西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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09/04/19(日)

[]照れないでね 11:14 照れないでね - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 照れないでね - 西川純のメモ 照れないでね - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今まで多くの先生方の『学び合い』に関するサポートをしました。そして感じるのは、褒めるのが不得意だということです。駄目なところを見つけ、それを叱ることは得意で、高頻度なのにも関わらず、良いところを見つけ、それを褒めることが不得意です。『学び合い』の初期に見られる、子どもの駄目なところ、それは今までの授業で見えなかった彼らの「地」です。『学び合い』になったから生じたのではなく、もともとです。つまり、教師がやいのやいの言ったって変わりはないのです。そこをいじくることは非効率的です。逆に、目を転じれば、教師の語りに応え動いている子、動こうとしている子がいるはずです。その子を褒めて下さい。それも、「その子」を褒めるのではなく、「その子」をみんなに聞こえるように褒めるのです。照れないで下さい。

 また、少なくない教師は「足し算の繰り上がり」や「漢字の書き順」に関して語る一方、「学校で何を学ぶべきなのか」、「人として何が大事で、何がいけないことか」をちゃんと語れません。照れてしまうようです。そのため、最初の語りを省略したり、繰り返すことがありません。

 問題は、それを省略したり、繰り返せない、心にあるんです。それが大事だと本気に思えば語るはずです。子どもの成長を本気で願えば、褒めるところはいっぱいあるはずです。

 『学び合い』の最初に壁を感じたら、それを子どものせいにしないで下さい。そうすれば気は楽になりますが、そのような自己合理化(つまり、だからしょうがないんだよねという合理化)では何も変わりません。また、テクニックの不備を分析するより、自分の心を見直して下さい。この小文を読んだ後に、自分の心を分析すれば、必ず自分の心にスキがあることに気付くはずです。そのスキを、最初に動くべきクラスの2、3割の子どもが見透かしていることが壁の原因です。気になっている、暴言を吐く子どもが壁ではありません。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/04/19 09:03ご無沙汰しています

私自身も経験がありますが、

出会った当初はチンピラのような口を聞いていた子どもも、私自身が、彼らの「敵」で無い事を理解してもらうと、普通の子以上に、協力的になってくれました

(反抗的で私を小馬鹿にしていた子が、年度の終わりころには、他の子を注意してくれるようになった時には、涙が出そうになるくらい嬉しかったです)


子どもたち同士で成長してくれる集団を作れるように努力したいと思っています

(そのためには、私自身が職員室では、1メンバーとして周りの先生方と協力する必要がある事を自覚しました)




すみませんが、1点、お伺いしたい事があります

「教師がふれてはいけない恐ろしい業」

の部分ですが

子どもたちが、私に自らの悩みを相談してきた時には、聞かなくてはいけないですよね?
でも、その子の家庭の悩み等は、当然、私には解決不可能だし、教師が立ち入るべき問題では無いと思います

なので、教師としては

子どもたち同士が、お互いの悩みを打ち明けて、励まし合い、ともに成長する集団を育てる

という事で、よろしいでしょうか?

「もちろん、集団を私が、育てるなんて事は、おこがましいと思っています。彼らが育つきっかけ(触媒)になる努力が必要だと思っています」

長くなり、すみませんが、

「悩める子との関わり」

について、教えて頂けると幸いです



西川先生のブログやお話は、私自身の悩みに対する解決の糸口を与えてくれます

いつも、ありがとうございます

jun24kawajun24kawa2009/04/19 09:21お応えします。
子どもが悩みを相談に来たら、教師の負け(ぐらいに)と思うスタンスが大事です。
教師は子ども「たち」の悩みを相談に来る相手です。
子どもが相談するのは、子ども達です。
そのような集団を創るのが教師の仕事です。
もちろん、対処療法として教師が相談相手になることはあり得ると思います。でも、それが無くなるような根治療法を忘れずにいることです。
それと、子ども達の背負っている業は教師にも、子ども「たち」にも解決不能であることです。
相談の意味は解決することではなく、その子どもが解決に向かって、最後まで解決できなくても、もがき続けるエネルギーを与えることです。解決することではありません。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/04/19 09:44回答ありがとうございます

「自分と子ども」ではなく「自分と子どもたち」

で常に考えること

「対処療法ではなく、物事の本質を見極め解決を目指す(解決不能な時は、悩みすぎずとりあえず保留)」

「子どもの相談にのるのではなく、子どもたちが生きるためにもがき続けるエネルギーを与えること」

を心掛けながら仕事に取り組みます

そのために、私自身、心身ともに自分を鍛えていきます

コメントありがとうございました

ghjalghjal2009/04/20 19:47なんだか、心がすかっとしました。うれしいことに、(そして困ったことに)おそらくうちの教室は9割の子が聞いているふりをしてくれる教室です。間違っても「うぜーよ」とは言わないでしょうね。ちょっぴり困難校にチャレンジ?なんて誘惑も出てきます。
相談を教師のところに言いに来るのは負け。というのは、なんだか、心の奥底で感じていたことなので、今日初めて意識化できました。だから、すかっとしたのかな。自己合理化に陥るたびに、いけない、いけない。と自分に言い聞かせる毎日です。テクニックではない。ありようなんだな。だから簡単でもあるし、難しくもある。

jun24kawajun24kawa2009/04/20 19:52どんどん、進みましょう。
自分のクラスの実践の先があります。
子どもと一緒に進んで下さい。

o4dao4da2010/12/15 21:57貼らせてください。

jun24kawajun24kawa2010/12/15 22:12響くものがあったんだね。『学び合い』は魔法ではありません。私も、あなたと同じレベルの悩みをいつもいつも感じています。私も同じなんです。

o4dao4da2010/12/15 22:20えーっ 先生も同じ!!!なんですか