西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

11/07/27(水)

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 私の講演は、マイク無しのマシンガントークでやります。多くの方から、マイクを使ってゆっくりと語った方が「学者っぽくて」いいのではないか、と言われます。が、そうしません。理由は、「マイクを使ってゆっくりと語る」ことが合う人もいますが、「マイク無しでマシンガントーク」が合う人もいるからです。どんな方法であっても、全ての人に合う方法はありません。

 最善の方法は、「多様」な方法を「柔軟」に行い「続ける」ことだと思っています。でも、人には合う方法もあれば、合わない方法もある。ではどうずるか。それは、「多様な人」が「多様」な方法を「柔軟」に行い「続ける」ことだと思っています。

 『学び合い』を十数年間続けています。でも、意図的に広げようと動き始めたのは6年前です。そのときから、一貫したイメージを持っています。

我々には固定的な組織は何もありません。あるのは、一緒にやろうとする気持ちだけです。例えば、「子どもに学ぶ教師の会」には、会長もいないし、総裁もいないし、代表もいません。講演申請の際に、私の名前を書くことがありますが、だからといって会長だから持っている権力は何もありません。一級・二級、一段・二段、ゴールド・シルバーもありません。『学び合い』の会をやろうと思ったら、だれ(当然、私も)の許可もいりません。そして、やり方は自由です。方法は自由ですが、課題は「みんな」を掲げることは『学び合い』のセオリーです。

 私は『学び合い』が科学に近い宗教(?)になって欲しいと願っています。(興味がある方は、私のブログの右にある検索で「科学 宗教」というものを検索下さい。そうとう拘っていることが分かると思います。

 歴史において多くの集団が盛衰する過程が記されています。分派がおこり、闘争が起こり・・・。でも、美辞麗句を並べ立てても、結局は、大多数の人をそっちのけした、特定の人のエゴ・利害に発しています。だって多くの場合、代替わりの時の遺産相続の時に起こりますから。でも、我々の場合は継承を争うものはなにもありません。

 科学において論争はおこります。でも、科学の分派というのはありえません。それは論争する当事者は、科学のもっとも根幹を共有しているからです。我々も少なくとも学校観・子ども観を共有し、議論し、実践し、考えの具現化を目指した様々な道を探りましょう。悩んだら、「一人も見捨てず」ということ思い、それに反していないか、問えばいいと思います。

ghjalghjal2011/07/27 22:26同僚に、「一人も見捨てない」や「みんなで幸せをつくる」という考え方は、宗教みたいだと言われたことを思い出しました。言い返せなかったのですが、今度は、「いいえ、科学です」とでも言い返そうかな?
おそらく学校観、子ども観の相違を話題にした場合、随分と敵もつくってしまうのでは?と危惧します。それ以上の味方もきっとはっきるするのでしょうが。

jun24kawajun24kawa2011/07/28 06:31分からない人もいますが、分かる人もいます。そして、大多数は、いつか分かる人です。学術で伝わる人もいますが、大多数は身近な事実で伝わる人です。