西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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09/06/13(土)

[]スカイプ 19:02 スカイプ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スカイプ - 西川純のメモ スカイプ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、お誘いしましたが、スカイプで繋がりませんか?スカイプというのは、家電量販店で買える1万円以下の機器を用意すれば簡単に実現できるテレビ電話です。ただし、コンピュータは増設メモリーをつけていない場合は、画面が固まってしまうというエラーが起こるようです(経験上)。

 メールのやりとりでも良いのですが、直に顔を合わせて話すと良いですよ。ただし、家庭サービスがあるので、私の勤務時間内とさせて下さい。となると、学校におられるときに繋ぐということです。しかし、地域によってはセキュリティの関係で繋げないということがあるかもしれません。でも、地域のセキュリティ担当の方に事情を話してみてはいかがでしょうか?また、奥の手としては、通信があります。

 私は出張用にUSBタイプの通信を使っています(http://emobile.jp/products/)。最近試してみましたが、これを使えばテレビ電話が可能でした。ただし、これはそれなりに高額です。

 でも、セキュリティに厳しくないところだったら本当に簡単に実現できます。教室にランケーブルの端子があるならば、授業を見せてもらい、放課後に議論する、ということも出来ます。

 私としても出張しなくてもサポートできるのでありがたいです。ということで、これには「出張に関するガイドライン」は適用されませんので、ご安心下さい。

[]力量 15:39 力量 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 力量 - 西川純のメモ 力量 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師の力量を一言で言えば、自身が目標と信じていることを、相手に信じさせる能力だと思います。そして、その信じさせた目標が、抽象的であるほど力量が高いと言えます。

 各教科には独特の目標があります。例えば、「科学的概念の形成」であり、「自然を愛護する心」です。それよりかなり具体化すると、「ニュートン力学の大系で運動をシンプルに記述できることを理解し、その美しさを感じられる」というものも考えるかもしれません。それよりかなり具体化すると、「運動方程式で質点の運動を記述できる」となります。ずっと、ず~っと具体化すると「100mの距離を初速度0m/sで加速度2m/s2の物体が100mの距離に到達するのは何秒かという問題を解ける」となります。

 私は、「科学的概念の形成」が大事だと多くの日本人に信じさせる自信はありません。ましてや「100mの距離を初速度0m/sで加速度2m/s2の物体が100mの距離に到達するのは何秒かという問題を解ける」が大事だと多くの日本人に信じさせる自信はありません。ところが、それを勉強させるのが私の仕事でした。結局、面白実験、話術、個人的な繋がりという大技小技をとりまぜて乗り越えました(正確には乗り越えようとしました)。でも、最後まで私が教えているものが価値あるものだと伝えることは出来ませんでした。それが私のトラウマであり、『学び合い』の出発点です。

 他教科もそうでしょう。「深い読み」、「社会認識の形成」・・・みな同じです。結局、ぎりぎりまで考えて、『学び合い』の学校観にたどり着きました。世の中には、私と違って、学校観のみならず教科の内容レベルの価値を信じさせる力量のある方もおられます。確かにいます。でも、全ての教師がその教師のレベルになれるとは、絶対に思えません。圧倒的大多数は、一生かかってもそのレベルにはなれないと思います。だから、学校観レベルに限って、私は論を進めます。

 今現在、日本各地に「『学び合い』で日本を変える」ということをリアルに信じ、そのための行動をしている人が、内輪に数えても百人以上はいます。でも、それらの人は、私が伝えたからそうなった人ではありません。もともとそれを持っていた人で、『学び合い』がぴったりと枠組みを与えた人です。私の教師人生は25年です。『学び合い』にシフトしてからだと十数年です。その中で、教え子でそのレベルに達せたと確信できる人は片手もいません。本当は、それを信じられると、自分の力が何倍にもなり、個人にとっても有利であるのにも関わらず、それを信じられないのです。なんと力量のない教師だと慚愧します。しかし、まだ私には15年間があります。巣立った教え子、これからの教え子に伝えたいと思います。

[]時間が足りない 08:15 時間が足りない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時間が足りない - 西川純のメモ 時間が足りない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、立て続けに「『学び合い』をやると時間が足りなくなる」という質問を受けました。あれ、手引き書に書いているのに、と思いましたが、実は書いていないことに気付きました。メモには書いていたので、手引き書に書いたつもりになっていました。そこで補足しました。以下の、後半部分です。

『 『学び合い』は時間がかかるという誤解があります。いつもの授業をやりつつ、『学び合い』をやろうとしたならば、平常より時間がかかるのは当然です。しかし、我々の『学び合い』では、平常の部分がカットされています。具体的には、教師が長々と説明し、板書する部分はありません。殆どの時間は、子どもたちが自主的に活動している時間です。

 今までの実践研究の結果を総合すると、学び合うことによって平常より時間がかかるということは皆無です。最低でも3分の2の時間で同じレベルの達成度が実現できます。そして、半分以下の時間で実現することができます。

 子どもたちに自由に活動させると、様々な班がいることに気づきます。計画の段階をじっくり考えて時間をかけるが、実際に活動し始めるとトントンと進む班があります。一方、計画の段階では殆ど時間を取らず、とりあえず活動する班があります。そのような班は、実際に活動し始めてから試行錯誤を繰り返すので時間がかかります。

 一斉学習では、全ての班の進行を同調させようとします。その同調のさせ方は、一番遅い班にあわせることになります。即ち、最初に時間をかける班にあわせ、さらに、活動を始めてから時間をかける班にあわせることになります。結果として、各段階の一番遅い班の積算となるため、時間がかかります。ところが、子どもたちの班を観察すると、全体として帳尻があうため、そのようなロスが生じません。そのため、『学び合い』においては、教師主導より遙かに効率よく進むことができます。

 『学び合い』で時間がかかるとしたら、それは教師がダラダラとやらせているときです。ある課題を「みんな」で出来ることを課題として与えます。ところが初期段階では「みんな」達成することが出来ません。そこで、「もう1時間」を教師が与えてしまいます。そんなことが続けば、どんどんと長くなります。

 もし、「みんな」が達成できなくとも、次に進むのです。そして、「何故、全員が達成できなかったのだろうか?それをふまえて、次は全員達成をするには何をしたらいいか考えて欲しい。次を期待しているよ」と説教をしてください。1時間中に全員が達成するという課題は、子どもの課題です。教師の課題ではありません。その尻ぬぐいを教師をやり続けていれば、子どもが1時間中に全員が達成するという課題が甘くなります。だからガツンと切って前に進んでください。

 と、書きますと、「え!?そんなことで良いんですか?だって、分からないままの子どもがいるのに・・・」と言われる方も多いでしょう。しかし、考えてください。それでは今までの授業で、全員が本当に分かってから前に進んでいましたか?違うと思います。クラスの中で分からない子がいることを承知で前に進んでいたはずです。『学び合い』では一人一人の子どもがよく見えるだけです。つまり、ガツンと切って前に進んだとしても実害はありません。

 では、そのようにしてガツンと切って前に進むとどのようなことが起こるでしょうか?第一に、一人一人の子どもが時間を意識した行動をするようになります。もちろん、そのような行動が出来ないような子どもも1、2割いることは承知しています。しかし、一方、周りの子どもが時間を意識した行動が出来るかを見回ってチェックできるだけのことが出来そうな子ども「も」1、2割いることは承知しているのではないでしょうか?その1、2割の子どもが、そのような行動をすれば問題は解決します。例えば、あることにこだわっている子どもに対して「あと10分だよ、もうそろそろ、こっちの問題も解かなきゃ」という声がけをするのです。また、その課題を見て、「あ、これだったら私だったら15分で出来るな」と見当をつければ、教師が「はい、どうぞ」と行った瞬間に、一番、手のかかる子どもを自分の席の横に座らせて、教えながら自分も解くという行動をします。即ち、戦略的に行動をするのです。

 こんな事例がありました。5年生まで九九が出来ない子どもがいました。5年から『学び合い』を経験しました。上記のようなことがおこり、徐々に、クラスの中に入って勉強をするようになりました。そして、「みんなが出来る」という課題を達成したいと思うようになり、そのためには自分が出来なければならないことを感じるようになりました。そんなときです。クラスメートの一人が「○○ちゃん、九九覚えた方が良いよ」と言いました。それから一週間で九九を覚えるようになりました。その場、その場で、やいの、やいのと言うよりも、本人が学ぼうとする気になる集団を創れば、帳尻は合うものです。少なくとも、それしか解決の道はありません。』

tontan2tontan22009/06/13 09:54反論です。
上のモデルは、『「算数の問題」ができる。』です。
「学び合い」がどうしても「算数の問題ができる」をイメージして語られる事が多いことが気になります。
指導要領は「できること」だけでなく、「仕組みが分かる」「考えを持つことができる」「目的に応じて使えるようにする」「計画的に話す能力を育てる」「科学的な見方を養う」「社会的事象の特色や相互の関連などについて考える力」・・・と多種多様です。
そうなれば、時間をもっとかけるべきです。最近はフィンランドで学習内容をさらに減らしたいという方針が分かるような気がします。十分に学べる環境を用意することが大事で、1時間という枠をかけてプレッシャーを与えれば、その時間でクリアできる喜びは、学びの本質的な喜びとは違うような気がします。いかがでしょうか?

jun24kawajun24kawa2009/06/13 10:54上記のことは理解しています。
あくまでも分かりやすい事例を通して説明しています。
出来るとか、わかるのレベルで説明してるのではありません。
今回は時間の問題を書いています。
仕組みを分かる、という課題に時間がかかることは了解しています。
では、無限にかけられますか?
それはないですよね。
全体のバランスから行って、有限の時間数しかかけられないですよね。
上記の説明は、その有限の時間をかけても出来なかったら、ということです。
その次元の説明だったら、内容依存はしないと思いますが。

なっつなっつ2009/06/13 11:36私も、生徒も、『学び合い』で時間の足りなさを感じていました。
このメモを読んでわかったのですが、ある学級では、一番遅い子に合わせて、足並みを揃えて進もうとしていたために時間が足りなくなってしまったのだと。(それを選択したのは生徒ですが、時間の重要性を私がうまく語れずにいました。)
あと、それ以外の学級でも、一斉授業では絶対できないほどの理解を、『学び合い』ならできそうな気がして求めすぎていたということがわかりました。
一斉授業でやっていることを終わらせるだけなら、圧倒的に時間は早く済むんですよね。でも、それだけだと、「みんな」が達成できるところまではなかなかたどり着かない。「みんな」を達成しようとすると、時間が足りない(けれど、一斉授業でやっている時よりは理解できる)。
でも、子どもたちにとっては、自分たちでは一斉授業でやるのと比べることはできないから、一斉授業よりは理解できているということよりも、「『学び合い』だと時間が足りない」の方が印象に残るのかな?と思いました。

tontan2tontan22009/06/13 12:08「「学び合い」の初期の話ですから」というならば確かにそうだと思いますが、「学び合い」を日常的にやっている先生方は、算数の「教科研究」をやってきた先生方は、指導要領を熟読している先生方にとっては、その「バランス」をどうするか悩まれていると思われてると思います。
電卓も表計算もあるこの時代に「受験」以外で、わり算の筆算で100点とることの価値を私は知りません。
もしも、「学び合い」が時間効率が良く、短い時間で単元の目標をクリアできると考えてる方がおられれば、それは誤解だと思います。「学び合い」だからこそ、子どもの学びの本質が見え、誤解が見え、そして理解の難しさが見えると感じます。

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 13:15要は、集団が「時間と折り合いをつける」ことができるようになればよいのではないでしょうか。私たちも、日常そうやって仕事をまわしていると思います。かかえた仕事の中で、時間的なプライオリティが高いものは大雑把でも早く、質が優先するものは時間がかかってもしっかりと練り上げます。そのような時間の読み方に関する能力は、与える課題のdeadlineを決めることで発現するのではないでしょうか。ですからこの問題は西川先生のおっしゃるように内容依存ではなく、個人内及び集団内の時間に対する意識の問題かと思います。

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 13:20もし時間がたくさん与えられれば課題に対する理解が深まるならば、「朝まで生テレビ」は見る価値のあるまともな番組として視聴率が上がるでしょう。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 15:00ということで、「手引き書」の加筆であるということでご理解いただけたと理解しました。
ただ、学校観に依存する部分もあります。つまり、時間をかけて分かることを優先するか、限られた時間で達成するように集団が知恵を働かす集団作りを優先するかです。私は後者を優先します。前者を優先して、後者を成り立たせることは出来ませんが、後者を優先して前者を成り立たせることは出来ると考えるからです。それに、どんなに教師が教育的価値があると思っても、それが価値があると子どもや保護者に納得させることは大事だと思うからです。私は私の原体験となっている子ども達に、教科内容に依存したことを価値があると子ども達に説得する自信はありません。しかし、その子ども達の少なからず子ども達に、内容に依存しない『学び合い』の意味を説得することは可能だと思います。そして、集団の中で全ての子どもに説得できると信じています。

tontan2tontan22009/06/13 17:52>前者を優先して、後者を成り立たせることは出来ませんが、後者を優先して前者を成り立たせることは出来ると考えるからです。
 
全くその通りだと思います。
 
>私は私の原体験となっている子ども達に、教科内容に依存したことを価値があると子ども達に説得する自信はありません。
 
なぜ、この教科を学ぶべきなのかを教師は「持っている」べきだと思いますし、子どもにも伝えていくべきだと思います。それを考え、伝えていくことが「経験」なのだと、尊敬できる先生と話していて感じることです。
 
いろいろ考える機会になりました。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 18:34>なぜ、この教科を学ぶべきなのかを教師は「持っている」べきだと思いますし、子どもにも伝えていくべきだと思います。
全くその通りだと思います。
言うまでもなく、私は理科が大好きだし、理科を学ぶ価値があると確信しています。そして、それを語ることは出来ます。
ただ、私にはそれを「全て」の子どもに伝えられる自信はありません。だから、「全て」の子どもに伝えられる部分を中心に考えているのです。
例えば、私の家内は理科は大嫌いです。結婚15年たちますが、それを変えることは出来ません。あははは

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 20:10私は、「英語なんかわかんなくてもこまることなんかね〜し。」、「受験に受かればいいんだからしゃべれる必要ないのになんで会話させるんですか〜」と何人もの生徒に言われました。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 22:16理科はもっとひどいですよ。あははは

ながたくながたく2009/06/14 20:04『学び合い』をやると時間が足りなくなる

う~ん。
ぼくは逆で時間が余るというか、どんどん行くといった
感じです。それはそれで悩んでいるのですが(笑)

jun24kawajun24kawa2009/06/14 21:57悩む必要はありませんよ。
もっと、先があります。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080302/1204424443

ジョンジョン2009/07/02 04:15・授業のねらい
 (短期・中期・長期)
・目指す子どもの姿
 上記の2点が不明瞭であることを,
 懸念しました。

jun24kawajun24kawa2009/07/02 06:41それを考えるのが授業者ですよ。
私は大学の教師にすぎません。あははは