西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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08/07/31(木)

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 我々の『学び合い』では、子どもを信じます。今までだったら、教師の管理下に、教師の与えた方法に従って学習を進めていました。ところが、『学び合い』は放任のように見えます。そして、教師が教えていないのに子どもが分かるなんてありえない、と思われるでしょう。最近の講演に参加してくれたishinomakiさんのコメントにもありましたように、このあたりの誤解を解く必要があると思います。ただし、全てではありません。詳しくは署名のHPにある手引き書にあります。

 まず第一に、『学び合い』は一斉指導以上に厳しい管理下に子どもいます。その理由は二つです。第一に、彼らを管理する力の源泉が、たった一人の教師のパワーによるものではなく、クラス全員(もちろん異種でありますが教師も)のパワーによるものです。第二に、ことの正否の責任を子どもたち「も」持っているからです。これって、職員室に置き換えると簡単なのですが。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070510/1178780412

 第二に、我々が子どもと書くと、それは「子どもたち」を指します。個々の子どもの場合は、私は「その子」と書く様にしています。ところが、多くの先生は子どもと書くと「その子」を思い出します。多くの先生から、「そんな指示だけで、子どもが出来るんですか?」と疑問を持たれます。それに対して、「確かに、出来ない子が多いでしょう。でも、そんな指示だけで出来る子もいるでしょ?まあ、5、6人はいるでしょう。その子どもが広げれば良いんです。先生一人が教えようとするより、効率が良いと思いません?」と応えます。たいていの先生は、気になる「その子」に頭が一杯になり子どもの能力を否定的に見積もります。しかし、出来る子「も」いることに注目すれば見方が変わります。

 第三に、我々の書く子どもの姿を「仲良し」ととらえられがちです。そうすると、「そんなに仲良くなるはずはない」と思うのも当然でしょう。しかし、我々は子どもたちに「仲良くせよ」とは求めません。そんなの無理です。我々が求めるのは「折り合いをつけて、みんなが課題達成をせよ」と求めるのです。つまり、我々の職場の人間関係を目指しているのです。

 最後に、私が「子どもが有能である」と主張しているのは、感情的な物言いで書いているのではありません。徹頭徹尾、学術データに基づいております。熱き思いはありますが、私は研究者です。熱き思いに絡め取られてはいません。熱き思いと冷静な頭、そのバランスの中で、今の主張があります。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20050418

 考え方が、あまりにも違うので誤解もしょうがないのですが・・・