西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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11/12/31(土)

[]来年 17:57 来年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 来年 - 西川純のメモ 来年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来年はどんな年になるのだろう。自分が望むほどではなく、自分が恐れるほどではない年になるだろうと思います。でも、多くの人に支えられて過ごせた今年と同様に、来年も多くの人に支えられたいと思います。

 良いお年をお迎え下さい。

[]計算 17:16 計算 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 計算 - 西川純のメモ 計算 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、息子を完全教え込みのスパルタ式で算数を教えています。『学び合い』でやればいいことは分かっているのですが、子どもが一人では不可能ですから。教えながら、気が滅入ってしまいます。

 息子の手前、算数は大事だぞと言っているのですが、どう考えても無意味な作業にすぎないものが多すぎます。最たるものは筆算です。筆算に費やす時間をもっと大事な時間に費やせばいいのにと思います。

 男子14人の平均身長が140cmで女子16人の平均身長が135cmだとしたらクラスの平均身長はいくらかで、121cmという答えを出して変だと思いません。細かい計算より、問題をイメージさせたり、概数で答えさせるトレーニングする方がもっと本質的だと思うのです。

 例えば、「この問題を絵で描きましょう」とか「おおよそどれぐらいだと思いますか?」のような問題を与えた方が実り多い。

 現代日本人で、今年1年間の中で3桁のかけ算や割り算を筆算した人がどれほどいるでしょう?殆どいません!息子に関わることなので、ムカムカします。

11/12/30(金)

[]今から十年前、今から十年後 17:46 今から十年前、今から十年後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今から十年前、今から十年後 - 西川純のメモ 今から十年前、今から十年後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

今から10年前の「学び合いの仕組みと不思議」(東洋館)で以下のように書きました。

『本書、及び前著において、クラス内で学び合わせる方法とその意味を述べた。しかし、同じ学年の40人の子どもたちだけの学び合いには限界がある。やはり教師が全面に出なければならない場面も多い。筆者としては、出来るだけ子どもを全面に出したい。そのための鍵と感じ、現在研究しつつあるのは「異学年」の学び合いである。優れた部における先輩・後輩の学び合いを、教科活動の中に取り入れたいと考えている(即ち、学び合う学校)。

 この異学年の学びは、言葉としては受け入れやすいが、教科学習の中に異学年を取り入れることをイメージする事は難しいだろう。一人の教師が、同時に二つの内容(例えば5年生の内容と、6年生の内容)を語ることは出来ない。したがって、一人の教師が40人の子どもを教える図式で解釈すれば、教科学習の異学年は不可能になる。しかし、子どもたちが学び合うことを基本におくならば可能である。この学び合いを想像できる方も、異学年=お兄さん、お姉さん/弟、妹の図式で考えがちである。しかし、実際は学年の差はありつつも、固定的な教える/教えられる関係は無くなる。例えば、職員室での関係を思い出して欲しい。先輩教師や後輩教師との関係は固定的ではない。最初は、それなりに堅いものであっても、しばらくすると馬鹿話もするようになる。先輩教師をそれなりに立てつつも、からかったり、遊んだりするようになる。教え方、校務分掌にしても、はじめは教えられる一方だった後輩教師が、逆に、先輩教師に教えるようになる。つまり、雰囲気のいい職員室、それが、学び合いが成立した異学年の姿である。この姿は現在実践研究を進めている段階である。

 さらに、異学年にとどまらない。学校同士がネットワークで結びついた学び合い(即ち、学び合う学校群)、学校外の一般社会と結びついた学び合い(即ち、学び合う社会)を模索している。それによって、社会みんなが救われるのではと考えているが、こうなると宗教に近くなってしまう。筆者の研究室所属のゼミ生には「最終的には「学び合う宇宙」までいけたらいいな」といって、ほら話を締めくくることにしている。

 あなたの前にいる子どもたちを全て救うことが出来る。それも簡単な方法で。こんな夢を一緒に共有しませんか?』

 10年前は理論的そうなるだろう、というレベルでした。が、今は「学び合う社会」の雛形は数年のうちに実現できるところまで来た。我ながら本当に驚いた。

 25年前に大学教師になった。その頃は、高校教師だった時、救いきれなかった子どもの姿を必死に忘れようと思い、とりつかれたように研究し、論文を書きまくった。大学院の同級生からは、どの学会誌を見ても「おまえの論文がある」と言われた。多くの学会から賞を頂いた。達成感もあった。が、自分のやっている研究は研究としては正しいが、自分の心の中にある教師の心に響かなかった。

 平成8年度から意を決した。それまで部分的にやっていた子どもの姿を徹底的に見るという研究にシフトした。その中で『学び合い』を形成し、洗練し、発展させた。みずからの『学び合い』を陳腐化し、新たな『学び合い』に脱皮させた。が、その方向性は当初から全く一致している。なぜ、凡夫たる私がそれを分かったんだろう、と思う。でも、当たり前だと思う。私が創り上げたのではなく、そこにあったから。じゃあ、あと十年でどんな「そこにある」ものを見いだせるのだろう。

きっと、あと十年たてば分かるのだろうな。


[]妄想(校長) 16:24 妄想(校長) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想(校長) - 西川純のメモ 妄想(校長) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年、年末、年始に妄想します。まずは校長です。

 組織ですが、校長と教職員と事務職員の3種です。教頭は置きません。その代わりに教育法規に関わる試験(現在の教頭試験に対応するもの)を通った専門の事務職員を置きます。教員が現在書いている書類の多くは、事務職員が担当します。教員の数を一人減らしても、その種の書類を書くことに特化した事務職員を置くことの方が効率がよいと思います。

 教員生活を続けていくうちに校長になるわけではなく、あくまでも職種は別です。もちろん、教員経験者がなる場合もありますが、あくまでも管理職としての資格をもった人がなります。事務職出身者が校長になる場合も当然あります。その場合も、管理職としての資質をもった人がなります。ただし、事務職との「わたり」はありません。校長になったらば、基本的に校長として退職まで勤めます。校長としての資質が無いと判断された場合は、事務職や教員になりますが、それは降格と位置づけられます。教職員や事務職員とは別の資格を持った人が、事務職や教職員の実務経験の後に、おおよそ40代で校長になり、一つの学校での任期は5年程度です。小さい学校の場合は、複数学校の兼務もあり得ます。(現在の「良い教員が良い校長になる」というモデルは4、5人程度の部下を管理するのには可能ですが、それ以上であれば不適切だと思います。数十人を管理するときに必要なのは、部下がやっている仕事を熟知していることとは違います。)

 校長には大きな権限を与え、その代わり厳しい評価を課します。それでもなり手がいるような給与を与えます。

法的には校長には現在も大きな権限がありますが、実際は教育委員会等からの細かい「ご指導」を受け、「承諾」を受けなければなりません。そして、そのご指導や承諾は厳密な意味での法的な裏付けはありません。そのため、誰もその責任をとらなくても良いことになっています。「こうしたらいいのでは?」という示唆をしている形になっていますが、それに従わなければならないのが実態です。教育委員会等はあくまで示唆を与えただけですので責任を問われません。また、その示唆に従った横並び一線の校長群がいるのですから、個人として責任を負う校長は誰もいないのです。

 そのため、教育法規で明文化されていることに従っているならば、あとは校長の判断で出来るようにすれば良いと思います。ただし、明確な評価をします。現在の教育行政は「なにをやったか」ということを評価し、最終的な結果を評価しません。だから、いくらでも逃げ道があります。そこで、最終的な結果を評価すべきだと思います。

 第一に学力ですが、それは指導要領に従った標準試験を学期ごとにやります。(ドイツのアビチュアやフランスのバカロレアの拡大版です)。それが子どもの学力成績になります。もちろん、学校ごとにテストをして学力成績を出すことは妨げませんが、公的な学力成績は上記のものです。これは指導要領の縛りを付けられた学校(私立も)は全て受けなければなりません。なお、学校が学力以外の興味関心に関わる通知表を出すことを妨げるものではありません。校長の評価の第一は、この学力成績です。

 ただし、評価の観点は平均値だけはありません。それ以上に分散も評価対象です。そして、一定レベル以下の子どもの割合です。というのは平均値を上げるだけならば、約3、4割程度子どもを見捨てて受験勉強をさせることで上げることが出来ます。しかし、指導要領で求められているのは国民全員が達成すべきものです。なお、これは過去5年間ぐらいの成績を平均したものとの比較で評価されます。

 評価観点の第二は、学校に対する満足度です。具体的には遅刻・欠席率です。Q-Uテストでも良いのですが、あれは、それように指導すれば、それなりの結果を出すことが出来ます。

 評価観点の第三は、外部予算の獲得量です。なお、助成等のお金ばかりではなく、ボランティアとして参加してくれば保護者の数やのべ時間が評価の対象です。企画力のない校長や、保護者への説明責任を果たしていない校長は無理でしょうね。

 人事に対しても大きな権限を与えます。教職員は最低3年間は一つの学校にいます。そして4~6年間は本人の希望により異動できます。校長は不的確教員であると判断した場合、3年以内であっても教育委員会に申し立てることによって他校に異動させることが出来ます。そして、そのような異動が3人の校長からあった場合は、分限の対象となります。逆に、4~6年での本人の希望による異動の時、異動理由として「校長が不的確」という理由を付ける権利を教員に与えます。これは校長の評価の第四になります。なお、教員本人の希望と異動先の校長の同意があれば特定の学校への異動は可能となります。

 以上の評価の結果は公開され、第三者機関が判断し、評価が低い場合、降格もしくは分限の処分を与えます。

 さて、いかがでしょうか?やりがいがある一方、恐ろしいですよね。ごく普通にしていれば教職員として事務職員として定年までいけます。が、校長となると評価が公開されるのです。なりたい人はそれほど多くはいないですよね。でも、校長とは本来、以上のような仕事だと私は思うのです。では、給与はいかほどが適切でしょうか?それはポストの数が100だとして、資格を持った応募者が約100人となる金額が適切な給与なのです。(管理職のなり手がない、というニュースが流れていますよね。あれば、与えられた権限が小さく、評価は厳しく、給与はそれほどでもない、ということだと言うことです。)

[]妄想(教育内容) 16:24 妄想(教育内容) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想(教育内容) - 西川純のメモ 妄想(教育内容) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校で教えていることが大事なことではない、ということは大人も、実は教師も知っているのです(そのことを明らかにした実証的な学術論文を書きました)。ところが、「これは必要だ!」と言うのは容易いのですが、「これは不要だ」という判断するルールがないのです。だから、問題が起こる度にお役所のマニュアルは厚くなり、必要な書類は多くなってしまします。

 では、どうするか?一つの案です。日本人の多くは高校を卒業します。そこで、高校卒業後10年後(つまり28歳)の成人をランダムに選び、その成人に小中高で学んだことをテストするのです。学校教育の目的は学を究めることではありません。大人にすることです。もし、大人として生きるに必要なものだったら10年後も残っているはずです。残っていないとしたら、その程度のものだと言うことです。

 そこで正答率が2割以上のものを選び出します。おそらく、現在、高校までに学んでいることの半分にも満たないものだと思います。それを義務教育での教育内容とします。それ以外のものは高校以上とします。そして高校では普通科高校は廃止し、特定の仕事に特化したキャリア教育をします。それぞれに必要な知識を深めるのです。(私は古典は現代語で読めれば良くて、「ありおりはべり」を理解する必要性のある日本人は殆どいないと確信しています。また、時間を含めた4次元の波動をイメージすることが必要な物理を、物理以外の理系学生が絶対に理解すべきとは思えないのです。)

 以前のメモ(http://bit.ly/sezACJ)に書いたように、 そもそも大人になって幸せになれるか否かを定めるのは何でしょうか?私は基本的には「就職」、「結婚」、「子育て」だと確信しています(http://j.mp/iwSVLY)。もちろん、人によっては「結婚」以外の永続的な関係を結ぶ場合もありますし、「子育て」は子ども以外に次世代に何かを残すという場合もあります。しかし、多くの人は、ごく普通の「結婚」、「子育て」だと思います。

 では、現状の学校で上記をやっているでしょうか?私は殆どやっていないと思います。例えば、「就職」に関しても、イベント的なキャリア教育が、中学3年とか、高校3年の時に行われるにとどまっています。しかし、私はもっと充実すべきだと思います。

 具体的には、小学校中学年以降は、週のうち2日程度は具体的にどこかに就職するのです。それもチームでやります。学び方はかつての徒弟制のように、徐々に、そして時間をかけて集団に入るという形です。(現在、上越教育大学の教職大学院では、それをやっています。)さまざまな職業を経験させながら、そこで必要となる知識をチームで『学び合い』を通して獲得します。

 そのようなチームでは男女を混合します。そして一定のルール(例えば避妊等)の中で、男女の恋愛は「奨励」するのです。(ビックリしないで下さいね)学校は異性とのつきあい方を学び、一生の伴侶を見つける場であると位置づけるのです。そもそも少子化の一つの原因は晩婚化であることは確かです。

 併せて、学校は保育園と連携して子育て経験をもっと増やすべきだと思います。家庭科では料理や裁縫を学びます。でも、料理は電化製品が発達しています。そして現状で裁縫をしている人がどれほどいるでしょうか?外注、つまり買ってすませているのではないでしょうか?しかし、子育てはどこまでも人が関わるものです。

[]妄想(教育方法) 16:24 妄想(教育方法) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想(教育方法) - 西川純のメモ 妄想(教育方法) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下では『学び合い』を前提としています。

 小学校の学級担任制は廃止し、教科担任制とします。ま、文系・理系・実技系程度ぐらいをイメージしています。現在の学級担任制は、親子をモデル化したものだと思います。しかし、教師は親にはなれません。そして、人には相性というものがあります。3人ぐらいの教師がチームになって教育する方が望ましいと思います。(ちなみに、幼稚園や保育園でも、基本的にチームでやっています。小学校の方が変なのです)

 クラスは一緒に勉強する最少単位です。しかし、『学び合い』ですので、学年をも越えた様々な組み合わせで学ぶことが出来ます。あくまでも最少の単位にすぎません。ただし、ホームルームはクラスとは異なり、異学年で構成します(例えば、中学校1年~3年が各十人程度で構成されている。小学校1年~6年が各5人程度で構成されている)。つまり、一人の子どもは多種多様な集団の中で学ぶのです。

 以上のような柔軟なクラス構成をしているので、教職員は年休を取りやすくなります。なお、産休・育休明けだが子育てが忙しい教員の場合、勤務時間は10時~2時という勤務形態もありとします。普通の連絡事項は異学年や全校『学び合い』でやれます。職員会議は二週間に一度、昼休みにやればいいと思います。

 なお、自分が担当しているクラスが3クラスである場合、それをいっぺんに教えるならば担当時間は3分の1になります。これは法規上、何ら問題ありません。校長の権限がしっかりしれば、踏み切れる校長の数は多くなります(http://bit.ly/vt5pZF)。何度も書きましたが、学校で「ゆとり」が必要なのは子どもではなく教師です。

[]未来社会 16:24 未来社会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 未来社会 - 西川純のメモ 未来社会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 さて、妄想3連発(http://bit.ly/vt5pZFhttp://bit.ly/su7Ku9http://bit.ly/uLzp9N)を書きましたが、それは以下を実現させるための布石です。ドラッカーは未来社会をNPO中心に構築しようとしていました。しかし、私は学校を中心に構築しようと思っています。そのためには、それが出来る学校が必要だと思っています。

 社会をイメージするには人口構造が最も基本となるとドラッカーは看破していますが、私もそう思います。現在、「高齢化社会」がネガティブに捉えられていますが、長寿社会が問題なわけありません。富士山型の人口ピラミッドで成り立っていた高度成長はいつまでも続くわけありません。だからその時の時代に回帰するのではなく、釣り鐘型をイメージすべきだと思うのです。

 高齢化社会がネガティブに捉えられていますが、その原因は、高齢者を非生産者に位置づけられて、金食い虫と思われているからです。しかし、日本の退職者で仕事が出来ない状態の人がどれほどいるでしょうか?殆どいないと思います。日本人は「退職後は悠々自適のご隠居さん」を理想とするのではなく、「死ぬ前日までバリバリと働ける」ことを理想とすべきです。死亡の年まで間接税でも納税してもらえるならば、日本はもの凄く豊かな国になります。だって、一人の人に教育で投資した金額が、もの凄く長期間にわたって帰り続けるのですから。

 自営業の人は、それに近い人生を送っています。しかし、公務員や企業人もそういう人生を送るべきです。日本人は教育にお金をかけています。でも、退職教員が日本中にどれほどいるでしょうか?私の家内は子育て中で専業主婦ですが、長らく幼稚園・保育園の教師でした。日本中に保育士の資格を持っている主婦がどれほどいるでしょうか?外国語に堪能な海外勤務経験者の退職者がどれほどいるでしょうか?こんなのは序の口です。財務省にもない膨大な埋蔵金が日本中に死蔵されている。日本には教育を受けた労働力が死蔵されているのです。

 この労働力をどのように活用したらいいか?これは官庁の奥の院で決められません。決めても、殆ど機能しないでしょう。そして、それは市町村役場でも無理でしょう。というのは、そのような労働力は、個性が多様なのです。例えば、「何時から何時の勤務がしたい」なんていうのは序の口です。家から何分でいける範囲内というものもあるでしょう。でも、それ以上に「○○さんといっしょだったらやりたい」というものもあります。そして、○○さんといっしょだったら、○○さんの車に一緒に乗れば勤められる範囲は格段に広がります。若い労働力は、規格の中で働きますが、高齢者はそうはいきません。他人からは「我が儘」と思われるようなことを調整するには、その人を知っている人たちしか出来ないのです。

 私はそれが出来る地域コミュニティを構築したいと願っています。さて、今すんでいるところを思い浮かべて下さい。半径1km県内の人が「自分もやろう」と思う割合と強さが一番高い課題は何でしょうか?私は「我が子、我が孫」のため、つまり学校が最もそれに近いと思っています。

 学校が、まずは保護者を保護者集団にします。ミッションは「我が子」から「子どもたち」にするのです。そして、やがて保護者集団が学校に所属観を持ち、「息子の学校」から「自分たちの学校」となります。そして、『学び合い』の考えによって周りの人に声をかけ、ミッションをより広く、より多く、より多様な人を巻き込めるようなミッションにするのです。具体的には「一人も見捨てずに、最後の日まで人から必要とされる人生を送ろう」というものは素敵ですね。

 先に長々挙げた学校の条件が成り立てば、校長は大きな権限を持ちます。職員にはゆとりが生まれます。子どもたちという労働力があるのです。そして、学校という施設があります。校長は学校の管理者であると同時に、地域コミュニティの起業家になるのです。教職員や事務職員はコーディネーターになります。健康管理の資格を持つような職員が生まれ、地域の健康管理の仕事をするかも知れません。このような地域の中の『学び合い』の中で、学校の『学び合い』の中で子どもは成長し、大人になります。そして、保護者も『学び合い』を経験します。

 現在、どんどん過疎化が進んでいます。しかし、どんな過疎地にも凄い価値がある資源があります。それは親であり親戚であり、友なのです。その価値の大きさは教員養成系大学の教師である私は実感しています。学生さん達は、なによりも地元で働きたいと願っています。

 もし、自転車で10分以内に、何でも相談できる人が100人いたらどれほど素晴らしいでしょう。学校の空き教室で定期的に持ち込みパーティが開かれます。お金がかからず、そして楽しい。子どもを安価で安心して預けられる環境がそろっているならば、共稼ぎが可能となります。安価で高質な高齢労働者は、若年労働者に負けない市場を開拓できると思います。海外に工場を建てる必要はなくなるかも知れません。あ~、妄想は続きます。多くの人が多様なアイディアを出し、一人一人の「我が儘」を「おりあい」を付ければ、どれほどのことが出来るでしょう。

 私の考えるパラダイスは、生まれた時に数百人に祝福され、死ぬ時に数百人に見送られる、それが一人の例外のない社会です。私はそれのキーは学校だと信じています。それの具体化の道筋を数年以内に達成したいと「妄想」しています。

 客観的には妄想ですが、私にはリアルに想像できる。第一に、上記の十分の1でも実現できるならば、現状よりはかなり「まし」であることは120%確信しています。

o4dao4da2011/12/31 14:41一人も見捨てずに、最後の日まで人から必要とされる人生を送ろう」というものは素敵ですね。

とっても素敵ですね。先日植松努さんという北海道でロケットの部品を作ってナサから受注が来るようになった町工場の方の話を聞きました。ここ数年の話らしいです。

挫折をのりこえながらも、夢はかなう!いっぽでも進めていくことの意義を体感しました。先生がぐんぐん進めていることが希望になります。わくわくしますね。

jun24kawajun24kawa2012/01/01 08:04みんなでやれば、凄いことが出来る。逆に、みんなでやれなければ、首相だってやれることは限られている。

11/12/29(木)

[]講演依頼 14:31 講演依頼 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演依頼 - 西川純のメモ 講演依頼 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先月ぐらいから来年度の講演依頼が入り始めました。中には再来年度の講演依頼があります。鬼が笑い死になりそうです。

11/12/28(水)

[]議論 08:30 議論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論 - 西川純のメモ 議論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はツイッターが好きです。2チャンネル的な会話にならず、議論が議論として成り立つからです。が、それが出来ない人もいます。論点がどんどん飛ぶのです。おそらく、議論は積み上げると言うことを分かっていない方なのだと思います。議論は勝ち負けではありません。自分の至らない点があれば修正し、新たな知見があれば学べばいい。そして、最終的に一致しなくても良いのです。前提が違うならば、結論は違うのは当然です。しかし、どのような前提の違いがあるかを確認するのかは、自らの立場を理解するには益が大きい。

 おそらく、何らかの理由で教師・教育に対するトラウマがあるのかも知れません。そして、『学び合い』が嫌いなのだと思います。論理的な議論は積み上げることが出来ます。しかし、好き・嫌いには論理はありません。

 朝までレスがないので、ブロックをしました。今までに、十人もいませんが。私のツイートは不快以外の何ものではないでしょうから。

 具体的なツイートは以下の通りです。なお、連続ツイートは繋げております。

私 新聞によれば、5年以上同じ職場で働いた場合は無期限雇用にするようになるらしい。これって教員の臨時採用者にも当てはめて欲しいな。実は学校はパート雇用者に過重な負担を強いて、それでいて採用していない。臨時採用者であっても、教育委員会が教壇に立たせると判断したならば、教えられる人と判断しはず。なれば、採用試験は免除すべきだと思う。少なくともテスト風の試験は免除し、小論文・面接のみにした方が良い。それによって臨時採用の期間に受験勉強そしなくていい。子どものためにもなる。

Aさん それだと教育委員会の都合の良い採用ができてしまいますからダメですRT“@jun24kawa: 臨時採用者であっても、教育委員会が教壇に立たせると判断したならば、教えられる人と判断しはず。なれば、採用試験は免除すべきだと思う。少なくともテスト風の試験は免除し、小論文・面接のみにし

私 レス有り難うございます。ご指摘の趣旨をもう少しお教え下さい。私としては、使い捨てをやめさせようと思っています。方策に抜けがあれば、お教え下さい。

Aさん 少子化で教員席も椅子取りゲームなのだから、席を温めてるだけの教員と、性犯罪者予備軍のような教員を能力のある人で置き換えられる事が大切。身内でなく第三者の評価が必要。また5年の根拠がわからない

私 なるほど。ご主旨はよく分かりました。不的確な教員は分限処分すべきでしょう。今のところ教員を適切に評価できる第三者機関がありません。もし、評価を行うとしたならば、子どもや保護者が適切ではないでしょうか?ユーザーなのですから。ただし、5年以上の評価の結果を基にしないとまずいでしょうが。まず子供や保護者は第三者ではない当事者。内申点がある限り公正な評価は不可能。いじめがなくならないのも関係者でかばい合うから。固定されない第三者の目にさらされないと。私 では、可能な第三者機関としてはどのようなものでしょうか?お教え下さい。

Aさん 機関をわざわざ作らなくても子供の成績・進路・作品に対する評価がその担当教員の評価になるでしょう。教員の評価は次の段階の教育機関や就職する企業のレベルで学校内で行えばいい。それができる学校が生き残る。

私 了解しました。では、今とどこが違うのでしょうか?それに分からないのは、「教員の評価は・・・・学校内で行えばいい」とあります。しかし、身内をかばう体質だとおっしゃいましたよね?

Aさん 担当する学生の進学率、就職率はその教員の評価その情報を世間に開示するだけ。出せない学校=評価に値しない学校 評価されたい学校は教員を評価するしかない。RT @jun24kawa:@Aさん それに分からないのは、「教員の評価は・・・・学校内で行えばいい」と。というかこの記事→ashida.info/blog/2011/02/p… のご本人ですか。記事読み返した方が良いかもしれないですよ。

私 だから、どうやって評価するのですか?そのあたりをお教え下さい。今とどこをかえればいいかという点です。

Aさん 担当する学生の進学率、就職率はその教員の評価その情報を世間に開示するだけ。出せない学校=評価に値しない学校 評価されたい学校は教員を評価するしかない。RT @jun24kawa:@Aさん それに分からないのは、「教員の評価は・・・・学校内で行えばいい」と

私 移動中だったのでレス遅れました。お詫びします。意図、理解しました。つまり情報開示がポイントと言うことですね。しかし、一つ伺いたいのですが、進学率・就職率は学校の評価にはなりますが、もともとの発端である、力量不足の教員個人の評価には繋がらないと思いますが?いかがですか?

Aさん 逆、能力のある人を評価し厚遇することが大切。力量不足で評価されない事が評価。

私 え?もともとの議論は、力量不足の教師を分限にして、席を与えるということではなかったでしょうか?もともとのツイートは以下の通りです。 RT: 少子化で教員席も椅子取りゲームなのだから、席を温めてるだけの教員と、性犯罪者予備軍のような教員を能力のある人で置き換えられる事が大切。身内でなく第三者の評価が必要。議論を拡散せずにしましょう。もともとのツイートに戻って、情報開示の意味をお教え下さい。私が分からないのは進学率、就職率の開示と、能力不足教員の席を有能な教員に与えるのにどのようにリンクさせるかです。

Aさん 結果を残せない=評価されない事が評価 つまり能力不足

私  なるほど、では伺います。進学率、就職率を個人の評価にする方法はどこにあるのでしょうか?先ほど申しましたように、それらは学校評価にはなりますが、個人評価にはなりません。席を与える、つまり、一人の人間を分限にするとなると、訴訟に勝てるだけの根拠がなければなりません。就職率、進学率と個人の能力と結びつけるのはかなり困難だと思います。

Aさん ashida.info/blog/2011/12/p… 追再試と落伍者をどう考えるか ― 追試の慢性化は、いかに教員と授業を腐敗させるのか 2011年12月08日 これを読んで感じるものはないですか?

私 レス有り難うございます。一般的に言って、小中で追再試験はないですよね。卒業できない人もいません。私が高校で教えた子どもの中には、3年間で通学した日が3日間という人もいました。高校でも追再試験は一般的ではありません。したがって、評価の方法には使えません。

Aさん 3日しか来なかったってことがあなたに対する学生の評価じゃないか。RT@jun24kawa: @Aさん レス有り難うございます。一般的に言って、小中で追再試験はないですよね。卒業できない人もいません。私が高校で教えた子どもの中には、3年間で通学した日が3日間という

私 でも、それが個人の責任だと、どのように説明できるのですか?

Aさん 責任とかそういうのじゃなくてその学生が学校に通いたくなる授業があなたも他の教員もできなかったそれだけ。という評価。RT @jun24kawa: @Aさんでも、それが個人の責任だと、どのように説明できるのですか?

私 おそらく私のツイートはAさんを不快にさせているのだと思います。すみません。ただ、私は議論によって学びたいと思っているだけのことです。私のツイートにレスいただきました。その指摘は、問題教師を退職させねば問題を解決できないとの指摘です。私としては、現状の問題教師とされている教師の大部分は、現状の職場環境の中で問題教師にならされている人だと思います。しかし、本当に「席を温めてるだけの教員と、性犯罪者予備軍のような教員」を分限にすることに関しては賛成です。が、方法は難しいと思いました。私は子ども、保護者を評価者にすることを提案しました。しかし、子どもや保護者は内申書があるので評価者にはなりえないし、学校は身内を守るだろうから、第三者の評価が必要とのご提案がありました。私は第三者の評価はかなり難しいと思っています。

というこは、第三者の評価は、当事者の評価をもとにしなければなりません。そうでなければ、司法機関並みの捜査能力が必要とされます。 次に、就職率、進学率が提案されましたが、学校評価としては成り立つかも知れませんが、個人の評価にはなりません。個人の分限に関わる評価の場合、その評価の妥当性を訴訟でも耐え得るものでなければなりません。かなり難しいと思います。次に、追試験等を揚げられていますが、学校では必ずしも一般的でありません。これを進めて欧州でやられているような資格試験を、我が国の小中高にも拡大するならば、可能性があります。しかし、大がかりな第三者機関の設置を必要とします。しかし、それが成り立ったとしても、教科の指導能力は測れるかも知れませんが、それも中々難しい。第一に、子どもの能力は教師の能力ばかりではなく、家庭環境の要因が関わります。 第二に、計れるの教科に関する指導能力です。例えば、教科の指導力はあるけど、セクハラまがいの行為をしているか否かは測定できません。では、私はどう思うか。Aさんが最初の前提としている保護者や子どもの評価を大事にすべきだと思っているのですAさんは内申書のことを気にしてられますが、これがそれほど重大でしょうか?小中高大の受験で、内申書が重視されている地域って今時ありますか?特に私立などは。内申書は不正確で恣意的であることはあまねく知れ渡っています。推薦入試を狙っている人もいるかも知れませんが、内申書がよければ合格という学校は、その程度の学校ですよね。実は、低レベルの教師は内申書で脅すかも知れませんが、実態は殆ど意味ありません。ということを子どもや保護者に知らせればいいのです。その上で教師評価に使えばよろしいのではないかと思います。もちろんパーフェクトとは思いません、しかし、進学率、就職率、追試験よりは「まし」だと思います。特に、個々の事例を記名式で自由記述させ特定の第三者機関で集計するのです。その事例がたまれば訴訟にも耐えられます。内申書が問題ならば、卒業生及び保護者にアンケートするのも次善の策と思っています。もちろん、それ以上の案があるともいます。そのことを学びたいので議論を積み上げている次第です。Aさんの情報を明らかにすると言う点は同感です。ただ、子どもや保護者の情報を利用すべきだと私は思うのです。それが難しいならば、それを成り立たせるような方策を考えた方が良いのでは、と思っています。

Aさん ここまでしないと今の教員は自己研鑽しないものなんですかね?思ってる以上に深刻そうです。

私 いえいえ、大多数の教師は善人で真面目で、そして苦しんでいます。例えば、『学び合い』に反対する先生も熱意ある教師であることを知っています。そして、現状の教育でも8割程度の子どもは、そこそこ学び、そこそこ幸せです。しかし、私が拘っているのは悲惨な状態にいる2割の子です。そして、その2割の子を見捨ている8割の子どもです。でも、誰も悪いわけではありません。今、200人の一人の教師が心の病で休職しています。というころは、その数十倍はその予備軍です。Aさんの職業が何か分かりませんが、かなり悲惨な職場ですよね。子どもも教師もきついのです。日本の教師は健全です。一生懸命にやっています。ただ方向性が誤っていると思っています。社会は教師に聖職であれ、スーパーマンであれと求めています。でも、無理です。だから、普通の教師が自分の家庭を犠牲にせず、かつ、全ての子どもを犠牲にしない教育を求めています。私は、それを実現するには、一人の教師が全てを背負うのではなく、みんなで背負うしかないと思っている次第です。だから、普通の教師が自分の家庭を犠牲にせず、かつ、全ての子どもを犠牲にしない教育を求めています。私は、それを実現するには、一人の教師が全てを背負うのではなく、みんなで背負うしかないと思っている次第です。だから、Aさんが提案し、私も同意する問題教師の排除は必要ですが、今の教師を救う道を模索したいと思います。教師にゆとりを与えた場合、安逸に走る人もいます。しかし、大多数の教師は違うと思います。少なくとも、ゆとりのない教師には良い教育は出来ないことは確かだと思います。『学び合い』に対して、色々言われていることは良く承知しております。でも、言葉ではなく、実際の教室をご覧いただければと思います。その上で、反対される方がいても当然と思います。でも、一見の価値はありますよ。神戸にも優れた実践者がいます。ま、お忙しいので、難しいと思いますが。でも、時間が出来た時、ご一報いただければご紹介いたします。長々と一方的にツイートしたこと、お詫びします。もうしばらくすると、息子の風呂入れと、添い寝をします。添い寝のつもりが、爆睡になることが多いので、とりあえずツイートしました。

Aさん 人の意見を聞いて議論してもあくまで学び合いという方法に固執するのは柔軟性がないRT @jun24kawa:@Aさん いえいえ、大多数の教師は善人で真面目で、そして苦しんでいます。例えば、『学び合い』に反対する先生も熱意ある教師であることを知っています。教師が見捨ててるのを子供は敏感に感じる。RT @jun24kawa:@Aさん そして、現状の教育でも8割程度の子どもは、そこそこ学び、そこそこ幸せです。しかし、私が拘っている…そして、その2割の子を見捨ている8割の子どもです。でも、誰も悪いわけではありません。一生懸命に他人からの見た目を気にするのことが教師の仕事ではない。RT@jun24kawa: @Aさん 日本の教師は健全です。一生懸命にやっています。ただ方向性が誤っていると思っています。社会は教師に聖職であれ、スーパーマンであれと求めています。でも、無理です。

私 はい、一応、それを基本として議論しておりますので。それで議論をして、それで問題があれば修正したいと思います。議論とは、一定の前提で議論を積み上げるものですから。それはご容赦下さい。

Aさん いやあなたは聞き入れる気はないはず。RT @jun24kawa: @Aさん はい、一応、それを基本として議論しておりますので。それで議論をして、それで問題があれば修正したいと思います。議論とは、一定の前提で議論を積み上げるものですから。それはご容赦下さい。

私 いえいえ、私は研究者です。正しいものは取り入れます。しかし、それにはちゃんとした議論に基づいてです。そして、実証データに基づいてです。例えば、5年前の『学び合い』は現在、従来指導型『学び合い』と言って、否定的に捉えています。「自らの製品、サービス、プロセスを自ら陳腐化させることが、誰かに陳腐化させられることを防ぐ唯一の方法である。」私が好きなドラッカーの言葉です。どんな素晴らしいものも、固執した瞬間に緩慢に陳腐化しますから。神戸以外でも結構ですよ。すみません。添い寝に入ります。

Aさんからのレスは翌日までありませんでした。

[]議論2 08:30 議論2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論2 - 西川純のメモ 議論2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ついでに書きます。ある方とツイッターで議論しました。しかし、その表現が荒いのです。まるで私が高校で教えた暴走族と話しているような気がします。(が、他の方から直に合うと実に紳士的であり、ツイッター上でのスタイルだと伺いました)

 議論の内容は、本当に「分かる」ということを評価できるか?という点です。議論しても、論点があちらに行ったり、こちらに行ったりしているのです。そこで食い下がって議論しました。というのは相手は研究者なので、この手の議論は可能と思ったからです。最終的に、自分の専門の学問だったら、本当に「分かる」評価問題は出来るとおっしゃいました。

 私は、唖然として笑い出しました。

 多くの人はご存じないかも知れませんが、私のもともとの専門は理科教育学です。そこで博士の学位を取り、博士指導の資格を得て、多くの人に博士の学位を与えました。日本で数少ない、日本理科教育学会から学会賞を頂いた一人です。その他、多くの学会から賞を頂いております。日本理科教育学会の学会誌編集委員長でもあります。

 しかし、その私でさえ、「自分ならば理科教育学が本当に分かっているか否かの評価問題が書ける」と、インターネット上に表明することは絶対にしません。そんなことすれば、学会での物笑いになることは当然です。「西川さん、ついに脳軟化症になったか」と言われるのが落ちです。

 例えば、数学だってそうです。どんな数学者であっても「自分ならば解析学が本当に分かっているか否かの評価問題を書ける」と言ったら笑いものになります。解析学の名著といえば、高木貞治の解析学概論が有名です。しかし、高木先生もそんなことは言わないでしょう。解析学をどのような順序で組み立てるか、どの部分を重視するか、どのような例題を出すかは、著者一人一人の色が出ます。だからこそ、未だに解析学の本は出ますし、その中で高木先生の本は光っています。が、絶対ではありません。

 数学でもそうであるならば、人文科学でそんなこと成り立つわけありません。ということで、その方をブロックし、いかなる議論もいたしておりません。実り無いですから。でも、私個人の場合ですので、他の方が関わることは意味あると思います。全ての人が全ての人に繋がれるなんて幻想です。間接的に繋がればいいのですから。

11/12/27(火)

[]本 21:16 本 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本 - 西川純のメモ 本 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の仲間の本です。お勧めです。もちろん、『学び合い』ということを離れても、様々に使える本です。http://amzn.to/vAkfk4

追伸 話は別ですが、とんたんさんをブログで知っている人は、一度直接会うとビックリしますよ(失礼)。とても、ほんわかした人です。(じゃ、ブログはどうか、という突っ込みはご容赦を。あははは)とんたんさんごめんね。

[]疎開 12:07 疎開 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 疎開 - 西川純のメモ 疎開 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家の片付けで家内は大騒ぎなので、邪魔になる息子と私は研究室に疎開です。

tontan2tontan22011/12/27 21:48本の紹介ありがとうございます。本には「学び合い」の理念が練りこまれています。よかったらお読みください。
 
ネットの怖さは「言葉のニュアンス」が伝わらないということですね。
子どもが小さくてまだ遠くまで出かけることができないのでお会いできている方は少ないですね。
ブログは・・・・ごめんなさい!! でも書きます!!
まあ、こんな人「も」いるのが「学び合い」のよさだと思います!

bunbun-hbunbun-h2011/12/27 22:00ネットの良さは「言葉のニュアンスも伝わる」でもあると思っています。
とんたんさんのニュアンスもよく伝わりますよ。
ネットの、そのよく伝わりようって、おそろしくもあり、また、ありがたくもあり、だと思います。(私も、自戒しながらも、でも、書きます!)

bunbun-hbunbun-h2011/12/27 22:06とんたんさんの、そのよきニュアンスもです。もちろん。

chinjichinji2011/12/27 23:08とんたんさんに会った時の迎え入れてくれる気持ちの温かさと器の大きさは忘れられません。本当に尊敬します。。

mana-mama5mana-mama52011/12/27 23:28その人の言動ではなく、行動を見て、人となりを見極めなさい。その方が見誤ることが少ない。と父から教ええられました。tontan2さんのブログもjun24kawaさんのブログも時にものすごーく過激(笑)で怖い人達・・と思うこともありますが、本気で子どものことを思うからこそ、本の出版ができるし、家族を犠牲にするギリギリの全国行脚もできるのだと思います。西川先生も、ほんわかしたオーラを放っておられました。ほんとに泣いてたし・・・。

jun24kawajun24kawa2011/12/28 08:35我々って、似たもの同士(同志)なのだと思います。

11/12/26(月)

[]群馬の会 22:41 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月28日に高崎で群馬の会があります。お誘いします。http://bit.ly/sKTYlZ

[]アーリーマジョリティ 22:49 アーリーマジョリティ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アーリーマジョリティ - 西川純のメモ アーリーマジョリティ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 分かってもらう手だては、イノベーター・アーリーアダプターとアーリーマジョリティでは違います。アーリーマジョリティに理解されるには、戦略は変えねばなりません。アーリーマジョリティに理解されない限り、「極意」の域を超えることは出来ません。つまり、日本中の多くの子どもを救うことが出来ません。その時の道しるべをドラッカーは以下のように書いています。

『ベンチャービジネスにとり、最大の危機は、製品なりサービスが、何であり、何であるべきか、どのように買われるべきかを、顧客以上に知っているということである。必要なことは、予期せざる成功を機会と見なし、自分たちの専門に対する侮辱とは見ない姿勢である。マーケティングのあの基本原則を受け入れることである。つまり、企業というものは、顧客を改心させることによって対価を得ているのではないということである。顧客を満足させることによって対価を得ているのである。』という言葉が、「イノベーションと企業家精神」(ダイヤモンド社、1985、327-328)という本にあります。

 自分がアーリーマジョリティになってはいけません。しかし、アーリーマジョリティに対する語りを用意しなければならないのです。

 教訓ですが、『学び合い』を求めに来ている人には『学び合い』を伝えることは危険性は少ないですが、そうでない人に伝える場合は、注意が必要です。顧客は、自分が変わることを求めてはいません、自分の必要な製品を欲しているのです。変わることを求めると、拒否反応が起こります。そういう人への我々の最初の一言は、「これこれが出来ます」ではなく「何がお望みですか?」です。

追伸 もちろん、イノベーター向けの言葉も必要です。つまり、方向が一致すれば多様性は強みです。

[]ピンチはチャンス 22:34 ピンチはチャンス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ピンチはチャンス - 西川純のメモ ピンチはチャンス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自分の仕事で大きな変化が起こる時、凡庸な経営者は無視か反対をします。今から二十年ぐらい前にある大手の教科書会社の重役に会いました。若手だった私は、教科書とインターネットを融合する可能性を熱く語りました。が、駄目でした。ようは、それを融合すると今までの前提が崩れてしまうので、それはたいしたことないという論理です。

 私の好きなドラッカーの言葉です。『自らの製品、サービス、プロセスを自ら陳腐化させることが、誰かに陳腐化させられることを防ぐ唯一の方法である。』

 自らの製品の弱さと強みを一番知っているのは当事者です。それを強みとして生かし、みずからがトップリーダーの位置にいるか、「大丈夫、関係ない」と思いこんで負けるか、後者の人が多いのは致し方ないですね。

[]可愛気 22:34 可愛気 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 可愛気 - 西川純のメモ 可愛気 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 谷沢永一の「人間通」という本によれば、人間の最高の資質は可愛気、つまり愛嬌だそうだ。なるほど、と思う。それをもっていると思うのは、三十年弱のボスであるT先生と、我が大学の学長である。いずれも可愛気のある人である。

 どうもまねられないが、その源泉は何かなと思っていました。本日、ふと気づきました。子どものような、人に対する信頼と、子どものような、人に対する無垢な挨拶・礼儀にあると思いました。が、私には出来ません。ですので、谷沢さんが次の資質であると述べている「律儀」を我が行動指針とすることにします。

[]後夜祭 10:57 後夜祭 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 後夜祭 - 西川純のメモ 後夜祭 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 イブ、クリスマス、そして今夜は後夜祭。我が家のクリスマスは3日間です。祝い事は多い方が良い。

bunbun-hbunbun-h2011/12/26 20:03「祝い事は多い方が良い。」
・・・何をおっしゃりたいか、だんだんとわかってきたように思います。
メリー・クリスマス!
あ、後夜祭でしたか、今夜は。(汗)

jun24kawajun24kawa2011/12/26 22:36ようは、○○で○○で酒が飲めるぞ~、酒が、酒が飲めるぞ、酒が飲めるぞ~。です。人生は短い。楽しまねば。

mana-mama5mana-mama52011/12/27 00:27子どものような人、に対する信頼、挨拶、礼儀
子どものような、人に対する信頼、挨拶、礼儀
下段の方です・・よね。学長という器ともなれば上段も難なくこなせるようになるのでしょうね。私にはムリだわ~。

jun24kawajun24kawa2011/12/27 07:28点の打ち方で意味が変わりますね。修正いたします。有り難うございました。

koushinsenjinkoushinsenjin2011/12/28 14:24「何がお望みですか?」と聞いて,「スーパー教師」を求められたら,どうすればよいですか?

jun24kawajun24kawa2011/12/28 17:40お任せあれ、と豪語して下さい。あははは。そして、剣の道で、達人は剣を持たない、とでも語って下さい。

koushinsenjinkoushinsenjin2012/01/03 10:35むむ…。自信を持っているようにするのも大事ということですね。

jun24kawajun24kawa2012/01/03 17:17あははは。レトリック、つまり修辞です。

11/12/25(日)

[]同志 22:37 同志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同志 - 西川純のメモ 同志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自分が一人も見捨てないことを実現するために、自分の出来ることをしているならば同志だと私は勝手に思います。一人も見捨てない、それの意味するものは各人各様で結構だと思います。一人も例外を設けず、それを求めるならば。そして、そのレベルを高め続けるならば。ただし、最も守るべき、家族に迷惑をかけない範囲で。

 我々は凡人です。でも、同じ方向を向けば、凄いことが出来ます。職人は芸術家とは違います。職人は普通のことを毎日続けることが出来ます。私は毎日、普通に出来ることをやっています。

[]切迫感 22:22 切迫感 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 切迫感 - 西川純のメモ 切迫感 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、地獄の苦しみをしている子どもの数は何人いるのだろう。そして、今、それを感じていない、惨めな子どもはどれだけ。

 『学び合い』を否定する人の言葉を読むと、「何かを教える」レベルのコメントが多い。そんなレベルで考えているのではない。

 兄弟がいました。弟は特別支援の必要な子。その子が親にある時、聞いたそうです。「お母さん、お兄ちゃんのところには毎日、友達が遊びに来るけど、僕のところには何故来ないの?」と。書きながら、胸が苦しくなります。

 そのために、焦ります。急ぎます。そして、政治をします。下げたくない頭を下げます。『学び合い』での「おりあい」、それを自分にも課します。

[]クリスマス 11:51 クリスマス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - クリスマス - 西川純のメモ クリスマス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年はサンタさんを信じたクリスマスでした。来年はどうかな?

motoryoumotoryou2011/12/26 21:13地域コミュニティを,とおっしゃるN先生の言葉,この被災地I市にこそだと思います。震災から9か月以上たった,これからの課題となると思います。

jun24kawajun24kawa2011/12/26 22:37それを具体化し、御市にも伝えたいと思っています。

11/12/24(土)

[]保護者 08:32 保護者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 保護者 - 西川純のメモ 保護者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不登校は不幸なことです、少なくともギャングエイジ以降の子どもが同じ年頃の子どもと遊びたいために学校に行きたいと思うよりは。でも、本当に怖いのは「家に帰りたくない」と子どもから言われることです。

 私の教えた高校には鬼畜のような親がいました。その中で必死に生きようとしている子どもがいました。私はそれを救えませんでした。一人ならば、その子を個人的に世話をすることによって救えるかも知れません。しかし、先輩教師からはそれは絶対にするなと教えられました。一人の人間を救うということはもの凄いことで、それをやれば自分の家庭を侵します。我々がまず守らねばならないのは家族であって、教え子ではありません。

 クラスは教師がなんとでもやれます。『学び合い』をやれば出来るでしょう。が、保護者は変えることは出来ません。『学び合い』でも不可能です。これを乗り越えるには学び合う保護者集団を創らねばなりません。が、保護者集団の中に所属しないような保護者だったら。それは学び合う地域コミュニティを創らねばなりません。

[]来年度 08:32 来年度 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 来年度 - 西川純のメモ 来年度 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 実はクラスで起こることを解決すること、それは解決済みだと思っています。そんなこと『学び合い』でやれば、かなり「まし」になることは確実です。いや、そんなことはない、と思われている方も多いでしょう。そして、そのためにどんな手だてやノウハウが必要なのかを探している方もいるでしょう。しかし、それは本質的な解決策ではない。そのような個で問題を解決するようなアプローチでは、一人も見捨てないとことは実現できません。本質的には、集団の中に『学び合い』文化が根付かせること以外に方策はないと思っています。

 だから西川ゼミでは、一人の教師の授業がどうなるかを越えて、学校がどうなるかを考えています。しかし、学校に安定して文化を根付かせるためには、個の学校を越えた学校群の形成が必要です(http://bit.ly/uRc5hl)。それを実現するために、へき地小規模校を切り口に本年度は行いました(http://bit.ly/tnVUVy)。学部生・学部卒院生は、少なくとも研究主任や教務主任のレベルの問題意識を持ち行動しました。修士2年の現職院生になれば指導主事・義務教育課長レベルの問題意識を持ち行動しました。結果として、本年度、確かな一歩を記すことが出来ました。学校群で『学び合い』を考えること、それは来年度に拡大、拡充することは射程範囲内に十分入っています。

 では来年度に本格的にやろうとしていることはなにか地域コミュニティの再生(http://bit.ly/uRc5hl)です。今年、ゼミ生のみなさんはその種を蒔きました。来年は芽吹くはずです。これによって地域が再生し、家庭の中で苦しんでいる子どもを救うことが出来ます(http://bit.ly/ujdWBW)。凄いことです。

 我がゼミながら、ゼミ生さんの凄さを思います。1年、1年でこれだけ爆走をし続けているゼミが日本にどれほどあるか、と。

twoyoshitwoyoshi2011/12/24 09:00 ある集団の関係を改善するためには、その集団の一つ上の集団に働きかける。これも先生がいつもゼミでお話しされていたことですね。

jun24kawajun24kawa2011/12/24 09:11はい、あなたも、それを使ってね。

ToyamaToyama2011/12/24 09:22今年の越後の会を見るとよくわかります。学び合いのためではなく、みんなのために動いてらっしゃる世界があるというのを目にするのとしないのでは全く違いますね。これからも楽しみにしています。

jun24kawajun24kawa2011/12/24 09:26来年の越後『学び合い』の会では、もっと凄いことします。ご期待下さい。

scorpion1104scorpion11042011/12/24 19:22家族の笑顔も忘れずに…。肝に銘じます。

jun24kawajun24kawa2011/12/24 20:52一番大切なものです。ね。

11/12/23(金)

[]考え方 16:26 考え方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 考え方 - 西川純のメモ 考え方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 色々な問題の解決方法を問われたとき、私は人から「ぶっとんだ」と思われるような方法を提案します。でも、私の考え方は極めてシンプルなのです。

 多くの方は、その事を成功させるための細かな手順を考えます。が私は、それを考えません。その代わりに、メンバーが「やるべきだ」と考える目標を考え、それをハッキリさせる評価方法を提案するのです。つまり、目標を操作的に定義します。もちろん、その目標は『学び合い』の考え方に基づきます。

 目標がより高い次元にあれば、それに一致する人たちは多様になります。同じ方向を向くならば、集団は多様で多数である方が良い、と信じています。ということで、今までは発想されなかった人たちといっしょにやることを提案するのです。そのあたりが「ぶっとんだ」と思われるゆえんです。が、同じ方向を向いた多様で多数な人といっしょにやれば、マンパワーの力と発想力の豊かさで、従来は不可能と思われるレベルを易々と超えることが出来ます。

 分かってみれば、いと容易きことなのですが。

11/12/22(木)

[]冬至 19:38 冬至 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 冬至 - 西川純のメモ 冬至 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家内は日本の伝統を大事にする家庭で育ちました。その関係で、我が家では季節ごとのものがあります。息子はその中で育ちました。ということで、息子が朝一番に家内に言ったことは「ゆずとカボチャを買っててね」でした。

 先ほどゆず湯に入り、今日の一品に冬至カボチャがあります。

11/12/21(水)

[]下手から学ぶ 17:41 下手から学ぶ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 下手から学ぶ - 西川純のメモ 下手から学ぶ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』をミニティーチャーの枠組みで理解すると、得意な子は得はないと思いがちです。が、そんなことはありません。花伝書には「上手は下手の手本、下手は上手の手本なりと、工夫すべし。下手のよきところをとりて、上手のもの数にいるること、無上至極の理なり。人の悪きところをみるだにも、わが手本なり。いはんやよきところをや。」とあります。

 しかし世阿弥が述べている以上の玄妙が、学校での学びではあることを子ども達は知っています。そして、学術データとしてそれを記録分析しているのが西川ゼミです。

[]学部2年生 12:44 学部2年生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学部2年生 - 西川純のメモ 学部2年生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の会議で、3人の学部2年生が西川ゼミに入ることが決まりました。本コースは希望制ですので、西川ゼミを希望した人たちです。「大変だぞ~」と脅かされたにも関わらず、我がゼミを選んだことに敬意を表します。

 ちなみに2年越しで所属を果たした子もいます(http://bit.ly/tbxnc1

[]ありがたい 10:57 ありがたい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ありがたい - 西川純のメモ ありがたい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越教育大学の教職大学院は学校にじっくり入る教育実習を行います。西川ゼミは『学び合い』を主軸に入ります。『学び合い』なのですから、単に授業改善ではなく、学校の基本の部分に関わることです。それに対して、『学び合い』に疑問を持たれる方がいます。当然です。日本の教育の不易な部分を守っているのはその方々なのですから。

 12月で一区切りなので、色々な学校にご挨拶に行きます。そこで、ゼミ生のことを褒めていただけることが嬉しいです。『学び合い』、また、西川個人に対して疑問を持たれる方も、ゼミ生の人柄と誠意は分かってもらえています。人が納得するのは理屈だけではありません。だれがそれを言うかが大きなファクターです。ゼミ生がそれを確実にやってくれることをありがたく思います。

 私には絶対に出来ないことです。

[]ドラッカー 06:44 ドラッカー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ドラッカー - 西川純のメモ ドラッカー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ドラッカーは知の巨人だと思います。『学び合い』は彼の問いかけに応えていると思います。

 『人がどのようなときに学ぶことができるかは明かである。それは自分のリズム、速さ、持続性に合ったときである。赤ん坊が立ち、歩き、遊び、一人で食べられるようになるのと同じように、自由はプログラムに従うときである。(中略)個差の問題を解決する方法はもう一つある。合唱効果である。集団のリズム、速さ、持続性が利用できる。(中略)子どもには、この二つの方法すなわち好きなようにさせることと、集団でさせることの組み合わせが有効である。これに対して、子どもが最も学びにくい方法が、一人で、自分のものではないリズム、速さ、持続を強いられることである。ところが、これが今日の学校がとっている方法である。』

11/12/20(火)

[]幸せ 22:38 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 幸せの定義は多様だと思います。しかし、私にとっては「家族仲良く、健康で」です。そのため、ほぼ毎日、「神様、仏様、ご先祖様、感謝します」という無節操な感謝を祈って寝ます。

 ノーベル賞を受賞する人がいれば、その人の経歴をテレビで紹介し、学校で語られます。が、ノーベル賞受賞が幸せに関係するとしたら、その恩沢に浴せる人はどれだけいるでしょうか?神か、仏かわかりませんが、もし、世の中に超越者がいるとしたら、全ての人が幸せになれる仕組みを与えていると信じています。色々な幸せがあるでしょう。でも、生物学的に言って、「家族仲良く、健康で」は最もしっくりすると私は思います。

 だから、私は学校で、多くの人が達成可能な幸せを教えるべきだと思っています。その上で、それ以外の多様な幸せを受容する教育は必要だと思います。その中に、ノーベル賞受賞やビルゲイツやジョブズの凄さを教えるものあると思います。

[]尻に敷かれる 22:38 尻に敷かれる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 尻に敷かれる - 西川純のメモ 尻に敷かれる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下、書くことは意見の分かれることですが、あくまで私の「偏見」であることを自覚し、例外が少なくないことを理解しつつ書きます。私はゼミ生さんに、女性に尻に敷かれることを勧めます。

 私の尊敬する高校の恩師が言ったことです。その先生は色々な教え子を見てきました。その結果、「離婚する場合は、その原因は男の我が儘だ」とのことでした。少なくとも、私を振り返れば、その通りだと思います。男は短期的には滅私奉公は出来ますが、長期的には我が儘です。一方、女性は短期的には我が儘ですが、長期に的には滅私奉公だと思います。女性がそれが出来るから、長期的につきあう夫婦関係では、男は勝てないのです。

 男の学生に問います。夫婦喧嘩に妻に勝てるためには、妻がやっているようなことを自分がやるしかない。それが出来ないならば、負けを認めて尻に敷かれろ。どちらがいいか?と聞きます。みんな尻に敷かれることを選びます。女性は偉大です。ひ弱な男性は、その庇護下に置かれるしか中年・老後は無いと思います。少なくとも私は。だから、勝てるわけはない。結婚二十年弱で得た、揺るがぬ「私」の確信です。

[]エゴイズム 22:13 エゴイズム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エゴイズム - 西川純のメモ エゴイズム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の学校教育観に書いた「多様な人間と折り合いを付けて自らの課題を解決すること」の言葉の意味と深みを分かるのは難しいですね。でも、短い言葉ですが、なかなかその言葉の意味が分かってもらえない。

 キーワードは「多様」、「おりあい」、「自ら」なんです。

 人間はエゴイズムの固まりです。夫婦・親子の関係であっても、絶えず損得勘定をしています。ましてや他人同士であれば。その中で、実り多い関係を結べるには多様であることが大事です。人間関係が続くためには、10の労力に対して、10の報酬がなければなりません。ところが、こすっからい人間は相手の10の労力に対して9の報酬でなんとかしようとします。が、それを受け取る側は損得勘定しているのですから、そんなこと成り立ちません。どうすればいいか、そりゃ、異質な人と繋がることです。

 自分にとっては5のこのことを、相手は20の意味を持ち、10の報酬で関係が結ばれれば、両方とも得な関係です。貿易はそもそもそんな関係です。海の地域の人が海の産物を、山の地域の人が山の人の産物を交換するから両方とも得なのです。私が色々な予算を獲得するのは、大学の偉い人という異質な人と関わりを持つから貿易が成り立つのです。

 人であれば拘りもあります。これは、理屈で言っても前提が違うのですから、どうしょうもありません。そこで、違うところを言い立てて、物別れになるのは「損」です。違うからこそ、よりよい貿易が出来る可能性があるのです。基本的な貿易のルールが成り立てば、違うのは望ましいものです。違うところを言い立てるのではなく、違うところを「さておいて」無理ない範囲で取引することは有効です。

 たしか島耕作シリーズであったと思いますが、中国人と日本人が取引する時、「尖閣諸島」に拘れば何も出来ません。感情的にもなります。でも、それはさておいて、取引できることは多いのです。でも、互いに得になる関係を結びたいという前提が成り立たなければ、いかなる関係も成り立ちません。

 『学び合い』に関しても色々な考えがあることは望ましいことです。自分と違う意見の人がいると気になるのは当然です。が、多様性は強みです。基本前提である、「一人も見捨てたくない」や学校教育の存在意味や、学習者の有能性の前提の「方向性」が一致するならば、折り合いを付ける方が良いに決まっています。夫婦関係や友達関係と同じで、意見の相違はあっても、それは、ま、突き詰めず、基本的な「愛」を信じる、ということだと思います。ま、それでいいじゃないですか。

 次に、「自ら」です。繰り返しますが、人間はエゴイズムの固まりです。そのエゴイズムの固まりの人間が集団となって200万年間洗練したのが『学び合い』だと思っています。ホモサピエンスは集団の中で知恵を共有することによって生存競争を乗り越えました。そして、個体ごとの生産性が高まるに従って、狭い肉親だけの協力関係から、関係を広げました。それによって奴隷制を廃し、市民社会を形成し、男女同権、バリヤフリーの社会をつくりました。それは徳目ではありません。それをした社会が戦争で勝ち、経済活動で勝ったからです。

 『学び合い』はエゴイズムの最も洗練された最高の手段です。

 これがなかなか分からない人が多い。短期的には「一人も見捨てない」ということを目標に掲げることは徳目としか思えない人が多い。しかし、それを掲げることが、自分のエゴイズムのためになることが分からない。たしかし、「おりあい」を忘れ自己犠牲の自己憐憫に陥ればそうなるでしょう。しかし、自分のエゴイズムを冷静に見極め、折り合いを付けた貿易の「得」を理解すべきなのです。

 しかし、これはなかなか分からない。

[]大見得 16:34 大見得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大見得 - 西川純のメモ 大見得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 味方に対しては大見得を切ればいい、と思います。そして、それを実現することを最大限すれば。失敗しても、味方は慰めてくれる。

 企業の同志が本日、大見得をきりました。楽しみです。

karakusa01karakusa012011/12/21 01:56どの日記もなるほど面白納得です。
僕は、もともと男性も女性から産まれてくるので、尻に敷かれるというか…上には立てないというか…手のひらで転がされるというか…勝てないんだよ…そんな感じに思っています(笑)
>キーワードは「多様」、「おりあい」、「自ら」なんです。
最近よく思います。だから、面白いというか悩むというか…
おかげでまた元気もらいました。ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2011/12/21 06:26それは良かった。

moripimoripi2011/12/21 20:55私は主人を尻に敷いている自覚はまったくありませんが、私がいないとうちの家族は幸せにはなれないと自負しております(笑)。だって私がうちの家族といることが幸せなんですよね。主人のほうが「敷かれながら生き伸びる」感覚でいますね。男も女も違った部分でしたたかですね。しかしこのしたたかさが生きてくには必要なんかもしれないですね。紐をほどけばこういうことなんだと、日々平凡に暮らすことのありがたみというか、偶然というか、これが普通~に暮らすことなんでしょうね。言葉は難しいけど普段のことなんですけどね。まだまだ勉強ですね。

jun24kawajun24kawa2011/12/22 08:24あははは。家内も私を尻に敷いている自覚は無いと思います。それでいいんです。

11/12/19(月)

[]いいな~ 22:48 いいな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いいな~ - 西川純のメモ いいな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』を初めて1ヶ月の学校に久しぶりに参観に行きました。いいな~っと感じます。今日もドラマがありました。ふと気づきました。西川ゼミの学生さんは、これを感じるからやれるのだと思います。

 だって、「この子の人生を救っているかも知れない」と実感できることって、担任の教師だって実感できている人がどれだけいるでしょうか?「計算が速くなった」、「勉強するようになった」というレベルではなく、「この子の人生を幸せにしている」という実感です。それを教育実習生が実感できるのです。そして、学校レベルでそれが実現する過程を直に見えるのです。

 二十人弱の学生を預かる担任(指導教員)として、ホッとします。

11/12/18(日)

[]今日 17:15 今日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今日 - 西川純のメモ 今日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、ノウハウ本をチョコチョコ書いています。でも、いつの間にか硬い文章になってしまう。いかん、いかんと思います。

 今年度はあと3ヶ月少少です。でも、3ヶ月でも出来ることがあります。そのことを色々考えました。

11/12/17(土)

[]久しぶり 18:34 久しぶり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 久しぶり - 西川純のメモ 久しぶり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 久しぶりのお仕事のない土曜日です。自分のペースで仕事が出来ます。

11/12/16(金)

[]西川ゼミ 22:43 西川ゼミ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 西川ゼミ - 西川純のメモ 西川ゼミ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある人から、西川ゼミとは何かと問われた。私は、「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、一人も見捨てない教育・社会を実現する」という我がゼミの目標を述べた。

 ドラッカーが述べているが、使命こそ、その組織を決めるものです。お題目ではなく、それが全てを定めます。

11/12/15(木)

[]校長参観 15:45 校長参観 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長参観 - 西川純のメモ 校長参観 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 地元の小学校校長二人、中学校一人の校長(自校の校長も含めれば2人)が地元の中学校の『学び合い』の授業を参観しました。一歩、一歩、進んでいます。

11/12/14(水)

[]線から面 22:36 線から面 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 線から面 - 西川純のメモ 線から面 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本年の越後『学び合い』の会の懇親会に参加された方は、とても面白いものを見ました。3人の校長が少年少女のように茶目っ気たっぷりの寸劇を見せてくれたのです。年齢も立場の違う色々な人たちの中で、その人の少年少女の心が表出できるということはとても素敵なことです。こんな面白い寸劇を見るだけでも越後『学び合い』の会に参加した会はあると思いました。その時の映像は、私が一生忘れない一こまになります。

 今から3年半前、『学び合い』が点から線になることを感じました(http://bit.ly/toeArA)。そして、今は線から面になっていることを感じます。『学び合い』を学校の柱にすると決意する校長は、自分が実践すると決意するとは違った次元に立たねばなりません。実践を通して『学び合い』が素晴らしいものであることを知り、知っている人にそれを勧めるのと、自分の学校での実践から他の学校の校長に勧めるのとでは違った次元です。学校同士が繋がり、さらに広がっています。

 上越では来年の2月から『学び合い』で学校づくりをする学校が生まれることとなりました。それは凄いことです。しかし、自分の学校という次元を越えて、地域が変わることの意味を理解する校長や教師が自己増殖中です。結局、自分の目の前にいる子どもや教師の問題を解決するために、他の学校や他の教師の力が必要です。それらがネットワークになったとき、もっとも安定して自分の目の前の子どもや教師の幸せが確保されるのです。

 今、私はそのようなことを理解している校長のみなさんに守られています。そして、そのような教師集団のみなさんに守られています。ありがたいことです。

 それもこれも、『学び合い』のセオリーの正しさ故のものだと思います。でも、それを支えたのは全国の同志のおかげだと思います。そして、学内のみんなからは凄い集団だと思われる一方、狂信集団とも揶揄される集団である西川ゼミに所属し、常識的な人からは「変」と思われる『学び合い』であっても、人として信頼される誠実を貫いたゼミ生の賜だと思います。

 私の願いは、多くの人たちによって成就しようとしています。それもこれも、その基本が「一人も見捨てない」という多くの人たちが集える願いだからだと思います。

[]東京都の薄日 06:56 東京都の薄日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 東京都の薄日 - 西川純のメモ 東京都の薄日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 都内には隠れキリシタンのように実践している仲間が多いですよね。12日に東京都の地方議員の方々の前で講演しました。その方々から嬉しい反響が広がっています。メールでお問い合わせのあった方には12月28日のおにぎりの会(http://bit.ly/scp6By)を紹介しました。

 『学び合い』の会は、他の教育の会と大きな違いがあります。色々な方々が参加します。教師も、子どもも、保護者も、そして、子どもや保護者が発表者になります。そして、一般社会の方が会社での『学び合い』を実現するために参加します。教師だって、若い人もいれば中堅もいるし、退職まで数年の人もいるし、退職後の人もいる。これって他にない会です。同じ方向性を向いているならば多様性は力です。

 今、その中に地域に密着した議員の方が参加しようとしています。私は講演の際、「是非見に来て下さい」と言いました。是非、皆さんの実践の場を公開して下さい。ようは子どもを自慢し、見せびらかしていただければいいのです。子どもたちも見られることによって成長します。

11/12/12(月)

[]世間は狭い 21:59 世間は狭い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 世間は狭い - 西川純のメモ 世間は狭い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 10日の会では、小中学校の同窓生と会った。『学び合い』の実践者で、かつ、従来型指導でも高い評価を得ている人だった。なんとも不思議な感覚を覚えた。話を聞くと、私の高校3年の時の担任の先生とテニス仲間であるとのこと。これまたビックリ。

 本日も講演会の最初に、私に近づく女性。「じゅん、私覚えている?」とのこと、「へ?」と思っていると名刺を渡された。なんと、よく知っている大学の後輩。立派な女性になっているではないか!なんと地方議員。学生時代の思い出が走馬燈のように流れ、言葉にならなかった。

 人生って面白いな~っと思いました。

[]東京 21:44 東京 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 東京 - 西川純のメモ 東京 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は民主党の東京都連の区市町村議員の皆様の前で講演しました。何人かの心に届いたと思います。是非、『学び合い』をみたいとおっしゃる方もおられ、嬉しい限りです。東京都には隠れキシリタンのように実践している方がおられますと申しましたら、笑っていただけました。

 分かる方は必ずいます。その方々に少しでも知っていただき、一緒に前に進みたいと念じます。本日も、心地よい疲れです。

追伸 実に反応の良い聴衆だったので、とてもやりやすかったです。

e_chigoyae_chigoya2011/12/14 23:51さっそく、年末のおにぎりの会にお申し込みいただきました。

jun24kawajun24kawa2011/12/15 07:06よろしくお願いします。百万の味方になっていただける方々です。それこそ、越後屋さんの出番ですよ。

11/12/11(日)

[]戦略 09:21 戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略 - 西川純のメモ 戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が今考え、やろうとしていることを書きます。

 私はロジャーズやムーアの理論によって『学び合い』の広がりを理解してきました。今年の初めより何度か書いているように、『学び合い』はイノベーターの時代からアーリーアダプターの時代に移行しています。そして、アーリーマジョリティに広げるためには戦略を変える必要性があると思っています。今までのイノベーターやアーリーアダプター向けの戦略ではアーリーマジョリティには広げられません。

 今までは、安易なノウハウに流れることを極端に恐れていました。だから、手引き書を書くことさえ躊躇しました。しかし、全国には『学び合い』の考えが分かった方が生まれています。そして、『学び合い』となんちゃって『学び合い』は素人でも全然違うということが分かります。どちらがいいかは意見が分かれるでしょう。しかし、全然違うということは分かります。その方々が、それぞれの立場と表現で、『学び合い』となんちゃって『学び合い』の違いを伝えてくれるでしょう。テクニックの罠に陥る人に対して、私と違って共感的な表現でそれは違うよと教えてくれるでしょう。

 だから、安心してアーリーマジョリティに広げることが出来ます。以前書いたように、あるものが広がれば、それを道具として使うだけの人が増えます。例えば、民主主義というのは典型的です。日本の中で日本の民主主義の基本的な考え方を理解し、それを表現できる人は多くはありません。大多数の日本人は民主主義自体を意識しません。しかし、日常の生活では民主主義に沿った行動をします。しかし、そのためには、一部の日本人は民主主義は何かを本質的に理解し、その是非を判断することが必要です。ただし、その一部の日本人が選民というわけではありません。役割を担っているだけです。日本人の多くは、周りにその役割を担う人がいなくなれば、無意識でやっていた人が意識し、役割を担い始めますから。

 そこで私のやろうとしていることです。

 第一は、へき地小規模校が『学び合い』へ移行するための全校教科学習活動(HPにアップしています)を広げることです。これはムーアの理論に乗っ取った戦略です。この全校教科学習活動はいきなり『学び合い』には・・・、と思っている学校でも取り入れやすいものです。かつ、確実に成功します。地元の学校でやってもらいましたが、第1週目でその効果を実感してもらえました。確実に『学び合い』学校に移行しつつあります。さらに、もう一校地元で近々導入予定です。

 この効果は小規模校で『学び合い』を経験した先生を生み出すことです。そして、『学び合い』学校がどのような効果を持つかを実感した校長先生が、校長先生の業界でその成果を広げてくれることを期待しています。人が納得するのは理屈ではありません、信頼できる人からの推薦の言葉です。上越では確実にその効果が現れてきています。

 西川研究室では、これを出発点として、地域コミュニティと学校を融合した新たな学校の姿を提案し、実現したいと思います。これに関して、千万円規模の予算を獲得し、組織的に動かそうと画策しています。

 第二は、課題です。『学び合い』を始めた先生が悩むのは「課題」です。本当は悩む必要性はないのですが、今までの習慣で悩む善意の先生方が多いです。そこで、『学び合い』の課題集を出そうと思っています。現在、『学び合い』を実践している方々にとっては、それを利用しないかも知れません。あくまでもやり始めた人用ですから。でも、もの凄く忙しくてちょっと使うのにも役立つものです。これは、某社と良い悪巧みをしています。

 第三は本です。『学び合い』はネット上で広がっています。もの凄くネットでのアンテナの高い人を中心に広がっています。が、書籍によって『学び合い』を知る方々もいます。事実、『学び合い』スタートブックによって知った人が数多くいます。色々な方々が、今後トライすると思います。が、スタートブックもそうですが、現状は『学び合い』の同志の市場はそれほど巨大ではありません。現状の出版社はかなりきつい状態です。具体的に言えば、以前は良い本だったら長い目でペイすればいいと考える出版社はいました。が現状では、半年のうちに2000冊を売り切らなければ出版しないという出版社が大部分です。つまり、現状を変えようという本ではなく、現状を追認している本しか本になりません。

 しかし、『学び合い』は現状を追認するものではありません。だから現状を追認するふりをしなければなりません。そこで今考えているのは完全ノウハウ本です。可視化等の『学び合い』のごく初期に開発したテクニックはテクニックにすぎません。しかし、『学び合い』の考えが分かっていない人でも分かりやすいものです。だから、そのテクニックすぎないテクニックを抽出し、まとめたいと思っています。

 この本の目的は、『学び合い』は何もしていないと誤解している方々に、ちゃんと色々なところをやっているのだと言うことを知ってもらうものです。もちろん、テクニックにすぎないテクニックを越えたものの方が本体なのですが、それは考え方が分からないと分からないものです。ですので、そこばかりになると宗教書みたいに見えてしまいます。

 私は多くの人から宗教書としか思われない本を数多く出しました。しかし、それはイノベーターやアーリーアダプターに向けたものです。彼らはその宗教書と思われる本の中から、考えをくみ出す気があります。しかし、アーリーマジョリティの方々は、苦労してくみ出そうとはしません。我々だって、携帯電話の使い方を会社のマニュアルを読み解いて理解しようとはしませんよね。あれと同じなのです。

 以上のことがうまくいけば、パンデミックの次のステージに移行できます。そして、『学び合い』が十分に営利的にも成り立つようになるでしょう。そして、同志の皆さんが少しでも職場で生きやすくなると思います。

 以上のことを着々と進行中です。私は私の出来ることをやります。でも、一人では無理ですので、上記の意図をくんで手伝って下さい。みなさんも皆さんの出来ることをやってください。私も手伝えることは手伝います。全員が全員のために、自分が無理なく出来ることを頭を使ってやるしかないのです。でも、それが成り立ったときに、どれほどの力が出せるかは、子どもたちを見て知っていますよね。『学び合い』を取り巻く環境は急速に変化しています。その変化に巻き込まれず、方向を見失わないようにするためには、周りの変化以上の速度で我々が進むしかないと思います。


[]次 09:53 次 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 次 - 西川純のメモ 次 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上記のことが成立し、本当のパンデミックが起こったときのことを夢想します。ワクワクする一方、恐ろしくもあります。

 教育において学術と実践の世界が乖離しているということは、世界的にもそうですが、日本の場合は顕著です。結局、互いに無視し合っているという状態です。例えば学術の成果は実践に役立つことを標榜していますが、本気でそれを願っているとは現状では思えません。端的な証拠は、学術論文の審査において、実践的な価値があるかを実践者に評価している学会誌は殆どありません。医学の世界だったら、膨大な臨床試験をしています。ところが、学術の世界では実践して評価せずに、教材を開発したという研究は山ほどあります。これは市場調査をせずに、食品開発しているようなものです。研究を実践に生かそうという気がないことを示していると言われてもしょうがないと思います。一方、実践も同じでしょう。

 大学の研究者は文部科学省や県の指定の研究会の発表会で、講演をしてもらえばいい、と思っているのではないでしょうか?実践には余り関係のない訳の分からん話をしてもらった方が無難です。下手に具体の実践に関わる話をすれば、「学者バカが何を言っている」と大きな陰口を言われます。

 非常に実りのない関係ですが、それなりに安定した関係が成り立っています。しかし、もし学術と実践の世界が融合する動きが、成立したら、学術も実践も劇的な変化が起こるはずです。現状では実践の世界の変化の方が早いように思います。もし、学術が取り残されたらどうなるのか、と思います。学術の世界の研究者の多くは『学び合い』を知りませんし、知っている人も大してこと無いとたかをくくっています。今はロスの悲嘆の五段階説(http://j.mp/ijI668)の無視(もしくは無知)のレベルです。早晩、拒否の段階に進むでしょう。一部の研究者が感情的に拒否しているのは、ある意味アンテナが高いからです。しかし、今の中堅・若い世代の研究者が早く気づいて欲しいと思います。つまり、学校現場に長期に入り質的量的に研究をすることは実りが多いことであること。そして、学習者の多様性を無視する、もしくは減じることを意図した研究ではなく、多様性を前提とした教育のあり方を研究すべきであること。なによりも、教育は何故あるのかを、一般の教師、そして子どもたちに納得させることの出来る言葉を見出すべきであることを。

 どんなに素晴らしいことを発見しても教育研究は無意味なのです。数学は数学者という研究者の中でクローズされても意味があります。そういう学問です。しかし社会科学は社会に影響を与えて、その価値が生じます。社会を構成しているのは研究者ではありません。社会を構成している人に分かる言葉を見出さねばなりません。

suikanomeisantisuikanomeisanti2011/12/11 10:26興味深く読ませていただきました。私は『学び合い』お考え方が本当には分かっていないのだと自覚しています。だから、課題に迷うのでしょう。そのテクニックレベルの所に支援があると、その先に進めるような気がしていました。ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2011/12/11 14:37何事も、型から入るものです。まっててね。
というこか、分からなかったらメールして下さい。

o4dao4da2011/12/11 21:15半分ぐらいは理解していないのですが(笑)
先生のこういう先を見通した記事&実現していっている事実が好きです。

jun24kawajun24kawa2011/12/12 06:21ご期待あれ!

mori1046mori10462011/12/12 21:53今、自分ができることを淡々と行います。理論と実践のお話、常々感銘を受けます。

jun24kawajun24kawa2011/12/12 22:04はやく、ドカンとね。そのパワーがある方ですから。期待しています。

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2011/12/17 20:52来年の8月の学び合いフォーラムまでに、「アーリーアダプターのコミュニティを作ること」と、「いろんな分野にいる『学び合い』に親和性の高い思想(考え方)をもったイノベーターをネットワーキングすること」をやっていきます。
まずは来年の3月に、インクルーシブ教育とオルタナティブ教育から着手します。

「民主主義」の例はとても分かりやすかったです。ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2011/12/18 06:58ずっと、あなたの活動を見ていて、裾野をうまく広げていることに感服していました。今の私の悩みは、『学び合い』のイノベーターとアーリーマジョリティとの親和性を高めるにはどうしたらいいか、ということです。イノベーターから見ればアーリーマジョリティは「何も分かっていない」と見えるでしょうし、アーリーマジョリティから見ればイノベーターは「おたく」と見えるでしょう。しかし、全体を俯瞰すればそれぞれの役割がある。民主主義の部分を分かるOSUGIさんには良くお分かりでしょう。振り返って、立場上、イノベーターの役割を演じている私の今後の立ち位置も検討しなければならないと思っています。ま、ここ2年の問題です。良いアイディアがあれば教えて下さい。

11/12/10(土)

[]また一歩 20:33 また一歩 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - また一歩 - 西川純のメモ また一歩 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は東京で教育同人社のお仕事をしました。願いを実現するための一歩を進めました。意味あったと思います。関係者の方々、参加者の方々に感謝です。

[]救われる 13:19 救われる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 救われる - 西川純のメモ 救われる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 少し落ち込んだけど、同志のブログを見ながら救われた。そうだよね、私が駄目でも、みんながいるんだから。広い視野と長いスパンで物事を考えれば、120%の自信があるだから。苦しんでいる人を一人でも少なく、1秒でも短くしなければと願います。

 本日も、私に出来ることをします。

twoyoshitwoyoshi2011/12/10 17:14今日は御一緒したかったですが都合がつかず残念です。先生、一緒に頑張りましょう!

jun24kawajun24kawa2011/12/10 20:31はい!

sumi-chansumi-chan2011/12/11 00:16今の自分は何が課題なのかと考えるとキリがないのですが、今日西川先生のお話を伺っていて、高い目標であっても子ども達を信じて、明るく笑顔で語ることの大切さを思い出すことができました。ありがとうございました。
今日はとても良い会になったと思います!^^

e_chigoyae_chigoya2011/12/11 00:47理論の本質的な部分を過つことなく、自分の状況に応じてやっていくこと。
そして、結果を出すこと。
西川先生の「研究者」としてのスタンスを見ていて、「実践者」の役割がわかりました。
願いは同じ。「同志」という言葉の意味も更新されました。
今日はありがとうございました。僕もいい会だったと思います。

jun24kawajun24kawa2011/12/11 06:40ありがとう。同志!

11/12/08(木)

[]前橋 18:40 前橋 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 前橋 - 西川純のメモ 前橋 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は前橋で、満身の心を込めて語りました。

11/12/07(水)

[]一人も見捨てず 20:37 一人も見捨てず - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てず - 西川純のメモ 一人も見捨てず - 西川純のメモ のブックマークコメント

 一人も見捨てず、を日本中に実現しなければ、と思います。私の力は小さいし、小心だし、落ち込みやすいし。だから、どういう風にシステムを構築したらいいのか。私の出来ることを考えます。

11/12/06(火)

[]広がる 17:33 広がる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広がる - 西川純のメモ 広がる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 地元でまた『学び合い』学校が広がりそう。その良い悪巧みをきんきんにします。昨日は県内の中学校に行きました。良い感じです。

 臨界点が近づいていることが分かります。人は理屈によって納得するわけではありません。信頼できる人の言葉によって納得します。倍々ゲームのモードに乗りそうです。

11/12/05(月)

[]ノウハウ本2 07:07 ノウハウ本2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ノウハウ本2 - 西川純のメモ ノウハウ本2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何故ノウハウ本を作ろうと思ったかを書きます。

 『学び合い』に対する典型的な誤解に、「何もしない」、「放棄」のようなものがあります。『学び合い』では、これは今までの教師がやっていたことをやらない一方、やらないことをやらねばなりません。しかし、今までの教師には、自分がやっていたことしか目がいかないので、あたかも何もしていないようにしています。結果として「そんなんでうまくいくわけない」、「単なる放任だ」、「責任の放棄だ」、「特別な教師だけが出来る授業だ」、「特別なクラスだけが出来る授業だ」という誤解が生じるのです。

 でも、『学び合い』も何もしなくてうまくいくはずはありません。ちゃんとやっているのです。例えば可視化です。例えば、しかり方です。これは従来型授業でも有効なテクニックです。従って、従来型指導の教師にも分かりやすいものです。それによって『学び合い』では個を動かそうとしているのではなく、教師は集団を動かし、個は集団内で解決しようとしていることが分かると思います。

 また、集団の位置関係、視線の方向で集団のありようが見えることを伝えれば、ぼーっと立っているように見えるが、クラス全体を見ていることが分かります。これまた従来型授業でも有効なテクニックです。従って、従来型指導の教師にも分かりやすいものです。

 また、『学び合い』のテクニックの中で、導入段階では有効だが、充実段階・発展段階に移行するときに障害になるようなテクニックがあります。例えば、先に述べた可視化もそうです。また、ネームプレートや確認テストなどがあります。その利点と欠点をちゃんと説明する必要があるでしょう。

 そして、何故、上記のテクニックは「一人も見捨てない」という軸を教師がぶらさなければ、全て不要になることを書く必要があります。

追伸 第22代横綱に太刀山峯右エ門という人がいます。図抜けて強い人でした。この人の強さを示すエピソードに「にらみ出し」というものがあります。これは、相手力士を睨んだだけで対戦相手が土俵の外に出てしまったことがあります。翌日の新聞には「にらみ出し」という決まり手として表現されました。これも、相撲を知らない人は、超常的な能力と解釈したり、八百長と解釈したりするでしょう。しかし、相撲を知る人だったら、そんな解釈をしません。実はその場所の前半に、太刀山峯右エ門は相手力士を突き出し、骨折させたのです(その人はそれがもとで引退しました)。そんなことを間近で見た力士だったら、怖くて逃げたくなるのは当然です。何事にも理由はあります。

maya-1maya-12011/12/05 08:43私の感覚だと、テクニックというより、「『学び合い』を成立するための心得」といったものです。

daitouirukadaitouiruka2011/12/05 20:37ここ数回の先生の書き込み、私にとってとてもタイムリーで納得できるものです。
ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2011/12/05 20:47maya1さんへ
 心得ではなく、あえてテクニックを出そうと思っています。
irukaさんへ
 まっててね。

suikanomeisantisuikanomeisanti2011/12/07 23:24こんばんは。私は今、教科書の問題だけで算数の学び合いをしています。何とか良い課題を作りたかったのですが日々の授業に追われてできませんでした。ノウハウの中に「課題作り」も含まれのでしょうか。愚問ですみません。

jun24kawajun24kawa2011/12/08 05:43入れるつもりです。なお、一部は導入書にもありますので、ご参照下さい。

11/12/04(日)

[]ノウハウ 20:49 ノウハウ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ノウハウ - 西川純のメモ ノウハウ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、徹底的なノウハウ本を作ろうと思い始めました。ノウハウ本によってノウハウの離脱ができると思い始めたのです。

sakusaku0428sakusaku04282011/12/05 07:52それは、おそらくは突破すべき限界の一つ。「破」の目標のようなものでしょうか?

jun24kawajun24kawa2011/12/05 08:05守破離の各段階のことをそれぞれ書きたいですね。

11/12/03(土)

[]分からない人へ 19:24 分からない人へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 分からない人へ - 西川純のメモ 分からない人へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 分からない人へ説得しようとするのは無駄だと思います。第一の理由は、その説明を聞きはしないからです。文献も読みはしません。だから我々から見ればコメディーみたいな誤解をするのです。第二の理由は、読んだとしても誤解するからです。

 認知心理学の古典的な研究の一つにバートレッドの「幽霊の戦い」の研究があります。彼は北米インディアンの民話の一つである「幽霊の戦い」をイギリスの学生に読ませて、それを再生させたのです。その結果、全く誤って記憶します。というのは、その民話を理解するには北米インディアンでは当然としていることが、イギリスの学生は理解不明なのです。結果として、北米インディアンの当然としていることを、イギリスの学生の常識に合わせてしまうのです。その結果、その物語には何も書かれていないことを書いたと思いこみます。逆に、何度も何度も書いていることをすっぽり省略してしまうのです。

 教師は教科内容を教えることだと思いこんでいる人の場合、「クラスづくりの初期段階は教科の内容を凝らなくてもいいが、その一方、一人も見捨てないということを徹底すべきだ」という言葉は「教科の内容を凝らなくてもいい」となり、「教科はどうでもいい」となり、「教師は何もせず、放りっぱなし」と誤解し始めます。そして、「発展段階では教科の力が必要だ」という言葉は無視されます。おそらく我々が何を書こうか、読まない・誤解する、というのは変わりません。それは、個々人の人間性の問題ではなく、人間の本性だからです。

 分からない人とのつきあい方で重要なのは、その他大勢の方から見てどう思われるかと言うことです。

 例えばです。『学び合い』を反対する人(Aさん)がいたとします。私がその人を「バカだ」とか「屑」だとかという表現で貶めたとしたとします。私を個人的に知っていて、私を好意的に理解している人だったら、私の表現を好意的に解釈してくれるでしょう。また、Aさんを「バカだ」とか「屑」だと思っている人だったら、「よく言ってくれた」と溜飲を下げてくれるでしょう。しかし、上記のような人は私がそう言おうといまいと変わりありません。

 逆に、Aさんの立場に立っている人たちにとっては、怒りに火を付けることになると思います。さらに怒りを通り越して「軽蔑」することになるでしょう。これは望ましくありません。が基本的には私が「バカだ」とか「屑」と表現を使わなくても同じでしょう。

 上記の人たちは、「バカだ」とか「屑」という表現を使うか使わないかはあまり影響を受けません。ところが、世の中の大多数の人は私もAさんもどうでもいいのです。当然、両者の主張の内容を吟味はしないでしょう。が、その人達も私やAさんの表現の仕方は吟味する可能性が高いです。

 どうしたらいいか?聞き流せばいいのです。分かる準備が出来た人が理解することによって広がります。そして事実が証明します。この点には安心しています。というのは、今の授業は絶対に全員を教えることは出来ません。そして、今の日本は、分からない子どもの保護者は「何故、教えられないのか!」と要求する時代です。モンスターペアレンツと言われますが、当然の主張をしている保護者が大部分です。少子化が進めばこの傾向は強まることはあれ、弱まることはありません。一人も見捨てず、これを真正面から徹底的に追求したのが『学び合い』です。私は時代の必然だと思っています。とうことで安心しているのです。気を楽にしてね。

[]校長が替わると 07:32 校長が替わると - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 校長が替わると - 西川純のメモ 校長が替わると - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は現状の授業の姿とかなり異質です。リスク管理を責任としている校長なれば、それを学校の柱とするのには覚悟が入ります。それなりの成果を上げている『学び合い』の実践者が、個人的に実践を続けることを容認するとは別な次元の理解が必要です。

 大変であったとしても、『学び合い』の手引き書等を読んで、授業方法ではなく、その背景となる理論的根拠や願いを理解する必要があります。それによって際物ではなく、ごくごくまっとうなことを徹底的に突き進んだものであるということを理解しなければなりません。もちろん、どれほど突き進むかというのは、各学校の事情を勘案し校長が判断することです。しかし、程度の差はあれ、『学び合い』は一人も見捨てないというまっとうな願いから出発していることを理解しなければならない。教育基本法第1条の「人格の完成」という言葉の意味をお題目としてではなく、真剣に何かを考え、それを踏まえて毎日の授業を組み立てられるということを理解しなければなりません。社会から付託された責務に比べて一人の教師の出来る限界を理解し、それでもそれに応えるためには子どもたちの力を信じるしかないことを理解しなければなりません。そうだから学校を『学び合い』で創ろうというルビコン川を越えることが出来るのです。

 が、現状でそれが出来る管理職はそれほど多くはありません。「みんながやっているから、まあいいんだろう」というホモサピエンスの基本的判断方法に従っている人が大部分です。となれば問題は校長が替わった後が問題です。

 『学び合い』学校で見える成果、例えば「最低点が相対的に高い」、「男女仲がよい」、「特別支援の子の大変さが少ない」等を認められる校長だった場合はどうなるか?『学び合い』の手引き書等を読まずにいたならば、当然、授業方法の1種だと思うでしょう。そうなれば、世にある多種多様の授業方法を併用することを勧めるでしょう。しかし、考え方のレベルで矛盾することをやれば、『学び合い』はどんどん駄目になります。テクニックの罠というものに陥ります。そして、その責任を『学び合い』に帰結すると言うことをします。

 『学び合い』の姿、例えば「子ども立ち歩く姿」、「教師の役割が見えにくい」に目を奪われ、「最低点が相対的に高い」、「男女仲がよい」、「特別支援の子の大変さが少ない」等の成果を認められない人がいます。中には、『学び合い』をとにかく嫌うという人もいるでしょう。そうなれば、全否定をします。

 二つのタイプの校長を非難するつもりはありません。残念だとは思いますが。そのように判断するのは現状で当然です。日本の教育の不易なところを守っている方々は、そのような方々なのですから。

 さて、そのような校長に代わった後に、残った職員が『学び合い』を実践するためには何が必要なのか?それは『学び合い』の考え方だと思うのです。幸い、上記の二つのタイプの校長先生の場合、『学び合い』を考え方とは理解せず、授業方法として理解しています。そのため、見た目を変えた従来指導型『学び合い』をやれば、『学び合い』をやっていないと思うはずです。一人も見捨てないという願いを持ちつつ、それを子どもに語り続けるならば、どんな形態であったとして『学び合い』です。

 昨日は同志の校長の学校で講演しました。そこで何を語るべきか悩みました。そして、『学び合い』の願いを語りました。何人かの先生の心の中に伝わったと思います。この語りだけが、校長が替わった後の職員の方々への贈り物だと思っています。

追伸 大多数の校長は、『学び合い』に対して全否定も全肯定もしないと思います。ようは結果を出して、職場の合意事項に反しないならば各職員が、それぞれの授業をすることを止めはしません。ですので、ようは職場の人間関係を築き、結果を出せば、職員集団が変わります。職員集団が合意し、結果を出しているならば、大抵の校長は反対しません。ただし、その場合、職員の中には『学び合い』は考え方であることを理解し、テクニックの罠に陥らないように、したたかに政治をする人が数人は必要です。

11/12/02(金)

[]学校 21:03 学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校 - 西川純のメモ 学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志が校長をしている学校に参りました。先生方が子どもたちの成長を感じて、もがいていることがよく分かります。がんばれ!と思います。

OB1989OB19892011/12/07 07:04どうもありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2011/12/07 08:26種は芽吹いていましたよ。

11/12/01(木)

[]良い悪巧み 17:20 良い悪巧み - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い悪巧み - 西川純のメモ 良い悪巧み - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、遠方からのお客様を迎えて、良い悪巧みをしました。これが実現すれば、パンデミックを起こせます。ワクワク。


[]確認テスト 17:35 確認テスト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 確認テスト - 西川純のメモ 確認テスト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』をやっていて、どうしても最後まで教師が捨てきれないのは最後のまとめです。典型的なのは5分間の確認テストです。お気持ちが分かるので、やると悪影響が起こるのだけど・・・と思いつつ、黙っています。

 悪影響は大きくは三つに起こります。

 第一に、5分間の時間を子ども達から奪います。『学び合い』を実践していれば、子ども達のパワーが尻上がりに上昇するのが分かると思います。その最ものりにのっているときの5分間を奪うことはとてももったいないことです。結果として、全員達成の可能性を奪います。

 最後の確認で数人指名しても全員が分かったかなんて分かるわけありません。確認テストで確認しても、確認できることはごく僅かです。そして、駄目だったとしても、それの手当をすることは出来ません。本当に分かったか分からないかを確認するためにも、分からなかったときに説明するにも、一対一の対話が必要なのです。最後の確認をする意味は、教師の精神安定以上の効果はないのです。

 第二は、教師が確認すると、子ども達が確認しなくなります。上記で述べたように、他の子どもが分かっているかを確認するにも、分からなかったときに説明するにも、一対一の対話が必要なのです。つまり、手間がかかるのです。ところが教師が確認してしまえば、教師に責任を押しつけてしまうことが出来ます。結果として、子ども達が甘くなります。

 ゼミ生が私に色々と良いわけをし始めると、「そんなこと知らん、結果を見るから」と突き放します。実は、それが一番、子ども達にとっては辛いのです。子どもが辛くても全員達成をしなければならない、と思わない限り全員達成は無理なのです。

 そして、最後が一番重大な悪影響なのです。第三に、いつまでたっても子どもの有能性を信じられないという悪影響です。つまり、『学び合い』の最も大事にしている考え方を理解することを先延ばしにするのです。考えてください。校長が「無能だ」と思いこんでいたとき、その職員は成長するでしょうか?職員を成長させるのは、職員を信じて任せなければならないのです。個々人の職員に任せた場合は当たり外れはあるでしょう。しかし、職員集団を創れば、校長が一人でやるよりは、かなり高い成果が期待できます。教師は駄目な子どもに目が行きます。でも、必ず出来る子どもがいます。その子が集団を引っ張ってくれるのです。

 と、分かっているのですが、上記を分かる準備が出来ていないと、「西川先生は大学の先生だから、そういうのよね~」と思われるだけだと分かっているので。それを待つしかないのです。そのうち分かりますから。

追伸 教師が確認する代わりに子どもが確認するようにするのが本当の『学び合い』です。確認テストをする代わりに、全員達成をする意味を子ども達の前で語ることの方が大事なのです。どうすればいいか、それを分かっている子は2割はいます。その子たちの心に火を付ければいいのです。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2011/12/01 18:54いつも、ありがとうございます

結局、

「全員達成すること」

の素晴らしさを、子どもたちに語り続ける事が、何より大切なのですね

活動が活発でないと、つい全体に向けて当たり障りのない話をする程度で終えてしまいますが

それよりは

2割の子どもたちが

「全員達成」

の大切さを実感し、行動してくれるような語りを熱く語った方が良さそうですね

動かない子ではなく、動いてくれる子が周りを巻き込んでくれるように伝え続けていきます

ありがとうございました!

jun24kawajun24kawa2011/12/01 19:24語って下さい。

karakusa01karakusa012011/12/01 23:40ついつい動かない子に目がいってしまい、ついついその子に語ってしまう自分がいます。2割の子はいます。その子に語ります。

jun24kawajun24kawa2011/12/02 06:40はい。出口はそこにありますから。