西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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09/12/14(月)

[]自分 22:05 自分 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自分 - 西川純のメモ 自分 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自分は普通の人間なんだ、と思うと気が楽になります。事実、そうなんですから。

[]守破離 08:26 守破離 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 守破離 - 西川純のメモ 守破離 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 守破離という言葉があります。あることを学ぶ段階です。守はまずあることの基本を学ぶ段階で、その基本を正確に行います。基本は先人が積み上げたものであり、ある意味、最も安全な道です。基本を学ぶ前に、自分なりにアレンジを加えることは、危険な道とも言えます。私が学校レベルのサポートをする時、「我校独自の『学び合い』」と称するものを新しい先生に伝える学校があります。その学校の判断なのですから、敢えて言いませんが、心の中では「危ういな~」と思います。そして、半数以上は、思った通りになります。

 破の段階とは、守の段階ので基本では、覆いきれないことが起こり、それがために基本を破る段階です。そりゃ、そーです。おかれている環境は千差万別です。基本では覆いきれません。ただし、『学び合い』の場合、基本の方法では覆いきれませんが、基本の考えは常に正しいと思います。だから、基本の考えに基づき、基本の方法を破らなければなりません。私から見ていると、この基本の方法と基本の考えの違いが曖昧で、方法のレベルで考え方の異質なものを取り入れてみようとしている段階が「破」の段階です。

 しかし、もし、基本の考えで、基本の方法を破るようになれば「離」の段階だと思います。つまり、破ろう、破ろうという気持ちから離れて、基本の考えに基づいて方法を融通無碍に変えられる段階が「離」です。基本の考えは方法に対して明確な指針を与えますが、自由度が高いものです。政治的にも「したたか」になれます。離の段階で離れるのは「破ろうとする己の心」です。そんなことを気にならなくなるのです。気にはならなくても、己の中に、学んだものが残るのです。

enablerenabler2009/12/14 09:35深いですね。

jun24kawajun24kawa2009/12/14 10:06はい、シンプルだから、深くなります。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/12/14 10:13今、一時間目の授業を参観してきました。気になったので早速コメントです。本当に気をつけなければならないことだと思います。うちの学校でも自分自身で危惧していることです。特に全校をあげて始めるときには注意が必要だと感じています。いきなりトップダウンで学校を変えるには校長はじめトップの強烈な意志というか哲学が必要です。というか学校としての哲学が必要だと思うのです。教師集団や子ども、保護者が必要とした変化ならばスムーズにしかも劇的に移行できると思うのですが。特にうちのように人事異動がきわめて少ない学校は一度変化すればすごいことになると思います。そんなことを考えていたので、ちょっとまえに管理職に来年度は授業をする立場を熱望しました。なぜなら、授業を見てもらい体からです。そして、その授業観に共感してくれる先生としっかりと『学び合い』を学びたいと思っています。実際の授業をもって輪をひろげたい。いまやってもらっている先生は昨年の授業を見てもらい共感してもらった先生なのですから。それが一番の方法だとも思っています。そのときが本当の意味でのスタートだと思っています。正直、考え方で共感してもらっていない先生に無理にやってもらうのは、その授業を見ていて子どもをだましているようで心が痛みます。「学び合い」を強要されるのとは違いますから。そういった先生に授業をしてもらうと、授業の振り返りのときにそうじゃない!とその先生の授業を否定したい衝動に駆られます。これでは学校は変わらないと思っています。だから今は、無理にやってもらおうとは思っていません。考え方を共有している先生の授業を通して、その先生にも共感してもらう地味な活動に移行しています。幸いTTが多いので人の授業を見る機会に恵まれているのが利点です。やりながら課題がいっぱい見えてきます。
ですから、学校を無理やり『学び合い』を導入しようとは思いません。それよりも、『学び合い』をやってみたい。『学び合い』こそ私の学校の教育理念を体現するものだと感じてもらえるようにしたいと思っています。
それとは別に、山梨に『学び合い』を必要としている人のネットワークをつくることには意味を感じています。自分もそうでしたが、同志がいると勇気付けられますから。

jun24kawajun24kawa2009/12/14 13:25ただし、考え方をダイレクトに理解できる人は、殆どいないと言うことは織り込んで下さいね。分かったと思って、失敗することによって分かるものですから。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/12/14 20:20はい。私も可能な限り各地の会に参加して皆さんのTry&Errorから学びたいと思います。自分ひとりでやるよりは多くのことを学べると思うから。

ghjalghjal2009/12/14 21:05「したたかに」政治のためにも、「離」の段階に高まらなくてはならないのですね。「のほほん」と進みます。

jun24kawajun24kawa2009/12/14 21:48お二人とも、期待しています。
あははは