西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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08/08/15(金)

[]何のため 07:11 何のため - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何のため - 西川純のメモ 何のため - 西川純のメモ のブックマークコメント

 世の中では北島選手が金メダルを取ったことで話題は持ちきりです。しかし、冷静に考えれば日本人の一人が、その他の人より零点何秒(零点零何秒)早いことがどんな意味があるのだろうか?と思います。もちろん日本人の一人として決勝での泳ぎに喜びを感じます。しかし、その喜びに浸れる時間はどれほどでしょう。まあ、ニュースで流れている時間で、私に関する昨日の総時間は5分もなかったと思います。そして、今から1ヶ月後になれば思い起こすこともないでしょう。

 意味がないとは言いません。ただ、その意味を上記の立場で考えるのは大事なことだと思います。国語の先生が集まって、「国語は大事だ」ということを所与として議論します。それは、算数・数学、社会、理科・・・でも同じです。でも、冷静に学ぶ意味を「その内容」で考えると無意味であると結論されます。私はオール1の子どもたちに「何で物理なんて勉強するんだよ!」と言われ続けたから、今の学校観があります。彼らには「科学的概念の形成」などという理科人の理屈は通用しません。

 日本人の一人が、その他の人より零点何秒(零点零何秒)早いことが重要ではないと思います。その事実が、どんな社会的影響を持つかが大事だと思います。少なくとも引退後の北島選手は、それを考えないと生きていけないと思います。

ながたくながたく2008/08/15 18:03>生徒指導の必要な子がいるところで、どのようにして学び合いを行うか?

生徒指導が必要な子がいるところだから、学び合いをする。

と思います。

大変だったところで、新採だったので、そんな気がします。
学び合いとは言われないけれど、一年目のぼくの実践の概念は
学び合いでした。うん、学び合いだったと思います。

jun24kawajun24kawa2008/08/15 18:15私もそう思います。
しかし、『学び合い』を知らない先生は「押さえ込む」という戦略をとります。しかし、押さえ込めない場合も多いし、押さえ込めたと思っても、後で爆発してしまいます。そして、何よりも根治をしていないから、どんどん悪化する。
善意の先生は、人間関係を結ぼうとします。高校教師の時の私がそうでした。しかし、教師との人間関係が強ければ、子ども同士の関係が希薄になる。結果として、教師の前では「よい子」でも、教師の見えないときには変わりありません。教師ドラマに感化されていた私にはそれが見えなかった。それが分かったのは『学び合い』を理解し始めてからです。