西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

09/10/31(土)

[]11月 17:31 11月 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 11月 - 西川純のメモ 11月 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日より11月です。私の講演予定を再度お知らせし、お誘いします。参加を決定されている方は、参加の手続きをして下さいね。

11月7日 金沢大学附属小学校で講演します。

11月11日 大分県別府市の南小学校で講演をします。学校で『学び合い』を取り組んでいる学校です。

11月12日 佐賀県の東与賀中学校で講演します。学校で『学び合い』に取り組んでいる学校です。

11月14日 福岡で『学び合い』の会があります。なお、前日の夜に、同志と飲みます。いっしょに、飲みたい方は『学び合い』の会の方に申し出て下さい。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/munehiro/

11月21日~22日は大阪の『学び合い』の会があります。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/manabiai-osaka/20091031

11月27日 福島県赤木小学校の研究会があります。

私は講演しませんが、以下のようなものがあります。

11月8日(日)県民サポートセンター会議室で午後1時から『学び合い』神奈川開催

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/ghjal/

11月10日に沖縄で『学び合い』の会が開かれます。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/okinawa-go/20091026

11月18日 新潟県村松小学校研究会があります。私は講演はありませんが、ゼミ生と参加します。学校として『学び合い』に取り組んでいる学校です。

[]自らの 11:39 自らの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自らの - 西川純のメモ 自らの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の学校観は、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」というものです。短い、そして当たり前のことのように思われるかも知れませんが、一つ一つの言葉は十数年間吟味した言葉なんです。

 例えば、「自らの課題を」というのは当たり前のようで、実は革命的な意味を持っています。おそらく、多くのグループ学習や、一般の学び合いでは、「みんなの課題を達成する」ということを強調するでしょう。また、部活では「部はチームなんだ、部の優勝を目指せ」とハッパをかけられます。でも、これって全体主義のようなもんです。「一人はみんなのため」と言われます。でも、「みんなは一人のため」なのです。

 よほどのことがない限り、マズローの欲求の段階説を引用しなくても、我々人間は個の欲求を最優先することは当然です。我々も滅私奉公でみんなのためという子どもの行動は1ヶ月半も持たないことをデータとして持っています。1年間、継続するためには自らにメリットがなければなりません。

 「みんなの課題を達成することをみんなが目指すことが、自らの課題を達成することに繋がる」、それが『学び合い』です。こう考えてみれば、多くのグループ学習や、一般の学び合い、そして青春ドラマの部活とは違うことは明確だと思います。

 『学び合い』の考え方は、当たり前の言葉のようですが、十数年間の研究・実践の積み上げの成果なんです。

manabiai-osakamanabiai-osaka2009/10/31 14:24こに~です!

世の中は『学び合い』ですよね!
最近しみじみ実感しています。


ところで、大阪『学び合い』の会のブログ作成しました!
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/manabiai-osaka/

こちらもよろしくお願い致します。

jun24kawajun24kawa2009/10/31 17:16了解しました。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/31 20:06こんばんは

個々の課題を皆で解決を目指すことが『学び合い』だとすると

「クラスで一つの結論を出す」といった会議のような課題?の場合は、『学び合い』の考え方は使えないのでしょうか?

確かに「話し合い」等を行うと、意欲的な子と、そうでない子の差が激しいように感じます

(掃除の指導なども、同様に難しさを感じます)

現時点で感じるのは、『学び合い』の考え方がクラスに浸透していく中で、共同作業的活動に対しても皆の意欲が高まるのかな?と思っています

takami_swctakami_swc2009/11/01 11:56『学び合い』の学校感についてのお話,とてもよく分かりました「みんな」を大切にすることに関しては,何となくひっかかっていました。「みんな」を通して「自らの課題」の達成を目指するならば納得です。ただそれをどう子ども達に知らせ,納得させるか。これが問題だと思っています。

jun24kawajun24kawa2009/11/01 20:17Kyo-tokyoさんへ
 どんな場合でも『学び合い』は有効です。例えば「クラスで一つの結論を出す」というレベルで留まっていれば、問題が起こるかもしれません。しかし、1年のスパンでクラスを考えれば、子ども達は折り合いをつけますよ。
Takamiさんへ
 期待しています。

o4dao4da2009/11/01 20:24しかし、1年のスパンでクラスを考えれば、子ども達は折り合いをつけますよ。

この部分についてもう少し教えてください。

jun24kawajun24kawa2009/11/01 21:47つまり、その日の議題のことだけを考えていれば折り合いはつけられないけど、もっと長いスパンで考えれば折り合いをつけるということです。
例えば、1年以上付き合うであろう現在の職員室のメンバーと折り合いをつけるとき、その日のレベルで考えるのではなく、1年で折り合いをつけるでしょ。あれですよ。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/11/03 15:43西川先生へ

回答ありがとうございます

皆で高まる事の良さを全員が理解していけば、色々な問題は乗り越えて行けるのだろうなと思いました

ありがとうございます

09/10/30(金)

[]超大物 19:33 超大物 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 超大物 - 西川純のメモ 超大物 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、若いゼミ生と個人ゼミをしました。個人ゼミは禁断の味です。本当に可愛い。が、話していてビックリしました。

 彼は、私の出会った若者の中でトップクラスの大物です。少なくとも私を越える大物であることに関しては確信があります。何故そう思ったかは、差し障りがあるので「ひ、み、つ」です。でも、とにもかくにも、凄いやつです!

ghjalghjal2009/10/30 19:52すごい人がいるもんなんですね。今度お話してみたいです。

jun24kawajun24kawa2009/10/30 22:20是非、でも、ghjalさんとは長野ツアーの飲み会で会っていますよ。私も、彼がそれほどの大物だと本日気付いたのです。びっくり

09/10/29(木)

[]その先 21:51 その先 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - その先 - 西川純のメモ その先 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ブログでは、特定出来る対象の批判と思われることは書かないことをルールにしています。しかし、書きたくなりました。

http://3kensya.blog3.fc2.com/blog-entry-2418.html

 たしかに、一理あります。習熟度別によって救われるクラスの子もいます。

 しかし、その先があるはずです。つまり、頭のいい子に『わからへん』と言えるクラスです。子ども達が巣立っていく大人の社会では「頭のいい人」は山ほどいます。そして、習熟度別ではありません。我々は子どもを大人にしなければなりません。それは習熟度別では育てられません。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/29 21:55同感です

確かに、習熟度別のクラスを受け持ってみると、その中で井の中の蛙のような感じになっている子どもを見る事があります

でも、そんな小さな世界で優越感を味わっても、本当の幸せは得られないと思います

周りの仲間とつながりながら、より大きな目標にチャレンジしていく事にこそ、人生の喜びはあると思います

私自身がそれを実践したいし、子どもたちにもそれを伝えたいです

jun24kawajun24kawa2009/10/29 23:05期待しています

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/10/31 00:53実際にいっぱいいます。先日もいました!よくできる子に教えてもらう立場の子が「もういいっ!」って言ってのけ、他の子に教えてもらう光景を!N先生のゼミにいた頃、若い先生の教室に入ってデータをとっていたときにもいました。できると思っていた子が学び合いをしていて仮面がはがれていく様子を見ました。その子は習熟度別の授業では一番よくできるクラスにいたのですが、学び合いでは教えるのが下手の子という立場に立たされました。そして、そこからはい上がって教え上手になっていきました。
学び合いの良さを同僚が言いました。「どんな子でも同じ空間で同じ問題を解くことができる。でも課題をみんな違うんだよね。」と!

jun24kawajun24kawa2009/10/31 07:46周りの方に、それを伝えて下さい。
期待しています。

09/10/28(水)

[]大義は我にあり 22:24 大義は我にあり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大義は我にあり - 西川純のメモ 大義は我にあり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は同志のブログコメントに「大義は我にあり」と書くことがあります。

 ふと、そのことを書きたくなりました。以下は教師の同志に対してです。

 『学び合い』はトータルです。学力も上がります。人間関係も良くなります。特別支援も良くなります。そして、教師に余裕が生まれます。

 でも、それの実現に苦しんでいる同志もいるでしょう。そうなれば、学力を上げるならば別な道があっていい。人間関係を良くするならば、別な道があっていい。特別支援ならば別な道があっていい。教師が余裕が生まれるならば別な道があっていい。と思うでしょうね。

 しかし、『学び合い』にしか出来ないことがあります。

 それは目の前にいる子どもの一人も見捨てず、大人にするという実感を毎日感じることです。何人かはしょうがいない、と合理化するならば他の道もあります。部活の子ども全てを大人にすると言うならば、部活の顧問でも可能です。特別苦しんでいる子どもに徹底的に寄り添うことも出来るでしょう。でも、目の前にいる子どもの一人も見捨てず、大人にするという実感を毎日感じること、それは『学び合い』しかありえません。教師は毎日、全ての子どもの前に立ちます。それに恥じない毎日を過ごせるのです。

 もう一つあります。現実の毎日は、思うように行かない毎日です。社会が悪い、校長が悪い、保護者が悪い、あの子どもは駄目だ、と合理化したくなる罠はいたるところにあります。でも、一度でもその罠に捕まえられれば、どんどん腐っていきます。

 国会議員でもない、首相でもない、我々が、現実の中で苦しんでいる子どもや同僚に目を背けず、かつ、自信の無力感にうちひしがれないようになるためには、少しでも改善の兆しが見え、毎日の営みの先に光が見えるものでなければなりません。私は、日本中の人が幸せになると言う妄想が、現実としか見えません。

 個々の問題、個々の人間関係・・・。そんなものを離れて、これからの人生を誇り高く生きるためには、大義は我になりと信じられるものが必要だと思います。そして、正確に言えば、大義は我々にあるのですから、一人で背負わなくて良いのです。

 そのレベルで、毎日、個々の問題を相対的に見ようと思っています。

[]禁断の味 21:43 禁断の味 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 禁断の味 - 西川純のメモ 禁断の味 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日は久しぶりに個人ゼミをしました。

 ゼミ生はなんて可愛いんだろう、と思いました。う~ん、禁断の味です。私がゴチャゴチャ言っているレベルのことは、集団の形成によって乗り越えられる部分です。駄目だな~

katokiti2003katokiti20032009/10/29 00:22「大義は我々にあり」
心の支えです。思いっきり叫びたい気分です。

1つ質問です。『学び合い』にしかできないことについて。
>目の前にいる子どもの一人も見捨てず、大人にするという実感を毎日感じることです。
これは、私自身も、ものすごく感じています。一教師として、すごく幸せであると思います。
では、「子ども」「子どもたち」の目線に立って、このことを解釈すると、「安心して、大人になっていく実感を毎日得られる」と言うことになるのでしょうか?
ちょっと自信が持てず、質問してしまいました。すみません…m(_ _)m

tako-suketako-suke2009/10/29 06:02合理化に負けそうなとき,「これは罠なんだ」と今日一日思いながら,過ごしたいと思います。

jun24kawajun24kawa2009/10/29 06:43katokiti2003さんへ
質問の意図がちょいと分からないですが・・・
『学び合い』の語りをちゃんと語れば、「大人」とは何かと言うことを子どもは理解します。おそらく、クラスの2割以上(おそらくは6割以上)は、そのことを意識で出来るはずです。
でも、普段は意識しないでしょうね。我々が空気の存在を意識するのは、水泳で空気を吸えなくなったり、強風の中で自転車をこぐときのように不都合が起こるときです。そうでないときは意識しません。
ごく普通に周りの人を信頼し、ごく普通に自分の課題を達成できる。そんなことが普通になるのだと思います。
tako-sukeさんへ
合理化したいという誘惑は当然のことです。でも、それに負ければ、とめどなく自分が腐っていきます。子どもや親の悪口を延々と話す教師が、どんな教師であるかはご存じですよね。でも、合理化したくなるのは当然です。踏みとどまるためには、志の高い人と繋がって、語り続けるしかありません。

katokiti2003katokiti20032009/10/29 08:03筆力がなく、うまく伝えられなくて申し訳ありません。
>それは目の前にいる子どもの一人も見捨てず、大人にするという実感を毎日感じることです。何人かはしょうがいない、と合理化するならば他の道もあります。部活の子ども全てを大人にすると言うならば、部活の顧問でも可能です。特別苦しんでいる子どもに徹底的に寄り添うことも出来るでしょう。でも、目の前にいる子どもの一人も見捨てず、大人にするという実感を毎日感じること、それは『学び合い』しかありえません。教師は毎日、全ての子どもの前に立ちます。それに恥じない毎日を過ごせるのです。

という部分を読んで、教師や大人、社会全体の人々(…あ、これに子どもたちも入りますね)にとっての『学び合い』しかできないことと感じ、では子どもたち(児童・生徒の立場として)にとって『学び合い』しかできないことってなにかなあ…と考えていました。
昨日iku-nakaさんのブログに、生徒たちが『学び合い』ではない方を選択したという話がのっていたので、少し読んでいて気になっただけです。結局、自分で質問しながら、自分で回答してしまっていましたが…(汗)

jun24kawajun24kawa2009/10/29 09:13『学び合い』は教育法ではなく、人生全てに通じるものです。子どもが選択したとしたら、まだ、伝え切れていないと言うことだと思います。捲土重来を期待しているところです。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/10/29 23:30本当にデンジロウになろうと頑張っている人がいっぱいいます。そういった仕事も受けたことはありますが、それはそれで違う仕事だと割り切れないとできません。でもそういった仕事をしていると勘違いしている人と必ずぶつかります。まだまだ青いってことでしょうが、なんだか子どもをだしに自己実現しているようで…本当に目の前にいる全員の子どもが学ぶ空間をコーディネートしようと思ったらあのような方法では無理だとわかるはずですが…

jun24kawajun24kawa2009/10/30 06:36『学び合い』が広がれば、そのような誤解も解消されるでしょうね。
教師がでんじろう先生になるのではなく、子どもがでんじろう先生になればいい。いや、指導要領で定められたことを確実におさえるのですから、教科書で学ぶことが、どれほど深いことで面白いことかを分かってもらうことが大事ですね。
期待しています。

09/10/27(火)

[]評価 22:44 評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 評価 - 西川純のメモ 評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 評価が甘いと、人は易きに流れる。

 信頼と放任の違いを我が身に振り返る。

[]ついに 19:01 ついに - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ついに - 西川純のメモ ついに - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ついに実現しました。来るべきものが来るだけのことですが、それでも嬉しい。

 本日、上越のS小学校の全校の異学年学習が体育館で始まりました。正確には一つの学級がインフルエンザのために学級閉鎖なので全校といえないのですが、それでも1~6年(そして特別支援学級)の『学び合い』です。

 セオリーによれば素晴らしい『学び合い』が成立するはずです。と、分かっているのですが、初めてなので、ちょっとドキドキ。でも、始まれば、セオリー通りです。安心して、そして心地よい時間を過ごせました。

 なんて、これほど簡単で、効果絶大な異学年をしないなんて、バカみたい。ふぉふぉふぉ

ghjalghjal2009/10/27 21:43自分の現場でいつ実現できるのか。夢にすら近いのです。が、おそらく究極の異年齢での『学び合い』の中では、もはや特別支援学級の意味などなくなってしまうのでは。っと夢想します。夢想というのは、裏付けがないからです。実践的にも理論的にも裏付けがないからです。でもおそらく、直観として、夢想できるのです。

jun24kawajun24kawa2009/10/27 21:47夢想ではありません。
馬鹿馬鹿しいほど、簡単な理由です。
我々は全員、一人一人の特別支援を必要としています。
つまり、ごく一部の子を対象とした特別支援は馬鹿馬鹿しいと思います。

motoryoumotoryou2009/10/27 22:04その「簡単な理由」が通らないのは,なぜか…。一人の教師が45分に30人も(20人だって)本当の意味で教えられないことだって,まずすんなりとは受けいれてもらえませんしね。

jun24kawajun24kawa2009/10/27 22:095年後には、その当たり前のことが認められる社会を創りましょうね。
大義は我にあり!

MizuochiMizuochi2009/10/27 23:09じゃ、1月23日も全学年で・・・^^;

jun24kawajun24kawa2009/10/28 05:25あははは
それもアリだけど、細かい調整が必要だね。

o4dao4da2009/10/28 22:47確かに全校異学年だと、誰とかかわったか、より多くの人と、男女の壁というのは無理が前提です。何人もの子が「おーいみんなできたか」をして重複してチェックする中で「みんな」を達成するのでしょう。だから「みんな」にこだわるのでしょう。(頭では分かっているのですが・・・)クラスでも同じことなんですよね。

jun24kawajun24kawa2009/10/29 06:30一斉指導と『学び合い』の違いは、『学び合い』は人数が多いほど、多様であるほど、「楽」なんです。「みんな」の押さえが出来ていれば、本当に簡単にうまくいきますよ。やってみれば分かります。

09/10/26(月)

[]成長 22:46 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日は、息子の成長を祝いたいと思います。

 息子は注射が大嫌いです。小学校3年生ですが、注射の受けるときはこの世の終わりみたいに騒ぎ、逃げます。

 本日、それを乗り越えました。高い高いをして褒めました。

[]理科 07:10 理科 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理科 - 西川純のメモ 理科 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ふと気がついて、変な気持ちになったのでメモります。

 私は筑波大学の生物で生物物理学を学んだ理科人です。大学院では理科教育を専攻しました。東京都の高校の物理教師として採用されました。そして、理科教育学の世界では最も論文を書いた人間であり、日本理科教育学会賞等の各種の学会賞を受賞しました。現在、日本理科教育学会の学会誌の編集委員長です。と書けば、私は理科教育の人間だと思われるのが普通だと思います。

 が、ふと思い出したのですが、最近、私は理科のことを相談されることは全くありません。私が現場の先生方や、学生さんに聞かれることは、「スイミー」や「藁靴の中の神様」のような国語、「三人の武将」のような社会、図形の合同のような算数が主です。体育もありますし、技術もありますし、音楽もありますし・・・・・。でも、理科のことを相談されることはありません。不思議に思っていつ頃から、どのようにして、そうなったのか思い出しました。

 先に書いたように、私は大学・大学院で理科を学び、高校の理科教師でした。大学に異動してからは、理科コースに所属し、理科教育を担当していました。そして、理科教育の研究をしていました。

平成8年ぐらいから『学び合い』の研究にシフトしつつあり、平成9年から本格的に『学び合い』の研究に突入しました。平成11年ぐらいから、理科以外の教科に関する研究を始めました。しかし、当時は理科コースに所属していたので、理科との比較という位置づけでした。

平成12年に理科コースから学習臨床コースに学内異動しました。その結果として、西川ゼミに所属する学生さんは理科以外の学生さんが所属することになりました。特に、学部生はほぼ全員、理科以外の学生さんです。最初はドキドキだったんですが、教科内容は違っても基本は同じであることに気付きました。

 平成14年に国語の研修に講師としてよばれるようになりました。私が理科教育以外の人間として対外的に認められた最初の経験です。その年に、学内事情から学内全学必修科目の理科教育を担当できなくなりました。しかし、コース科目で理科を担当していました。 これ以降、対外的な講演で、理科の依頼が少なくなり、教科全般の『学び合い』の依頼が増加しました。

 そして今年になってからは理科の依頼が無くなりました。そして、私が専門職大学院に学内異動した結果、大学における理科の授業科目の担当が無くなりました。

 そして、おそらく現在、私が理科人であることを知る人は少なくなり、絶滅するような気がしました。こうなったのは私の指向性の変化の結果としてですが、ここまで少なくなると癪に障ります。

 私は理科教育に関する比較教育、また、教育史ぐらいだったら、数時間分の講義は出来ます。事実、その手の業績もあります。また、教材に関してだったら、一般に知られていないとても面白い教材を知っています。そして、過去に教材開発の業績も上げています。理科を学ぶ子どもの思考に関してだったら、日本で一番論文を書いた一人です。今から二十年前に書いた論文の内容だって、現在でもりっぱに通用します。私は理科「も」相談に乗れる人ですよ。ふぉふぉふぉ

takami_swctakami_swc2009/10/26 22:01先生の教材開発の業績をぜひ知りたいです。学び合い,学び合いと言っていても教材研究,教材開発ができなければ理科の人間として認められません。何より教材研究は楽しいです。

ghjalghjal2009/10/26 22:14これは久々に理系としての血が騒いでいるということでしょうか。N川先生ほど華やかではありませんが、自分も今は職員室で「社会科」の人間だと思われています。もともと大学では「理科」専攻だったのに。今年はその理科も専科です。ときどき「理科」やりたくなりますね。
「理科教育史」の5時間集中講義っていうのがあったら、ぜひ参加したいです。きっと4時間50分ごろに『学び合い』が登場でしょうか。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/10/26 22:27私は理科の研究をすることを期待されて県教委から派遣され、N研に入り見事に期待を裏切った人間です。戻ったら、理科・生活科でその道のリーダーになるべくポストがありました。でも、今日授業構想の相談をされたのは国語です。今週は算数の授業のアドバイスを行います。生活科も音楽もやります。教材研究はどの教科でも同じです。素材研究の手法はいろいろでしょうが、その素材を料理する切り口はなんだか似ているような気がします。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/10/26 22:30追加です。
N研で算数の授業を対象としました。でも、違和感がありませんでした。教科は関係なかったです。同期の現職の仲間は4人中私を含めて3人が理科でした。しかし、算数で研究をする私に対して何の違和感も持たなかったようです。算数での『学び合い』について理科の先生と話しても通用します。N先生が話しているとおり共通の言語を得たような気がしています。

jun24kawajun24kawa2009/10/26 22:36takami_swcさんへ
狭い意味での教材研究と言えば、以下の業績があります。
小林学、西川純(1986.4):VTR、合成音声を組み込んだCAI(MSX)システムの開発とその利用、筑波大学学校教育部紀要、8、筑波大学学校教育部、1-9
西川純(1986.6):生物分野での制御器としてのコンピュータ利用、都生研会誌、N.22、東京都生物教育研究会、22-24
西川純(1987.6):リレーショナルデータベースを用いた植物データベースの開発、都生研会誌、N.23、東京都生物教育研究会、27-30
西川純(1990.3):植物検索人工知能の開発 、生物教育、30、日本生物教育学会、72-80
西川純、堀之内浩二(1997.8):生徒のシミュレーション実験における誤差認知とコンピュータイメージに関する研究、誤差ありシミュレーションと誤差なしシミュレーションの比較を中心に、日本教育工学雑誌、21(suppl)、日本教育工学会、41-44
西川純、下村博志(1998.6):銅粉の酸化実験の改良、科学教育研究、22、日本科学教育学会、87-95
久保田善彦、山下一浩、西川純、戸北凱惟(2005.3):Web GISを用いた中学校「大地の変化」に関する発展的な学習の開発、貝塚を手がかりに、大地の変化を考察する実践、地学教育、日本地学教育学会、58(2)、65-73
寺田光宏、西川純(2005.3):空気ロケットの教材化とその授業実践、物理教育、日本物理教育学会、53、6-11
寺田光宏、西川純(2005.5):高等学校における酸性雨生成のモデル実験の開発とその実践、地学教育、日本地学教育学会、58、77-82
寺田光宏、西川純(2005.9):空気ロケットの教材化とその授業実践(2)、物理教育、日本物理教育学会、53、201-206
久保田善彦、鈴木栄幸、舟生日出男、加藤浩、西川純、戸北凱惟(2006.1):創発的分業支援システムによる教室内のコミュニティの変容と科学的実践、6年生「電磁石のはたらき」の実践から、理科教育学研究、日本理科教育学会、46(2)、11-20
久保田善彦 鈴木栄幸 舟生日出男 加藤浩 西川純 戸北凱惟(2006.3):理科実験の授業展開の見直しと同期型CSCLの利用:学びの変容に関する事例から,理科の教育(投稿分野),理科教育学会,56(3)、60-63
中村雅彦、古寺誠、西川純(2006.3):指標生物としてのオサムシ科昆虫とその教材科の検討、II教材としてのオサムシ科昆虫、上越教育大学紀要、25(2)、上越教育大学、381-386
多賀優、西川純、久保田善彦、草地功(2007.3):結晶分化作用の理解に関する教材開発とその評価に関する研究、理科教育学研究、日本理科教育学会、47(3)、15-22
桐生徹、久保田善彦、西川純、水落芳明(2008.7):中学校理科における断層の推定に関する教材の評価~地形図と立体画像の導入から~、地学教育、日本理学教育学会、61(4)、123-132
多賀優、久保田善彦、西川純(2009.3):古琵琶湖層群中の土石流堆積物の教材化と生徒の理解の変容、高校での観察授業「角ばったレキと丸いレキ」、理科教育学研究、日本理科教育学会、49(3)、67-78
ghjalさんへ
4時50分ですか・・。あははは。まるで生物史における人類の登場みたいですね。
i-Kawa-nakajimaさんへ
だいたいの場合、理科人の世界での教材開発とは素材開発であり、多くは簡易実験か面白実験の開発です。でも、本当の教材研究とは目的・指導法・素材が一体となったものです。であれば、我々の全ての研究は教材開発ですね。

i-Kawa-nakajimai-Kawa-nakajima2009/10/26 23:18N先生。まったくです。だから多様な人々が共通の言語で語ることができると思います。これこそ、教材研究の王道だと思います。それにしても、教材研究と言いながら素材研究にとどまっている場合が多く、それを堂々と教材研究と言っている場合がほとんどだと感じます。それでは本当の学びを促す授業はできないと思います。私も、科学実験ショーをやっていましたが、でんじろう先生のまねをするためのネタを学ぶのなら3日もすれば飽きてしまいます。違うからきっと2週間飽きずに取り組んだと思います。

twoyoshitwoyoshi2009/10/26 23:38私は小さな頃から注射が大好きで、いまでも「薬だしますからね〜」と言われると必ず「注射はだめですか?」と聞いてしまいます。

jun24kawajun24kawa2009/10/27 06:33i-kawaさんへ
でんじろう先生になろうとしている人も多いですね。
困ったことだ。あれは教師ではなく、エンターテナーですから、職業が違う。
twoyoshiさんへ
人間は本当に多様だと思います。びっくり

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/27 23:04こんばんは

でんじろう先生は名コックなわけですよね

そうではなくて、グルメを目指す為には、子ども達の姿を観察しなければいけないのでしょうか?

子ども達が、その科目や単元を見た時に、どのような課題に興味を持つかを観察し、目標を設定していかなければいけないのでしょうか?

子ども達が、皆で解決したいと強く思う、課題を設定するには、どうすれば良いのかな?と思います

試行錯誤を繰り返しつつ、子ども達の『学び合い』が活発になる手助けをしたいと思います

itou-no-satouitou-no-satou2009/10/27 23:40自分も先生とうちの大学の先生のつながりを知らなかったら理科が専門だとはおそらく思わなかったと思います(^^;

jun24kawajun24kawa2009/10/28 05:29KYOさんへ
期待しています。一言付け加えるとしたら、でんじろう先生はコックと言うよりバテシエですね。つまり、料理を作っているのではなく、お菓子を作っているのですね。お菓子だけ食べていたら、病気になります。あははは
itouさんへ
あははは。やっぱりね。でも、理科教育学の世界では、かなり名が通っているんですよ。えっへん!

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/28 22:12ありがとうございました

どんな課題(目標)でも、子ども達はお互いに関わり合おうとしている事が、様子を見ていてなんとなくわかってきました

その様子に共感をしているうちに、子ども達がより、活発に活動してくれる目標が見えてくるように思いました

09/10/25(日)

[]文化祭 19:55 文化祭 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 文化祭 - 西川純のメモ 文化祭 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は息子の学校の文化祭です。一応、集団行動をしている息子の成長を感じます。が、いまだ規格外であることには変わりがありません。それを喜ぶ一方、規格内に収まって欲しいとも願います。

 終わってから数家族で食事会で、馬鹿話に花盛りです。

09/10/24(土)

[]プロポーズ記念日 22:16 プロポーズ記念日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プロポーズ記念日 - 西川純のメモ プロポーズ記念日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日はプロポーズ記念日です。私が家内にプロポーズした日です。ということで、今日はごちそうです。本日はステーキとしました。

 売り場で私が300g食べたいと言うと、思いっきり否決されました。が、残念がる私を哀れと思い、大きめのステーキを買ってくれました。嬉しい。

[]公開授業の見せ方 11:52 公開授業の見せ方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 公開授業の見せ方 - 西川純のメモ 公開授業の見せ方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』はライブが一番です。が、見方が分からない人だと、単に学級崩壊のクラスに見てしまいます。ですので、見方の手引きも必要だと思います。

 で、とりあえず書いてみました。

1)子ども達は、楽しく話していても、1時間課題から離れない姿が見えるはずです。 どのクラスにも真面目に勉強していない子がいるはずです。その子が誰かを見いだして下さい。おそらく、皆無か、自分のクラスの人数よりは少ないはずです。

2)『学び合い』の子どもは、参観者が近くに来ても気にせず勉強をしています。集中していることも理由の一つですが、自分の学びに自信を持っているからです。参観なれしている附属学校の子どもではない、一般校の子ども達の姿の意味を考えて下さい。

3)2)の結果として、直ぐ近くで子どもの会話を聞けます。是非、耳を澄まして下さい。そうすると発見することがあります。

 ニコニコ話しているのでふざけているのかと思っていても、実は課題に関しての会話であることを最初に発見します。次に、子ども達が極々単純なこと、多くは普通の言葉を分からずに、それを話していることに気付きます。そして、その会話がいつのまにか、深い課題になっていることに驚くでしょう。

4)開始後15分前後から、子ども達がダイナミックに動き始めます。その時の会話を聞くと、教師の視点のように「クラス全員が分かるにはどうしたらいいか」を考え、行動している子どもがかなりいることが気付くはずです。

5)授業中の教師は、一見、何もしていないように見えます。また、子ども達は教師を無視しているようにいるようにしています。しかし、何もしていないわけではありません。チョットした一言、仕草によって子どもの動きが変わることを見いだして下さい。

ghjalghjal2009/10/24 18:17このままコピペして29日の公開のときに配ります。逆に読むと、4)はうちの教室の課題だなと思います。教科によって差がありますが…

jun24kawajun24kawa2009/10/24 18:30これを子どもにも見せて煽って下さい。
化けますよ。
ふぉふぉふぉ

sumi-chansumi-chan2009/10/24 22:20らぶらぶですね〜〜!!^^

tomkicktomkick2009/10/24 22:21ひゅ~ひゅ~ですねぇ。
僕は,毎日のようにプロポーズしていたので,
ひょんなことからOKされた日にちを覚えていません。
ステーキが食べられる機会として,思い出したいです。

sumi-chansumi-chan2009/10/24 22:43毎日のようにプロポーズ!!
すごいな〜〜
うちはプロポーズって、あったのかな・・・(謎)

sakusaku0428sakusaku04282009/10/25 05:24入籍記念日と結婚式記念日は覚えていますが、プロポーズ記念日ですかー!それはちょっと覚えていませんね…すごいですね!!
とりあえず、明日あたり、「今日はプロポーズ記念日だったからケーキを買ってきたよ。知ってた?」と優しいウソでもついてみよっかなーと。それで、妻に「何間違えてんのよ。○月○日でしょ。」と言われれば、その日を覚える。相手に聞くのが一番ですよね。聞き方は∞。

tako-suketako-suke2009/10/25 06:05「プロポーズ記念日」・・・よい言葉をいただきました。やはり家庭は大切ですね。(我が家では,その日カラオケで歌った歌の名前に「記念日」がついています。)

jun24kawajun24kawa2009/10/25 06:34sumi-chanさんへ
はい、ラブラブです。
tomkickさん、tako-sukeさんへ
家族の記念日は多ければ、多いほど良いですよ~

09/10/23(金)

[]ムカゴ 19:37 ムカゴ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ムカゴ - 西川純のメモ ムカゴ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は午前中に時間があったのでムカゴ採りをしました。今日の食卓に上ります。

09/10/22(木)

[]理解と納得 22:50 理解と納得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理解と納得 - 西川純のメモ 理解と納得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 理解と納得は違います。

 おそらく、どんな人でも『学び合い』は理解はさせられます。だって、一人の教師が三十人を教えられないことは、当然ですから。

 でも、今までの自分を否定されると感じれば、納得させることは出来ません。これは、何をしても無理です。

 だから、そのような人に説得するのは非生産的です。

 それより、より多くの人の耳と目に到達するように、多様な方法で、分かりやすい結果を発信し続けるしかありません。それによって同志を増やすしかありません。

 最終的には、最大、最高の「納得」方法があります。つまり、「みんなやっている」という、非論理的な方法です。でも、もっとも有効な方法です。それによって人類は二百万年生き抜いているのです。

[]凄いな~ 22:16 凄いな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 凄いな~ - 西川純のメモ 凄いな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 採用数年の教師が、採用半年の教師のブログに以下のコメントを書きました。

 『子どもたちは教師を映す鏡であることを実感したのは,一年目が終わったずっと後のことでした。

 すごいなぁ~』

 私が、子ども達は教師を映す鏡であると言うことに気付いたのは、平成13年のSの卒業研究によってです。それまでは、子どもは教師の最上の教師であると言うことは気付いていました。それは、採用1年目で分かりました。

 大学の教職の授業も、大学院の教職の授業も、教育実習も、毎日、毎日の子ども達の前でやる本当の授業の厳しさに比べれば「へ」みたいなものです。子どもの前での授業ほど勉強になるのはないと思っていました。でも、平成13年、つまり、教師になって15年間は、子ども達は教師を映す鏡であることに気付きませんでした。それに気付くことによって、細かなテクニックではなく、子どもに対する願いとか、信頼が大事であることに気付くことができました。

 ところが、採用数年の教師が、採用半年の教師がそれに気付いていることを凄いとコメントします。

 わたしゃ、二人が凄いと思います。

 我々を待っている子どもは日本全国に広がっています。急がねば!

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kuro106ra/20091021/1256139213

[]今日の一言 21:55 今日の一言 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今日の一言 - 西川純のメモ 今日の一言 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 保護者の同志の以下の一言に、厳しさと愛を感じます。

『愚かだと思ったら周りの人間に素直に助けを借りて、子ども達が最良の状態でいられるようにして欲しいと思います。未熟なのは許せても、愚かなのは親としては困ります。

自分の愚かさを認めず、「先生」らしくいることに心を砕く、かしこそうな先生の「におい」には、危うさを覚えますが、自分の愚かさを堂々と認め、人の力を借りまくるおろかな先生の「におい」には好感が持てます。未熟であっても子どもにはその「におい」の違いがわかるのだとと思います。』

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kuro106ra/20091021/1256139213

09/10/21(水)

[]上越3 18:16 上越3 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越3 - 西川純のメモ 上越3 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越シリーズ第三弾の完結編です。

 今まで長々書きましたが、結局、私のいる上越は『学び合い』の後進地域です。その原因の一つに、私が上越にいるとういことで、『学び合い』が全国レベルの広がりがあるということが分かっていただけないということが原因の一つだと認識しています。だから、「上越2」に書いたように、上越の先生が新潟市での『学び合い』の会に参加されて、全国の同志の実践を参観されて腑に落ちたのだと思います。

 さて、教師の皆様には担任クラスがあると思います。どれほど可愛いか。やはり特別可愛いですよね。私にも担任クラスがあります。それは西川研究室(西川チーム)の院生さん、学生さんたちです。普通だったら信じてもらえない『学び合い』を声高に叫んでいる私を選んで研究室に入ってくれたのです。可愛いのは当たり前です。従って、彼らに十分な学びの環境を与え、満足してもらいたい、と願うのは当然ですよね。

 上越教育大学は手前味噌ですが、日本で最も優れた教員養成・教員再教育をしている大学だと自負しています。本来は当たり前のことですが、教育の先生方が卑屈にならず、のびのびと教育できます。教科専門の先生方も、色々なご意見をお持ちですが、教員養成が大事であるということの筋は一本通っています。そして、本学の教職大学の、その中でも一段も二段も優れていると自負しています。カリキュラムが斬新で、それを本当にやっています。それが実現できるのは、我がメンバーがとてつもなく優秀なメンバーで固められていると言うことなのです。私は、このメンバーの一員であることを心の底から誇りに思います。

 ですので、我が教え子が受ける講義・演習に関して、何の不満もありません。良すぎるぐらいです。が、一つ重要なポイントがあります。それは本学の教職大学院の特徴である、学校支援プロジェクト科目です。この科目は本学教職大学院の修了単位数46単位のうち20単位を占める、まさに中核科目です。この科目では、各研究室がチームとなって学校に入り、学校の現場の先生方と協働して学校を良くすると言うことをします。中途半端にはいるわけではありません。大抵のチームは4ヶ月、学校にどっぷりと入ります。そして、それ以上です。ただ入るわけではなく、そこでのデータを分析し、還元するということをします。チームの指導教員(アドバイザー)が、その学校の先生方と一緒になって学校改善をします。凄いでしょ。だから、この上越地域では、このチームが入ることが奪い合い状態になっているんです。実習校を確保するのに苦労している学校には想像できないと思います。でも、それだけ各研究室が入ることが学校に、どれほどメリットがあるかという分かりやすい証拠です。

 ただ、単に学校を支援するというだけではありません。当然、各院生さんは自らのテーマを持っています。それを実習校で実践します。さて、我がゼミの場合は、『学び合い』をしたいと願っている院生さんが殆どです。つまり、私は我がゼミ生が『学び合い』をしたいと願っているのですから、それを実践できる実習校を確保しなければならないのです。

 で、おわかりになったでしょうか?自らの学校で実践するだけでも苦労している同志もいるでしょう。ところが、私は学校として『学び合い』を受け入れてくれる学校を、我が教え子のために確保しなければならないのです。そして、私の大学のある上越は過去に書いているように、『学び合い』の後進地域なのです。

 もう一つあります。我が息子は、可愛いし、賢いし、優しい子です。でも、「普通」の子とは言い難いものがあります。嫌になるほど、私の小さいときと同じです。私のような子を受け持った先生は、「面白い子」と思うか、「手のかかる子」と思うかのいずれかです。幸いにして、小学校に入ってからは前者の先生に当たっています。でも、いつまで続くか分かりません。そして、息子のような子が大人になるためには『学び合い』が必要です。残念ながら私にはその経験はなかった。だから、私は小中学校では友達は一人もいなかった。虐められはしなかったが、友達はいなかった。高校生で一人の友達を得ました。なんとか人付き合いが出来るようになったのは、大学院以降のように思います。しかし、そのため、初対面の人を敵か傍観者であるという抜きがたい刷り込みがなされてしまいました。もう、それは直りません。我が息子に『学び合い』の中で育てたいと思います。

 全国の同志にお願いです。可愛い我が息子、可愛い我が教え子のために力を与えてください。

[]上越の会 18:16 上越の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越の会 - 西川純のメモ 上越の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 で、来年、1月23日に上越教育大学を会場として上越市で初めて『学び合い』の会を開催します。

 全国の同志の協力によって、充実した会にしたいと思います。是非、ご参集下さい。そして、上越の地に種をまいてください。

 会の参加には特典があります。

 第一に、全国から参集する、それも上越という地方都市の大会に参加してくれる同志に合えます。

 第二に、『学び合い』が生まれた場所を見ることが出来ます。現在、日本各地で実践されている『学び合い』ですが、その生まれ育った場所は、上越教育大学の自然棟の505(ゼミ生の控え室)と6Fの私の部屋です。参観希望であれば、お見せします。非常に汚く、ゴチャゴチャしているところですが、そこでゴチャゴチャと話し合いながら生まれ育ちました。

 第三に、おそらく全国でも希な試みをします。

 当日は土曜日ですが、地元で学校として『学び合い』に取り組んでいるS小学校の複数の学年が会場に来てくれます。つまり、土曜日に『学び合い』ライブをします。まだ煮詰めきっていませんが、おおよその予定です。

 午前中に開会です。まず、教え子にして同僚のMさんが、『学び合い』ライブの見方を簡単にレクチャーします。そうしないと初めて『学び合い』のライブを見る人たちはビックリしてしまいますから。

 最初は単学年の『学び合い』を公開します。短い休憩の後に、異学年の『学び合い』を公開します。そして、終わり次第、子ども達とのフリートークです。つまり、どんな子に聞いても良いし、どんなことを聞いても良いのです。もちろん、担任の先生にもOKです。

 子ども達を拍手で送り出して、休憩、そして私が授業の見方をまとめます。そして、お昼休みです。そして、午後は全国の同志の力による午後の部があるのです。

 ね、面白そうでしょ!

 具体が決まり次第、順次案内します。参加の意思表明、大歓迎です!

[]全国ツアー 06:58 全国ツアー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 全国ツアー - 西川純のメモ 全国ツアー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 10月3日に宮城の『学び合い』の会に行ってから、4週間連続で家族と土日を過ごすことが出来ました。しかし、11月になると色々なところに行きます。

 11月7日には金沢大学附属小学校で講演です。

 10日は午前中に講義があり、それから飛行機に乗ります。

11日には大分県の別府南小学校で講演です。学校で『学び合い』の公開をします。

 12日には佐賀県の東与賀中学校で講演です。学校で『学び合い』の公開をします。

 13日には佐賀県の色々なところで校内研修に参加します。佐賀県では全県的に広がっていますので。夜は九州の同志と飲みます。

 14日は福岡で『学び合い』の会に参加し、終わり次第、飛行機に乗って帰宅します。

 18日は新潟県の村松小学校で『学び合い』の学校公開があります。

 20日は大阪に前泊です。

 21日~22日は『学び合い』大阪の会です。合宿形式ですので、色々と話せます。

 26日は福島県郡山に移動します。夜は飲み会です。

 27日は郡山の赤木小学校で講演します。研究会は午後からですが、午前中から同志のクラスの子ども達の姿を見たいと思っています。

 12月5日は長野県南部の飯田市で『学び合い』の会で講演します。これは平成21年の最後の講演となります。

 ということです。お近くの方々にお誘いします。出来れば、複数で来ると良いですよ。自分が分からないことは人に聞いたらいいです。また、分からない人に説明する内に、自分が分かることは多いです。第一、教え/教えられるという固定的な関係が崩れます。つまり、子ども達の『学び合い』と同じです。人数が多ければ、多いほど有効です。お誘いします。

katokiti2003katokiti20032009/10/21 07:21>自分が分からないことは人に聞いたらいいです。また、分からない人に説明する内に、自分が分かることは多いです。第一、教え/教えられるという固定的な関係が崩れます。
これを、我が周辺にはもっともっと広げな蹴れ部いけないと思います。
ただ、あるのに気づいていない自分がいるのではないかとも、最近思います。
いずれにせよ、もっともっと…と願って…。

jun24kawajun24kawa2009/10/21 08:01期待しています

sakusaku0428sakusaku04282009/10/21 21:38福岡の会でお会いできる日を楽しみにしております。
お酒の飲み過ぎにはご注意くださいませ。あっ、自分もでした。

jun24kawajun24kawa2009/10/21 21:54お互いにね。

09/10/20(火)

[]色々な試み 22:15 色々な試み - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 色々な試み - 西川純のメモ 色々な試み - 西川純のメモ のブックマークコメント

 色々な同志が、様々な試みをしています。どれがビンゴか分かりません。どれが自分に繋がる「線」になる分かりません。だから、みんなで、多様な試みをして、多様な試みに協力して下さいね。

 オジサンには分からないことは多いですが、「まあ、きっと良いんだろうな~」と思います。

[]子どもは分かる 22:15 子どもは分かる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どもは分かる - 西川純のメモ 子どもは分かる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はゼミ生や、色々な人と地元の学校に参観に行きます。そうすると、ゼミ生や遠方からこられた同志の方と絡む子はいます。ところが、私と絡む子は殆ど(ほぼ全く)いません。

 ことの是非はともかく、子どもは分かっているのだと思います。私は「教師」を見ているのです。そして、子どもを近づけないオーラを出しています。でも、子どもはよく分かっているな~っと思います。

[]種をまく 19:20 種をまく - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 種をまく - 西川純のメモ 種をまく - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、種をまきました。もし受けていただければ、大きな、大~きな実がなります。さて・・・・

ghjalghjal2009/10/20 21:07種は小さい。アサガオやヒマワリ、インゲンだったら、ああ、これが一粒だと認識できるほど、きちんと蒔いたんだと自覚できる。でもマリーゴールド、サルビアなんかだと、こんな小さな粉から芽が本当に出るのかな?一抹の不安に陥いる。でもちゃんと出る。自分の種蒔きがはたして意味ある種蒔きとなっているのか。本当に掌に種があるのだろうか。自問自答しながら、明日も学校にいくのです。

jun24kawajun24kawa2009/10/20 21:37今日は、ちゃんと自覚できる種です。でも、土壌はどうなっているかは、蒔いて初めて分かるのです。
だから、ありとあらゆる種を大事にしています。

09/10/19(月)

[]時間割 22:47 時間割 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時間割 - 西川純のメモ 時間割 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 とても嫌味なテストがあります。子どもに、「君のクラスの学級目標は何?」と聞くのです。教室の前に教師が張り出す、あれです。子どもがそれを、ちゃんと応えられたら、その教師は学級目標に基づいて一貫した指導をしていると言うことです。例えば、折々に学級目標に基づいて語ります。運動会の時にも、また、クラスのゴタゴタがあったときにもです。だから、子どもが覚えるのです。ところが、学級目標とは別個のことで、その場その場で教師が指導すれば、子どもは覚えません。

 今日、面白いことを聞きました。そのクラス、その学校の子ども達に、「何時間目は、何時何分から?」と聞くのです。それに応えられない場合があるそうです。理由は上記と同じです。時間割があっても、その場、その場で伸ばしたり、カットしたりを続ければ子どもは覚えません。しかし、時間通りに進ませていれば、子ども達は覚えます。

 時間を守らず延ばすのは熱意の表れではありません。時間を守らないのは、「無能である」、「無計画である」、「無能かつ無計画である」の三つの内の一つです。そのような指導によっては、子どもは有能になれませんし、計画的にはなりません。時間が決まっているからこそ、戦略的に考えるようになるのです。

[]もし 18:34 もし - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - もし - 西川純のメモ もし - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もし私が校長で、3年間の任期を与えてくれて、職員の中にゼミ生を5人入れることが出来れば、私は最高の学校が出来ると確信しています。

 でも、『学び合い』の同志が一定数を確保すれば、全国に私の出来ないことを出来る校長が生まれるのだと思います。

kirikiri2009/10/20 07:32長野県では,ゼミ生(同士を含む)を5人入れた学校ができる可能性がある県です。しかも,中学校で!!!!。ぐはははは

jun24kawajun24kawa2009/10/20 08:15あ~あ、地雷踏んじゃった!
私とつきあい始めて、もお十年でしょ。
その後に言われること分かっているよね。
ぐははははは!
言い訳は聞こえません。(まあ、校長がどうのこうのと言うだろうけど)

09/10/18(日)

[]とても大事なこと 22:42 とても大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - とても大事なこと - 西川純のメモ とても大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もしかしたら、いや、おそらく、若い同志にっとては『学び合い』より大事なこと。

 子どもを授かってから、「三歳までに一生分の親孝行をしてくれる」ということを聞きました。つまり、大きくなると嫌な思いをいっぱいするが、三歳までの可愛い頃を思い出せば乗り越えられる、というような意味です。が、我が息子は九歳半ですが、日々、親孝行をしています。毎日、我が子を授けてくれたことを神様、仏様、ご先祖様に感謝しない日はありません。不思議です。そして、では、いつまで息子はこんなに可愛いんだろう、とふと今日考えました。で、分かりました。

 我が父は子煩悩な親だと思います。が、父から可愛がられた記憶があまりありません。昔の写真を見ると、かなり可愛がってくれたことが分かります。しかし、私の記憶の殆どは、私が朝起きて学校に行くまでは家にいないか、寝ていました。家に帰ってくる頃にはいませんし、私が寝るまでにも帰ってきません。その間は、仕事をしていました。小さい会社を経営した父は、夜は接待漬けの毎日です。

 では、私はどうでしょうか?講演旅行等で、1年の内、2ヶ月はビジネスホテル住まいです。が、それ以外の私の日常は以下の通りです。朝、5時半頃に起きて、メール等を確認。6時頃に息子が起きる。家内は朝食の準備をしているので、私は息子の着替え、朝の勉強の指示。息子が通信教材をしている間に、メール等のチェック。息子が通信教材を終えると、その、答え合わせ。7時10分頃に朝食準備完了。息子といっしょに朝食。色々と私に話しかける息子を、脅し、なだめながら食べさせる。その間、家内は私の弁当づくり。7時30分頃に息子が食べ終わる。直ちに、歯磨きをさせ、仕上げ磨き、朝の準備をチェック。7時40分頃、我が家に集まる近隣の子ども達に整列を号令、集団登校。7時45分に大学(もしくは支援校)に出発。以下、仕事。

 6時半頃までに仕事を切り上げる(例外として、学生さんからの相談事がある場合)。7時前に自宅に到着。直ちに、息子の体温を確認。息子と風呂に入る。髪をドライヤーで乾かす。7時45分頃、家族で食事(まあ、家内と晩酌)。8時20分頃、片付け。息子を歯磨きをさせ、仕上げ磨き。着替えさせる。8時50分頃、就寝。添い寝。9時半頃、息子が寝たのを確認して起き出しメールチェック。その頃、家内は夕食の準備を終えて、風呂に入る。10時頃、家内が風呂から上がる。それから、1時間ぐらい、メールチェックをしながら家内とゴチャゴチャ話す。11時に就寝。

 これがウイークデーの日常です。

 正直、考えるときもあります。ゴチャゴチャいわずに、「はい喜んで」で全国に講演を行ったらいいのではないか。もう、30分、仕事に集中したい。おそらく、我が父は、その路線に流れた。仕事は単純です。そして、男にとっては大変かも知れませんが、ある意味、楽です。家庭の仕事は際限がないし、複雑すぎる。だから、我が父のような路線に行きがちです。そして、真面目(?)な教師がその路線に行きます。理由は楽だからです。でも、我が子との繋がりを失います。当然、我が子からいただける宝をもらえません。

 こう考えると、「三歳まで・・・」は我が父の路線の人のつぶやきなのでしょうね。

 若き同志に分かって欲しい。我々は、最後の一人も見捨ててはいけません。その最初の一人は我が子です。それを恥じてはいけません。我が子からいただける宝を得ることによって、他人の子どもを救うエネルギーを得られます。誇りを持って、親ばかになりましょう。そして、「時間」を我が子に費やしましょう!

 ということで、我が子から親孝行してもらえるのは、我が子の年齢によって決まるのではなく、私のありようによって決まると思いました。

katokiti2003katokiti20032009/10/18 23:06肝に銘じます。

itou-no-satouitou-no-satou2009/10/18 23:17まだ結婚すらしていませんが、もし家族を持つことができたらできるだけ一緒にいる時間を作ろうと思っています。
先生の記事を読むとその思いがより強くなるのをいつも感じます。

hiraku44hiraku442009/10/18 23:44 もっとjun24kawa先生に早く出会えていれば・・・。大学生の子はすでに一人住まい。お節介に会いに行くこの頃です。

paskepaske2009/10/19 00:43救われたぁ~。今日一日娘と遊んでばかりで「仕事してねぇ…」って罪悪感に打ちひしがれてたんで。明日からの栄養になりました。

sakusaku0428sakusaku04282009/10/19 04:07休日の前夜に、娘から「明日はお仕事あるの?」と聞かれることが増えてきました。部活があったりはしますが、一緒にいられる時間を少しでも増やしつつしっかりコミュニケーションをとりたいと思います。私自身は、お風呂で遊ぶときを大切にしています。

jun24kawajun24kawa2009/10/19 07:25同志の心に届いてうれしいです。
hiraku44さんへ
何事もそうですが、出来ないことがある一方、出来ることもある。手遅れのこともある一方、今から出来ることがあります。
有り様を変えれば、今からだって大丈夫。いっぱい、宝をもらえますよ!

munehiromunehiro2009/10/19 11:06なぜ『学び合い』をすると普段の生活まで感動に満ちるのか、先生の言っている意味とずれるかも知れませんが、それは、「わが子」が絶対に見捨てられない世界を作れような気がするからです。
わが子は、病気を持っています。
でも、日本の多くの学校で『学び合い』が広まれば、社会からいやな思いをさせられないと思います。
だから私自身が世の中に希望を持てます。だから感動するのだと思います。
ちなみに、私の親父はラーメン屋で一生合わせて2時間も話をした記憶がありません。でも子供のころの写真は、僕に微笑んでくれています。

jun24kawajun24kawa2009/10/19 18:22やれることをやりましょう。同志。
我々は出来ます!

stackamistackami2009/10/20 19:59肝に銘じました。成さぬは人の成さぬなりけり。ですね。

stackamistackami2009/10/20 19:59肝に銘じました。成さぬは人の成さぬなりけり。ですね。

stackamistackami2009/10/20 20:00肝に銘じました。成さぬは人の成さぬなりけり。ですね。

jun24kawajun24kawa2009/10/20 21:35はい!

sumimonsumimon2009/10/20 23:11西川先生の書かれていることをそのままに生活していて、先生からのブログコメントにも気づかずにいました。すみませんでした。
家族との時間を大事にしつつ、失礼があってはいけないと今更ながら感じる「ヒヤリ」でした。

jun24kawajun24kawa2009/10/21 06:27あははは
失礼だなんて・・・・
家族の時間を大事にしましょうね。

k_yamawakik_yamawaki2010/02/10 23:36僕は教師ではありませんが、我が子と過ごせる時間を少しでも長くしたいと思ってます。子供といろんな会話をすることで、自分の物の見方・考え方を伝えていきたいと、強く思っています。自分の仕事より、学校の授業よりも、僕には大事に思えます。
ただ、自分の上司の世代には多分理解できないのかなと思っています。あきらかに世代間の文化の断絶があるように思うのです。

jun24kawajun24kawa2010/02/11 07:52わからん上司には説明しなくて良いですよ。いらざるいざこざは不要です。とにもかくにも、我々は我が子からいっぱい宝を頂きましょう!どん欲にね。

09/10/17(土)

[]香り 09:47 香り - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 香り - 西川純のメモ 香り - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越市のS小学校の教師(今は新潟市)で、私が直伝したKさんがいます。あるとき体育館をふら~っと見てみるとKさんが体育の授業をしていました。一斉指導です。見ていていました。

 しばらくして、私が見ていることに気付かれました。一斉指導をしているところを私に見られたので、相当焦られていました。そして、一生懸命に言い訳をされていました。

 しかし、「先生は『学び合い』をしていないと思っているようですが、『学び合い』をしていますよ」と申しました。どうやらK先生は、「教科書○ページから○ページを全員が解けて、説明できるようになること。さあどうぞ」というのが『学び合い』だと思われているようでした。しかし、Kさんは自分の子ども達の集団としての能力を信頼しています。だから、一応、最初の指導をやっているのですが、全員が分かるように長々と説明はしていません。クラスの何割かの子どもが分かれば、あとは何とかするだろうと思っているので指導は短めで、かなり省略している部分があります。そして、子ども達に活動の時間を十分に与えようとしています。

 私は授業を見ているとき、教師が子どもをどのように考えているかを見ようとしています。子ども達集団に対する信頼を香りとして感じます。また、休み時間の子ども達の動きを見れば、その先生が学校教育をどのように捉えているかが分かります。それを香りとして感じます。

 『学び合い』は考え方です。一斉指導をしている先生の中にも、同じ香りを共有できる方は多いと思います。だって、『学び合い』の考え方は、ごくごく普通のことなのですから。

[]自分で考える力 08:16 自分で考える力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自分で考える力 - 西川純のメモ 自分で考える力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

同志のブログ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/aki-kichi/20091016)に

 『学び合い』なんて,分からないとすぐ人に聞きに行くから,自分で考える力がつかないよね。『学び合い』をしている子どもたちは,人の話を静かに聞くことができなくなっちゃうよ。

そんな話をしていた人達がいたと,小耳に挟みました。

 とありました。それを寝ている内にムカムカして思い出し、寝付けなかったのでメモります。まあ、「座りなさいを言わない授業」に書いたことですが。

 もし、「このクラスの田中君のおばあさんの旧姓を発見して下さい。相談してはいけません。」という課題を出されたら、どうするでしょうか?それを発見する手がかりは全くありません。その場合、我々はどうするでしょうか?当然考えません。そして、「自分で考える力」はつきません。

 では、田中君は考えるでしょうか?考えません。答えを知っているのですから。従って、「自分で考える力」はつきません。

 そして、田中君のおばあさんがお盆の時に、どの家に行くかを見たことがある子がいたとします。その子は、自分で考えれば発見できるかも知れません。でも、自分で発見しようと思わなければ、考えません。そして、「自分で考える力」はつきません。

 残念ながら、現状の教育では情報遮断によって自分で考える力をつけようとしています。馬鹿馬鹿しいと思います。数学者や物理学者、そして、ありとあらゆる考える力で飯を食っている人にそのようなことを求めたら、拒否するでしょう。新たなものを生み出す力は、ありとあらゆる情報を得ることから出発します。情報遮断によって得られるとしたら、自分で考える力ではなく、自分で思い出す力程度です。

 自分で考える力を育成するためのポイントは、「自分で考えたい!」と思わせることです。そのためには、「自分で考えたい!」というクラス文化を育成することです。

 先の事例で考えましょう。「その手がかりを持っていない子ども」はその手がかりを持っている子どもに聞くでしょう。もし、自分で考えることの価値を共有しているクラスならば、その子に答えを教えません。その代わりに、ヒントを与えます。そして、その子の反応を元にして、どのあたりで自分で考えられるかを判断し、それ以上は教えません。もし、その子が自分で考えたいと思っておらず、「答えを教えて」と言ったならば、「自分で考えなきゃ駄目だよ」と諭すでしょう。おそらく、教師が諭すより効果があるはずです。これは、手がかりがあるが、自分で発見しようとしない子どもに対しての対応と同じです。

 そして田中君は色々な人にヒントを出す過程で、おばあちゃんの情報をあらゆる角度で吟味するはずです。聞きに来る友達の知識背景を元に、どの情報がヒントになるかを考えるからです。

 当たり前のことです。「あることをさせるために、そうせざるを得ない状況に追い込む」のは犬猫の調教みたいなものです。人間に対しては、「あることをさせるために、そうしたくなるようにならざるを得ない状況に追い込む」のが『学び合い』です。その状況とは、凝縮力のある集団を形成し、その集団の価値観とするのです。もし、人間に「あることをさせるために、そうせざるを得ない状況に追い込む」としたら、それは奴隷の調教みたいなものです。

 どうして、民主国家において奴隷がいるのか、私には理解できません。

motoryoumotoryou2009/10/17 09:10すかっと書いて頂き,「うんうんその通りだよな~」と思いました。話していて,子ども観を共有できないのが,(教師と話していて)つらくなるときがあります。ふ~。

jun24kawajun24kawa2009/10/17 09:35伝わる人もいることは、確かです。そちらに目を向けましょうね。

tontan2tontan22009/10/17 17:22「香り」よく分かります。「気配」とでもいうでしょうか。廊下を通ると、例え先生が黒板の前で話をしていても、だいたいそのクラスがどんな授業を普段しているか分かります。
コチコチのクラスだと大抵子どもと目が合うので、「ニヤリ」とすると「ニヤリ」と返してくれます。
「学び合い」のクラスは、なんと寂しいことに誰も気がついてくれません!

jun24kawajun24kawa2009/10/17 19:41あはははは
そりゃ、凄い判別法だ

aki-kichiaki-kichi2009/10/18 09:23トラックバックしていただきありがとうございます。
眠れぬ夜にしてしまってスミマセンでした。(苦笑)
『学び合い』について,どんなことを聞かれても,自信を持ってきちんと説明できるようにしたいです。
そのためにも,日々精進していきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2009/10/18 11:22はい、期待しています。
結局、考え方に帰結します。

09/10/16(金)

[]矛盾か? 22:34 矛盾か? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 矛盾か? - 西川純のメモ 矛盾か? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 色々なところで、色々な先生、「一人一人の子どもは違います。個別対応したらきりがありません。だから、本当に一人も見捨てない教育を実現したいならば、一人も見捨てない子ども集団を作って下さい。それが出来るのは教師です」と口を酸っぱくしています。

 が、私の行動は必ずしもそれに一致していません。私は日本全国の見知らぬ先生から誠意ある相談を受けて、一度でも不誠実なことはしたことはありません(断言!)。どんな方のメールにも誠実に応えています。合いたいという方にはどんなに忙しくても時間を作ります。

 私は子ども(私の場合は、20歳から40歳の学生さんです)から色々な相談を受け、それに対応しています。それらの学生さんが幸せになるために、ありとあらゆることをします。

 今日、ほとほと疲れたので、自分の行っていることと、行動に矛盾はないか、自己分析しました。でも、矛盾はないと思います。

 私の『学び合い』の究極のコアは、一人も見捨てたくないという願いです。そして、教師として見捨ててしまった子どもに対する自責の念です。教師として、たった一人でも見捨てることが本当に恐ろしいのです。その強迫観念が、『学び合い』に至った原動力です。私にメールを送る人は、一人です。だから、とにかく対話を続けることが私に出来ることです。そして、その人が私ではなく、我々に繋がれるように誘いたいと思います。私では救いきれないが、我々ならば救えますから。

 ゼミ生に関しても、私が何とかしなければならないとしたならば、私が何とかするしかありません。私は絶対に一人も見捨て無くない!でも、それは対処療法にすぎません。そのような「私」が出るような状況を変えるため、政治もすれば、集団づくりをします。

私は「助けて~」を無視できないような人間で、それから逃れるためには、その人を助けるようなシステム作り、集団づくりをするしかないのです。

 このように自己分析しました。結局、見知らぬ人はもちろん、当然、ゼミ生も含めて、一人も見捨て無くないという、この気持ちは大事だと思います。でも、それに捕まえられて、私の存在意義はそこだと思ったらは、おかしくなります。「我々」しか、解決の道はありません。そこのとろは分かっています。だから、もがいています。でも、まだならば、やれるだけもがくしかありません。

 この気持ちを忘れてはいけないと思いました。

sakusaku0428sakusaku04282009/10/17 07:34私も西川先生に質問をいたしましたが、本当に親切丁寧に応えていただきました。初めて先生にメールをするときは「返事は本当に来るのかな?」と半信半疑でした。しかし、すぐに返信がございました。あまりの早さに感動いたしました。何にも分からない所からスタートして(何事もそうなんですが)、少しずつコツのようなものを掴みつつ、今では、『どうやったら「山口の会」が開けるのかな?』と考えられるようになってきました。(何だかよくわからないなりに「ブログ村」に登録することもなんとかできました。)
すべての先生たちが西川先生に質問をすることよりも、みんなが有機的に繋がってコミュニケーションをとるなかで個々の問題を解決していくこと。これが大事なんだなと改めて思いました。これは、このブログ群の中だけでなく、それぞれの学校でも、部活の集団でも、近所付き合いや地域、そして家庭でも…
西川先生は、私にとっての「吉田松陰先生」です。

jun24kawajun24kawa2009/10/17 07:48この年になると、お世辞はまともに受けることにしています。ふぉふぉふぉ
そうでもいないと、絶えられない毎日もありますからね。
期待しています。
あ、ちなみに私は刑死はいやですからね。あはははは

sakusaku0428sakusaku04282009/10/17 08:08今日は10時から新潟の寺子屋(スティッカム)にネットでおじゃまいたします。よろしくお願いいたします。スティッカムとかyoutubeだとか、少し前の私だと「??????なにそれ」状態でした。分かるってこういうことなんですね。

怒る母親連怒る母親連2009/10/17 19:58教員養成教育のデタラメは、暴露されています。
「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望 日新報道)が、親の間で話題になっていますね。PTA会長が会員全員に配った学校もあると言います。
学校教育の誤りを明らかにした本ですが、一人一人に質の高い指導を行うよう教員に要求するためには、最適の本です。
この本を土台にして、PTAは、学校改革を求めてゆきます。
親たちが怒り出す前に、教員養成教育の自主的な改革を求めます。

jun24kawajun24kawa2009/10/17 21:40その本は知りませんでした。注文して読みたいと思います。

09/10/15(木)

[]どうなんだろう 23:03 どうなんだろう - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - どうなんだろう - 西川純のメモ どうなんだろう - 西川純のメモ のブックマークコメント

 民主党の教員養成に関する改革案が徐々に出てきました。

 それによれば教員養成は6年制にするそうです。教育実習は1年間程度やるそうです。そして、経験10年程度の教員は1年間の再研修するそうです。

 色々なご意見がある方もあるでしょう。しかし、以上のことは上越教育大学が開学以来やっていた方向性に一致しています。教員養成の6年制は平成十二年の教育改革の際、私も加わって改革案としてあげました(しかし、時期尚早であるとのことで、それを表看板にすることを控えるよう「お上」から指導がありました)。開学以来、教育実習を充実して行い、大学1年~4年の全ての学年に教育実習を配置しています。また、教員再研修として大学院を設けているのは、本学の設置目的そのものです。

 が、民主党の改革案はかなりラディカルです。だって、6年制にしたならば、私立大学の殆どで教員養成が出来なくなります。既得権益のあるそれらの反対の大合唱が起こるでしょう。

 教育実習を1年間程度やるということは、だいたい50単位ぐらいになります。小中の免許を取るとなると、その他に80単位以上が必要になります。つまり、130単位になります。大学の学部の卒業単位と修士課程の修了単位を合わせると150単位になります。そのうち130単位が免許を取得する基礎科目がしめることになります。そうなると、いわゆるコース別の専門科目や、卒研、修士論文研究の入り込む余地はありません。ところが、現在の教員養成系大学の先生の70%以上の人は、その部分を担っている人です。

 免許更新制ぐらいのことで、大学は大あわてです。それが大学院での研修となると、その比ではありません。教職大学院を増加させるレベルでは追っつきません。さらに、そうするには教職大学院を全く変えねばなりません。そして、既存の大学院を全て潰すようなことになってしまいます。そして、全ての教員に大学院での研修を求めたとしたときの予算は天文学的になります。

 私としては非常に面白い案だし、うまくいけば素晴らしいと思います。しかし、どの一つでさえも、どう考えてもできるわけないよな~っというのが正直な感想です。そして、周りの人はみんなそう思っています。でも、マニフェストに書かれていることをやらねばならないと一生懸命になっており、族集団のしがらみもなさそうです。もしかしたら、行くのかも知れないとも感じます。そうなったら、面白いことが起こりそうですが、現場の我々は、驚天動地の日々が続くことになります。

 制度は国会で変えることは出来ますが、勤めている人の頭は変えることは出来ませんから。

追伸 中学校に置き換えると、以下のようなことなのです。

 中学校の現在の小学校5年から高校1年の6年間となる。

 中学校の国語の授業数を現在の10倍にする。

 25歳の成人は、1年間は中学校で学び直す。

 こんな案が出されたら、「できるわけないよな~・・・」と思うでしょ?

[]上越2 22:34 上越2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越2 - 西川純のメモ 上越2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は北海道から沖縄まで講演に呼ばれます。そのため、1年当たり2ヶ月ぐらいはビジネスホテルで過ごしています。

 ところがです。お膝元の上越で講演に呼ばれることは殆どありません。同じ新潟県でも、100Km以上離れた下越に呼ばれることの方が5倍以上あります。それ以上に、他県に呼ばれること多いです。とにかく、地元では殆ど知られていません。地元で呼ばれる場合は、理科教育の先生として呼ばれることはありますが、『学び合い』で呼ばれることは殆どありません。

 印象深いことがありました。地元の学校で『学び合い』が取り入れられ、かなりの成果を上げました。その結果として、その学校の校長先生が学校の主軸として『学び合い』を位置づけました。そして新年度、新しい先生が異動されました。その先生にとってはビックリされたと思います。だって、移動した学校では驚天動地の『学び合い』という授業が展開されているのです。そして、自分もやらなければならないような雰囲気になっています。ある先生はやんわりと、ある先生は明確に拒否感を持っていました。私の方も、やりたくないという人には伝えられないので、無理しませんでした。

 ところがです。夏休み明けに合ってみると、複数の先生の『学び合い』に対する積極性が変わっていました。どうしたんだろう???と思いました。間接的な情報を総合すると新潟のフォーラムに参加されたためのようです。実は、その方々が新潟のフォーラムに参加しているとは知りませんでした。しかし、勤務校の『学び合い』を理解しようと、1時間以上電車に乗ってフォーラムに参加したそうです。

 おそらく、その先生方にとっては「校長先生が学校近くの大学と言うことで、その大学の一人の先生を呼んできた。ところが、その先生は怪しげな教育法を提唱している。」のように思っていたのだと思います。ところが新潟のフォーラムに参加すると、日本各地の方々が様々な『学び合い』の実践を発表しています。それを目の当たりにして、『学び合い』が全国的な広がりを持つものであり、田舎大学の一教師がとりつかれている怪しげなものではないということが分かったのだと思います。

 自分に比すのははばかられますが、イエスキリストもナザレにおいては「大工」としか見られませんでした。

[]山口の会 06:32 山口の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 山口の会 - 西川純のメモ 山口の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 山口で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/sakusaku0428/21000101#1255444161

sakusaku0428sakusaku04282009/10/15 07:04ありがとうございます。「早起きは三文の得!」行って参ります。

jun24kawajun24kawa2009/10/15 08:05いってらっしゃい

ybhdv7ybhdv72009/10/15 22:56会を継続して開くためにはどうしたらよいか…
意見がぶつかりあうこともあり、なかなか難しいところです。
大阪の会のS-CUBEのような団体に運営を全面的に任していくようにすると、持続可能な取り組みになると考えています。
一教師が会を運営し続けるのは負担が大きくなります。

jun24kawajun24kawa2009/10/15 23:06出来ない運営もありますが、出来る運営もあります。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090805/1249457758
それに一教師では負担でも、教師集団を形成すればかなりのことが出来ます。『学び合い』の考え方です。

ybhdv7ybhdv72009/10/16 00:44もちろんその通りです。
0やか1の段階は志のある教師の方が企画するのがいいと思います。
1から3、4、5にしたい段階になると、他団体の力を借りた方がお互い役割分担ができてよりよいものになるのではと考えています。全国の『学び合い』の会をバックアップしてくれる団体があると爆発的に『学び合い』が広がる気がします。

jun24kawajun24kawa2009/10/16 06:38その通りだと思います。そのような団体があるならば、それを活用したらいいと思います。しかし、それが無いならば、その中でやる方法を考えるしかありませんよね。
例えば、ネット上に運営のノウハウをアップするとか。
私もハッキリとしたアイディアがあるわけではないのですが、あくまでも直感です。
1から3にするために組織をつくるより、1の数を多くするほうがいいのではないかと思っています。その1が多くなって、結果として3、4、5にしたらいいのではと感じるのです。しっかりした組織を作れば、組織の目的が組織の維持・発展が主目的になり、その組織の本来の目的が二次的になった事例は枚挙にいとまがありません。現在のような、組織があるような、ないようなというのは、そのような危険性がありません。
そんなことを感じているのです。
が、オジサンより良いアイディアがあると思いますので、教えて下さい。
具体的にはどうするのですか?「S-CUBE」ももう少し詳しく教えて下さい。

ghjalghjal2009/10/16 20:29>中学校に置き換えると
思わず笑ってしまい、そして、それは大変!と思ってしまいました。置き換える。面白く、わかりやすい視点なんですね。25歳が中学にくるのか・・・ハハハ。でも、なるほど。

jun24kawajun24kawa2009/10/16 22:10あははは
でも、その渦中にいるんです。
とほほ

katokiti2003katokiti20032009/10/16 22:21>中学校に置き換えると…
あれ、うちの爺ちゃん(大正7年生)に聞いた、旧制の中学の話に似ているような…? ちょっと違うような…? う~ん、私って勉強不足…(泣)
やっぱり、本義の「普遍的」なってものに戻るような感じがしたのは、私だけでしょうか?
>1から3にするために組織をつくるより、1の数を多くするほうがいいのではないかと思っています。
西川先生にお会いする度にかけていただく「期待しているよ~」に反してしまうような気がしてたので言えなかった部分もあったのですが、夏ぐらいから私も同様の考えを持つようになりました。
「『学び合い』の小さなコミュニティ=1」がそこかしこにたくさんあって、それがいつしか複雑につながって行けば、それはどんな事情を持った先生方にも、受け入れてもらえるんじゃないか。そして、各地で行われている大きな会は、その小さな複雑なつながりを作るための起爆剤というか、ガソリンスタンドのような役割になっていってほしいなと感じている今日この頃です。

jun24kawajun24kawa2009/10/16 22:38期待しています。
でも、一言、
3を狙う人がいて欲しいと思います。
多様性が大事なのです。
私はある思いがある、でも、それと違う人がいて欲しい。
『学び合い』は究極、単純な考え方に行き着きます。
そこで一致すれば、道筋は多様な方向が良い。
最後に一言
katokiti2003さんは3が出来るはずですよ。
失礼、10が出来るはずですよ。
期待しています。

katokiti2003katokiti20032009/10/16 22:50>私はある思いがある、でも、それと違う人がいて欲しい。
そうですよね。すごくストンと落ちます。
だからこそ、『学び合い』を学校現場だけにしておくのはもったいないと思います。もっともっと、日本全国に方法としてではなく、理念として広がって行くことを願います。
>katokiti2003さんは3が出来るはずですよ。失礼、10が出来るはずですよ。期待しています。
ありがとうございます。
私もここ半年で、色んな『学び合い』の会に参加させてもらって、エネルギーをもらって今があります。
どの会も楽しかったし、嬉しかったし、このつながりが大好きです。
自分なりの3や10の形を模索すべく、もっともっともがいてみようと思います。

09/10/14(水)

[]上越1 22:15 上越1 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越1 - 西川純のメモ 上越1 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある思いを持って、上越のことをしばらく書きたいと思います。

 上越、どこにあるか知っていますか?上越新幹線や上越スキー場の上越は、群馬(上野の国)と新潟(越後)の県境当たりを言います。だから、以下で言う区分で言うと、中越にあたります。

 新潟県は越後の国と佐渡の国に分かれます。越後の国を3分割して、京都に近い方を上越、遠い方を下越(新潟市のあたり)、中間を中越(長岡のあたり)です。地図で言うと、新潟県の下の方が上越です。

 新幹線のおかげで、東京都には2時間でいけます。が、8時頃に東京を出発しないと極端に電車の便が悪くなります。大阪には5時間かかります。大阪を5時頃に出発しないと家に帰れません。

 上越は、夏の暑さや冬の雪の厳しさ、そして延々と続く曇天は太平洋岸育ちの私にとっては好きになれません。しかし、一方、春と秋の素晴らしさは格別です。特に、雪の後の春の美しさは、言葉に出来ないほどです。

 基本的に平野なので、自転車で苦もなく移動できます。交通渋滞もないので、私の家のドアから、研究室のドアまで15分です。これは都会では考えられないと思います。都会だったら6千万円~一億円以上はかかるゆったりとした家(ある意味豪邸)が、3千万円以下で実現できます。そして、夜は本当に静かです。そういう人口23万人の地方都市です。

 私は東京の板橋区で生まれました。東上線の成増と下赤塚の間で生まれ育ちました、その後、高島平団地近くに住みましたが、基本的に板橋区西部で18歳まで育ちました。大学は筑波大学です。筑波大学を見ながら7年間過ごしました。東京都の八王子で2年間、高校教師として過ごし、それから23年間、上越で生活しています。つまり、私の人生でもっとも長く過ごしたところは上越です。私の息子は上越で生まれ、上越を愛している越後っ子です。

[]沖縄『学び合い』の会 09:52 沖縄『学び合い』の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 沖縄『学び合い』の会 - 西川純のメモ 沖縄『学び合い』の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 第三回沖縄『学び合い』の研究会は11月10日(火)6時半から8時半で、くすぬち平和文化会館(沖縄市)でやるそうです。ふら~っと来て、ふら~っと帰るのもOKです。初対面でも直ぐに仲良くなれます。だって、異質な人と折り合いをつけてつきあうことが自らのためであることを知っている人の集まりなんですから。もちろん、初心者でまだやっていない人もウエルカムです。

 お気軽に。

追伸 お問い合わせは金武町立中川小学校の棚原教頭先生にお願いします。

[]新種の生物 06:59 新種の生物 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新種の生物 - 西川純のメモ 新種の生物 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日から、ある方が洗脳旅行にこられています。昨年度に修士を修了し、現在非常勤講師です。そして、来年度から某県の教師になります。洗脳旅行にこられたといっても、話してみると、もう洗脳は終わっています。ですので、「で、何しにきました?」と聞きました。そうすると「西川先生はどのように日本を変えるお考えですか?」と聞かれたので、詳しく説明しました。その後、私は某県で『学び合い』の会を開いたら?と言いましたら。「では、○○市でやりましょうか?それとも、○○市の方が良いでしょうか?」と既に実施計画の話になりました。私は「え????」とビックリ。私が想定している反応は「え~~、無理ですよ」という反応です。その反応があってから、『学び合い』の会が出来る理由を説明する順序です。ところが、その想定反応が無く、直ぐにやろうとするのです。

 逆に焦りました。社会経験もほとんど無い、25歳の若者が『学び合い』の会を立ち上げようとしているのです。学習者を信じると標榜しているオジサンも、オロオロしてしまいました。そこで、大阪の会と福岡の会を紹介して、そこで立ち上げている同志と引き合わせたいと思います。その上で、いつもの通りに、『学び合い』の会は夜決まるのです。

 でも、新種の生物が目の前に現れたような、ビックリして、面白い、そして嬉しい経験をしました。日本にはこういう若者がまだいるんですね。そして、そういう仲間が同志には多い。私は、この人をネットワークの中に繋がらせることをしようと思いました。

bunbun-hbunbun-h2009/10/14 08:27やはりMさんですか。
うれしいような、おそろしいような~

jun24kawajun24kawa2009/10/14 08:55はい!
Mさんをご存じでしたか?

munehiromunehiro2009/10/14 09:43ぜひ会いたいです。
志の高い人は、それだけで勇気をもらえるからです。
みんなががんばっていると思えるとめんどくさいとかつらいとか感じなくなります。できの悪い、旧型の同志より

bunbun-hbunbun-h2009/10/14 12:26昨日:「『学び合い』グループメンバー」でMさんの名前等を確認→勤務校のホームページを見る→勤務校へ電話(木曜日まで休みとのこと)→ネット検索によりMさんは先の休日に東京で発表されているようす
今朝:西川先生のブログを読む→先生の予定表を見ようと思うが開かず→女房に「西川先生のところへ行っているのはMさんかもしれない」と言う→出勤→先生の予定表を見る(洗脳旅行Mさん)→やっぱり
・・・という具合でした。

bunbun-hbunbun-h2009/10/14 13:02Mさんを知っているのではありません。
隣県であり、私の住む地域にとって一番身近である都市に勤務されていたので、反応したわけです。(補足です)

jun24kawajun24kawa2009/10/14 14:11munehiroさんへ
彼も参加するそうです。
bunbunさんへ
了解です

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2009/10/15 00:50わーい^^

sakusaku0428sakusaku04282009/10/15 06:06「え~~でもー」とできない理由を見つけるのは私も得意です。しかし、できない理由をいくらあげても何にも変わりはしません。「~~だからやれることがあるんじゃなかろうか」と一歩を踏み出したいと思っております。「あなたにもできることがあるはずです。期待しています。」と福沢諭吉先生いやいやN先生がおっしゃっているようです。

上越も素晴らしいところのようですね!ここ山口県、中でも宇部市も素晴らしいところですよ。
前にお伝えしたことがありましたが「リニアモーターカーの長野迂回ルート支持者」です。

jun24kawajun24kawa2009/10/15 06:33osugiさんへ
あなたも凄い若者ですが、彼は別種の生物です。
ふぉふぉふぉ
sakusakuさんへ
期待しています。ありとあらゆることをやって下さい。

mori1046mori10462009/10/15 21:58新種の生物です。本当にお世話になりました。
先生の日本向上へのお取り組みを期待しております。

bunbun-hbunbun-h2009/10/15 22:04mori1046さん明日学校へお電話しますね。
何時ごろがいいですか?

09/10/13(火)

[]福岡の会 06:57 福岡の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 福岡の会 - 西川純のメモ 福岡の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の会の申し込みは直前に集中します。まあ、いけることがハッキリしたらというお気持ちは分かります。が、主催者としてはドキドキなんです。行こうという方は、是非、早めにお願いしますね。あと、友達を誘って下さい。終わった後で、その日の気づきを語り合うことは有効です。その時、その場に一緒にいた人と語るのが良いのは論を待ちませんよね。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/munehiro/20091007

munehiromunehiro2009/10/13 08:14ご紹介ありがとうございます。
福岡の会がいい会になるようにがんばります。

jun24kawajun24kawa2009/10/13 21:49期待しています。

09/10/12(月)

[]質問に応えて 21:58 質問に応えて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 質問に応えて - 西川純のメモ 質問に応えて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志から「お忙しいところ,大変申し訳ないのですが,いくつかの疑問に対して,西川先生の見解を教えてくださいませんでしょうか。ブログのここに書いてあるという形でもかまいません。」という質問を受けました。

 何度も書いていることですが、改めて書きます。

A 『学び合い』の考え方と,グループ学習や「学びの共同体」との違いは?

 子ども達が関わる教育というのは山ほどあります。おそらく、大きな書店であれば、本棚一つや二つ分はあります。それらとの違いは学校観と子ども観にあります。

 圧倒的大多数は学校教育の目的として捉えているのではなく、手段として捉えています。例えば、効率の良い授業として、子ども同士の教えあいを活用しようとするものがあります。また、人間関係づくりの一貫として活用しているものがあります。また、話し方や効き方を学ぶための手段として捉えています。(残念ながら、この種の誤解は『学び合い』にもあります。ですので、私は頑固に、それは『学び合い』ではない、と主張します)そこでは教育の一部しか担っていません。そのため、そのような活動は学校の時間のごく限られた時間のみになります。

 しかし、ごく少数ですが、我々の学校観と極めて似た考え方に基づく教育もあります。しかし、それであっても、子ども達を有能とは考えていない点では、他と同じです。結果として、色々な手だてが必要だと考えます。(『学び合い』では、良い課題があると思う誤解はあります。良い課題はありますが、指導要領を理解するレベルだったら、そのようなものは不要です。むしろ、良い課題を考えようとすることによって、子ども達の活動を阻害するデメリットの方が大きいのです。)

 そのため、ありとあらゆるテクニックを駆使します。それによるデメリットが生じます。第一に、そんな大変なことを続けられません。結果として、定常的に出来なくなります。第二に、あくまでも教師のテクニックによって子どもは動いているので、教師の力量にその正否が大きく依存します。しかし、多くの教師はスーパーマンではありません。そして、家に帰れば、待っている家族がいる、普通の人です。その人の生活を冒します。第三に、どんなテクニックであっても、それに合わない子どもがいるのに、その子にも強いるという問題が生じます。

 つまり、学校教育は何のためにあるのかという考えと、子どもはどんな存在であるのかという考えに違いがあり、それから派生する様々な違い生じます。

 おそらく、『学び合い』に最も近いものはモンテッソーリ教育やシュタイナー教育のように幼児教育の考え方に最も近いと思います。両者とも、子どもを大人にしたいという強い願いがあります。だから『学び合い』に近いと思います。ところが小学校以降となると教科の色合いが強くなり、何のために学校教育は何のためにあるのかが、いつのまにか漢字の書き順や、二桁の足し算を学ぶことに置き換えられてしまうために歪んでしまいます。実は、大人になることこそが学校教育の目的です。そして、大人になることによって、漢字の書き順も二桁の足し算も学ぶことができます。

 我々が教師になろうとした原点に立ち戻って欲しいと思います。漢字の書き順も二桁の足し算を教えたくて教師になった人はいないと思います。我々は子どもを大人にすることを願っていたはずです。『学び合い』はそれを学校にいる間中、常に実現できる道です。そこが違います。

B やはり教師が最善の教え手であるべきではないか?

 おそらく、個々の子どもとの比較であれば、教師は子どもよりも良い教えてである場合が多いと思います。だから、クラスの中の過半数を教えるというレベルだったならば、教師が最善の教えてであっても良いのかも知れません。でも、我々の仕事は、クラス全員を大人にすることが仕事です。

 出来ない子が支援を求めていることは分かりやすいですよね。その子が一人や二人だったら教師が頑張れば教えられるかも知れません。でも、そのような子が四人、五人だったら教えられそうにないですね。また、勉強の出来る子だって支援を求めています。だって、そのような子は塾や予備校や通信教育で、あなたが教えているところを終わっているのです。ためしに、教える前に業者テストをやってみて下さい。かなりの点数を取れる子どもがいるはずです。そのような子は、授業中は満足しているでしょうか?思い出して下さい、自分にとってわかりきったことの伝達のために、職員一律に黙って座って聞くことがいかに苦痛か。そして、あなたにとって手のかからない子も教師の支援を求めています。私の場合、最後まで年賀状を送り続けてくれる子は、特別手のかかった子どもでも、特別に優秀な子どもありませんでした。あまり印象のない子どもでした。

 さて、そのような数十人の子ども達全員に支援することが、一人の教師に出来るでしょうか?無理です。1校時を人数分で割って下さい。何も出来ないことは当然です。しかし、教師には凄いことが出来ます。それは、クラスみんなを最善の教え手になる集団づくりが出来ます。そこが教師の仕事だと我々は考えます。

 医者の仕事は、病気を治すことです。注射を打つことでも、聴診器で心音を聴くことではありません。それらは病気を治すための手段にすぎません。もし、病気を治すためにそれらよりも有効な道があるならば、それを選ぶべきです。教師の仕事は、子ども全員に指導要領で規定されている内容を学ばせることです。そして、子ども全員に居心地の良い環境を保証することです。そして何よりも子ども全員を大人にすることが仕事です。板書すること、発問することが教師の仕事ではありません。

 子どもにとっての教師は、皆さんにとっての校長と同じ関係です。校長先生から、授業のやり方を懇切丁寧に教えて欲しいですか?おそらく違いますよね。皆さんが求めているのは、職員集団が凝縮できるような目標を与えて、それをしっかり評価して欲しいと願っているのではないでしょうか?子どもも同じです。

 もう一つあります。例えばです。小中高大の先生の中で、最もちんぷんかんぷんの話をしたのは誰でしょう。おそらく、大学の先生だと思います。では、小中高大の先生の中で、そのことに関して最も分かっていて、知っているのは誰でしょう。おそらく大学の先生だと思います。だって、それで飯を食っているのですから。では、何故、大学の先生の授業が難しいのでしょうか?我々は知っているほど、分かっているほど、上手く教えられると考えています。教員養成も教員再教育も、それを前提としてプログラムされています。しかし、心理学的に言って、それは誤りです。あまりにも両者の認知的ギャップが大きいと情報は伝わらないのです。例えば、あなたが「何でこんな簡単なことが出来ないの!」と思う子どもにとって、教師は最善の教え手ではありません。むしろ、つい最近までそのこと同じように間違って、ちょっと分かってきた子どもの方が「その子」にとって良い教え手になれるのです。

C 子どもが有能であるということが信じられない

 そういうことを書いたとき、特定の子ども達を思い浮かべていましたね。確かに、子どもの中には、かなり愚かで、かなり問題のあると思われる子どもはいますね。そうです。その通りです。でも、それとは逆に、かなり優秀で、よい子と思われる子どももいますよね。その子が中心となって、集団が作り上がり課題に取り組んだら、かなりのことが出来るのではないでしょうか?

 今の状態では、前者の子どもをなんとかしようとしてヘトヘトになっていると思います。でも、後者の子どもが教師の視点で動き始めたらかなりのことが出来るはずです。少なくとも、教師が一人で何でもしなければと思うよりは、かなり楽になるはずです。我々が子どもが有能である、と主張するとき、それは子ども達が有能であるということです。

D 学力低位の子に分からせるにはどうするか?

 分かりません。分かるわけありません。だって、学力低位の子と言ったって、一人一人、その原因は違います。何を好み、何を嫌うかも違います。学力低位の子というように、十把一絡げでまとめることは出来ないと思います。結局、一人一人と徹底的に対話し、様々なことをやるしかないのです。教師には出来ません。でも、三十人の子ども全員が教師となればそれが出来ます。

E 学力が低位なために,やる気の起きない子

 学力が低位なために、やる気の起きない子だったら、学力を高めれば良いだけのことです。しかし、実際の場合、百人のやる気のない子どもがいれば、百通りの理由があります。結局、一人一人と徹底的に対話し、様々なことをやるしかないのです。教師には出来ません。でも、三十人の子ども全員が教師となればそれが出来ます。

F 『学び合い』が成立する以前に学級経営ができていないのをどうすればいいか?

G 教師と子どもの人間関係ができていないとできないのではないか?

H 学習規律ができていないといけないのでは?

 これはいずれも同じです。では、今までのやり方で、学級経営が出来ていたのですか?人間関係が出来ていたのですか?学習規律が出来ていたのですか?

 出来ていたのならば、問題なく『学び合い』が出来るのですから、いいですよね?でも、この質問が出たのは、それがかなり難しいと実感されているのではないでしょうか?しかし、それらが難しいのは当然です。一人の教師の力で、それを成り立たせることはかなり困難です。もちろん、子ども達を隷属し、学級の中にある問題を教師の目の前には表出しないようにすることは可能かも知れません。しかし、そうなると帰って陰湿な問題になる可能性は高くなります。

 『学び合い』ではみんなの力で、学級経営をしますので、教師一人でやるよりは高い成果を期待できます。

I やっていない子を「叱らない」ということが難しい

 やっていない、ということを「その子」の問題だと考えてしまうと、それを叱らないというのは困難かも知れません。しかし、本当は「その子」がやっていないことを黙認している周りの問題なのです。そのように考え、集団を叱る方にエネルギーを費やす方が生産的です。だって、やっていない子を叱って、改善されるのですか?改善しませんよね?しかし、集団の問題だと考え叱ると、それを理解できる子どももいます。その子が、「ねえやろうよ」と言った方が、教師が叱るより効果があるとは思いませんか?

J 「みんなができる」を求めるが,なかなか全員達成できない

K 「教えてあげる」と「教えてもらう」の関係性ができてしまう

 いずれも、教師の心の問題です。教師がみんなが出来ることを求めていながら、心の中で「あの子は駄目だろうな~」と思っていると、賢い子がそれを見抜いてしまいます。そして、その子を教えることに関して手を抜いてしまいます。

 教師の心の中で「教えてあげる=偉い、教えてもらう=駄目」という心があると、クラスのみんなが見抜いてしまいます。そうなると教える側が尊大になり、教えてもらう側が卑屈になります。

 是非、上記をふまえて、自分の心を見直して下さい。その心はありとあらゆる言動ににじみ出ます。ホモサピエンスは、その言動を元に、腹を探ることをDNAの中に組み込んだ生物です。

tomkicktomkick2009/10/12 22:24西川先生
ありがとうございます。
自分から(というか,自分の職場から)質問させていただいて,なんですが,やはりブレが全くありませんね。
「考え方」が理解されていれば,その上に出てくるものは,土台になっている「考え方」の上に乗っているものなので,どうあったってぶれない。
ところが,今論じらている問題というのは,根っこを同じにしない花の美しさを競うようなもので,それは,好み以外の何ものでもないことになってしまう。やはり,根っこの部分が大切ですね。
お手数をおかけして申し訳ありません。
自分たちの実践から出てきた疑問なだけに,腑に落ちる部分がたくさんあると思います。
職員に紹介しながら,また深めていきたいと思います。
ほんとうにありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/10/12 22:38はい、私はバカの一つ覚えみたいに、二つの考え方に基づいて考えるのでぶれません。物忘れが多くなりましたが、二つぐらいは覚えられますから。あははは

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/13 00:10ご無沙汰しています

『学び合い』の普及活動は出来ない状態ですが、「子どもたちを大人にする」という事については、努力をしたいと思っています

『学び合い』を実践するうえで、課題の良しあしを、あまり考慮する必要がないとの事ですが、それでしたら「こどもたちを大人にする」上で教師が心掛けるべき事は何なのでしょうか?

子どもたちを励まし続ける熱意を持つ

ことや

子どもたちを信じ続ける熱意を持ち続ける

ということなのでしょうか?

他業種から転職したという事もありますが、教師というのは専門職なのではと思っているので、それならば教師が磨き続けるべき能力というのは何なのかな?

と疑問に思う時があります

もし、よろしければお答え頂けると嬉しく思います

jun24kawajun24kawa2009/10/13 06:31『学び合い』の手引き書の第2章第2節第2項、第7章第2節をお読み下さい。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/13 23:26お返事ありがとうございます

花の研究をしていて知識も豊富なのに、他人には花の魅力を伝えられない研究者と、自分が好きな花を植えているだけなのに、他の人にも園芸をやってみようかな?と思わせる力のある園芸家

その違いは、どこから来るのかな?と思います

なんとなく解る気もするのですが、他の人にも自分が学んでいる事の面白さを伝えられる人間になりたいなと思います

jun24kawajun24kawa2009/10/14 06:28人に対する興味と愛、だと思います。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/14 20:28ありがとうございました

いつまでも成長を続けたいという意欲と、自分と周りの幸せを願い続ける熱意を忘れないようにします

jun24kawajun24kawa2009/10/14 21:51小さくまとまらないでね。
ま、そういうことはないと思うけど。
あははは
志を維持することは、そうとうハードです。
期待しています。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/10/15 21:57ありがとうございます

09/10/11(日)

[]みんなで 22:18 みんなで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - みんなで - 西川純のメモ みんなで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 みんなで、色々な方法をトライしましょう。

 みんなでね。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/a-peanut/?word=*[%E3%80%8E%E5%AD%A6%E3%81%B3%E5%90%88%E3%81%84%E3%80%8F%E7%B4%B9%E4%BB%8B%E6%89%80]

[]異質 22:14 異質 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 異質 - 西川純のメモ 異質 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 異質であるほどえるものが多い、と私は主張します。これに関して、正確に書かねばなりませんが、とりあえず、ちょっと書きます。

 「異質であるほどえるものが多い」という言明には前提があります。それは、基本的に同じ方向を向いていることです。もしくは、共通する目的がある場合です。それらがない場合は、異質であるほど、得るものは少ないです。ちなみに、より多くの人と、共通する方向性をえるものが「多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する」というものなのです。

 たいていの場合は対話は重要です。対話がないと、どんどん、相手を悪意で解釈してしまいます。ところが、一度、腹を割って話すと、「な~んだ」ということは良くあることです。でも、本気になって腹を割って話したら、「本当にこいつは嫌なやつだ」と確信することがあります。それは個々の問題解決の方法のレベルの違いではなく、何を達成したいかという目的のレベルの違いがある場合に起こります。

 だから、私の場合、腹を割って話す場合の安全策があります。それは人に聞くことです。私は教員なので、一番確かなのは子どもに聞くことです。子どもに「あの先生は良い先生?」というもの凄く漠然とした質問をします。おそらく子どもは多様に、かつ、総合的に判断するでしょう。多くの子どもに聞けば、一定の評価を得ることが出来ます。

 細かい人もいます。頑固な人もいます(まあ、私もそうです)。愚かな人もいます。でも、子ども達は、自分のために何かを成そうと思っている人は、正しく評価します。まあ、心理テストよりは正確です。だって、人間以上の測定器を私は知りません。

 で、私は「あの先生は良い先生?」と聞いたとき、そうである先生とは、個々の方法論でぶつかっても腹を割って話せます。だって、方法論は違っても、子どものためを願っているというレベルでは一致していますから。

 同志各位にお勧めです。子どもに聞きましょう。

[]凄く大事なこと 21:51 凄く大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 凄く大事なこと - 西川純のメモ 凄く大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は『学び合い』は考え方だと主張します。でも、それが理解されることは、非常に困難です。

 私はありとあらゆる方から質問や議論や論争を受けます。しかし、その99%以上は、方法レベルです。方法レベルの質問を受ければ、方法レベルで応えます。しかし、本当は考え方のレベルで議論が出来れば、もっと簡単に結論を出せます。方法のレベルで議論すれば、「この場合は、どうなるのか?」、「でも、こうだったら、どうなるのか?」という風になり、重箱の隅をつつくような議論に陥る危険性があります。が、方法からしか考え方は理解されないかも知れないと思い、方法のレベルで応えます。(そういう同志も多いですよね)

 でも、考え方のレベルの説明もしなくてはと思いました。

 『学び合い』では、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」という学校観の上に立っています。でも、この言葉の奥の深さをどれだけ理解できるかが勝負なんです。

 簡単な理屈です。どんな教育でも、学習者が本気になって学ぼうとしなければ学習は成立しません。当たり前ですよね。テレビ番組の面白実験ショーのようにすれば、面白くは出来ます。でも、それは実験を演示する人が主体者で、それを見る人は受動者です。それではたかが知れている。そんなことでは本気に学ぼうとは出来ません!

 私の25年間の結論は、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」を学習者集団に語り続けること以上に学習者集団「全員」が本気に学ぼうとさせる道は無いと断言できます。

 学習者集団の一部を本気に学ばせようとするならば他の道もあります。「俺についてくれば東大に合格させる!」というカリスマ予備校教師も、「俺は腕一本で生きていくんだ、勉強なんてどうでもいい」という子どもを引きつける力はありません。テレビドラマの熱血教師、また、教師のあるべき姿として認められている教師のように、「どんなに子どもに裏切られても、信じ続け、全ての時間を費やして救い続ける」教師も、救えるのは数人程度でしょう。だって、一人の人間を救うのにどれほどの時間がかかると思いますか?どんな人間も24時間しかありません。それで割り算すれば、当たり前の結論です。テレビドラマや自伝の世界だったら、その数人のことを詳細に語れば良いだけです。でも、その教師のクラスには、そこの書かれなかった多くの子どもがいたはずです。例えば、金八先生(お~古い・・)のクラスの中で、名前を知っている生徒はどれだけいませすか?1年間の連載で、一度も主人公にならなかった子どもはいたはずです。でも、その子どもにとっては、自分は主人公なんです。

 もし、学習者集団の全員を本気に学ばせようとする道が、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」以外にあるならば、その瞬間に私は頭を下げます。でも、どう考えてもありません。(あると思われる方がいたら、是非、議論しましょう。学びたいと思います)

 もし、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」が正しいとしたならば、あとは簡単な理屈です。折り合いをつけることを学ぶためには、学校にいる時間の殆どを折り合いをつける時間とすべきです(当たり前ですよね)。そうであれば、教師がゴチャゴチャしきる時間を削らなければなりません(当たり前ですよね)。そうであれば、子どもが問題が解けようが解けまいか、そんな次元の話ではありません。

 まず、学校教育の目的は何かを押さえて欲しい、そして、学習者はどんな存在かを教えて欲しい、そして、自分がスパーマンでもないし聖人君主でもないことを認めて欲しい。そのレベルの議論をしたいと願います。

追伸 幸い、『学び合い』の考え方は、あらゆる面で完璧に近いものです。理由は簡単です。人類が数百万年、洗練し続けた戦略だからです。たかが十年、百年程度の姑息な戦略に負けるわけありません。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090413/1239582257

[]良くある質問1 15:32 良くある質問1 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良くある質問1 - 西川純のメモ 良くある質問1 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志が、あるかたから質問を受けたそうです(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/takami_swc/20091011)。長くなるので、こちらに書くことにしました。質問は、『最後に残ったすごくできない子への対応とその周りの子どもたちの動きでした。みんなができることを語り続けることで,子どもたちは最後の一人を何とかしようとする。でも一人に関われる子は,せいぜい5人。残り30人近くの子は何をすべきか,その子たちに何を働きかけるべきなの?その子たちには,発展的な課題を与えてもいいのでは?』というものです。

 これは導入段階の中盤以降に起こりがちなことです。まあ、「クラスの中に極端に出来ない子どもがいるときに起こる」と思いがちなのですが、実は、『学び合い』の初期の型に拘っているのが原因です。

 おそらく、そのような事が起こるのクラスでは、出来る子が自分が課題を解けてから教えるということが起こっています。そのため、開始15分ぐらいは立ち歩きの少ない比較的静かな状態だと思います。そのような状態では、すごく出来ない子は15分以上、教師からも同級生からも援助を受けられない状態です。しかし、そのような場面でも、発展的な課題を与えるのではなく、「どうやったら全員が達成できるかを考えなさい」と求め続けるのです。そうすると、そのクラスの賢い子、特別に優しい子が、自分の課題を終わる前にサポートするという行動をします。自分の課題とその子の課題を平行して進めるのです。具体的には、自分の課題は一時中断して、とりあえず5分間程度、その子が課題に向かえるような説明をその子に与えて、その子がそれをやっている間に自分の課題を進めるのです。まあ、複式学級の「わたり」みたいなものをやり始めます。これによって、出来ない子が課題に向かう時間が二十分程度が三十五分程度にまで増加することが出来ます。これでかなりの改善が見られます。

 それでも出来ないならば、課題を毎日、毎日、与えるのではなく、1単元分与えるのです。毎日、毎日の改題が時間ぴったりになるというよりも、まとめて帳尻を合わせるほうが楽に決まっています。

 でも、もっとも大事なことは、クラス全員が全員の課題達成を本気に願うことが大事です。考えてみてください。私は『学び合い』が成立すれば成績が上がると豪語します。はては、知的に障害があると言われている子を含むクラスにおいて、クラス平均が100点を実現できると豪語しています。まあ、常識のある人だったら、「馬鹿な!」と思うでしょうね。でも、手品には種があります。ごく簡単な種です。それは、クラスのみんなが家に帰って予習復習をするからです。出来ない子が予習復習するだけではありません。出来る子が教師のように教材研究をして、どのように説明すれば分かってくれるかを予習復習するのです。そして、その文化がクラス全員に広がれば、「最後に残ったすごくできない子」が周りの子どもと協力して、予習復習するのです。

 ね、簡単な「種」でしょ。でも、簡単ですが、それを実現するには、教師の腹が据わっていなければなりません。なお、発展的な課題を与えることの危険性は「『学び合い』の手引き書の第7章5節に書いてあります。第一、発展的な課題を用意することは大変であることは、やった人だったらご存じのことですよね。続けられないことは、やらない方が良いと私は思います。あははは

[]良くある質問2 15:32 良くある質問2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良くある質問2 - 西川純のメモ 良くある質問2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もう一つの質問は『『学び合い』では,課題の設定が非常に大切になってくる。的確な課題が与えられてこそ初めて子どもは活動することができる。そのような的確な課題を与えられる力は,そう簡単につくものではない。学卒の新人がいきなり取り組んだら,それこそ学級崩壊するのではないか?一斉授業の酸いも辛いも経験してきた人でないと『学び合い』の実践は難しいのでは?その点で,授業は『学び合い』だけでは解決できないのではないか?』です。

 この場合は、「一斉授業→『学び合い』」という図式です。たしかに現状は一斉指導が大多数ですのでそういう場合が多いですが、「『学び合い』→一斉指導」ということも同様にあり得ます。つまり、以下のように表現できます。あはははは

『一斉指導では,課題の設定が非常に大切になってくる。的確な課題が与えられてこそ初めて子どもは活動することができる。そのような的確な課題を与えられる力は,そう簡単につくものではない。学卒の新人がいきなり取り組んだら,それこそ学級崩壊するのではないか?『学び合い』の酸いも辛いも経験してきた人でないと一斉指導の実践は難しいのでは?その点で,授業は一斉指導だけでは解決できないのではないか?』

 考えてください。『学び合い』であろうと、一斉指導(従来指導型とでもいう意味です)であろうと、課題設定が大事であることは当然のことです。でしょ?

 第一に、一斉指導の場合は、『学び合い』以上に初任者には出来ないことを求めているのです。それは、東大に行くかもしれない子と知的に障害がある子が共存しているクラスにおいて、それらの大多数の子どもに分かる説明が出来て、興味関心を引き出せる力が必要です。ところが、『学び合い』は子ども達に「折り合いをつけて解決せよ」と求めるだけで良いのです。どちらが簡単でしょうか?

 何度も書きましたが、一斉指導が『学び合い』より優れているところ(?)は、第一にクラスの問題を見えづらくすることが出来るところです。結果として、見栄えは良くなるし、教師の罪悪感を刺激しない。しかし、問題の解決を先送りして、重篤にしてしまうという危険性があります。まあ、先送りして、最後まで爆発しなかったらハッピーエンドというならば、ハッピーエンドですが。

 第二は、周りの教師が同じようなことをやっているために助力を得やすい。これは確かにあるな、と思います。

 第三は、周りの教師が同じようなことをやっているために、失敗しても追求されない。情けない理由ですが、大事なことだと思います。

 さて、最後に最も重要なアドバイスです。二つの質問とも、「漢字の書き取りを正確に出来る」とか、「計算が速くできるとか」という教科の内容に関連するものです。もっと上の次元で考える必要があります。つまり、子ども達は何のために学校教育を受けているかという考えをしっかりと定めましょう。その上で、二つのことに関して、どのように考え、行動するべきかを考えましょう。そうすれば、別な道が見えるはずです。

学校教育の目的なんて建前論で、毎日の教科指導には関係ない、というのが多くの先生方の本音だと思います。でも、『学び合い』は違います。それが根本であると考えています。

[]ポイント 15:32 ポイント - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ポイント - 西川純のメモ ポイント - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日から今日、新潟県六日町のよくいく温泉宿に泊まりました。大満足です。さて、そのチェックインは3時からなのですが、1時頃には到着します。そうなると2時間ほど閑です。どうしようかと考えました。天地人の直江兼嗣が生まれ育った地です。ゆかりの場所は色々とあります。しかし、息子が行きたがるとは思いません。そこで、「どこに行きたい?」と聞きました。息子は間髪入れず、「○○書店」と言いました。私は忘れましたが、前回、六日町で時間を潰すために入った町の小さい本屋です。なんで?と聞くと、そこでは本に立ち読み防止用のカバーがかかっていなかったそうです。そのため、色々な本、特に、お目当てはゲームの校略本を読めたという経験があったそうです。

 ということで、息子にとっての六日町の代表的なスポットは、「仙洞院」や「坂戸城」ではなく、「○○書店」です。

ftogpxtakaftogpxtaka2009/10/11 18:19本日の先生の記事、あらためてじっくりと読ませていただきました。すごくいい刺激になりました!!

jun24kawajun24kawa2009/10/11 21:46基本が大事ですよね。

なっつなっつ2009/10/11 22:09『学び合い』紹介所ブログにトラックバックさせていただきました。
色々悩んでいたところがすっきりしました。
ありがとうございます!!

jun24kawajun24kawa2009/10/11 22:15偉そうに書いていますが、私も日々悩んでいます。
色々な人と支え合いたいですね。

なっつなっつ2009/10/12 13:54トラックバックありがとうございます。
早速ボタンをぽちっと押させていただきました。
はてな。の『学び合い』グループのメンバーがボタンを押すだけでも、かなりの数になりそうですね。

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2009/10/12 18:11僕もブログ村参加しましたー♪

jun24kawajun24kawa2009/10/12 18:19みんなで、色々なことをしましょうね。

09/10/10(土)

[]研究 08:48 研究 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研究 - 西川純のメモ 研究 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は日本中の教科教育学者の中で、もっとも学会論文の多い研究者だと自負しています。若い頃は論文を書きまくりました。ある友人からは、「どの学会誌を読んでもお前の論文が載っている」と嫌みを言われたものです。そして、現在はある学会の学会誌編集委員長です。

 現在の研究の圧倒的大多数は、「これこれの教材を与えたら、子どもが分かりました」とか、「教師のこれこれの発問によって、子どもが変わりました」というものです。そういう研究は、子どもを十把一絡げにしています。でも、子どもは一人一人違うことを知ってしまいました。従って、その論文でこうやるとうまくいくという図式の記述を読むと、「おいおい、そうじゃない子どもはいるよ。きっとつまらなそうにしているだろうな~」と自動的に思うのです。その結果、興ざめして、読む気になりません。

 おそらく『学び合い』が広がると学術の世界も様変わりするように思います。

ghjalghjal2009/10/10 10:44教育の世界では、信じられないけれども、未だ精神論が幅を利かせているのです。自分から見ると、精神さえ高邁であれば、神国日本は負けないみたいな雰囲気です。事実を客観的に見て、データを分析して、なによりも日常や通常(研究授業は違う)、そして普通なもの(特殊技能を持たない教師)に対する洞察がないといけないのにな、と悔しく思います。

jun24kawajun24kawa2009/10/11 15:39教育研究ではデータ重視の傾向は顕著です。でも、層でない人もいて、そういう人が権力を持っていたりして・・
でも、大儀は我にあり!です。

09/10/09(金)

[]教え子 21:41 教え子 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教え子 - 西川純のメモ 教え子 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教え子は可愛いものです。高校教師時代の経験から封印していますが、本来は猫可愛がりしたいのが本音です。

 教え子が明日、晴れ舞台に立ちます。皆々様、よろしくお願いします。でも、安心しています。だって、『学び合い』を学びたいと、休日に集まるような方々なのですから。きっと素晴らしい会になり、彼も多くを学ぶことでしょう。ワクワク。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/syu-oota/

[]教職大学院 19:47 教職大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教職大学院 - 西川純のメモ 教職大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もし、大学4年で来年の進路を悩んでいる方が、これを読んでいたらお誘いします。また、そいういう学生を知っている方にお知らせします。上越教育大学教職大学院はグッドです。

http://www.juen.ac.jp/kj/saiyou.pdf

をお読み下さい。

syu-ootasyu-oota2009/10/11 15:01いろいろ相談に乗っていただき、本当にありがとうございました。
周りの方に支えられて、とてもいい会になりました。
異質な人が集まる方が学びが深まる・・・体験しました!

jun24kawajun24kawa2009/10/11 15:40もっと、もっとを自分に課さないと、腐りますよ。
期待しています。

09/10/08(木)

[]お誘い 22:20 お誘い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - お誘い - 西川純のメモ お誘い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志が授業公開します。といっても、何をするわけではないですが。だからいいのです。急な話です。

 『学び合い』は授業公開しやすい。だって、何もしなくて良いから。やるとしたら、子どもを煽るだけ。そして、えるものは多い。子どもが化けます。みなさん、どんどん公開しましょう!

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/ghjal/20091008

[]何で? 14:15 何で? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何で? - 西川純のメモ 何で? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、地元で3時間連続で授業を見ました。

 最初は、3年算数と6年社会です。良い感じです。3年の先生には班を固定化することの問題点をコメントしました。班の固定化を解除すれば、直ぐに目前の問題は解決するはずです。6年の先生は、社会科の『学び合い』が腑に落ちたようです。ようは、教科による違いがないという、至極単純なことが分かりればいいだけの事です。さばさばしたお顔でした。

 次の時間は、4年の算数と6年の算数の『学び合い』です。初めての組み合わせですが、拍子抜けするほどすんなりとうまくいきました。分かっているのですが、あまりにもセオリー通りなので笑ってしまいます。

 次の時間は、1年、3年、5年、6年の算数の『学び合い』です。これまた初めての組み合わせですが、これまた拍子抜けするほどすんなりとうまくいきました。まあ、これだけ大きい集団となると、このレベルの集団を俯瞰できる児童はまだ育っていません。そのため、幾分かの「抜け」はあります。でも、そんなのは2、3回のレベルで乗り越えられます。

 一緒に見ていたtwoyoshiさん(高校教師)に「御校で定常的にやったら、東大30人は軽いね」と笑いました。

 なんで、これほど簡単で、効果絶大なことをしないのだろう・・・。分かってしまえば、当たり前なんだけどな~

iku-nakaiku-naka2009/10/08 14:56仰る通りだと思います。
しかし、私はその「当たり前のこと」を充分に伝える力を持っていません。だから、実践を続け、子どもたちの姿から『学び合い』を感じてもらおうと思っています。というか、そういうスタンスにシフトチェンジしました(笑)。地道な作業ですが「したたかに」やりたいと思います。

jun24kawajun24kawa2009/10/08 22:12そうですね。
期待しています。
あ、思い出しました。
iku-nakaさんが初めて異学年を見たときの姿。
同志でさえ、ビックリだったんだもんね。

iku-nakaiku-naka2009/10/09 07:24はい。正直「そんなの無理だよ~」と思っていました(大汗)。
私にとって教科書が3つあります。
『学び合い』の授業を最初に見せて頂いたS先生
元Y小で実践を積まれていたA先生
そして異学年学習を参観させて頂いたS小学校です。
いつか追い抜き、追い越したいと思って日々精進します!!。

jun24kawajun24kawa2009/10/09 08:04期待しています。

09/10/07(水)

[]思い出して欲しい 22:12 思い出して欲しい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思い出して欲しい - 西川純のメモ 思い出して欲しい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの教師に思い出して欲しいこと。

 第一は、「あなたは、何をしたくて、何が出来ると思って、教師という職業を選んだのですか?」です。そして、「あなたは学校にいるとき、それをやっていますか?」です。

 第二は、「あなたにとって手のかかる子、あなたが教えても分からない子、あなたに反抗する子」その子も、幸せになりたいと願っているんです。

 第三は、第二の子は、とてもとても苦しい状態です。その子は、あなたのクラスの2割以上は確実にいます。

 最後です。

 子どもにとっては、あなたは上司です。あなたにとっての校長です。今までお仕えした校長の顔を思い出して、自らを振り返ってください。私は自らを恥じます。だから、もがきます。

tomkicktomkick2009/10/07 22:21思い出しました。
だから,僕も頑張りたいと思います。
1月。どうぞよろしくお願いします。

ghjalghjal2009/10/07 23:292割。ということは、うちの教室の6人ないしは7人。はいる?信じがたい。でも、現実にはそんなもんかもしれない。
全ての子供が救える教室。それを目指します。語ります。

MugenMugen2009/10/07 23:46>私は自らを恥じます。だから、もがきます。
この気持、教壇に立ち続けるには絶対に忘れてはならないなと、今改めて思います。

FlipperKFlipperK2009/10/08 05:31突き刺さりました。忘れたくないと思っているつもりです。でも、思っているだけなのかもしれません。

jun24kawajun24kawa2009/10/08 06:40tomkickさんへ
 色々な仕掛けをかましていますね。でも、基本は分かる人に伝えて、伝えた人と一緒に伝えるです。期待しています。
ghjalさんへ
 『学び合い』が成立したら、その数は0に近づきます。でも、気を許すと直ぐに増えます。それを恐れて下さいね。
Mugenさんへ
 易きに流れるのは人の常です。だから、同志とネットワークを組んで、互いに律する必要があります。子ども達と同じですね。
FipperKさんへ
 だれだって「思っているだけ」の時はあります。そりゃあたりまえ、でも、みんなで声を掛け合いましょうね。

09/10/06(火)

[]怒る 22:30 怒る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 怒る - 西川純のメモ 怒る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は、色々なことを思い出して、どうしようもなく怒っています。眠れないので、ちょいと多めに酒を飲みます。でも、怒りは収まりません。不実な行為は、こちらが誠実なだけに頭に来ます。

 全国の同志に「政治をしてください」と言います。でも、私自身が政治を出来ない。相手の不実を論理的に追い詰めて、論破したくなる。が、そうすれば関係者に迷惑がかかる。

 思います。私に関係者がいなくなり、徹底的に戦えたら、気持ちが良い!と思います。でも、同志に置き換えたらば、きっとそれは不健全で、誤りです。それは私も同じです。関係者がいて、ブレーキがきいている方が、健全です。

 でも、思います。幸いなことに、私の関係者は確信者です。私が突っ走っていることを知っています。だから、ある程度は折り込み済みだと思っています。これに関して、フェアーに語り、詐欺はしたくないと思います。怒りのエネルギーがたまっています。健全に放出したいな~

[]タブー 06:57 タブー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - タブー - 西川純のメモ タブー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 新潟で国体があり、天皇・皇后杯を獲得しました。でも、人口が1千万人を越える東京も、その十分の1以下の県も、何故か開催県が優勝する。その出発点は、45年前の新潟大会です。

 教師だったら、何故、そんなことが起こるのかは知っているはずです。そして、その影響がどれだけ引きずるかも知っているはずです。誰にも悪意はありません。でも・・・・

 これ以上は、タブーなので言いません。でも、教師の方はご存じですよね・・・・

[]巣立ち 06:48 巣立ち - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 巣立ち - 西川純のメモ 巣立ち - 西川純のメモ のブックマークコメント

 特別支援学級の役割とは何でしょうか?それを理解するためには、学校教育の目的は何か?を考えねばなりません。学校教育の目的は大人にすることです。自立する大人にすることです!

 自立する大人とはどういう人でしょうか?全てを自らが解決できる人でしょうか?そんな人、世の中に誰もいません。当たり前ですが、いつも誰かが脇にいてお世話してくれる人がいるから生きていける人は、自立した大人ではありませんよね。自立した大人とは、周りの人と折り合いをつけて自らの課題を解決する人です。

 つまり、特別支援学級の役割とは、漢字を書けるとか、計算できるではないと思います。そんなの分からなくても幸せに生活できます。特別支援学級の子どももいつかは社会に巣立ちます。そこには特別支援の先生はいません。その多くは、通常学級で育った人たちです。そのような人たちと仕事をして、恋愛をして、人生を過ごします。特別支援学級の役割とは、特別支援学級を巣立つことだと思います。残念ながら、特別支援の話題では、その視点が欠けていて、特別支援学級の中でクローズしているような気がします。

 本日、ある同志より以下のニュースを教えてもらいました。心豊かになりました。

『今朝、学校に行ったら、特別支援教室の先生、つまり担任が、私の所に来て、「○君は、今朝、特別支援学級に来て、教室に置いてあった荷物を全部、○組(私の担任するクラス)に自分で持っていちゃいましたよ。」と言っていました。「自分の所属する集団は、○年○組である」という意思表示をしたのかなと思いました。荷物の移動は、そのためのセレモニーなのかなあと感じました。4月から半年かかりましたが、本人とその子を取り巻くまわりの子ども達の意識が変わったようです。』

追伸 でも、当たり前なのではないでしょうか?「優しい先生と二人っきりのクラス」と「自分を受け入れてくれるみんながいるクラス」のどちらを子どもは選ぶでしょうか?いや、選ぶべきでしょうか?少なくとも「優しい保護者」がいる子どもだったらば、後者を選ぶべきだと思います。

yukari0841yukari08412009/10/06 09:50はい

munehiromunehiro2009/10/06 11:30いい話です。涙がでます。

jun24kawajun24kawa2009/10/06 12:30yukario841さんへ
 どこかで、誰かが連鎖を止めなければ。
munehiroさんへ
 日本中に広がれば、いいですね。期待しています。

09/10/05(月)

[]学校 18:16 学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校 - 西川純のメモ 学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、一つの学校が急激に変わっていくのを感じます。嬉しい!

09/10/04(日)

[]宮城の会 06:31 宮城の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 宮城の会 - 西川純のメモ 宮城の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 二次会にも参加しましたが、さわやかに5時半に起きました。ホテルの大浴場にはいり、今、メモの書いています。

 最近の『学び合い』の会で感じることです。

 『学び合い』の会には、「面白そうなことを言うパンダを見てやろう」と来られる方もいます。そう思われるのは当然かも知れません。我々はそういう方々に、『学び合い』は珍妙な指導法ではなく、ごくごく当たり前のことを、徹底的に突き詰めたものであることを伝えたいと思っています。

 しかし、最近、もう一つのタイプの方が多くなったように感じます。それは、『学び合い』を知っており、本も読んでいる。それが正しいと言うことは分かっている。でも、踏ん切りがつかない、という方です。これは凄いことです。

 さらに、次の宮城の会では、参加者ではなく主催者側で受付したり、司会をしていそうな方がいます。層が厚くなったことを感じます。

 現在、多くの先生方は追い詰められています。また、これ以上に追い詰められそうだという予感を感じています。私は『学び合い』をそのような方々に伝えたい。出口を失えば心の病が生じます。社会を責め続ければ、統合失調症になってしまいます。逆に、自分を責め続ければ鬱病になってしまいます。そのような教師は多いし、今後も増えつづけるでしょう。そして、その予備軍は数十倍います。心の余裕を失えば、どんな能力のある方でも、よい教育は出来るはずはありません。

 一人で解決できるわけありません。それは、その人が無能であるとか努力不足なのではなく、無理だということを理論的にも実験的にも『学び合い』は明らかにしています。それによって鬱病を防ぎたい。そして、一人で解決するのではなく、子ども達と同僚といっしょになって解決する具体的な道を示すことによって、社会や他者を責めずにいられます。それによって統合失調症を防ぎたいと思っています。

 我々は際物ではありません。たった二つのことを大事にし続けているだけのことです。

 それは、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決することの有効性を学び、周りの人が、折り合いをつけられる人であることを学ぶことが学校教育の目的である」という学校観。そして、「子ども達は有能である」という子ども観。このだれからも文句を言われる筋合いのない、ごく当たり前のことを大事にしています。

 宮城の会の皆様へ、我々はさらに進まなければなりません。期待しています。

motoryoumotoryou2009/10/04 18:35少しずつ仲間が広がりつつある実感を得ています。「悪い人間ではないですよ」「詐欺じゃないです」ということを分かってもらうよう努力します。遠路,本当にありがとうございました。今日,市教委の方とも,ある場で会ったのですが,「昨日の会,行きたかったな」と行っていました。その後の市教委主催の講演会の内容が,まさに私たちが考えていることにかなり近い内容でした。びっくり。

jun24kawajun24kawa2009/10/04 18:45記録したビデオを見てもらってはどうですか?

ghjalghjal2009/10/05 00:32>また、これ以上に追い詰められそうだという予感を感じています

認めたくないけれど、肌で感じる現実でもあります。おそらく自分も予備軍の一員です。日本を救わなくてはいけませんね。

jun24kawajun24kawa2009/10/05 07:03いっしょに急ぎましょうね。

sakusaku0428sakusaku04282009/10/05 17:54「家族仲良く健康で」…先生のブログで以前読まさせていただいた言葉です。今日は、部活動を免除していただき、今から家族4人で実家に行ってきまーす! 娘はお土産(漬け物)を早く渡したいみたいです。

あちらこちらで『学び合い』(いやもしかして『学び愛』?)○○の会が開かれています。
「山口の会」が開けるように、まず、校内で自分の授業を公開しようと思っています。中間テストまでの1週間とテスト返しの授業を見てもらおうと考えています。週3時間×5クラス=15時間 と テスト返しと再テストの2時間×5クラス=10時間分 ののべ約25時間(とりあえず、公開授業時数、校内では1位)です。一人でも多くの方に見ていただき、評価していただきたいと思っております。
もちろん「学校観」と「子ども観」を大切にして…

jun24kawajun24kawa2009/10/05 19:15期待しています。
上手くやってね。
特に、無理はしないでね。分かる人は分かるから。

09/10/03(土)

[]宮城の会 23:37 宮城の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 宮城の会 - 西川純のメモ 宮城の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、石巻にいます。色々書きたいけど、とにかく眠ります。一言。大成功でした。感謝

motoryoumotoryou2009/10/04 00:32遠路ありがとうございました。N先生の語りが響いたかたもたくさんいたようです。私の所に,そんなメールが来ました。一緒にやっていく仲間も増えました。ありがとうございました。

hakusukehakusuke2009/10/04 00:42本日(昨日)は、ありがとうございました。先生の熱い語りっぷり、小学校の先生方の指導の模索など、私なりに今後の指導にいかしていきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2009/10/04 06:08ありがとう同志
一歩後退、二歩前進!

09/10/01(木)

[]心おだやか 22:19 心おだやか - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 心おだやか - 西川純のメモ 心おだやか - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、久しぶりの『学び合い』のライブを見ました。本当にホットします。子ども達が楽しそうに、そして、1校時まるまる学習に向かっている姿にホットしています。その周りを穏やかに見守っている先生の姿にホットします。でも、この姿を混乱と捉え、ホットできない先生もいるのでしょうね。いや、その方が多いかも知れない。でも、視点が違う。私は、子どもや先生の心を感じホットします。逆に、従来型の授業でつまらなそうにしている子の姿や、いっぱいいっぱいになっている先生の姿を見ると不安になってしまします。

 授業後にその先生と小一時間話しました。開口一番「先生、腑に落ちましたね」と言いました。今、社会科における『学び合い』にとまどっているようですが、算数の『学び合い』は腑に落ちていることはハッキリ分かります。その先生は、子どもを信じられるようになった、それによって子ども達が信じられているということを感じているとおっしゃっていました。そうなると、『学び合い』の授業をしていない教科においても、自ずと子どもに任せてみようとする気になるし、クラス経営の日々のあり方も変わったそうです。その結果として、心の余裕が出来たとおっしゃっていました。その先生は、今年の新潟のフォーラムに参加した頃は、『学び合い』を授業法として考えていたが、参加された方と話し合う中で実践されている方は考え方として捉えていることが分かったそうです。それがきっかけになって二学期からの授業が変わっていき、それによって「考え方」の意味が腑に落ちたそうです。

 ただ、内容に対する拘りが残っているため、まだ、内容に「ひねり」を入れたがる傾向が残っているようです。そのため、社会科のような教科だと引っかかっているのです。そこで、社会科も算数も同じであることを説明しました。来週から3回程度、授業を見に行こうと思います。いや、おそらく2回程度で乗り越えられると思います。

 最後に、「先生、手引き書は読まれました?」と申しました。その結果、恥ずかしそうに、短縮版しか読んでいないことを白状しました。そこで、「先生は、基本的な部分はもう分かってらっしゃる。だから、ほっておいても続けていれば、先生なりの『学び合い』の姿を創ることが出来ます。でも、本当に伸び続けるには、人に伝える必要がある。伝えることによって、自分に語りかけ、自分が分かるようになります。それを理論的に整理したのが手引き書です。」と申しました。でも、さすがに200ページ弱の量となるとびびりますよね。そこで、「それでは、従来指導型『学び合い』の手引き書は50ページ以下ですので、まずはそれを読んでください。そして、完全版を読んでください。なにしろ無料なんですよ。」と申しました。

 語りながら、全幅、信頼できる同志がまた一人生まれたことを確信しました。

[]学校経営 07:36 学校経営 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校経営 - 西川純のメモ 学校経営 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志のメモhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/twoyoshi/20090930/1254326395を読み笑いました。

 校長の学校経営の失敗プロセスが見えるようです。教師は校長の腹を簡単に見透かします。子どもも同じです。

 でも改善方法も簡単です。子どもに正直に語れる願いを本当に願って、以前を誤り、今後を説明し、仕切り直せばいいのです。変わった腹も簡単に見透かしてくれますから。