西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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11/12/30(金)

[]妄想(校長) 16:24 妄想(校長) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想(校長) - 西川純のメモ 妄想(校長) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年、年末、年始に妄想します。まずは校長です。

 組織ですが、校長と教職員と事務職員の3種です。教頭は置きません。その代わりに教育法規に関わる試験(現在の教頭試験に対応するもの)を通った専門の事務職員を置きます。教員が現在書いている書類の多くは、事務職員が担当します。教員の数を一人減らしても、その種の書類を書くことに特化した事務職員を置くことの方が効率がよいと思います。

 教員生活を続けていくうちに校長になるわけではなく、あくまでも職種は別です。もちろん、教員経験者がなる場合もありますが、あくまでも管理職としての資格をもった人がなります。事務職出身者が校長になる場合も当然あります。その場合も、管理職としての資質をもった人がなります。ただし、事務職との「わたり」はありません。校長になったらば、基本的に校長として退職まで勤めます。校長としての資質が無いと判断された場合は、事務職や教員になりますが、それは降格と位置づけられます。教職員や事務職員とは別の資格を持った人が、事務職や教職員の実務経験の後に、おおよそ40代で校長になり、一つの学校での任期は5年程度です。小さい学校の場合は、複数学校の兼務もあり得ます。(現在の「良い教員が良い校長になる」というモデルは4、5人程度の部下を管理するのには可能ですが、それ以上であれば不適切だと思います。数十人を管理するときに必要なのは、部下がやっている仕事を熟知していることとは違います。)

 校長には大きな権限を与え、その代わり厳しい評価を課します。それでもなり手がいるような給与を与えます。

法的には校長には現在も大きな権限がありますが、実際は教育委員会等からの細かい「ご指導」を受け、「承諾」を受けなければなりません。そして、そのご指導や承諾は厳密な意味での法的な裏付けはありません。そのため、誰もその責任をとらなくても良いことになっています。「こうしたらいいのでは?」という示唆をしている形になっていますが、それに従わなければならないのが実態です。教育委員会等はあくまで示唆を与えただけですので責任を問われません。また、その示唆に従った横並び一線の校長群がいるのですから、個人として責任を負う校長は誰もいないのです。

 そのため、教育法規で明文化されていることに従っているならば、あとは校長の判断で出来るようにすれば良いと思います。ただし、明確な評価をします。現在の教育行政は「なにをやったか」ということを評価し、最終的な結果を評価しません。だから、いくらでも逃げ道があります。そこで、最終的な結果を評価すべきだと思います。

 第一に学力ですが、それは指導要領に従った標準試験を学期ごとにやります。(ドイツのアビチュアやフランスのバカロレアの拡大版です)。それが子どもの学力成績になります。もちろん、学校ごとにテストをして学力成績を出すことは妨げませんが、公的な学力成績は上記のものです。これは指導要領の縛りを付けられた学校(私立も)は全て受けなければなりません。なお、学校が学力以外の興味関心に関わる通知表を出すことを妨げるものではありません。校長の評価の第一は、この学力成績です。

 ただし、評価の観点は平均値だけはありません。それ以上に分散も評価対象です。そして、一定レベル以下の子どもの割合です。というのは平均値を上げるだけならば、約3、4割程度子どもを見捨てて受験勉強をさせることで上げることが出来ます。しかし、指導要領で求められているのは国民全員が達成すべきものです。なお、これは過去5年間ぐらいの成績を平均したものとの比較で評価されます。

 評価観点の第二は、学校に対する満足度です。具体的には遅刻・欠席率です。Q-Uテストでも良いのですが、あれは、それように指導すれば、それなりの結果を出すことが出来ます。

 評価観点の第三は、外部予算の獲得量です。なお、助成等のお金ばかりではなく、ボランティアとして参加してくれば保護者の数やのべ時間が評価の対象です。企画力のない校長や、保護者への説明責任を果たしていない校長は無理でしょうね。

 人事に対しても大きな権限を与えます。教職員は最低3年間は一つの学校にいます。そして4~6年間は本人の希望により異動できます。校長は不的確教員であると判断した場合、3年以内であっても教育委員会に申し立てることによって他校に異動させることが出来ます。そして、そのような異動が3人の校長からあった場合は、分限の対象となります。逆に、4~6年での本人の希望による異動の時、異動理由として「校長が不的確」という理由を付ける権利を教員に与えます。これは校長の評価の第四になります。なお、教員本人の希望と異動先の校長の同意があれば特定の学校への異動は可能となります。

 以上の評価の結果は公開され、第三者機関が判断し、評価が低い場合、降格もしくは分限の処分を与えます。

 さて、いかがでしょうか?やりがいがある一方、恐ろしいですよね。ごく普通にしていれば教職員として事務職員として定年までいけます。が、校長となると評価が公開されるのです。なりたい人はそれほど多くはいないですよね。でも、校長とは本来、以上のような仕事だと私は思うのです。では、給与はいかほどが適切でしょうか?それはポストの数が100だとして、資格を持った応募者が約100人となる金額が適切な給与なのです。(管理職のなり手がない、というニュースが流れていますよね。あれば、与えられた権限が小さく、評価は厳しく、給与はそれほどでもない、ということだと言うことです。)

o4dao4da2011/12/31 14:41一人も見捨てずに、最後の日まで人から必要とされる人生を送ろう」というものは素敵ですね。

とっても素敵ですね。先日植松努さんという北海道でロケットの部品を作ってナサから受注が来るようになった町工場の方の話を聞きました。ここ数年の話らしいです。

挫折をのりこえながらも、夢はかなう!いっぽでも進めていくことの意義を体感しました。先生がぐんぐん進めていることが希望になります。わくわくしますね。

jun24kawajun24kawa2012/01/01 08:04みんなでやれば、凄いことが出来る。逆に、みんなでやれなければ、首相だってやれることは限られている。