西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

09/06/08(月)

[]出張の意味 22:41 出張の意味 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出張の意味 - 西川純のメモ 出張の意味 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不遜ながら、私は「オジェジェ」をいただける講演をしているつもりです。でも、私は「面白い」と思ってもらえるために出張しているわけではありません。そんなんだったら、「オジェジェ」を規定通り頂きたい。それなら、芸人としてしっかり芸をします。

 でも、私が出張するのは、『学び合い』をトライする人を生み出すためです。数百人を前にした講演でも、おそらく、翌日にまで続く人は1割もいないと見切っています。そして、トライする人は、極々僅かです。でも、一人の人が変われば、その人が教える数百、数千の人の人生に影響があります。もし、その人が数人の教師に伝えたとしたら、数千、数万人の人生に影響があります。それは、とてつもなく尊いことです。だから、「やる」という最後の一歩を踏み出す人が数人であったとしても、価値があると確信しています。

 神奈川の会で、その一歩を踏み出した人がいることを知りました。出張した意味があったと思いました。

http://blog.goo.ne.jp/inocch2007-/e/529a5f85f30762031e269144e97be25a

[]神奈川の会 08:51 神奈川の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 神奈川の会 - 西川純のメモ 神奈川の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 素晴らしい会でした。

 私はいつも通り原理原則を語ります。そこからです。

 三崎先生が『学び合い』を体験させ、水落先生が安全な始め方を説明しました。お二方とも、いつも通りに素晴らしいものでした。

 そのあと実践報告です。最初の若い先生(マルさん)は、『学び合い』を初めて2ヶ月です。その中で色々なことを悩み、色々なことを得たことを語りました。語りの内容ももちろんですが、あの語りの「雰囲気」が多くを語っていたと思います。

 そして、ゆうゆうさんの教え子達の語りです。テレビ業界では「子どもと動物には勝てない」という言葉があるそうです。『学び合い』では、それ以上だと思います。おそらく参加者の心に伝える力は、私はもちろんのこと、三崎・水落先生を上回っていることは、両先生も認めることだと思います。今回は最前列に陣取りました。理由は昨日と同様にボロボロと泣いても、参加者には見えないからです。最後に子ども達と握手しました。

 本日の仕事があるため、懇親会にも参加せず家に直行です。(残念・・・帰宅は深夜でした)新潟への帰りに、ゼミ生から何故あのような会が成立したかを聞かれました。そりゃそうでしょう、『学び合い』に出会って数ヶ月で、あれだけのことが出来るのを目のあたりにしたのですから。私の応えは、『学び合い』の一言です。子ども達がとてつもないことを毎日の授業でやらかすのと同じです。何故かを分析しても、とりたてて「これだ!」というものを挙げることは出来ません。関わる人が、それぞれの事情の中で折り合いをつけながら、一つの目標を実現するために関わっている中でできあがるのだと思います。

今までの教育では「どのようにして」という方法のレベルを重視します。そして、方法を強います。しかし、『学び合い』では目標が重要だと考えます。今回の成功は、メンバーの願い、そして志が素晴らしいことに起因しています。

追伸 あれだけの会をやるとしたら、泊まりがけの会が必要だと思いました。

[]教祖様 08:51 教祖様 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教祖様 - 西川純のメモ 教祖様 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 キリスト教の旧約聖書はユダヤ教の聖典です。ですが、キリスト教とユダヤ教は同じだと言えば、おそらくキリスト教徒もユダヤ教徒も納得しないでしょう。キリスト教の新約聖書・旧約聖書はイスラム教の聖典です。ですが、キリスト教とイスラム教は同じだと言えば、おそらくキリスト教徒もイスラム教徒も納得しないでしょう。

 何度も、何度も書いていることですが、私は教祖様になるつもりはありません!

 が、『学び合い』の会では、そのような役回りを演じなければならず、そのため、そのように思われます。でも、しょうがありません。我々は既存の枠組みで物事を理解しようと考えるように頭の構造上そうなっているのです。従って、『学び合い』を理解しようとするとき、既存と同じだと理解しがちです。でも違いを理解してもらわなければならないと、私は考えているから、あえて違いをハッキリと言わなければなりません。結果として、傲慢・不遜のような物言いになってしまいます。結果として、好きになってもらうにせよ、嫌いになるにせよ、極端になりがちです。でも、本当の私はどちらでもなく、中庸のつもりです。ただ、語りはハッキリとしなければならないと思うから、そのように演じています。

 我々は「異質な集団は得るものが多い」ということを知っています。ただし、それは基本的な目的が一致した場合、つまり『学び合い』が成立したときのみのことです。それが一致しない集団の場合、集団が異質であればあるほど、そのパフォーマンスが下がることが明らかにされています。では、『学び合い』で一致すべきものは何かと言えば、そりゃ、学校観と子ども観です。授業観は、その二つから導き出されるものです。

 例えば、『学び合い』の学校観は、子どもたちを関わらせる場面の多い教育と似ているでしょう。しかし、根本的に違います。というのは、多くの場合、それらは「学力保証」とか「人間関係づくり」に有効だから、手段として採用しています。しかし、『学び合い』は、多様な人と折り合いをつけて自らの課題を達成すること、それが学校教育の目的だと考えています。

 例えばです。私が「業者テストの最低点が80点以上」という課題を事例として挙げると、「人間関係づくり」の手段として子どもを関わらせている方の場合は、「『学び合い』は受験学習だ!」と非難されます。逆に、「学力保証」の手段として子どもを関わらせている場合は、「業者テストの点数なんて学力ではない」と非難されます。いずれも、子どもたちが関わることの意味を低く捉えていることに起因しています。関わることによって、子どもたちはどれほど高い学力を獲得し、どれほど複雑な人間関係を創りあげるかをご存じありません。しかし、我々は膨大なデータを通してそれを学びました。だから、私は学力と人間関係を分ける二元論との違いを言わなければなりません。

 しかし、中には我々の学校観に極めて近い学校観をもつ教育は存在します。しかし、子ども観が違います。特に、それは教科学習の場面で端的に表れます。

 我々は学ぶこと自体は、教師がごちゃごちゃしなくても子ども「たち」は持っていると考えます。ところが『学び合い』以外の多くは、そういう部分もあるが、教師がしっかりと押さえなければならないと思っています。そこが違います。もちろん『学び合い』においても教師が押さえなければならないところがあります。しかし、それは目標、評価、環境整備の三つであると考えるのに対して、多くの教育は「どのように学ぶか」も教師が押さえなければならないと考えています。この差は、子どもの能力の過小評価と、教師の能力の過大評価に起因します。

 子どもの能力の過小評価は、子どもを子ども個人と考え、子ども集団としてとらえることが弱いためです。面白いことに、子どもを集団と考えるべきだと考えている教育においても、その個人と個人を教師が結ばなければならないと考えています。我々は、個を一度忘れて(本当は忘れていませんが)、集団づくりに視点を置きます。そして、「みんな」ということを本当に求めれば、細かなことをしなくても集団が機能することを知っています。

 教師の能力の過大評価は、子どもを個として見ずに、抽象的な「子ども」として捉えているからです。本当は、子どもは一人一人、その時その時、違います。我々は、一度、徹底的に個に拘り、データを出したから、そんな多様な子どもの個に対応なんか出来ないと見切っています。ところが子どもの個を知らず、抽象的な「子ども」としてとらえられるから、「子ども」にとって有効な教材、「子ども」にとって有効な机の配置・・・というものが有ると考えてしまいます。しかし、そんなものありません。

 以上のような違いを曖昧にしたままでは、『学び合い』は絶対に実現しませんし、協働もありえません。だから、ハッキリと言わざるを得ず、現在、その「役」を私が演じているのです。

 私の話を聞いて、私を嫌いになっても結構です。いや、それは健全な反応だと思います。私だって、私の講演は嫌いです。しかし、「『学び合い』=西川」ではありません。『学び合い』は考え方で、個人ではありません。私が嫌いならば、私とつながる必要はありません。でも、世の中には様々な方が『学び合い』を実践されています。その方とつながりながら、『学び合い』を理解していただければと願います。

 全ての教師は、数多ある職業から教師という職を選びました。その選択の志は同じです。私を嫌いな人も、『学び合い』に拒否感もある方も、みんなそれは一致しています。今、学校では多くの子どもが苦しんでいます。私は一人も苦しまない学校を実現したいと願って『学び合い』に至りました。是非、それだけは信じて欲しいと願います。

追伸 ある講演会の後、同志の一人から「西川先生、参加者のお一人から、「西川先生は教祖様みたいだ」と言われたんですよ」と笑いながら私に話されました。すかさず「「西川先生は教祖様ではありません、神様です。空中浮揚しているのを私は見ました」と言ってよね」と言って二人で大爆笑しました。

ghjalghjal2009/06/08 10:40昨日はありがとうございました。運動会のために参加できず残念です。

結局、教師同士の学び合いでも子供の学び合いでも共通している。今回の場合、すべての人がこのセミナーでメッセージを理解する必要はないし、そういうことはあり得ない。でも、確実に共感し、実践しようとする人はあらわれたと思います。それを急行した懇親会で確認できました。

『学び合い』パンデミックが起こりつつあるのだと思います。そうであってこそ、20万人の感染者を目標にしているのですね。全国で20万人は横浜で2千人です。計算間違っていなければ。

jun24kawajun24kawa2009/06/08 15:45はい、その通りです。
個に拘らず、しかし、個を捨てず、そのために個を捨てない集団に拘る。です。
なお、横浜の人は、横浜2000人ではなく、神奈川1.5万人、そして、日本20万人を背負っていただきたい。だって、感染者は横浜市に限らないのですから。

janglejapjanglejap2009/06/08 18:55同じく昨日はありがとうございました。
子どもたちは「今度は全員でくるよ!」と帰っていきました(笑)
子どもたちの言葉をまさに全身で受け止めてくれる先生方の集まる教育の研究会って当たり前のようでいて、ここにしかないように思えます。
彼らにとってもすばらしい体験になったと思います。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/08 19:20感激をありがとうございます。
是非今度は、色々な今の担任の子ども、昨年の担任の子どもも一緒にして異学年にすると面白いですよ!

イノッチ1000世イノッチ1000世2009/06/08 20:04昨日のセミナーに参加させていただいた者です。
今日、さっそく授業実践をしてみました。
ブログにその様子を書かせていただきましたので、お時間がある時に覗いていただければありがたいです。
http://blog.goo.ne.jp/inocch2007-/

jun24kawajun24kawa2009/06/08 22:28『学び合い』で最大の障害は、「やる」ことです。それを乗り越えたら、もう、半分は終わっています。
良いクラスですね。

jikomanngajikomannga2009/06/09 05:08一昨日はありがとうございました。
生西川先生にお目にかかれて本当にうれしかったです。
継続して、学び合いのチャレンジをしていきたいと思います。本当にありがとうございました。
http://plaza.rakuten.co.jp/kateika44/diary/200906080000/

minatontonminatonton2009/06/09 05:35横浜のMihoです。神奈川の会では本当にありがとうございました。直接ご挨拶するタイミングを逃してしまいお礼を申し上げられませんでした。大変な強行スケジュールをお願いしてしまいました。お疲れになられたことと思います。本当にありがとうございました。翌日、メインの担当の先生が病欠なのをいいことに、音楽の時間で『学び合い』をしました。「ふるさと」の手話コーラスをみんながみんなでできるようにする。中学生までは個別支援級に在籍する生徒たちですが、(だからこそ、か?)、本当に自然に『学び合い』ます。色々課題はあるのですが、「できる!」という可能性を感じます。あー、授業したいなあ。

jun24kawajun24kawa2009/06/09 05:49jikomanngaさんへ
是非、トライしてください。その際、私のHPに公開している『学び合い』の手引き書をお読みになって下さい。そして、何かあったら直ぐにメールしてください。それさえすれば、絶対に出来ます!(強く断言)サポートしますよ!
minatontonさんへ
ご苦労様でした。
『学び合い』は簡単です。本当に簡単です。多くの先生方は、『学び合い』をするには子どもに準備が必要だと思っています。でも、そんなの不必要です。直ぐにやります。大変なのは教師の方なんです。でも、あなたが、乗り越えられていますね。
それぞれ置かれている状況で、出来ないこともありますが、出来ることも必ずあります。少しずつやりましょうね。

yoichiyyyoichiyy2010/11/27 06:44「子供を個々に見ている」「子供を抽象的に見ている」・・・まさに自分のことだと思いました。早く抜け出したいですが、、、今のところ、失敗しながらまた考えてを繰り返すしかなさそうです。早くその場所につきたいです、一人で考えるよりも、人に聞いたほうが早い。読んだほうが早い、、、ということを、、、このブログを拝読し、改めて感じました!

生徒に促すばかりでなく、自分も、もっと積極的に学びあいます!

jun24kawajun24kawa2010/11/27 06:56ご安心あれ、自分の足りないことを気づける人は、もう半ばを越えています。気づけないことが最大の問題なのですから。あと、考えは言葉の中にあるのではなく、集団の中にあるので、繋がることによって理解しましょう。ね。