西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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08/10/22(水)

[]語ること 09:16 語ること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 語ること - 西川純のメモ 語ること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、地元の同志の学校に行きました。『学び合い』で成果を実感しているものの、「もっと」を願い、悩んでいました。その同志の説明を聞き終わって私が言ったことは、「と、いうことを子どもに語ってください。おそらく、子どもに言っていないでしょ?子どもたちは先生がそれを望んでいるということを知らないだけです。『学び合い』の考えに照らして、子どもたちに語ってください。まあ、最悪でも2週間以内に改善されるはずです。」と言いました。

 書いてみれば、馬鹿馬鹿しいほど簡単なことです。どうも、すくなから無い同志が悩みを一人で抱えてしまいます。でも、願うならば、実現を子どもに求めればいいのです。当たり前でしょ?大抵は実現します。実現できないかもしれません。でも、それで実現できないならば、たった一人の教師が一人で抱えて解決できるわけありません。

 『学び合い』では語れば解決できるのです。でも、一斉指導では解決できません。なぜなら、「何故?」に教師が応えられないからです。例えば、「静かに勉強する」ということをちゃんと説明できる教師なんて、まあ、いないでしょう。少なくとも、私が教えた暴走族の子どもたちに説明できないでしょうね。彼らはきわめてシンプルに、論理的に論破します。おとなしい子どもたちも、その腹の中は同じです。ただ、「分かったふり」をするだけに過ぎません。もちろん、納得しなくても「先生が言うならば」と思う子もいます。でも、そんな子どもは、自分の頭を使って動きません。そして、大多数の子どもは「分かったふり」で行動します。それじゃあ解決できないのは当然です。

 我々は「何故?」にちゃんと応えられます。それが強みです。

3103102008/10/22 09:57「あの人さえ」の壁は現場のあらゆるところにいろんな形であるように思います。きっと、私自身も「ある見方」からみれば「あの人さえ」だったのかもしれません。異学科の『学び合い』の可能性に直観めいたものを感じ、実践したくてたまらずにいます。きっと1年前の私だったら「あの人さえ」がいても「あの人さえ」と思われても突き進んだと思います。でも、今の私には自分ですぐに試してみることができません。何度か友人に話をもちかけました。何度か目にして、1年前までやっていた様々な事例と結果を例にあげながら(同僚でしたので)説明したら、「できるできる」とうなづいてくれました。でも、その次にでたことが「あの人」的要素での不安だったのです。自分自身なら「あの人さえ」に「あの人さえ」とおもわれようが、進めますが、それ以上、話を進めることができませんでした。少し、自分の教科で結果を出しつつ、再度、提案します。1年前もっていたあの子たちの力をもってすれば、私が思っている以上のことがきっとおこると確信します。あの子たちの卒業までの時間も限られます。とにかく、なんとかすすめねばと思っています。

jun24kawajun24kawa2008/10/22 10:01無理せずにね。出来れば異学年のライブを見ると良いですよ。お勧めです。感激しますよ。

3103102008/10/22 12:03ありがとうございます。異学年のライブを拝見しましたので、ますますやりたいのですよ。24kawa先生に連れて行っていただいたので、さらに可能!と思ったのです。

jun24kawajun24kawa2008/10/22 13:03期待しています!

D902iD902i2008/10/22 22:4724kawa先生,同志の方々のおかげさまで私も泣きました。
人生を幸せな方向へと導いてくださって,本当に感謝です。これからは,それを実現していきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2008/10/22 22:55当然ですが、S小学校の先生に、今日会ったことを伝えてね。

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2008/10/22 23:11臨界量という発想、ですね。自分ももっと量を意識してアウトプットしたいんですが、そのためにはインプットも増やす必要があると感じます。
あと、次のフェーズへ進むのにも段階ごとの臨界量のようなものがあるんじゃないかと感じています。そして量を増やすためにはコミュニティが重要だと思います。

jun24kawajun24kawa2008/10/23 06:20私もそう思います。