西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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09/01/12(月)

[]信心 22:28 信心 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 信心 - 西川純のメモ 信心 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この前の秋田で質問されたことの中に、「何故、西川先生は子どもを信じられるのか?」というものがありました。それに対して、以下のように説明しました。

 多くの人は必死に神仏にお願いします。しかし、願ったからといって成就するとは限らないことは知っているでしょうね。では、何故、それでも願うのでしょうか?それは、「それを願っている」からです。そして、自分にはそれを成就させる力がないことを知っています。それ故、自らにはない力をもっている「かも」しれない神仏に願うのです。私はよりよき教育を本気で願い、そして、自分にはその力がないことを知っているからです。と語りました。

追伸 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。」と歎異抄にあります。自力本願の気持ちがある限りは、本願他力はかなわないものです。親鸞さんは念仏を信じる理由として、「法然上人にだまされ、地獄に落ちても構わない」とおっしゃたそうです。子どもを信じてみてはいかがですか?なお、『学び合い』のご本尊である子ども達は、極めて御利益があることは科学的に実証づみです。

追伸2 毎度、この種のことを書くたびに追伸しますが、私自身は葬式仏教以上の信心はありませんので。

[]不安な同志へ 21:58 不安な同志へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不安な同志へ - 西川純のメモ 不安な同志へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は革命的に今までの考え方と違います。その姿は、既存の考えからすればクレージーです。これで大丈夫かと不安になる同志もいるでしょう。しかし、私は断言します。『学び合い』は完全です。少なくとも、それを超えるものを私は知りません。こんなことを書けば、嫌われると分かっているのですが、断言します。ただし、馬鹿げた宗教ではありませんので、説明します。

 古典力学の全てはF=mαというたった一つの式に帰結します。これを3次元に拡張し、微分や積分をすれば、古典力学の全てが導かれます。『学び合い』も同じです。現在我々が実践していること、そして未来に実践するであろうことは全て、学校観と子ども観に基づくものです。従って、『学び合い』が正しいのか否かは、学校観と子ども観を吟味すれば良いだけのことです。

 『学び合い』では、学校で学ぶ意味を、多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決することであるとシンプルに看破しています。さて、不安な同志にお伺いします。これ以上の学校教育の目的を知っていますか?学習指導から生徒指導、特別支援や評価、はては「お受験」にも対応した一貫した目的を知っているでしょうか?あるなら教えてください。

 『学び合い』では、子ども達を有能と信じます。これを信じられない教師は多いです。その方々と議論するとき私が言うことは、現状でどれほどのことが出来るか?ということです。厚顔無恥な一部教師を除けば、大抵の教師は、自らが出来る限界をよく知っています。そして、自分がやっていることは特別凄いことをやっているわけではなく、そして、一生かかっても神様のごとき名人教師にはなれないこともよく知っています。そこを確認した後に、子ども達の中にはかなりの能力の子どもがいることを確認します。そして、子ども達集団が有機的に結びついたとき、一人の教師には絶対なしえないことが出来ることの理屈を説明します。最も簡単な説明は、どんな名人教師も子どもも、1日は24時間であるという厳然とした事実です。つまり三十人がいれば、三十倍の時間をかけられることを確認します。

 上記のことは分かっているはずです。

 それを認めて発展させたのが現在の『学び合い』です。理屈は簡単です。多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決することが学校教育の目的であり、これによって学習指導も生徒指導も特別支援も・・・がなりたつとしたら、それをやるべきです。学校教育の大部分を占めているは教科学習です。教科学習ですべきです。多様な人と折り合いをつけることを学ぶならば、折り合いをつける時間を確保しなければなりません。そのためには、教師が仕切る時間を極限まで削るしかありません。そして、より多様な人と学べる場を提供しなければなりません。この十数年かけて、我々は「これは教師の仕事だ、教師しかできないことだ」と思いこんでいたことは誤りであることを学術的にも実践的にも明らかにしました。そして、多種多様であればあるほど、何故、素晴らしいかを学術的にも実践的にも明らかにしました。その過程が知りたいならば、過去の本を読んでください。そして、その根拠となっている学術論文のデータをお読み下さい。我々の学術論文はかなり読みやすく書いていると自負しています。

 不安になったら、せめて以下のことを考えてください。

 第一に、『学び合い』の個々のことではなく、考え方のレベルで是非を考えてください。

 第二に、「じゃあ、『学び合い』より一斉指導の方が良いのか?」とお考え下さい。一斉指導の方が良いと思うならば、『学び合い』はおやめ下さい。残念ながら、「今は」『学び合い』は理解できないでしょうから。でも・・・

 おそらく、『学び合い』が正しいことはおわかりなんですよね。では、どうするか?そりゃ、人と議論しましょう。そして、なんとしても時間を作って他の同志のライブを見ましょう。百の理屈より雄弁に、子ども達が教えてくれます。そして、もがいて、自分の出来ることをやればいいのです。『学び合い』の学校観や子ども観は到達点ではなく、方向性なんです。

[]3連休 18:46 3連休 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 3連休 - 西川純のメモ 3連休 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何と言うこともなく、3連休を家族と過ごせました。嬉しい。明日から、また怒濤の日々です。

tomkicktomkick2009/01/12 22:14西川先生
こんばんは。
僕は,あえて相対的な立場を取らせてもらうようにしていたのですが,正直言って,このところ,何をやっても,『学び合い』という考え方に行きつくなぁって思っています。
後は,僕の場合は,自分の変遷をいかに可視化して,人に伝えていくかが課題です。またご享受くださいませ。

jun24kawajun24kawa2009/01/12 22:31あははは
『学び合い』の考え方は、実は非常に汎用性があります。無理に相対化するのではなく、それを自由に活用する方が無理がないと思います。考え方の多種多様な可能性を教えてください。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/01/12 23:11いつもですが、西川先生の日記、勉強になります

ありがとうございます

学校教育の目的が

「他人と関わりながら、自分の能力を伸ばしていく」

という事は、その通りだと思います

そのような子どもたちは、社会に出た時に、立派な大人になると思います

ただ、1点だけ、どう指導すれば良いか悩むのが、規律の面です

社会に出た場合、それこそ今日は成人の日ですが、式典などの際にはマナーを守る態度が求められると思います

『学び合い』をした場合、課題設定をあたえて、その後、学び合わせた場合、規律を守ろうとする気持ちを持たせる事を、どこで学んでもらったら良いのか?と悩みます

(おそらく、学校の同僚の先生方は、椅子に黙って座って教師の話を聞ける事が、規律を守れている証拠だと考えていると思います)

私自身も、私が、子どもたちを注意したとして、それで彼らを黙らせたとしても、その行為で、彼らの中に規律を守る気持ちが育っているとはとても思えません

ただ、現状では『学び合い』をさせている時には、どうしても騒がしくなりがちなので、同僚の先生方には、私の授業スタイルは、問題があると映るようです

この点だけは、単純に彼らの成績を上げたとしても、同僚の先生方は、納得しないと思うので、悩ましく思っています

根本的な部分で考え違いをしているのかも知れませんが、アドバイスを頂けると幸いです
日記ありがとうございました

daitouirukadaitouiruka2009/01/13 00:26あまり付き合いのない人にまで、自分の良いと思うことを伝えることにとても抵抗を感じる私なのですが、『学び合い』に関しては少し変化がありました。詳しくはブログに書きましたが、ガンガンいくのではなく、あくまでも私のできる範囲ですが…。

kyoさん。実は私もそれは気になります。でも、まだはっきり自信はないけれど、今のところこう考えました。
子どもたちは、学校生活の中では『学び合い』の授業時間だけではありません。専科(無い場合もありますが)の授業、休み時間、全校集会…様々あると思います。そういった場で「無軌道ぶり」が出されていなければ、何とか説得できるのではないでしょうか?
もし、その場でも問題があるのであれば、そのことの改善を「課題」として子どもたちに『学び合い』してもらえばよいのではないでしょうか?
他よりもきちんとできるところを見せることが出来れば、逆に、けじめをつけてやるときにはやれるということをアピールできるのでは?
だいたい、『学び合い』をやっているから、騒がしいクラスなのかどうかはわからないし、『学び合い』をやっているクラスよりもそんな場で騒がしいクラスもあると思うのですが…

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/01/13 00:51daitouirukaさんへ

アドバイスありがとうございます

ブログの方は、後日、あらためて読ませて頂きます

ありがとうございます

規律の面ですが、確かに、私もあまりにも乱れている場合は、
その事を課題に話し合ってもらう事は、良いアイディアだと思います

また、西川先生の著書にも、『学び合い』をせずに、遊んでいる子が
いる場合、全体に対して、その子の行為が、正しい行為なのかを問え
という記述があったかと思います

ただ、通常の授業の場合、課題を与えて、「さあ話し合ってくだささい」
なので、やはり、うるさくなりがちではあります

『学び合い』を始める前までは、怒鳴ったり、時には机やごみ箱を蹴ったりして
子どもたちを、押さえこんでいました

しかし、その行為が間違っていた事は、今は自覚して反省もしています

ですが、逆に、子どもたちの自主性に任せて、自由にさせた場合、
西川先生の言葉を借りれば、子どもたちというより、私自身の子どもたちを
信じる力が足りないせいか、周りの先生方からすれば、「うるさすぎる」
や「子どもたちが遊んでいる」という評価になってしまいます

なので、現状としては、最初の部分は、講義をして、徐々に様子を見ながら
グループワークの時間をとって、子どもたちに話し合ってもらっているという
感じです

『学び合い』が、おそらく子どもたちには、ベストなやり方だと思うのですが
私自身が、それをうまく、子どもたちに伝えきれていないという事が現状かな?と思っています

daitouirukadaitouiruka2009/01/13 00:52追記です。
『学び合い』をした子ども達の方が、むしろそんな場では、強制されたのではなく、自らの判断で「無軌道」な行動はとらなくなるのではないかというのが今のところの私の中での仮説です。
だって、知性が増し、自分に自信をつけてきて、「みんな」の存在を意識できるようになった人間がそんなところで「無軌道」な行動はとらないと思うから。
あくまでも『学び合い』の文化がしっかり定着してきたらの話ですから、かえって厳しいかも(笑)。
つまりは、やっぱり『学び合い』をしっかりやらなくちゃっていうことで…。

Kyo_TokyoKyo_Tokyo2009/01/13 01:06daitouirukaさんへ

度々、ありがとうございます

確かに、子どもたちに『学び合い』の本当の良さが伝われば、彼らも自覚のある行動を取ると思います

現時点では、今までとは違ったスタイルに、戸惑ってるという感じもしていますから

また、この点に関しては、クラスの状況によっても、変わります

たとえば、私が担当する3年生のクラスは、わりかし、ほのぼのしているクラスなので、私が、「他の人に教えること」を評価すると宣言したところ、子どもたちは、素直に教え合いを始めました

やはり、子どもたちは、大人にほめられたがっているのだなと実感しました

一方で、6年生のクラスは、習熟度別で、いわゆる「出来る子」たちのクラスなので、成績トップと下位の子には、結構、差があるにも関わらず、子ども同士のプライドがあるのか?いまいち、クラス内の交流が少ないように感じます(特定のグループだけが、話し合っているという感じです。他の子たちは、課題が終わると、隣とおしゃべりを始めます)
そんな彼らに、どう語れば、「お互いが協力する事」の大切さを分かってもらえるかな?と日々思案中です

コメントありがとうございました


西川先生へ

先生のブログ上で、長々と、失礼しました

jun24kawajun24kawa2009/01/13 06:40お二人ともありがとうございました。
なんか、解決したみたいですね。
蛇足ながら、あとでメモにアップしたいと思います。
読んでね。