西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

09/06/30(火)

[]長野県 21:50 長野県 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長野県 - 西川純のメモ 長野県 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我がゼミならば分かる「閣下」のブログに以下がありました。彼が、このように書くと言うことは、凄いことです。長野県の先生は、いいな~

http://blog.goo.ne.jp/kiri5555/e/772b437da09fbcd0a82363e35c372944

[]不祝儀 21:40 不祝儀 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不祝儀 - 西川純のメモ 不祝儀 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 縁あって、本日、不祝儀に参加しました。読経の後、和尚さんの法話です。その際、「おばあちゃん」という名前で、ずっと故人を呼んでいました。コミュニティが成り立っている地域なんだろう、コミュニティーの中で生活していたんだろうな、と思い、故人をうらやましく思いました。

ジョンジョン2009/07/01 06:35(多様な敬称には,
賛成しがたい)と,思います。

09/06/29(月)

[]加筆 18:19 加筆 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 加筆 - 西川純のメモ 加筆 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下の文章を、手引き書及び短縮版の手引き書に加筆しました。

 が、起こりうる全てのことに対応しようとすれば、短縮版も短縮版で無くなってしまいます。結局、「自分の頭で考え続け、分からなければ人に愚痴を言い、知恵をもらう」これに勝る方法はありません。でも、今全ての人が、そのネットワークが確保されているとは限りません。それ故に手引き書を書いています。しかし、本質的な解決策は、ブログや『学び合い』の会や・・のネットワークの充実しかないことは確かです。手引き書は場つなぎに過ぎません。

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 実践する前に、「失敗」のこともいくつか注意します。『学び合い』は極めて簡単で、出来る人は直ぐ出来ます。しかし、失敗する人(正確には失敗したと思いこむ人)がいることも確かです。

一番の原因は『学び合い』は考え方であって、方法ではないということを理解していないことによります。この『学び合い』の手引き書で例示したのは、あくまでも例示です。ところが方法論に捉えてしまうと、何も考えずに、そのままをやります。『学び合い』を理解し、それに確信した人であれば、そのままで出来ます。しかし、これからやろうという人だと、心には迷いがあります、不安があります。そして、子どもにそれがばれてしまいます。自分の頭の中で、自分なりにどうアレンジするかを考えて下さい。

 もちろん、「うん、この子たちならば大丈夫だ!」と思える人ならば、そのままでやった方が良いと思います。しかし、不安ならば、従来型の授業に組み込む方法も有りだと思います。例えば、最初の説明や最後のまとめをしつつ、子どもたちが語り合う時間を10分程度、毎回取り入れるということもありです。徐々に自信がつくに従って、最初の語りや最後のまとめを徐々に削ることによって、その時間を子どもたちが語り合う時間に回すことが出来ます。30分を任すのが不安ならば、15分を2回に分ける方法も有りだと思います。

 ただし、上記の方法の危険性を理解して下さい。それは、いつのまにか従来の授業にちょいとアレンジした程度に陥る危険性があります。上記のような方法でやれば、一定以上の力量のある先生ならば、まず、間違いなく成功します。しかし、それで『学び合い』が成立したと思いこんでしまう危険性があります。『学び合い』の考え方である、授業観や子ども観を本当に願い続けることを放棄し、「やはり子どもには私の指導が必要なんだ」、「子どもは未熟だから守ってあげよう、育ててあげよう」、「勉強はさておき心の成長をさせなければならない」、逆に「心の成長は別な場面でしっかりやるので、授業では教科の内容をしっかり教えなければならない」となってしまいます。そうなっては『学び合い』は永遠に成立しません。それは従来の指導に子どもたちの話し合う場面を加えた程度のもの以上にはなりません。

 自分の説明が必要な状態だったとき、「やはり子どもには私の指導が必要なんだ」とは思わず、「おそらく自分の説明では最後まで分からない子どもは少なくないのに、自分の能力がまだだから、こんなことをしている」と思うならばOKです。

 なお、成績の向上についても注意が必要です。おそらく、子どもの関係性の向上は比較的簡単に達成することが出来ます。少なくとも、休み時間の子どもたちの関係程度は直ぐに実現できます。しかし、その状態では、必ずしもテストの点数に直ぐに結びつくわけではありません。クラスの2割程度の子どもが、「みんなのテストの点数を上げよう」と考え、彼らが頭で考えなければなりません。それが成り立つまでのにはタイムラグが生じます。もし、それにあなたの置かれた環境がそれに耐えられるならば、「みんな」の大事さを語って下さい。もし、それに耐え得ないと判断するならば、先に述べた『学び合い』「的」授業をやって下さい。

 最後に、もし失敗したと思ったら、人に聞いて下さい。私に聞いていただいても結構です。また、『学び合い』グループhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/)に聞いていただいても結構です。これは『学び合い』に限らず、従来の授業であっても教師には絶対に必要なことです。

 私の考える教師に職能は以下の三つです。網羅的、箇条書き的な普通の教師の職能とはかなり違い、静的ではなく、動的に職能をとらえています。

 1)子どもや親のせいにしない。確かに、それが原因なのかもしれないが、それを言ってはおしまい。

 2)尊敬すべき、先輩、後輩を捜し、その人といっぱい雑談をする。見いだす方法は、子ども「たち」に聞けばいい。

 3)まねられるところはまねる。まねられないところは、まねる必要はない。今の自分のままで、出来る授業はある。

 補足します。

 第一の職能がないと、教師の進歩は止まります。教師が求められる能力は多種多様です。例えば偏差値70以上の子どもたちを相手にするのと、暴走族だらけの子どもを相手にするのとでは、求められる対人能力も教材の力も全く違います。小学生を相手にするのと中学生を相手にするのでも違います。また、同じ学校、同じレベルの子どもを教えるのだって、自分が二十代前半であるときと、四十代後半では全く違います。学問的にそれを抽象化することは出来ますが、理論物理学者が車を作れないのと同じ理由で、現実の教室では無力です。結局、教師にとっての最高の教師は「子どもたち」だと思います。子どもたちに教えられながら、常に学び続けなければならないわけです。

 若い先生の場合、過去の自分の経験や、他人の経験を知りません。そのため自分を相対化できません。さらに、年を経ると、失敗しても、その失敗を目立たなくするノウハウは確実に増えます。その結果、職員室の中で、あたかも自分だけが駄目のように感じてしまいます。いえいえ、中堅・ベテランでも追い詰められると、自分だけが駄目みたいに感じます。

 でもね。今まででは通用しないのは、ごくごく当然です。子どもも変わり、自分も変わっているのですから、調整しなければならないのは当たり前です。これは、『学び合い』だって、一斉指導だって同じです。それが嫌になると、子どもや保護者のせいにしたくなる。人情です。でも、このブログを読んでいる方々だったら、そうした先生がどのような先生であるかは「よ~~~~く」ご存じなはずです。もがくしかありません。もがくのが当たり前です。偉そうなこと言っている私も「当然」、一杯失敗し、落ち込みます。でも、もがくから成長もあります。少なくとも、もがかなければ、現状維持はあり得ません。

 でもね。人の能力なんて、たががしれている。もがいても解決できないことが殆どです。そんななかでもがき続けるなんて、神仏でなければ出来るわけありません。当然です。では、子どもや保護者のせいにして合理化する教師になるか、成長しつつけることの出来る教師になれるか、その分かれ目は何かといえば、それが2番目の職能です。これって大事です。自分が分からないこと、困っていることを、解決する方法をこともなげに教えてくれる人っているんですよ。「あ、それね。あははは。知らない人は、なやむよね。それってね・・・・」と教えてくれる人っているもんですよ。答えを知っていなくても、一緒に考えてくれる人はいます。そして、何よりも愚痴を聞いてくれる人はいます。

 教えてもらえる、一緒に考えてくれる、そして愚痴を聞いてもらえる。そこで得られる最大のものは何か?そりゃ、もう一度、自分で考える勇気をもらえることなんです。教えてもらえることでさえ、結局、自分の場面にそのまま使えるものではありません。やっぱり、子どもたちという教師の教師の前で実践して、自分でもがくしかありません。これは『学び合い』も同じです。

 私も落ち込んだとき、いつまでも愚痴を聞いてくれた先輩教師が、十数人の職場でしたが片手以上いました。職員室の横のお茶飲み場では足りない時は、その愚痴を聞いてくれるために酒場や自宅で「奢って」もらえる機会が、週1回以上はありました。今から考えると、驚異的に恵まれていたと思います。でも、今の職場は年齢バランスの崩壊や、様々な要因で私のいた頃とはだいぶ様変わりしていると思います。その場合は、あらゆるチャンネルで繋がることが大事です。(でも、本当は『学び合い』が広がれば、職場が第一の場になると思いますが)

 さて、自分が悩み、人と相談し、再度自分で考えるとき重要なのが第三の職能です。溺れている人は浮いているものに必死にしがみつきます。でも、本当に重要なのは自分で泳ぐことです。あくまでも主体は自分であることを忘れてはいけないと思います。

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twoyoshitwoyoshi2009/06/29 19:25 私がそうであったように『全ての子どもが有能である』と信じられない人にとっては『全ての大人は有能である』こともまた信じる事ができません。
子どもが不安であれば、せめて自分の周りの大人に『学び合い』で接してみてください。人間関係で悩む事が少なくなりますし、なによりも自分が低く評価していた人がいかに有能であるか、そしてそう考えていた自分がいかに不遜な存在であったかがよくわかります。

ジョンジョン2009/06/29 22:14(多くの教師が少しでも分かり,
教室が変わるといいなぁ)と,
思いました。

09/06/28(日)

[]嬉しい 22:29 嬉しい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嬉しい - 西川純のメモ 嬉しい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』では教えすぎるな、と主張します。そうなると冷たいと言われます。心外です。

 私は教え子が可愛い!未熟な私を信じてくれて、頼ってくれる。心の底から可愛い!高校教師の時は、ダッコをしました。高い高いをしました。ほおずりをしました。猫かわいがりをしました。とにかく、可愛いのです。暴走族や不良なんかは、敵でないと分かれば、無茶苦茶に私に甘えます。素直に可愛い。

 でも、失敗しました。可愛がりすぎれば、子どもは教師にべったりします。そうなれば、可愛がり方に軽重が出来ます。これは高校教師の時から意識できました。でも、中々分からなかったのは、みんながみんな私に向いて、それが、みんなの関係を阻害することです。

 27歳で大学に異動すると、指導する現職院生さんは私より年上です。でも、それでも私は可愛いと感じます。10年もたてば、現職院生さんは私より年下です。もちろん、可愛い。二十歳程度の学部学生さんはもちろん、もちろん、可愛い。

 私は常にゼミ生には多くを求めてきた。おそらく怖いぞ、恐ろしいぞと言われていたのにも関わらず、私を選んでくれたゼミ生は格別嬉しい。さすがに、大学生なので我慢していますが、心の中では高校教師の時のように、ダッコしたいし、高い高いしたいし、頬ずりをしたい。

 でも、『学び合い』では教えるな、ということを自分に強います。でもね、教えなければ良いんです。期待することはOKなんです。

可愛がって良いんです。子ども同士のネットワークを阻害する危険性を意識していれば良いんです。からかって、じゃれたってOKなんです。いや、『学び合い』の方が、普通の教師以上に子どもを可愛がれます!

 なかなか理解してもらえませんが、私は『学び合い』を強いません。強いること自体が『学び合い』の考えに反します。もちろんゼミ生にも同様です。だから、『学び合い』の素晴らしさを伝えたとしても、それを強いません。彼ら、彼女らの置かれた状況で、正しい判断を出来るのは私ではなく、彼ら、彼女らですから。

 可愛い、可愛い、教え子の一人が自らの意志でネットワークに入ってきました。嬉しい。

 『学び合い』で一番大変なのは、「やりはじめること」です。次の山は、失敗してもやりつづけ、そして、「人に聞くこと」です。彼は、二つの山を越えました。

追伸 今、私はゼミ生以外に、可愛いと感じる同志をいっぱいます。教師冥利・研究者冥利です。

[]誇りに思います 18:37 誇りに思います - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誇りに思います - 西川純のメモ 誇りに思います - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は人を志で評価します。

 人の能力なんて、そんなに違いがない、それは私の実感です。私は純粋無垢のオール1の子ども達がわんさかいる学校にいました。その中には本当に知的に障害のある子がいました。そうではなくとも、会話をすると知的能力が低いなと感じる子はいます。しかし、大多数の子どもと会話して違和感を感じることは殆どありません。勉強に関するジャンルの会話をすると違和感を感じたとしても、その他の会話をする限りは頭の回転の速さを感じたり、ウイットを感じます。純粋無垢のオール1の子たちでさえもそうだという私の原体験は、人の能力なんて、そんなに違いがない、という私の確信を基礎づけています。

 同時に、何かの仕事をすると、そのパフォーマンスに関しては天と地ほどの差があることを知っています。一緒に仕事をすると、「どうして、ここまで無能な人間が世の中に生息しているのだろう」と感じる、大卒の人間は山ほどいます。

 結局、人間をコンピュータに置き換えるとしたら、CPUやメモリーや外部記憶装置等の基本的なハードウエアーには差がないが、ソフトには天と地ほどの差があると考えています。例えば、人よりも遙かに仕事は早いし、質も高いと自負しています。でもそれは私が頭が良いからではなく、仕事のこなし方を知っているからにすぎません。それも秘伝といえるほど複雑なものではなく、ごくごく単純な当たり前のことをしているだけのことです。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090503/1241357484

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060223/1140679791

他の人も、そのレベルだと私は思っています。

 だから、私は人を、特に若い人を、その時点の能力で評価しないようにしています。いくらでもソフトはインストールできるわけですから。では、どこで評価するか、それが志です。新たなソフトをインストールをするのは大変です。でも、それをやり続けるには志が必要です。また、多様なソフトを得るためには、多様な人と繋がらなければなりません。その多様な人と繋がるには、志が必要です。だって、自分の利害しか考えられない人と繋がるような奇特な人はいませんから。例えば、自分の採用試験合格のみ、自分の授業力アップのみしか見えない人は、繋がれる人は、せいぜい同じ学校の先生ぐらいですね。

 本日、ゼミ生をからかった後(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/cyoriso/20090628/1246176960)、色々と話しました。その中で、高い志を感じました。私は高い志を持つ学生には、高い課題を与えます。その課題は、普通から言えば無茶苦茶に困難な課題です。しかし、私は無茶苦茶とは思いません。我がゼミが蓄積した方法論と全国に広がるネットワークを利用すれば、やろうと思うならば実現可能なことを述べています。そして、その課題を越えたとたんに、こともなげに次の課題が現れます。それを乗り越えると・・・。その結果、無茶苦茶な成長があります。

 が、それを成り立たせる基礎は志です。ゼミ生にその志を感じ、それを誇らしく思います。

追伸 これが長い前振りのある、プレッシャーであることはおわかりですよね。ふぉふぉふぉ

watatomowatatomo2009/06/28 20:01このブログを見ていない事にします(笑)

bunbun-hbunbun-h2009/06/28 20:22watatomoさん、ナイスな反射神経ですね(笑)

o4dao4da2009/06/28 20:41僕と同じソフトな若者しとめました。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/mizyukukyoushi/

furutatsuuufurutatsuuu2009/06/28 21:13watatomoさん、chorisoさんの無茶苦茶な成長を
楽しみにするとともに、それに乗っかって行きたいと思います。
でもまずはご冥福をお祈り申し上げます。笑

cyorisocyoriso2009/06/28 22:00たいして暑くないのですが、
キーボードは汗でビショビショでございます。
これが本当の冷や汗ってやつですね。

jun24kawajun24kawa2009/06/28 22:31みんな、みんな
なでなでしちゃうぞ!
可愛いな!
そして、何をやらかすか、期待しています。

twoyoshitwoyoshi2009/06/29 12:47実は私、「口災い」と「教育改革」の二人の成長度がすごくて怖くなるんです。涼しい顔してますが、実はこっちは伸びしろがあまり無いんで焦ってます。でも、まだまだ若いものには負けませんよ〜!

jun24kawajun24kawa2009/06/29 15:28そうそう
『学び合い』は学習者の相互作用が面白い
ふぉふぉふぉ
自分のためにも、術中にはまりましょうね

ジョンジョン2009/07/02 04:08学習そのものが,
相互作用では?
宗家,いかがですか?

09/06/27(土)

[]信じるものは救われる 22:40 信じるものは救われる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信じるものは救われる - 西川純のメモ 信じるものは救われる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 マルコによる福音書には「信じるものは救われる」とあります。マタイによる福音書には「求めよ、さらば与えられん、尋ねよ、さらば見出さん、叩けよ、さらば開かれん」あります。

 私も子ども「たち」を信じましょう、と言います。理由はあります。第一は、子ども達を信じて解決できるかどうかは分かりませんが、教師一人で背負うよりは可能性は高くなると思います。第二は、「求めなければ、与えられない、尋ねなければ、さらば見出せません、叩かなければ、さらば開かれません」ということです。だったら、求めて、尋ねて、叩いたほうが良いと思います。とても単純な理屈です。

 そして、『学び合い』において子どもは、信じて応えてくれました。その成功経験の積み上げに基づくものです。

[]失敗する理由 22:02 失敗する理由 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 失敗する理由 - 西川純のメモ 失敗する理由 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』を失敗する理由は、自分の頭で考えることを放棄することです。私の例示する『学び合い』も、本日の実践発表の事例も、自分の頭で考えることを放棄し、そのままやれば失敗する可能性は高いと思います。自分の頭で考え、自分でアレンジする必要があります。日々の実践は影であり、本体は考え方なのですから。

 『学び合い』を失敗する理由の次は、自分でつまずいたとき人の知恵を利用しないことです。その結果は、考えることを放棄してしまいます。ただし、知恵を利用しつつも、自分は自分なのですから。

 結局、教師の職能は以下の三つです(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090107/1231314627)。

 1)子どもや親のせいにしない。確かに、それが原因なのかもしれないが、それを言ってはおしまい。

 2)尊敬すべき、先輩、後輩を捜し、その人といっぱい雑談をする。見いだす方法は、子ども「たち」に聞けばいい。

 3)まねられるところはまねる。まねられないところは、まねる必要はない。今の自分のままで、出来る授業はある。

 ただし、現状において『学び合い』を実践しつつけるには、志が必要で、ネットワークが必要です。横と同じことをしているわけではないので。

追伸 本日のお二人の例示は、私より遙かに多くの人に伝わる内容だと思いました。

[]本日 21:50 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本学の新潟サテライトにて、午前中は『学び合い』の新潟の会、午後は教職大学院の連続講座がありました。学ぶことは多かったと思います。

 第一に、私の語りより、現場実践の方の方が素晴らしいと感じました。峰本さん(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/beulah/)の実践報告では、国語という教科における『学び合い』の姿を具体的に示していました。大島さん(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/t-oshima/)の実践報告では、『学び合い』の成果と同時に迷いが報告されていました。とても良かった。お二人の語りを聞きながら、誤解を生じがちな私の語りに自己嫌悪します。といいつつも、午後には元気いっぱいに講演しました。その際、誤解が生じかねない部分の指摘を聴衆の方から頂き、感謝に堪えません。

 技術的にも面白い発見がありました。本日の午前午後の講演はインターネットで公開していました。これほどのことが出来るとは知らず、私のブログでも紹介していなかったことを失敗したと思いました。もう一つは、久保田さんの講演ではスカイプを使った講演の姿を示していました。あれが安定して使えるならば、私が遠方に出張しなくてもいいのではないかと思いました。

 あと、本日の行きと帰り、ゼミ生と面白い時間を過ごせました。内容は、刺激的すぎて言えません。あはははは

[]同志 06:05 同志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同志 - 西川純のメモ 同志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 落ち込んだとき、同志は救いです。特に、ブログを通して知る、同志各位のクラスにおける子どもの様子は、「間違っていない!前に進もう!」という気持ちを奮い立たせます。そして、失ったところの債権整理をして、新たな投資をします。

 本日は新潟市で講演します。

bunbun-hbunbun-h2009/06/27 18:27講演お疲れ様でした。(ネットで聴講しました)
先生の高校教師時代の話を聞きながら、4年前の、1年間の知的障害児施設勤務での子ども達とのことを思い浮かべていました。
聞きながら「なぜ勉強するのか」と「なぜ生きるのか」が自分のなかで重なっていました。

jun24kawajun24kawa2009/06/27 18:52最も基本的な部分が、今の教育には欠けていますね。
我々が埋めましょうね。

bunbun-hbunbun-h2009/06/27 20:51その準備はできています。(あー、言ってしまった。今から用意しよっと・・・)

jun24kawajun24kawa2009/06/27 22:07期待しています!

furutatsuuufurutatsuuu2009/06/27 22:09本日はどうもありがとうございました。
先生がおっしゃった「信じるということ」
自分にとってズシーンと響く言葉でした。

上越に帰りW君とU君と話して、改めて
熱い話をできる仲間のありがたさを実感しました。

jun24kawajun24kawa2009/06/27 22:41信じるに足る存在です。

ジョンジョン2009/06/28 02:35ゆるがない宗家より,
何を感じ取れるか。
そこが重要であると,私は思います。

toshimtoshim2009/06/28 06:13西川先生、昨日はありがとうございました。先生の前での発表なので落ち着いて発表できました。(訳の分からないことを言っても助けてくれると信じていましたので。)
先生が私のブログを紹介してくださったので、ブログのアクセスが一気に10000を超えていて驚きました。ありがとございます。あわてて最近滞っていた日記を更新しました。
昨日発表して気づいた「伝わらない」ことの驚きについて書きましたので時間があるときに読んでいただきたです。
先生は公演をするごとに「伝わらない」もどかしさを感じていらしゃるのだなあと思いました。
そして、2割の人には分かってもらえるというお言葉の意味を、なるほど~と思いました。

jun24kawajun24kawa2009/06/28 06:32ジョンさんへ
宗家ですが・・・。なんか格好いい
toshimさんへ
あなたのブログを読みながら、思いました。
たしかに100%は中々伝わらない。でも、80%ぐらいならかなりの人に伝わるものだと言うことを分かりました。とても素晴らしい発表でした。期待しているよ~ん。

twoyoshitwoyoshi2009/06/28 13:17 やっぱり『学び合い』に集まってくる人たちはすぐれた人たちばかりだと思いました。特に昨日は実践者の発表が素晴らしかったです。『学び合い』を自分のものにするとはどういうことなのかがよくわかりました。ありがとうございました。

JP301JP3012009/06/28 13:45 「学力保障」とは何を保障するのかを私自身明確にして説明しないといけないと思いました。「生きる力」の肝はコミュニケーション能力(コミュニティーの中で確かに生きていける能力)とすると学び合いは有効と言えますね。
 子どもたち一人一人が「よき市民」(夢の実現をめざし働き、自らの考えを主張できる市民)となれるよう支援していけたらと考えています。

JP301JP3012009/06/28 13:46 昨日の会での西川先生の話を聞きながら、いろいろ考えさせていただいきました。ありがとうございました。

ジョンジョン2009/06/28 13:49jun24kawaさんへ
私の気に入ってる呼び方です。
「本家」と「分家」ではありまでせん。

09/06/26(金)

[]買って~ 17:37 買って~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 買って~ - 西川純のメモ 買って~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 シリーズ・明日の教室3が発行されました。私も参加しました。

 その他、色々な本を出しています。例えば、アマゾンで西川純で検索すると色々な本があります。買って~

janglejapjanglejap2009/06/26 19:57明日の教室、本当におすすめです!職員図書にもほしいです。

先日、横浜セミナーに参加した私の妹(専業主婦)からも「西川先生の本を買いたいので、おすすめを教えてほしい」とのメールが来ていました。私は「気になる子の指導に悩むあなたへ」をまず一冊目に薦めておきました!

ジョンジョン2009/06/26 21:32(「学び合う教室」を次に勧めてほしいなあ)
と,思いました。

janglejapjanglejap2009/06/26 21:33はい、たぶん見ていると思います(笑)

ジョンジョン2009/06/26 21:46いい保護者ですね。
教師は,(そういう保護者の目で
鍛えらる)と,私は思います。

ybhdv7ybhdv72009/06/27 16:36明日の教室にはいつもお世話になっているので、さっそく買いましたよ!今読んでいます♪

jun24kawajun24kawa2009/06/27 18:53皆々様へ
弊社は読者様へのアフターサービスはバッチシです。

ジョンジョン2009/06/28 02:37保護者が育ってきているようである。
根拠『学び合い』によるチェンジが,
全国で起こっている。(仮説)

jun24kawajun24kawa2009/06/28 06:33我々は意図的に巻き込んでいるのでいる最中です。

ジョンジョン2009/06/28 13:51講演会の対象者は,どの程度
広がっているのでしょうか?
意図・・・?

jun24kawajun24kawa2009/06/28 15:46新潟以外の『学び合い』の会に参加すると分かりますよ。
現在進行形で変化しているので、私すら現状は捉え切れていません。

ジョンジョン2009/06/29 22:18本県はおくにもと?
発展途上?
研究所?
新潟は鎖国?

jun24kawajun24kawa2009/06/29 22:58一つの方向を向いていますが、多様なんです。

ジョンジョン2009/07/01 06:387月8日
楽しみにしています。
宗家よりのお話。

09/06/25(木)

[]志 22:24 志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 志 - 西川純のメモ 志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の講義で学生さん達に「志」を問いました。志って何でしょう?私は、より広い範囲の人たちと付き合うときの基本戦略と定義したいと思います。

 我々は自己保全を図り、家族を守りたいと思います。それが最も基本だと思います。でも、家族を越えた人たちと関わるためには、自己や家族を前面に出しては生きていけません。それらの人たちと生きるためには、自己や家族を越えた次元での基本戦略が必要です。その基本戦略は、一貫しており、ぶれていてはいけません。鼎の軽重が問われます。同時に、自己や家族に矛盾しては続くわけありません。自己崩壊するか欺瞞に陥ります。

 一人も見捨てない教育の実現、これが私の志です。この基本戦略は単純で、自己や家族に矛盾せずに実現できます。だって見捨てない第一の候補者は我が妻であり、我が息子です。だから気に入っています。

[]ガイドライ 18:26 ガイドライ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ガイドライ - 西川純のメモ ガイドライ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の研究は10年以上の蓄積があります。子ども同士の相互行為に着目する研究だったら平成5年ぐらいから始めています。ハッキリと『学び合い』研究が始まったのは平成9年の惠美ちゃん、川合さん、杉山さんの研究が最初でしょう。そして、平成12年ぐらいまでは、現場の先生方の持っている知恵を定式化し、現場の先生方の疑問に応える研究でした。例えば、子どもたちが学び合うに必要な15分程度のエクササイズを開発したり、班構成は何人が良いかとか、子どもたちが学び合えるのは小学校何年生以上なのか、などの研究をしていました。

 しかし、それ以降になると、現場の先生の知恵を超え始めました。そして、現場の先生が疑問に思ったこともないようなことを調べ始めました。それは平成14年ぐらいからハッキリとした傾向となり、平成16年以降となるとぶっ飛ぶような研究をし始めるようになりました。例えば、「国語、算数・数学、理科、社会のような平常の教科学習を定常的に異学年で実践する」とか、「小学校の子どもたちに指導要領の原文を与え、それをもとに、自らが具体的な評価規準と評価基準を設定して自己評価する」というレベルになると、「裏山で火星人に会った」というレベルに受け取られてもしょうがありません。それが、科学的なデータによって記載されても、怪しげな雑誌の裏にあるダイエット法の広告にある、それが科学的だと保証する医学博士の話と同じぐらいの信憑性を持ちません。まあ、矢追純一や五島勉のノストラダムス本のように思われても仕方がありません。

 さらに平成13年以降、テクニックのレベルで現象を考えるのではなく、考え方のレベルで考えるようになりました。つまり、ある授業が成立するのは、あるテクニックがあるからと考える従来の見方から、教師の心のありようが重要であると考えるようになりました。そして、教師の心のありようと行っても、オカルトチックなものではなく、また、精神的なものではなく、行動に表れることを証明しました。例えば、子どもを信じていないと、こんな行動をしてしまう、というような典型的な教師の行動を記載するようになりました。

 平成18年の講演会のことです。私が講演していると、ある先生から「先生の話を聞いていて、だんだん息苦しくなった。最初は指導法の一つととらえていたが、あなたは全てに対して適用しようとしている。そのような考え方でない素晴らしい指導で実績を上げている先生方も多い」と指摘されました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060822/1156203792)。思い出しても心が痛くなります。私は、その先生の人間性や教育に対する熱意に関して、まったく疑っていません。むしろ、良い先生なのだろうな~っと感じるのです。しかし、私の話は、多くの先生の中にある善意の「子どもは未熟だから守ってあげよう、育ててあげよう」という気持ち、「勉強はさておき心の成長をさせなければならない」、逆に「心の成長は別な場面でしっかりやるので、授業では教科の内容をしっかり教えなければならない」という善意の気持ちの問題点を露わにしてしまいます。まっとうな教師であれば不快になるのは当然です。テクニックならば取捨選択できますが、最も基本としている部分に手を入れているのですから、本当に失礼なことです。

 『学び合い』の会のように、『学び合い』を学んでいる人、また、『学び合い』を学ぼうと願っている人を相手に話すならまだしも、校内研修での講演でやれば傷つけたくはない善良な先生方の気持ちを逆なでしてしまいます。

 これを避けるには、話の内容を平成12年以前の研究に押しとどめ、テクニック的な話にとどめることが必要でしょう。また、『学び合い』を一つのテクニックのように語る必要があります。でも、『学び合い』のコアの部分に関わる質問を受けてしまうと、それに応えてしまうという馬鹿正直な部分があります。本当に反省です。

 善良で尊敬すべき先生方のお気持ちを不快にさせ、また、私を呼んでくれた先生にご迷惑をかけることは慚愧に堪えられません。ということで、今後は「『学び合い』の会のように、『学び合い』を学んでいる人、また、『学び合い』を学ぼうと願っている人を相手に話す場合」、「学校として『学び合い』をやると決めた学校」、逆に、「単純に面白い話を聞きたい、そのために大枚の金を払おうという場合」は今後もお受けしようと思います。しかし、ある善意の先生が学校に広めるための起爆剤として私をよぶ場合は断ろうと思います。理由は上記の通り、私をよぶ先生にご迷惑をおかけする可能性があり、善良で尊敬すべき先生方のお気持ちを不快にさせることが耐え難いからです。

 以上のように決意しました。

追伸 ただし、以上の私の懸念を理解した上で、それを乗り越えられると確信される場合は、お受けいたします。私の話はよく効く薬ですが、劇薬です。用法・用量の注意が大事です。

 なお、講演会ではなく、『学び合い』を積極的に学びたい方へのサポートはします。例えば、スカイプなのでつながって、学校に広げたい人と一緒になってサポートすることはやぶさかではありません。しかし、『学び合い』が何であるかしらない方が、いきなり聞くには、私の話は劇薬過ぎます。

 慚愧に堪えません。

[]不徳 11:29 不徳 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不徳 - 西川純のメモ 不徳 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自身の不徳を恥じて、昨日は2時間ぐらいしか眠れませんでした。先ほどまで、我が教え子にして同僚のKさんに相談しました。つくづく思います。私がKさんのような人だったら、『学び合い』はもっと広がるのに・・・。

twoyoshitwoyoshi2009/06/25 11:55大丈夫です。全国の同士がついています。

jun24kawajun24kawa2009/06/25 11:56ありがとう
同志

jジョンjジョン2009/06/25 19:387月8日
おもしろい方の話でお願いします。

jジョンjジョン2009/06/25 19:387月8日
おもしろい方の話でお願いします。

tontan2tontan22009/06/25 21:24お気持ちは分かります。
でも、「学校で」と覚悟を決めた限り、どんなに陰口をたたかれようと、どんなに不愉快なことをいわれようと、どんなに煙たがられようとも、踏ん張っている「私たち」がいることをお忘れありませんように。

jun24kawajun24kawa2009/06/25 22:10その覚悟があれば、私も一緒に煙たがられましょう!
同志

tontan2tontan22009/06/25 22:24ありがとうございます!
先生

twoyoshitwoyoshi2009/06/26 07:58自己矛盾をおこさないからこそ、私は『学び合い』を選択しました。私のおこないによって道がかわってしまった大切な人たちへの懺悔の気持ちを込めて。

ジョンジョン2009/06/26 21:34もっと,『学び合い』に,
自信をもちましょうよ。

09/06/24(水)

[]高知の会 06:20 高知の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 高知の会 - 西川純のメモ 高知の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 夏に四国初の『学び合い』の会が開かれます。お誘いいたします。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/daitouiruka/20090623/1245786563

daitouirukadaitouiruka2009/06/25 04:58ご紹介いただきありがとうございます。
四国で初めての会。他県からのご参加も大歓迎です。
みなさんお待ちしております。

ジョンジョン2009/06/28 02:39鞄持ちのシステムを懇願

jun24kawajun24kawa2009/06/28 06:35あははは
私がまだ、鞄持ちに毛が生えた程度ですから

ジョンジョン2009/06/28 13:53あぁ,□□にいきぞびれた。

ジョンジョン2009/07/02 04:10何かいい手はないのでしょうか?
宗家,(毎回,2~3人ぐらいつれていってよ)
と,思いました。

09/06/23(火)

[]判別 09:30 判別 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 判別 - 西川純のメモ 判別 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットサーフィンをしていたら、私は『学び合い』とは認めないが、とうような趣旨が書かれていました。ニコニコしてしまいます。私はそんな人ではないですよ。あははは

 どうも、スタイルに注目しているようです。でも、私は教師の発言が5分以下とか、たち歩きをしているか・・で判断しているわけではありません。『学び合い』の考え方で判断しています。『学び合い』の考え方を推し進めると、「教師の発言が5分以下とか、たち歩きをしているか・・」になる可能性が高いですが、必ずしもそうとは限りません。「教師の発言が5分以下とか、たち歩きをしている」が、『学び合い』ではないな・・・と私が感じる授業もあります。従来の授業に極めて近く、これが『学び合い』?と言う人もいても、『学び合い』だな~っと感じる授業もあります。まあ、いくらでも分析的に記載して、その判別法を言えますが、そんなことより、感じます。

 ま、最も確かな方法は、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」と考えた場合、この授業をどのように考えられているのですか?と質問して、何を言うかで分かります。上記はさておいても、教科の●●を教えなければ、と言い始めれば、違うな~っと感じます。もちろん、教科の●●の価値を否定するわけではありません。ただ、上記の学校観が教科の●●を学ぶことと矛盾すると考えるところが違うな~と思うのです。そういう考えをするということは、学校観として捉えているのではなく、有効で効率の良い授業法と捉えているからです。『学び合い』の学校観はホモサピエンスはどんな存在であるかという考え方です。

 また、「子どもたちは有能である」という考えから言って、本日の先生の手だては何故必要だったんでしょう(もしくは、何故、子どもたちに任せなかったんでしょう)?と聞いたとき、子どもの能力の限界を云々したら、違うな~っと思います。一方、「自分の願いが不十分でだめなんです」とか「管理職の命令で・・」とかだったら、『学び合い』だと私は思います。まあ、「こんなことは子どもは駄目だ」と思うのは残念ですが、それを乗り越えて子どもに任せられる実践者はいます。任せられる教師と、任せられない教師のいずれが優れているか、論を待ちません。

 世の中には、『学び合い』をストレートに実践できない人もいます。特に、新任教員やお堅い管理職の学校ではそうでしょうね。でも、そんな人でも出来る、従来の授業と見まがう『学び合い』は比較的簡単に実現可能です。というのは、従来の授業の人は、スタイルを見て、願いを重視しません。ところがスタイルは、いくらでも「ふり」は出来ますから。

 ま、結局、私がどう思うなんて、ちっぽけなことです。

[]テストの点 05:34 テストの点 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - テストの点 - 西川純のメモ テストの点 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 テストの点はどうでもいいと思う教師がいても良いと思います。ただし、子ども、保護者、管理職を「テストの点数なんてどうでも良い」と説得する説明責任があります。これはかなり困難だと思います。仮に、それが出来たとしても、テストの点数に拘る意味があります。それが馬鹿馬鹿しいと分かっていても。それは、テストの点数、特に、最低点はクラスの有り様を端的に分かる指標として、もの凄く優れていると考えるからです。

 学び合っているふりはいくらでもできます。特に、安心してしまうと。そうなって欲しいと思うように、物事を都合良く認知するように人間の頭はなっています。私もそうです。そして、何度も失敗します。でも、テストの点数はふりは出来ません。だから、テストの点数はどうでもいいことは分かっていても、私はそれに拘ります。

 昨日のメモに続いて、悩んでいる、ある同志へのメッセージです。

tontan2tontan22009/06/23 19:49私にも誤解されてる方が多いかもしれませんので。
 
ちなみに、私もテストの点数は、もちろんのこと、全員100点は目指します(そうなりませんが)
でも、それが「学びの目標」ではないということです。
失礼しました!

jun24kawajun24kawa2009/06/23 23:12はい、了解していますよ。
レトリックです。ふぉふぉふぉ

twoyoshitwoyoshi2009/06/24 00:13「人格の完成を目指しているから、数字くらい簡単に出ますよ。」ってことですよね。

ghjalghjal2009/06/24 00:58違うな~。本当に最近頭によぎることが多いです。
テストの最低点。ここにこだわりたいですね。

jun24kawajun24kawa2009/06/24 05:45twoyoshiさんへ、ghjalさんへ
結果を出しましょう!点数は分かりやすい結果ですから。

ジョンジョン2009/06/25 19:41「テストの点は,いちデータにしかすぎまでん」
学び合いは,もっとすごいのです。
テストの点でしか,保護者に説明できないようでしたら,
山のようなプリントが,効果的では?

jun24kawajun24kawa2009/06/25 22:09あははは
山のようなプリントより点数と思っている保護者や管理職もいるということです。

ジョンジョン2009/06/26 21:42近年,各業者が,テスト結果を入力すると,
保護者説明用資料を作成するソフトを付けています。
個別懇談会で活用している学校も多いはずです。
データは,どう使うか。によって,まったく違う者になるは
ずです。
子どもたちや,教室が変わる瞬間を
授業参観等(いつでも見に来てください)で示すことを
お勧めします。
早くても○○日,教師が変わるまでには,
時間がかかるとのこと・・・。
これは,研究によるデータだそうです。

09/06/22(月)

[]『学び合い』でテスト成績が上がらない理由 23:00 『学び合い』でテスト成績が上がらない理由 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』でテスト成績が上がらない理由 - 西川純のメモ 『学び合い』でテスト成績が上がらない理由 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大抵は以下が原因です。それ以外は考えにくいです。

1) 教師の腹が出来ていないため、学び合っていない(会話が課題から離れている。特定の子ども同士しか関わらない)

その1 最初の語りを省略しているか、自分自身が信じていない。もしくは揺らいでいる。

その2 子どもを信じられないので、作業量の多い課題を与える。そのため、学び合えない。

2) 学び合っている課題とテストの課題が違う

その1 自分の与えている課題がなんだか分かっていない。例えば、「深い読み」のように分かっているようで、分からない課題を良しとしてしまっている。

その2 教師がテストの成績を上げようと考えていない。別なことを狙っている。

[]ふ~ 09:51 ふ~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ふ~ - 西川純のメモ ふ~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 夏期休業中の予定が決まりました。以下の通りです。

7月26日 大阪前泊 私と議論したい人連絡下さい。

  27日 博士課程の会議

  30日 東京・自由学園講演、夜は高崎市で同志と飲みます(元Y小O教頭が幹事役です)。

8月1日 新潟フォーラム 夜は懇親会

2日 新潟フォーラム 福岡に移動

  3日 福岡市人権教育研究会講演

  4日 大分の会

  5日 兵庫教育大学前泊

  6日 兵庫教育大学集中講義(偽学生を希望される方、連絡下さい。)

  7日 兵庫教育大学集中講義 夜は高知

  8日 高知の会 夜は高知

  17日 日本理科教育学会理事会(宮城教育大学) 飲み会参加者募集中

  18日 学会における『学び合い』の企画(宮城教育大学) 夜帰宅

  20日 洗脳旅行受け入れ

  21日 横浜の会の企画した「長野ツアー」 夜飲み会

  22日 同上 昼頃帰宅

  24日 大阪前泊 夜の飲み会

  25日 科学教育学会の『学び合い』企画、夜、滋賀で飲み会

  26日 新旭北小学校講演

  29日 大学院入試

9月4日 群馬・塚沢小学校講演

  5日 『学び合い』東京の会

  19日 『学び合い』富山の会

 以上を書いているうちに疲れてきました。

furutatsuuufurutatsuuu2009/06/22 17:42お体だけは十分に気をつけてください。
先生にお会いできなくなると考えるだけで寂しいのですので。

jun24kawajun24kawa2009/06/22 18:27ふぉふぉふぉ
からかいやすいというのは愛嬌のある証拠。
これは、とても大事な資質ですよ。

twoyoshitwoyoshi2009/06/22 19:34お供できる範囲で、ご一緒しますよ。

jun24kawajun24kawa2009/06/22 19:46ふぉふぉふぉ
大義である。
な~んちゃって

ジョンジョン2009/06/23 04:30テストの点が上がらない・・・。
ありえません。
また,どうでもいいことです。と,ジョンは思います。

jun24kawajun24kawa2009/06/23 05:22あははは
それを求める管理職や保護者や子どもがいるのですから。
応えねばなりません。

ジョンジョン2009/06/28 02:42先んずれば人を制し,
遅れるるば,
すなわち,人の制するところをなる。では?

09/06/21(日)

[]父の日 22:31 父の日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 父の日 - 西川純のメモ 父の日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は父の日です。家族で祝杯を挙げました。息子は私の似顔絵を送ってくれました。裏には、以下が書かれています。

『おとうさんへ

いつも「ピンプクー」っていってくれてありがとう。また、毎日おしごとをがんばってくれるから、ごはんがたべられるよ。これからもがんばってね。』

 息子は小学校3年生です。いったい、あと何年、似顔絵をプレゼントしてくれるのだろうか?高校3年まで続いたら不気味だけど、そうだったら、それは幸せだと思います。

追伸 今、息子がはまっている合い言葉があります。「丸いの大好き」と息子が言うと「ピンプクー」と私が応え、続いて「ピンピンプクプク」と息子が言うと「ピンプク、ピン」と私が応えると、ニコニコ喜びます。彼にとっての、愛情確認みたいなものです。おそらく、数十年後の私自身が、このメモの「ピンプクー」の意味が分からないと思うので、追伸です。

[]教師の職能 22:23 教師の職能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の職能 - 西川純のメモ 教師の職能 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 圧倒的大多数の善意の教師と私の思っている教師の職能は全然違います。たいていの場合は網羅的な知識・技能が必要だと思います。授業記録や指導案の書き方は基礎的だと思っています。そう思っている先生方が善意である故に辛いのですが、私はそうは思っていません。『学び合い』に至った考えと同じです。たしかに、それの有効性を全面的に否定するわけではありません。しかし、それが有効である場面は、それほど多くはないのです。教師が勤める学校は千差万別、教える教材は千差万別、教える子どもは千差万別です。だら、個々の知識、個々の対応を覚えるとするならば、そりゃきりがない。

 じゃ、何が必要かと言えば、

 私の考える教師に職能は以下の三つです。網羅的、箇条書き的な普通の教師の職能とはかなり違い、静的ではなく、動的に職能をとらえています。

 1)子どもや親のせいにしない。確かに、それが原因なのかもしれないが、それを言ってはおしまい。

 2)尊敬すべき、先輩、後輩を捜し、その人といっぱい雑談をする。見いだす方法は、子ども「たち」、地域、保護者に聞けばいい。そして、地域、保護者とのつながり方も先輩・後輩から学べばいい。

 3)まねられるところはまねる。まねられないところは、まねる必要はない。今の自分のままで、出来る授業はある。

 補足します。

  第一の職能がないと、教師の進歩は止まります。教師が求められる能力は多種多様です。例えば偏差値70以上の子どもたちを相手にするのと、暴走族だらけの 子どもを相手にするのとでは、求められる対人能力も教材の力も全く違います。小学生を相手にするのと中学生を相手にするのでも違います。また、同じ学校、 同じレベルの子どもを教えるのだって、自分が二十代前半であるときと、四十代後半では全く違います。学問的にそれを抽象化することは出来ますが、理論物理 学者が車を作れないのと同じ理由で、現実の教室では無力です。結局、教師にとっての最高の教師は「子どもたち」だと思います。子どもたちに教えられなが ら、常に学び続けなければならないわけです。

 若い先生の場合、過去の自分の経験や、他人の経験を知りません。そのため自分を相 対化できません。さらに、年を経ると、失敗しても、その失敗を目立たなくするノウハウは確実に増えます。その結果、職員室の中で、あたかも自分だけが駄目 のように感じてしまいます。いえいえ、中堅・ベテランでも追い詰められると、自分だけが駄目みたいに感じます。

 でもね。今まででは通用しないのは、ごくごく当然です。子どもも変わり、自分も変わっているのですから、調整しなければならないのは当たり前です。これは、『学び合い』 だって、一斉指導だって同じです。それが嫌になると、子どもや保護者のせいにしたくなる。人情です。でも、このブログを読んでいる方々だったら、そうした 先生がどのような先生であるかは「よ~~~~く」ご存じなはずです。もがくしかありません。もがくのが当たり前です。偉そうなこと言っている私も「当 然」、一杯失敗し、落ち込みます。でも、もがくから成長もあります。少なくとも、もがかなければ、現状維持はあり得ません。

 で もね。人の能力なんて、たががしれている。もがいても解決できないことが殆どです。そんななかでもがき続けるなんて、神仏でなければ出来るわけありませ ん。当然です。では、子どもや保護者のせいにして合理化する教師になるか、成長しつつけることの出来る教師になれるか、その分かれ目は何かといえば、それ が2番目の職能です。これって大事です。自分が分からないこと、困っていることを、解決する方法をこともなげに教えてくれる人っているんですよ。「あ、そ れね。あははは。知らない人は、なやむよね。それってね・・・・」と教えてくれる人っているもんですよ。答えを知っていなくても、一緒に考えてくれる人は います。そして、何よりも愚痴を聞いてくれる人はいます。

 教えてもらえる、一緒に考えてくれる、そして愚痴を聞いてもらえる。 そこで得られる最大のものは何か?そりゃ、もう一度、自分で考える勇気をもらえることなんです。教えてもらえることでさえ、結局、自分の場面にそのまま使 えるものではありません。やっぱり、子どもたちという教師の教師の前で実践して、自分でもがくしかありません。これは『学び合い』も同じです。

  私も落ち込んだとき、いつまでも愚痴を聞いてくれた先輩教師が、十数人の職場でしたが片手以上いました。職員室の横のお茶飲み場では足りない時は、その愚 痴を聞いてくれるために酒場や自宅で「奢って」もらえる機会が、週1回以上はありました。今から考えると、驚異的に恵まれていたと思います。でも、今の職 場は年齢バランスの崩壊や、様々な要因で私のいた頃とはだいぶ様変わりしていると思います。その場合は、あらゆるチャンネルで繋がることが大事です。(で も、本当は『学び合い』が広がれば、職場が第一の場になると思いますが)  さて、自分が悩み、人と相談し、再度自分で考えるとき重要なのが第三の職能です。溺れている人は浮いているものに必死にしがみつきます。でも、本当に重要なのは自分で泳ぐことです。あくまでも主体は自分であることを忘れてはいけないと思います。(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090107/1231314627

 まあ、テクニックは全く不必要かと言えば、必要なテクニックはあります。それは「虎の穴」で検索していただければ、私の考えるテクニックを調べることが出来ます。最近、ゼミ生に、ブログを勧めていますが、それは「内容・時間調整」に書いています。

[]志 22:23 志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 志 - 西川純のメモ 志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上記の2番目の職能で必要なことは志です。私はゼミ生と語るとき、おのが教員採用試験の合格レベルで留まるのではなく、おのが授業能力レベルで留まるのではなく、日本の教育レベルで語りたいと思います。それで語ることが、より優れた人と、より多くの人と繋がれるキーだからです。私はHPに西川研究室の目的を以下のように書きました。おそらく、多くの人には「暑苦しい」と思われるでしょう。しかし、実は折り合いをつけてこれを実行することが最も有利な生き方だと私は思います。

『本研究室の目標を「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、教育を改善しよう」としました。

 おそらく皆さんの本当の希望は「自分の心に響き、自らを高め」であると思います(単に修了・卒業したいレベルの人は、西川研究室に所属しよう何て思いませんから)。実は私もそうです。しかし、そのレベルを超えた目標を、研究室の目標として掲げることは重要だと考えています。

 世の中には倫理学というのがあります。大学生の頃、それを読みあさった時があります。でも、カント、ヘーゲル、西田は全く分かりませんでした。相対的に分かりやすかったのは和辻です。でも、それでも分かりませんでした。それいらいずっとご無沙汰でしたが、「利己的なサル他人を思いやるサル」という本はどんな倫理学の本より面白く、ためになりました。それによれば、サルにおいても倫理的と思われる行動が見られます。そして、その行動が発生する理由は、その行動によって間接的に利益を得るからです。つまり、弱い仲間を助けたサルは、その群れの他のメンバーから「お返し」が来るんです。なぜ、そんな「お返し」をするかといえば、自分が弱い立場になった時の「保険」みたいなのものです。カント、ヘーゲル、西田のように、どっかに純粋無垢な「善」があるように書かれるのではなく、生々しく、かつ、凄く納得出来るものです。我々は、学び合う能力は本能の中にあると考えています。だから、ゴチャゴチャ言わなくても、自然に発生するものだと信じています。上記の知見は、教師がゴチャゴチャ言わなくても、自然に助け合いが起こるであろうと期待出来ることを証明するものだと思います。

 しかし限界があります。別な猿学者の「ケータイを持ったサル」という本によれば、サルが自身の群れと感じる範囲は極めて狭く、基本は親兄弟で、広がっても普段見知っている集団を越えることは無いそうです。そして、現代の「ひきこもり」や「傍若無人の若者」は、人間の本能の中に組み込まれた「群れ」の範囲がサル並だと考えると、至極当然に解釈出来るとしています。おそらく、これは若者に限らず、人間全般の本能の限界と考えるべきなのでしょう。例えば、年配のおばちゃんが、人の迷惑考えず大声を出しているのは、自分が話している以外の人を、「群れ以外」と分類し、人と認識していないからです。

 私はサルと同じように、自身の損得と、社会の損得自身を冷静に分析し、社会の損得に矛盾しない自分の損得を設定することは「得」だと思います。つまり、みんなを助けるという社会的要請に応えることが自分の得になっていることは、サルと同様に人間でも正しいと思います。ただし、人間の本能に組み込まれている「みんな(もしくは群れ・社会)は、サルと同様に親兄弟、もしくは見知った狭い集団レベルが限界なのだと思います。教師の例で言えば、せいぜい自分の学校の職員集団レベルで、それを越えた集団を群れと認識することは困難で、従って、郡市レベル、県レベル、日本レベルの集団に対する倫理的な行動をすることは困難なのだと思います。それを越えられるのは、本能ではなく、教育によらねばなりません。

 私の大学院の同級生に「教材レベル」の修士論文を書いた人がいます。修了した時に、「お前が作った教材をお前自身が使うの?」と聞きました。彼の返答は「使わない」とさばさばと答えました。つまり、彼にとっての、その教材は自分が修了するため「だけ」の意味しかありません。仮に、自分が使ったとしても、それだけでは、自分のため「だけ」の意味しかありません。ただし、これは教材レベルの研究に限りません。もし、自らが2年間かけてなしたものを自らが使わないならば・・。仮に、自分は使うとして、それを他の人に知ってもらえないならば・・・。私の知る限り、2年間の研究が終わったとたんに、「思い出」の中に死蔵される研究が多すぎるように思います。そして、そんな人は「損」だと思います。

 私には、自分のため、家族のため、そして自身の狭い群れである西川研究室のためという、相対的に狭い範囲の目標があります。しかし、同時に「専門職大学院のため」、「上越教育大学のため」、「学会のため」、「地元教育界のため」、「日本の教育界のため」等々の様々なレベルの目標があります。そして、それぞれに矛盾が生じないよう、相互に関連づけています。そのような多層的な目標を持つため、様々な人とリンクを持ち、かつ、その援助を得ることが出来ます。その結果、とても「得」をしています。

 一方、比較的狭い範囲の群れのための目標しか持たない人もいます。人それぞれですから、完全否定するわけではありませんが、「損な生き方だな~」と思います。そんな「自分」だけの視点でしか捉えられないならば、結局、周りの協力も限られたものです。色々な場で、短期的には要領よく立ち回っているため、長期的には損をして、そのことに気づいていない人を少なからず見てきました。要領よく「美味しい仕事」だけをかっさらって、「大変な仕事」をうま~く逃げる、そして口先だけは当たりがいい人っていますよね。そういう人って、本気でそれでOKだと思っているようです。でも、ちょっとの期間つきあえば、そのような人の「底」が見えます。そうなると、そういう人とのお付き合いは要領よく避けます。だって、そんな人とつきあうことは「損」ですから。

 以上の理由から、本研究室の目標を「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、教育を改善しよう」としました。是非、皆さんの中で、この目標を基に、多層的な目標群を設定して欲しいと思います。』

追伸 以上二つはゼミ生のブログ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/cyoriso/20090621/1245574629)を読んで書きたくなりました。

[]ポケモン家族 18:59 ポケモン家族 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ポケモン家族 - 西川純のメモ ポケモン家族 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我が家には、ピンプク・ゴンベ・カビゴンの3体の人形があり、毎日、息子の枕元に置かれます。理由は、3体が我が家を象徴しているからです。

 息子はピンプクとゴンベが大好きです。ピンプクは家内に似ているそうです。そして、自分はゴンベだそうです。ゴンベの進化形(つまり大人になった)のがカビゴンなので、私です。そう言われると、私もカビゴンだ好きになりました。

twoyoshitwoyoshi2009/06/22 02:50日本の未来のために、もっと西研をおもしろくしますよ!

jun24kawajun24kawa2009/06/22 06:44あははは
とても期待しています。短期的にも、長期的にも

09/06/20(土)

[]無理はさせない 16:23 無理はさせない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 無理はさせない - 西川純のメモ 無理はさせない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 M研のある学生さんが5人前のラーメンにトライして、早々に白旗を揚げたことを知りました。からかうことが大好きな私としては、直ぐに「そんなのは情けない」とからかいました。その学生さんは真顔で再度トライすることを宣言しました。が、そのとたんに私の頭の中には警告ランプが点滅します。自分の指導教員の先生の教授から「5人前食べろ」と言われたと本気になって無理に食べたら大変だという警告ランプです。まだ入学後2ヶ月程度です。私というオッサンの真面目と不真面目の境目が分からず、無理に5人前食べたら体に悪い。ということで、直ぐに「今のは冗談だからね」と言いました。

 その瞬間に自覚しました。私という人間は、極めて小心で、失敗が大嫌いです。何かを計画するときは、ありとあらゆる悪知恵を総動員して、ありとあらゆる小技・大技を駆使して事をなします。

 学生さんの研究テーマもそうです。学生さんから、これこれをやってみたいと言われれば、直ちに「あなたの好きなようにしたらいいよ」とOKします。おそらく、何も考えず、適当に言っているように思えるかもしれません。だって、私にそのことを言った瞬間に、OKを出すのですから。でも、私もプロです。聞いた瞬間に最低限のリスク管理をします。それが失敗したからといって、大事にはならず、せいぜい私が嫌な思いをするぐらいに納められるレベルか、否かを判断します。そして、その課題の最低限のところは、よほどのことがない限り、本人がやる気になれば実現可能であることを判断します。仮に失敗しても、そこそこの形にすることは私の能力で簡単にできることを判断します。そして、おそらくは私の想像を超えることを成すであろうということを判断します。そして、過去23年間の全ての卒業研究指導、修士論文指導で失敗したことはありません。だって、学会誌レベルの論文だったら3ヶ月ぐらいあれば、 さっさと書き上げるだけの実力がありますから、最悪の場合の尻ぬぐいはいくらでも出来ます。そして、百数十の学会誌論文の業績があるのですから、論文のタイトルを聞いただけで、大抵の論文の流れと計画は立てられますから。

 ということで、私が学生さんに「あなたの好きなようにしたらいいよ」言ったときは、「失敗しても大事にはならない。」、「最低限はほぼ確実に実現できる。」、「私の能力でいくらでも尻ぬぐいは出来る。」、「私の想像を超える成果を上げることが大いに期待できる」と私は確信しています。ただし、「私の想像を超える成果を上げることが大いに期待できる」が欠けた、「失敗しても大事にはならない。」、「最低限はほぼ確実に実現できる。」、「私の能力でいくらでも尻ぬぐいは出来る。」のみの場合は、心の底から呆れた声で「つまらない」と切って捨てます。

 私はミニ西川を養成したくて教師になっているわけではありません。私を越える方を養成し、そのお力で私が成長したいと願っているからです。それは現職院生さん、学卒院生さん、学部生に違いはありません。

twoyoshitwoyoshi2009/06/22 02:54先生を超えようと、虎視眈々とねらってますよ〜。当分はかないませんけど。

jun24kawajun24kawa2009/06/22 06:45まって、ま~す

jジョンjジョン2009/06/26 21:44師を越える弟子はいないはずです。
私だけかな?
そう思うのは・・・。

09/06/19(金)

[]異学年 13:13 異学年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 異学年 - 西川純のメモ 異学年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は地元の学校で、異学年+特別支援の『学び合い』をしました。とても素敵だった。大変だと思われる子が活躍します。全部、異学年でやった方が良い、と本気で思います。

[]ほうれんそう 13:13 ほうれんそう - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ほうれんそう - 西川純のメモ ほうれんそう - 西川純のメモ のブックマークコメント

 中ぐらいの管理職の場合は「報告」、「連絡」、「相談」を求めます。いわゆる「ほうれんそう」です。でも、私の場合は、「相談」が受けますが、報告、連絡は不要である、と宣言しています。仕事を任せる前にリスク計算をして、その上で任せているのですから、報告、連絡は不要です。

 が、「ほうれんそう」をすべき時もあります。それは、自分の管理職が『学び合い』を理解していないため、誤解をしているときです。そして、必ずしも敵意を持っていないとき、その場合は、毎日、毎日、その管理職にほうれんそうをして下さい。今日あったこと、何を考え、何に感動したか、事細かに伝えるのです。ただし、議論してはいけません。教師として、心に落ちるところは一緒です。

 したたかに

motoryoumotoryou2009/06/20 10:21>教師として、心に落ちるところは一緒です。
ここを信じたいと思います。

jun24kawajun24kawa2009/06/20 11:43はい、これを疑えば、疑っていることが相手に伝わります。
相手に好かれるには、相手を好きにならなくては。
最初は、そのふりでもしなくては
教師にも、保護者にも

yu-rikiya-ta-35yu-rikiya-ta-352009/06/20 15:17*なるほど、大人になるって事ですかね。上手くやっていけるよう心がけます。このコメントは、私にピッタリのコメントです。
ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/20 16:25イライラしているのは私も同じ。でも、相手もバカでも悪い人でもありません。我々の方が変わっていて、相手の方が常識人なのですから。
が、その常識の善意で苦しんでいる子どもがいることが辛いですね。

motoryoumotoryou2009/06/20 18:39上記のコメント,心します。

09/06/18(木)

[]志 22:08 志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 志 - 西川純のメモ 志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 どんな職業でも、その職業に志を失えば輝いて働くことは出来ません。逆に、輝きを失う時によって、その人の志の鼎の軽重が分かるものです。大学人でもそうです。学校現場で教師をしつつも学問に邁進し業績を上げている人はいます。ところが大学の教員として採用されたとたんに、輝きが無くなる人がいます。それを見れば、「あ~、この人の志は学問にはなく、大学教員になるための手段だったんだ」ということが分かります。また、学会に名をはせていたのに、教授になったとたんに、輝きが無くなる人がいます。それを見れば、「あ~、この人の志は学問にはなく、教授になるための手段だったんだ」ということが分かります。

 残念ながら、輝きを失っている小中高の教員は少なくありません。代表的な姿としては以下の3つあります。

 第一は、教師はそこそこにして、家庭人であることに志を持つようになります。そして、経済的に許されるならば、教師を辞めます。

 第二は、部活に志を持つようになります。しかし、教師の仕事は部の指導ではありません。平常の授業です。ある意味で、このタイプも教師を辞めた人と言えます。

 第三は、管理職に志を持つようになります。このタイプの中には、また輝く人と、そうでない人がいます。それは管理職になって何をしたいという志を持っているか、それとも管理職になるということ自体が志になってしまうかです。

 私は全ての教師に志を回復して欲しいと願います。

[]真剣勝負 22:08 真剣勝負 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 真剣勝負 - 西川純のメモ 真剣勝負 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は我がゼミ生とは真剣勝負をしますが、それ以外の方とは基本的にはしません。何故なら、それを望んでいないと思っているからです。だから、大学の授業も、講演会でも、飽きさせない、そして啓発される内容を含んだ話をしますが、真剣勝負はしません。でも、私の講義を最後まで聴いてくれるような方とは真剣勝負がしたいと思います。

 真剣勝負の内容は、「『学び合い』より従来の授業が優れているところは何か?」です。これに関して、受講生から受けるであろう太刀筋は、見切れる自信があります。おそらく無意識で受け流せるでしょう。しかし、油断は大敵です。満身の力を込めた一撃があるかもしれません。楽しみです。でも、残念ながら多くの場合、本気で打ち込むことはありません。せいぜい「学校教育には躾も大事だ」とか「若い教師が実践するには周りの抵抗が多い」とか、手引き書の完全版に対応が書かれているレベルの打ち込みだと思います。もし、そんなレベルであるならば、私は満身の力を込めて、以下のように打ち込みます。

 「みなさんは志を持って、教師という職を選んだはずです。その志を失えば、これから数十年の教師人生をどのように生きるのでしょうか?「『学び合い』より従来の授業が優れているところは何か?」という問いかけではなく、別な問いかけをしたいと思います。それは「あたなの志は何ですか?そして、あなたが持っている志を実現するに、『学び合い』より従来の授業が優れているところは何ですか?」

 相当、気に触る問いかけです。こんな真剣勝負は基本的にゼミ生以外にはしないのは当然ですよね。だから、授業や講演会ではそれを避けています。

[]疲れた 16:28 疲れた - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 疲れた - 西川純のメモ 疲れた - 西川純のメモ のブックマークコメント

 高校教師だった頃より、授業の後は本当に疲れる。ヘトヘトになる。本日は特にヘトヘトだ。小心のくせに、ハイテンションで勝負しているので、そのギャップが大きいときに特にです。

watatomowatatomo2009/06/18 18:43授業おつかれさまです。
本当にいつも授業を見ている方が、授業をしているのをみる事ができ幸せです。
今日は先生が20分の時間を与えたとき
U くんと「どうだろう」と話をしていたときに
現職の先生とS研のマドレーヌをもってきたHくんがきて、様々な質問をされました。
本当に『学び合い』の率直な疑問がきけて、うれしかった。「なるほどなぁ〜」と聞き入っていました。
その現職の方は『学び合い』に興味があるらしく、是非明日や今度私が企画しようと思っている埼玉に是非お越し下さいといっておきました。
H君に関しては、「最近学び合いが楽しくて楽しくてしょうがないんだ」とおっしゃってました。多分先生のご尽力の賜物であると信じています。

jun24kawajun24kawa2009/06/18 22:10『学び合い』は常に手の内をさらします。何故なら、勝つことが目的ではなく、負けることが目的だからです。学習者が自分を越えてくれることによって、私は成長できるからです。期待しています。

motoryoumotoryou2009/06/18 23:03「志」今日の私にはしみる言葉です。ある方の質問に対して4時間も丁寧に受け答えたつもりです。話していて,自分の考えが昨年よりは少しは進歩しているかも…と感じられたのが収穫です。

おすぎおすぎ2009/06/19 00:47西川先生こんばんは。ちょっと気になる情報を得ました。

今日、クローズアップ現代という番組で『学び合い』のような取り組みが放送された、とある保護者の方からメールいただいたんですが、ご存知ですか?
また、ここを読んでいらっしゃる方でどなたかご覧になった方はいらっしゃいますか?もしいらっしゃったら詳細教えてもらえると嬉しいです!

twoyoshitwoyoshi2009/06/19 01:19佐藤 学先生でした。

twoyoshitwoyoshi2009/06/19 01:19HP見ると概略わかります。

おすぎおすぎ2009/06/19 01:40twoyoshiさんありがとうございます。HP確認しました。佐藤学先生だったんですね。

09/06/17(水)

[]良い学校だから 22:02 良い学校だから - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い学校だから - 西川純のメモ 良い学校だから - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎度の事ながら、『学び合い』の話をしても、中々信じてもらえない。その理屈が分かって、それが成立したとしても、「それは良い学校だから成立する」と言われる。でも、その人はどれほどの大変な学校で成立することを求めているのだろうか?今までに、ありとあらゆる学校種、教科で成立している。つまり、大抵の学校で成立できるのです。「だったら、いいじゃん」と言いたくなる。あなたが勤めている、これから勤める学校が、それほど大変だったら、その時、考えればいいじゃん。第一、そんな大変な学校で、今まで通りの授業が出来るの?と聞きたくなる。まあ、成立させたとしても、そのひずみは、それが出来ない先生の授業にしわ寄せが来る。また、クラスの弱い子にひずみが来る。自分が見えないだけのこと。従来の授業の良いところは、たった一つ、自分のクラスの悪いところが見えにくくなり、教師の罪悪感を刺激しつつけない、ということ。

 私は『学び合い』に関して夢見たいな効能書きを書き立てていると思われます。でも、百歩譲っても、現状の授業よりは良いに決まっています。だって、現状の授業は、一人の教師の力で、三十人の子どもの興味関心を引き出し、三十人の子どもの疑問に応えなければならないのです。そんな話術や教材研究が出来るならば、してみればいい。出来るわけ無いのに・・・。『学び合い』では、クラスの2割程度はいるであろう、「みんなでやってみよう」と教師が求めれば応えてくれる子ども達が出発点となり、その子たちによって三十人の子どもの興味関心を引き出し、三十人の子どもの疑問に応えようとします。どちらが有効かは、小学生の算数で証明可能です。

 が、しょうがありません。我々は事実や理論ではなく、周りがやっていることを正しいことと信じるようにプログラムされている生物なのですから。でも、幸島のサルのイモ洗いのように、最後は全員に伝わります。

[]6月27日 09:04 6月27日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 6月27日 - 西川純のメモ 6月27日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 6月27日に新潟市のサテライトで会と講演があります。なお、私の講演は14時20分からではなく、13時10分からになるとおもいます。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/Mizuochi/20090516

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/Mizuochi/20090331

[]7月8日 09:04 7月8日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 7月8日 - 西川純のメモ 7月8日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 7月8日に新潟市立小林小学校で講演します。よろしければどうぞ。

追伸です。6月27日の話と別な話をします。

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f:id:jun24kawa:20090617090506j:image

papagenopapageno2009/06/17 22:20先日,頭なでられたものです。
革命が起こりました!
学び合いは凄いですね。
まだ序章なのでしょう。

motoryoumotoryou2009/06/17 22:30教師自身が「私は教師である」ということを「捨てる」ことがいかに難しいか,と思わされます。当然自分を含めて,です。でも,その出口に向かっている歩いている,だろう自分は,結構好きです。(笑)

jun24kawajun24kawa2009/06/17 22:47papagenoさんへ
まだまだ序章ですよ。あははは
『学び合い』の本来の凄さは、これからです。
我々がこれからやらかすこと、来月、今年中、今年度中に出来ることを想像したら笑いが止まらないですよね。
これからの日々を楽しみましょう!
motoryouさんへ
成長というのは快感ですね。自分の愚かさを、笑える楽しみは痛快です。楽しみましょう!

twoyoshitwoyoshi2009/06/18 01:13一つも嘘をつかずに、自分をごまかさずに子どもに接することができました。ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2009/06/18 05:09よかった、よかった。
早く、私を越えてね。

09/06/16(火)

[]問いかけ 09:06 問いかけ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 問いかけ - 西川純のメモ 問いかけ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある同志が、テストの点数が悪くて落ち込んでいました。私は、子どもに問いかけることをアドバイスしました。すると、その同志は「テスト結果を示してどうする、これから」と聞けばいいか、「先生もどうしていいかわからないから教えて」と聞けばいいか、迷っています、というメールを頂きました。

 どちらだと思いますか?私は0.2秒の迷いもなく、前者です。理由を説明します。

 教師の仕事と、子ども「たち」の仕事は違います。例えば、「もっとしっかり学び合いたい」、「遊んでいる人を引き込みたい」、「問題の出しあいっこをする」というレベルのことは「子どもたち」の仕事で「教師」の仕事ではありません。教師の仕事は、そのような子どもたちの仕事がうまくいくようにすることが仕事です。つまり、テストの点数(正確には最低点。すぐに、とんたんさんからつっこまれそうなので、あくまでもレトリックですからね)でクラスの状態が示されることを語るべきでしょう。そして、クラスの状態が良くないと、どのようなことが起こるか、それを改善するとどんなことが起こるかを語るのが仕事です。そして、子どもたちにはそれを乗り越える力があることを語るべきです。

 「先生もどうしていいかわからないから」の「先生も」の「も」が示しているのは、教師が子どものレベルで悩んでいることを示しています。

 おわかりだよね?○さん。あははは

[]授業参観 09:06 授業参観 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 授業参観 - 西川純のメモ 授業参観 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある『学び合い』のメーリングで、とても素敵な文章に出会いました。メーリングでクローズするにはもったいなさ過ぎるので、個人特定できないようにしてご紹介したいと思います。さわやかな文章です。

『土曜参観の代休を使って、○の教室に行きました。『学び合い』の授業を見せてもらいました。『学び合い』には、教師によるパフォーマンスやサプライズはない。『学び合い』には、変に意気込んだ教師も生徒もいない。ただ、課題と仲間に誠実に向き合って、自分の力を出そうとする子どもたちと、それを「すてきだね」って喜ぶ教師がいて、つくりだされているのは「授業」というより「学習の時間」という印象でした。(わたしの授業観の問題が浮き彫りに…)『学び合い』っていうのは、子どもたちの関係性づくり、やり方であり在り方なんだと思いました。子どもたちへの感謝がない、という印象は何となく分かる気がします。感謝という姿勢ではない気がします。(違ったらごめんなさい、○と○先生)でも、子どもたちを人として認め、尊敬し、人として尊い行為を「尊いね」と愛でる(喜ぶ)関係は、くっきりとそこにありました。それは、セミナーでの模擬授業のみでは体感できないことかもしれない。』

tontan2tontan22009/06/16 20:33えー、最低点についての議論はもう出尽くしましたで^^;
ただ、上記の点については、0.2秒で、「どっちでもいい」と感じました。だって、子どもは教師の「言葉」を聞いているのでなく、「思い」を感じ取るからです。教師の口ではなく、身体から発散される「気」だと思います。

jun24kawajun24kawa2009/06/16 21:57はい、「気」の問題だと思います。で、「も」と書いた、「気」を感じた次第です。

ghjalghjal2009/06/17 00:45本当に。とても素敵な言葉を頂いたなと感じています。『学び合い』の的を得ている。確かに。感謝じゃないかも。尊敬かもしれない。子供に対する感情は。これまでの「授業」とは感覚は違うかもしれない。この思いを3人で分かち合い。そして全国に伝えていく。なんだかいい感じ。

jun24kawajun24kawa2009/06/17 06:31感謝は感謝なんですが、今までの「よくできたね」ではなく、本当の感謝になるのだと思います。

09/06/15(月)

[]90万ヒット 19:50 90万ヒット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 90万ヒット - 西川純のメモ 90万ヒット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ご愛顧に感謝です。あとは100万ヒットへ

twoyoshitwoyoshi2009/06/15 22:40私は先生には遠く及びませんが、それでも毎日かなりの方が私の動向を気にしてくださっていることに感動です。ブログ最高!

jun24kawajun24kawa2009/06/15 22:41でしょ!

09/06/14(日)

[]添い寝 22:39 添い寝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 添い寝 - 西川純のメモ 添い寝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 そう言えば、今日、息子に「お父さん、お母さんと一緒に寝るのはいつまでにする?」と聞きました。私としては、中学生ぐらいかなと思いました。ところが息子は「一生」と言いました。笑いました。さっき家内にそのことを言いました。家内は「つぼ」にはまって大笑いしました。そして「それじゃあ、お嫁さんと一緒に4人で寝なきゃならないね」と一言。

 いつまで添い寝するのかな~

[]説教 22:14 説教 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説教 - 西川純のメモ 説教 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、添い寝から復帰です。今日の添い寝では、久しぶりで説教をしました。以下の通りです。

 『世の中には、自分の夢を実現する人と、今の自分の現状を自分の夢だと思いこむ人がいる。そして、それすらも出来ない人がいる。どこに違いがあるか分かるか?それは、願い続けるか、たまに願うかの違いだ。そして、それを実現するために行動をし続けるか、たまにするかの違いだ。今のお前は、願っていないし、行動していない。それでいいのか?』です。

 世の中で、自ら自分の願いを願い続け、それに対する行動をし続ける人は極々僅かです。それに準じる人は、願い続ける集団、行動し続ける集団を「創り」、その中に身を置きます。それに準じる人は、願い続ける集団、行動し続ける集団を「見つけ」、その中に身を置きます。それ以外にありえません。

 親がやいのやいの言っても、抜けが多い。それは教師も同じです。我々凡人が、願い続け、行動し続けるためには、常に、いつも、言い続けられなければなりません。それには親にせよ、教師にせよ、一人では無理です。集団が必要です。そして、それには『学び合い』が必要です。

 そして、最後に「夢が叶わなくても、どうでも、お父さん、お母さんは、お前が大好きだよ。守ってあげるよ。」と言って、ダッコしました。この部分は、親だけの特権です(教師はやってはいけません)。

追伸 息子は従前の教育の中にいます。とても、良い担任教師に恵まれています。でも、願い続け、行動し続けるには限界があります。地元に『学び合い』が広がることを我が事として願います。

[]家庭菜園 16:54 家庭菜園 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家庭菜園 - 西川純のメモ 家庭菜園 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学教師は、忙しくなればなるほど、椅子に座ります。良い睡眠は、頭の疲れと、体の疲れのバランスが取れているときです。なかなか、そうはいきません。昨日は、宿舎の一角にある菜園で作業をしました。心地よく眠れました。

 以前は、色々なものをやりました。ナスやトマトは脇芽採りと棚作りが大変です。20cmも掘るとコンクリートがゴロゴロ出るので、イモ類や根菜類は駄目です。オクラは楽で収量が良いのですが、夏の出張中に化け物オクラばかりになります。チンゲンサイの類は虫がつきます。ということで、最近はシソ、春菊、ルッコラ、モロヘイヤ、ニラにしています。いずれも野菜と言うより雑草に近い。楽で、スーパー物よりも明らかに香りが良い。

bunbun-hbunbun-h2009/06/14 22:27『願い続ける集団、行動し続ける集団を「創り」、その中に身を置きます。』

なんだか今日の定期演奏会の余韻に浸っている自分としては、深いところに届くようです(分かりやすくは書けませんが・・・)。

jun24kawajun24kawa2009/06/14 22:30なれば、行動しましょう。それしかありません。
出来ないこともありますが、出来ることはあります。

bunbun-hbunbun-h2009/06/14 22:35あい、あい、さー

twoyoshitwoyoshi2009/06/14 23:09西川先生といる限り、願い続け、行動し続けられそうです。ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2009/06/15 06:32私は私の管理下から外れた後も、願い続け、行動し続けられる学生さんを育てたいと願っています。そのためには、私と切れても、繋がれる集団と繋がることが大事です。期待しています。

09/06/13(土)

[]スカイプ 19:02 スカイプ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スカイプ - 西川純のメモ スカイプ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、お誘いしましたが、スカイプで繋がりませんか?スカイプというのは、家電量販店で買える1万円以下の機器を用意すれば簡単に実現できるテレビ電話です。ただし、コンピュータは増設メモリーをつけていない場合は、画面が固まってしまうというエラーが起こるようです(経験上)。

 メールのやりとりでも良いのですが、直に顔を合わせて話すと良いですよ。ただし、家庭サービスがあるので、私の勤務時間内とさせて下さい。となると、学校におられるときに繋ぐということです。しかし、地域によってはセキュリティの関係で繋げないということがあるかもしれません。でも、地域のセキュリティ担当の方に事情を話してみてはいかがでしょうか?また、奥の手としては、通信があります。

 私は出張用にUSBタイプの通信を使っています(http://emobile.jp/products/)。最近試してみましたが、これを使えばテレビ電話が可能でした。ただし、これはそれなりに高額です。

 でも、セキュリティに厳しくないところだったら本当に簡単に実現できます。教室にランケーブルの端子があるならば、授業を見せてもらい、放課後に議論する、ということも出来ます。

 私としても出張しなくてもサポートできるのでありがたいです。ということで、これには「出張に関するガイドライン」は適用されませんので、ご安心下さい。

[]力量 15:39 力量 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 力量 - 西川純のメモ 力量 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師の力量を一言で言えば、自身が目標と信じていることを、相手に信じさせる能力だと思います。そして、その信じさせた目標が、抽象的であるほど力量が高いと言えます。

 各教科には独特の目標があります。例えば、「科学的概念の形成」であり、「自然を愛護する心」です。それよりかなり具体化すると、「ニュートン力学の大系で運動をシンプルに記述できることを理解し、その美しさを感じられる」というものも考えるかもしれません。それよりかなり具体化すると、「運動方程式で質点の運動を記述できる」となります。ずっと、ず~っと具体化すると「100mの距離を初速度0m/sで加速度2m/s2の物体が100mの距離に到達するのは何秒かという問題を解ける」となります。

 私は、「科学的概念の形成」が大事だと多くの日本人に信じさせる自信はありません。ましてや「100mの距離を初速度0m/sで加速度2m/s2の物体が100mの距離に到達するのは何秒かという問題を解ける」が大事だと多くの日本人に信じさせる自信はありません。ところが、それを勉強させるのが私の仕事でした。結局、面白実験、話術、個人的な繋がりという大技小技をとりまぜて乗り越えました(正確には乗り越えようとしました)。でも、最後まで私が教えているものが価値あるものだと伝えることは出来ませんでした。それが私のトラウマであり、『学び合い』の出発点です。

 他教科もそうでしょう。「深い読み」、「社会認識の形成」・・・みな同じです。結局、ぎりぎりまで考えて、『学び合い』の学校観にたどり着きました。世の中には、私と違って、学校観のみならず教科の内容レベルの価値を信じさせる力量のある方もおられます。確かにいます。でも、全ての教師がその教師のレベルになれるとは、絶対に思えません。圧倒的大多数は、一生かかってもそのレベルにはなれないと思います。だから、学校観レベルに限って、私は論を進めます。

 今現在、日本各地に「『学び合い』で日本を変える」ということをリアルに信じ、そのための行動をしている人が、内輪に数えても百人以上はいます。でも、それらの人は、私が伝えたからそうなった人ではありません。もともとそれを持っていた人で、『学び合い』がぴったりと枠組みを与えた人です。私の教師人生は25年です。『学び合い』にシフトしてからだと十数年です。その中で、教え子でそのレベルに達せたと確信できる人は片手もいません。本当は、それを信じられると、自分の力が何倍にもなり、個人にとっても有利であるのにも関わらず、それを信じられないのです。なんと力量のない教師だと慚愧します。しかし、まだ私には15年間があります。巣立った教え子、これからの教え子に伝えたいと思います。

[]時間が足りない 08:15 時間が足りない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時間が足りない - 西川純のメモ 時間が足りない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、立て続けに「『学び合い』をやると時間が足りなくなる」という質問を受けました。あれ、手引き書に書いているのに、と思いましたが、実は書いていないことに気付きました。メモには書いていたので、手引き書に書いたつもりになっていました。そこで補足しました。以下の、後半部分です。

『 『学び合い』は時間がかかるという誤解があります。いつもの授業をやりつつ、『学び合い』をやろうとしたならば、平常より時間がかかるのは当然です。しかし、我々の『学び合い』では、平常の部分がカットされています。具体的には、教師が長々と説明し、板書する部分はありません。殆どの時間は、子どもたちが自主的に活動している時間です。

 今までの実践研究の結果を総合すると、学び合うことによって平常より時間がかかるということは皆無です。最低でも3分の2の時間で同じレベルの達成度が実現できます。そして、半分以下の時間で実現することができます。

 子どもたちに自由に活動させると、様々な班がいることに気づきます。計画の段階をじっくり考えて時間をかけるが、実際に活動し始めるとトントンと進む班があります。一方、計画の段階では殆ど時間を取らず、とりあえず活動する班があります。そのような班は、実際に活動し始めてから試行錯誤を繰り返すので時間がかかります。

 一斉学習では、全ての班の進行を同調させようとします。その同調のさせ方は、一番遅い班にあわせることになります。即ち、最初に時間をかける班にあわせ、さらに、活動を始めてから時間をかける班にあわせることになります。結果として、各段階の一番遅い班の積算となるため、時間がかかります。ところが、子どもたちの班を観察すると、全体として帳尻があうため、そのようなロスが生じません。そのため、『学び合い』においては、教師主導より遙かに効率よく進むことができます。

 『学び合い』で時間がかかるとしたら、それは教師がダラダラとやらせているときです。ある課題を「みんな」で出来ることを課題として与えます。ところが初期段階では「みんな」達成することが出来ません。そこで、「もう1時間」を教師が与えてしまいます。そんなことが続けば、どんどんと長くなります。

 もし、「みんな」が達成できなくとも、次に進むのです。そして、「何故、全員が達成できなかったのだろうか?それをふまえて、次は全員達成をするには何をしたらいいか考えて欲しい。次を期待しているよ」と説教をしてください。1時間中に全員が達成するという課題は、子どもの課題です。教師の課題ではありません。その尻ぬぐいを教師をやり続けていれば、子どもが1時間中に全員が達成するという課題が甘くなります。だからガツンと切って前に進んでください。

 と、書きますと、「え!?そんなことで良いんですか?だって、分からないままの子どもがいるのに・・・」と言われる方も多いでしょう。しかし、考えてください。それでは今までの授業で、全員が本当に分かってから前に進んでいましたか?違うと思います。クラスの中で分からない子がいることを承知で前に進んでいたはずです。『学び合い』では一人一人の子どもがよく見えるだけです。つまり、ガツンと切って前に進んだとしても実害はありません。

 では、そのようにしてガツンと切って前に進むとどのようなことが起こるでしょうか?第一に、一人一人の子どもが時間を意識した行動をするようになります。もちろん、そのような行動が出来ないような子どもも1、2割いることは承知しています。しかし、一方、周りの子どもが時間を意識した行動が出来るかを見回ってチェックできるだけのことが出来そうな子ども「も」1、2割いることは承知しているのではないでしょうか?その1、2割の子どもが、そのような行動をすれば問題は解決します。例えば、あることにこだわっている子どもに対して「あと10分だよ、もうそろそろ、こっちの問題も解かなきゃ」という声がけをするのです。また、その課題を見て、「あ、これだったら私だったら15分で出来るな」と見当をつければ、教師が「はい、どうぞ」と行った瞬間に、一番、手のかかる子どもを自分の席の横に座らせて、教えながら自分も解くという行動をします。即ち、戦略的に行動をするのです。

 こんな事例がありました。5年生まで九九が出来ない子どもがいました。5年から『学び合い』を経験しました。上記のようなことがおこり、徐々に、クラスの中に入って勉強をするようになりました。そして、「みんなが出来る」という課題を達成したいと思うようになり、そのためには自分が出来なければならないことを感じるようになりました。そんなときです。クラスメートの一人が「○○ちゃん、九九覚えた方が良いよ」と言いました。それから一週間で九九を覚えるようになりました。その場、その場で、やいの、やいのと言うよりも、本人が学ぼうとする気になる集団を創れば、帳尻は合うものです。少なくとも、それしか解決の道はありません。』

tontan2tontan22009/06/13 09:54反論です。
上のモデルは、『「算数の問題」ができる。』です。
「学び合い」がどうしても「算数の問題ができる」をイメージして語られる事が多いことが気になります。
指導要領は「できること」だけでなく、「仕組みが分かる」「考えを持つことができる」「目的に応じて使えるようにする」「計画的に話す能力を育てる」「科学的な見方を養う」「社会的事象の特色や相互の関連などについて考える力」・・・と多種多様です。
そうなれば、時間をもっとかけるべきです。最近はフィンランドで学習内容をさらに減らしたいという方針が分かるような気がします。十分に学べる環境を用意することが大事で、1時間という枠をかけてプレッシャーを与えれば、その時間でクリアできる喜びは、学びの本質的な喜びとは違うような気がします。いかがでしょうか?

jun24kawajun24kawa2009/06/13 10:54上記のことは理解しています。
あくまでも分かりやすい事例を通して説明しています。
出来るとか、わかるのレベルで説明してるのではありません。
今回は時間の問題を書いています。
仕組みを分かる、という課題に時間がかかることは了解しています。
では、無限にかけられますか?
それはないですよね。
全体のバランスから行って、有限の時間数しかかけられないですよね。
上記の説明は、その有限の時間をかけても出来なかったら、ということです。
その次元の説明だったら、内容依存はしないと思いますが。

なっつなっつ2009/06/13 11:36私も、生徒も、『学び合い』で時間の足りなさを感じていました。
このメモを読んでわかったのですが、ある学級では、一番遅い子に合わせて、足並みを揃えて進もうとしていたために時間が足りなくなってしまったのだと。(それを選択したのは生徒ですが、時間の重要性を私がうまく語れずにいました。)
あと、それ以外の学級でも、一斉授業では絶対できないほどの理解を、『学び合い』ならできそうな気がして求めすぎていたということがわかりました。
一斉授業でやっていることを終わらせるだけなら、圧倒的に時間は早く済むんですよね。でも、それだけだと、「みんな」が達成できるところまではなかなかたどり着かない。「みんな」を達成しようとすると、時間が足りない(けれど、一斉授業でやっている時よりは理解できる)。
でも、子どもたちにとっては、自分たちでは一斉授業でやるのと比べることはできないから、一斉授業よりは理解できているということよりも、「『学び合い』だと時間が足りない」の方が印象に残るのかな?と思いました。

tontan2tontan22009/06/13 12:08「「学び合い」の初期の話ですから」というならば確かにそうだと思いますが、「学び合い」を日常的にやっている先生方は、算数の「教科研究」をやってきた先生方は、指導要領を熟読している先生方にとっては、その「バランス」をどうするか悩まれていると思われてると思います。
電卓も表計算もあるこの時代に「受験」以外で、わり算の筆算で100点とることの価値を私は知りません。
もしも、「学び合い」が時間効率が良く、短い時間で単元の目標をクリアできると考えてる方がおられれば、それは誤解だと思います。「学び合い」だからこそ、子どもの学びの本質が見え、誤解が見え、そして理解の難しさが見えると感じます。

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 13:15要は、集団が「時間と折り合いをつける」ことができるようになればよいのではないでしょうか。私たちも、日常そうやって仕事をまわしていると思います。かかえた仕事の中で、時間的なプライオリティが高いものは大雑把でも早く、質が優先するものは時間がかかってもしっかりと練り上げます。そのような時間の読み方に関する能力は、与える課題のdeadlineを決めることで発現するのではないでしょうか。ですからこの問題は西川先生のおっしゃるように内容依存ではなく、個人内及び集団内の時間に対する意識の問題かと思います。

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 13:20もし時間がたくさん与えられれば課題に対する理解が深まるならば、「朝まで生テレビ」は見る価値のあるまともな番組として視聴率が上がるでしょう。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 15:00ということで、「手引き書」の加筆であるということでご理解いただけたと理解しました。
ただ、学校観に依存する部分もあります。つまり、時間をかけて分かることを優先するか、限られた時間で達成するように集団が知恵を働かす集団作りを優先するかです。私は後者を優先します。前者を優先して、後者を成り立たせることは出来ませんが、後者を優先して前者を成り立たせることは出来ると考えるからです。それに、どんなに教師が教育的価値があると思っても、それが価値があると子どもや保護者に納得させることは大事だと思うからです。私は私の原体験となっている子ども達に、教科内容に依存したことを価値があると子ども達に説得する自信はありません。しかし、その子ども達の少なからず子ども達に、内容に依存しない『学び合い』の意味を説得することは可能だと思います。そして、集団の中で全ての子どもに説得できると信じています。

tontan2tontan22009/06/13 17:52>前者を優先して、後者を成り立たせることは出来ませんが、後者を優先して前者を成り立たせることは出来ると考えるからです。
 
全くその通りだと思います。
 
>私は私の原体験となっている子ども達に、教科内容に依存したことを価値があると子ども達に説得する自信はありません。
 
なぜ、この教科を学ぶべきなのかを教師は「持っている」べきだと思いますし、子どもにも伝えていくべきだと思います。それを考え、伝えていくことが「経験」なのだと、尊敬できる先生と話していて感じることです。
 
いろいろ考える機会になりました。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 18:34>なぜ、この教科を学ぶべきなのかを教師は「持っている」べきだと思いますし、子どもにも伝えていくべきだと思います。
全くその通りだと思います。
言うまでもなく、私は理科が大好きだし、理科を学ぶ価値があると確信しています。そして、それを語ることは出来ます。
ただ、私にはそれを「全て」の子どもに伝えられる自信はありません。だから、「全て」の子どもに伝えられる部分を中心に考えているのです。
例えば、私の家内は理科は大嫌いです。結婚15年たちますが、それを変えることは出来ません。あははは

twoyoshitwoyoshi2009/06/13 20:10私は、「英語なんかわかんなくてもこまることなんかね〜し。」、「受験に受かればいいんだからしゃべれる必要ないのになんで会話させるんですか〜」と何人もの生徒に言われました。

jun24kawajun24kawa2009/06/13 22:16理科はもっとひどいですよ。あははは

ながたくながたく2009/06/14 20:04『学び合い』をやると時間が足りなくなる

う~ん。
ぼくは逆で時間が余るというか、どんどん行くといった
感じです。それはそれで悩んでいるのですが(笑)

jun24kawajun24kawa2009/06/14 21:57悩む必要はありませんよ。
もっと、先があります。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080302/1204424443

ジョンジョン2009/07/02 04:15・授業のねらい
 (短期・中期・長期)
・目指す子どもの姿
 上記の2点が不明瞭であることを,
 懸念しました。

jun24kawajun24kawa2009/07/02 06:41それを考えるのが授業者ですよ。
私は大学の教師にすぎません。あははは

09/06/11(木)

[]学級崩壊 10:57 学級崩壊 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学級崩壊 - 西川純のメモ 学級崩壊 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学級崩壊が何故起こるか、色々な分析があるでしょう。

 どんな先生のクラスにおいても、教師にたてつく子どもはいます。でも、それでは学級崩壊にはなりません。学級崩壊が起こるのは、その他の子どもも教師にたてつくと起こります。でも、一般の子どもが教師にたてつくのは非常に勇気が必要です。周りがたてつかないと踏ん切りが付きません。最初から教師にたてつく子どもは、クラスの地位は高くありません。だから、その子がたてつくからといって、教師にたてつくことはしません。学級崩壊はクラスの賢い子・徳のある子から見捨てられることに起因すると思います。その子でさえ教師にたてをつくのならば、周りの子どもも安心してたてつくことが出来ます。

 しかし、賢い子・徳のある子が何故、教師にたてをつくのでしょうか。そのような子は、教師が求めることに応えようとします。ところが、それに従って行動しても、教師が別の場面で別なことを求めます。「え!?」と思いつつも、それに従います。ところが、教師が別な場面で別のことを求めます。「え!?」と思いつつも・・・・。この繰り返しの中で、「この先生に従ってもしょうがない」と思い始め、その教師を見捨てるのです。考えてください。方針のころころ変わる校長の下で職員がどのような行動をするか、あれと同じです。おそらく、学級崩壊をするような教師も、方針がころころ変わる校長も、自分は一貫した方針でやっていると思いこんでいると思います。しかし、その方針が不明確であると思います。具体的には、言語化できないのです。ハッキリ言えば、思いつきレベルです。そして、言語出来たとしても、そのルールが個別的で、数が多いのです。だから、管下のものにとっては理解できません(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20040525/1172818596)。

  あるメモ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/mana-mama5/20090610/1244648281)を読みながら、上記を思い出しました。怖いことです。

[]痛快 10:57 痛快 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 痛快 - 西川純のメモ 痛快 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、ある方と飲みました。そして、良い悪巧みをいっぱいしました。私以上にハイテンションになって語る方です。一滴も飲めない方なのですが、極めて楽しい上戸のように見えます。どうしても飲んでいるように見えます。それがあまりにも楽しかったので、日本酒をコップ7杯、中ジョッキ2杯も飲んでしまいました。あまりにそのかたが可愛ゆく、頼もしく思えたので、だっこしてナデナデしました(その方は四十過ぎの男です。念のために。あははは)。今年一年で、面白いことがやらかせます!

twoyoshitwoyoshi2009/06/11 12:262人が楽しそうなのを見て、うれしかったです。
よかった♡

isinomakiisinomaki2009/06/11 13:42この記事,教育実習の先生に早速プリントして渡しました。

jun24kawajun24kawa2009/06/11 19:45twoyoshiさんへ
今度は飲みに付き合ってくださいね。
isinomakiさんへ
よく説明してくださいね。

ybhdv7ybhdv72009/06/11 22:02学級崩壊の例えに納得です。
軸がぶれなければ大丈夫ですね!!

furutatsufurutatsu2009/06/12 00:08今日は愛のあふれるスキンシップありがとうございました。
不意を突かれた吐息攻撃…
いつかは僕がしてみせますね。笑

jun24kawajun24kawa2009/06/12 05:58ybhdv7
軸の問題の他に、子どもとの間合いの取り方が大事だと思います。近すぎず、遠すぎず。もう、このあたりは分かったよね。
furutatsuさんへ
ふぉふぉふぉ
楽しみにしているよ

ybhdv7ybhdv72009/06/14 01:11そうですね!
適度な距離感が大切ですよね。
不意打ちには弱いですが、基本的には自信をもって堂々としています♪

09/06/09(火)

[]保護者の方の戦略 22:03 保護者の方の戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 保護者の方の戦略 - 西川純のメモ 保護者の方の戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、一般の保護者向けの本を書いています。保護者向けなのですから、保護者の方に読んでいただき、意見を頂きたいと思いました。そこで同志の一人に「お願い」しました。私としては頼みやすい数人の保護者にお願いしてくれるだろう、と思っていました。ところが、数十人の保護者の方が読んでいただいたのです。これにはビックリです。原稿用紙だったら二百枚以上の本の原稿を読んでいただき、コメントを頂く、こんなことをやっていただきました。コメントを読みながら、「よくぞ、ここまでお読みいただいた」と感謝の念でいっぱいです。それを、保護者の方から頂いたCDを聞きながら読んでいます。

 その中で、「保護者の方の力で『学び合い』を広げて欲しい」という部分があります。ところが複数の保護者の方から「無理!」というコメントを頂きました。そこで、それが無理ではないことを説明したいともいます。おそらく、これは教師にとっても、ありとあらゆる事に通じると思います。

 まず、「保護者の方が集まって教師や校長に直談判する」というのは無効です。そのあたりは本に書いたとおりです。おそらく「無理!」とコメントいただいた方は、そのようなことを想像していたと思われます。では、どうするか?

 実は『学び合い』の作法が有効です。多くの教師は「気になる子」がいます。大抵は、その子を何とかしようとして、ありとあらゆる事をします。でも、そんなことで何とか出来るならば、とっくのとうに何とか出来ます。しかし、出来ません。それと同じです。保護者の方にとって「気になる教師」がいます。既に、何らかの事はしたと思います。でも、駄目だったと思います。そして、「こりゃ無理だ」と思ったのだと思います。その通りです。おそらく無理でしょう。しかし、そこで諦めないで、本当に願ってください。

 『学び合い』では「その子」に拘らずに、クラスの問題として捉えます。そしてクラスを変えようとすると、その子が変えることが出来ます。何故かといえば、自分一人では「その子」を変えられなくても、クラスを変えることによって、クラスみんなで「その子」を変えようとするからです。

 自分の子どもの担任が「その子」である場合は、学校の問題として捉えてください。学校、特に、校長が「その子」である場合は、市や県の問題として捉えてください。そして、いろいろやってみるのです。「え!?、市や県・・・・」と思われるかもしれませんね。具体的に説明しましょう。

1) 周りの保護者に『学び合い』の良さを伝えてください。

例えば、『学び合い』を実践しているクラスの保護者に、『学び合い』の良さを伝えれば、そのクラスの担任がやりやすくなります。また、どの集団にでも中々『学び合い』を分からない先生はいますが、逆に言えば、直ぐに分かる先生もおられます。そういう先生が「やろう!」と踏ん切るきっかけになると思います。

2) 色々な人に伝えてください。

我々は色々な人に繋がっています。例えば、市や県の教育行政に影響力のある議員と繋がっているかもしれません。いや、保護者の中にいるかもしれません。その人が議会で質問してくれるかもしれません。マスコミ関係の人に繋がっているかもしれません。その人がきっかけで広く知られるようになるかもしれません。

3) 教師に伝えてください

例えば『学び合い』の会に参加して、「どうしようかな~・・・」と思っている教師に伝えてください。そういう人たちにとって、私より数倍説得力のある語りを保護者や子どもは出来るのです。全体に発表するばかりではありません。会のフリータイムにでも、悩んでいそうな教師をとっつかまえて話してください。

4) そして

そして、私には想像できない、何かをしてください。

 我々は『学び合い』が有効であるという学術データを積み上げました。現在、それによって『学び合い』に踏み切った先生が多いと思います。しかし、そういう人ばかりではありません。どんなジャンルにおいても、データで納得する人は一部です。多くは周りの人に影響されるのです。例えば、「点は位置があるが面積はない」ということだって、そんな馬鹿げたことを「定義がそうなら、そうしよう」と思える人は一部です。多くの人は、周りの人が、「そうなんだろうな~っと」思っていると「思っている」から納得しているのです。車を選ぶときだって、車の雑誌を何冊も読んで、それで何を買うかを決める人は一部です。多くの人は、周りの人に聞いてみたり、町でよく見かける車は何かを見ながら決めるはずです。『学び合い』を広げるには、「みんな」が大事です。そして、無理をせずに、出来るところから広げます。そうしているうちに、難攻不落の「その子」を何とか出来るのです。例えば、『学び合い』に疑問を持っている人も、その人が信頼する人たちが『学び合い』を実践するようになれば風向きが変わるのです。

 なんかいつ実現できるか分からなそうな道のように思うかもしれません。でも、多くの方が思っているほど時間はかかりません。だって、我々が本格的に学校現場に広げようとしたのは平成17年からです。新潟で最初の『学び合い』の会を開いたとき、参加者の数は、事務局を担当した西川ゼミの学生さんの数より少なかったのです。それからたった5年間しかたっていません。良いものは広がります。安心してください。そして「みんな」でやりましょう。

 同志各位へ『学び合い』は子どもや孫に安心を与えます。そして、自らの老後を保障するものだと、私は確信しています。素晴らしい世界を創りましょう!

[]変わらなきゃならないのは誰? 09:12 変わらなきゃならないのは誰? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 変わらなきゃならないのは誰? - 西川純のメモ 変わらなきゃならないのは誰? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本にまだ書いていませんが、ゼミ生にはよく話す話です。

 今から十年ぐらい前、『学び合い』研究の初期段階に謎がありました。それは『学び合い』が成立するまでの時間なのです。

 西川ゼミに所属すると、私やゼミ生たちの洗脳を受けます。『学び合い』シンパの方であっても、門外不出のデータや話を聞けばびっくりでしょうね。その後、自らの実践です。自分の置籍校に戻って『学び合い』の実践をします。そこそこの『学び合い』が子どもが出来るようになるのが4週間程度です。不思議なのは、それは小学校でも、中学校でも同じだと言うことです。子どもと接する時間は、明らかに小学校の担任の方が多い。中学校の場合は、週に4時間程度です。ところが子どもが変わる時間は同じ、4週間程度なのです。なぜだか分かりますか?

 理由は4週間は、子どもの変わる時間ではなく、教師が変わる時間なんです。だから、小学校も中学校も変わりないのです。結局、教師が納得すれば、子どもは直ぐに変わります。それが証拠に、大学院1年の実践より、2年の実践の方が簡単に『学び合い』を成立させることができるし、それが現場に戻れば、もっと簡単に出来上がります。

 『学び合い』を成功させるためには、最初の語りが大事です。最初の語りは、子どもに語っている以上に自分に語りかけているのです。よく、荒れている学校では『学び合い』は出来ないのではないか?という疑問を持たれるか違います。まあ、気持ちは分かります。でも、そういう方は、授業がうまくいかない理由は子どもにあると考えているんですよね。でも、本当は教師の心が問題なんです。

 最近、地元の学校に『学び合い』の手ほどきに参りました。学校として『学び合い』を取り入れることを決意された学校で、2時間で4つのクラスの『学び合い』を見せていただきました。その中には、テレビドラマの「良いクラス」みたいなクラスもあります。逆に、子どもが荒れていて、先生が疲れている様子が見て取れるクラスもあります。私は後者のクラスの方がワクワクします。「こんなやんちゃな子どもたちが『学び合い』をすれば、どんな凄いことをやらかすのか」と思うとワクワクします。それに、後者のクラスで『学び合い』が出来るようになるのは当たり前だと私は確信していますが、多くの先生は後者のクラスで成立することに不安を持たれます。ということで、後者のクラスで成立したときの方がインパクトがある。ふぉふぉふぉ

追伸 こんな話は山ほどあります。それを聞きたければ上越教育大学大学院に入学して西川ゼミにおいで下さい。と宣伝をする。ふぉふぉふぉ

twoyoshitwoyoshi2009/06/09 17:07西川研に入れば、あなたの人生が変わります。私たちと一緒に『学び合い』で日本を変えましょう。お待ちしています!

toitoi37toitoi372009/06/09 20:56今回のお話を読んで、「う~ん、確かに。」と納得しました。2ヶ月かかってしまいましたが、最近心からの笑顔や可視化ができるようになってきたなぁと、自身の変化も感じますし、生徒たちも私より他の生徒に質問したり、納得するまで教えあっている姿がみられるようになりました。

jun24kawajun24kawa2009/06/09 22:07よかった、よかった。乗り越えられたのですね。
おごらず、くさらず。それを注意してくださいね。

motoryoumotoryou2009/06/09 22:35>よいものは広がります。
そうですね。実際に,こんなにひろがってきていますもんね。粘り強くいきます。

ghjalghjal2009/06/09 23:27確実に、その保護者の本を読んでくれそうな方を自分の周りに一人でも増やしたいです。

自分の場合はデータが大切でした。西川研の研究スタイルや、その事実を見なければ実践しなかったと思います。自分の周りに実践者はいませんでした。でも、そういう人は特異なのみたいですね。

考えてみれば、大学のときの自分の専門は生物学でした。

jun24kawajun24kawa2009/06/10 06:36motoryouさんへ
期待しています。どんどんやりましょう。
ghjalさんへ
そうですか。
私は学部ではイースト菌を扱っていましたが、教育学ではホモサピエンスを扱っています。一気に高度化しました。あははは

ジョンジョン2009/07/02 04:17教室が暑くなりますね。
あっ,ねったいか?

09/06/08(月)

[]出張の意味 22:41 出張の意味 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出張の意味 - 西川純のメモ 出張の意味 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 不遜ながら、私は「オジェジェ」をいただける講演をしているつもりです。でも、私は「面白い」と思ってもらえるために出張しているわけではありません。そんなんだったら、「オジェジェ」を規定通り頂きたい。それなら、芸人としてしっかり芸をします。

 でも、私が出張するのは、『学び合い』をトライする人を生み出すためです。数百人を前にした講演でも、おそらく、翌日にまで続く人は1割もいないと見切っています。そして、トライする人は、極々僅かです。でも、一人の人が変われば、その人が教える数百、数千の人の人生に影響があります。もし、その人が数人の教師に伝えたとしたら、数千、数万人の人生に影響があります。それは、とてつもなく尊いことです。だから、「やる」という最後の一歩を踏み出す人が数人であったとしても、価値があると確信しています。

 神奈川の会で、その一歩を踏み出した人がいることを知りました。出張した意味があったと思いました。

http://blog.goo.ne.jp/inocch2007-/e/529a5f85f30762031e269144e97be25a

[]神奈川の会 08:51 神奈川の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 神奈川の会 - 西川純のメモ 神奈川の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 素晴らしい会でした。

 私はいつも通り原理原則を語ります。そこからです。

 三崎先生が『学び合い』を体験させ、水落先生が安全な始め方を説明しました。お二方とも、いつも通りに素晴らしいものでした。

 そのあと実践報告です。最初の若い先生(マルさん)は、『学び合い』を初めて2ヶ月です。その中で色々なことを悩み、色々なことを得たことを語りました。語りの内容ももちろんですが、あの語りの「雰囲気」が多くを語っていたと思います。

 そして、ゆうゆうさんの教え子達の語りです。テレビ業界では「子どもと動物には勝てない」という言葉があるそうです。『学び合い』では、それ以上だと思います。おそらく参加者の心に伝える力は、私はもちろんのこと、三崎・水落先生を上回っていることは、両先生も認めることだと思います。今回は最前列に陣取りました。理由は昨日と同様にボロボロと泣いても、参加者には見えないからです。最後に子ども達と握手しました。

 本日の仕事があるため、懇親会にも参加せず家に直行です。(残念・・・帰宅は深夜でした)新潟への帰りに、ゼミ生から何故あのような会が成立したかを聞かれました。そりゃそうでしょう、『学び合い』に出会って数ヶ月で、あれだけのことが出来るのを目のあたりにしたのですから。私の応えは、『学び合い』の一言です。子ども達がとてつもないことを毎日の授業でやらかすのと同じです。何故かを分析しても、とりたてて「これだ!」というものを挙げることは出来ません。関わる人が、それぞれの事情の中で折り合いをつけながら、一つの目標を実現するために関わっている中でできあがるのだと思います。

今までの教育では「どのようにして」という方法のレベルを重視します。そして、方法を強います。しかし、『学び合い』では目標が重要だと考えます。今回の成功は、メンバーの願い、そして志が素晴らしいことに起因しています。

追伸 あれだけの会をやるとしたら、泊まりがけの会が必要だと思いました。

[]教祖様 08:51 教祖様 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教祖様 - 西川純のメモ 教祖様 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 キリスト教の旧約聖書はユダヤ教の聖典です。ですが、キリスト教とユダヤ教は同じだと言えば、おそらくキリスト教徒もユダヤ教徒も納得しないでしょう。キリスト教の新約聖書・旧約聖書はイスラム教の聖典です。ですが、キリスト教とイスラム教は同じだと言えば、おそらくキリスト教徒もイスラム教徒も納得しないでしょう。

 何度も、何度も書いていることですが、私は教祖様になるつもりはありません!

 が、『学び合い』の会では、そのような役回りを演じなければならず、そのため、そのように思われます。でも、しょうがありません。我々は既存の枠組みで物事を理解しようと考えるように頭の構造上そうなっているのです。従って、『学び合い』を理解しようとするとき、既存と同じだと理解しがちです。でも違いを理解してもらわなければならないと、私は考えているから、あえて違いをハッキリと言わなければなりません。結果として、傲慢・不遜のような物言いになってしまいます。結果として、好きになってもらうにせよ、嫌いになるにせよ、極端になりがちです。でも、本当の私はどちらでもなく、中庸のつもりです。ただ、語りはハッキリとしなければならないと思うから、そのように演じています。

 我々は「異質な集団は得るものが多い」ということを知っています。ただし、それは基本的な目的が一致した場合、つまり『学び合い』が成立したときのみのことです。それが一致しない集団の場合、集団が異質であればあるほど、そのパフォーマンスが下がることが明らかにされています。では、『学び合い』で一致すべきものは何かと言えば、そりゃ、学校観と子ども観です。授業観は、その二つから導き出されるものです。

 例えば、『学び合い』の学校観は、子どもたちを関わらせる場面の多い教育と似ているでしょう。しかし、根本的に違います。というのは、多くの場合、それらは「学力保証」とか「人間関係づくり」に有効だから、手段として採用しています。しかし、『学び合い』は、多様な人と折り合いをつけて自らの課題を達成すること、それが学校教育の目的だと考えています。

 例えばです。私が「業者テストの最低点が80点以上」という課題を事例として挙げると、「人間関係づくり」の手段として子どもを関わらせている方の場合は、「『学び合い』は受験学習だ!」と非難されます。逆に、「学力保証」の手段として子どもを関わらせている場合は、「業者テストの点数なんて学力ではない」と非難されます。いずれも、子どもたちが関わることの意味を低く捉えていることに起因しています。関わることによって、子どもたちはどれほど高い学力を獲得し、どれほど複雑な人間関係を創りあげるかをご存じありません。しかし、我々は膨大なデータを通してそれを学びました。だから、私は学力と人間関係を分ける二元論との違いを言わなければなりません。

 しかし、中には我々の学校観に極めて近い学校観をもつ教育は存在します。しかし、子ども観が違います。特に、それは教科学習の場面で端的に表れます。

 我々は学ぶこと自体は、教師がごちゃごちゃしなくても子ども「たち」は持っていると考えます。ところが『学び合い』以外の多くは、そういう部分もあるが、教師がしっかりと押さえなければならないと思っています。そこが違います。もちろん『学び合い』においても教師が押さえなければならないところがあります。しかし、それは目標、評価、環境整備の三つであると考えるのに対して、多くの教育は「どのように学ぶか」も教師が押さえなければならないと考えています。この差は、子どもの能力の過小評価と、教師の能力の過大評価に起因します。

 子どもの能力の過小評価は、子どもを子ども個人と考え、子ども集団としてとらえることが弱いためです。面白いことに、子どもを集団と考えるべきだと考えている教育においても、その個人と個人を教師が結ばなければならないと考えています。我々は、個を一度忘れて(本当は忘れていませんが)、集団づくりに視点を置きます。そして、「みんな」ということを本当に求めれば、細かなことをしなくても集団が機能することを知っています。

 教師の能力の過大評価は、子どもを個として見ずに、抽象的な「子ども」として捉えているからです。本当は、子どもは一人一人、その時その時、違います。我々は、一度、徹底的に個に拘り、データを出したから、そんな多様な子どもの個に対応なんか出来ないと見切っています。ところが子どもの個を知らず、抽象的な「子ども」としてとらえられるから、「子ども」にとって有効な教材、「子ども」にとって有効な机の配置・・・というものが有ると考えてしまいます。しかし、そんなものありません。

 以上のような違いを曖昧にしたままでは、『学び合い』は絶対に実現しませんし、協働もありえません。だから、ハッキリと言わざるを得ず、現在、その「役」を私が演じているのです。

 私の話を聞いて、私を嫌いになっても結構です。いや、それは健全な反応だと思います。私だって、私の講演は嫌いです。しかし、「『学び合い』=西川」ではありません。『学び合い』は考え方で、個人ではありません。私が嫌いならば、私とつながる必要はありません。でも、世の中には様々な方が『学び合い』を実践されています。その方とつながりながら、『学び合い』を理解していただければと願います。

 全ての教師は、数多ある職業から教師という職を選びました。その選択の志は同じです。私を嫌いな人も、『学び合い』に拒否感もある方も、みんなそれは一致しています。今、学校では多くの子どもが苦しんでいます。私は一人も苦しまない学校を実現したいと願って『学び合い』に至りました。是非、それだけは信じて欲しいと願います。

追伸 ある講演会の後、同志の一人から「西川先生、参加者のお一人から、「西川先生は教祖様みたいだ」と言われたんですよ」と笑いながら私に話されました。すかさず「「西川先生は教祖様ではありません、神様です。空中浮揚しているのを私は見ました」と言ってよね」と言って二人で大爆笑しました。

ghjalghjal2009/06/08 10:40昨日はありがとうございました。運動会のために参加できず残念です。

結局、教師同士の学び合いでも子供の学び合いでも共通している。今回の場合、すべての人がこのセミナーでメッセージを理解する必要はないし、そういうことはあり得ない。でも、確実に共感し、実践しようとする人はあらわれたと思います。それを急行した懇親会で確認できました。

『学び合い』パンデミックが起こりつつあるのだと思います。そうであってこそ、20万人の感染者を目標にしているのですね。全国で20万人は横浜で2千人です。計算間違っていなければ。

jun24kawajun24kawa2009/06/08 15:45はい、その通りです。
個に拘らず、しかし、個を捨てず、そのために個を捨てない集団に拘る。です。
なお、横浜の人は、横浜2000人ではなく、神奈川1.5万人、そして、日本20万人を背負っていただきたい。だって、感染者は横浜市に限らないのですから。

janglejapjanglejap2009/06/08 18:55同じく昨日はありがとうございました。
子どもたちは「今度は全員でくるよ!」と帰っていきました(笑)
子どもたちの言葉をまさに全身で受け止めてくれる先生方の集まる教育の研究会って当たり前のようでいて、ここにしかないように思えます。
彼らにとってもすばらしい体験になったと思います。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/08 19:20感激をありがとうございます。
是非今度は、色々な今の担任の子ども、昨年の担任の子どもも一緒にして異学年にすると面白いですよ!

イノッチ1000世イノッチ1000世2009/06/08 20:04昨日のセミナーに参加させていただいた者です。
今日、さっそく授業実践をしてみました。
ブログにその様子を書かせていただきましたので、お時間がある時に覗いていただければありがたいです。
http://blog.goo.ne.jp/inocch2007-/

jun24kawajun24kawa2009/06/08 22:28『学び合い』で最大の障害は、「やる」ことです。それを乗り越えたら、もう、半分は終わっています。
良いクラスですね。

jikomanngajikomannga2009/06/09 05:08一昨日はありがとうございました。
生西川先生にお目にかかれて本当にうれしかったです。
継続して、学び合いのチャレンジをしていきたいと思います。本当にありがとうございました。
http://plaza.rakuten.co.jp/kateika44/diary/200906080000/

minatontonminatonton2009/06/09 05:35横浜のMihoです。神奈川の会では本当にありがとうございました。直接ご挨拶するタイミングを逃してしまいお礼を申し上げられませんでした。大変な強行スケジュールをお願いしてしまいました。お疲れになられたことと思います。本当にありがとうございました。翌日、メインの担当の先生が病欠なのをいいことに、音楽の時間で『学び合い』をしました。「ふるさと」の手話コーラスをみんながみんなでできるようにする。中学生までは個別支援級に在籍する生徒たちですが、(だからこそ、か?)、本当に自然に『学び合い』ます。色々課題はあるのですが、「できる!」という可能性を感じます。あー、授業したいなあ。

jun24kawajun24kawa2009/06/09 05:49jikomanngaさんへ
是非、トライしてください。その際、私のHPに公開している『学び合い』の手引き書をお読みになって下さい。そして、何かあったら直ぐにメールしてください。それさえすれば、絶対に出来ます!(強く断言)サポートしますよ!
minatontonさんへ
ご苦労様でした。
『学び合い』は簡単です。本当に簡単です。多くの先生方は、『学び合い』をするには子どもに準備が必要だと思っています。でも、そんなの不必要です。直ぐにやります。大変なのは教師の方なんです。でも、あなたが、乗り越えられていますね。
それぞれ置かれている状況で、出来ないこともありますが、出来ることも必ずあります。少しずつやりましょうね。

yoichiyyyoichiyy2010/11/27 06:44「子供を個々に見ている」「子供を抽象的に見ている」・・・まさに自分のことだと思いました。早く抜け出したいですが、、、今のところ、失敗しながらまた考えてを繰り返すしかなさそうです。早くその場所につきたいです、一人で考えるよりも、人に聞いたほうが早い。読んだほうが早い、、、ということを、、、このブログを拝読し、改めて感じました!

生徒に促すばかりでなく、自分も、もっと積極的に学びあいます!

jun24kawajun24kawa2010/11/27 06:56ご安心あれ、自分の足りないことを気づける人は、もう半ばを越えています。気づけないことが最大の問題なのですから。あと、考えは言葉の中にあるのではなく、集団の中にあるので、繋がることによって理解しましょう。ね。

09/06/06(土)

[]埼玉の会 22:43 埼玉の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 埼玉の会 - 西川純のメモ 埼玉の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 埼玉の会に出席しました。私の講演なんて「へ」みたいものでした。実践発表をされた4人の方に、ただただ敬意を表します。杵渕さんの日常の実践の中にある光るもの、青木さんの『学び合い』の広がりに関する語りは楽しかった。ご両人とも飄々としつつも、それだからこそさらに熱い闘志を感じます。三崎さんの発表は、さすが研究者だと思います。私が全国で戦うに新たな武器を与えていただきました。

 しかし、この方々以上にhayato-rikaさんの発表がありがたかった。会場の後ろに椅子を置き聞きました。というのは、ボロボロに泣くことが予想されたからです。そんなみっともない姿を満座にさらすのは避けたいと思いました。そして、予想したとおりにボロボロに泣きました。もう、理屈ではありません。会が終わって帰る彼には「東大の法学部に行って総理大臣になって欲しい。駄目でも文部科学大臣になって欲しい」と願いました。そして、彼がこの場で発表することを認めた保護者の方の手を取って、本当に、本当に感謝しました。

 会場には懐かしい方、新しい方がいらっしゃいます。さまざまな学校の保護者集団にお会いしました。とても大きなことが起こることを感じます。私の頭の中では、子どもたちの『学び合い』はやり尽くしたという思いがあります。次は、教師の『学び合い』、そして、保護者を巻き込んだもっと大きな『学び合い』が私の頭を占めます。

 飲み会では、案の定、次の化学反応が起こりました。

 あ~、こんな面白い世界に誘ってくれた、天地人に深く感謝します。あ~・・面白い!

ghjalghjal2009/06/06 22:58本日本当に参加してよかった。ありがとう。埼玉。残念ながら、明日の横浜の会に参加できません。でも余りある成果を今日手にしたと思う。天啓かも知れない。
くだらない発見は、横浜―東京―本庄―高崎は一本の電車でつながっているということ。なあんだ、乗り換えなしで、群馬の会に参加できるんだ。

hayato-rikahayato-rika2009/06/06 23:01今日は、お世話になりました!
私の発表をそこまで言ってくださるのはうれしいのですが、なんとなく恥ずかしいです。(笑)
西川先生の公演、素晴らしかったです。色々なことを学ばせてもらったので、それをもっと理解すると同時に、他の人たちにも伝えたいと思います。
本当にありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/06/07 03:58ghajalさんへ
 いつかの神奈川の会は、教え子の発表大会になったら面白いですね。あははは
hayato-rikaさんへ
 あなたは、既に大人の「お世辞」というものを使える。ふぉふぉふぉ。総理大臣への道、第一関門の高校受験、期待していますよ。

katokiti2003katokiti20032009/06/07 08:05昨日はありがとうございました。
西川先生の元気になる講演、先生方や生徒さんの発表、どれも僕の期待していたものを遙かに超えていて、数え切れないくらいの衝撃を受けたと同時に、「安心」することができました。
そしてなにより今回の収穫は、『学び合い』を通じて多くの方とはっきりとつながることができたと言うこと。
『学び合い』に対して、今まではややお客さんの気分の感があった自分に活を入れていただいた気がします。
媒体は『学び合い』でも『酒』でもほかのものでも、何でもいいんです。同じ志を持つ人、同じことを目指している人、同じことをしている人と、つながって行くことができるのは本当にうれしいです。
ところでもう一つ感じたことは、西川先生は僕のもつもう1つの世界でよく使う、『間』を体得された方だと感じました。
今日は残念ながら横浜には行けませんが、盛会をお祈りします。

bunbun-hbunbun-h2009/06/07 14:32「hayato-rikaさんの発表がありがたかった。そして、予想したとおりにボロボロに泣きました。もう、理屈ではありません」
これを読んで、昼前酒であったとはいえ(この詳細は今から書く私のブログ参照)、私も涙ぐんでいます(実際に)。
「私の頭の中では、子どもたちの『学び合い』はやり尽くしたという思いがあります。次は、教師の『学び合い』、そして、保護者を巻き込んだもっと大きな『学び合い』が私の頭を占めます」
ここの部分すごく分かります。だからこそ非力ながら私みたいな人間もいるのだと思います。
ただhayato-rikaさんに総理大臣とかはなしですよ(なってもいいけど)。
なぜって『学び合い』の考え方にはずれてしまうから。

jun24kawajun24kawa2009/06/08 09:32katokiti2003さんへ
ま~、そうだったんですか・・・
という親父ギャグを一発
例の件、期待していますよ。
bunbun-hさんへ
いえいえ、多様な人が、多様な立場から、同じ目標に向かうことが大事です。私より可能性がありますので、お願いした次第です。あははは

09/06/05(金)

[]スピード 22:51 スピード - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スピード - 西川純のメモ スピード - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2007年11月21日に群馬県の県センターで講演しました。それをきっかけに群馬のある先生からメールをいただいたのは「2007/12/04 0:04」です。そして、「2008/03/21 23:55」に、その先生の教え子からメールをいただきました。その内容は以下の通りであり、ぶったまげました。

『始めまして、こんにちばんは。私は学びあいを理科で取り入れている学校の生徒です。学びあいはとても効率がよくて、友達とかかわれるいいキッカケになると思います。(中略)理科などの理解が必要な教科では学びあいやすいです。ですが、歴史や漢字などのまるっきり覚えるような暗記の世界の教科だとなにをすればいいのかよくわかりません。この前少しだけやったのですが、みんなでチェックしあうというだけの活動になってしまい、あまり効率的に動けませんでした^^;どうやればもっと効率的に動けますかね・・・。やり方を教えてくれとまではいきませんがせめて、ヒントを教えてください。そうすればみんなでどうやったら効率がいいかなどを討論すればいいと思います。なのでヒントをください。m(._.)mおねがいします。』

 読んでおわかりのように、教師の視点に立っているのです。本当に、学習者は有能です。そして、その学習者を育てた教師も有能です。その後のメールのやりとりで、どんな凄い子どもなんだろうと思っていましたが、昨年の埼玉の会で会ったら、本当に可愛い男の子でギャップにどぎまぎしました。その子が埼玉の会で発表するのです。学習者が教師と並んで発表する、そんなことが出来る教育の研究会って、今まであったでしょうか!(でも、当たり前ですよね。だって、子どもに学ぶ教師の会、なんですから。あはははは)

 神奈川県から最初に同志として付き合ったのはjanglejapさんです。最初はブログでのコメントで日付は「2007/10/12 20:38」です。メールとしてのつきあいは「2007/10/22 21:10」です。そして、二番目の同志であるIさんからメールをいただいたのは「2008/04/04 21:18」でした。私は神奈川に『学び合い』が根付くには時間がかかると思っていました。ところが天の采配か、繋がるべくして繋がった人たちのおかげで、明後日に神奈川の会が開かれます。そして、janglejapさんの『学び合い』の最初の教え子に会えるのです。

 私が理学部から教育研究に足を踏み込んだ直後は、教育研究なんて古くさい文献を読んで、らちもない言葉遊びをしているだけと思っていました。でも、こんなダイナミックで面白い経験を出来るなんて想像もしていませんでした。

[]埼玉・神奈川 21:49 埼玉・神奈川 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 埼玉・神奈川 - 西川純のメモ 埼玉・神奈川 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日は埼玉、明後日は神奈川で会があります。楽しみです。

janglejapjanglejap2009/06/05 21:57さっき保護者から電話があり、あの初めて学び合いに挑戦したときの子どもたちが、声をかけ合い集まってくれているそうです。
それだけで、私は学び合いのおかげと感激しています・・・。

jun24kawajun24kawa2009/06/05 22:01あはははは
心が豊かになります!
凄いスピードで物事が進んでいますよね。

hayato-rikahayato-rika2009/06/05 23:22あれ?見覚えのある文章・・・。(笑)
改めて見ると恥ずかしいものですね。今考えれば、何も考えずにメールしてたなぁ、と思います。(まぁ、今となっては、それがいい方向に流れたのでよかったですが)

明日は、西川先生の講演を楽しみにしています。あまり、ハードルをあげないでくださいね。(涙)

ghjalghjal2009/06/06 00:10ちょっと感動的なフレーズです。
ゆうゆうさんの教え子のお話を直接聞きたかったな。
神奈川に根付くのに時間がかかるという懸念をさらにさらに払拭したいなと思っています。

twoyoshitwoyoshi2009/06/06 00:30明日が待ち遠しいですね。

bunbun-hbunbun-h2009/06/06 01:49私が『学び合い』に出合い、当時のバスケクラブでそれを取り入れた半年後に、保護者会からの批判の声を聞き、先生にメールを初めてさせていただいたのが、2007年10月19日でした。
感慨深いものを感じます。
そして同期というものを思います。
みんな一人じゃないんだ、どこかでつながっているんだという思いとともに。

jun24kawajun24kawa2009/06/06 05:01Hayato-rikaさんへ
 私の講演は、あなたの話の前振りにすぎません。期待しています。
Ghjalさんへ
 もう払拭していますよ。みなさんの馬力ならば、あと1年でどれだけ進められるか、想像できない。
Twoyoshiさんへ
 寝坊しないでね~あははは
Bunbun-hさんへ
 どこでブレイクスルーするかわかりません。おごらず、くさらず。みんなでやりましょう。

09/06/04(木)

[]泣く 22:49 泣く - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 泣く - 西川純のメモ 泣く - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学の授業で、大学教員が泣く。こんな恥ずかしいことはありません。授業を聞く側の人としては、どのように振る舞って良いか分からなくなります。そんなのナルチシズムで、恥ずべき事です。多くの学生さんは、鼻で笑っているでしょうね。

 と分かっているのですが、本日の講義で泣いてしまいました。思いを語る内に、頭の中には走馬燈のように色々なことが思い出されます。『学び合い』によって得られる素晴らしい感激。それ以上に、現在の教育の中で苦しんでいる子ども達。そして、自分が加害者だったという消えぬ記憶。

 もし、5割、6割の子どものことを考えるならば、凡庸な教師でも大丈夫です。しかし、7割、8割の子どものことを考えるならば、名人教師にならねばなりません。でも、9割、十割の子どものことを考えるならば、『学び合い』しかありません。私の教師としての原体験は、その最後の1割、いや、最後の1分の子ども達なのです。その子どものことが頭から離れません。それが私の志の原動力であり、私への鞭でもあります。

 残念ながら、その志を伝える力を欠いています。

[]構造は同じ 22:19 構造は同じ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 構造は同じ - 西川純のメモ 構造は同じ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 職業柄、私は教育委員会の上層部から、新規採用者までおつきあいがあります。

 知っている教員の人から「なんで、あの人を校長にしたの?」と愚痴を聞くことがあります。別な機会に、知り合いの校長や教育委員会の人に何気なく、その人のことを話題にすると、愚痴の内容のことを正確に理解しています。では、「そんなに知っているのに何故校長にしたの?」と聞きたいところですが、結局、「しょうがない」ということなのです。つまり、その人には悪い面がありますが、憎めない面もあります。その人の事情を知れば、「しょうがない」と思えるのです。

 世の中には担任をする度に、学級崩壊を起こしたり、不登校を生んでしまったりする教員がいます。保護者としては「なんで、あの人が先生を勤めているの?」と愚痴を聞くことがあります。別な機会に、知り合いの教員の人に何気なく、その人のことを話題にすると、愚痴の内容のことを正確に理解しています。では、「そんなに知っているのに何故教員を務めているの?」と聞きたいところですが、結局、「しょうがない」ということなのです。つまり、その人には悪い面がありますが、憎めない面もあります。その人の事情を知れば、「しょうがない」と思えるのです。

 どんな校長だって、どんな教員だって、人としては憎めない。でも、その被害を受ける人にとっては災害です。結局、どの階層においても、『学び合い』しか解決のすべはありません。みんな「しょうがない」と思っているのが現状です。

[]大分の会の発足 10:04 大分の会の発足 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大分の会の発足 - 西川純のメモ 大分の会の発足 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ついに九州にしっかりした足場が出来ました。九州北部特に大分の先生で、『学び合い』に興味があるが、どう踏み出して良いか分からないという人は、どうぞ!

 きっと、優しく、手ほどきしてくれますよ。だって、悩んだ人たちの集いなのですから。共感的に理解してくれます。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/newtown0426/20090601

newtown0426newtown04262009/06/04 15:19最近ご無沙汰しております。広報していただきありがとうございます。何とか大分の会立ち上がりました。でもこの一歩を長く続けていくことが大事ではないかと考えています。8月4日はどうぞよろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2009/06/04 16:02最初からトップギアーでやりましょう!

09/06/03(水)

[]教師の出来ること 22:02 教師の出来ること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の出来ること - 西川純のメモ 教師の出来ること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師は子ども集団に出来ることは多く、どこまで伸びるか分かりません。が、子どもに対して出来ることは限られています。だから、個に拘らず、個を見捨てず、だと思います。

twoyoshitwoyoshi2009/06/04 22:30私はいままで個に関わりすぎて集団を見捨てることが多かったようで、大変反省しています。

jun24kawajun24kawa2009/06/04 22:34私もですよ。
だから贖罪をしたいと思っています。

09/06/02(火)

[]痛快 17:43 痛快 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 痛快 - 西川純のメモ 痛快 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は夢を語ります。その夢では常人からは荒唐無稽なことを、いともたやすく実現できると断言します。常人だったら、ホラか意図的な嘘と判断するでしょう。でも、私は根拠無く言っているわけではありません。今までのデータの積み上げ、実践の積み上げから、十分に実現可能なことを言っているのです。でも、それをホラか意図的な嘘と判断されることは、実は傷つきます(まあ、しょうがないと思いますが)。

 本日、地元上越の学校で今年度実現させたい夢を語りました。そうすると、そこの校長は、私に輪を掛けるような夢を語ります。それに呼応して私が夢を語ります。そして、それが・・・・。それをニコニコしながら研究主任が聞いています。痛快です!

 日本中の全てが変わったとしても、私の地元上越は変わらないのではないか・・・と長年考えていました。だって、私は上越に住んで23年間の内、20年間、私を学校として呼んでくれたのは、小学校1校、中学校1校に過ぎません。全国各地から講演に呼ばれるにも関わらず、地元だけからはお呼びがほとんど無い。正直、いじけます。

 しかし、『学び合い』を受け入れてくれる学校が生まれました。そして、2年間、見てくれました。そして、本当に分かってもらえました。ありとあらゆる面で、『学び合い』には無理が無く、狂信的ではなく、実は教師にとっても子どもにとっても自由であることを理解してもらえました。だからだと思います。

 全てを教師が背負わなければならないと思いこんでいる人にとっては、私の夢は荒唐無稽に思えるかも知れません。でも、子どもや保護者という大いなる味方を得てやれることを知っている我々にとっては、ごくごく普通なことに過ぎません。その普通のことを上越でやれば、そりゃ、戦術核兵器ではなく、戦略核兵器なみの影響力があります。

 最近では、別府でもそうでした、沖縄でもそうでした。私の本や講演ではなく、子どもたちが『学び合い』が本当であることを示してくれます。その子どもたちの姿にあっけにとられている教師の顔を見れば、「そ~ら、本当だろ!」と大声で叫びたくなります。それが上越で実現できるのです。

 痛快です。実に、実に、痛快です!

twoyoshitwoyoshi2009/06/02 21:00先生!高校もやります。期待させますよ!

jun24kawajun24kawa2009/06/02 22:47とっても期待していますよ!

ayuayuayuayu2009/06/03 21:10今年は1年生・・・
外国籍が3分の1 日本語もあんまり・・・

はたしてどうなることやら

szeidzsiszeidzsi2009/06/03 21:18ayuayuさま
横レスすみません。ayuayuさんのクラスがどう成長していくかとても興味があります・・・

jun24kawajun24kawa2009/06/03 21:51大丈夫ですよ。あははは