西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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08/07/25(金)

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 来年のことを言うと鬼が大笑いすると言います。埼玉の会の来年の予定が決まりました。6月6日です。期待しています!

tontan2tontan22008/07/26 00:13コメントを読みました。「みんなで」という言葉のとらえ方が違うのかもしれません。「みんなで」を求める者は、人を「駄目だ」ととらえる人間であることが前提となっています。しかし、私は「駄目だ」なんてちっとも思っていません。どの子にもそれぞれの持ち味がありるからです。一面を切って比べれば駄目なこともあるでしょう。しかし、人を立体的に捉えれば、その人その人の能力があり、人なんて大して差はありません。
上記の校長の問題も「みんなが」と「みんなで」が問題なのではなく、校長が子どもたちのために何とかしたいのだという思いがあるかどうかだと考えます。そして、そうした校長の下ではだれも学級崩壊を繰り返す教師を責めるこなく知恵を出し合うことでしょう。
「みんなで」が大切なのは一面で人を切らずに、もっと緩やかに、そして高度で、学ぶことの楽しい集団を創り上げるために必要だということです。それは「学び合い」ではないと言われればそれまでの話です。

jun24kawajun24kawa2008/07/26 12:42それは分かっているんです。とんたんさんが集団を創り上げているんですから、ちゃんと分かっているのは分かります。一点、前のコメントで「できない子どもの例を挙げてきたので、正直、「??????」と思いましたが、疑問は氷解しました。私が拘って書き続けているのは、前の「教材云々」と同じように、これから『学び合い』を始める人が、とんたんさんの言葉をどのように受け取るだろうか、ということです。
我々は既存の概念で現象を理解しています。だから、とんたんさんの言葉は、『学び合い』が既存の考え方と同種だと思われる危険性を感じるのです。あえて、違いを強調するように表現いたしています。
守破離という言葉があります。分かった人が、原理原則から離れ、運用することはOKだと思います。しかし、原理原則を分かろうとする人が、運用から入るのは、『学び合い』では無理だと思っています。今までにも、『学び合い』です、とビデオを見たら、グループ学習だったということは何度かあります。
私だって、語り口を柔らかくしたい。その方が生き方として楽であることは、十分理解している年です。お察し下さい。

tontan2tontan22008/07/26 21:02失礼な言葉の数々お許し下さい。
言葉を絞り込めば絞り込むほど、行動を絞り込めば絞り込むほど、本来のねらいからそれていくことを心配しています。
学ぶことが人にとって「快楽」であることを願います。

jun24kawajun24kawa2008/07/26 22:37多謝!