西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

09/02/19(木)

[]せっかち 07:03 せっかち - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - せっかち - 西川純のメモ せっかち - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はせっかちです。多くの同志に「もっと、もっと」とせっつきます。でも理由があります。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/take1_No12/20090218/1234969491

 もし、その学校の3年の担任が『学び合い』を実践すれば直ぐに解決できることです。もし、学校に『学び合い』を実践している先生がいれば、3年の担任の相談相手になれます。せめて、その市に、3年の学級で『学び合い』を実践している先生がいれば、学校を移れば救われます。

 私は一人の子どもも見捨てたくない。でも、それはみんなで実現することなんです。しょうがない、と割り切れれば、せっかちにはなりません。でも、それは私には出来ません。

 同志各位。焦りましょう。苦しんでいる人たちがいます。

mana-mama5mana-mama52009/02/19 23:19マレーシアの女子高生をホームステイさせたことがあるのですが、彼女は厳格なムスリムでした。日に五回のお祈りは欠かさず、豚肉はもちろん、ハラルミート以外の気配があれば一切口にしませんでした。一緒に来ていた友達もムスリムでしたがその子はここは日本だからと言ってハラルミートでなくても食べていましたし、お祈りもほとんど適当だったようです。同じ戒律の元にあってもどこまでそれを受け入れるのかは本人次第なんだなあと思いました。

jun24kawajun24kawa2009/02/20 06:37全くですね。あるゼミ生は、「美味しければ、蛇も食べます」と言っていました。許容量は人によって違いますね。

mana-mama5mana-mama52009/02/20 18:40彼女が戒律をどれだけ受け入れているかと言うと、戒律を守らないことより、戒律を受け入れたほうが彼女にとっては心地よいんです。断食の話なども聞きましたが、マレーシアなどの暑い国では断食は命を守る知恵であり、日本でやったらつらいけど彼らの国では、心地よいことなのではないかと思いました。宗教のエッセンスはよりよく生きることだと私は思っているのですが、どんな宗教がいい悪いではなく、その人にとって心地よくなければ悪なのではないでしょうか。一斉授業とやらは教える先生だけが心地よく、生徒は心地よいとは感じていないけど、学び合いは先生も生徒もそして親までもが心地よい宗教ではなく集教?集饗(笑)だなあと思います。

jun24kawajun24kawa2009/02/20 19:03集饗ですか・・
言い言葉ですね。

西尾西尾2009/02/21 20:57救う方法は分かっていらっしゃるのに、なぜ何もなされないのでしょうか?

jun24kawajun24kawa2009/02/22 17:31省略が多いので、主語が誰なのかわかりませんが、私と理解します。
比すことにためらいがありますが・・・・
釈迦もキリストも救う方法は知っていた、でも、救えなかった。救う方法を知っても、当人がそれを選ばなければどうしようもありません。ましてや我々は凡夫です。でも、だれにとっても出来ないこともありますが、だれにとっても出来ることがあります。我々は家族の幸せに矛盾できない範囲で出来ることがあります。私もあります。そして、私なりにやっていますよ。微々たる力ですが・・・。

西尾西尾2009/02/23 09:47ありがとうございました。リンク先に付けられていた、

>>切ない・・・
救う方法は分かっているのに、何も出来ない。<<

というコメントに、とても妙な印象を受けたため、今回ご質問をさせていただきました。
苦しんでいると分かっている子どもがいて、救う方法がある。それなのに、何も出来ないという事はないのではないか、そんな風に思ってしまったのです。
伝える。赴く。知らせる。救う方法を知っていらっしゃるのなら、それを与える方法を少しでも考える事ができるのではないか、そんな風に感じてしまいました。

「当人が選ばなければ」というのも、すごく妙な感じがしました。選ぶ前に、当人には選択肢が与えられていたのか。そのあたりのことも疑問に思いました。
加えて、些細なことですが、釈迦は他者の救済は目指していませんでしたし(説得の材料に使われる程度の興味がおありなら、大乗ではなく元々である南方仏教の発祥についての知識を蓄えられるとよいかもしれません)、キリストは救うべき全てのものの救済を為したからこそ今この世にはいないということになっております。
いただいたご解答は、リソースが回らないから、と解釈いたしました。それならばしょうがないのでしょう。残念です。
ご丁寧な解答、ありがとうございました。このようなコメントはお気になさらず、その時間をご家族との充実にお当てください。学びあいの益々のご清栄とご発展をお祈り申し上げます。

jun24kawajun24kawa2009/02/23 10:46ありがとうございます。
釈迦に対するご指摘ありがとうございます。ご指摘の通り、仏教は歴史的には上座部仏教から始まりました。しかし、釈迦が苦行を捨てた点、多くの人に説法した点からも、釈迦が自らの解脱を本願にしていたとは、「私」は思っていません。ご理解ください。