西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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09/06/13(土)

[]スカイプ 19:02 スカイプ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スカイプ - 西川純のメモ スカイプ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、お誘いしましたが、スカイプで繋がりませんか?スカイプというのは、家電量販店で買える1万円以下の機器を用意すれば簡単に実現できるテレビ電話です。ただし、コンピュータは増設メモリーをつけていない場合は、画面が固まってしまうというエラーが起こるようです(経験上)。

 メールのやりとりでも良いのですが、直に顔を合わせて話すと良いですよ。ただし、家庭サービスがあるので、私の勤務時間内とさせて下さい。となると、学校におられるときに繋ぐということです。しかし、地域によってはセキュリティの関係で繋げないということがあるかもしれません。でも、地域のセキュリティ担当の方に事情を話してみてはいかがでしょうか?また、奥の手としては、通信があります。

 私は出張用にUSBタイプの通信を使っています(http://emobile.jp/products/)。最近試してみましたが、これを使えばテレビ電話が可能でした。ただし、これはそれなりに高額です。

 でも、セキュリティに厳しくないところだったら本当に簡単に実現できます。教室にランケーブルの端子があるならば、授業を見せてもらい、放課後に議論する、ということも出来ます。

 私としても出張しなくてもサポートできるのでありがたいです。ということで、これには「出張に関するガイドライン」は適用されませんので、ご安心下さい。

tontan2tontan22009/06/13 09:54反論です。
上のモデルは、『「算数の問題」ができる。』です。
「学び合い」がどうしても「算数の問題ができる」をイメージして語られる事が多いことが気になります。
指導要領は「できること」だけでなく、「仕組みが分かる」「考えを持つことができる」「目的に応じて使えるようにする」「計画的に話す能力を育てる」「科学的な見方を養う」「社会的事象の特色や相互の関連などについて考える力」・・・と多種多様です。
そうなれば、時間をもっとかけるべきです。最近はフィンランドで学習内容をさらに減らしたいという方針が分かるような気がします。十分に学べる環境を用意することが大事で、1時間という枠をかけてプレッシャーを与えれば、その時間でクリアできる喜びは、学びの本質的な喜びとは違うような気がします。いかがでしょうか?

jun24kawajun24kawa2009/06/13 10:54上記のことは理解しています。
あくまでも分かりやすい事例を通して説明しています。
出来るとか、わかるのレベルで説明してるのではありません。
今回は時間の問題を書いています。
仕組みを分かる、という課題に時間がかかることは了解しています。
では、無限にかけられますか?
それはないですよね。
全体のバランスから行って、有限の時間数しかかけられないですよね。
上記の説明は、その有限の時間をかけても出来なかったら、ということです。
その次元の説明だったら、内容依存はしないと思いますが。

なっつなっつ2009/06/13 11:36私も、生徒も、『学び合い』で時間の足りなさを感じていました。
このメモを読んでわかったのですが、ある学級では、一番遅い子に合わせて、足並みを揃えて進もうとしていたために時間が足りなくなってしまったのだと。(それを選択したのは生徒ですが、時間の重要性を私がうまく語れずにいました。)
あと、それ以外の学級でも、一斉授業では絶対できないほどの理解を、『学び合い』ならできそうな気がして求めすぎていたということがわかりました。
一斉授業でやっていることを終わらせるだけなら、圧倒的に時間は早く済むんですよね。でも、それだけだと、「みんな」が達成できるところまではなかなかたどり着かない。「みんな」を達成しようとすると、時間が足りない(けれど、一斉授業でやっている時よりは理解できる)。
でも、子どもたちにとっては、自分たちでは一斉授業でやるのと比べることはできないから、一斉授業よりは理解できているということよりも、「『学び合い』だと時間が足りない」の方が印象に残るのかな?と思いました。

tontan2tontan22009/06/13 12:08「「学び合い」の初期の話ですから」というならば確かにそうだと思いますが、「学び合い」を日常的にやっている先生方は、算数の「教科研究」をやってきた先生方は、指導要領を熟読している先生方にとっては、その「バランス」をどうするか悩まれていると思われてると思います。
電卓も表計算もあるこの時代に「受験」以外で、わり算の筆算で100点とることの価値を私は知りません。
もしも、「学び合い」が時間効率が良く、短い時間で単元の目標をクリアできると考えてる方がおられれば、それは誤解だと思います。「学び合い」だからこそ、子どもの学びの本質が見え、誤解が見え、そして理解の難しさが見えると感じます。

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 13:15要は、集団が「時間と折り合いをつける」ことができるようになればよいのではないでしょうか。私たちも、日常そうやって仕事をまわしていると思います。かかえた仕事の中で、時間的なプライオリティが高いものは大雑把でも早く、質が優先するものは時間がかかってもしっかりと練り上げます。そのような時間の読み方に関する能力は、与える課題のdeadlineを決めることで発現するのではないでしょうか。ですからこの問題は西川先生のおっしゃるように内容依存ではなく、個人内及び集団内の時間に対する意識の問題かと思います。

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 13:20もし時間がたくさん与えられれば課題に対する理解が深まるならば、「朝まで生テレビ」は見る価値のあるまともな番組として視聴率が上がるでしょう。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 15:00ということで、「手引き書」の加筆であるということでご理解いただけたと理解しました。
ただ、学校観に依存する部分もあります。つまり、時間をかけて分かることを優先するか、限られた時間で達成するように集団が知恵を働かす集団作りを優先するかです。私は後者を優先します。前者を優先して、後者を成り立たせることは出来ませんが、後者を優先して前者を成り立たせることは出来ると考えるからです。それに、どんなに教師が教育的価値があると思っても、それが価値があると子どもや保護者に納得させることは大事だと思うからです。私は私の原体験となっている子ども達に、教科内容に依存したことを価値があると子ども達に説得する自信はありません。しかし、その子ども達の少なからず子ども達に、内容に依存しない『学び合い』の意味を説得することは可能だと思います。そして、集団の中で全ての子どもに説得できると信じています。

tontan2tontan22009/06/13 17:52>前者を優先して、後者を成り立たせることは出来ませんが、後者を優先して前者を成り立たせることは出来ると考えるからです。
 
全くその通りだと思います。
 
>私は私の原体験となっている子ども達に、教科内容に依存したことを価値があると子ども達に説得する自信はありません。
 
なぜ、この教科を学ぶべきなのかを教師は「持っている」べきだと思いますし、子どもにも伝えていくべきだと思います。それを考え、伝えていくことが「経験」なのだと、尊敬できる先生と話していて感じることです。
 
いろいろ考える機会になりました。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 18:34>なぜ、この教科を学ぶべきなのかを教師は「持っている」べきだと思いますし、子どもにも伝えていくべきだと思います。
全くその通りだと思います。
言うまでもなく、私は理科が大好きだし、理科を学ぶ価値があると確信しています。そして、それを語ることは出来ます。
ただ、私にはそれを「全て」の子どもに伝えられる自信はありません。だから、「全て」の子どもに伝えられる部分を中心に考えているのです。
例えば、私の家内は理科は大嫌いです。結婚15年たちますが、それを変えることは出来ません。あははは

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 20:10私は、「英語なんかわかんなくてもこまることなんかね〜し。」、「受験に受かればいいんだからしゃべれる必要ないのになんで会話させるんですか〜」と何人もの生徒に言われました。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 22:16理科はもっとひどいですよ。あははは

ながたくながたく2009/06/14 20:04『学び合い』をやると時間が足りなくなる

う~ん。
ぼくは逆で時間が余るというか、どんどん行くといった
感じです。それはそれで悩んでいるのですが(笑)

jun24kawajun24kawa2009/06/14 21:57悩む必要はありませんよ。
もっと、先があります。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080302/1204424443

ジョンジョン2009/07/02 04:15・授業のねらい
 (短期・中期・長期)
・目指す子どもの姿
 上記の2点が不明瞭であることを,
 懸念しました。

jun24kawajun24kawa2009/07/02 06:41それを考えるのが授業者ですよ。
私は大学の教師にすぎません。あははは