西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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08/08/18(月)

[]北部九州 17:29 北部九州 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 北部九州 - 西川純のメモ 北部九州 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、講演会等色々盛りだくさんでした。ネットでしたあったことのない同志と直接会えて楽しかった。また、予想以上に北部九州で同志の厚みがあることが頼もしかった。こりゃ、面白いこと、凄いことが起こります。これから飲み会に出発です。

[]教師の存在意義 17:29 教師の存在意義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の存在意義 - 西川純のメモ 教師の存在意義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日の講演会でいろいろな質問が出ました。その中に、私の言葉足らずで誤解を生じさせていると、反省することがありました。それは、「先生の話を聞いていると、教師の不必要に言っているように思える」との質問、というご意見でした。

 改めてここに書きます。私は「足し算の繰り上がりの時、1を書くと良い」とか、「右と左の横棒の書き順は違う」とかを教師は教える必要はない、と申しているのです。一方、「人とは、大人とは何か」を教える必要があると主張しています。そして、すばらしい子どもたちの姿に喜び、悲しい姿に怒り悲しむことが必要だと主張しています。そして、子どもたちの学びやすい環境を確保するために汗を流す必要があると主張しています。

 これが教師不要論でしょうか?いいえ、我々が教師を志したときの初志を貫くことを主張しいるのです。教師がいなくても、1ヶ月は『学び合う』でしょう。しかし、教師がいなくなれば、速やかに『学び合い』は崩壊し、仲良し集団のグループ学習に墜ちます。

 教師はものすごい存在価値があります。私が主張しているのは、「足し算の繰り上がりの時、1を書くと良い」とか、「右と左の横棒の書き順は違う」とかを教師は教える必要はない、と申しているのです。

 どうも私のものの言い方が悪いようです。反省です。

[]めがね 17:29 めがね - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - めがね - 西川純のメモ めがね - 西川純のメモ のブックマークコメント

 結婚して、子どもが生まれてから、映画を見なくなりました。まあ、正確には見られなくなりました。しかし、出張中の電車の中で見ることが出来ます。昨日は佐賀への9時間弱の長丁場の旅です。ものすごく見られました。最初に見たのが「めがね」です。「かもめ食堂」が良かったので借りました。癒されます。

 大学院の時代はものすごく研究しました。一日、確実に十数時間は机にかじりつき、膨大な文献を読み、コンピュータで分析していました。それが1年365日の360日ぐらいがその状態です。そのため頭は常にパンパカパンです。そのためあらゆる娯楽から遠ざかっていました。テレビは見ません。小説も読みません。もちろん映画も見ません。漫画さえも受け付けないほど頭が疲れ切っていました。そんなとき、ある友人から童話の絵本を薦められました。見開き2ページに、言葉が一言、二言しかない童話です。最初は馬鹿にしていたのですが、読み始めると実に楽しい。不思議です。しばらく考えてみると、それはあらゆる娯楽から離れていたからだと分かりました。濃い口の料理に慣れれば、薄口のおいしさは分かりません。大人から見るとつまらない絵本を児童は何故楽しめるのかが分かったような気がしました。

 この映画にもっと浸れるような生活がしたいと思いました。

[]崖の上のポニョ 17:29 崖の上のポニョ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 崖の上のポニョ - 西川純のメモ 崖の上のポニョ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 崖の上のポニョのことを昨日、反芻しました。考えれば、考えるほどムカムカします。最初に言いますが、見て楽しい映画です。子どもと見るにはおすすめな映画です。しかし、駄作だと思います。理由は全体に荒すぎるからです。

 たとえば月があんなに近づいたら潮汐力で地上は火山活動でメチャクチャになっているはずです。また、どう考えても浅海性ではない魚が水深数メートルの海を泳いでいます。理系人間としては、それが許せない。ま、これは許せたとしても、許せないのは、第一に「場所」の問題です。かなり大きな造船所らしきものがあることから考えて小さな島とは考えられません。少なくとも珊瑚礁から発達した土地とは思えません。となれば、内陸に従って標高は高くなります。海岸ちかくの崖の上の家が水面にあるとしたならば、近くに大きな陸地があるはずです。ところが、それらしきものがなかった。それらしきものがあれば、避難するとしたら岩礁程度の山の上のホテルに避難するわけありません。避難するとしたらは、相対的に高く、広い場所のはずです。また、許せないのは、海中に水没する町が映されているところで、なんと、洗濯物が物干し台に揺らいでいるのです。これは許せない。水没する前日は大嵐でした。そんな日に洗濯物を干す馬鹿はいるわけありません。無茶苦茶です。

 ゲド戦記に関するメモでも書きましたが、アニメというのは膨大な人が作り上げる総合作品です。それ故、良いアニメはディテールが整っています。だって、観客から見たら「ほんのちょっと」視界に入る場面であったとしても、その場面に数ヶ月費やしている人たちが一杯いるのです。アマチュアの私が気づくようなディテールの荒さが残っているということは、多くの人の作り上げた総合作品ではないということです。

 そして、私が一番ムカムカしたのは宮崎駿という監督の無神経さです。あれだけの自然災害が起こったのです。海面が一晩で数十メートル上昇したのです。それが月の接近によるものだとすれば、その惨禍は1日で世界を覆います。おそらく地球上では数十億人の子ども含む多くの人たちが死んだはずです。それを無視してハッピーエンドにする無神経さはムカムカします。話の設定を多少変えれば良かったのに、その必要性を感じなかったようです。考えて下さい、あのポニョがかわいい女の子ではなく、四十男だったらどうでしょうか?その男が人類の半数以上の命と、過去の遺産を含める多くの宝を破壊したとしたら・・・。とても許せない行動です。それを引き起こした男が、好きな女性とキスしてハッピーエンドだとしたら・・・。クレージーです。

 あ~・・、駿馬も老いては駄馬になる。他山の石です。

[]佐賀2 05:16 佐賀2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 佐賀2 - 西川純のメモ 佐賀2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は飲み過ぎました。佐賀の方に「佐賀の酒はおいしいですよ」と言われたので、「あはははは、新潟の人間にそれを言いますか?」と言い返しました。あとは、注がれるままに飲んだのですが、「へ?」という思い無く、水のように飲めたのは美味しい酒の証拠です。また、今の時間には酒が抜けているのは良い酒の証拠です。酒は寒仕込みと考えていましたが、暖かいところでも良い酒が出来るんですね。発見です。しかし、本日は、ちょいとセイブしなければ、あははは

 昨日は、ある方から、さりげなくプレッシャーを与えられました。人から本格的なプレッシャーを与えられたのは二十年弱以来だと思います。与えら得た課題は、相手の期待以上の結果で返すのが私の流儀です。応えて見せましょう!と、言っちゃった。あははは

 本日は、佐賀の同志の他に、長崎・大分・福岡の同志が参集いただけます。異質な人の出会いは化学変化が面白い。私がゴチャゴチャしなくてもそれは起こるはずです。だって、ベクトルは同じですから。あ~楽し!

池田修池田修2008/08/19 10:31>「人とは、大人とは何か」を教える必要がある

私はここをなんとかしたいと思っています。「大人とは何か」をきちんと説明できない教師は、遠足の目的地を説明できない教師と同じかもしれません。教育の目標が子どもを大人にする事であるのであれば、大人が何かを説明できる事が必須だと考えるからです。

学び合いに出会う前から、学び合いに出会ってからさらに、私が考えているのはこれです。

kogapon7kogapon72008/08/19 23:55ポニョについて。
NHKのプロフェッショナルという番組で、宮崎駿監督がポニョを作る過程を放送していました。
たくさんのスタッフを抱え、ものすごい大プロジェクトでした。
宮崎監督は、作品を完成させようと苦悶していました。
ぼくが見ていて頭をよぎったことは、
これだけのスタッフがいて、わいわい相談しながらストーリーを
考えていけばさぞ楽しいだろうにな、ということでした。
まあ、超素人的考えですけど。
しかし、雰囲気としては、誰も宮崎監督には意見を言えない感じがありました。
巨匠になりすぎて、みんなが構えてしまうんですかね。
西川先生の意見であらためて、チームワークがうまくいっていなかたのかなと思いました。

jun24kawajun24kawa2008/08/20 14:20池田さんへ
そうですね。池田さんの本の、「子どもが好きな人、子どもを大人にすることが好きな人」は名言だと思います。
kogaponさんへ
他山の石だと思っています。

rah-minorah-mino2008/08/22 00:13アニメ・マンガオタクの戯れ言として読み流して下さい。
科学的なディテール・つじつまが全て合っていることと、
「作品」としての面白さは必ずしも一致しないと思います…
(当然、その一致が合った上で面白さを感じる方もいらっしゃるとして)
主人公の設定も、作品上の必然として監督・制作者(この場合は宮崎氏)が作っているわけなので、「40男だったら」そもそも『ポニョ』は『ポニョ』として機能しない気がします…
特に宮崎氏を礼讃・擁護するわけでもないですが、少なくとも、明確な「悪意」のもとに作られた作品ではないと思うので、駄作は駄作として「まぁいいか」的に楽しむのも良いのでは…

失礼しました。

jun24kawajun24kawa2008/08/22 06:37rah-minoさんへ
ご指摘はその通りと思います。が、少なくともアニメの名作はディテールが整っています。なぜなら、多くの人の思いが込められているからだと思っています。すくなくともみんなの総合作品になっていたら、水中でゆらめく洗濯物はなかったと思います。そこに象徴されるのは、みんなの総合作品ではなかった。あそこで洗濯物が揺らめくことが、この作品の成立に必須だったとは思えません。単に気づいた人が、言えなかったのだと思います。(気づかないほど、アマチュアが集まっているとは思いづらい)
それと40男だったらという部分の意味は、そういう設定にしたら、今回の作品の非常識さが分かりやすいという意味です。十歩譲って、あのような大災害の設定をするならば、被災者の怒り・悲しみが現れるべきです。ところがポニョを悪者にしたくないために、被災者がのんびりとしている姿を描いている。だから、私はムカムカします。ようは安直に作品を機能するようにしているように思います。
私は宮崎氏の作品を礼讃します。未来少年コナン、カリオストロの城、風の谷のナウシカ、となりのトトロ・・・・、何度も、何度も映画館に行き、何度も何度もアニメで見ました。そして、何度見ても、それに耐えうる作品でした。それが残念なんです。(涙)
だから、「まあいいか」的に楽しむ分にはいいので、メモの最初に「お勧め」を書きました。が、宮崎さんの作品が大好き故に、書いた次第です。

高橋 葵高橋 葵2008/08/22 11:40はじめまして。ポニョについて少し思うところを書かせてください。
宮崎さんの作品は昔から主人公の為に都合良く好意的に接する周りの人々が登場します。
ラピュタの海賊しかり、ナウシカの敵方しかり…。
世界の矛盾にはあまりこだわっておられないようで『まるで本物に見える嘘』を、嬉々として作っていらっしゃいます。
ポニョに水道水を使う。ありえないことですが、子供というものは残酷にもそういうことを普通に行います。
そんなこどもたちが元気に笑っていられる世の中を、監督は切望する中でこの映画を作られ、こどもに向けて発信されたおつもりだそうです。
水中でゆらめく洗濯物を指差して笑うもよし。
お母さんのありえない運転にドキドキする。
水の上を走れるんじゃないかと試してみたくなる。
他にもいろいろと『おあそび』が企まれているようです。
ですので、私もひとつの物語として首をかしげるところはありますが、監督の表現する世界で遊ぶ分には、その手の込みように喜んでいる次第です。

ただ、気になるところがひとつ。
被災者は…現在でもつらい生活を強いられている人がたくさんいます。
けれど、その方々が今どう生きておられるか、真剣に考えている人々はどれほどいるでしょう。
手を差し伸べて下さる方は、どれほどいるでしょう。
作品の中で粛々と生活する被災者は、現在の被災者の姿だと思うのです。
この映画を観て、「被災者の怒り・悲しみが現れるべきです」とおっしゃるかたは多いです。
でも私は、それに気付かれたなら、現実に困っている被災者にも是非目を向けて欲しいと思うのです。

同じ、宮崎作品好き、の戯言です。失礼いたしました。

jun24kawajun24kawa2008/08/22 12:27なるほど、高橋さんのご指摘、納得できます。同時に、rah-mino さんのお気持ちも、より分かったような気になります。ありがとうございます。それにしても、同好の士が多いこと、嬉しいな。

高橋 葵高橋 葵2008/08/23 10:44先は“(涙)なお姿”を拝見して思わず書き込んだ、全く違った視点からの発言でしたが、
もちろん私にも西川さんのご意見に共感するところがあります…
科学的リアリティを求める方にとっては、気持ちの悪い場面が多々あり
それゆえ宮崎作品は賛否に分かれて致しかたないものと思います。
ただ、たくさんの人が思いを込めてかかわってつくられた作品であることは確かです。

ちなみにこのようなはた迷惑な恋物語を私は好いておりませんので
再度映画館へ足を運ぶまで思えないのが、悲しいところです。

jun24kawajun24kawa2008/08/23 11:12あはははは
コメントを読んで、コンピュータ画面の前で5秒間ぐらい大笑いしました。
まったくです。