ただし、私は研究者です。オリジナリティで勝負する職業です。人から指摘される前に、自分が見出すつもりです。なにしろ、『学び合い』の利点と限界を、最も多くの人から情報を得ているのは私だと思っていますので。

 私の好きなドラッカーの言葉です。『自らの製品、サービス、プロセスを自ら陳腐化させることが、誰かに陳腐化させられることを防ぐ唯一の方法である。』デュポンはそれだからこそ、長年、業界の巨人であるのです。そのためには、多様な情報収集は必要ですから。

追伸 ただし、論理的に証明するではなく、説得することに最大の効果があるのは、論理でもデータでもなく、「みんながそういっている」ということであることは変わりありません。結局、広がることしかありません。そのためには、分からない人と議論するより、分かる人に伝えることに力を注がなければならないと言うことは確かです。周りが変われば、納得するか、意固地になるか(ラガート)の二通りですから。

twoyoshitwoyoshi2012/01/02 19:553年前に腰を抜かしそうだったのですね(笑)。でもそれが高等学校の実態です。『学び合い』高校部会を立ち上げるのは、『学び合い』であれば普遍性を語り合う会が可能となるからです。そして今、環境は整っていると感じます。頑張りますね!

twoyoshitwoyoshi2012/01/02 20:00私は高等学校で教育について語らない理由は、義務教育に比べて、偏差値輪切りによる学校間格差が大きいため、議論の焦点が絞れないことにあると思っています。
高等学校の教科研修でさえ、進学校、教育困難校、中間の高校に別れた実践発表と討論会を行なうことが常態化しています。『学び合い』でこれを打ち破りたいと考えています。

jun24kawajun24kawa2012/01/03 07:20期待していますよ。結果をね。フォフォフォ

12/01/01(日)

[]東北 09:48 東北 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 東北 - 西川純のメモ 東北 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨年は東北に『学び合い』関係で行く機会は殆どありませんでした。(仙台の家内の実家には何度も行きましたが)しかし、年度末・年度当初に宮城・福島・秋田に『学び合い』の会でおじゃますることを計画していただいております。また、4月には山形で講演予定です。

[]今年 09:41 今年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今年 - 西川純のメモ 今年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本年中に実現したいことを書きます。実現可能性はほぼ確実から、出来たらいいな~っというレベル混在です。

1)『学び合い』小学校群の形成

 『学び合い』小学校同士が連携することを昨年度に実現することが出来ました。次は『学び合い』小学校群を形成することを実現したいと思います。同じ中学校区の小学校群が遺書に集まって教科学習を『学び合い』でするのです。

2)『学び合い』小中連携の実現

 小中学校の『学び合い』の連携は一部の地域で実現していますが、それを本格的にやりたいと思います。

3)『学び合い』をアーリーマジョリティに広げる

 『学び合い』はイノベーターからアーリーマジョリティの時代に移りつつあります。次は、アーリーマジョリティに広げなければなりません。しかし、ムーアが指摘しているように、戦略を変えねばなりません。というより、今までの戦略と並行して、アーリーマジョリティ向けの戦略を始めなければならないということです。

 このために行うのは、今までやっていることの拡充です。例えば、インターネットや書籍や『学び合い』の会です。ただ、今まで以上に、多様な人と繋がって、その力を活用することです。もう一つは、小規模校向けの週一『学び合い』をテコに、裾野を広げなければなりません。そして私の足下の西川ゼミとしては、地元学校との関わり方を直接関わるばかりではなく、上越地区の組織を支援する体制を整えたいと思います。

 ということで今も、チョコチョコ動いています。

motoryoumotoryou2012/01/01 10:33被災地の学校は、これからが(も)いままでになかったことに向き合うことになると思います。それを乗り越えるのは、やはり「学び合い」の考えかたなのではと思います。

jun24kawajun24kawa2012/01/01 15:28私もそう思います。