西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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08/09/28(日)

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 職業柄、色々な先生と話します。基本的に、『学び合い』に興味はない人、反対の人とは議論しません。『学び合い』に反することを主張されても、「そうですね。」と言ったりもします。だって、その先生は悪い人ではなく、善意の人です。いくら話し合ってもしょうがない人と議論し、お互いに不愉快になるのは非生産的ですから。そして、結局、そのような人を説得できるのは『学び合い』を理解する人が増えることによって、私には説得出来ない人を説得できる人が生まれるしかないのですから。逆に言えば、腹の中で「そう思っていない」のに私に話を合わせてくれる人も多いです。まあ、大人の社会なのですから、それは大事なお約束です。

 が、たまに、しつこく議論をふっかけられると、私も本格的に論破したくなることもあります。大抵は雪隠詰めにして勝てるのですが、相手が感情的になり、「やってもうた~・・」と後悔することも少なくありません。

 が、希に、「こりゃだめだ」と議論する元気を失うこともあります。最近2件ありました。

 一つ目の事例は、『学び合い』は教えない、ということを納得できない中学校の先生との議論の時です。私としては、教えないのではないことを説明しました。つまり、「例えば3桁の足し算の繰り上がりの程度のことは子どもでも教えられるから、教師は教えなくてもいい。しかし、何を学ぶべきか、人の道はどうあるべきかは教師しかできないのだから、そこは教えるべきだと主張しているのです」と説明しました。その先生は、「例えば、子どもが教えられたとしても、3桁の足し算の繰り上がりのようなことは教師が教えるべきだ。教えなければ教師の仕事の放棄だ」と言われます。そこで、「医者の仕事は、注射を打つ、聴診器を使うことではなく、病気を治すことです。病気を治すのに必要ならば、注射を打ちますし、聴診器を使うのです。教師の仕事は分からすことです。分からすことに有効ならば、教師が教えればいいと思います。しかし、教師が教えることが、分かることにマイナスに働く場合は教えるべきではありません」と説明し、「勉強しない!を言わない授業」で書いたような事例を挙げて、子どもの多様性と教師の自動化のことを説明しました。しかし、その先生は「子どもが分かることにマイナスに働いたとしても教師の仕事は教えることだ」と言います。正直、腰が抜けるほど驚きました。聞き間違いかなと思い「一つ確認させていただきたいのですが、教師が三桁の足し算の繰り上がりを教えることが、子どもが三桁の足し算の繰り上がりを学ぶことにマイナスに働いたとしても、教師が教えるべきだとお考えですか?」と聞きました。その先生は、「教師が三桁の足し算の繰り上がりを教えることが、子どもが三桁の足し算の繰り上がりを学ぶことにマイナスに働いたとしても、教師が教えるべきだ」とおっしゃりました。言葉を失い、その先生の顔をまじまじと見てしまいました。

 もう一つの事例は、小学校の電気教材のことで話したときのことです。その先生は電気の流れをイメージ化するための教材を作られて、それを論文にまとめる相談を私にされました。私自身は、その手の研究は意味がないと思って今の『学び合い』に進みました。ですので、「意味無いな~」と思いつつも、その手の論文を日本で一番書いた者として、どう書いたら学術論文になるかのノウハウは人一倍あります。だから求められれば、ちゃんと応えます。

 ひとしきり説明をしたあとに、「これはこれで論文になると思うけど、一言、言わせてね。これはこれで有効だと思うけど、この教材が有効であるのは、電子というものがあって、それが粒であるとイメージできる子どもだけだよ。でも、あなたの指導案だと、5分ぐらい教師が説明して、直ぐに実験に入っているけど、ちょいと無理があるように感じるよ。まあ、実験が始まれば、分かる子と分からない子が相談して補っていると思うけど。この5分間ぐらいの教師の説明でクラス全員が分かると思うの?」と聞きました。その先生は、「はい」と、こともなげに応えるのでビックリしました。ビックリした私は、「でも、あなたのクラスには知能指数が90を切るような子どももいるんじゃない?」と聞くと、うなずいてくれました。そこで、「そんな子どもも、5分間程度の教師の説明で分かると思うの?」と聞くと、これまた「はい」とこともなげに応えました。そして、「もちろん、どれだけ理解するかは分かりませんが、この実験を理解する程度のことは分かると思います」と応えます。そこで、「でもね、例えば、ロシア文学に出てくるロシア人の名前を読んだとき、違和感を感じ、覚えられないってことない?フランス語だっていい、アフリカの言葉だっていい、とにかく見知らぬ言葉を聞くと、我々だって違和感を感じ、それを飲み込むのには抵抗感があるんだよね。我々って、とても変な人間なんだよ。だって、我々は現在の学校教育にフィットしているから大学まで行って、さらには大学院まで行っているんだ。その我々でさえも見知らぬ言葉を聞くと、違和感を感じるんだ。勉強が不得意な子どもにとっては「電子」という言葉がそれに当たるよ。5分間ぐらいの教師の説明では、その違和感は解消されないと思うよ。解消されなければ、あなたの教材は有効ではないと思うけど。それでも5分間程度の説明で大丈夫なの?」と聞きました。しかし、「もちろん、どれだけ理解するかは分かりませんが、この実験を理解する程度のことは分かると思います」と応えます。私は言葉を失いました。私は、「私は大学教師で、あなたは小学校教師だよ。小学生に関してはあなたの方がプロだよね。でも、失礼ながら、あなたは子どもを知らなすぎる。ICレコーダーで子どもたちのつぶやきを聞くと良いよ。」と言ってしまいました。

 ここではっきりと明言しますが、お二人とも「本当」に良い先生です。現場では指導力も評価され、子どもを愛し、実践されています。だから、人間的に否定する部分はありません。私より、ずっと優れた教師です。でも、私は言葉を失いました。私にはそういう人を説得する力はありません。同志各位、よろしくお願いいたします。

Y.MochizukiY.Mochizuki2008/09/28 21:34私自身は、子どもたちがどれだけ理解できるか、
それが大切であって、
そのためによい方法があるのであれば、
(それがよいとわかっているのであれば)
その方法をとると思います。

その判断をすることが教師の役割ではないでしょうか?

jun24kawajun24kawa2008/09/28 21:53補足させていただきました。

J.SASEJ.SASE2008/09/29 06:12自分の考えより、もっと優れた考えがあるかもしれないと考えるのが普通だと思いますが、そうでない教師(指導主事)が多いですね。なぜそんなに確信を持てるのか(中山大臣を含む)が不思議です。

昨日、築地で養老孟司さんと内田樹さんの対談を聴いてきました。養老先生は、「ぼくは○○と思っていますが、違っていたら教えてください」と仰っていました。そういうスタンスが大事だと思います。

内田先生は「新潟で講演を聴かせていただきました・・・。」とご挨拶できました。感激です。

jun24kawajun24kawa2008/09/30 18:43相手も善人ですよ。ただ、知らないだけなんです。穏やかに、しぶとく。ね。