西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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10/10/12(火)

[]生き方 06:54 生き方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生き方 - 西川純のメモ 生き方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私にとって『学び合い』は学習論・指導論ではなく、生き方です。社会において集団と対峙するとき、何を成すべきか、成さざるべきかを判断するとき、『学び合い』の学校観(つまり何が大事か)と子ども観(集団とはどんなものか)に基づいて考えます。だから、私に対して、ありとあらゆる、様々なジャンルの質問に対しても、数秒のうちに回答します。

 学生さんから部活の問題の相談を受けても、家庭教師の子どもの相談を受けても、発展途上国問題を質問されても、教育実習の相談を受けても、親兄弟の相談を受けても、就職の相談を受けても・・・・、私は確信を持って、『学び合い』の考え方に基づく分析をします。そして、そのような生き方をしていることによって、私はいかに「得」であるかをしつこいぐらいに語ります。

 このようなことをしているので、ゼミ生は、私はゼミの運用として『学び合い』をしているのではなく、私の生き方の一環として、当然、ゼミにも適用していると感じていると思います。そして、何でそんなに無略茶な要求を私がしているかと言えば、私はその要求が学生さん当人にとって絶対に「得」であると確信しているからと感じていると思います。

 でも、そうでなければ、子どもはどう思うでしょうか?特に、『学び合い』に今乗り切れない子ども、乗っていたが迷いがある子、その子はどう思うでしょうか?きっと「先生が楽したいから『学び合い』をやっているんだ」と思わないでしょうか?あることを人に求めるとき、その正しさを確信し、それを求める人にとって有利であることを確信したとき、迫力を持って語れます。

追伸 私が最も頻繁に歯がゆく思う事例は、生徒指導と教科指導を分離してしまう事例です。『学び合い』は学力向上の前に人間関係の改善が顕在化します。そこで満足してしまう人が少なくない。でも、それではやがて人間関係も低下します。『学び合い』はトータルなものなのです。点数を求めること、それが点数を求めることだけを目的としているわけではない。生き方、それで考えて欲しい、そして、それで自らが生きて欲しい、と願います。

bunbun-hbunbun-h2010/10/12 12:36原則は極めてシンプル。だからこそ、我々、学校外の人間にも適応する。それが『学び合い』と標記されている「もの」なのだと理解しています。(言い換えれば『学び合い』が消えても、それが現していたその「もの」は消えることはあり得ない。と言うことでしょうか)

jun24kawajun24kawa2010/10/12 15:46全員がそれを普通と思うならば、『学び合い』という言葉は必要ないでしょうね。

katokiti2003katokiti20032010/10/12 17:12>原則はシンプル
ここに全てが集約されているとぼくは思っています。
でも1つどうしても分からないんです。
どうして『学び合い』という名称をつけたのか。
『学び合い』に出会って2年経ちますが、これだけは分からない。というより、なるほど納得という答えに出会っていません。

jun24kawajun24kawa2010/10/12 19:30あははは
『学び合い』の手引き書の最初の方に、それのリンクが書いてあります。その前後のメモをお読みください。どんな名称をつけても限界があるのです。

bunbun-hbunbun-h2010/10/12 19:45僕は、あえて手垢にまみれた「学び合い」ということばを使用したところに、大切な意義があったのだと思います。
手垢にまみれている、ということほど大切なものは、この世の中にはないのですから。

jun24kawajun24kawa2010/10/12 22:39手垢にまみれたものが、我々によって再定義され輝く。それを狙っています。我々の『学び合い』が基準になれば良いんですから。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2010/10/13 01:20私こそ『学び合い』の申し子です!!

と言いたいところですが(私は自分に甘いので!)

「お前はまだまだ!!」

という師匠の突っ込みが怖いので

更に上を目指して頑張ります!!

いつもありがとうございます!!!!!

jun24kawajun24kawa2010/10/13 06:52『学び合い』はホモサピエンスの数十万年洗練させた基本戦略なので、我々はみんな『学び合い』の申し子ですよ。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2010/10/13 21:33御意!しかし、その基本戦略を忘れたしまった人が多すぎです!!