西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

10/10/16(土)

[]不安 22:25 不安 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不安 - 西川純のメモ 不安 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自分が本当の『学び合い』をやっているのか?と不安になっている方がいるかもしれません。でも、そんなことどうでもいい。大事なのは、一人も見捨てない教育が出来ているか?と問いかけてください。その願いが『学び合い』を生み出しているのですから。

[]誠意 22:17 誠意 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誠意 - 西川純のメモ 誠意 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が息子を本気で叱ること。

○挨拶をちゃんとしなかったとき

○いい加減にやっているとき(出来ないことで怒ったことはありません)。

○上記と同じですが、とりあえずのごまかしで、先延ばしにしているとき。

 だから、見ず知らずの人からのメールも、速やかに返信します。そして、私の時間内で可能な限り、ちゃんと返信しています。

 が、世の中には、それが出来ない人は少なくない。もちろん、息子と違って、本気で叱りませんが。

追伸 この手のことを書くと、「私ではないでしょうか?」とメールが来ます。大丈夫、そのようなことを気づく人は、上記の人ではありません。 

[]喧嘩の仕方2 19:28 喧嘩の仕方2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 喧嘩の仕方2 - 西川純のメモ 喧嘩の仕方2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 下のことに関連して。

 私は学生さんが恐ろしいと思います。教員は学習者に対する権力は、本当は限定的なのです。少なくとも法的に議論すれば、かなり危うい。それでいながら、求められるものは多い。私は規則で定められたものは求めますが、それ以外のことに関しては、それを拒否する権利があることを理解しています。それを円滑にするために、私の研究室を出ること、また、私の授業を履修しない権利を学生さんに持たせたいと願います。(研究室を出ることを拒否したり、授業を必修化することを求める人の気持ちが分かりません。私はそれは恐ろしいことだと思います)。

 私は自分より職階の低い人、若い人が恐ろしい。今は若く、職階は低くても、5年後、10年後には同等になる人は少なくない、そして、5年後、10年後は私は愚かになります。その時に攻撃の対象になるのではなく、生存を許される存在でありたい。

 私は『学び合い』は最善だと信じています。が、どんなときでも『学び合い』を強いません。そうすれば、反発が多くなることを知っています。無理に強いても、『学び合い』をやっているふりをされ、その失敗を全て『学び合い』のせいにするでしょう。私が求めるのは、法の定めていることです。つまり、一人も見捨てずに指導要領で定められている最低限の学力保証と、必要な出席日数です。心の中では、それを実現できるのは『学び合い』だけだと思っていますが・・・・

追伸 上記を学べたのは、私の初任校が最底辺の学校で、暴走族に物理を教えた経験に基づくものです。また、二十年前に助手の私に対して様々な言動をした人たちの、その後の変化をみていたからです。今、10年以上教師をしていれば、このことの意味はお分かりですよね。

[]喧嘩の仕方 19:13 喧嘩の仕方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 喧嘩の仕方 - 西川純のメモ 喧嘩の仕方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下では『学び合い』が成り立っていない場合、つまり、現状の我々の置かれている状況での喧嘩の仕方です。

 喧嘩の仕方で理解すべきは、最善は喧嘩しないことです。その最大の理由は、喧嘩をすれば例え勝っても自らも被害を得るからです。我々は次々に達成すべき事がある。自分の力が弱まってはそれが達成できないからです。

 喧嘩を避ける一番の方法は、その人を好きになることです。方法としては、私が信頼する人の中で、私が許せない人と折り合いをつけている人と話し合います。許せない人に「直」に腹を割って話すより安全性が高い。案外、単なる誤解ということがあります。少なくとも、単に「愚か」であると理解できる可能性はかなり高い。

 それでもその人を許せないとしても、その人を憎むのではなく、システムの問題だと理解する方が良いです。つまり現状のシステムの役割として、その人が行動していると理解します。なぜなら私が社会システムに「反感」を持っているとしても、日本においては私に攻撃することはまずありません。攻撃するのは「人」です。攻撃したいと思わせない方が良い。

 システムではなく、その人の個人の問題であると判断した場合、関わらないのが一番です。私の場合は、その人のメルアドをスパム設定にします。どうしても話し合わなければならないことがあれば、その人の話を忘れます。当然、その人からの依頼はしません。というより、聞き流すので、本当に忘れますから。後でそのことを指摘されたら謝ります。その人に対して、限りなく無能になるのです。

 さて、以上のことが全て駄目だったとき、つまり、その人の本性が問題で、とても許せず、かつ距離を置けない場合、はじめて喧嘩をします。

 さて、喧嘩の勝ち方です。まず、長期戦を覚悟しましょう。完膚無きまで勝たねばなりません。中途半端に勝つならば、しばらくしたら反撃されます。そこまで勝には、一度の会議で勝つとかいうレベルではなく、システムが常に勝利を保証するようにしなければなりません。

 そのためは、まず、自分が攻撃していることを悟らせてはいけません。公的な場、準公的な場(例えば匿名のインターネット)でそれが分かるような言動は封印します。

 次に、その人と自分との立場の違いを、公のレベルで再定義しましょう。自分が「嫌い」では、システムにすることは出来ません。

 次に、その立場の違いに関係する法律を徹底的に調べます。施行令・施行規則やその組織の定款などを調べます。

 次に、信頼できる複数の人と相談します。その際に、「その人」ではなく「その人の言動に代表されるもの」を相談します。「その人」レベルでは、単なる個人同士の喧嘩になります。それでは多くの援助は期待できません。そして、喧嘩の同志になってもらいます。

 そして、常に考え、準備します。必要に応じて、法律を調べ直したり、人と相談します。これを最低半年、多くの場合は3、4年かけて行うのです。その中で、最初は直感的な「嫌い」だったものを本当にシステムの問題として理解するようにします。

 私が「したたかに」という言葉に込めている、怖い意味はこれです。

 ただし、補足しますが、上記までに怖い計画をすることは殆どありません。なぜなら、人は大抵はそれほど悪気はありません。そして、明確に「それ困るよ」と言えば、ある程度加減してくれますから。上記をしなければならないのは二つのタイプの人です。第一は自分と違う考えの人を認められず、潰そうとする人です。第二は、自分より年齢が若い人、職階が低い人に対して、配慮する必要がないと思っている人です。数はそれほど多くはいませんが、一定数はいます。困ったものです。

みっぴみっぴ2010/10/16 21:19第2のタイプがうちの学校にもいて、非常勤で来ている先生が、非常勤なのに夜遅くまで残って仕事をさせられている状況があります。何とかしないと真面目なその人が倒れてしまいそうなので、今、策を練っているところです。まずはしっかり外堀を埋めて行きます。

jun24kawajun24kawa2010/10/16 21:24うむ~・・・・
難しいですね・・・

ghjalghjal2010/10/16 22:41したたかさには、強さが必要かと思ったけれども、怖いと思えるほどのしたたかさも必要だったとは…でも、そこまでの範疇に遭遇する可能性もあるかもしれないけれど、きっと少ないことを祈りたいです。

jun24kawajun24kawa2010/10/16 23:03はい。私の願いは、上記を理解して、安易に戦わないで欲しいということです。戦うことは、とても恐ろしいことですから。

irutyanirutyan2010/10/17 07:58>大事なのは、一人も見捨てない教育が出来ているか?と問いかけてください。その願いが『学び合い』を生み出しているのですから。

すごく安心しました
いったい誰のためのもの?
本当に、一人も見捨てていない?
と常に自分に問いかけて、その時の最善を選択します。
ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2010/10/17 19:00その視点で見直せば、『学び合い』の手引き書で例示しているものが、いかに効率が高いかが分かると思いますよ。ふぉふぉふぉ

daitouirukadaitouiruka2010/10/17 22:46自分なんかが『学び合い』を伝えることが許されるのか?とんでもなく勘違いしていることをしているのではないか?
『学び合い』について聞かれたり、出前授業をする中で、そんな不安にいつも駆られているところでした。
とてもシンプルな判断基準「一人も見捨てていないか」を改めて示されてなんだか少し気が楽になりました。
『学び合い』は効率がいいと思います。しかも、基本の考え方も、革命的だけどシンプル。
航空技術者でもある『星の王子様』の著者サンテグジュペリの言葉で、こんなの見つけました。
「完璧な設計だとわかるのは、付け加えるものがなくなったときではなく、取り除くものがなくなったときである。」
今まで私がやってきたことの中で、「なくてもいい」「ないほうがいい」と思えるものに『学び合い』の考え方は気づかせてくれています(同時に、やってなくて「やったほうがいい」と思えるものにも気づかされていますが)。

jun24kawajun24kawa2010/10/18 06:39例の会談、期待していますよ。一気に攻めましょう!

daitouirukadaitouiruka2010/10/18 13:41会談のお話があった時点では予定になかった複式校での私の出前授業のことも交えてお話ができそうです。
いただいた資料も拝見しているところです。
すごいです。

jun24kawajun24kawa2010/10/18 14:12西川ゼミって凄いでしょ!自慢します。