西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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09/10/11(日)

[]凄く大事なこと 21:51 凄く大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 凄く大事なこと - 西川純のメモ 凄く大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は『学び合い』は考え方だと主張します。でも、それが理解されることは、非常に困難です。

 私はありとあらゆる方から質問や議論や論争を受けます。しかし、その99%以上は、方法レベルです。方法レベルの質問を受ければ、方法レベルで応えます。しかし、本当は考え方のレベルで議論が出来れば、もっと簡単に結論を出せます。方法のレベルで議論すれば、「この場合は、どうなるのか?」、「でも、こうだったら、どうなるのか?」という風になり、重箱の隅をつつくような議論に陥る危険性があります。が、方法からしか考え方は理解されないかも知れないと思い、方法のレベルで応えます。(そういう同志も多いですよね)

 でも、考え方のレベルの説明もしなくてはと思いました。

 『学び合い』では、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」という学校観の上に立っています。でも、この言葉の奥の深さをどれだけ理解できるかが勝負なんです。

 簡単な理屈です。どんな教育でも、学習者が本気になって学ぼうとしなければ学習は成立しません。当たり前ですよね。テレビ番組の面白実験ショーのようにすれば、面白くは出来ます。でも、それは実験を演示する人が主体者で、それを見る人は受動者です。それではたかが知れている。そんなことでは本気に学ぼうとは出来ません!

 私の25年間の結論は、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」を学習者集団に語り続けること以上に学習者集団「全員」が本気に学ぼうとさせる道は無いと断言できます。

 学習者集団の一部を本気に学ばせようとするならば他の道もあります。「俺についてくれば東大に合格させる!」というカリスマ予備校教師も、「俺は腕一本で生きていくんだ、勉強なんてどうでもいい」という子どもを引きつける力はありません。テレビドラマの熱血教師、また、教師のあるべき姿として認められている教師のように、「どんなに子どもに裏切られても、信じ続け、全ての時間を費やして救い続ける」教師も、救えるのは数人程度でしょう。だって、一人の人間を救うのにどれほどの時間がかかると思いますか?どんな人間も24時間しかありません。それで割り算すれば、当たり前の結論です。テレビドラマや自伝の世界だったら、その数人のことを詳細に語れば良いだけです。でも、その教師のクラスには、そこの書かれなかった多くの子どもがいたはずです。例えば、金八先生(お~古い・・)のクラスの中で、名前を知っている生徒はどれだけいませすか?1年間の連載で、一度も主人公にならなかった子どもはいたはずです。でも、その子どもにとっては、自分は主人公なんです。

 もし、学習者集団の全員を本気に学ばせようとする道が、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」以外にあるならば、その瞬間に私は頭を下げます。でも、どう考えてもありません。(あると思われる方がいたら、是非、議論しましょう。学びたいと思います)

 もし、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」が正しいとしたならば、あとは簡単な理屈です。折り合いをつけることを学ぶためには、学校にいる時間の殆どを折り合いをつける時間とすべきです(当たり前ですよね)。そうであれば、教師がゴチャゴチャしきる時間を削らなければなりません(当たり前ですよね)。そうであれば、子どもが問題が解けようが解けまいか、そんな次元の話ではありません。

 まず、学校教育の目的は何かを押さえて欲しい、そして、学習者はどんな存在かを教えて欲しい、そして、自分がスパーマンでもないし聖人君主でもないことを認めて欲しい。そのレベルの議論をしたいと願います。

追伸 幸い、『学び合い』の考え方は、あらゆる面で完璧に近いものです。理由は簡単です。人類が数百万年、洗練し続けた戦略だからです。たかが十年、百年程度の姑息な戦略に負けるわけありません。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090413/1239582257

ftogpxtakaftogpxtaka2009/10/11 18:19本日の先生の記事、あらためてじっくりと読ませていただきました。すごくいい刺激になりました!!

jun24kawajun24kawa2009/10/11 21:46基本が大事ですよね。

なっつなっつ2009/10/11 22:09『学び合い』紹介所ブログにトラックバックさせていただきました。
色々悩んでいたところがすっきりしました。
ありがとうございます!!

jun24kawajun24kawa2009/10/11 22:15偉そうに書いていますが、私も日々悩んでいます。
色々な人と支え合いたいですね。

なっつなっつ2009/10/12 13:54トラックバックありがとうございます。
早速ボタンをぽちっと押させていただきました。
はてな。の『学び合い』グループのメンバーがボタンを押すだけでも、かなりの数になりそうですね。

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2009/10/12 18:11僕もブログ村参加しましたー♪

jun24kawajun24kawa2009/10/12 18:19みんなで、色々なことをしましょうね。