西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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11/03/02(水)

[]いい方法 22:23 いい方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いい方法 - 西川純のメモ いい方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何度も書いたことだけど、再度書きます。

 人に伝える方法に関して、色々な人が「これこれがいい方法」という言葉を聞くと、常に「誰にとって?」とつっこみたくなる。それがたとえ相対的にいい方法かもしれないけど、それにフィットする人もいれば、フィットしない人もいる。7割の人が分かればいいというならば、それもありかもしれない。でも、『学び合い』では、一人も見捨てない。万人に対して、「いい方法なんてない!」と思います。

 じゃあ、この人の多様性を前提にして、一人も見捨てずに伝えるにはどうしたらいいか?相手が多様なのだから、伝える側も多様であらねばならない。多様な人が、一人一人の頭を使って、その場にあった方法を多様に用いるべきだと思います。

 じゃあ、『学び合い』も使う場合もあるし、使わない場合もある、と思われる方がいます。でも、その方の場合は、『学び合い』を方法でとらえている。だからの誤解です。『学び合い』を「たち歩きOK」、「私語OK」、「教師の教科内容に関する発言は極端に少ない」等々の「方法」を『学び合い』ととらえるならば、そりゃ、いろいろな方法とブレンドできます。が、ブレンドした段階で、『学び合い』ではないのです。

 というのは、『学び合い』の本体は、「多様な人間と折り合いをつけて自らの課題を解決することが学校教育の目的」と「子どもたちは有能である」というたった二つの考え方だからです。過去の『学び合い』の方法も、現在の『学び合い』の方法も、未来の『学び合い』の方法も、全てこの二つの考えから引き出されたものです。

 だから、この二つの考えにぶれていなければ、方法はブレンドしても『学び合い』です。ところが、『学び合い』を方法ととらえている場合は、二つの考えにぶれが生じているはずです。特に、「子どもたちは有能である」という部分にぶれが生じているはずです。この基本的な部分にぶれが生じると、子どもたちは無能になります。そして、ブレンドしたものの『学び合い』(?)部分もうまくいきません。だって、子どもは「先生は我々を本当には有能とは思っていない」と見透かしますから。特に、出来る子どもが。