西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

08/07/31(木)

[]学年 23:00 学年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学年 - 西川純のメモ 学年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 実は昨日の小学校の先生方での研修会では、鳥取の同志の方がおられました。そこで、「どうです?」と聞いたところ、今年は小学校1年生のために躊躇しているとのお答えでした。昨年、それと全く同じことを私に言った○さんにサポートをお願いしました。思った通り、低中高学年で『学び合い』を実践している○さんらしい以下のメールをいただきました。

 『初めまして。G県○小学校の○と申します。昨年度まで、学校として『学び合い』に取り組むY小学校に勤務していました。Y小では、西川先生に色々ご指導いただきながら、3年前より『学び合い』に取り組んできました。

 1年目は、6年生の担任でした。とても、恵まれた担任集団でしたので、お互い学び合いながら、3学級でそれぞれ素晴らしい子ども達の姿を、全校の先生方に自慢することができました。でも、「6年生だから・・・」「あの6年生なら・・・」という声は少なくありませんでした。

 2年目は、3年生でした。とにかくにぎやかなクラスではあったけれど、一斉指導では味わえない成就感を味わわせてもらいました。それでもまだ、「3年生ならできるけど、低学年には、無理・・・。」という声が聞かれました。研修主任を任されている私は、「そんなことはない」といいたいけれど、「そうなのかなあ」という疑念もありました。『学び合い』を実践されている方は、そういえば、皆さん、中・高学年の先生方が多かったような気がします。

 そして、3年目、ついに1年生の担任となりました。正直なところ、高学年でガンガンやりたい思いがあったので、少々ショックでした。ところが、結果として、これまでで一番感激の1年を過ごさせていただくことになりました。

 1年生は、学習というより生活指導がスタートですので、とにかくそこから「みんなで」を強調しました。困っている子にも、私は、手を出さず、「助けてほしい人がいるよ」と「可視化」をしながら、とにかく待ちました。いつでも帰りの支度が一人でできずに、友達に手伝ってもらっている子が、初めて友達のところへ手伝いに行ったのが、忘れもしない7月10日でした。3ヶ月、待ったことになりますね・・・。

 授業では、当初は「1年生なので、~ができない」という縛りは、やはり自分の中にあって、それを、西川先生にまず指摘をされました。5月の末でした。自分でも、それなりに学び合わせていた「つもり」だったのですが、まだまだ縛っていたのだと思います。それ以来、子ども達は、教室中、教えてくれる友達を求めて机を持って動き回るようになりました。1年生の教室ですが、国語辞典も常備しておくと、ひらがなの言葉集めに大活躍でした。保護者に、初めての懇談会の席で、「子ども達にどんな学校生活を望むか」と聞いたところ、全員が「友達との円滑な交流」を望んでいることがわかりました。そこで、『学び合い』の話をして、こんな指導方針で1年間をやっていきたいと伝えてありました。学校で起きている子ども達の様子を学級便りで伝えると、『学び合い』のファンが増えてきている手ごたえがありました。西川先生に、直接メールを送る保護者もいました。

 色々な場面で、子ども達からは、感動をもらいました。西川先生に伝えたくてメールをして、ブログにアップしていただいたことも忘れられません。授業を参観していただいたたくさんの先生方からも、子ども達の学びを褒めていただきました。3月には、課題を与えなくても、2時間たっぷり自分たちで自由に自習していました。学び合う子ども達の机には、国語辞典はもちろん漢和辞典、地球儀、世界地図、日本地図・・・

 1年生の教室とは、思えないほどでした。1年生が学び合えないなんて有り得ません。1年生だからこそ、できることの方が多いかもしれません。一斉授業が染み付いていないのですから。

 最後には、校内の先生から「1年生だからできるけど、型ができている高学年ではできない」と言われてしまいました。(笑)「~だからできないというのは、やめましょう」と、初めて実践を示して言う事ができました。

 長いメールになってしまいました。お話したいことは、山ほどあります。もし、●先生のお力になれることがありましたら、ご連絡をいただければ嬉しいです。今後とも、よろしくお願いいたします。』

[]誤解 07:49 誤解 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誤解 - 西川純のメモ 誤解 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々の『学び合い』では、子どもを信じます。今までだったら、教師の管理下に、教師の与えた方法に従って学習を進めていました。ところが、『学び合い』は放任のように見えます。そして、教師が教えていないのに子どもが分かるなんてありえない、と思われるでしょう。最近の講演に参加してくれたishinomakiさんのコメントにもありましたように、このあたりの誤解を解く必要があると思います。ただし、全てではありません。詳しくは署名のHPにある手引き書にあります。

 まず第一に、『学び合い』は一斉指導以上に厳しい管理下に子どもいます。その理由は二つです。第一に、彼らを管理する力の源泉が、たった一人の教師のパワーによるものではなく、クラス全員(もちろん異種でありますが教師も)のパワーによるものです。第二に、ことの正否の責任を子どもたち「も」持っているからです。これって、職員室に置き換えると簡単なのですが。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070510/1178780412

 第二に、我々が子どもと書くと、それは「子どもたち」を指します。個々の子どもの場合は、私は「その子」と書く様にしています。ところが、多くの先生は子どもと書くと「その子」を思い出します。多くの先生から、「そんな指示だけで、子どもが出来るんですか?」と疑問を持たれます。それに対して、「確かに、出来ない子が多いでしょう。でも、そんな指示だけで出来る子もいるでしょ?まあ、5、6人はいるでしょう。その子どもが広げれば良いんです。先生一人が教えようとするより、効率が良いと思いません?」と応えます。たいていの先生は、気になる「その子」に頭が一杯になり子どもの能力を否定的に見積もります。しかし、出来る子「も」いることに注目すれば見方が変わります。

 第三に、我々の書く子どもの姿を「仲良し」ととらえられがちです。そうすると、「そんなに仲良くなるはずはない」と思うのも当然でしょう。しかし、我々は子どもたちに「仲良くせよ」とは求めません。そんなの無理です。我々が求めるのは「折り合いをつけて、みんなが課題達成をせよ」と求めるのです。つまり、我々の職場の人間関係を目指しているのです。

 最後に、私が「子どもが有能である」と主張しているのは、感情的な物言いで書いているのではありません。徹頭徹尾、学術データに基づいております。熱き思いはありますが、私は研究者です。熱き思いに絡め取られてはいません。熱き思いと冷静な頭、そのバランスの中で、今の主張があります。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20050418

 考え方が、あまりにも違うので誤解もしょうがないのですが・・・

[]昨日 07:12 昨日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日 - 西川純のメモ 昨日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は、センター講師を1日務めました。Sさんの子どもたちの声を聞けたり、楽しかった。夏休み明けに『学び合い』をトライしてもらえたらな~っと思います。『学び合い』は簡単です。少なくとも手引き書に書いているような最初の語りをして、手引き書に書いている「やってはいけないこと」をしなければ、初期段階にはたやすく達することが出来ます。そして、初期段階であったとしても、多くの先生方が悩んでいることはクリアーすることが出来るでしょう。そのあとは、悩んでいることを一人でため込まず、『学び合い』をやっている人と相談することです。が、今までの考え方と革命的に違うので、飛び込むのは大変でしょう。何度も書いているようにバンジージャンプのようです。バンジージャンプには技術はいりません。単に、あと一歩踏み出すだけです。踏み出せば、自然法則によってことは進みます。

 本日も鳥取で別な方々に語ります。一歩を踏み出す勇気を与えられたらと願います。

08/07/30(水)

[]研修計画 06:55 研修計画 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研修計画 - 西川純のメモ 研修計画 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は、今日・翌日をお世話いただく指導主事さんと飲みました。話していてびっくりです。その方が、私を呼んでくれるようになった過程は以下の通りです。

 一般の先生のように、教材や話術などで授業を組み立てようとしていたが限界を感じていた。その先生の勤めている中学校は学び合っている学校で、毎日、いろいろな先生と授業のことを話し合う学校だったそうです。そういう同僚の先生の中で、音楽の先生がいらっしゃいました。その先生が出張で授業が無くなると、「暴動が起こりそうになる」(主事先生の表現によれば)ほど生徒が嫌がるそうです。これは凄いことです。受験に関係ない音楽で、それほどまでに中学生に支持されるなんて。その先生と話していると、我々の『学び合い』を実践していたそうです。ただし、我々のことが出発点ではなく、長年の教師生活の中で自然のそのようなふうになったそうです。その先輩教師の影響を受けて『学び合い』をしはじめたら手応えを感じ取ったそうです。たとえば、保健室登校の子どもが音楽と理科(指導主事先生の教科)のときは教室に戻るなどのことが起こりました。そんな実践を積み上げていたが、センターに異動されたそうです。センターに我々の本が置かれており、そのタイトルに惹かれて読み始めてびっくり。いままで自分がやっていたことを研究しており、いままで「ぼや~」と理解していたことが言葉になっており、いままで実践していたことの先があることが書かれていたそうです。そこで、次の年(つまり今年)に私をよんでくれたということです。話していて、「こりゃ、分かっている」と思ったので、イタズラ心が沸きました。

 本日・翌日の研修は、私が話します。さらに、本日に関しては島根のSさんも話してくれます。その後に演習の時間が2時間半あります。その時間をどうするか、それを指導主事の先生に課題として与えました。語りはいつもと同じです。つまり、「で、この研修で先生が成り立たせたいことは何ですか?それを、誤りなく参集の先生方に伝えられる、シャープで短い課題を考えてください。」です。そして、案を語られる毎に、「それで分かります?」とか「で、どうやって、それを評価します?」と突っ込みます。もう、そうなったら基本的には『学び合い』における教師と学習者との関係になってしまいます。つまり、私はニコニコと酒を飲んでいる脇で、うんうんと頭をひねっている指導主事さんです。実に、面白くてためになる研修会になりそうです。

J.SASEJ.SASE2008/07/30 19:04今の私には非常に羨ましく妬ましく・・・いい話ですね(^^;)

jun24kawajun24kawa2008/07/30 20:05今日、楽しかったですよ。

08/07/29(火)

[]幼長の序 17:29 幼長の序 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幼長の序 - 西川純のメモ 幼長の序 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 よく苦労した人は人に優しい、と言いますが、あれは嘘です。苦労した人には二種類います。もちろん、「俺は苦労したから、おまえにはそういうことはさせないよ」という人もいますが、「俺も苦労したんだから、おまえもそうするのが当たり前だ」という人もいます。たいていの人の場合は、「苦労はためになるよ」なんていうことを言い訳につけるかも知れませんね。私の二十数年お仕えしたボスのT先生は、前者の典型的な方です。T先生の場合は、「俺は苦労したから、おまえにはそういうことはさせないよ」なんていうことは言いません。ただ、知らぬ間に、私は苦労しない状況に置かれているのです。私もいつの間にかT先生に初めて会った年齢を超え、T先生が学内でもキーパーソンになりはじめた年齢になりました。この頃、T先生の生き方は、とても「得」な生き方であることを強く感じます。逆に、「俺も苦労したんだから、おまえもそうするのが当たり前だ」と言うような人は、非常にそんな生き方であることが、よ~~っく分かります。

 私が大学院生だったとき、鼻っ柱の強いある大学教員の先生と話したとき、「自分より年上のやつらなんて気にすることはない。そんなのは先に退職してしまうんだから」と言い放っていたのを衝撃を受けながら聞いた思い出があります。だって、その先生が「自分より年上のやつら」と言っていた先生方は、院生の私にとっては雲上人で、とてつもない人だと恐れていた人だからです。でも、よ~~っく分かります。

 私が大学院生時代、そして助手時代、教授にとって私は「へ」みたいな存在です。敬意を払う必要性も、配慮をする必要性もない人でしょう。しかし、5年たち、10年たてば私も、それなりの実績を積み上げ、ポジションをあげます。ところが、その当時の教授(特に若い人を「へ」とも思ってない先生)は、同じ教授のままです。私との差は小さくなります。それが不快に思う人の中には、私を潰そうと思う人もいます。ところが、潰そうとする教授がいる一方、守ろうという教授(たとえばT先生)もいます。そして、私自身がそれなりの実績を上げれば、潰しきれなくなります。結局、潰そうと全力を尽くそうとも、私を1、2年程度足踏みさせるぐらいのことしかできません。結局、私も教授になれました。それも上越教育大学で開学以来の最年少で教授になれました。私は受けた恩も、仇も決して忘れません。もちろん、「仕返し」というのはする側にとってもエネルギーを損失するのでしません。しかし、決して「仇」は忘れません。したがって、普通だったらするであろう「お節介」をしません。じっと見ているだけです。一方、恩を受けた方に対しては、常に頭をつかって「お節介」をします(まあ、半数以上は本当にお節介でしょうが・・)。

 ということで、私は若い方が「腹の中で何を考えているか」分かっています。まあ、私ほど腹黒い人は少ないかも知れませんが、傾向が見えます。だって、私の過去を思い出せば当然です。だから、私は若い方、特に能力のある若い方に対して、誠意ともって対応します。だって、本当に怖いんですから。本日も、全力を尽くしました。ということで、若い方へ。私がじじーになった時にいじめないでね。お、ね、が、い

追伸 言うまでもなく、上記は『学び合い』が成立していない、日本中の多くの職場における私の立ち回り方です。『学び合い』が成立していたら、私が得意なこと以外は、みんなで解決しちゃうから、いいんですよね。

[]違い 17:29 違い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 違い - 西川純のメモ 違い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある方より以下のメールが来ました。はじめて『学び合い』を知った方としては当然の疑問です。

 『○中で研修主任をしている○○といいます。本校では●●中の実践を参考に教科研修ではなく学年研修をおこなっています。●●はS先生が深く関わっていますが、学び合いや学びの場の設定など西川先生とS先生の考え方は似ていると感じます。西川先生はS先生と何かつながりはあるのでしょうか?違いや共通点について教えていただけないでしょうか?』

 同志の方には了解済みのことでしょうが、最初の方々のために返信を可視化します。

『我々の『学び合い』(意識して二重括弧を使っています)に興味を持っていただき、ありがとうございます。さて、結論から言いますと、我々の『学び合い』は「学び合い」という言葉を使っていますが、S先生の学び合いとも、I市の学び合いとも、その他、全ての学び合いとも全く違います。方法論のレベルではなく、考え方の違いです。詳しくは署名のHPの「学び合いを学ぶコーナー」をご参照下さい。各種の資料・動画を公開しております。

S先生の学び合いも、I市の学び合いも、一斉指導です。基本的には、教師が細かいところまで指示をします。たとえば、「机の位置をコの字にする」、「最初の5分間程度は自学で、その後、学び合いをさせる」、「子ども同士の会話を教師が紡ぐ」というものです。ところが、我々はそのような方法レベルのことは、指定しません。何故かといえば、一人一人の多様性があり、一人の指示や指導ではそれらに対応しきれない、と考えるからです。我々は、そのような方法のレベルのことは、子ども一人一人が、そして子ども集団が折り合いをつけて、自分の、自分たちの頭で考えるべきだと思っています。教師がすべきことは、そんな机の位置を決めることではなく、何のために学ぶのかをちゃんと語り、みんなでみんなが出来るようになる子ども集団を作り上げることだと考えています。まあ、ちょいと抽象的なので、象徴的なことを語りましょう。

我々の『学び合い』では、教師がクラス全体に語る時間は最大でも5分間程度です。たいていは「教科書○ページから○ページまでを全員でやること」ぐらいのやるべき課題のことを語って終わります。さらに言えば、そのようなことを積み上げていくと、1単元ぐらいを任せることが出来ます。さらに言えば、最高のクラスが作り上げられると、小学校高学年だったら指導要領の原文を子どもたちに与え、「さあどうぞ」で終わりです。それで、最低点(平均点ではありません)が80点以上で、人間関係の良好な集団が形成されます。

信じられないとは思いますが、ちゃんとした理論と実践があります。さらに、信じられなければ、現実のクラスをご覧下さい。見れば、私の書いていることはごく当然であることがおわかりになると思います。

が、今の段階では、分からないだらけのことだと思います。どんどんメールしてください。誠意を持って返信をいたします。』

[]鳥取 16:51 鳥取 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 鳥取 - 西川純のメモ 鳥取 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は午前中は大阪で会議があり、今は鳥取にいます。明日、明後日は鳥取のセンターで講演をします。それにしても、大阪も鳥取も涼しい。びっくりです。

OB1989OB19892008/07/29 17:35得意なことは自動化を起こしますから、やっぱり『学び合い』ですよね。

jun24kawajun24kawa2008/07/29 22:03はい!

J.SASEJ.SASE2008/07/29 22:20西川先生、出張お疲れ様です。
私が指導主事と対立していることを、研究生仲間は心配してくれます。有り難いです。
でも、私は初任の学校で、10年以上先輩の教師からもっといろいろな仕打ちをされた経験があります。結果的には教育委員会も巻き込んでいろいろありました。
それに比べると、今の立場は非常に楽ちんです。最終的な報告書は指導主事の出方いかんで何とでも書けると考えています。
経験は困難を乗り越える最大の武器になると改めて感じました。
新潟が近づいてきました。お会いできるのを楽しみにしております。

jun24kawajun24kawa2008/07/30 06:58日本の教師は善意の人たちです。政治をしてくださいね。

08/07/28(月)

[]山形 22:17 山形 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 山形 - 西川純のメモ 山形 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は山形の寒河江で講演してきました。会場いっぱいの先生方の熱気を感じました。また、びっくりしたの質疑の時間です。私の講演会の後は、私の毒気に当てられて「唖然」となるのが普通なのに、寒河江では的確な質問を多く受けることが出来ました。

 うれし~

 終わり次第、飛行機で大阪に移動しました。

isinomakiisinomaki2008/07/28 22:28今日は私も参加させていただきました。有り難うございました。質問も鋭いものが多く「おおっ!」と思って聞いてました。時間が限られているので仕方がないのですが「子どもを信じる」ということの意味をどうつかんでもらえるのかって難しいなあと思いました。『学び合い』って何か良さそうだけどやめとこ、と思うのはやっぱり「子どもは言わなきゃ勉強しない」と思うのも大きな理由ですよね。でもそうではない、と実感してもらうのはやっぱり長いスパンで見てもらうしかないようです。となると、私みたいなへなちょこでも失敗は許されないなあ…、と思ってしまうのです。

jun24kawajun24kawa2008/07/28 22:44大丈夫!
子どもに語りましょう。
東北を変えようと。
子どもたちは、きっと応えてくれますよ!

08/07/27(日)

[]記事 18:11 記事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 記事 - 西川純のメモ 記事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、朝日新聞に記事が載りました。よかった、よかった。これに触発されて、『学び合い』の実践を見に来る人が増えると良いと思います。

 私は人徳のなさから、本でもブログでも、相手の気に障ることを書いてしまいます。反省。でも、そうせざるを得ない事情もあります。つまり、口当たりの良いことを書くと、世の圧倒的大多数を占めている”学び合い”と同じだと解釈されてしまうからです。

 一方、我々の『学び合い』にはものすごい強みがあります。第一は、事実がある、ということです。百万の言葉より、一千万の学術データより、子どもの姿が雄弁です。

 第二に、我々の実践は、日常な点です。練りに練った、ある日、ある時間に見せているものとは違います。基本的に、いつでも参観Okです。

 でも、考えれば、馬鹿馬鹿しいですね。だって、上記はあたりまえですよね。理論は実践と対応していなければ意味がありません。そして、実践は1年中、常に成り立つものでなければならないはずです。現状の教育理論の中で、「子どもの姿を見てください」と、さらには「いつでもいいよ」と大見得切れるのはどれほどあるでしょうか?

 あ、また、人のかんに障るようなこと書いちゃった・・・

追伸 明日は山形の寒河江で講演をして、終わり次第、大阪に移動です。

katunori-skatunori-s2008/07/27 18:35今、新聞を買ってきました。29面教育欄ですね。
「知識を問うA問題より、知識の活用力を調べるB問題の方が成績がよかった」という記述もありました。
一方、1面には「縮む夏休み(授業増)」の記事、読売新聞には「教科書ページ倍増」と、量的に増やす方向性。こちらには「う~ん」と思ってしまいます。

katunori-skatunori-s2008/07/27 18:36山形、寒河江の講演会、よろしくお願いします。わたしは校務のため、残念ながらうかがえません。すみません。

jun24kawajun24kawa2008/07/27 20:39我々は結果で証明しましょう。
時間はかかりますが、勝利確実!

koushinsenjinkoushinsenjin2008/07/28 12:02今朝,新聞を手に入れられました♪教頭先生にもお見せして,ちょっと広報~。

MizuochiMizuochi2008/07/28 12:28新聞記事の効果でしょうか?
第4回教室『学び合い』フォーラム2008の参加申し込みが
愛知県、長野県、千葉県よりありました。
ぜひ、我々と語り合いにいらして欲しいです。
先生、お体を大切に。「期待してるよ。」(笑)

jun24kawajun24kawa2008/07/28 22:10koushinsenjinさんへ
広報ご苦労様です。
Mizuochiさんへ
目標人数は分かっているよね。
期待しているよ、あはははは
katunoriさんへ
寒河江の先生方が本当に勉強されていることは、質問された方々の質問で分かります。その方に、よろしくお伝え下さい。寒河江の方々が大好きです。

katunori-skatunori-s2008/07/29 05:34ありがとうございます。伝えさせていただきます。

08/07/26(土)

[]記事 23:06 記事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 記事 - 西川純のメモ 記事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日の朝日新聞の朝刊教育面「がっこう探検隊」に記事が載ると思います。

[]天才 23:06 天才 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 天才 - 西川純のメモ 天才 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は学術論文の長い原稿を1、2分ななめ読みすれば、だいたい分かります。頭はバカになっても、そのあたりはプロですから。(現在、日本理科教育学会の学会誌編集委員長です。)

 夏休みになって、息子の絵日記を毎日よみます。

 論理の展開、また、用いられている語彙、親ばかですが天才を感じます。あはははは

[]出来なかったら 09:22 出来なかったら - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出来なかったら - 西川純のメモ 出来なかったら - 西川純のメモ のブックマークコメント

 真面目に『学び合い』に取り組んでいる、初期段階から充実段階へ移行している先生方が最も疑問に思うのは、「みんなが」を求めてそれが成り立たなかったらどうしたらいいかということです(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080609)。例えば、子どもたちに1時間を与えて、ある課題をやらせます。ところが、ある一人の子どもが出来なかったとします。善意の先生は、一斉学習の「教師が方法のレベルを背負う」という意識から、もう1時間を与えます。そんなことが続けば、年間計画がグチャグチャになってしまうのは当然です。

 そのような先生が理解していないのは、「みんなが」を成り立たせなければならないのは「みんな」の仕事であることです。教師の仕事は「みんなが」を求める「みんな」を育てることであり、そうなった「みんな」がやりやすい環境を整備することなんです。だから、与えた条件(例えば1時間でやるあげる)で出来なかった場合は、その子が出来なくても前に進みます。だって、「みんな」の仕事が未達成だったとき、その帳尻あわせを教師はすべきではないからです。本質的解決は、「みんな」が帳尻合わせをするようにならなければなりません。。そして、教師はそのために「みんなが」を達成することを求めるのです。そうすることによってのみ、専門家が境界児と認定した子どもが、算数で100点を獲得できます。

 これを学校に置き換えましょう。

 ある先生のクラスで問題が頻発します。保護者からのクレームも多く、その学年の先生ばかりではなく、他の先生もそれを気づいています。さて、校長のすべきことはどれでしょうか?

 第一は、その担任を担外にすることです。状況によっては必要でしょう。でも、そいういう状況にまでほっておいたことが最大の原因です。そして、問題を起こす先生を担外にするということをし始めたら、際限がなくなる危険性があります。繰り返しますが、状況によってはしょうがないとは思いますが、下の下策です。

 第二は、校長・教頭・教務主任がそのクラスに入ってサポートします。なぜなら、教諭の先生方はものすごく忙しく、それ故、それを求めても無理だろう、と「校長が思っている」からです。その校長・教頭・教務主任が力がある先生の場合、とりあえず問題を沈静化できるかもしれません。しかし、その先生へのサポートを常にしなければなりません。そして、周りの先生方(特に、その学年外の先生方)は、その先生の問題を解決するのは自分たちの仕事ではないと考えるでしょう。私は、その先生が問題を起こす原因は、「その先生」というより環境であると考えます。少なくとも、「その先生」の原因はあるかもしれないが、それを直ぐに解決出来ないとしても、「環境」によって乗り越えられると思います。残念ながら、これでは、その学校の環境は変わらないでしょう。

 第三は、上記に書いたように、その先生の問題は、「みんな」の問題であると捉え、それを「みんな」に語り、求めます。そして、その学年ばかりではなく、職員全体でなんとかする集団を創り上げることに意を尽くします。そして、教育委員会からの問い合わせに対しては、毅然として説明します。私は、「その先生」の問題が完全ハッピーエンドにならなくとも、それが最善の道だと信じています。校長の仕事は、個々のクラスの問題を解決することではなく、個々のクラスの問題を解決できる集団を創り上げることです。そのためには、自分が手を入れてはいけないと思います。もちろん、それが必要な場面はあるでしょう。しかし、「それこそが校長の力量」とは考えず、「自分が力量がないから」と考えるべきだと思います。

[]『学び合い』は厳しい 09:22 『学び合い』は厳しい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』は厳しい - 西川純のメモ 『学び合い』は厳しい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの同志が経験したことがあると思います。ちょっと前までは「最高!」と思っていた集団が、「????」と感じ始めます。もちろん、みんなが遊び回るわけではありません。テストの点数も前よりも多少下がったとしても、それでも平均値は全国平均よりも高いので、それほど悪くはありません。つまり、ものすごく悪くなったという訳ではないのです。しかし、何か変なんです。

 例えば、『学び合い』のクラスなので、うるさいですし、子どもが立ち歩きます。でも、ちょっと前までとは違います。以前は心地よかった子どもたちのざわめきが、何故か不快に感じます。どう説明をして良いのか分からないのですが、何か熱心さが感じられない。小グループ内ではそれなりのやりとりをしているのですが、小グループを超えた立ち歩きが少なくなります。テストの点数からいうと、今までは全員が期待得点以上だったのに、一人二人が期待得点以下になります。ただし、その子のことを思えばしょうがないとも思えます。

 さて、こんな時です。「まあ、そんなときもあるさ」と思いそのままにしておきます。そうすると、1週間もたたないうちに目も当てられない状態になってしまいます。教師は「なんでそうなったの?」と思います。

 ポイントは、そんな状態になったときに目立つ遊ぶ子ではありません。ぽいんとは、そんな状態になったときにでも課題を達成し続けている、出来る子なんです。『学び合い』を維持している原動力は、教師の願いですが、その願いを一番敏感に捉え、それに沿った行動するのは子どもの多くは、出来る子です。

 『学び合い』の初期段階では、業者テストでそこそこの点数をみんなが取るということは、とても大変なことです。だから、その子が動きます。ところが『学び合い』がある程度、成立し始めると、その子が動かなくても、手を抜いても、そこそこの点数をとることは可能となります。そうなると手を抜き始めます。教師が「???」を感じるのは、その状態です。出来る子の行動を見ると、課題はちゃんとやっています。だから、教師は見落としがちです。しかし、よく見ると、出来る子が周りに関わる言動は低下しますし、関わる相手は特定になります。この段階で教師が気づき、「締め」ないと、あっという間に、それが周りの子どもに広がります。それが

 我々生物は、本源的には楽をしたがります。こりゃしょうがない。『学び合い』が成立しようが、しまいが、どちらにしても本性は代わりません。そして、多様な人と関わるよりは、ごく少数の人と関わる方が楽であるというのは、サルも持っている我々の本性です。『学び合い』をすると「やったふり」をしなくなる、ということはありません。正確に言えば、『学び合い』では「やったふり」が出来ないのです。なぜなら、「どうやったか」というプロセスを評価するのではなく、「何を達成したか」という結果を評価します。もちろん、プロセスを心の中では評価します。でも、厳しく評価するのは結果です。プロセスは「ふり」は出来ますが、結果は「ふり」は出来ません。『学び合い』でいくら高まっても、「ふり」でクリアーできるようになれば、やがて「ふり」をし始めます。だから、常に子どもには高い課題を与え、厳しく評価し続ける必要があります。

 さて、高い課題はどのような課題を与えるべきでしょうか。子どもたちには能力差が大きい。能力の高い子どももへとへとになるような課題を与えたら、クラスの半数近くの子どもにとってはどうしようも無くなる危険性があります。能力の低い子どもに合わせると、能力の高い子は「楽」をしはじめます。優れた教師は、それを乗り越えるような課題を考えられることができます。しかし、全ての教師に、全ての時間を求めるのは無理です。優れた教師であっても、発展的な課題の場合は全ての子どもに対応できる課題が出来たとしても、単純な基礎の部分はそれが難しくなります。一斉学習では、一人一人にあった課題を教師が用意するというようなことをしますが、そんなこと毎時間対応できるわけありません。ではどうするか。私の知る限り、最も優れた課題は「みんなが」なんです。それによって、能力の高い子どもにとっても「楽」の出来ない課題であり、かつ、能力の高くない子どもはサポートを受けられます。つまり、能力差の帳尻を教師一人でやるのではなく、クラス全体でやった方が良いに決まっています。

 「みんなが」というのは子どもにとって、大変な課題です。そして、教師にとっても大変課題です。管下の人に大変な課題を求めるられるか、否かは管理者としての腹が問われます。

追伸 昨日、ほぼ4ヶ月ぶりにゼミメンバーにしっかりと「お説教」をしました。その際には、本日のメモのこと、さらにそれ以上のことを30分近く語りました。基本は「みんなが」が崩れると何が起こるか、ということです。「みんなが」を求めることは、私でも正直、ドキドキします。しかし、それを求めることが大事だと考え、お説教をしました。本メモもゼミ生に対するお説教の続きという意味もあります。今のゼミ生に「みんなに」を求めたら安易に流れそうです。なにしろ「みんなが」を求めても安易に流れそうになっているのですから。でも、その第一の原因は、私です。教職大学院への制度移行、免許プログラムの学生さんの教員採用試験を勘案し、上記で否定している先読みしてしまい「みんなが」を求めることが甘かったことが原因です。こういうときは、率直に謝り、原理原則に戻ることです。

HirarinHirarin2008/07/27 05:35朝日新聞朝刊29面拝見しました。
大きく取り上げられましたね。
タイトルの 「学び合い」で支え合う
小見出しの 全員分かるまで教室動き回る
      「ライバル」が「仲間」に
そして、現場の先生方の実感を伴ったコメント
どれもインパクトがありました。
勉強になりました。
先生もお体に気をつけていい夏にしてくださいね。

jun24kawajun24kawa2008/07/27 06:48う~ん、見たい!

jun24kawajun24kawa2008/07/27 07:26セブンイレブンで買ってきて読みました。
よかった、よかった
これで紹介された学校に参観希望があり、現実の子どもを見てもらえると思います。
百万の言葉より、子どもの姿。
一度見れば、ごくごく自然な姿であり、かえって今の一斉指導の方が「変」と思ってもらえると思います。

iku-nakaiku-naka2008/07/27 14:25今、慌ててコンビニに走り、新聞を買ってきました・・・載ってる!!それも学校名まで。ちょっとビックリです。でも、これが起爆剤になるといいなあ~と心から思います。

jun24kawajun24kawa2008/07/27 17:48少なくとも信管にはなりますね。火薬の方は、iku-nakaさん、よろしくね。

08/07/25(金)

[]みんなが、みんなで 22:42 みんなが、みんなで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - みんなが、みんなで - 西川純のメモ みんなが、みんなで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 おそらく、多くの先生方には「みんなが」と求めるのと、「みんなで」と求めることの違いなどどうでもいいかもしれません。でも、とても大事なことだと思います。

 同志は子どもに課題を求めるとき、「みんなが出来るように」と求めることも、「みんなで出来るように」と求めることもあると思います。おそらく、どちらか一方だけ、とうのは理論的にはあり得ますが、たいていの場合は、両者とりまとめて、曖昧に、その場、その時に合わせて比重を変えて求めているように思います。しかし、自らの管理しているクラスに対する信頼度によって、求める比重が変わると思います。

 私には西川研究室(チーム)という担任クラスがいます。その集団には能力的にも指向的にも多種多様な人がいます。ある年度には、(研究において)優秀な人ばかりになり、ある年度には、そうではない人ばかりになるということはありません。どんな年度においても、多様な人がいます。しかし、年度によって集団の力が強いときと、弱いときがあります。その原因は、その集団のメンバーの平均値ではなく、管理者(つまり私)の考え方と集団の質(個々人の質の合算ではありません。主に、集団の人数の多寡と多様性です)によって決まります。

 そして、集団の力を信頼できないと、「みんなで」という方法レベルのことを求める比重が高くなります。それが集団の力が信頼できるようになればなるほど、「みんなが」を求める比重が高くなります。そして、最高度に信頼できるようになれば、「みんな」を求めなくなり、ただ単に個々人の「結果」を求める比重が高くなります。

 『学び合い』によって、クラスの最低点は上がります(上がっていなければ『学び合い』をやっていないのでしょう)。しかし、一方、最高点も上がります。業者テストという極めて低レベルの課題だからそれが見えないだけです。もともと能力の高い子は、もっと高くなります。従って、業者テストレベルだからレンジは小さくなりますが。実際は、能力差はあります。そして、極めて能力の低い子はテストの点数は低いままである可能性を否定しません(ただし、多くの先生が考えるより少ないと思いますが)。

 それは、西川研究室でも同じです。もちろん、境界児は上越教育大学・大学院には来ません(私の教えた高校にはいましたが。)。しかし、大学・大学院(特に西川研究室においては)が求める課題の高さに比したとき、それが絶対に無理だと「思われる」学生さん、院生さんはいます。だって、多くの教科教育学の大学研究者が生涯に5報も書けない学会誌論文レベルの論文を、この二十年の歴史の中で半数以上の学部学生さんが達成し続けたのですから、そうでない学生さんがいたとしても当然です。

 さて、そのような子がいたとします。集団の力を信じられなければ、「みんなで」を求めるでしょう。なぜなら、「無理だ」と教師が先回りして答えを出しているからです。ところが教師が「みんなで」を求めれば、これは極めてきつい。「みんなで」を求められるより、もう一歩も、二歩も何とかしようと思うでしょう。その結果として、教師が無理だと判断した子どもが、教師の予想を乗り越えて出来るようになるかもしれません。(同志の多くはそのような事例を知っていますよね)。でも、そうやっても無理な場合があるでしょう。「みんなで」を求める教師は、そういう状態を想定しているからこそ、「みんなが」ではなく「みんなで」を求めています。

しかし、教師が駄目だと判断したとして、その根拠はどれだけのものがあるでしょうか?それが「ある」と言い始めたら、そりゃ、早晩、一斉学習になるでしょうね。「教師は最善ではなく、子ども集団に力がある。そして、そのような子ども集団を作るのが教師の仕事」と考えるのが我々です。その子が出来るか、出来ないかなんて、教師が分かるわけありません。子どもがいろいろやって、それで出した結果が最善だと私は信じます。ただし、自らのクラス(つまり私の場合は西川研究室)の力が信じられないと、そういうことが出来なくなり、方法に介入し始めます。

 もし、教師が先回りして「駄目だ」と判断し、それに合わせたものを求めたらどうなるでしょうか?一人一人は、その判断を教師に求め、一人一人がなんとかしようと思わなくなります。そして、教師の予想を超える結果は出ないでしょう。まあ、一斉学習よりはいくぶん最高点と最低点の幅は小さくなるでしょうが。

 しかし、本当に駄目な子がいたとします。それが悩みの種です。多くの同志が初期段階から充実段階に進む時、即ち「みんな」を徹底する際に悩む関門です。私は教師が「駄目だ」と判断して、「みんなが」というものをやめるのではなく、「みんなが」ということを維持することは大事だと思います。ただし、「みんなが」が達成しないときに、責めると言うよりも、「みんなが」を達成できる期待と願いを語ればいいことです。そして、成績は連帯責任ではなく、個々人を評価することは当たり前のことです。

 しかし、当然、「そんなこと言っても無理だよ」と訴えに来る子どもがいるでしょう。そんなとき、「じゃあ、○○さんは無理だから、みんなが出来るということを先生が求めなくなった方がいい?」と子どもたちに聞いてはいかがでしょうか?おそらく、『学び合い』が成立した子ども集団であれば、教師が「みんなが」を堅持する意味を分かっているはずです。もし、それを引き下げれば、次に除外されるのは自分ではないかと予想している子どもは多いはずですし、その子「たち」がいる集団は不健全であることは分かっているはずです。では、そのような子どもたちはどうするか?

 ある学校を想像してください。その学校には、地域にも鳴り響いた先生もおられます。一方、学級崩壊を繰り返す先生もおられます。そして、そこまで行かなくとも、周りの先生方のサポートによって、なんとかしている先生もいます。そして、大多数は、その中間の先生方で占められています。つまり、多くの学校の状態です。

 さて、校長が「みんなで」を求めたとします。そして、何故、「みんなが」ではなく「みんなで」であるかといえば、「学級崩壊を繰り返す人」がいるからであるとします。おそらく、管下の職員は校長の腹を察するでしょう。そうしたら、「学級崩壊を繰り返す人」に対して、どれほどの「みんなで」をするでしょうか?そして、そのような学校において「周りの先生方のサポートによって、なんとかしている先生」は安心できるでしょうか?

 一方、ある校長は「学級崩壊を繰り返す人」がいることを十分承知していますが、「みんなが」を求めたとします。なぜなら、「学級崩壊を繰り返す人」のクラスの子どもにも学ぶ権利があるからです。そして、「学級崩壊を繰り返す人」の可能性を信じているからです。

 さて、集団を信じられない校長ならば、おそらく、学年主任、教務主任、教頭・・・、とにかく誰かを校長室に呼び、こんこんと求めるでしょう。そして、その人が、ひーひー言って、ひずみは出るでしょう。教師に「そんなこと言っても無理だよ」と行ってくる場合は、大抵は、この事例です。

 一方、集団を信じられる校長の場合は、基本的に集団全員に「みんなが」ということの意味を説明し続けるでしょう。そして、個々人のレベルでは集団の中で折り合いをつけて「みんなが」を最後まで求め続けます。つまり、相対的に求めない人も、また、ある人が求めない時もありえますが、でも、集団として求め続けるのです。

 さて、3者の校長の、いずれの学校の職員になりたいでしょうか?私は最後の校長の下で働きたいと思います。

追伸 もちろん、最高の管理職は何も求めないが、職員集団がそれを求める学校に働くのがベストです。でも、そのような職場の場合、職員集団が管理職が「みんなが」を強く求めていることが、集団として了解しているときの場合だと思います。

[]埼玉の会 08:12 埼玉の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 埼玉の会 - 西川純のメモ 埼玉の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来年のことを言うと鬼が大笑いすると言います。埼玉の会の来年の予定が決まりました。6月6日です。期待しています!

[]目指すもの 07:14 目指すもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 目指すもの - 西川純のメモ 目指すもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある同志の最近のメモを再読し、ふと考えました。

『1学期の成果は十分でなくても、戻ろうとは思えません。おそらく疲れ切るほどの授業をしても、数字に表れるものだけを見ても毛を生やした程度のプラスαがあるだけで、さらに、この先もっとこうよくなっていく、こう伸びていくという期待が持てませんでした。というより、期待を持てる姿を描けていなかったというのが正しいです。まだ学習に取り組めない子がいますが、終業式まで「みんな」を語りました。語るに値する何かがある。このことが一番重要なのだろうと思います。』http://manabiai.g.hatena.ne.jp/so-ri/20080721

 ふと考えたのは、私がかって一斉指導をしていたとき、そして、現在でもしているとき、その時、私は何を期待しているかです。それは「私のレベルに近づけること」です。『学び合い』では「三桁の計算」の学習にさえも、「自分を超える何かがある」ことを期待できます。もう一つ、日本中の多くの優秀で真面目な先生(つまり、日本中の大多数の先生方)は、疲れ切るほどの授業をしているんだろう、と思いました。それを乗り越えられた同志のことを思い、また、乗り越えられずもがいている先生のことを思い、朝一番からボロボロと泣けました。

tontan2tontan22008/07/26 00:13コメントを読みました。「みんなで」という言葉のとらえ方が違うのかもしれません。「みんなで」を求める者は、人を「駄目だ」ととらえる人間であることが前提となっています。しかし、私は「駄目だ」なんてちっとも思っていません。どの子にもそれぞれの持ち味がありるからです。一面を切って比べれば駄目なこともあるでしょう。しかし、人を立体的に捉えれば、その人その人の能力があり、人なんて大して差はありません。
上記の校長の問題も「みんなが」と「みんなで」が問題なのではなく、校長が子どもたちのために何とかしたいのだという思いがあるかどうかだと考えます。そして、そうした校長の下ではだれも学級崩壊を繰り返す教師を責めるこなく知恵を出し合うことでしょう。
「みんなで」が大切なのは一面で人を切らずに、もっと緩やかに、そして高度で、学ぶことの楽しい集団を創り上げるために必要だということです。それは「学び合い」ではないと言われればそれまでの話です。

jun24kawajun24kawa2008/07/26 12:42それは分かっているんです。とんたんさんが集団を創り上げているんですから、ちゃんと分かっているのは分かります。一点、前のコメントで「できない子どもの例を挙げてきたので、正直、「??????」と思いましたが、疑問は氷解しました。私が拘って書き続けているのは、前の「教材云々」と同じように、これから『学び合い』を始める人が、とんたんさんの言葉をどのように受け取るだろうか、ということです。
我々は既存の概念で現象を理解しています。だから、とんたんさんの言葉は、『学び合い』が既存の考え方と同種だと思われる危険性を感じるのです。あえて、違いを強調するように表現いたしています。
守破離という言葉があります。分かった人が、原理原則から離れ、運用することはOKだと思います。しかし、原理原則を分かろうとする人が、運用から入るのは、『学び合い』では無理だと思っています。今までにも、『学び合い』です、とビデオを見たら、グループ学習だったということは何度かあります。
私だって、語り口を柔らかくしたい。その方が生き方として楽であることは、十分理解している年です。お察し下さい。

tontan2tontan22008/07/26 21:02失礼な言葉の数々お許し下さい。
言葉を絞り込めば絞り込むほど、行動を絞り込めば絞り込むほど、本来のねらいからそれていくことを心配しています。
学ぶことが人にとって「快楽」であることを願います。

jun24kawajun24kawa2008/07/26 22:37多謝!

08/07/24(木)

[]山超える 14:36 山超える - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 山超える - 西川純のメモ 山超える - 西川純のメモ のブックマークコメント

 数ヶ月にわたる実践研究から帰った院生さんたちは、しばらくすると私のところに相談に来ます。たいていは泣き言、愚痴をちりばめながら、どうしようもないと訴えます。しょうがありません。現職経験十年以上の方であったとしても、院生としては初心者なのですから。

 私は小中学校の教師経験はありませんが、一方、大学教師としては二十二年の経験があります。だから、どんなに愚痴られても驚きません。私に時間の余裕があるときは、泣き言、愚痴を黙って承ります。そして、私の時間の余裕がない時は、それを遮って、語ります。毎年、毎年、同じことを聞きます。それは、「で、子どもの姿を見て、何を感じた?」と。それに対して、研究的にまとめようとしてもまとまらなくて悩んでいる院生さんですが、「感じた?」レベルに聞くと、しゃべります。そのしゃべったことが、長々としたものではなく、短く語れたとき、私は「あ、山超えたな」と思います。長々と語るときは、たいていは学術的にしようと思って、つまらんことに拘っているときです(その場合は、「心に響かない」とか「つまらん」とか「ね、恥ずかしくない?」とか、ものすごく冷たく突き放します。)。短く語るときは、「素の教師(教師の卵)」の感性に基づくものであり、それは教育の本質を突くものになっています。

 短く語れたとき、私は「で、なんでそれを感じたの?」と聞きます。そこで具体的な事例を挙げられたら、もう研究の骨子は固まったものです。あとは、それを厳密に記載し、数量的にするための「技術的アドバイス」をすればいいだけです。もし、その事例が明確でない場合は、「人間の直感は正しい。そして、それは具体的な言動に基づいて総合的に判断している。だから、何らかの子どもたちの言動があるはず。絶対にある。それを見いだしなさい。」と言って、膨大な音声記録・映像記録の山の中に戻ることを求めます。最大で1ヶ月以内にそれを見いだされます。あとは、それを数量化できるぐらい、多くの事例を見いだすだけの単純作業となります。

 本日、ある方が「山を越えました」。その方が、ごちゃごちゃ言っても、そうなんです。だって、研究に関しては、一対一ならば圧倒的に私の方が経験豊富です。あはははははは

[]宮城の会 06:47 宮城の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 宮城の会 - 西川純のメモ 宮城の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ishinomakiさんのお求めに応えて、第一報を紹介します。11月29日に宮城県仙台で『学び合い』の会をします。詳しくは、右の蘭のブログ群の「十人十色」さんへ。

katunori-skatunori-s2008/07/24 22:14今日、ある授業をしていて、ちょっと趣旨からずれた考えをしている子がいました。「それ、違うんじゃない?」と言ったら、「どうしてですか!」とつっかかってきました。小学校2年生です。
「あのね。『それがいい』って、先生がわかるように説明してくれる?『なるほどなあ』と思ったら、認めますから。」と言いました。
2年生相手に、ムキになっちゃいました。
でも、口で負けなかったから「あっはっは」でした。
N先生の今日のメモを見て、今日の自分を思い出しました。

宮城の会、わたしも参加します。

jun24kawajun24kawa2008/07/24 22:27教え子が自分を超え、自分の愚かしさを学べるときが、至福の時ですよ。あはははは

katunori-skatunori-s2008/07/24 22:34かつての上司が教えてくださった言葉。
「最低の教師は、自分以下の人間を育てる。
 ふつうの教師は、自分くらいの人間を育てる。
 最高の教師は、自分以上の人間を育てる。」
自分以上の子どもに育ったときは、至福のときです。

今回のケースは、「へそまがり」対応の事例で、まあ、おはずかしいことです。(^_^;)

jun24kawajun24kawa2008/07/24 22:59長年、学生・院生を指導していますが、へそ曲がりには二通りがあると思います。第一は、自分自身の考えがあり能力がある人です。この場合は、既存の考えを超えることを考えているのですから、既存の考えの人から見ると「へそ曲がり」に見えます。第二は、能力、特に、人の言っていることを理解する能力に欠けている人です。多くは謙虚さに欠けているためです。相手の言っていることを理解できないので、会話が成立しません。それ故、「へそ曲がり」に見えます。一見すると、同じように「へそ曲がり」なのですが、直ぐに違いが分かります。それは結果です。第一の人の場合は、既存の考え(具体的には私の考え)を超える素晴らしい結果を出せます。第二の人の場合は、出せません。ちなみに、私の指導してきた博士課程の学生さんたちは、いずれも「へそ曲がり」です。ただし、極めて礼儀正しく、でも頑固な「へそ曲がり」です。あはははは
たいていの場合は、第一の人です。第二の人も、第一の人になれる可能性は大です。「へそまがり」を育てるのは、教師の「出」が多くなる可能性は高いです。そのため、大変ですが、得られるものも大きいですよ。

iku-nakaiku-naka2008/07/24 23:03上のコメントを読ませて頂き、私も礼儀正しく、頑固な「へそ曲がり」になりたいと思いました。

szeidzsiszeidzsi2008/07/25 00:25常に行き詰っている身として(恥ずかしながら)とても参考になりました。へそ曲がりにはなりたくないですが、すでに曲がっているので第一のへそ曲がりを目差します。

jun24kawajun24kawa2008/07/25 06:25聞く能力が無い人が『学び合い』をやろうなんて思いませんよ。また、「へそ曲がり」だから『学び合い』をやっている。コメントをいただいたkatunoriさんを含めて、3人とも礼儀正しく、頑固な「へそ曲がり」ですよ。あははは

08/07/22(火)

[]本日 22:20 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教職大学院か既存大学院のいずれを受験しようか悩んでいる学生さんがいました。論より証拠で、教職大学院の授業に体験参加してもらうことにしました。先ほど、「今日一日で自分の中で結論を出すことができました。」というメールをいただきました。

 現在、私のメインのコンピュータを移動中です。以前のコンピュータでインターネットエスプローラーで嫌な思いをしました。そこで何とかならないかと悩んでいたら、先達の方からファイアーフォックスというブラウザーを紹介してもらいました。使い始めて、「なんで、こんないいもの今まで教えてくれなかったの!」と先達の方に言っちゃいました。

 上記の他、学生さんのための良い悪巧みをしつつ、夏の講演の準備をして一日を過ごしました。

rion_fujirion_fuji2008/07/23 08:55うらやましいです。進学できるときに進学できればなあ~。

rion_fujirion_fuji2008/07/23 08:56間違いました。進学したいときに・・・でした。

jun24kawajun24kawa2008/07/23 09:49まっているよ~

Y.MochizukiY.Mochizuki2008/07/31 05:54現在Firefox3 をメインで使っていますが、
かなり表示速度も上がっています。
InternetExplorer との併用が望ましいですね。

jun24kawajun24kawa2008/07/31 07:04情報、ありがとうございます。
そのようにします。

08/07/21(月)

[]充電 17:52 充電 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 充電 - 西川純のメモ 充電 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 土曜日は家族で買い物に行きました。

 日曜日は滝を見に行き、滝近くの「流しそうめん」の店で食べました。

 本日は家族で海水浴に行きました。楽しかった。海の家に行って、息子はかき氷を食べ、我々はラムネを飲みました。私のラムネを飲んだ息子が「ビー玉とれるかな?」と言ったので、私が「無理だよ」と言いました。それを聞いていた海の家の人が、息子にビー玉をくれました。嬉しい。

 三連休は充電しました。

08/07/20(日)

[]夏休みの予定 19:28 夏休みの予定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 夏休みの予定 - 西川純のメモ 夏休みの予定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の夏休みの予定を公開します。参観希望や飲み会参加希望があったら連絡下さい。

 7月28日 山形寒河江市で寒河江市及び近隣の先生方を相手に語ります。講演後、直ちに山形空港から大阪に向かいます。

 7月29日 大阪で連合博士課程の会議があります。終わり次第、鳥取に移動します。

 7月30日 鳥取教育センターで中学校10年研修会があります。鳥取に宿泊です。

 7月31日 鳥取教育センターで小学校理科研修会があります。終わり次第、益田に移動です。

 8月1日 島根の益田で西日本で最初の『学び合い』の会を開きます。といっても、こじんまりとした会となります。その日は益田に泊まります。ということでゆっくり飲めます。ということで、会及び懇親会では徹底的に話し合えます。是非、ご参集下さい。

 8月2日 石見の飛行場から東京に飛び、仙台に移動します。西川ゼミや連携ゼミの皆さんと飲み会です。

 8月3日 仙台の白百合大学で学校教育学会が開かれます。ゼミの皆さんが発表します。

 8月4日 骨休め。この一日がなければ、もちません。

 8月5日 長野の塩尻に移動します。夜は長野の同志と飲む予定です。

 8月6日 長野教育センターで小学校10年研修で講演します。終了後、直ちに富山県高岡市に移動します。夜は富山の同志と飲みます。

 8月7日 射水市の中学校におじゃまして、直ぐに富山県入善町に移動します。入善町教育センターで講演します。終了後、直ちに新潟に移動です。

 8月8日、9日は新潟でフォーラムです。全国各地の同志が参集します。毎年、受付が一段落した後に受付に行き、暇そうに番をしている学生さんに「いいよ、僕が番しているから、君たちは勉強してきな」と言って送り出します。そこで、ぼけーっと番しています。私と話したい人は、暇そうな受付にいくと私がいると思います。

 8月10日~16日は予定を入れませんでした。本当の骨休めです。

 8月17日 佐賀に移動します。夜は九州の同志と飲みます。

 8月18日 午前中は佐賀の同志と議論します。午後は東与賀小中講演会です。夜は九州の同志と飲みます。

 8月19日 午前中は小城市講演会で、昼食会の後、帰途につきます。

 8月20日~22日 東京の中学校の先生方、名古屋市の小学校の先生の洗脳旅行を受け入れます。

 8月23日 上越教育大学の大学院入試です。

 8月24日 何も入れていません。家族と骨休めです。

 8月25日 富山県の砺波地区講演会です。

 8月26日~28日 東京の中学校の先生方の洗脳旅行を受け入れます。27日は下越の同志が勤務する中学校で講演します。

 8月29日 大阪に移動します。夜は、関西の同志と飲みます。

 8月30日~8月31日 神戸で連合博士課程の講義をします。

 毎度のことながら、夏休みの予定を書くと、楽しみ半分、体がげんなりするのが半分です。

[]説得 09:29 説得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説得 - 西川純のメモ 説得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は革命です。横並びとは違い、説明しなければなりません。旧来の指導法の限界は、小学生でもわかる理屈で説明できます。でも、説得されません。とりあえず否定されないようにするには、結果です。それも、ぐ~とも言えないような結果です。でも、おそらく納得しないでしょう。「学び合いの仕組みと不思議」で紹介した環境教育の事例のように、理屈を理解すると行動するは違います。理屈を積み上げることで行動に至るとは限りません。いや、至らないと考えた方が正しいと思います。結局、「みんながそうやっている」という認識が行動するかしないかを決定します。

 ポイントは「みんながそうやっている」と「思う」ことであって、本当に「みんながそうやっているか」ではないのです。現在、『学び合い』を実践している同志は、まだまだ少数派です。しかし、一人一人の情報収集能力、情報発信能力、そして、志の高さは、ダントツに高いと思います。だって、横並びで生きられるのに、あえて革命的な『学び合い』を実践しているような人ですから。だからお願いです。情報を積極的に発信してください。

 考えてください。例えば、日本中の先生の中で「ブログ」で情報発信をしているでしょうか?まあ1%としましょう(おそらく、それ以下だと思いますが)。ということは、一人の同志がブログで情報発信をしたとしたら、その効果は100人分の効果があります。同じような論法です、日本中の先生の中で「県・市レベルで研究発表する人は何%でしょうか?」、「県・市レベルの研究会で、自慢・追従・自己アピールではない、実のある議論を出来る人が何%でしょうか?」、「教師向け雑誌で自らの実践を載せる人は何%でしょうか?」・・・。ありとあらゆる場面で情報発信をしたならば、我々は少数派ではなくなります。そうなれば、一人一人では不可能な説得を可能となります。期待しています。

追伸 私自身は、この夏に十一カ所で講演会をします。期間中に私の話を聞く人の総計は、約三千人ぐらいになるはずです。そして、十人程度の洗脳旅行をします。期間中に飲みながら個別に議論する人は百人ぐらいになるでしょう。体がもつかな~

ftogpxtakaftogpxtaka2008/07/20 21:37先生の予定を見ると、「忙しい」なんてたやすく口にしてはいけないですね。益田でお会いできるのは本当に楽しみなのですが、くれぐれもお体にはお気をつけください。

jun24kawajun24kawa2008/07/20 22:00有り難うございます。私も楽しみにしています。子ども自慢・教え子自慢を一杯聞かせて下さいね。

ながたくながたく2008/07/21 16:25>『学び合い』は革命です。

同感です。
いわゆる一斉授業を追究している人たちにとっては、まさに、既存社会の破壊者に写るかもしれません。まさに、マトリックスの世界です。でも、しないと・・・。と思います。

jun24kawajun24kawa2008/07/21 17:32革命は若い人の仕事です。よろしくお願いいたします。

08/07/19(土)

[]プレゼント 21:48 プレゼント - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プレゼント - 西川純のメモ プレゼント - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我が息子に、ほぼ毎日、プレゼントを与えています。それは感謝です。何気ない時に、そして、叱った後には、確実に。息子に「生まれてくれて有り難う」とお礼を言います。息子は「どういたしまして」と応えます。

 結婚してなかなか子どもを授かりませんでした。全ての方向の神仏に願いました。そして、結婚して6年目に息子が家内のおなかにいることを知りました。その瞬間、嬉しくて腰を抜かしました。

 私の過去の記憶を思い出しても、両親から生まれたことを感謝されたことを言葉で言われたことはありません。強いて挙げれば、私が小学校高学年の頃、父から「おまえが願って生まれたわけではない」と言われたのが、もの凄い印象的でした。つまり、恩に着なくていいよ、という文脈で語ったのです。それは一度だけです。しかし、恩に着なくていいよ、であって、生まれてきてくれて有り難うではありません。

 生まれてから8年以上。今でも、頻繁に思います。生まれてくれて有り難う、と。今日も3度も言いました。

yu-rikiya-ta-35yu-rikiya-ta-352008/07/20 18:37生まれてきてくれてありがとう。って素直に言えるって良いですね。私は、子供達にそれを言ったことが一度もありません。口から出るのはいつも小言ばかりです。反省です。自分の子どもにしては、良く育っています。妻のお陰です。妻にも子供達にも感謝しなくてはね。素直にありがとうが言える西川先生、やはり人間的な大きさを感じます。

jun24kawajun24kawa2008/07/20 18:44感謝の言葉を言うと、自分の心が気持ちよくなる。おためしあれ!

yu-rikiya-ta-35yu-rikiya-ta-352008/07/20 20:11感謝の言葉を言うと、自分の心が気持ちよくなる。(自分の心が喜ぶ) 
ためしてみます。

08/07/18(金)

[]プレゼント 16:52 プレゼント - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プレゼント - 西川純のメモ プレゼント - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモのコメントに触発され・・・・

 私が高校教師の時、家に帰って、毎日、毎日、一升の酒を飲んで、「馬鹿野郎、馬鹿野郎」と言って泣いていました。でも、今、冷静に分析すれば自己憐憫のナルチシズムだと思います。しかし、そうでもしなければ精神を安定させることはできませんでした。だって、目の前に出口の見いだせない教え子がいて、それを救えない自分がいたからです。

 しかし、今はそんな自己憐憫やナルチシズムに陥りません。なぜなら、出口が見えて、やるべきことがわかっているからです。

 一人の人間を救うなんて、もの凄いことです。もの凄くエネルギーがいるし、もの凄い時間がかかります。そして、クラスの一人一人はすべて大なり小なり業を背負っています。見えやすい人と、見えにくい人がいるだけで、みんな背負っています。そんな数十人の業を教師が背負えるわけはありません。でも、一人の教師が自分の家庭を壊さずに、すべての子どもに与えることができます。それは、自分の担任を離れ、次の学校にうつったとしても、一人一人を支えてくれるコミュニティ(あえて友とは書きません)を全員に与えることができます。たとえ、その子たちを自分が担任するのが一年だけであったとしても、その一年で与えられるコミュニティはあります。そして、その年度のコミュニティだけがあるだけで、救われる子どもは少なくありません!私の確信です。

 あえて攻撃的に書きたい(筆の勢いですが)。私の確信を否定したり、笑う人に問いたい。「じゃ、代案は?」と。代案がなければ、頭の中を都合よく分けるか、自己憐憫のナルチシズムか、いずれかです。それよりはましだと思います。

歌2008/07/18 20:03>あえて友とは書きません
という言葉、私のクラスの子供たちにピッタリです。39人のコミュニティでは、全員が「友達」なんてほぼ不可能だと思います。大人だって39人も集まれば、全員が「友達」になるなんて難しいですよね。
だから、「みんな友達」ではなく、「クラスの仲間」という意識を持って欲しいと願っています。連帯感があり、良い意味での仲間意識のあるコミュニティに育っていって欲しいです。

jun24kawajun24kawa2008/07/18 22:33おそらく友を求めれば歪みが生まれます。しかし、折り合いをつけた同僚を求めれば、何人もの友が生まれます。そして、十年後に支えてくれるのは友とは限りません。折り合いをつけた人の可能性は大きい。だって、人数はそっちの方が多いから。あはははは

08/07/17(木)

[]思い出しました 17:50 思い出しました - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思い出しました - 西川純のメモ 思い出しました - 西川純のメモ のブックマークコメント

我々は死にます。それは辛いもので、誰も小学生頃には真剣に悩んだのではないでしょうか?しかし、大人になるに従って、「しょうがない」と思うようになり、死を考えないようになります。小学生の頃は、最終的には死ぬことを淡々と受け入れている親を理解できませんでした。しかし、今の私も、あのとき親と同じです。何故なら、生きているものは全て死んでいるのですから。しょうがないと納得しています。

 昨日のメモに対するコメント、また、それを発展させたブログの記事を読みながら高校教師の時の私を思い出しました。

 当時の私はテレビ番組の主人公のように熱血だったと思います。最底辺で苦しんでいる子どもを何とかしようと思いました。特に、担任している子どもはかわいい、本当にかわいい。高い高いしたり、本当にべろべろなめて猫かわいがりしました。その子どもが学校に来なくなれば、ありとあらゆることをしました。何とかしたい。その気持ちには偽りはありません。しかし、定時制が終わる9時ぐらいから保護者に電話をかけます。愛に満ちあふれた内容だと思います。私も涙を流していましたが、保護者の方も言葉になりません。そんなとき、私の頭の中には「あと半月ぐらいで、向こうから退学を申し出るだろうな」ということが浮かびます。

 当時の私の頭の中には、いくつもの区分けがありました。一つは子どもを最後まで追いかけて、学校に引き戻そうとする私がいました。一方、最終的に退学の手続きをとる際、円満に手続きをとってくれるように立ち回っている私がいました。退学して良いことなんて、これっぽっちもないことをよく知っています。そうでありながら、猫かわいがりしている子どもが退学に向かっていることを冷静に分析し、それに対処している自分がいます。

 テレビ番組の熱血教師の頭の中は単純です。ドラマの設定も単純ですから。でも、実際の学校の設定はごちゃごちゃしています。単純な枠組みでは生きられません。その中で、自らの精神の健全を保つために、頭の中をいくつかの区分け、お互いに干渉しないようにしていました。たまに干渉しそうになると、無意識に「しょうがない」と思い、それ以上考えないようになっていました。本当にしょうがないと思っていました。だって、他の先生方も全員、そうなんですから。

 『学び合い』を深めるにつれて、自分の考えがシンプルになっているのを感じます。そして、「この場合はこう、あの場合はこう」と区分けをしていたのが、「本来は一貫したものであるべきだ」と思い区分けをしないようになりました。区分けをせざるを得ない場合は、両区分の干渉を避けず、とことんまで考えるようになりました。

 思い出しました。善良な多くの先生は、頭の中に区分けがいっぱいあるのだと思います。それによって精神の健全性を保っているのだと思います。

[]本 06:35 本 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本 - 西川純のメモ 本 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本を書こうと思います。それは新書レベルの子ども・保護者向けの本です。本のタイトルは「何で勉強するのか、どうやって勉強するのか」とでもしたいと思います。

MatufitMatufit2008/07/17 16:02ご無沙汰しております。佐賀のmatufitです。
子ども・保護者向けの本で思い出すのは、明大の斎藤孝教授が書かれた「ガツンと一発」シリーズです。エネルギッシュに語っておられました。
西川先生の子ども・保護者向け読本、楽しみにしております。

jun24kawajun24kawa2008/07/17 17:33斎藤孝先生ほどの文才があれば・・・・

cakecake2008/07/18 10:48私は、以前、西川先生の定時制時代のお酒の話を読んで・・・涙が止まりませんでした。家庭を背負ってくる子どもに私が出来ることは何なのか、探せば探すほど自分の無力さに何度も何度も涙を流したことを思い出し、その思いが重なりました。ですから、余計に新書を楽しみにしています。

jun24kawajun24kawa2008/07/18 16:35cakeさんへ
このコメントはメモにアップしようと思います。

08/07/16(水)

[]ふと思う 22:49 ふと思う - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ふと思う - 西川純のメモ ふと思う - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志のブログを読みながら、ふと思います。一斉指導をしている、圧倒的大多数の先生方は、悩んでいないのだろうかと。

 『学び合い』が完全でなくとも、少なくとも、今の一斉指導よりは「まし」と確信しています。なぜなら、一斉指導に関する過去の研究から、その限界と、馬鹿馬鹿しさをよく知っているからです。素晴らしい成果を上げている先生もおられます。でも、それは一斉指導のなせる技ではなく、その先生の考え方、人生観によるものです。一時的な成果を上げることも、一部の子どもに成果を上げることも、一斉学習でも出来るでしょう。しかし、限りなく全員の、限りなく一年中の成果を上げるとしたら『学び合い』しかないと断言できます。

 私の大学の講義は、一斉学習です。それは、多くを達成することを望んでいないからです。そうであるならば、私の教材や話術で流すことが楽だからです。しかし、私の担任であるゼミ運営に関して、一斉指導でやることなど考えたこともありません。だって、私はもの凄い達成レベルをそれに求めているからです。

 同志のブログを読みながら、悩んでいる同志のメモを読み我がことのように辛いです。でも、ふと思いました。これだけ成果を上げることが出来る『学び合い』、十歩さがっても一斉学習より「まし」な『学び合い』で、これだけ悩むとしたら、一斉学習をしている先生方は悩まないのだろうか?と思います。

katunori-skatunori-s2008/07/16 23:32複式解消の2年生7人には、一斉指導で算数を教えています。
長野で、先生に「え、2年生7人なの?まとめて教えた方が早いじゃん!」とからかわれましたね。少々個性的な子どもたちなので非常に苦労しながら一斉授業をしています。ところが、それがめんどうになって、「もう教えない!続きは自分でやってね!」と言ったとたんに子どもが活性化します。中途半端な『学び合い』でも、うちの2年生7人にとってはずっと「まし」のようです。
一斉授業は、積み重ねた自分の経験が生かせる部分だけ「楽」です。「今日はこれをこういうふうに教えようっと。」で準備が終わり。でも、授業すると苦労します。わたし、何をしているんでしょう。(+。+)

sumimonsumimon2008/07/17 05:46恐縮ですが(?)西川先生と似たことをここ数日考えていました。根底には「わからない子がいるのは仕方がない」と変な風に割り切った考えが一斉授業しかされていない方に多いのではないでしょうか。自分は『学び合い』の考えが根底にあって一斉指導をしている(つもり)ので、一斉授業の善し悪しをついつい考えてしまいます。

jun24kawajun24kawa2008/07/17 06:32katunoriさんへ
 結果を出しましょうね。それが子どもの自信に繋がります。
sumimonさんへ
 考えた結果を、おりおりアップして下さいね。

ftogpxtakaftogpxtaka2008/07/17 12:52昨日の記事にも書きましたが,あれからもいろいろと考えているうちに,私も恐縮ですが先生と同じようなことを考えていました。そして,sumimonさんと同じようなことを(仕方がないということ)を思います。でも,たしかに今までどおりの授業をしていればクレームをつけられることはなかったでしょう。でも,今でも間違っていたとはこれっぽっちも思っていないですし,いつしか『学び合い』が教育の世界のスタンダードになるように願います。そのときに今していることが誇りに思えるようにしたいと思っています。

jun24kawajun24kawa2008/07/17 17:33期待しています。

08/07/15(火)

[]法規 22:19 法規 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 法規 - 西川純のメモ 法規 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近3日ほど、教育職員免許法、また、それに関連する法規、学内規則を読んでいます。読めば読むほど、一つ一つは糸のように絡まっていて、法規の何気ない一行が多くの人にとって凄い意味を持つことを知り、怖くなります。数ヶ月ぶりに、学生さんのための「良い悪巧み」で頭がいっぱいになっています。

08/07/14(月)

[]どうでも良いこと 21:59 どうでも良いこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - どうでも良いこと - 西川純のメモ どうでも良いこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 言うまでもないことですが、私の職場である上越教育大学の教職大学院の先生の殆どは非『学び合い』です。しかし、私はその先生方と同僚でいることを誇りに思いますし、「好き」です。何故ならば、その先生方は「良い先生」だからです。

 人類の歴史において最も人を殺した病気はマラリヤだそうです。その特効薬はキニーネです。この発見の過程が面白いと思います。マラリヤの薬を捜した医者が、呪い師の薬が有効であることを発見しました。その医者はその薬の原材料を一つ一つ有効性を試したそうです。その結果、その薬の原材料の数十種のうちで、有効だったのはキナの樹皮であり、その成分がキニーネだったそうです。つまり、その他の数十種の原材料は無意味でした。最終的に有効だったので、歴代の呪い師は残りの数十種の原料も有効だと誤解し続けたのだと思います。

 全国には私の大好きな非『学び合い』の先生がおられます。その方の書かれている本を読むと、正直、「違うな~・・」と思う部分があります。しかし、それと矛盾無く、私はその先生が大好きです。個人的に知っている人もいますが、本だけしか知らない方も多いです。その場合は、本だけの情報からしか知りません。その多くは教材や話術やその他諸々のテクニックに重点を置かれています。しかし、私はそんなものはどうでも良いと思っています。私自身も、最初は「学び合い」のテクニックを大事にしました。でも今では、そんなことどうでも良いと思っています。だって、子どもはその先生の全ての言動に基づいてその人を評価し、それに基づいて行動しています。授業の所々に現れるテクニックで判断しているわけではありません。

 例えば、ある教科が全然出来ない子どもに対して、どのように対応するかにも現れます。「なんでこんなことも出来ないんだ?バカじゃない?」と心に思いう先生もいます。そうなると、ありとあらゆる言動で現れます。そして、それを勉強の不得意な子ばかりではなく、その他の子どもも見ており、それに合わせた行動をします。一方、「別に、それが分からなくたって人間の価値は変わりない。でも、それが分かればもっと素晴らしいことになるのにな・・」と思う先生もいます。そうなると、ありとあらゆる言動で現れます。そして、それを勉強の不得意な子ばかりではなく、その他の子どもも見ており、それに合わせた行動をします。また、子どもと仲良くなりたい先生と、子どもを大人にしたい先生では、言動は違います。向上し続けようと思う先生と、まあいいやと思う先生も違います。最近のメモにも書きましたが、どんな授業をするかよりも、何故、そんな授業をするかのほうが大事なんです。

 私は全国各地で講演をして、テクニックを否定しまくります。そして、「嫌だな~」と内心思っているのです。なぜなら、私が否定しているのはテクニックであって、その人ではないのですが、テクニックが授業観や教育観だと思っている方だと、人格を否定されているように判断されることが予想されるからです。私としては、その方の本当の授業観や教育観をストレートに、かつ、純粋に形にすれば『学び合い』であることに気づいて欲しいと願っているのです。まあ、私の好きな教師は優れた教師ですので、ゴチャゴチャ説得しなくても分かってくれるでしょうし、分かってくれなくても『学び合い』的な考え方で一斉指導をし続けるでしょうし。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060302

08/07/13(日)

[]益田の会 22:17 益田の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 益田の会 - 西川純のメモ 益田の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西日本で最初の『学び合い』の会です。あと半月少々先ですが、ご参集下さい。ご案内いたします。『学び合い』の会では、実際に実践している人と、ゴチャゴチャ話せるのが売りです。

**************************

益田『学び合い』を考える会

テーマ:『学び合い』について

講 師:西川 純氏(上越教育大学教授)

■日 時 平成20年8月1日(金)

     午後1時(受付:午後12時30分~)

■場 所 島根県益田市立吉田小学校 会議室

■内 容 西川 純氏の講演

     中村 浩志教諭(日原小学校)の実践発表

     坂野 智之教諭(七日市小学校)の実践発表

     フリートーク(Q&A)

■参加費 1,000円

■主 催 『学び合い』益田学級

■問い合わせ先

     坂野 智之(『学び合い』益田学級代表)

      Tel 0856-78-0049(吉賀町立七日市小学校)

      e-mail ma.navi.lovegmail.com

      ★を@に代えて下さい。スパムメール対策です。

※参加申し込みは上記連絡先に連絡をください。

※当日参加も大歓迎です。

[]贅沢な悩み 19:07 贅沢な悩み - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 贅沢な悩み - 西川純のメモ 贅沢な悩み - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越教育大学の教職大学院の基本コンセプトは臨床力と協働力の育成です。そのために、研究にも実践にも業績のある人「だけ」でスタッフを固めました。以上の点は、上越教育大学の売りですし、おそらく他大学ではまねできないところだと思います。そして、それを実現するカリキュラムを創り上げました。即ち、研究にも実践にも業績のある人が実践的な演習を展開し、それを元に、現職院生さんと学卒院生さんが協働で発表をするカリキュラムです。

 さて、実際に教職大学院を動かしてみて感想は、思った通りになりました。いや、思った以上のことが起こりました。スタッフの授業は、実践に直結する理論と実践を融合した内容を、面白く展開します。現職院生さんと学卒院生さんの協働は素晴らしく、発表のレベルは高いものです。しかし、予想外のことは、本当にうまくいきすぎたという点です。

 スタッフの授業は、良い授業過ぎるし、面白すぎるのです。だから、必要以上に学生さんは授業をとります。修了には全く不必要なので、スタッフとしては「取るな」とは命令できないのですが、「取りすぎるな」と指導しています。しかし、単位はいらないから聞きたいという学生さんが「わんさか」現れます。それがスタッフ全員の授業にそれが起こっています。

 発表ではみんなでワイワイとやっています。いやワイワイとやりまくっています。まあ、野球の分からぬ私には理解不能ですが、炎天下で練習している高校球児、雨の中で泥だらけになってボールを追っているサッカー部と同じ状態なのです。現職の方だったら、学校全体が燃えている学校の状態を思い出して下さい。

 結果として、学生さんは1週間の多くの時間を講義を聴講し、その他の時間は発表時間の準備に追われています。まるでアメリカのMBAの学生さんのような状態なのです。確実に学卒学生さんの実践力は急激に伸びています。現職院生さんは、いままでとは違った視点で現象を理解し始めています。そして、それに対する自信と自負心が生まれています。ただ、教員一同は、心配です。そして、誇らしく思っています。

 この状態は、西川研究室では常態です。しかし、これが教職大学院という一つの専攻全員がそうなっていることは特筆に値します。おそらく、教育において、上越教育大学の教職大学院だけの現象だと思います。本当にすばらしい大学院が生まれたと思います!

追伸 後期からは、学校現場にどっぷりとつかる実践・研究が始まります。学術の問題意識から出発するのではなく、現実にある学校の課題を学術や実践の英知と協働で解決することを経験します。これまた、おもった以上のことが起こるでしょう。でも、どこまで凄いことが起こるか不安です。贅沢な悩みです。

追伸 「あまり聴講してはだめだよ」と指導しても聞きたがるのですから、私としては来年は「偽学生禁止」を全教員に提案しようかと思案中です。しかし、単位は不要でも聞きたい人に聞かせないというのは、何ともおかしい。必修にしても誤魔化して休む学生、また、出ても寝ていたり内職にはげる学生が多いことを悩んでいる大学・大学院に比べれば、これまた、贅沢な悩みです。まあ、来年度は学生数も増え、それによって発表分担数は半減するので、ほどよい程度になるとは思うのですが・・・・

makine45makine452008/07/14 04:59「益田『学び合い』を考える会」の成功を祈っています。
新しい出会いが待っているのでしょうね。

jun24kawajun24kawa2008/07/14 06:20はい、化学反応よりダイナミックなことが起こると期待しています。

ftogpxtakaftogpxtaka2008/07/14 21:35楽しみです!!西川先生が西日本に来てくださる。こんなチャンスは滅多にないです。体調を崩さないように気をつけねば(家族共々)。お会いできるのを本当に楽しみにしています!!

jun24kawajun24kawa2008/07/14 22:24お待ちしております。
大学の仕事の関係で、兵庫教育大学までは行く機会は年何度もありますが、そこから先へは、なんらかのイベントがないと行けませんので。

08/07/12(土)

[]出張 22:23 出張 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出張 - 西川純のメモ 出張 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は東京に出張です。が、7時までに自宅に帰れたので、息子の風呂入れ、夕食が出来ました。これさえあれば、体は大丈夫です。

08/07/11(金)

[]引き算 22:26 引き算 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 引き算 - 西川純のメモ 引き算 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の研究をし始めて十数年。その間、自分の中にあるものを引き算する毎日です。今の考えに至るまで十数年かかっているのですから、なかなか分かってもらえないとしてもしょうがありません。

 今まで数ヶ月かけていたことを、15分の指導を3回で出来ることを明らかにするのが最初の段階です。ところが、その15分の指導のうち、自己モニター以外は本質的ではないことを明らかにし、そして、その自己モニターも不必要であることを明らかにしました。つぶやき、とぼけ、教えない、という可視化は、いかにもテクニック的です。それが本質的には不必要であることも分かりました。毎年、毎年、「これで究極まで削りきった」と思いました。ところが、毎年、毎年、不必要な部分があり、「子どもが有能である」という十数年一貫したものが、いかに深い意味を持つのかに驚いています。

 料理を美味しくするために、焼き・蒸し・煮ることをします。味付けもして、香辛料も加えます。たしかに美味しくなります。しかし、もし、その素材が本当に美味しければ、料理や味付けに力を尽くすのではなく、その素材を新鮮に、健全に食べられることの方が重要だと思います。

 『学び合い』では、教師に感激で泣かせるような子どもたちの姿があります。それは、数百万年の人類の歴史の積み上げのなせる技だと私は思います。たった一人の知恵がどんなに凄くとも、人類の歴史の積み上げ以上のものはなしえないと思うのです。たしかに、それに加えることが出来るでしょう。しかし、それ以上に、子どもたちの中にあるものを出させる方が強力だと思うのです。少なくとも、教師が何かをして子どもがその通りに動き出しても、私は感激で泣けません。私が何度も感激で泣けるのは、教師が凄いことをしているのではなくとも、子どもが凄いことをやらかすからです。私はそれを通して、教師の愚かしさを学ぶことが出来たので、どうしても今の思考方法になってしまっているのです。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080511

makine45makine452008/07/12 05:24『「座りなさい!」を言わない授業』の冒頭に出てくる「理想の授業風景」が、今ほぼ出来上がっています。あまりにも普通で、あまりにもどこにでもある風景のように、子どもたちは自然にやっています。「相談していいの?」という質問は、「だめ」の確認だけで、「すべてが相談していい」という前提で学級が動いています。
子どもたちの一つ一つの行動がすばらしいと思えてくるのがすごいと思います。

jun24kawajun24kawa2008/07/12 06:01多くの教師にとって、その姿は実現不可能と思っているだろですね。でも、そっちの方が普通なのにね。kineさんは、次を目指してね。満足すると、集団が腐るよ。

ikutosuikutosu2008/07/12 07:51実感として、沁みる言葉です。

jun24kawajun24kawa2008/07/12 19:34沁みる、という漢字は良い感じですね。水に心ですか。知りませんでした。

08/07/10(木)

[]手引き書 21:46 手引き書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 手引き書 - 西川純のメモ 手引き書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、ある同志より、小学校1年生に『学び合い』をすることに関して質問を受けました。確認をしたら、その部分が書かれていません。そこで加筆しました。100ページのあたりです。また、長くなってしまいました。

がぶがぶ2008/07/11 06:45この度は本当にありがとうございました。
西川先生が『学び合う』現場を目の当たりにすることもでき、非常に勉強になりました。
本当に、西川先生に直に質問をしてよかったです。
ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2008/07/11 08:36どうぞ、どうぞ、ウエルカムですよ。

08/07/09(水)

[]気分が良い 22:24 気分が良い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 気分が良い - 西川純のメモ 気分が良い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日は気分が良い。何故、良いのか自己分析しました。分かりました。ゼミ生に一杯お説教が出来たからです。あはははは

[][]教材研究 22:05 教材研究 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教材研究 - 西川純のメモ 教材研究 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の発展段階にまで至れば、教材研究は不要になります。教材研究でなんとかしようとしなくても、自分の教材研究の遙か先を子どもが行っているのですから。でも、その段階になれば、自分のために教材研究をしたくなります。本日、それを実感しました。

 本日、夕食の時、息子が「のど自慢大会って何?」と聞きます。私が説明すると、「じゃあ、何故、歌自慢大会って言わないの?」と聞きます。そう考えてみれば、歌自慢大会と言っても良いはずですが、あまり聞きません。そこで、なぜだか知らないが、そうなっているんだ、と説明にならない説明をしました。そうすると、「昔は歌って、今の歌と違うのかな~?」と息子が言いました。それを聞いてなるほど、と思いました。昔は「歌」とは和歌のことで、歌合(うたあわせ)とは和歌の競い合いです。そうなると、ちょいと調べたくなりました。もう一つの質問は「戸外はあるのに、戸内は無いのは何故か?」です。これは、全く見当がつきません。

 民俗学では、異質な文化の中で生活をすることによって研究をします。生活をすると、「え!?」と驚くことが少なくありません。しかし、冷静に考えると、驚く自分の常識に不思議を感じ、それを研究する手法をとります。異質な文化の中に浸ることによって、自分の文化をあぶり出します。『学び合い』で子どもたちのつぶやきを丹念に聞くと、同じことが起こるのだと思いました。

08/07/08(火)

[]保護者は宝 22:07 保護者は宝 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 保護者は宝 - 西川純のメモ 保護者は宝 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先日、書いた「保護者は宝」の蛇足を書きます。何故、宝か。

 だって、保護者の方のクレームは「我が子」という個を大事にした気持ちに発するものです。三十人の個に対応できるのは『学び合い』しかありません。だから、最終的には同志になり得る可能性は高いのです。保護者のクレームを子ども集団で対応しましょう。一人で対応できませんからね。もし保護者集団を形成できたら、校長より、教育長より、もの凄いことが出来ます。

[]掛け合い漫才 21:39 掛け合い漫才 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 掛け合い漫才 - 西川純のメモ 掛け合い漫才 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 長い実践研究から帰ったFさんとの会話です。Fさんは実践校で、『学び合い』の道徳の実践をされて、驚異的な成果を上げました。その成果に対する私の反応は、「これ、本当に子どもがやったの?」でした。私がそう反応するのですから、おして知るべし、です。私としては、その成果を冊子等にして現場に配布したいと思います。それを課題に与えています。そこでの会話は以下のように漫才のようです。

 課題をまとめるに関して・・・・・

Fさん:(成果がまとまるか)不安なんです。

私:その不安から逃れる方法はなんだか分かる?やり遂げること。だから、ごちゃごちゃ言わずに、今できることをしなさい。

 また、落ち込んだ私のブログを読んで・・・

Fさん:先生は色々なものを背負い込みすぎなんですよ。

私:私は背負いたくて背負っているわけではないよ。例えば、今日の朝までにFさんが課題を達成したら私の背負うものは、Fさん分、少ないと思うよ。

 そんなこんなを話していると・・・・

Fさん:言い訳ですが・・・・・

私:それを聞いた後、私が「うんなるほどね」と言いそうだったら、言いなよ。でも、「それが言い訳になるの?」と言われそうだったら、言わない方が良いんじゃない?言う?

 西川研究室に1年以上いるのですから、上記のことを言えば、直ぐに切り返しがあることはご存じです。でも、それでも言うのは会話を楽しまれているのでしょう。まあ、私もそれを理解した上で、楽しんで切り返しています。そのような会話を通して、Fさんの苦労を共感する心優しき現場学校の校長先生から、私という管理職の管理下に戻ったと言うことを実感しているのだと思います。

 フォフォフォ

[]期待しているよ 21:39 期待しているよ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 期待しているよ - 西川純のメモ 期待しているよ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生たちは、私の「期待しているよ」が怖いと言います。それには理由があります。

 私が「期待しているよ」と言っていることを一番期待しているのは、私よりご当人で、そのことを私が知って言っているからです。従って、志の高くない人にとっては、まったく恐ろしくない言葉です。

[]復帰 06:45 復帰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 復帰 - 西川純のメモ 復帰 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 コメントいただいた同志各位に感謝いたします。なんとか復帰しました。結局、私が多くの方に言っていることを私に語りかけます。

 一人で抱えずに、みんなでやればいい。と。

 分かっているのですが、人が見えないと辛い。全国各地の同志は、そうなんだろうな~っと実感しました。ネットワークを形成することが大事だと、我がこととして学びました。

iku-nakaiku-naka2008/07/08 19:07私が『学び合い』に出会っていなければ、今でも後ろ向きに悩んでいたと思います。
私が『学び合い』に出会っていなければ、今でも生徒を本気で信じることができなかったと思います。
私が『学び合い』に出会っていなければ、授業の中で生徒に感動することはなかったと思います。
いつかローテーションの一角に食い込めるよう精進します。なのでもう少し私たちのコーチでいて下さい。
変なお願いみたいになってしまいましたが、これが私の本心です。ただ、お体にはご自愛下さい。健康あっての仕事ですので。

janglejapjanglejap2008/07/08 20:46私もため息とともに「あと○○年も勤められるか・・」と思っていたところを救われました。
今日も西川先生のおかげで、素晴らしい出会いがありました!
先生にエネルギーを差し上げられるような器ではありませんが、先生のお元気を願っております。

jun24kawajun24kawa2008/07/08 21:23ikunakaさんへ
 N県を変えてね。
janglejapさんへ
 K県を変えてね。
お二人とも、兆しは見えています。

rx178gmk2rx178gmk22008/07/08 22:05顔を見せに上越まで行きたいところですが、かわいい子どもたちがいるので残念です。
今、いろいろな方々が、少しずつ『学び合い』を育てています。ここ数年の広がり方は、『学び合い』そのものが確かなものであり、『学び合い』が『学び合い』を成長させていると思います。
日々の教育活動での出来事を自分に置き換えると時につらいことがあります。でもそれが自分を成長させてくれるものだと教えてくれたのが先生であり、『学び合い』だと思います。
私は、S県を変える力はありませんが、今出会っている人たち、そしてこれから出会うであろう人たちに人と人が『学び合う』よさを伝えて行こうと思います。(これは誓いにしてもよいです)
これからもよろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/07/08 22:10いいえ違います。あなたにはS県を変える力があります。あると自覚した瞬間から、その力が生まれます。もちろん、一人では無理です。でも、みんなでやれば出来ます。そのコアになれる人です。期待しています。

J.SASEJ.SASE2008/07/09 05:13F先生、戻られたのですね。西川先生との掛け合い(漫才?)が目に浮かびます。
昨日、F先生とほぼ同じ内容で検証授業を提案したら、指導主事から全否定され、少々戦闘的な態度を取ってしまいました。自己防衛しないと精神を健全に保てない状況だったので(^^;)
指導主事の器の小ささには辟易します。が、これで諦めるつもりはありません。看板を下ろした振りをして、別の方向から攻めてみようと思います。
新潟までには方向が見えてくると良いのですが・・・。

jun24kawajun24kawa2008/07/09 06:20したたかにね。

sumimonsumimon2008/07/09 06:53『学び合い』の末端でもがいている自分も、『学び合い』に、そして先生に出会って変わりました。“保護者は宝”という言葉に「そうそう!」と思う自分になったのですから。ありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2008/07/09 07:49保護者集団を形成してくださいね。

yu-rikiya-ta-35yu-rikiya-ta-352008/07/09 21:45私から見れば西川先生は、一人です。逆に西川先生から見れば多くのみなさんを抱えています。(私みたいにメ-ルだけの方も含めて)そこら辺の想像力に欠けていました。西川先生とのやり取りは去年の4月からです。メ-ルを出すと20分以内には、必ず返事が返ってきます。それも真正面から受け止めた誠意のこもった優しさにあふれた返事です。見ず知らずの者にこれだけのことが出来る。私だけにでなく関わる者全ての人達に対してそのように接しておられる。私の想像を遙かに超えています。今の私には、身近な人達へもそれが出来ないでいるのに・・・。凄く感謝しています。少しでもお返しが出来るよう頑張ります。お体を大事にして下さいね。これからもよろしくお願い致します。

jun24kawajun24kawa2008/07/09 21:49いえいえ、伝えることによって得るものも多い。いや、伝える方が多くを得ています。だから、続くのです。子どもと同じです。yu-rikiya-ta-35さんからも色々を得ています。

08/07/07(月)

[]エネルギーを下さい 22:45 エネルギーを下さい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エネルギーを下さい - 西川純のメモ エネルギーを下さい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自分の将来を考えてみました。私は学会から5回も賞をもらいました。人文系では珍しい博士の学位を得ています。23の本を書き、そのうち11は単著もしくは編著です。130の学会誌論文の業績があります。4人の人に主査として博士の学位を与え、3人の大学教師を育てました。おそらく平均的な教科教育の研究者が一生で積み上げる業績の十倍以上の業績があります。今の大学のシステムでは学生指導をいくらしても給料は変わりません。博士の指導をすれば幾分あがりますが、出費の方が多い。私は今48才です。定年まであと17年間あります。その17年間、「十年一日の講義案で講義をして、学生指導をせず、月に一度の会議にでて無言で過ごし、もちろん研究もせず、学会活動もせず、講演もせず」とも私の給料は変わりません。世間は狭くなりますが、もともと人と関わることは不得手です。家族と一緒の時間が増えます。そして、おそらく学内での私は「いい人」となります。何もしなくても過去の圧倒的業績があるので「無能」とは分類されないでしょう。

 だから、「なんでおまえは走るのか?お品が良い程度に規模縮小した方がいいよ」と思います。

 現代の教育は前時代のシステムを引きずっています。さまざまな機能不全を来しています。その病状が最も顕在化しているのは子ども以上に教師です。病気をやむ教師の増加、数ヶ月で止める新任教師、退職に追い込まれる中堅教師は今後増大するでしょう。私の職場である大学でもそれを感じます。私が勤め始めた二十年ぐらい前は、上越教育大学の学生さんは殆ど全員が教師を目指していました。ところが、入学後、教師を目指さなくなる学生さんが増大しています。我々大学教師の努力不足もありますが、教師という職業が魅力を失いつつあるのだと思います。まあ、あれだけマスコミにたたかれれば、腰が引ける学生さんが増えても当然だと思います。

 行政はそれに危機感を持ち、官製の研修を充実し、初任者にはお世話係をつけます。教員はその負担に苦しみますが、しかし、それらが無かったら右往左往してしまいます。官製の研修に代わるべき自主的研修を企画する力も、初任者を育てる教育力も現場は失っています。山のような書類を書かされますが、とにかく書けば責任は問われないのです。書類なんて無視して、実績で対抗する、と大見得を切れる自信もありません。

 『学び合い』にトライし、維持するには高い志と大きな決意が必要です。今の日本においては希有な方々であり、学校だと思います。私はそういう方々と繋がることが出来ます。だから、なんとか志を維持することが出来ます。しかし、私は常に最悪を思い描き、それに対応するために頭をフル回転する癖がついています。共感能力が異常に高く、悲しい映画を最後まで見られません。そんな私のところに日本全国から悩みが集まり、私に関わる人の心配をします。同志から得られるエネルギーと、放出するエネルギーのバランスが崩れると鬱になりそうになります。

 同志各位へ エネルギーを下さい。それさえあれば、「今」悩んでいる人にエネルギーを与えることが出来ます。

MizuochiMizuochi2008/07/07 22:56私がいます。
なんて嫌だな~。七夕の夜に!

isinomakiisinomaki2008/07/07 23:09私たちは「国語」が出来る子どもを育てるために,「算数」ができる子どもを育てるために,教師になったわけではありません。もちろんそれらがどうでもいいと考えているわけではありません。しかし,我々が教師になろうと思った根っこは,子どもたちとかかわり彼らの成長に関与したいという思いです。人間が人間らしく育てる空気が『学び合い』にはあります。私も,『学び合い』に出会ったことが本当に大きな財産です。ですから,私も我流ながら地元でがんばって認知されるように努力します!

歌2008/07/07 23:22『学び合い』を通して、子供たちの驚くような成長を見、教師としてのやり甲斐を感じています。もちろん上手くいくことばかりではありませんが、失敗も私と子供たちを成長させてくれます。
『学び合い』に出会い、学ぶ場があり、それを実践できる場があることに感謝しています。

D902iD902i2008/07/08 01:0924kawa先生の『学び合い』三年目を受けている私は,「人生が救われた」と断言できます。24kawa先生に出会っていなければ,私は人を信じることなく,将来やりたいことも見えず,誰からも期待されることはなかったです。どれほど,先生に人生を救われたか。
私の今後の課題は,先生にご恩をお返しすることです。一生かけても無理でしょうが,方法は私が一番良いと思う方法で返していきます(笑)

OB1989OB19892008/07/08 02:03私もいますよ。

kluger1213kluger12132008/07/08 02:30 先生、少しお疲れですね。大学での講義及び出張、また、多くの先生方の悩みに真摯に対応なさる超多忙な毎日ですから・・・。でも、学び合いの「教師は楽で楽しくなければ」ですよね。
 先生は我々に高~い目標と環境を与えてくださっているのだから、少しのんびりしててください。(昨日の先生からの目標が達成できず、まだ研究室に残っているようなゼミ生をかかえては安心していられないかもしれませんが・・)。

jun393jun3932008/07/08 06:49長野で先生にお出会いし、学び合いの魅力、学び合いを実践している人の魅力を感じました。「気になる子の指導に悩むあなたへ」も帰りの電車で一気に読ませていただきました。共にがんばりましょう。

jun24kawajun24kawa2008/07/08 12:15Mさんへ
 いっちゃた!泰山のような課題をあなたの方に置きます。
Ishinomakiさんへ
 分かってくれる人を見出してくださいね。
歌さんへ
 山もあり谷もあり。驕らず、くさらず、したたかにね。
D902iさんへ
 金もなさそうですので、体で働いてもらいましょう。期待しています。
OB1989さんへ
 県北にしっかりした足場を作り上げてくださいね。
Kluger1213さんへ
 今の課題は序の口ですよ。うふふ
jun393さんへ
 今後よろしくお願い致します。

katunori-skatunori-s2008/07/08 18:42エネルギーがたまったら、わたしに分けてください。
(^_^;)

abematuabematu2008/07/08 20:08おくれました。

くじけそうになったとき、いつもいつも、西川先生から勇気と元気をもらってきました。
恩師がいないわたしにとって、西川先生が恩師です(と勝手に思っています)。

自分が暗くうつむきそうになったとき、西川先生の明るい笑顔と元気な声を思い出します。
どうしていいかわからなくなったとき、西川先生ならどうするだろうと考えます。
それでも、どうしていいかわからなくなったとき、西川先生に直接メールで教えを乞うています。

これからも、よろしくお願いします。

camel921camel9212008/07/08 20:4624kawa先生、いつもコメントありがとうございます。私一人のエネルギーでは微弱ですが、先生のエネルギー源の同志が増えることに貢献したいと思います。
もちろん『学び合い』に魅せられた人間としてです。

jun24kawajun24kawa2008/07/08 21:22katunoriさんへ
 贅肉だったら、いくらでも、うふふ
abematuさんへ
 わたしこそ、よろしくお願いします。
camel921さん
 もっと光をじゃなくって、エネルギーを・・
 お願いします。

08/07/06(日)

[]今後 22:41 今後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今後 - 西川純のメモ 今後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、同志の広がりは急激に増えています。その原因を考えると色々なものがあります。例えば、HPに様々な情報を無料に公開した。ブログ群を形成し、ネットワークを形成した。上記を元にライブOKのネットを形成した。各地で会を開いた。等々、いずれも方向性は一致しています。それらは当初、私が予想した以上の化学反応を起こしています。私にとって、今後面白い展開があり得ると感じる試みが二つです。一つは群馬や新潟の同志が行っている定例会です。ある意味で古典的なアプローチです。しかし、今の世の中でそれを成り立たせている会がどれだけあるでしょうか?非常に面白い!これは絶対に素晴らしことが起こるだろう、と思います。

 もう一つあります。これは、素晴らしことが起こるだろうと直感で確信できるのですが、うまく説明できません。でも、絶対に素晴らしことが起こります!それは、保護者を巻き込むことです。この前の埼玉の会では、同志のS先生は学校の保護者の方を何人も連れてきました。最近、S先生からその方々のレポートを読ませていただきましたが、目がウルウルして読むのに苦労しました。今回の長野の会にも、同志が保護者の方を連れてきてくれました。その方の怖いぐらいのまなざしが印象的でした。

 我々は保護者の方々に隠すべきものは何もありません。保護者の方々に伝えたいものばかりです。だって、我々は本当に子どもの幸せを願っています。今、保護者の方々に分かってもらえずに苦労している同志もいます。でも、ちゃんと伝えれば分かってもらえます。分かってくれるはずです。我々は保護者の方々を巻き込むべきです。

 もちろん、いつも同じです。直ぐに分かってもらえる方もいますが、なかなか分かってもらえない方もいます。残念ながら我々には、全ての方々に伝える力はありません。でも、正しければ最終的には伝わります。子どもが「みんな」を分かる過程と同じなんです。我々にとって保護者は宝です。うまく説明できませんが、正しいです!

[]日めくり 08:35 日めくり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 日めくり - 西川純のメモ 日めくり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家の日めくりは相田みつをさんのです。ふと見ると、ここ数日の言葉は「思いたったら今だよ」、「やりたいとやるはぜんぜんちがう」、「はじめないと終わらない」でした。そこで私からの一言「今は出来ないこともあるが、今でも出来ることもある」です。なお、相田さんの日めくりの今日の一言は「よこ道にそれたらもどって来い」でした。全国の同志へ、また、私へ。

katunori-skatunori-s2008/07/06 12:51「やりたいとやるはぜんぜんちがう」ですか…。
胸にしみますね。

katunori-skatunori-s2008/07/06 12:57「やりたいとやるはぜんぜんちがう」ですか…。
胸にしみますね。

jun24kawajun24kawa2008/07/06 16:26二回も書かれて、とても胸にしみたんですね。

sumimonsumimon2008/07/06 17:58セミナーご講演ありがとうございました。“教師の『学び合い』”は職員室における自分の立ち位置を考えさせられました。

jun24kawajun24kawa2008/07/06 18:11期待していますよ。

cakecake2008/07/07 08:18はじめまして。初参加です。保護者は宝!・・・いい言葉ですね。私は、子どもにも助けられてきましたが、保護者さんにも同じです。振り返れば保護者さんと学び合っていたのかもしれません。

jun24kawajun24kawa2008/07/07 13:44今日は!
うちの学生さんが保護者との対応を卒業研究で研究しました。最終的な結論は、保護者からのクレームをチャンスと受け入れることが大事だと言うことです。クレームチャンスです。

08/07/05(土)

[]長野の会 21:41 長野の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長野の会 - 西川純のメモ 長野の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 長野の会に行きました。北は山形、南は長崎からご参集です。懐かしい同志とあえて大満足。

[]出発 09:48 出発 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出発 - 西川純のメモ 出発 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 朝一番で宿舎の草刈りを行い、今から長野に出発です!

OB1989OB19892008/07/06 07:12昨日はありがとうございました。先生のお陰で大成功でした。充実ぶりと広がりを実感でき、次をねらいます。

jun24kawajun24kawa2008/07/06 07:31期待しています!

08/07/04(金)

[]志 21:54 志 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 志 - 西川純のメモ 志 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日の夕食、息子が「歴史に残りたい」と宣った。夫婦ともびっくり。私が「何で歴史に残るの?」と聞くと、「人類のために色々な電車を作った人」としてだそうです。「人類」という言葉を使っているので、思わず笑いました。私はいつも言っていること、すなわち、「一杯寝て、一杯食べて、一杯お友達と遊んで、一杯勉強しなければ夢は叶わないよ」と言いました。

 どう考えても、私が小学校2年生の時に「歴史に残りたい」と言っていなかった。当時の私が願っていたのは、お菓子を思いっきり食べたい、ぐらいでした。

長瀬長瀬2008/07/04 22:24ぼくは、おすし屋さんになりたいって言っていました。
でも、今の仕事も心のどっかにあったのかもしれません。

jun24kawajun24kawa2008/07/05 06:00私も、考えてみれば、小さい頃から人に教えるのが好きでした。

enablerenabler2008/07/05 06:22実は私も小6の文集に「歴史上に残る人物になりたい」と書きました。自己顕示欲の発露なのでしょうか。私という人間が生きていたことを知って欲しいと単純に考えました。
でも小2で、考えるというのもなかなかのものですね。

jun24kawajun24kawa2008/07/05 06:35はい、私も小学校高学年の頃には偉人伝を読みました。私の小学校では何故か考古学関係の偉人伝の本が多く、それに影響されシュリーマンにあこがれた記憶があります。ただし、無理だろうな~っと思っていたので文集には書きませんでした。あはははは。これを書いて気づきました。息子は歴史の本が大好きです。その影響かも知れません。

08/07/03(木)

[]モテモテボーイ 12:11 モテモテボーイ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - モテモテボーイ - 西川純のメモ モテモテボーイ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が教職大学院に異動したため、既存大学院の院生さんに授業が出来ません。ただ1回だけ、ある先生の課目の助っ人として語ることが出来ます。本日は、その日です。授業を終えて帰ろうとすると、一人の院生さんが話しかけてきました。

院生さん:先生の息子さんって西川○さんですか?

私:(ビックリして)ハイ

院生さん:うちの子は○さんと同じクラスなんですが、○さんが大好きで、家に帰ると○さんの話ばかりするんです。うちの子は男の子は駄目なんですが、○さんだけは大好きなんです。西川先生の話を聞いていると、○さんに似ているな~っと思いました。

私:私が○に似ているのではなく、○が私に似ているのですよ。あははははは

 うちの息子は、モテモテボーイです。

J.SASEJ.SASE2008/07/04 17:57研究を忘れて北海道をバイクで放浪中です。現在は佐呂間町です。7日に東京に戻ります。

jun24kawajun24kawa2008/07/04 18:34そんなこともなけりゃ、やってられませんね。

08/07/02(水)

[]昨日、今日 17:04 昨日、今日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日、今日 - 西川純のメモ 昨日、今日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は神奈川の中学校で講演しました。いい感じの中学校です。何しろ、私の講演の後に質問が出るんです。それも4人も、これは凄い。大抵の場合は、頭がパンパカパンになってしまうので質問が出ないのに。

 既に『学び合い』を実践している同志は、初期段階を脱し充実段階に到達したと思います。多少は旧来の尻尾がありますが、もうすぐそれも脱皮しそうです。なによりも力があり、明るい先生なので大丈夫でしょう。さらなる発展は、人に伝えることによって成り立つと思います。管理職の方々も感性が良い先生で、これまた明るく、人なつっこい先生だと感じました。子どもも素直で良い子たちばかりです。驚いたのは授業検討会に子どもが参加したことです。これはとても良い兆候です。この学校なれば、日本初の子どもが仕切る研究会が実現できるかもしれません(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080102/1199235420)。日本の教育を変えることが出来る研究会です。大いに期待できます。

 帰りの小田急で人身事故があり、予定した電車に乗り遅れました。そのため、昨日は11時半にヘトヘトになって帰りました。本日は会議有り、学校支援有り、また、二日分のメール処理があり、で今までかかりました。でも、とても嬉しいものを観ました。それは現在支援をしている学校の先生の変容です。昨日の様子はMさんのブログで知りました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/Mizuochi/20080701)。本日の授業を見させて頂きました。国語の『学び合い』は旧来の尻尾があるため、子どもの動きが鈍くなるところが一部にありました。しかし、金曜日の授業に比べれば全然違います。なによりも声がけのポイントが違います。私は別の仕事があったので観れませんでしたが、続く算数の『学び合い』に関しては花丸であるとMさんからうかがいました(その事、アップしてね)。続いて昼休みに、その先生と明日の授業の展開を話し合いました。Mさんが「教科書のここから、ここまでをざっと、今日みたいにやりましょう」と言ったら、それで十分でした。あははは。開始から3回程度で算数の『学び合い』は初期段階を脱しました。国語に関しては、あと1、2回で初期段階を脱せると思います。私は、色々なところで「1週間、最悪でも2週間で初期段階になります。」と豪語しています。そして、それを本気で信じています。そして、なによりも何度も経験しています。が、何度経験しても、それをライブで観ると本当に魔法のように感じます。たった1、2週間で子どもたちの人間関係や学習に対する取り組みが激変し、先生の表情が柔和になり余裕が出来ます。本当に魔法のようです。

 今月中には、一気に、全教科『学び合い』が充実段階まで行くまで怒濤でサポートしようと思っています。

追伸 Mさんと私の先生方へのサポートは理想的な教員研修の姿だと思います。子どもを目の前にして、具体的に子どもの見取りの視点を語り、声がけの例を伝える。その先生はその視点で子どもの姿に驚き、自分の声がけによって子どもの動きが変化することに驚く。徐々にサポートが少なくなります。やがて、互いに自ら見取ったことを笑いながら語り合いながら1時間を過ごす。幸せな時間です。そして、本当の力になる研修です。

08/07/01(火)

[]言葉 05:43 言葉 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 言葉 - 西川純のメモ 言葉 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 当たり前のことなのですが、『学び合い』でどのような子どもの姿を見ているかによって、同じ言葉が違った意味になります。禅の公案を解説すると陳腐なんですよね。不立文字という言葉があります。最終的には子どもの姿で腑に落ちるしかないのだと思います。

janglejapjanglejap2008/07/01 21:10先生、本日は遠くまで来ていただきありがとうございました!
先生の講演、また同士の先生方とお話することができ、とても有意義で楽しい時間をすごすことができました。
今日、おとなりに座られた先生とも実践について、先生のホームページ等について話すことができました、すごく興味をもたれたようでした!ありがとうございました!!

jun24kawajun24kawa2008/07/02 06:50ご苦労様でした。
本日、一番重要な役割を果たしたのはあなただと思います。
感謝!

janglejapjanglejap2008/07/02 19:53身に余るお言葉に恐縮です。