西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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授業公開の仲介のガイドライン http://dl.dropbox.com/u/352241/manabiai-data/koukai.pdf
だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

09/04/29(水)

[]セオリー 23:08 セオリー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - セオリー - 西川純のメモ セオリー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、色々なことを考えます。でも、結局、他人様に偉そうに色々書いたり、言ったりしている『学び合い』のセオリーを自分に言い聞かせます。分かっていても、中々出来ない。それが正直なところです。でも、悩んだとき、それを正す方針を持てるということは大事なことです。結局、他の道では駄目だと言うことは、よく分かっていますから。

ybhdv7ybhdv72009/04/30 07:31先生も普通の人間やったんですね(笑)染み付いた習慣から脱するには時間がかかるんですね。
私は相談にのってくれ、指摘してくれる同志の方々に助けられています。

jun24kawajun24kawa2009/04/30 11:26杜氏は飲み助では駄目なそうです。私も肝臓が弱くなったとき、異常に酒の臭いや味に敏感になりました。
私は人一倍教え好き(これは話せば分かるよね)、壊滅的に人付き合いが嫌いで不得意です。だから、『学び合い』を研究できるのだと思っています。あはははは

09/04/28(火)

[]続報 16:46 続報 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 続報 - 西川純のメモ 続報 - 西川純のメモ のブックマークコメント

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20090424/1240539552

の続報です。本日、その学校に行って、授業を参観しました。

とってもいい!13日から初めて15日間に過ぎません。

 この時期の不安や躓きがあったので、アドバイスしました。あと2週間(連休があるので3週間)すれば、もう一段階レベルアップします。

 全国の人に愚痴です。ちゃんとアドバイスを受けてやれば2週間で簡単にできるものを、何で難しいと思われるんだ!と思います。

[]研究会 16:35 研究会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研究会 - 西川純のメモ 研究会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 長野県南部の松川中学校で『学び合い』授業研究会があります。お誘いします。

12:35~13:20 受付

13:30~14:20 『学び合い』公開授業(理科、数学、社会)

14:30~16:55

1 オープンセレモニー(学校長挨拶,三崎先生ご紹介等)

2 本校の『学び合い』研究の良さと今後について     研究主任 桐生 徹 教諭

3 三崎先生のご講演(出前模擬授業を含む)

  ① 『学び合い』授業前の語りについて

  ② 『学び合い』出前模擬授業(45分間)

    教科名:道徳

    教師役:三崎先生,生徒役:本校職員(参観者のみなさまの飛び入り参加大歓迎)

  ③ 『学び合い』の有効性について

4 フリートーク

  ・公開授業の授業者,三崎先生や三崎研のゼミ生,研究主任等と,直に『学び合い』のこと,本日の授業のこと,松川中の研究のこと等について語り合いましょう

5 クローズセレモニー

参加の申し込み

Fax,℡で参加申し込みを行ってください。                 Fax:0265(36)4729,℡:0265(36)2073   担当:桐生 徹

o4dao4da2009/05/03 09:41いつあるのでしょうか。

jun24kawajun24kawa2009/05/03 16:32ありがとうございます。
あわてて、再度、アップしました。

09/04/27(月)

[]拘り 21:59 拘り - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 拘り - 西川純のメモ 拘り - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「その子に拘らず、しかし、その子を絶対に見捨てず」ということを『学び合い』では大事にします。教師が一人で背負っている場合は、「その子に拘る=その子を見捨てず」で、逆に言えば「その子に拘らず=その子を見捨てる」です。しかし、善意の教師が「その子」に拘っても問題が解決できないので、ある段階になると、その子に拘ることを断念してしまいます。しょうがありません、教師も人の子、自分を責め続けるストレスが続けば心を病みます。しかし、そのような合理化をすれば、やがてボディーブローのように効いてきて、教職に対する誇りを失います。

学び合い』では「その子に拘らず、しかし、一人の子どもも見捨てない子ども集団に拘る。それ故、その子を絶対に見捨てず」なのです。これは出来る出来ないの問題ではなく、拘らなければなりません。少なくとも、それが出来たら素敵だと思い続けることは出来ると思います。

[]戦略本 21:59 戦略本 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略本 - 西川純のメモ 戦略本 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日より、ある本の原稿を書き始めました。これは出版するのではなく、ネットブックにするつもりです。だって、売れそうではないですから。あはははは

 内容は、ある人が学校に『学び合い』を広めようとしたらどういうことが大事かということです。まあ、手引き書の高次版ですね。でも、基本は手引き書と同じになるはずです。だって、クラスに広げるのも職員室に広げるのも、『学び合い』のセオリーは同じですから。

ghjalghjal2009/04/28 02:54「その子に拘らず、しかし、その子を絶対に見捨てず」という言葉。福音です。これまでの罪悪感から、少し救われた気持ちがするからです。なんで、今まで、自分の力だけで、あの子を救おうとしていたのか。結果、まったくの力不足。自分の努力不足を責めました。ときには責められることもありました。そのたびに、何度か教師を辞めようと思いました。でも、今は違う。何で気がつかなかったんだろう。少なくとも今は、教室に30数名の仲間がいる。心強いです。

jun24kawajun24kawa2009/04/28 06:33よかった、よかった
この言葉は、子どもを教師に置き換える必要があります。そうすればもっと強力になります。期待しています。

09/04/26(日)

[]その後 22:41 その後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - その後 - 西川純のメモ その後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 小学校3年の国語には「キツツキの商売」という話があります。金曜日に先生から、その話の後日談を書くような課題があったそうです。夕食後、息子は感情豊かに息子の考える後日談を話してくれました。それは以下の通りです(分かりやすいために、漢字には変えましたが、内容はそのままです。

『そして雨もやみ、家族も帰って、「ふー。今日の仕事は終わった」と、その時です。「いやー。素晴らしかったですね。」そういってドシドシとやってきたのは、音楽会社のスカウトでした。「私は熊太郎と言います。どうも、よろしくお願いいたします。」「あなた、動物界最高の音楽会社のスカウトですね。」「突然仕事のことなんだけど、作曲してくれませんかね?」

「了解です。」キツツキは引き受けてしまいました。

そして、こういう看板を立てると、出かける準備をしました。

     ↓

「しばらく閉店します。申し訳ございません。主、きつつき」

駅員「終点、熊京(東京に引っかけた)で~す。」「おお、キツツキさん待ってましたよ。」「うほ、あのビル最新型じゃあ~りませんか!」なんと、キツツキは、大都会に来たのは久しぶりなのです。そして仕事場につくと、「荒れた場所ですが、よろしく。」そして、コーンコーンコンコンココンシャバシャババババ、ドンガラドンガラドンガラドン、パパッパパーーーーーーーーーーーーーーン。「本当に素晴らしい音楽会ですね。」「そ、そうですか?このくらいなら誰でも・・・・」「いやいや最高!」そして社長は、「いやー。その素晴らしい音楽、100m、いや、10km、いやいや、全世界に広がりましたよ。」「そうゆうわけなのでご褒美に10億リル!」「!!!10億リルですかーーー!!??」社長の言うとおり、森中には、「あー綺麗だなー。」「オー。キレイデスネー。」「トレビアーン!!!」素晴らしい音楽はCDになり、何と音屋は、チェーン店もでき、しかも、音屋は本店も、チェーン店も、一店も閉店しませんでした。

 目出度し、目出度し。ちゃんちゃん。』

 我が息子は天才だと思います。

[]神奈川近くの方へ 10:20 神奈川近くの方へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 神奈川近くの方へ - 西川純のメモ 神奈川近くの方へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は文字ではなく、対話で学べば誤解は防げます。だから、人と人との定常的な繋がりは大事です。きっかけはあるものです。お誘いします。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/janglejap/20090426/1240705508

09/04/25(土)

[]変化 22:27 変化 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 変化 - 西川純のメモ 変化 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上手く説明できないのですが。自分の置かれている環境の変化に、自分がついていっていないと感じます。『学び合い』がこの勢いで進んでいくと、いつか私は「教師」でなくなるような予感を感じます。もちろん、他の職業に変わるという意味ではありません。

 幸いなことに、私は日本全国(いや、一部、インターナショナル)な同志と繋がっています。その方からの様々な情報を得て、色々なことを考え、色々なことをします。その結果として、思考方法がどんどん変わっています。その結果、二十数年間慣れ親しんだ「教師」の行動規範というか、戦略というのとの違和感を感じます。いままで殆ど感じたことのない違和感です。

 何を書いているか分からないと思います。まあ、自分に対するメモです。

気をつけて気をつけて2009/04/26 09:09横浜からです。過去、素晴らしい実践者の人たちが、講演活動や著作活動の忙しさから現場を離れ、評論家になったとたんに、色あせていった人たちを何人か知っています。
西川先生には、いつでも現場から5万円の賭けをふっかける先生であってほしいと思うのは、僕の身勝手でしょうか?
まだ西川先生のこと良く知らないのにね。

jun24kawajun24kawa2009/04/26 10:10あはははは
私を評論家ではなく、実践者として分類していただき光栄です。
25年間、ずっとフロントランナーでいましたが、疲れることがあるんです。体育教師が、いつまでも子どもと走って指導していられないのと同じ理由です。若手、中堅となり、そろそろベテランとしての立ち位置を模索しています。なかなか難しいところです。

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2009/04/26 23:54経営者、あるいはCEOと表記した方がしっくりくるかもしれませんが、そんな感じでしょうか。だとすると、社員は皆優秀ですね。笑

jun24kawajun24kawa2009/04/27 06:24確かに!
私としては、仕事は何もないのに、高給をもらえる「顧問」がいいな~

09/04/24(金)

[]ほ~ら 11:19 ほ~ら - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ほ~ら - 西川純のメモ ほ~ら - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はあらゆる人に、最悪4週間、まあ、2週間でそこそこの『学び合い』が出来ます。しかし、最後まで『学び合い』の輪に入らない、輪から阻害されている数人の子を含めた「みんな」を実現するには数ヶ月かかります。でも、数週間レベルでも、その変化は実感できますよ。と豪語します。

 『学び合い』はそのクラスの「地」が出ます。だから、『学び合い』とは違ったとしても、子どもに対する願いや信頼をもっている中堅の先生あたりならば、万に一つの間違いはありません。私のところに相談する先生というのは、大抵は、そのことをクリアーする先生方です。だから、本当かな~という先生は「もし、4週間たっても『学び合い』が成立しなかったら20万円あげます。でも、成立したら5万円下さい。」という賭をふっかけます。

3月18日:ある中学校の先生が、『学び合い』を主軸にした学校づくりをしたいので相談したいとメールがありました。

3月27日:新旧の研究主任が私の研究室に来ました。学校に広めるためには、まずは『学び合い』が本物であるということをご自身で実感して欲しいと言いました。ビデオを見せながら1時間半ぐらいの『学び合い』の手ほどきをしました。

4月13日:両先生は、最初の『学び合い』トライをされました。その夕方、両先生と面談しました。『学び合い』の最初にありがちな誤解があったので、簡単なアドバイスをしました。しかし、両先生、そして両先生のクラスの「地」が『学び合い』の考え方に近いせいか、初日でも子どもは動いていました。

4月15日 14日の実践が気になったのでメールを送りました。短いアドバイスをしました。

4月23日 何も連絡がないことをふと気づいて電話をしました。「順調です」との返答です。つまり、10日間でです。

 ほ~ら、言ったとおりでしょ。とりあえずだまされたと思って4週間やって、その間に起こる様々なことを実践できる人に相談すれば必ず出来ます。ただし、旧来の考えに染まって『学び合い』ではなく『学び合い』もどきをしたり、途中の躓きを相談しない場合は「絶対」とは私は断言できません。『学び合い』は非常に簡単です。しかし、旧来の考え方とはかなり違うので、誤読・誤解が生じます。でも、分かっている人と話せば、それは簡単に解消できます。教師も『学び合い』が必要なんです。

追伸 ちなみに、先に書いた「もし、4週間たっても『学び合い』が成立しなかったら20万円あげます。でも、成立したら5万円下さい。」というかけに乗った先生は残念ながらいません。理由は色々ありますが、「本当ですか~」と言っている割には、心の中では「これだったら出来そうかも」という考えが生まれているんですよ。あはははは

ghjalghjal2009/04/24 20:56そんな賭けに乗っていたら、5万円損していたかも。でもこの充実感は、お金に換算できないかも。
小さな障害はあるけれども、躓きという程のものはないです。子供もOK,おそらく保護者もOK、問題は、周囲です。同僚です。もしかしたら、これが躓きなのかな?

jun24kawajun24kawa2009/04/24 22:18そうです。
『学び合い』に関して、子どもを変えることに関しては、ほぼ完璧の域に達していると思います。今の障害は、教師の意識改革です。これは、『学び合い』の会やブログや学習会を通しての活動、そして、なによりも結果です。
期待しています。子どものため、そして何よりも自分のために。

ghjalghjal2009/04/25 15:25「ほぼ完璧の域」ですか。なるほど。
フィンランドの教育が話題になったときに、自分も数冊の本を読みました。いくつか真似てもみました。参考になる点もありました。
実感としては、『学び合い』の方が簡単で、効力があり、何よりも哲学?として完結しているところが気に入っています。
『学び合い』はおそらく先進諸国では可能なのでしょうね。中国やインドでも実践できるのでしょうか?カンボジアやバングラディシュでは、一斉授業が最も効率的だと感じます。少なくとも私が小学生だった頃は『学び合い』が日本でもできるかどうかは微妙な線だったと感じます。

jun24kawajun24kawa2009/04/25 18:02おそらく程度の差はあり、可能だと思います。
良質の教材があれば、かなりのところは出来るでしょう。
しかし、日本のように塾や予備校で学習済みの子どもが大量にいる状態に比べれば限定的だと思います。
ただし、ごく初期の段階で職業別コースに分かれるならば、十分に可能です。だって、徒弟制はそうやって学んでいるのですから。

ghjalghjal2009/04/25 22:13本当に教科書がよくできていて、特に算数の場合は無敵かなと思われる程です。初任の先生と毎回振り返り、やっぱり課題として出す分量は、教科書の指導書に書かれている分量が最適なんだね。などと話し合っています。もちろん、指導書通りに進むことは、通常よりもかなり早いペースです。

09/04/22(水)

[]研修会 22:35 研修会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研修会 - 西川純のメモ 研修会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 地元の学校の最初の研修会に参加しました。学校として、算数を主軸にした『学び合い』を行い、異学年学習を学校の研究テーマとしている学校です。本年度、校長先生が代わり、新しい先生方も赴任されました。その先生方への『学び合い』の顔見せの意味もあります。

 もう足かけ3カ年度かよっている学校ですので、勝手知ったる学校です。先生方と馬鹿話をしながら気分良く参加できます。新しい先生方にとって、『学び合い』、それも異学年の『学び合い』は面食らうものだと思います。しかし、校長先生を始め赴任された先生方が子ども達の良さを見取り、好意的に受け取っていただきました。私から見ても、子どもも教師も安心して観られる『学び合い』です。

 今年度のテーマは学力向上です。それまでは人間関係育成に重点が置かれていましたが、人間関係育成には学力向上は不可欠であることを理解されるようになり今年度のテーマ設定です。私はとりあえずはクラス全員が80点以上から取り組むことを提案しました。しかし、先ほど素晴らしい『学び合い』を実践された先生方も「また、西川先生は脳天気なことを言っている」というようなニヤニヤ顔です。まあしょうがありません。そう思うのは当然です。

 でも、私が最初に『学び合い』の手ほどきをその学校にした際には、その先生方は私の語る言葉に半信半疑でした。でも、その先生方が『学び合い』を安定して実践されています。その後、『学び合い』が腑に落ちらた後に、異学年の『学び合い』を提案しました。でも、単学年の『学び合い』を信じられるようになっても、異学年の『学び合い』を提案したときは「また、西川先生は脳天気なことを言っている」というようなニヤニヤ顔をされたのを覚えています。でも、何度も提案して、そして昨年度の後半にトライされました。『学び合い』はやれば分かります。直ぐに異学年の『学び合い』によって、人間の化学反応が起こっていることを理解していただけました。

 つまり、ニヤニヤ顔は3回目です。今回も、私の言っていることが本当であることを、子どもの姿を通して理解していただき、もっと凄い学校になって欲しいと願っております。

 それにしても、とっても嬉しかった。

09/04/21(火)

[]しょうがない 22:48 しょうがない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - しょうがない - 西川純のメモ しょうがない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生だったら分かることなのですが、私は授業・講演のモードと対ゼミ生のモードでは全く別人です。前者は一斉指導のようにブルドーザーのようにガンガンにやります。ところが後者は『学び合い』でやります。つまり、願いますが、強いません。ところが、前者のように強いると誤解を受けます。

 方法を強いるのは非『学び合い』です。『学び合い』のテクニックを強いたら『学び合い』ではなくなります。学校教育は何が目的か、また、子ども達はどんな存在であるか、それは語り願います。しかし、強いません。これはゼミ生になってから分かることですが・・・・

09/04/20(月)

[]ついに 05:37 ついに - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ついに - 西川純のメモ ついに - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は教育の研究会が「教師による、教師のための、教師の研究会」となっていることに非常に違和感を感じています。『学び合い』の考え方の当然の帰結です。

 授業・学校の当事者は教師だけではありません。まず、子どもがおり、そして保護者がいます。であれば、研究会の主催者側に子どもや保護者がいるべきだと固く信じています。もちろん、子どもは授業で調べたことを発表することではありません、保護者がお茶くみ役・受付をすることではありません、授業・学校を評価し、提案する役として活躍すべきです。

 かなり以前から、我々の会には子ども・保護者の方の参加が目立つようになっています。さらに、保護者が発表します。そして、ついに中学生の同志が発表することを知りました!(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/hayato-rika/20090419/1240152297)嬉しい。本当に嬉しい。

 もちろん子どもがそれぐらいの能力があるということは馬鹿馬鹿しいほど当然です。だって、それぐらいの能力の子どもがいるから、『学び合い』が成立しているのです。であれば、『学び合い』が成立していれば、必ず、クラスに5、6人以上の子どもが、その場でいきなりマイクを渡されても語ることが出来るはずです。そして、クラスみんなが協力すれば、みんなが語ることが出来るに決まっています。私が嬉しいのは、そのようなことが我々の中で常識化していることです。今日、一日、エネルギーを持って過ごせます。

追伸 授業・学校の当事者は子ども・保護者・教師ばかりではありません。当然、教職員以外の職員がいます。今までの教師の常識に縛られていない、そのような職員の方が一番最初に『学び合い』の良さを気付いていただけることは少なくありません。それに地域の人も当然入ります。

 我々は同じ方向を向いた異質な集団の強さを知っています。

hayato-rikahayato-rika2009/04/21 22:29先生!大々的に宣伝していただき、ありがとうございます。
この記事を目にして、腹をくくりました。
まだ、やっちゃった感は大きいですが、とりあえず頑張ろうと思います。

jun24kawajun24kawa2009/04/21 22:41期待しています。
アドバイスです。
みんなの協力でやりましょうね。それが『学び合い』ですから。

09/04/19(日)

[]照れないでね 11:14 照れないでね - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 照れないでね - 西川純のメモ 照れないでね - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今まで多くの先生方の『学び合い』に関するサポートをしました。そして感じるのは、褒めるのが不得意だということです。駄目なところを見つけ、それを叱ることは得意で、高頻度なのにも関わらず、良いところを見つけ、それを褒めることが不得意です。『学び合い』の初期に見られる、子どもの駄目なところ、それは今までの授業で見えなかった彼らの「地」です。『学び合い』になったから生じたのではなく、もともとです。つまり、教師がやいのやいの言ったって変わりはないのです。そこをいじくることは非効率的です。逆に、目を転じれば、教師の語りに応え動いている子、動こうとしている子がいるはずです。その子を褒めて下さい。それも、「その子」を褒めるのではなく、「その子」をみんなに聞こえるように褒めるのです。照れないで下さい。

 また、少なくない教師は「足し算の繰り上がり」や「漢字の書き順」に関して語る一方、「学校で何を学ぶべきなのか」、「人として何が大事で、何がいけないことか」をちゃんと語れません。照れてしまうようです。そのため、最初の語りを省略したり、繰り返すことがありません。

 問題は、それを省略したり、繰り返せない、心にあるんです。それが大事だと本気に思えば語るはずです。子どもの成長を本気で願えば、褒めるところはいっぱいあるはずです。

 『学び合い』の最初に壁を感じたら、それを子どものせいにしないで下さい。そうすれば気は楽になりますが、そのような自己合理化(つまり、だからしょうがないんだよねという合理化)では何も変わりません。また、テクニックの不備を分析するより、自分の心を見直して下さい。この小文を読んだ後に、自分の心を分析すれば、必ず自分の心にスキがあることに気付くはずです。そのスキを、最初に動くべきクラスの2、3割の子どもが見透かしていることが壁の原因です。気になっている、暴言を吐く子どもが壁ではありません。

[]困難校の同志へ 08:23 困難校の同志へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 困難校の同志へ - 西川純のメモ 困難校の同志へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 よく、『学び合い』は人間関係が出来たクラス、学びの構えが出来たクラスでは出来るが、それが出来ていないクラスでは出来ないと思われがちです。しかし、何度も書きましたが否です。そりゃ、人間関係や出来て、学びの構えが出来たクラスの方が直ぐに出来ることは事実です。でも、そうでなくても『学び合い』だと思います。だって、そうでないクラスであっても、それを改善する必要があります。それをどうやってやるのでしょうか?『学び合い』ではそれができないとしたら、そりゃ、それ以外でできるわけない。正確に言えば、出来る人はごくわずかで、大多数の人は『学び合い』の方がベターです。理由を述べます。

 『学び合い』が成立する最低基準は、クラスの7割程度は一応、聞くふりが出来ているクラスです。つまり、「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもがクラスの3割以下であるという基準です。なお、聞くふりをしているが、いじくると暴言を吐く子どもは、聞くふりが出来ている子どもに分類されます。聞きますが、この基準がきついでしょうか?おそらく、困難校といわれる学校でも、大多数はこれだったらクリアーできるはずです。

 最底辺校で教えた経験から自信を持って断言できますが、どんな暴言を吐く子どもであっても、自分がマズイ状態にいるということは知っています。そして、真面目に勉強をした方が有利であると言うことは知っています。そして、その8割以上の子どもは、適切な道が与えられれば真面目にやる方向に進みます(集中力の関係で、1校時まるまるは無理だとしても)。ましてや、聞くふりが出来ている子どもはなおさらです。もし、そのような子どもが7割いたとすれば、クラスに2割程度の子どもは教師の語る「最初の語り」を理解し動くはずです。そうであれば、一人の教師が現状を打破するよりは、圧倒的に効率が良い。あたりまえの理屈です。

 もし、上記の状態がなりたたないクラス、つまり「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもがクラスの3割以上のクラスだったらどうしたらいいのでしょうか?一般的には、「面白い授業」、「分かりやすい授業」つまり、力量のある教師の一斉指導で打破すべきだと思われがちです。でも考えて下さい、「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもがに「分かりやすい授業」を出来る教師が日本中にどれだけいるでしょうか?「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもに「面白い授業」は出来る教師がどれだけいるでしょうか?確かにいることはいます。でも、それは特殊才能とむちゃくちゃな努力によって成り立つものです。だって、それは億を稼ぐ芸人よりも凄い才能がいるんです。

 でも、そうでもない教師であっても、「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもがクラスの3割以上の学校で授業を成立させることが出来ます。それは何故でしょう?そりゃ、子どもは、その教師の心を見抜いているのです。話術や教材や発問といった小技ではなく、心です。「立ち歩き自由」、「私語自由」、「教師はあまり語らない」というテクニックを使わなくても、心があれば伝わります。「立ち歩き自由」、「私語自由」、「教師はあまり語らない」というテクニックを使っても、心がなければ、心がないということが伝わります。

 『学び合い』の本体は学校観と子ども観です。それは「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもにも伝わります。「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもに学校で学ぶ意味をちゃんと語らなければなりません。私は『学び合い』の学校観以外に、彼らに語る言葉を知りません。それ以外は、全て、単純な論理と事実で打破されます。『学び合い』では、それを最初の語りで整理し、一貫した行動で本当であることを伝えるのです。それによって、いっしょに「みんな」を成り立つ必要性を感じる子どもが生まれます。

 結論です。結局、圧倒的大多数の人は、『学び合い』以外に方法がないと思います。困難校であればあるほど、『学び合い』は必要です。何故なら、教師にはかれらを畏怖させる力がないのですから。みんなでやるしかありません。

 「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもに対しては、教師は無力です。彼らに影響を与えるのは教師ではなくクラスメートです。そして、クラスの子どもに対しては話術・教材・発問というテクニックではなく、心が教師の武器です。そしてそれを最初の語りをはじめとして、1校時常に発する言動で伝えるしかありません。

 上記に誤りがあるでしょうか?

追伸 若い教師への忠告があります。私もやった誤りです。「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子どもと同じ次元に降りては駄目です。教師には、彼らに対抗できる腕力はありません。そして、ぶつかれば分かりますが、彼らに対抗する公的権力は殆どありません。まあ、法に抵触する程度のことをやれば警察を使うことが出来ますが、そうでない場合、教師にはなにも武器はないのです。同じ次元に立って戦えば、結局負けて、卑屈になるしかありません。

 彼らが必要としているのは、ライバルではなく、教師なのです。彼らが「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐いたとしても、教師は教師の立ち位置で淡々と語るしかありません。タフであり、不動であり、そして、彼らをバカにすることもなく、ましてや攻撃することもなく、教師として淡々と求め続けるのです。彼らが聞くか聞かないかに関係なくです。

 「うぜーだよ」とか、「うるせー」と暴言を吐く子ども、顔は野獣のように見えたとしても、子どもは子どもです。皮一枚はがせば可愛い子どもです。いや、多くの子どもより可愛い。甘えん坊です。そして、腹の中のものを素直に出します。そして、教師がふれてはいけない恐ろしい業を背負っている子たちです。暴言を吐くからといって、近づいて怒ったり、逆に切ってはいけません。可愛いからといって、近づいて猫かわいがりしたり、彼らの業に恐れをなして切ってはいけません。彼らとは一線を画した次元にいて、常に求め続けることです。『学び合い』では学校観・子ども観を求め続け、それは「みんな」を求め続けることです。

 ということで、私も一貫した主張を愚直に語るしか方法がありません。でも、それが一番強力だと信じています。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/04/19 09:03ご無沙汰しています

私自身も経験がありますが、

出会った当初はチンピラのような口を聞いていた子どもも、私自身が、彼らの「敵」で無い事を理解してもらうと、普通の子以上に、協力的になってくれました

(反抗的で私を小馬鹿にしていた子が、年度の終わりころには、他の子を注意してくれるようになった時には、涙が出そうになるくらい嬉しかったです)


子どもたち同士で成長してくれる集団を作れるように努力したいと思っています

(そのためには、私自身が職員室では、1メンバーとして周りの先生方と協力する必要がある事を自覚しました)




すみませんが、1点、お伺いしたい事があります

「教師がふれてはいけない恐ろしい業」

の部分ですが

子どもたちが、私に自らの悩みを相談してきた時には、聞かなくてはいけないですよね?
でも、その子の家庭の悩み等は、当然、私には解決不可能だし、教師が立ち入るべき問題では無いと思います

なので、教師としては

子どもたち同士が、お互いの悩みを打ち明けて、励まし合い、ともに成長する集団を育てる

という事で、よろしいでしょうか?

「もちろん、集団を私が、育てるなんて事は、おこがましいと思っています。彼らが育つきっかけ(触媒)になる努力が必要だと思っています」

長くなり、すみませんが、

「悩める子との関わり」

について、教えて頂けると幸いです



西川先生のブログやお話は、私自身の悩みに対する解決の糸口を与えてくれます

いつも、ありがとうございます

jun24kawajun24kawa2009/04/19 09:21お応えします。
子どもが悩みを相談に来たら、教師の負け(ぐらいに)と思うスタンスが大事です。
教師は子ども「たち」の悩みを相談に来る相手です。
子どもが相談するのは、子ども達です。
そのような集団を創るのが教師の仕事です。
もちろん、対処療法として教師が相談相手になることはあり得ると思います。でも、それが無くなるような根治療法を忘れずにいることです。
それと、子ども達の背負っている業は教師にも、子ども「たち」にも解決不能であることです。
相談の意味は解決することではなく、その子どもが解決に向かって、最後まで解決できなくても、もがき続けるエネルギーを与えることです。解決することではありません。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/04/19 09:44回答ありがとうございます

「自分と子ども」ではなく「自分と子どもたち」

で常に考えること

「対処療法ではなく、物事の本質を見極め解決を目指す(解決不能な時は、悩みすぎずとりあえず保留)」

「子どもの相談にのるのではなく、子どもたちが生きるためにもがき続けるエネルギーを与えること」

を心掛けながら仕事に取り組みます

そのために、私自身、心身ともに自分を鍛えていきます

コメントありがとうございました

ghjalghjal2009/04/20 19:47なんだか、心がすかっとしました。うれしいことに、(そして困ったことに)おそらくうちの教室は9割の子が聞いているふりをしてくれる教室です。間違っても「うぜーよ」とは言わないでしょうね。ちょっぴり困難校にチャレンジ?なんて誘惑も出てきます。
相談を教師のところに言いに来るのは負け。というのは、なんだか、心の奥底で感じていたことなので、今日初めて意識化できました。だから、すかっとしたのかな。自己合理化に陥るたびに、いけない、いけない。と自分に言い聞かせる毎日です。テクニックではない。ありようなんだな。だから簡単でもあるし、難しくもある。

jun24kawajun24kawa2009/04/20 19:52どんどん、進みましょう。
自分のクラスの実践の先があります。
子どもと一緒に進んで下さい。

o4dao4da2010/12/15 21:57貼らせてください。

jun24kawajun24kawa2010/12/15 22:12響くものがあったんだね。『学び合い』は魔法ではありません。私も、あなたと同じレベルの悩みをいつもいつも感じています。私も同じなんです。

o4dao4da2010/12/15 22:20えーっ 先生も同じ!!!なんですか

09/04/18(土)

[]長野セミナー 07:55 長野セミナー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長野セミナー - 西川純のメモ 長野セミナー - 西川純のメモ のブックマークコメント

5月9日(土):第4回『学び合い』を共に学び合う長野セミナー

全国の皆さん,その場(!)で,本物の中学校の3つの学年の『学び合い』授業が同時に参観できます!

それもいつもの教科担任の先生がいつもの教科書とノートを使っていつものように,普段着の『学び合い』です!

そうです。場所だけが信州大学教育学部だというだけです。

絶対に見逃せませんよ!こんな機会は二度とありません!

さあ,皆さん,信州大学教育学部に来て,ついでに善光寺のご開帳も見てみましょう!

10時00分~10時50分1時間目

3年 社会

2年 国語

1年 理科

11時00分~12時00分2時間目

授業検討会

※その場で直接,授業を受けた生徒の皆さんに質問することができます!

こんなことは前代未聞です!

参加しないと一生悔いが残ります。

12時45分~16時20分講演と実践発表とフリー・トーク

(信州大学教育学部)

詳しくは,http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/education/event/2009/04/39325.htmlをご覧ください。

(信濃の国よりこんにちはさんからの転載です)

iku-nakaiku-naka2009/04/18 21:529日はお世話になります。
私も、I中の生徒たちがどんな成長をしているか、非常に楽しみです。もちろん、すばらしい「学びの姿」を見せてくれると確信しています♪。

jun24kawajun24kawa2009/04/19 00:13私もワクワクしています。

09/04/17(金)

[]花見 22:23 花見 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 花見 - 西川純のメモ 花見 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は研究室の花見です。珍しく現職院生が全くいない集団です。でも、学部生が本当に頼もしくまとめていました。見事です。人間は関係の生物だと再確認しました。

09/04/16(木)

[]私の仕事 22:12 私の仕事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 私の仕事 - 西川純のメモ 私の仕事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「松茸は美味しいか?」と息子に聞かれれば、「それほど美味しいものではない」と応えます。本当に美味しければ、世の中の人がみんな毎日食べたいと思うはずです。であれば、世の中の人みんなが、それを毎日食べるためにどうしたらいいかを考えるはずです。そして、毎日、食べられるようになれるはずです。だから、「日本人にとって一番美味しいものとは、米だよ。そして、キノコで一番美味しいのは椎茸だ。」と教えます。(椎茸栽培は近代科学が生まれる遙か昔、350年前から行われています)

 世の中には、ん十万円のワインを飲むことや、ん百万円の時計を持つことが幸せだと思っている人がいます。でも、同じ論法で、「それ」が本当に欲しいならば、もっと安くなるはずです。第一、ワインも時計もホモサピエンスの歴史の中で現れるのは、ごくごく最近のことです。我々、ホモサピエンス求めてやまない幸せというのは、数百万年前から同じはずでなければならないと思います。

 家内と息子と一緒にご飯を食べて、たわいもない話をする。それに勝る幸せはないと、今日も確信しました。我々は大人は、その喜びを子どもに伝える義務がある。そのためには、その喜びが最高の喜びであり、その喜びを享受すべきであると思います。そして、その喜びを安定して得るためには「みんな」が大事であることをみんなに伝えなければ。私は教員養成・教員再教育が仕事です。私は、勤務時間を終わったら自宅に帰り、家族と過ごすことを胸を張れる教員を育てることが私の仕事です。

 と、今日も息子の面白い話を聞きながら、家内と晩酌をしながら思いました。

09/04/15(水)

[]今年度の予定 22:14 今年度の予定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今年度の予定 - 西川純のメモ 今年度の予定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 4月には出張がありませんが、5月以降には出張があります。とりあえず、今のところ決まっている上越市以外への講演の出張は以下の通りです。

 沖縄では、5月18日に『学び合い』の同志の内輪の飲み会を宜野湾市で開きます。興味ある方はメールして下さい。19日は金武町立中川小学校で講演があり、20日は今帰仁村の兼次小学校で講演があります。

 それ以外にも、講演の予定がありますが、日程定まった段階でアナウンスしたいと思います。ということで、今年も2ヶ月ぐらいはホテル住まいです。

5月9日 第4回『学び合い』を共に学び合う長野セミナー

5月18日~20日 沖縄講演

6月6日 第3回『学び合い』を学ぶ研究会 in 埼玉

6月7日 『学び合い』神奈川の会

6月27日 新潟サテライト講演

8月1日~2日 『学び合い』フォーラム(新潟市)

8月3日 福岡市人権教育研究会

8月4日 大分の会

8月6日~7日 兵庫教育大学集中講義

8月8日 『学び合い』高知の会

9月5日 『学び合い』東京の会

10月3日 『学び合い』宮城の会

11月11日 別府南小学校研究会

11月21日~22日 『学び合い』大阪の会

11月27日 福島・赤木小学校講演

1月29日 兵庫県・西宮浜小学校講演

1月30日 『学び合い』群馬の会

2月13日 東北青年塾(郡山)

[]添い寝 21:42 添い寝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 添い寝 - 西川純のメモ 添い寝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ふと思いました。

 息子が生まれてから添い寝は私の仕事です。「お父さん、こっちに来て」とか、「お父さん大好き」とか、チュッチュとかしている内に寝ます。後何回、添い寝が出来るんだろう、と思います。

 息子が成長すれば添い寝は出来なくなると思いますが、まだまた楽しみたい。

tontan2tontan22009/04/15 22:58赤木小学校 11月27日だと思いますがご確認下さい。

jun24kawajun24kawa2009/04/16 05:39すみません、ケアレスミスでした。修正いたしました。

tontan2tontan22009/04/16 19:44ありがとうございました。
どうぞよろしくお願いします!

09/04/14(火)

[]願う 22:13 願う - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 願う - 西川純のメモ 願う - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は教職大学院の学生さん全員に対して、20分間の自己紹介です。私は教師として悔いることが多い。だから、それを語りたいことを語りました。伝わって欲しいと願います。

09/04/13(月)

[]似非 09:24 似非 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 似非 - 西川純のメモ 似非 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「新しいものをそのまま受け入れず、取捨選択し、良いところを吸収し自らを高める」というのは一般には正しいことのように思えます。しかし、『学び合い』の場合は似非になる可能性が高い。理由は、『学び合い』を考え方として理解せず、テクニックとして捉えているからです。その結果としてつまみ食いをするためです。

 たいていの人が、例えば「私語・たち歩きはOK」とか、「教師は殆どしゃべらないとか」、「良いところを積極的に全員に語る」とかのテクニックレベルを取捨選択して使います。でも、それは『学び合い』の本体ではなく、テクニックで、枝葉末節なんです。例えばです、中世のキリスト教が近代科学の自分たちに都合の良い部分を取捨選択して使い、「神の御技」を「科学的?」に証明するようなものです。そんなことで証明されることは神様だってお望みではないと思います。科学の本体は、「事実に基づき出来るだけシンプルな論理で世の中を記述し、予測する成長する知恵」だと思います。ところが、中世の科学的神学は事実全体に基づいていないし、論理がシンプルではありません。そして、証明したいものが最初にあって、論理が後付です。実験の理論負荷性からいって論理が後付であるのはナチュラルなのですが、それが露骨すぎます。それでは科学じゃない。

 『学び合い』の本体は学校観と子ども観です。

 学校観とは「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」であるという考え方です。

 子ども観とは「子どもたちは有能である」という考え方です。

 おそらく、多くの人には、毒にも薬にもならない建前論だと思うでしょう。そして、「当たり前だよ」と言って、反対する人はいないでしょう。だから、それを見逃して、テクニックが本体のように思ってしまいます。まあしょうがありません。今までの教育では、毒にも薬にもならない建前論ばかりで、使えるとしたらテクニックばかりですから。そして、テクニックの集積が考え方だと誤解してしまうのもしょうがありません。でも、上記のふたつはものすごく強力なんです。そして、多くの人は、それを受け入れることが出来ません(今のところは)。

 例えば「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」に「多様な人」と書いています。我々の「多様」とは文字通り全員なんです、みんななんです。「LDの子」、「自閉症の子」、「外国人で日本語を全く話せない子」、「アスペルガーで常に周りの子どもと喧嘩をする子」、「家庭の事情で1週間以上風呂に入れない子」、「肢体不自由の子」・・・・全てです。大抵の先生は「クラス仲良く」と看板を掲げても、「あの子はしょうがない・・」と無意識に特定の子を除外した「クラス仲良く」を考えます。そして、あえて「そりゃみんなではないでしょ」と言われれば、「空を飛べ」と同じぐらい無理難題と思っていると思います。

 例えば、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」には「おりあいをつけて」と書かれています。しかし、多くの人は「仲良く」のような表現を使います。でも、全ての人と仲良くなれるはずありません。でも、「仲良く」を求めれば、評価が甘くなります。つまり、本当に仲良くなくても、しょうがないと諦めます。それでは駄目です。全ての人と仲良くなれるわけではありませんが、折り合いをつけることは出来るはずです。だって、自らの職場を考えて下さい。腹の中では嫌いと思う人がいたとしても、その人と折り合いをつけて仕事をすることは可能ですよね。出来ると思うから、我々は全員に折り合いを求め、それが成り立たないことを絶対に認めません。

 例えば、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」と書いています。ところが、多くの先生は国語を学ぶこと、理科を学ぶことが学校の目的だと思っています。それ故、そのためには「おりあいをつけて」解決しなくて良い場合、つまり、教師の話を黙って聞いてノートに写す時間があって良いと思います。でも、我々の場合は、学校の校庭に入ってから、学校の校庭を出るまでの時間、1分1秒の例外もなく、「学校は、多様な人とおりあいをつけて自らの課題を達成する経験を通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の同僚であることを学ぶ場」だと考えています。

 このように書くと、『学び合い』の学校観はかなりラディカルであることがおわかりだと思います。子ども観だって同じです。子どもは有能だといった舌の根が乾かぬうちに「小学校低学年は指導が大事だ」、「英語科は外国語なのだから・・・」、「中学校は受験があるから・・・」・・・・とありとあらゆる理由を挙げます。結局、心の中で子どもは愚かで無能であると思いこんでいるのです。

 『学び合い』を本当に実践するには、「私語・たち歩きはOK」とか、「教師は殆どしゃべらないとか」、「良いところを積極的に全員に語る」はどうでもいいんです。まあ、それはやった方がいいと思いますが、それは考え方の帰結でやるのです。本当は、上記の学校観、子ども観を本気で信じられるか、否かなのです。

 ネットサーフィンをすると、幸いなことに『学び合い』に関する認知度は高まっていることを感じます。しかし、考え方ではなくテクニックのレベルだな~と感じる方もいます。まあ、今までと同じように、良いところを取捨選択して吸収すればいいと思っている善意の先生方がいます。まあ、しょうがありません。その先生方の中に、『学び合い』の考え方の原初の考えがあれば、とりあえずは成功します。その中で気づいて欲しいと思います。『学び合い』はテクニックではなく、考え方であることを。その考え方を、丸呑みするしかないのです。

kurochan2008kurochan20082009/04/13 18:46はなっこりーです。市民活動センター登録申請がかなり難航しておりましたが、本日の先生の「『学び合い』の本体は・・・」を使わせていただき、やっと受け付けてもらえることになりました。これから審査になるようです。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/04/13 19:47凄いスピードで進んでいますね。
パワーを感じます。

ghjalghjal2009/04/13 21:42横浜からです。
先日子供たちに告白しました。ごめん、先生今まで見放していた子がいた。あの子はできなくてしょうがない。今から思うとそうはっきり考えていたわけではないんだけれども、きっと心の奥で自然にそう思っていた。本当に申し訳なく思う。でも、今は違うよ。みんなもそんなクラスつくらない?
横浜で『学び合い』を広げようと思っている。テクニックじゃない。考え方なんだ。と口を酸っぱくして言い続けている。考え方さえ変えれば明日からできるんだけれども、実は考え方を変えるのが一番ハードルが高いんだ。と言い続けている。

jun24kawajun24kawa2009/04/13 21:50もう、一番大変なところは乗り越えましたよ。
大丈夫。
子どもが教えてくれますよ。

ghjalghjal2009/04/13 22:14本当に子供から教わっています。いやあ、すごいな。子供たちは。ありがとう。という気持ちでいっぱいです。

tontan2tontan22009/04/13 22:16全くその通りだと思います。
でも、「経験を重ねた教師」の概念を破るのは容易ではありません(最近は破ろうなんて思っていないのですが)それに、自分は子どもを「学び合わせている(15分も!)」と思っているから余計、たちが悪いんです。あはは。分かる人を増やすことが先決なのは分かってるんですけどね。

jun24kawajun24kawa2009/04/13 22:49ghjalさんへ
楽しんで下さい。教師の醍醐味です。
tontan2さんへ
読んで笑いました。しばらくすると、うなります。
大変ですが、やりましょうね。

daitouirukadaitouiruka2009/04/14 06:05口では「みんな」と言いつつ、心のどこかで、「あの子の場合は…」と言い訳を作ろうとする自分と、今戦っています。

jun24kawajun24kawa2009/04/14 06:45私だって、いまでも戦っています。
私の場合は対教師が主ですが・・
拘らず、でも、切らず。
もうちょっと長期的スパンで見るしかないですね。
それに自分一人で背負うと辛いですが、みんなといっしょにやりゃいいんですから。

cakecake2009/04/14 20:00『学び合い』に出会って一年ちょっと。やっと「考え方」なんだと脳みそで理解できるようになりました。
でも、学校観、子ども観はずうっともち続けていました。運がいいことに今まで出会った先輩方に後ろ姿で教えてもらっていたんだと思います。そして、以外とそういう考え方の教師は多いんじゃないかと思うのです。ただ、それを認識していないだけで。だからこそ、ぴたっとくるように何かできたらいいなあと思ってます。がんばろっと!

jun24kawajun24kawa2009/04/14 22:09口伝は強力です。広げて下さいね。

o4dao4da2011/01/02 16:03子供でなく、子供「たち」と記している部分に学校間が含まれている感じがしましたがいかがですか?

jun24kawajun24kawa2011/01/02 17:51はい、昔から子どもとは子どもたちの意味で使っていましたが、分かりやすくするために明示するようにしています。

09/04/12(日)

[]ブログ 21:55 ブログ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ブログ - 西川純のメモ ブログ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』グループのブログの初期設定を「文字になった頭の中」(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/D902i/)さんが代行してくれます。直接、メールして下さい。

[]似非 18:42 似非 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 似非 - 西川純のメモ 似非 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子と風呂に入っている時の話です。風呂の壁には世界地図があります。それを見ながら、「ロシアは世界一広いの?だから、一番、強いの?」と聞きました。そこで、色々な国の例を挙げながら、国の良さは国土の広さでも、人の多さでもなく、その国の人たちがどれだけ支え合っているかが重要だと言うことを言いました。もし、その国の人たちが支え合っているとしたら、その国の人の多さと多様さが重要になることを述べました。

 息子の夢は、「四国新幹線を作ることです。そこで、その国の人たちが支え合うためには、知り合わなければならない、そのためには鉄道は大事だ」と言いました。そこで、「四国新幹線を誰かに真似られたら嫌だ」と言い始めました。そこで、「自分だって東海道新幹線や山陽新幹線を真似ているでしょ?真似られても良いんだよ、もっと先を行けば良いんだよ」と言いました。

 えらい長い前置きですが、その一言を言った後、ふと思ったことがあります。

 今のところ『学び合い』は駆け出しです。急激に広がっているとはいえ、偽物が出るほどのレベルには達していません。でも、もうそろそろ偽物が出始めるかもしれません。<学び合い>や“学び合い”や『まなびあい』やと色々なものが出るかも知れません。そして、殆ど似たようなことを言っているのにも関わらず、ことさら違いを言い立てます。これは茶道や剣道や宗教の分派が生まれるときは大抵はそうです。以前のメモに書いたように、それは大抵はごく少数のエゴ(多くは代替わりの際のお家騒動)に発しています。そして、例えば茶道ならば袱紗の動き程度が違ったり、宗教の場合は般若心経に「度」という人文字を入れたり入れなかったりのようなレベルです。

 私の性格から言って、その手のことは許せず攻撃に入ると思います。私は非常に攻撃的ですから。しかし、同時に分かっています。そんなことはエネルギーの損失です。また、似非は、似非です。成果は出せません。でも、その失敗を我々の責任にされたらしょうがありません。そうなったら嫌だな~っと思いました。が、息子に言った一言で、吹っ切れました。

 似非がでたなら、立派なもんです。笑いたい。我々はもっと先を行けばいい。似非は追いつけない。せいぜい、我々の後追いしかできない。だって、我々は人類最高の戦略で進んでいるのですから。似非は表面はなぞれますが、学校観と子ども観の深さを理解できません。出来たらならば、似非ではなく同志ですから。いや、同志に誘えばいい。それが『学び合い』ですから。

enablerenabler2009/04/12 20:33>いや、同志に誘えばいい。それが『学び合い』ですから。

そのとおりですね。やりましょう。

jun24kawajun24kawa2009/04/12 22:42お久しぶりです。
関西では急激に広がりと厚みが成立してきましたね。
感謝です。

09/04/11(土)

[]時代が追いついて来た「かも」 19:10 時代が追いついて来た「かも」 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時代が追いついて来た「かも」 - 西川純のメモ 時代が追いついて来た「かも」 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は教職大学院の新入院生さんの歓迎会です。歓迎会で色々な院生さんと話しました。話した感覚は、時代が追いついてきた「かも」と感じます。

 不遜ながら22歳で教育の研究の世界に入ってから、常に最先端を走ってきました。コンピュータ利用の教育、数量的な教育研究、認知研究による教科学習の研究、そして『学び合い』の研究と私がそれを脱皮した頃になってやっと世の中が追いつきます。世の中の5年先を見据えているような大学院にくるような人でも、私はその人の5年以上前を走っているのですから中々分かってもらえません。話していて、その人の気持ちはよく分かるのです。だって、言っていることは、かって私が言っていて思っていたことですから。だから、私が何故そういうものを馬鹿馬鹿しくなって捨てたかを、私なりに説明するのですが分かってもらえません。話していて、どんどん引かれていく間合いを感じます。しょうがありません、『学び合い』研究の進歩の早さは、それまでのコンピュータ利用の教育、数量的な教育研究、認知研究による教科学習の研究とは異次元です。毎年、毎年、私自身が腰を抜かすほどなんですから。

 でも、昨日話した方々の多くは、我々の本を何冊かは読んでいるようです。つまり、私が話す出発点の位置が違います。第一、その本を読もうとしていることは、構えが出来ていることです。もちろん懇親会でのチョットした話ですので、限界があります。でも、それを感じました。

 『学び合い』研究のスピードは落ちていません。でも、時代が追いついて来た「かも」と感じます。おそらく、同志各位の活動の成果だと感謝します。例えば、ある新入院生は、『学び合い』グループのあるブログの読者だそうです。

09/04/10(金)

[]福島の会 08:48 福島の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 福島の会 - 西川純のメモ 福島の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 とんたんさんが、福島での会を声を上げてくれました。福島県、近県の方、お誘いします。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/tontan2/20090409

aki-kichiaki-kichi2009/04/10 22:56とんたんさんの呼びかけに賛同します。
福島に『学び合い』を広げ,根付かせたいと思います。

jun24kawajun24kawa2009/04/11 07:56分かりそうな先生、そして、前担任のクラスの保護者、今担任の保護者の方にも広げてね。いや、ご親戚の方だっていいんですよ。あはははは

tontan2tontan22009/04/11 09:18看板ありがとうございます。
まあ、とりあえず声をかけていきたいと思います。
 
それとは別に、「学校間」のネットワークの構築も必要だと思っています。まだ、主任レベル先生方が少ないのがネックですが、これから多くなると思います。そうなれば学校同士の連携が必要になってくると思います(特にこれから始めようとする先生方が、近くや他県での実践の様子が分かることで安心できることでしょう)これがうちの学校の現在の「課題」でもあります。

jun24kawajun24kawa2009/04/11 09:32私もそう思っています。
日本全国でどんな学校で『学び合い』をテーマにしているのかを一番知っているのは私です。でも、私すらも分からない学校は多いんです。それをみんなで可視化するにはどういう仕組みがあるか考え中です。

09/04/09(木)

[]『学び合い』の会に向けて 06:43 『学び合い』の会に向けて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』の会に向けて - 西川純のメモ 『学び合い』の会に向けて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 軍隊において兵卒と、それを指揮する下士官・将校の人数比率は戦時においては10対1ぐらいだといわれます。当然ですね。ところが日本の自衛隊は非常に面白い比率をしています。それは1対2.4なんです。つまり、下士官・将校の方が人数が多いのです。これは、兵卒は直ぐに養成できるのですが、下士官・将校は養成には時間がかかるからです。だから、いったんことが起これば、現在の250倍の巨大軍隊が出来るのです。

 以上と比すのははばかられますが、『学び合い』の会を開くとき、参加者を増やす以上に主催者を増やすことに意を尽くして下さい。むしろ、そちらの方が大事だとも言えます。というのは、主催者となってくれる同志なれば、『学び合い』の会という場のみならず、周りの人に伝えます。

 もう一つ大事なことがあります。子どもの『学び合い』と同じで、気のあった好きなもの同士で集団を作り続けているとき、それは集団が腐っていると言うことです。常に異質な人を取り込み、流動化することが大事です。発表や受付に保護者や地域の人、いや子ども達がいても良いはずです。いや、そうすべきです。

 本日、ある同志からメールを頂きました。会社に勤める同志です。その同志の会社に面接に来た学生が、面白い記事があると同志に紹介したのが、「広告」という雑誌に載った『学び合い』の記事だったんです。我々が思う以上に、潜在的な主催者予備軍は多いと思います。主催者スタッフが広がらないとしたら、それは候補者がいないのではなく、好きなもの同士でやっているのではないか?と考えて下さい。

 互いに知らない同志同士が知り合い、顔を合わせ、語り合い、協働の何かを生み出す機会。それが『学び合い』の会ではないでしょうか?その意味で、ネットで主催者が広がった東京の会、そして現在進んでいる神奈川の会は、新たな可能性を教えてくれます。

 我々は次のステップに進まなければなりません。

追伸 主催者10人、参加者100人より、主催者30人、参加者20人の方が意味あると思います。ま、主催者が30人もいれば、おのずと参加者は増えますが。

なるほどなるほど2009/04/10 01:27横浜の北見です。
なるほど、自衛隊の例は面白いですね。
全く同じように思っていました。
僕らがネットデイを始めたとき、業者なら2〜3人で2日もあればやってしまう
校内LAN整備を「みんなで一緒に学校をつくりましょう」と呼びかけ
生徒・保護者・地域・先生など300人ものイベントにしてしまいました。
そして、それぞれが自分の得意なこと、好きなことを生かして
貢献し合いましょうと呼びかけ、主体的な参加をお願いしました。
そのおかげで、「娘の学校」と言う言い方は「うちの学校」になり、
ネットワークやパソコン不調な時は、出勤前に学校によって直してくれる
お父さんまでいて、本当にうれしい関係ができました。
学び合いも一緒ですね。
今日、新年度初めての授業で「学び合い』スタートしました。
まだ部分的な導入ですが、生徒の反応に『学び合い』のすごさの片鱗を感じ
ました。明日がまた楽しみ〜!

jun24kawajun24kawa2009/04/10 06:56北見さんの得意な方面を生かして下さい。
でも、「うちの学校」というのはとても良いですね。
いただき、です。

ghjal三長ジーンghjal三長ジーン2009/04/11 10:09横浜の三長です。あっ、そうか。『学び合い』が始まって、痛切に子供たちから学ぶことは、このことです。子供たちはきちんと学び合っているのに、自分は大人はどうだろう・・・?好きな者同士ではない、ネットワークを神奈川で広げましょう!。共に頑張ろう!トシさん。

jun24kawajun24kawa2009/04/11 13:47凄いペースで動いていますね。
期待しています。

09/04/08(水)

[]自戒 22:55 自戒 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自戒 - 西川純のメモ 自戒 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 突然死に多い人にタイプAというのがあるのはご存じですか?「責任感が強く、几帳面。最小限の時間で多くのことを成し遂げようと常に葛藤し、仕事に対する向上心や自負心、競争心も強く、休むことが苦手」です。私は共感能力が異常に高いのです。だから同志が喜ぶと、我がことのように嬉しくなり、ウルウル、そしてボロボロになります。逆に、同志が困っていると、我がことのように怒りがとまりません。そして、日本全国の同志の喜怒哀楽が集まります。こりゃ、ストレスを意識的に発散しなければ。そして、早く、第二列、第三列に異動しなければ。下のメモを書きながら、自戒です。

[]戦い方の作法 22:31 戦い方の作法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦い方の作法 - 西川純のメモ 戦い方の作法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 高校教師だった頃、尊敬する教頭は「西川さん、会議では何も言わなくても良いよ。誰かが言うはずだから」と教えてくれました。事実そうでした。私が会議で戦うとしたら、自分の担任する子どもの進級会議の時ぐらいでした。あとは、まともなことを、誰から言ってくれるので私は何も言わなくて良かったです。私は大学に異動して23年間です。大学では高校とは全く違います。まともなことを誰かが言うとは限りません。黙っていれば、それが認められたと思われる社会です。そして、負ければ、自分の人生に響くことが起こります。だって、大学では人事のことで殺人は起こりますが、小中高ではまずありませんよね。それだけ厳しい世界です。特に、最初の15年間は常に政治的な戦いの日々でした。非常に厳しかった。その経験から、戦い方の作法を書きます。

1) 結果をあらゆる方面で出す。

相手につけいる隙を与えません。私は、学術論文の業績も、学生指導実績も、学会賞も、著作においても、全てにおいて平均的な教科教育研究者の十倍以上の実績を出し続けました。

同志各位も、学力向上も、人間関係作りも、保護者・子どもからの評価も、他から文句のつけられない結果を出して下さい。

2) 戦いを避ける

敵を説得することは「無理」です。だって、相手は議論しているのではありません。説得されたくないのですから。だから、説得する努力を止めましょう。議論決着を避け、とにかく負けない戦いをしましょう。相手も志を持って教師を選んだ人です。そのうち気づくはずです。子どもの『学び合い』と同じです。我々にはその人を説得できる力はありません。我々が伝えた人、伝えた人が伝えた人にこそ伝える力があります。

3) 違った戦場で戦いましょう

相手のホームグラウンドで戦うのは不利です。敵が強そうだったら、不利な戦いをさけ、相手の影響力のないグラウンドで戦うのです。私の場合は、ある学会で不利になりそうだったら、直ぐに別な学会に主たる活動の場を移します。そこで活躍すると、元の学会も受け入れるようになります。

4) 敵を知りましょう

直近の強敵はなかなか手強そうに思います。でも、よく調べると弱いところがあります。そこを調べて調べるのです。

5) 長期戦

短期決戦で、イライラすれば玉砕覚悟で戦いたくなります。まければ、捨て台詞です。でも、捨て台詞を言うのは、負け犬です。負けてはならない戦いでは、負けずにいて、いつか勝つ算段をしましょう。

6) 情報戦

以上の戦いを進めるには、情報が必要です。そのためには、敵を上回る影響力のある人と繋がり、情報を収集することです。

7) 大義名分

6が成り立つためには、私的な闘争では駄目です。それなりの人を納得させるものが必要です。そして、それが本当なれば、賢い敵は、最大の味方になります。

8)みんなでやりましょう。

 『学び合い』の同志ならば、説明不要ですよね。

 幸い、『学び合い』には大義名分があり、あらゆる方面で結果を出せます。我々は十年というスパンでは勝利は確実です。でも、数年という短期間、自分の学校という狭いエリアの場合は辛いものがあると思います。でも、救うべき子どもがあり、守るべき自分の人生の誇りと家族があります。戦うに足る戦いです。

 つらいでしょうね。でも、期待しています。わたしも、辛い戦いを23年間続けています。

tomkicktomkick2009/04/08 22:34西川先生
タイムリーなメモありがとうございます。
う~ん。一年後に向けて,政治的な戦いが始まりそうです。
長い目で見るのが大切ですね。
またいろいろとお助け下さい。

jun24kawajun24kawa2009/04/08 23:008を付け加えました。
校内、校外の同志といっしょにやりましょうね。

09/04/07(火)

[]講座会議 22:46 講座会議 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講座会議 - 西川純のメモ 講座会議 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は教職大学院の最初の会議があり、夜は、教職大学院の教員の飲み会です。

 私は断言します。日本の教員養成の集団として我が教職大学院のメンバーが最強です!十八人もいて、みんな同じ方向を見ています。これって、サイコロを十八個ふって、全部1になるぐらい凄いことです。寒気がするほど、素晴らしい集団です。

 その中にいられて、嬉しい。

09/04/06(月)

[]偉い 22:06 偉い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 偉い - 西川純のメモ 偉い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日、夕食をしていると、息子が急に「許せん」と言い始めました。本当に涙ながらに切々の語るのです。聞くと、何故世の中に病気で苦しんでいる人がいることを神様は許しているのかということです。最初は、息子も病気で苦しむこともあるので、そのことを怒っているのかと思っていましたが、話を聞くと、世の中の人が苦しんでいることを憤っていました。ビックリしましたし、感激しました。

 私は神様をなじるより、自分が出来ることをすることの大切さを一生懸命に言いました。そうしたら、「電車を作ることがそいういうことにつながるの?」と電車好きの息子が言うので、それでもいいことを語りました。そして、そのことを実現するために、今、自分が何をすべきかを語りました。

 息子に語りながら、「このレベルのことを自分が頭に思い浮かべたとしたら、それは小学校高学年もしくは中学校レベルだったろうな」と思いました。息子は算数の計算を間違うことがありますが、天才だと思いました。

[]女性をくどく前提 09:40 女性をくどく前提 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 女性をくどく前提 - 西川純のメモ 女性をくどく前提 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 思春期になれば、男だったら「女性の口説き方」という本を本屋で「立ち読み」したはずです(女性の方は以下の女性を男性に置き換えてください)。少なくとも私はそうでした。なるほどなと思えるのですが、実際にやってうまくいくことって殆どありません。言うまでもなく、人は生き物です。細かなテクニックを適用しようとしても駄目です。

 私が初等理科教育法を担当していたとき、笑いをとりながら人に語りかる話に「一マメ、二チャラ、三金、四つら」があります。私の父は超美形で、かなりのプレイボーイでした。その父からの直伝です。

 それによると、顔(つら)がモテるための前提であると考えるのは、まだまだ青いそうです。たしかにモテるには役立つけども、まあ4番目だそうです。一番大事なのは、マメであること、つまり常に心にとめて、それを表現することです。第二番目は、チャラ、つまりベンチャラ(お世辞)です。常に相手の良いところを見いだし、それを表現することです。そして、三番目が金で、四番目は顔です。つまり、手間、暇、金、そして容姿ということです。おそらく、女性を口説くテクニックを表現するとしたら、この程度の一般的な書き方しかできないと思います。そして、その心を読み取って、自分の頭で考えるしかありません。でも、上記の口説きのテクニックは短期的には有効です、だから短期的な欲望を満たすには有効でも。長期的には無理です。

 本日は入籍記念日です。家内に関しては、「はじめって合った日」、「プロポーズした日」、「プロポーズのOKをもらった日」、「入籍記念日」、「結婚記念日」、「家内の誕生日」という年に6つの記念日があります。今日はちょっとしたプレゼントを贈り、家族で祝杯です。さて、家内が私を評価するのはプレゼントでしょうか?違いますね。では、記念日を覚えていることでしょうか?まあ、プレゼントよりは当たっていますね。でも、違います。家内は私の1年365日24時間の言動によって私を評価しているはずです。でしょ。でも、1年365日24時間の立ち居振る舞いなんて意識して出来るわけありません。結局、何も考えずとも、そして何を考えたとしても、心が外に出るだけのとです。

 世にあるテクニックの殆どは、上記のプレゼント程度の意味しかないと思います。そして、より高次なテクニックも「一マメ、二チャラ、三金、四つら」程度のもの、上記の記念日を忘れないという程度のものです。それで何とか出来ると思うのは、相手をその程度の人だと見くびっている証拠です。見くびった相手とは、その程度の関係しか結べません。子どもはテクニックで何とか出来ると見くびれば、その程度の子どもにしかなりません。

 そりゃテクニックがあれば、あったで良いと思います。私だって、本日、プレゼントします。でも、私はそんなのは小さいことだと分かっています。あればあったで楽しいかな、という程度のことです。無くったって良いと思います。そんなことよりも「心」が有りさえすればいい。

 でもね、心があっても口説けない女性はいる、とおっしゃる人もいるでしょうね。そして、心があってもクラスには伝わらない、とおっしゃる人もいるでしょうね。でもね。『学び合い』の場合は、心「だけ」で大丈夫なんです。女性を「心」でくどく場合、当然ながら、あなたと女性の1対1ですよね。『学び合い』以外の授業の場合、心で子どもに語るのは教師一人です。人には相性があります。その心が伝わる相性の人もあれば、伝わらない相性の人もいる。だから、心「だけ」では無理です。でも、『学び合い』で心で語る相手は集団なのです。一定以上の人数の集団であれば、心で語れば伝わる人は必ずいます。そして『学び合い』では「みんな」を大事にします。だから、あなたの心で伝わらない人がいたとしても、あなたの心で伝わった人が伝えてくれます。だから、『学び合い』ではテクニックは無くとも心「だけ」でOKなんです。(何とも言いますが、あればあったで結構です。ただ、本末転倒しては駄目なんです)

 『学び合い』を成立するためには前提がある、と多くの人が考えます。そして、その前提は『学び合い』以外のクラスを想定して、その前提を考えます。そのため、最初のつかみや、笑いや、脅しや、面白話や・・・が必要だと想定します。しかし、『学び合い』における前提は心「だけ」なんです。(追伸で書くように、それは最初にあった瞬間から「だけ」です。)「結婚」したい女性をくどく、最大の前提、それは惚れることです。『学び合い』の前提は、学校観と子ども観を本気で信じられるか否かです。

 まあ、最初から学校観と子ども観を本気で信じられないかも知れません。でも、子どもの姿を通して、その二つの考えがどれほどの凄さと深みがあるかを学びます。きつい言い方ですが、『学び合い』が成立しなかったら、個々の自分の言ったこと、やったことではなく、自分の心を見直してください。かならず、「○○はしょうがないよな~」等の隙があるはずです。子どもはそれを見透かすのです。その成功と失敗の連綿の中で、心が定まります。それが『学び合い』における教師修行です。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080618/1213748173

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060716/1153009021

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20031024/1172926580

追伸 あと、よくある質問に、人間関係が出来ていないクラスでは『学び合い』は出来ないとお考えの方が多いですね。でも、違います。だって、その方に問います。そんな人間関係が良くない状態は改善しなければなりませんね。では、どうやって改善しますか?ゲーム性の高いテクニックですか?先に述べたように、テクニックに走れば、子どもはあなたの心を見透かしますよ。特に、クラスをリードする社会性能力の高い子、そして多くは学力の高い子が正確に見透かします。人間関係が悪ければ、『学び合い』が本当に成立するためには時間がかかるかも知れません。でも、それを改善するための王道は、ちゃんと語ること以外にありません。学級崩壊を立て直した人だったらおわかりの通り、学級崩壊をなんとかしなければいけないことは子どもはちゃんと分かっています。ただ、それに応えられない、教師ばかりだから立て直せない場合がある。ちゃんと語れば、比較的短期間で立て直せます。

 子どもに語るとき、結婚したい人にプロポーズする気持と覚悟で語ってください。あなたは、「成功するプロポーズ」という本を読んでプロポーズしますか?そんなことでだまされるような子どもだと思いますか?そして、そんな程度の子どもと1年間過ごしたいですか?

ybhdv7ybhdv72009/04/07 00:52とてもわかりやすい例えです。
自分の願いをありのまま生徒に伝え続けていきたいと思います!

jun24kawajun24kawa2009/04/07 06:37本気で生徒を「口説いて」下さい。惚れる生徒が5人いればOKなんですから、ちょろい、ちょろい。

09/04/05(日)

[]人が悪いな~ 16:18 人が悪いな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人が悪いな~ - 西川純のメモ 人が悪いな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する能力が現代人の最大の能力です。ただし、人の本性はサル(現世のサルとは別ですよ。生物学的に厳密に言えば。)です。従って、本来はサルのように小さい集団で生きるのが楽で幸せです。私はその傾向が強いので高校まで友達が出来なかった。今でも、かなり無理をして社会生活をしています。この年になれば、それなりに生きていけますが、たまに社会的に生きることが非常に負担になることがあります。

 最近、ある方からメールが来ました。しばらくはなしたことがないので、春期休業中であることから、機会があったら遊びに来たら、と誘いました。そこからです。

 その人は休日を指定してきました。私が休日をいかに大事にしているかを知っている人だったら考えられない要望です。学生さんではありませんが、何も言わずにOKを出しました。当日です。指定の時間に1時間15分間遅れてきました。非常に恐縮していました。でも、事故等の特殊な事情がないのに30分以上も遅れるということは、時間を「絶対に守ろう」という気持ちはないことは確かです。絶対に守ろうと思えば、予約の1時間ぐらいには到着するような動きをするはずですから。私の場合、遠方の場合は前泊するぐらいのことはしています。ところが恐縮していたのは15分程度で、それ以降はふんぞり返っていました。そして、ビデオを見せながら説明しようとしたら、「シッ」と私の発言を制止されました。ビデオでの声を聞きたかったのでしょう。でも、社会人になってから誰かに「シッ」と言われて発言を制止されたことはありません。「話を聞きましょう」と普通に言えばいいのに、と思いました。その後、その人のペースで会話がすすみました。私なりに説明したのですが、「論点がすり替えられている」とか「ごまかされている」と言われ続けます。正直、1年に数回ぐらいの純粋な怒りがわきます。しかし、「悪気はないんだ。悪気はないんだ。彼は彼なりに真剣に聞こうとしているんだ」と言い聞かせました。でも、話す気力はなくなりました。そこで、「それでは、私は言うのは止めて、あなたの聞きたいことにフォーカスを絞って応えましょ」と言いました。そうすると、「コミュニケーションのルール違反だ。」と私を責めます。そこで、「私は誠意を持って説明しているのにたいして、論点をすり替えれている、とか、ごまかされていると言われるならば、私は説明できません」と言いました。それ以降は、大人と大人との会話になりましたが、それまでの1時間は私が被告で検察官に尋問されているような立場です。つまり、家内や息子の「え~、大学に行くの・・」という声を背にして大学に来てから、遅刻の1時間15分+尋問された1時間+15分(家と大学の移動時間)は全く不毛でした。

 ふと、人の悪いことを思いつきました。まあ、上記のようなことがなければ決してやらないようなことです。私は人と『学び合い』に関して話せば、私のどの本は読んで、どの本は読んでいないか(買っていないかではありません)が分かります。だって、自分の本なんですから。そして、本ブログを定期的に読んでいる人か、また、同志各位のブログをどの範囲で読んでいるかが分かります。だって、自分のブログは自分は書いていますし、私は少なくとも現状では同志のブログを読んでいます。

 ということで、その人は最近の本は読んでおらず、本ブログやHPさらに同志のブログは読んでいないと判断しました。(ブログやHPを読んでいる人だったら、私に休日に面談を申し込まないと思います。申し込む際は「ご家族にご迷惑をおかけしますが・・・」という言葉があると思いますので。あはははは)上記が誰を指しているかは、ご当人しか分かりません。本ブログを読めばなんらかのアクションをするはずです。ということで、本メモをアップする次第です。かなり人の悪いテストですが、上記のような社会人として万死に値する行為をして、それをちゃんと謝らないのにも関わらず、その人が求めるならばサポートをし続ける気持ちを持っていることで許されると思います。

 ま、リアクションがないということは、私に対しての思いは口先だけということが分かります。ま、「先生、人が悪すぎます」というメールが来れば、私の見たて違いなのですから、失礼はおあいこです。

[]好きな先生 11:13 好きな先生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 好きな先生 - 西川純のメモ 好きな先生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの教師は「授業の上手い先生=好かれる先生」と思っているのではないでしょうか?少なくとも授業が下手な先生は好かれないと思っていると思います。私もそう思っていました。少なくとも平成12年頃まではそうおもっていました。だから、学部の授業ではガンガンにテクニックを教えていました。そのころは理科コースに所属して、理科教育法を担当していたので、その時間には「面白実験」、「子どもが自主的に実験準備と片付けをするようにする指導のステップと教師の準備」、「子どもの誤解を表出させる発問の仕方」、「ほろりとさせる理科の話」・・・・を雨あられと語りました。

 平成12年にある調査をしました。その結果、好きな先生と授業のうまさは関係がない(まあ、多少はありますが)ということです。これには私もビックリしました。だって、そのころの私は自分の授業のうまさにプライドを持っていたのですから。でも、調査結果はそうでした。そして、むしろクラス集団の中で「その先生」をどのように見ていると合意が成されているかが重要であるということです。

 現在の私のテクニックに関する基本的考え方は、この調査と平成9年ぐらいから始めた『学び合い』研究とがリンクしたために形成されたものです。なお、平成16年には、どのような校長が優れた校長と教諭に思われているかを調査しましたが、これも同じです。結局、意識するかしないかは別として、『学び合い』的な考えを持って行動しているか、いないかが問題なんです。

 テクニックはあればいいと思います。でも、必須ではありません。そして使うとしても最初の数ヶ月(いや数週間)ぐらいです。それ以降は、その先生がどんな人だとクラス集団が合意するかの方が決定的に重要になります。テクニックを多く持っている人が子ども達に支持されるのは、テクニックを積み上げて良き授業を形成したいという願いを子どもが見取るからです。実体は心、テクニックは影です。

 同志のブログ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/abematu/20090405/1238885512)を読んで書きました。

[]派遣労働者 11:13 派遣労働者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 派遣労働者 - 西川純のメモ 派遣労働者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 世の中は「派遣労働者」の問題がクローズアップされています。企業側の利便から生まれた派遣労働者ですが、そこには多くの問題があるようですね。でも、教育の世界にもへ県労働者みたいな制度があります。それは常勤的非常勤講師という訳の分からない制度です。ビックリするのは非常勤講師に担任をさせ、学年主任をさせています。私が腰をのかすほど驚いたのは、ある学校では非常勤講師が教務主任を務めています。

 私は常勤的非常勤講師の方が担任や教務主任を務める能力が無いと思っているのではありません。事実、学校が判断し、ちゃんとつとめを果たしていることからも、その能力があると思います。私が怒りを覚えるのは、そんな能力があると判断している常勤的非常勤講師の人が常勤になれずに何年も過ごしているということです。そんなに常勤的非常勤講師で勤めさせているならば、常勤として採用させろ、ということです。

 例えば、5年以上、常勤的非常勤を勤めて校長の推薦がある場合は、基本的採用すべきです。また、1年以上、担任として常勤的非常勤を勤めて校長の推薦がある場合は、1次試験は免除にすべきです。だって、1次試験を科さねばならない人に、担任を任せるなんて不合理ですから。でも、おそらく県教育委員会はなかなか動かないでしょう。派遣が重宝している企業と同じです。ですので、保護者が声を上げてもらえないでしょうか?つまり、「1次試験を来年受けなければならない先生に、私たちの子どもの担任を任せないで下さい!」と。現状で、常勤的非常勤の力無しでは学校は成り立ちません。そして、1次試験を来年受けなければならない先生に担任を任せるのは不合理です。となると、重い腰を上げなければならないと思います。

 一時的には財政的負担が生じます。でも、現場の年齢バランスをとるには、上記にした方が長期的には良い結果を生み出すと思います。ただし、当然、常勤的非常勤に対する推薦を行う場合は、客観的で妥当な評価をすべきです。ただし、それが中学校レベルの教科の問題を解けるか解けないか、また、コメニウスやヘルバルトを知っているか、教師人生の殆どで無関係な法の条文を知っているかではないはずです。私としては、客観的な学力テストの上昇、保健室への不定愁訴率などの客観的データ、及び保護者からの評価が良いと思っています。校長という一人の人間が評価する場合、統計的な大数の法則から外れて、当たり外れがあるので、それだけというのはマズイと思います。

 けっこう、あたっていると思うのですが・・

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2009/04/05 14:37昨日、4年間常勤講師をして今年採用試験に合格した友人と話をしてきました。彼は人柄もよく、学級崩壊しかけていたクラスを立て直すほどの能力もある人ですが、やはり4年間の講師としての身分は大変だったみたいです。また、試験を受けないといけないという問題に加えて、住民税や交通費に関することなどの問題もあるようです。そして何より問題だと感じたのが、常勤/非常勤の方々のネットワークです。学校によって違いあるでしょうが、孤立感があるそうです。一人ひとりの先生方がベストを尽くせる環境を整備するのが制度の本来の目的だと思うんですが。。考えることはいっぱいです。

jun24kawajun24kawa2009/04/05 15:24マスコミで取り上げれば、動きそうだとも思います。

enablerenabler2009/04/05 18:48> そんな能力があると判断している常勤的非常勤講師の人が
> 常勤になれずに何年も過ごしているということです。

全く同意見です。
最近このことが気になっていて、西川さんが書いておられるのをみてすっきりしました。
教育委員会、文科省が見過ごしていること自体おかしいと思います。何年も。

実は私の姪も10年ほどそんな身分でした。一昨年やっと正式採用されましたが。

jun24kawajun24kawa2009/04/05 19:3810年は酷すぎますね。家庭科が特にですが、実技教科の場合は制度的にそうなっているようです。酷すぎますね。

abematuabematu2009/04/06 04:07わたしの文章に触発されたとのこと。
恐縮です。
テクニックに走りすぎますと、何か大切な人間の本質を見落としてしまうような感じがします。
具体的なお話、ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2009/04/06 07:29今日のメモの面白かったですよ。
また、アップします。

09/04/04(土)

[]治国を去りて乱国に入る 07:49 治国を去りて乱国に入る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 治国を去りて乱国に入る - 西川純のメモ 治国を去りて乱国に入る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 3月ごろになるとゼミの現職院生さんの異動先が分かります。その中には「大変な学校に異動です・・・」と悩む人がいます。でも、「もっと大変な異動先は、良い学校だよ。もの凄い良い学校で評判で、前担任の評判もすこぶる良い、そんな学校だよ。だって、あなたが異動した後は、良くなる余地が無く、悪くなる方向しかないのだから。あはははは」と言います。みんなが酷い学校だと言われる学校ならば、良くなるしかないのですから。評判の良い学校も、評判の悪い学校も、実は同じなんです。統計の大数の法則によれば、どんな学校も凄い先生は少数、凄く悪い先生も少数、そして大多数は善意の普通の先生です。そして、子どもも同じです。

 ただし、例外があります。統計の法則に当てはまらず、一人で大きな影響を持つ人がいます。それは校長です。私の考えられる最悪の状況は、バカ校長の学校に異動することです。でも、大抵のバカ校長はポリシーはありません。良い結果を出し、「校長先生の指示の元にやりました」と言い続ければOKです。ところが、少数ですが誤ったポリシー(大抵は、集団管理に必須の『学び合い』の考えに反する行動を、子ども達ばかりではなく教師にも適用する)を持った校長がいます。それが最悪の状況です。残念ながら、その校長の在任期間の数年間はどうしようもありません。その場合は、首をすくめて無能のふりをしましょう。そして、保護者を味方につけて身を守りましょう。そして学校外に目を向けて、数年後の飛躍を期しましょう。日本の圧倒的大多数の管理職は有能です。少なくともバカではない。どの人がバカ校長であるかを知っている、大校長はいるものです。外に対して、発信しましょう。

 ということで、誤ったポリシーを持った校長の学校に異動ではない、圧倒的大多数の異動した同志へ。教師の『学び合い』を成立させて下さい。

 少数(おそらく皆無と信じています)の残念な同志へ。その中でも生きられるたくましさを得ましょう。我々はつねに繋がっています。

 異動した同志へ。期待しています。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/04/04 08:23ご無沙汰しています

先日はありがとうございました

この間は、愚痴ばかり申し上げましたし、海外脱出(現実逃避)の話などもしましたが、西川先生に言われた

「現状に不満を言うのではなく、今いる場所を良くするための最大限の努力をしなさい」

という言葉の意味を真剣に受け止めました

まだ正式発表されてませんが、あれだけ、わがまま放題だった私に対して、校長先生は最大限の配慮をしてくれました

子どもがそのまま大人になったような私ですが、こういった自分自身の事を真剣に思ってくれる方の期待には応えたいと思います

私自身が一人前になるまでは、周りの先生方から真剣に学びたいと思っていますし、自分自身の学校を良くするための最大限の努力をするつもりです

(もちろん、残った気力を振り絞って、お嫁さんも探します!!)

西川先生との出会いに本当に感謝しています

ありがとうございました

jun24kawajun24kawa2009/04/04 14:29光るものがある人には二種類あります。
愛嬌がある人と、無い人です。
前者は可愛がられ、後者は憎まれます。
あなたが自然に接すれば、あなたの愛嬌が出ますよ。
きっと校長はそれを感じられたのだと思います。
よかった、よかった

AYUAYUAYUAYU2009/04/04 17:26共感します・・・・

1年生になりました。

学び合いちょっと不安です・・・

jun24kawajun24kawa2009/04/04 18:39高学年、中学年で『学び合い』を実践し、1年の担任になった、ある先生がなかなか『学び合い』に踏み切れませんした。でも、『学び合い』をして一番感激したのは、1年だと言っていましたよ。メールいただければ、その人を紹介しましょう。あはははは

ながたくながたく2009/04/05 19:24異動した人には2タイプあると思います。

①大変な学校になった。→よし、やってやるぞ!と内心は思っている人

②大変な学校になった→ええ!どうしようと動揺している人。

西川先生の同士の方は間違いなく①の人が多いと思います。
そのくせ、「いやあ、大変なところなのですよ~」と言うので
したたかだなあと思います。
大変なところで、学び合いがスパークして、子ども達が変わったらそれこれ、教師冥利に尽きます・・。

jun24kawajun24kawa2009/04/05 19:41人には、出来ないところに目がいく人があり、一方、それでも出来るところに目がいく人があります。でも、個人の資質もありますが、それ以上に置かれた環境(人的ネットワーク)が影響すると思います。だから、我々は繋がりましょう。
是非、凄いことやらかして、大笑いしましょう。

09/04/02(木)

[]強いない 22:10 強いない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 強いない - 西川純のメモ 強いない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』では方法は強いません。しかし、目的は強います。ただし、ペナルティを課しません。その目的を達成しないこと自体が、自らが自らに課すペナルティであることを語ります。

 なんか効果無いようですよね。でもね。自らが自ら科すペナルティほど恐ろしいものって無いですよ。逃げられませんし、ごまかせないし。でもね。これを課すためには、教師自身がそれが凄いペナルティであることを信じないと。信じられないと、自分で下らんペナルティを課してしまいます。信じられないと、語り続けられなくなります。もちろん、自分の語りを理解できない人もいます。でも、理解できる人もいます。だから、個別ではなく、全体に語ります。

 この文章は、『学び合い』が分からないと、全く意味不明だと思います。とほほ

bunbun-hbunbun-h2009/04/02 22:22『学び合い』を体験しなければ、多くは意味不明なのではないでしょうか・・・
体験すれば良く分かります。(良くわかったつもりでいます)

jun24kawajun24kawa2009/04/02 22:32どうやって伝えるか・・・
難しいですね。

bunbun-hbunbun-h2009/04/02 22:53そうですね・・・(me too)

09/04/01(水)

[]新年度 16:57 新年度 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新年度 - 西川純のメモ 新年度 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人間は関係の生物です。3月31日までの姿と、4月1日の姿は全く違います。ゼミ生がどう化けるか?とても楽しみです。