西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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08/06/30(月)

[]教材研究 22:04 教材研究 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教材研究 - 西川純のメモ 教材研究 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモに対するコメントに触発されて教材研究に関してメモります。

 私の生涯で、教材研究に関して「最高」と感じた人は二人です。第一は、卒業研究の指導教官であるI先生です。I先生は生物物理学の専門家で、私との会話の殆どは物理学の言葉でした。ところが、生き物に関しての話をさせると深みがありました。ある時、下田に臨海実習に行ったとき寿司屋でおごってもらいました。その際、刺身が出たのですが、何の刺身か分かりません。そのことが話題になったとき、I先生が静かに語り始めました。I先生は私たちの五感で認識できること、また、系統分類学の基礎的知識を組み合わせてその刺身が何であるかを解き明かしました。これほどまで生物学が身近に感じたことはありません。その他にも、ふと目の前にある生き物を話題にすると、そのようなことが度々です。また、最近退官された植物学のD先生もそんな先生です。私が理科コースだったとき、朝のお茶の時間を殆ど毎日一緒に過ごしました。そこで何気なく植物のことが話題になると、これがまた深い、深い。話がとぎれないのです。それが何年も続いても、それがつきません。両先生とも、学問が日常にまで染み渡った人です。こんな人になるには、生物学の研究者となり、その研究を日常においても思いはせるような人でなければならない、と思いました。

 高校の教師になって、高校の先生方の研修会に参加します。また、合宿にも参加しました。その先生方の教材の話はつきません、下っ端の私はただただ聞くだけです。夜になっても、深夜になっても尽きません。最初は驚愕・畏怖でした。しかし、聞いているうちに嫌になってしまいました。要は「俺はね、こんなことを知っているんだぞ~」という自慢話なんです。小中の授業検討会でもよくあります。授業者の実践とは関係なく、「私はこんなことを実践しました」と自慢する人ってあります。あれです。同じ生物学の話なのですが、I先生、D先生の話とは違うんです。両先生の話の場合は万巻の書物、長年の経験に基づいており、それを自身で咀嚼した話であり、「どうやったらこんな話が出来るんだろう・・・」と思うような話です。ところが自慢話で聞く話は、学部で生物学を学んだ私のレベルでも、「あの手の本には書いてあるだろうな~」と想像できるレベルのことです。まあしょうがありません。生物学者と違って、部活指導や校務分掌や生徒指導や・・・がある高校教師なのですから、生物学者と同じレベルは無理です。でも、そのレベルのことと得々と話している人を見ると、「理学部博士課程に入り直して、生物学者になったら・・」と感じます。

 教師特有の教材の知識もあります。理学ではあまり扱われず、その種の生物学はないと思われる知識です。が、それも陳腐に感じます。私の学んだ大学院である筑波大学では1960年代、70年代の欧米のカリキュラムを集中的に教えてもらいました。PSSC、CBA、BSCS、ESCP、ナフィールド・・・、現在、このことを知っている人はどれだけいるでしょうか?大学院にはその原典が何気なく置いてあります。それらは、数千・数万の科学者・心理学者・教育学者・教師が数十億・数百億のお金をかけて作り上げたカリキュラムです。ちんけな教材研究とはレベルが違います。私の勤めた高校は歴史のある高校です。理科室にはその当時の翻訳本や、上記に触発された日本の本が山ほどあります。また、筑波大学の図書館には明治初年の文献が山のようにあります。江戸末期から明治初年の教科書は非常に参考になります(今の教師で舎密、窮理と書いて、何のことか分かるだろうか・・・・)。当時の血液の実験などは素晴らしい。その当時の技術力で実現できたのですから、現在では本当に簡単に出来て、かつ、本質的な教材・教具の宝庫です。私は職業柄色々な教材研究を見ますが、不遜ながら「陳腐」と感じます。このような引き出しがいっぱいあると授業の展開に幅が出来ます。教材を開発する時間があったら、過去の成果を学ぶ方が良いと思います。これは理科以外の教科においても、五十歩・百歩だと思います。そのような教材研究を見ると、「あなたにとってはお勉強にはなったかもしれないけど、研究レベルではないな」と思います。

 ということで私は教材研究を「全く」バカにしていました。ところが、そうではない、ということを『学び合い』によって学びました。それは、教師が教材研究をするのではなく、子どもが教材研究をすることです。代表的なある同志のメールを以下に紹介します。その同志は、夏休みに洗脳旅行をして、戻ってから『学び合い』を実践しました。その経験から、「私自身が授業教材研究をするのが楽しくなってきた。」とメールしてきました。その説明です(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20060914)。

 『教材研究が楽しくなってきたと書きましたが,やはりそれはあくまでも教材研究をしたから子どもが分かる授業ができるわけではなく子どもを信じて,活動させたときに子どもが考えている世界が私自身どのようにつながっているのか先が知りたくなり,教材研究をしたいと思っているという感じです。教材研究をそんなにしなくても本時や単元の目標にある終着点に子どもたちは自分たちで着陸できると思いますよ。(夏休みに上越にいたときはそのように信じきれなかったけど・・・)ただ,教材研究をして子どもを信じた(?)授業をすれば,もっと高い内容を習得することができる目標を設定できるし子どもたちもその目標に基づいた問題を自分たちで解決できると思います。はじめに教材研究ありきだと子どもたちがひいてしまう授業になる気がするし,私はこれまでそんな授業をしていたのだと思います。今だからよ~~~~くわかります。昨年,子どもたちがすごいところまでたどり着いたと思っていた授業があったんですが,そのあとに「これでよかったのか?」と感じていました。それはやはり,一部分の子が引っ張っていた授業であり,他の子達は難しくて,あまりおもしろくなく,ちょっと疲れた授業だったのだろうとおもいます。今,その単元の授業をすれば全然違う形になると思います。今週は改めて西川研のみなさんに感謝する一週間でした。ありがとうございました。担任のほうがやりやすいと感じているのは今もかわりませんが,専科でも私の授業・教育についての文化が伝わり,その時間に浸透していればできます。』

 これが私の納得できる教材研究です。つまり、教師の仕組む教材研究は私にとっては陳腐です。しかし、子どもたちが燃えに燃えたときの教材研究は私にとっては驚異であり、喜びです。実は、子どもたちがどれほど燃える教材研究を出来るか、そこにその人の教材研究の力があります。それは小中高だけはありません。数学においては「良い問題」を考えられる人が、良き後進を育てることが出来るのです(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080512)。これが充実段階、発展段階の同志へのメモです。

 とんたんさんやKさんなどの多くの同志には、このレベル以上の成果を「期待」している次第です。

tontan2tontan22008/06/30 23:17>教師の仕組む教材研究は私にとっては陳腐です。
私もそう思います。授業研究会でのそうした話はもう聞きたくはありません。
でも、「何を」投げかけるかはとても重要なことだと思っています。
※ 「どう」投げかけるかは私にはどうでもよいことです。

jun24kawajun24kawa2008/07/01 05:28その通りだと思います。

08/06/29(日)

[]徳 21:35 徳 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 徳 - 西川純のメモ 徳 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/janglejap/20080628を読んで、「徳」を感じます。広げられる人には徳があります。私には徳はないと反省することしきりです。

[]何故ぶれないか? 18:22 何故ぶれないか? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何故ぶれないか? - 西川純のメモ 何故ぶれないか? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は『学び合い』に関してぶれません。また、判断も速い。理由は何か考えるとき、「考え方」に立ち戻って考えるからです。結局、『学び合い』は学校観・学習者観の帰結です。運用でそれから外れることはあり得ますが、運用が基本と考えれば、あっという間に元の木阿弥になってしまいます。

 教材内容のレベルアップが「みんな」と矛盾無くできるならばOKなんです。そのような方もおられます。でも、矛盾が生じる可能性があるならば、教材内容より「みんな」を優先すべきだと思います。むしろ、「みんな」のレベルアップ、すなわち関われる人たちの多様性、人数を増やすことのほうが意味があると思う次第です。

 本日のメモは学校教育の目的は何か、それに対してのシンプルな回答なんです。(これまた、レスになったよねAさん)

追伸 言うまでもなく私自身も「考え方」から外れる行動をします。特に、私の実践場である西川研究室の運営には「たびたび」やらかします。しかし、その場合は「西川先生、『学び合い』の考え方から外れていますよ」と指摘されます。個々の運用自体は大抵は合っていると思います。しかし、同志の指摘によって、自分は「考え方」はら外れた運用をしていることを自覚するので、運用が暴走しません。ちなみにゼミ生からそのように指摘されることを無情の喜びと感じます(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070619)(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070209

[]Aさんのお求めに応じて(その1) 10:55 Aさんのお求めに応じて(その1) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Aさんのお求めに応じて(その1) - 西川純のメモ Aさんのお求めに応じて(その1) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある方(Aさんとします)から、社会科に特有の目的があることのか、という質問を受けました。以下は、Aさんのような『学び合い』のビギナー相手の説明であることを強調します。充実段階、発展段階の同志に対しては別な説明なることをご理解下さい。

 私の理解です。

 全ての教科においては、固有の課題があります。例えば、私は国語の「深い読み」、音楽の「響き渡る音」というものをやり玉に挙げまが、それが大事であることを否定しません。しかし、私は多くの方々にはそれを勧めず「クラス全員が教科書○ページから○ページをみんな分かるようにしなさい」という課題を勧めます。理由はあります。理由は、指導要領の文面を、教師がそれを子ども全員に伝えられるにはものすごく大変だからです。おそらく、不可能でしょう。なぜなら、教師は一人で子どもは三十人、そして認知的レベルは多様で、人の相性は多様、それが時々刻々変わって異からです。学習者が達成すべき課題を理解できなければ、『学び合い』は成立しません。

 しかし、混乱させることを言いますが、不可能ではありません。それには二つあります。第一は、もの凄く教材の能力を高め、教授のテクニックを駆使できる人なれば、全員ではなくともかなりの割合まで伝えることが出来ます。出来る人もいます。それは、とても大変で、多くの人には一生涯不可能な段階だからです。そして、それが出来る人であっても、1年間の授業全てに出来るわけではありません。そして、教材・教授にのめり込めば、いつのまにか我々が一番大事にしている「みんな」に割くべきエネルギーが低下するからです。

 もう一つの方法は、『学び合い』です。指導要領に書いているレベルのこと、また、その先のことを理解しているのは教師ばかりではありません。また、最小限の情報でそれを理解できる学習者は少なくありません。だから子どもを通して求めればいいのです。ただし、「教材・教授」のしっぽがあると、色々と蘊蓄(うんちく)を語りたいという欲求があります。こりゃしょうがない、私もそうです。でも、その蘊蓄を一定時間語ることによって目的を理解する子どもの増加量は、時間が述べるほど低下します。しかし、蘊蓄を語り出した教師はなかなか止められません。では、どうするか。それは指導要領の文面をそのまま(小学校高学年以降は漢字にルビもふらずに)子どもに与えて、これを達成することと求めるのです。これが出来るだけ子ども集団が成長しているならば可能です。でも、それに達している人は、それほど多くありません。

 それ故、私は「クラス全員が教科書○ページから○ページをみんな分かるようにしなさい」を勧めている次第です。(Aさん、これでお応えになりました?)

[] Aさんのお求めに応じて(その2) 10:55  Aさんのお求めに応じて(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク -  Aさんのお求めに応じて(その2) - 西川純のメモ  Aさんのお求めに応じて(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上のメモに関連して、加筆します。

 学校教育の目的が人類が営々として築きあげた成果を、次の世代に伝えることであることは言うまでもありません。しかし、人類が築きあげた成果を全て伝えられるわけありません。当然、選択がかかります。ではどれほどのものでしょうか?学校教育で扱うものの大多数は伝える必要のないものです。これは過去のメモに書いたとおりです。例えば筆算は大人になってからまあしないでしょう。電卓ですみます。よく筆算によって計算の仕組みが分かるからという方がいますが、それなら何故、代数学の群環論を学ばないのでしょうか?足し算の仕組みを分かるには、あのレベルが分かることだと私は思います。漢字の書き取りだって、ワープロが発達した現在は「読み」が出来れば「書けなくても」大丈夫です。毛筆を必要とするのは芳名帳のみの時代に、何故、筆順が必要なのでしょうか?小学校のこのレベルのことにさえ疑問を呈することが出来るとしたら、中学校・高等学校は悲惨なものです。以前、保護者に学校教育で学ぶことが大人になって役に立つかを聞いたところ、あまり高い評価を得ませんでした。そして、同じ調査を教師対象に実施しましたが結果は保護者と同じ結果でした。つまり、そのことが本当に必要だと熱く思っているのは日本の人口の万分の一(いや百万分の一)以下と言えるでしょう。その程度のことを他人の子どもに求める権限は誰にもありません。

 教師は子どもに求めることを定めているのは指導要領なのです。そして、その定めていることが暴走しないように定められており、それを使うことを定められているのは教科書です。だから教科書を理解することというレベルは妥当だと私は理解しています。だから私としては「そんなの必要かな~?」と思っていますが、筆算や書き順も勉強することを否定しません。

 もちろん、指導要領の定めを各教師が受け止め、教科書を理解するレベルを超えたことを具現化することを否定するわけではありません。ただし、その場合は教育の目的に照らして、それが妥当であることを説明できる必要があると思います。教育の目標は教育基本法の第1条に定められています。そこには「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。このことに対して、応えられる必要があります。私は理科教育で語られる様々な目的論を吟味しました。そして、結果として上記に結びつけられる国民(理科人ではありません)が理解し得る説明は出来ないと結論を出しました。これは他教科でも同じだと思います。もう一つ、この第1条で定められているのは、国民が等しく学ぶべきものを定めているのです。従って、自身が子どもに与える課題は、全員が達成できる課題であらねばなりません。6、7割が分かり、十割が分かった気になるレベルでは駄目なのです。従って、クラス・学校の状況・教師の能力によって与えられるレベルは変わります。しかし、上記二つを満たすことを厳しく自身に求めれば、内容に深くなることは出来ないと思います。私は、むしろ「みんな」にエネルギーを割くべきだと思っている次第です。(これまたAさん、分かった?)

F-KatagiriF-Katagiri2008/06/30 11:10ちょっと引っ掛かったので、コメントします。とんたんさんの日記が削除されていたので、ずれていたらごめんなさい。

例えば、先生が我々によくおっしゃっていた「心に響かない。」という言葉の先にわれわれは何かを見つけようとして七転八倒していました。つまりその先に何かがある気がしたからです。

もちろん『学び合い』で「みんな」が達成することはとてつもなく重要なことです。達成すればすごいことになることもわかります。

でも、教科において『学び合い』で設定しやすい目標の「その先」を求めてもいいんじゃないか?ということです。先生のおっしゃった「心に響かない。」という言葉は、先生と我々の関係だから意味を持ったのであり、きっとそれは国語の「深い読み」・筆順や、音楽の「響き渡る音」と同じようなものだと思います。

つまり、その先生との関係でその言葉に子どもたちの中に意味が生じるか、「何言っているかわからない」となるかなんです。究極に言えばよく先生がたとえに使う「ハナクソのほじり方」にも意味を見いださせるかどうかはその先生との関係だと思います。

教科にこだわりがある人は、自分がこだわったその教科の「すばらしい」と思うところを伝えたいという気持ちがあるし、そういうのは大切にするべきなんだろうなぁと思います。

jun24kawajun24kawa2008/06/30 15:07Good突っ込み有り難う!
さて、メモに書いた通り、このメモはビギナーの方を対象としたメモです。教材の罠は陥りやすい罠です。だから注意を喚起した次第です。とにもかくにも「みんな」の徹底が大事です。メモに書いたように、それが出来た後に、教材を大事にする授業を組み立てるのはアリです。しかし、「みんな」がなかなか成り立たないとき、教材やゲーム性に救いを求める人は少なくない。そして、それに頼れば、あっというまに“学び合い”になります。だから、注意を喚起した次第です。
さて、「心に響かない」ですが、私があなたに「心に響かない」と行ったときのニュアンスを誰かに伝えられる自信ある?あはははははは。私は学ぶことによって、随喜の涙を流したい。そして、流してきました。そして、それが満たされる可能性がない場合「心に響かない」と言ってきました。Kさんだったら、私の要求水準の高さは知っているよね。で、教材関係で私が随喜の涙を流すと思う?ご存じの通り、私の志は日本中の全ての学習者・教師が、学校で救われるようになって欲しいのです。教材の方向にはそれは無いと、私は思っています。それが誤りだと教えてもらったら、確実に随喜の涙を流すよ。
『学び合い』の考えを理解した方々の中に、教材に可能性を見出そうとする人もいることは望ましいと思います。方向性が一致しているとき、方法が多様であることは望ましいことです。そして、期待しているんです。ブログでゴチャゴチャと私の考えは書きますが、多様性が大事であることを忘れていないことは信じてね。

F-KatagiriF-Katagiri2008/06/30 17:01早速の返答ありがとうございます。

「教材」と「教科の世界」とはちょっとニュアンスが違うような気がします。子どもの教科に関する学びで、私が今まで感動したのは、私の予測以上に深い学びをしたときですし、私が純粋に子どもから教えてもらった時です。

教師は教科の世界を教えることはできませんが、方向を示すことができると思うんです。西川先生も方向を示してくれているので、私は自由に学ぶことができています。教材研究とちょっと違うんですよね。

ビギナーの方を対象にしたメモということで、理解いたしました。

jun24kawajun24kawa2008/06/30 18:47「教材」と「教科の世界」ですか、良い響きです。
ある同志が言っていました。
『学び合い』では教師は教材研究をしなくても良くなる、でも、子どものつぶやきを聞いていると教材研究がしたくなる、と、おそらくKさんのコメントはそのことだと理解しました。

janglejapjanglejap2008/06/30 21:12トラックバックをいただいて、まさに恐縮!!しております。と、と、と、とんでもございません・・。
校長先生の「徳」ということです。
西川先生のおかげでライブに来ていただくことができて、子どもたち、本当によろこんでおります。来てくださった方に「やってみたい」と思っていただけるようにがんばります(子どもたちが!)

jun24kawajun24kawa2008/06/30 22:03K県が変わる予兆を感じます。あすは綾瀬に講演です。

janglejapjanglejap2008/07/01 06:46私もお邪魔させていただけることになりました!よろしくお願いします。

08/06/28(土)

[]だらだら 21:04 だらだら - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - だらだら - 西川純のメモ だらだら - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日になって息子が熱を出しました。息子を寝かそうとすると、添い寝を求めます。ということで、家族三人でだらだらと寝ていました。ま、これも幸せ、と思います。

08/06/27(金)

[]本日の講演 23:38 本日の講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日の講演 - 西川純のメモ 本日の講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は息子がお世話になっている小学校で講演です。本当にこの学校にお願いして、担任がA先生でよかった、と思います。その学校は『学び合い』ではありません。しかし、許容範囲が広い学校なので、規格外の息子も自由に学ばせていただいております。感謝!

D902iD902i2008/06/27 23:46学校で,先生のお子さんの姿を見た院生さんが「あの子はすごい!おもしろい!」と話してくださいました。
ピザの話ですが,目から鱗でした☆

jun24kawajun24kawa2008/06/28 08:28ありがとうございました。
もちろん、我が子ですから愛しいのですが、「おい、空気読めよ!」と言いたくなっちゃうのです。

08/06/26(木)

[]飲み会 22:08 飲み会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飲み会 - 西川純のメモ 飲み会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は名古屋からの先生と飲みました。楽しかった。そうしていると、メールです。実は、本当だったらY県に出張してM次長を飲みたいなと思っていたのですが、附属で講演でそれもかないません。そのMさんより電話です。次の飲みの約束をしました。楽しみだ!

08/06/25(水)

[]魔法 21:46 魔法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 魔法 - 西川純のメモ 魔法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は地元の学校で、『学び合い』の最初の授業に立ち会いました。昨日、Mさんと一緒に相談に応じました。そして、今日が初回です。

 まさに、大化けです。どうなるかは分かっているのです。まさにセオリー通りのことが起こります。私に小学校教師の経験を持つMさんが二人がかりで『学び合い』をサポートしているのです。そして聞いている先生は謙虚な良い先生です。万に一つも誤りが起こるわけありません。分かっているのです。でも、本当に魔法のようです。

 「やった~!みんな出来た~!」とこどもたちが声を上げ、手をたたきます。今までの授業の半分以下の授業時間で、みんな課題を達成しています。その声を聞いて、絶えきれずに廊下に出て泣きました。

08/06/24(火)

[]これから 22:10 これから - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - これから - 西川純のメモ これから - 西川純のメモ のブックマークコメント

 これから退職まで、あと16年強あります。そのことを最近考えます。過去、十年間、なしえたこと、やったことに関して不満はありません。よくやった、と思います。しかし、同じことをあと16年やることは意味はないことはハッキリしています。何をやるべきか、それを考えます。普通の教師だったら、現場教師ではなく管理職への道を考える時期です。そして、多くの同志にはそのことを強く勧めます。しかし、大学という職場は、それとは違います。それ故、考えます。

08/06/23(月)

[]議論の勝ち方 22:05 議論の勝ち方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論の勝ち方 - 西川純のメモ 議論の勝ち方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある方と話したことをアップします。

 私は議論に強い方です。いや、めっぽう強い。では、どうやって強くなるか、それには方法があります。

 まず、議論の強さという抽象的な能力はありません。文脈依存性といって、話の内容によって強さは変わります。競技ディベートが強い人が、議論に強いとは限りません。競技ディベートで強くなれるのは、競技ディベートの範囲内です。

 では、あるジャンルで強くなるにはどうしたらいいか?そりゃ、議論するしかありません。議論して、議論の展開、その対応、それを「覚える」のです。相手方が言うであろうことが予想がつかず、その場で考えるなんて一部の天才が出来ることで凡夫が出来るものではありません。でも、色々な人と激しい議論をするのは体力、いや、自分のプライドが疲れます。結局、プライドが傷つかない人と、いっぱい議論するのです。その多くは馬鹿話です。私も、そういう人が、それも事情に通じた人がいるから、学内政治で負けないようになれます。

 つ、ま、り、結局、ネットワークが勝負です。つまり『学び合い』のテーゼです。ちなみに、議論に勝つ、と、納得させる、は別のことです。私は「愛する家内」との議論では連戦・連敗です。しかし、感謝、感謝の毎日をおくれます。勝たなくても良いのです。幸せならば。あははははは

[]自分史 22:05 自分史 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自分史 - 西川純のメモ 自分史 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 歴史は実に単純に因果関係を語ります。しかし、実際は関わった人も多く、その一人一人がグチャグチャした日常を引きずっています。それが千人、万人、百万人と関わっているならば、そりゃ綺麗になものではありません。例えば、「織田信長が商業を発展させるために楽市・楽座を設け、それによって莫大な資金を集め、それによって天下統一を実現した」と歴史に書かれていたとしても、おそらく織田信長がそれを意識したとしたのは楽市・楽座からお金を得ることが出来てからでしょう。「ローマ帝国が発展したのは、被制服民をローマ市民にしてローマ化したから」と歴史家は言うでしょう。しかし、はじめからそんな構想図を書いた人はいなかったと思います。だって、ローマ帝国は成功したかもしれませんが、被制服民を自国民化することを失敗した国(例えば戦前の日本)は山ほどあり、成功した国は希です。結局、歴史とは「後知恵」に過ぎません。

 これは自分史も同じです。かく言う私だって同じです。私が何故、教師になったか、また、『学び合い』になったかも、「後知恵」に過ぎません。今から二十年前、今から十年前の私に現在の姿の予想があったわけありません。その場、その場でもがいていただけです。そこには百、いや百万の選択肢があり、その一つの選択肢の先に数多くの選択肢がありました。結果として、今の私がいます。人に語るとき、そのグチャグチャを語ってもしょうがありません。また、都合良く多くのことを忘れます。

 では歴史、また、自分史には意味がないのでしょうか?いや、あります。それは、歴史にしろ自分史にせよ、それはこれからのことに関して自分の方針を「合理化」するために意味があります。それによって、今からやらねばならぬことを自信を持ってやることができます。中国の王朝の最初の仕事は、過去の王朝の歴史を書くことです。それによって自身を合理化します。結局、歴史、自分史は合理化のためのフィクションに過ぎません。しかし、そのフィクションによって、何が成されるか、それが大事です。自分のため、そして、人のためとなる自分のフィクションを作り上げましょう!

[]予約 18:38 予約 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予約 - 西川純のメモ 予約 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来年の8月、つまり1年以上先の講演予約が本日入りました。それも、2週間ほどの幅で日時の設定可能です。こうだと有り難い。

[]文例集 09:43 文例集 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 文例集 - 西川純のメモ 文例集 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 保護者の方にご理解頂くためには、いきなりライブを見せるのではなく、事前説明をすると有効だと思われます。その文例を書きました。HPの方に「手引き書」最終ページに付録としてアップしました。お使い下さい。以下が注意点です。

1)この文章をテキストファイルでHPにアップしようかとも思いました。これだけの文章を打ち込むのは大変ですから。しかし、あえてpdfファイルにしました。それは、皆さんお一人お一人の言葉で書き直して欲しいからです。「最初の語り」と同じく、自分の言葉にしなければ力がありません。もう一つ、この文章は保護者の方にも公開していることをお忘れ無く。

2)『学び合い』の基本ですが、全ての人にフィットする説明はあり得ません。それは保護者の方々への説明も同じです。全員を分からせる必要はありません。第一に、読んでくれると限りません。大事なのは、読んでくれて、分かってくれた保護者の方々を通して広げることです。(もちろん、子どもとも)

3)学級通信のコラムに使うにはかなり長いものです。意識して短くしようとしたのですが、限界です。むしろ、これを読んで頂けるように加えて下さい。私も保護者の一人ですが、我が子のことが書かれているかもしれない、我が子の写真が写っているかもしれないと思えば、学級通信は読みます。「1)」と関連しますが、この文章をわざわざ大幅に加工しなくても結構だと思います。『学び合い』に関しては「一日の長」が私にはありますので、どうぞ、ご活用下さい。しかし、それを皆さんのクラスの子どもの様子で膨らませて下さい。子どもの呟き、子どもの写真をふんだんに取り込んではいかがでしょうか?

追伸 Eさん、お求めの文章を最後に付けました。

janglejapjanglejap2008/06/23 17:51ありがとうございました!!感激です!!
学級通信で、子どもの姿や作品とともに、自分の言葉にして知らせていきたいと思います。

jun24kawajun24kawa2008/06/23 18:34活用して下さいね。

ftogpxtakaftogpxtaka2008/06/23 20:02こんばんは。ちょうど今週の授業参観で、我がクラスの保護者に『学び合い』をどう説明しようかと悩んでいたところです。

jun24kawajun24kawa2008/06/23 21:19直すべきところがあればコメント下さいね。

D902iD902i2008/06/23 22:46今日は先生に,本当に助けていただきました。(もちろん,今日に限らないことは言うまでもありません。)
常に思っていることですが,改めて「感謝」です!

jun24kawajun24kawa2008/06/23 22:50感謝は言葉ではなく、金券、現金、高級食材、
そして、加賀屋の家族宿泊券、
な~んちゃって。

08/06/22(日)

[]次のステップ 22:20 次のステップ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 次のステップ - 西川純のメモ 次のステップ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある同志から『まずは、結果が表れやすいところからと思い今年度は、算数・漢字で学び合いをしています。結果は楽勝です。次の段階として、思考が見えるもの(収束的思考ではなく、拡散的思考のもの)を課題にしたいのです。』とメールがありました。その同志からは、そのような課題に関してどのような注意が必要かの質問でした。

 その同志のメールを読んでいると、その教科に合わせた手だてを考えているようでした。しかし、私の応えは「算数・漢字の学習と、全く同じです。いや、同じにしなければならない!」です。

 算数・数学の答えは一つのようです。ところが、その答えの導き方は実に多様です。だって、「どうやって解いたの?」と聞けば、子どもは実に多様に説明します。では、どこまでも多様性は許されるかというと、そうではありません。結果として、それは正答を導ける方法であらねばなりません。

 社会だって、国語だって同じです。年号や漢字のように、正誤がはっきりしやすいものがあります。また、「民主主義の特徴とは何か?」や、「ごんの気持ちが最も表れるのはどこか?」だって、正答になれるには一定の幅があり、どこまでも自由に考えて良いわけではありません。ちなみに、どこまでも自由に考えて良いものは学校教育ではなく、遊びです。

 私はこの手の質問を受けたとき、毎度、毎度、質問者に同じ質問をします。その質問は「その課題は何を達成したいの?」です。

もし、「子どもの自由な発想でいい」とその人が応えれば、私は極端に変な事例を挙げて「それでもOK?」と聞くと、大抵はNOです。そこで、じゃあ「どこが駄目なの?」と聞きます。この繰り返しで、その人が達成したいと思っていることを聞き出します。

もし、「読みを深める」のような訳の分かったようで、訳の分からん曖昧なものを持ち出したら、「読みって何?」とたたみ込みます。そうすると、さらに複雑なことを言い出します。そうしたら「私は大学教育を受けたけど、失礼ながら、あなたの言っていることはちんぷんかんぷんです。そんなこと子どもが分かると思う?達成すべきものが分からなくて、どうして子どもが達成できるの?」と言います。中には、「いや、読むの深さがある!」と言い張る人がいたら、私が元理科人でしたので「科学的概念の形成」という理科人は分かると思いこんでいる例を挙げて説明し、「読みの深さ」も五十歩百歩であることを説明します。

 次に、ある程度、達成するべきことを具体的に言えるようになったら、「それが達成したか、しないか、何で判断するの?」と聞きます。大抵の教師は、そのことをあまり考えていません。中には「分かる人には、分かる」というような禅問答のようなことをおっしゃる。そのような場合は、先と同様に「私は大学教育を受けたけど、失礼ながら、あなたの言っていることはちんぷんかんぷんです。そんなこと子どもが分かると思う?達成すべきものが分からなくて、どうして子どもが達成できるの?」と言います。

 どんな教科でも、達成できたか出来なかったかの判断基準によって達成すべき課題を明確にする(これを操作的定義と言います)ことが出来たならば、やるべきことは算数・数学、また、体育と同じです。「クラス全員が○○できるようになること。はいどうぞ」です。

 ちなみに図工、美術の課題のようにオリジナリティを求める場合は、「人とは違うところが一つ以上含み、それはどこで、どういう意味があるかを説明できる」とすればいいんです。

 ということで、私にとって教科の差などは、ちんけな差のように見えてしょうがありません。あははははは

08/06/21(土)

[]円生の鰍沢 19:07 円生の鰍沢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 円生の鰍沢 - 西川純のメモ 円生の鰍沢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、落語の大ネタの鰍沢を円生で聞きました。聞いてみると、どうしても納得できないことがあります。

 鰍沢の話はこうです。亭主の留守に、旅人が一夜の宿を奥さんに頼んだ。急に泊まった旅人の金品を奪うため、奥さんは亭主のために買ってあった酒に毒薬を飲ませて寝かせた。そのため亭主の酒が無くなったために、奥さんは酒を買いに家を出た。その留守中に亭主が帰り、飲み残しの毒薬入りの酒を飲んでしまう。それから緊迫感のある話が展開するのです。

 これが変です。だって、人殺しをしようとしている最中に、家を留守にするということあるでしょうか?あまつさえ、その理由が亭主の晩酌を買いに行くためなのです。人を殺せば、その死体処理だって大変です。留守中に誰か来たらどうするつもりなのでしょう。多くの話し手は薪をとりに行ったという展開をとります。これなら分かります。薪がなければ凍え死にます。また、家の裏にある薪を取りに行くならば、留守はごくごく短時間です。そうであるならば、人殺しの途中でも家を留守にすることも納得できます。

円生の落語は時代考証がしっかりして、緻密です。その円生が何故、馬鹿げた展開にしたのか、謎です。

[]点が線に、そして面への前兆 18:25 点が線に、そして面への前兆 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 点が線に、そして面への前兆 - 西川純のメモ 点が線に、そして面への前兆 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 Kさんのブログ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/F-Katagiri/20080517)に息子さんのサッカースクールでいっしょのお母さんが「学び合う国語」を読んでいた、という記事がありました。最近、そのお母さんからメールをいただきました。そのお母さんは学校の先生ですが、その旦那さんも学校の先生で、その旦那さんから『学び合い』を知ったそうです。その旦那さんは数年前に新潟県の研修団体での講演でお世話いただいた先生です。そして、その後、勤務学校に呼んでいただきました。それをきっかけに、その学校の先生方から『学び合い』のバリバリの実践者が生まれました。その一人が異動されました。その方のお誘いで、別の学校に講演に行きます。

 日本全国には『学び合い』の同志がおられます。今までは、比較的単純なネットワークだったと思います。具体的は、同志が『学び合い』との出会いを調べると、「誰々さんの紹介」とか「○○の本をきっかけにして」とか、「これ」と特定できます。しかし、最近は、独立した経路で出会いがぶつかると言うことが起こり始めています。これは、点が線になり、そして、今、線が面になる前兆のように感じます。

 同志各位へのお願いです。一人一人が積極的に情報発信をしてください。お、ね、が、い。もし、一人がどのような形にせよ積極的に情報発信をしてくれれば、普通の教師の数十倍、いや、百倍の情報発信をします。つまり、現在の同志の人数が、あたかも百倍になったと同じ効果を生じます。何度も書いていますように、集団の2割が革新者(確信者)となれば集団は代わります。旧態依然で、万古不易と思われるような教育が変わるかもしれません。

 私は人付き合いが壊滅的に不得意で、『学び合い』が不得意な、極めて希なホモサピエンスです。よろしくお願いいたします。

[]子ども会 16:51 子ども会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 子ども会 - 西川純のメモ 子ども会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は地元の子ども会のレクリエーション旅行に行きました。そば打ち体験、アイスクリーム作りがメインです。が、それ以上はありません。殆どの時間はクーラーの効いた部屋で昼寝をしている横で、こどもたちがどたどたと遊び回っていました。

 とても良かった!

追伸 食の細いこどもたちの残したソバを、お母様方が私の前に積み上げるために死ぬほど食べました。あれほど食べたのは久しぶりです。そば屋で食べたら5000円分かと思います。でも、おいしかったので食べられた。

ikutosuikutosu2008/06/21 22:49鰍沢は三題噺だと聞いたことがあります。お客さんから三つのお題をもらって、即興で作る話のことですね。ですから、話の展開に無理があるのではないでしょうか。

jun24kawajun24kawa2008/06/21 22:55三題噺ですが、その後、長い間の洗練があります。それを円生が何故しなかったかが不思議なんです。ふしぎだ~

F-KatagiriF-Katagiri2008/06/22 07:53○○君のお父さん、お母さんと今度はスクールではなくて、フォーラムでお会いできるかもしれません。その方々とは息子のサッカー繋がりなのですが、別の繋がりができるというのも面白いことです。

jun24kawajun24kawa2008/06/22 08:06全くです。複雑なネットワークを形成しましょうね。

08/06/20(金)

[]中間 00:47 中間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中間 - 西川純のメモ 中間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は『学び合い』と一般の“学び合い”(「学び合い」)との違いをことさらに言い立てます。言い立てながら、嫌な気になります。宗教でも習い事でもスポーツでも、いずれも時間がたつと分派が生まれます。そして、分派同士が「違いはここだ」と言い立てて争います。当人同士は必死ですが、事情を知る人にとっては滑稽です。だって、大抵はお家騒動、財産分与などの個人のエゴが分派の発端です。もっとも有名なのはイギリス国教会で、ヘンリー八世が自分の離婚を合理化するためにたてた分派です。そういうことを分かっているので、『学び合い』と一般の“学び合い”(「学び合い」)との違いをことさらに言い立てることが本当は嫌です。が、します。本日もあるゼミさんから、「『学び合い』と一般の“学び合い”の中間はあるのではないか?」と聞かれました。しかし、言下に「ありません」と応えました。そして、以下のように説明しました。

 おそらく、『学び合い』と一般の“学び合い”を見分ける簡単な方法は、教師がどれだけ全体に向かってしゃべるかで分かります。しかし、『学び合い』の同志の中には、相対的に長くしゃべる方もおられるし、一般の“学び合い”を実践している方の中には短くしゃべる方もおられるでしょう。そのレベルだったら中間はいくらでもあり得ます。私も一見は一斉指導に見まがう『学び合い』があることは知っているし、一部の同志にはそれを勧めます。同時に一見は『学び合い』に見まがう一斉指導もあります(これが、一般の“学び合い”)。しかし、両者を見まがうことはあり得ません。なかなか分かってもらえないのですが、『学び合い』は考え方であって、授業方法ではありません。授業方法のレベルならば中間はあり得ますが、考え方の場合は中間はないのです。

 『学び合い』は学校観、子ども観に基づくものです。少し解説します。『学び合い』では多くの人と折り合いをつけて課題解決出来ることを学ぶことが学校教育の目的だと考えています。その課題解決には学力向上もありますし、人間関係作りもありますし、その他もあります。それらがトータルに解決できると思っています。一方、一般の“学び合い”では学力向上を主にねらっていたり、人間関係作りを主にねらっていたりしています。両者を狙っていたとしても、学力向上の先に人間関係がある、逆に、人間関係の先に学力向上があると考えています。この考え方の違いは、色々なところに現れます。例えば、『学び合い』では多くの人と折り合える場と目的を与えれば、学力向上、人間関係作りがトータルにバランスよく成立すると考えます。ところが、一般の“学び合い”の場合は、一方を全く無視する場合があります。両者を狙う場合は、学力向上と人間関係作りに関して、独立の手だてをもうけようとします。

 『学び合い』では子どもたちは大人と同じだけ有能であり、かつ、限界を持っている、つまり大人と同じだと考えています。しかし、一般の“学び合い”では子どもたちは保護されるべき幼いものだと考えます。この違いは授業に現れます。現実問題として、子どもはたち保護される場面があります。そのような場合、『学び合い』では、自分が未熟だからそのような保護すべき場面が生じるのであって、本来は保護しなくてもいいようにしようと考えます。ところが、一般の“学び合い”では保護するのが本質的であり、そこにこそ教師の意味があると考えるので、もっと精緻な保護の仕方を考えようとします(これは一斉指導と全く同じです)。

 この考え方の違いに基づく差が見づらい場合もあります。例えば、先に述べたように教師のしゃべる時間などで差がないように場合があります。しかし、私が両者を見まがうことはまずありませんし、それ以上に子どもが見まがうことは絶対にあり得ません。何故ななら、教師が45分間(50分間)子どもの前にいたならば、その時間全てで色々な情報を発しし続けるからです。そして、それが数週間、数ヶ月続くのです。間違うわけありません。例えばです。「お上」から、今までにない書類を書くよう学校に求められ、校長が管下の職員に書くよう職務命令を課したとします。さて、「その書類を書くことは教育改善に本当に大事なことだと考えている校長」、「その書類は命令されたから書かねばならず、書かせるのが校長の仕事だと考える校長」、「その書類は教育改善には役に立たないが、とりあえず書かせなければならないと考える校長」・・・・、これらを見まがうと思いますか?そりゃ、全ての校長は職員会議で「○月○日までに、○○という書式に合わせて書類を書きなさい」と言うかもしれません。文字にしたら同じ言葉であっても、それを語るときの表情やイントネーションは違うはずです。また、書式からどれだけ離れた書き方を許すか、そして、どんな書き方を許すかは違うはずです。それに気づく職員は必ずいるはずです。そして、多くの職員はそんな職員の対応を見習います。

 私は『学び合い』に関して、十数冊の本を著し、多くの雑誌に寄稿し、手引き書を書きました。しかし、それらは文字にしたら数行で収まることを伝えることが目的なのです。しかし、その数行の重みを分かってもらうために、それらを書いたのです。だから、偏狭に見られるかもしれないな~っと恐れつつも、『学び合い』と一般の“学び合い”の差に拘ります。その差は、同じ「あめ」でも「雨」と「飴」ほと違うのです。ひらがなで理解しようとするならば誤解しますが、雨と飴を間違う子どもはいません。

追伸 学び合いはみんな同じ方向性を持っています、と言った方が穏やかで通りが良いことは百も承知二百も合点なんです。『学び合い』が考え方であるということが、ある程度認知されてからだったらそうします。しかし、今の段階では違いを主張せざるを得ないのです。

[]経験5年 22:45 経験5年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 経験5年 - 西川純のメモ 経験5年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『「静かに!」をいわない授業』という本をかなり前に出しました。そして、その本の副題は「教員経験5年未満の方は読んではいけません!?」です。お茶目な、洒落でネーミングした副題です。当時から、センスのいい人は経験5年未満でもOKだし、経験が数十年でもだめな人はいるということは分かっていました。しかし、まあ、経験不足の人は、ちょいと待ってもらおうという気持ちがありました。なにしろ私の研究室を巣立っていく学生さんたちには、「とりあえずは一斉指導をして、学校でそれなりに認められてからやりなさい」と送り出しました。が、最近はそれを改めました。新規採用から『学び合い』をやることを止めるつもりはありません。そこをあるゼミ生から今日聞かれたので、ちゃんと応えました。それをここに書こうと思います。

 『学び合い』がうまくいくかいかないか、という問題以前に、新規採用者が苦労するのは目に見えています。その新規採用者がみんなと同じことをやった方が楽なのは明らかです。なにしろ、自分の身を守るだけの実力はないのですから。では、数年は普通のことをやって、それから『学び合い』なのでしょうか?最近、本当によく分かりました。みんながやっていることを数年やれば、よほどの覚悟がない限り、それからみんなのやっていることをズルズルとやるのです。これは、どんなに『学び合い』の凄さを知っても、それは無理だと言うことを知りました。『学び合い』を知っている、知っていないの問題では無いのだと言うことを分かりました。。

 言うまでもなく、その人がダメだとか、愚かだとかという訳ではないのです。人間の本性がそうなっているので、しょうがないのです。何度もメモで紹介したとおり、我々が概念転換をするには、以下の4条件が必要です。

1)先行概念への不満が生じなければならない。

2)理解可能な新しい考えが、利用可能なものでなければならない。

3)新しい考え方は、もっともらしくなければならない。

4) 新しい考え方は、先行概念より生産的でなくてはならない。

 2)~4)がいくら成り立っても、1)が成り立たないと、それ以上に進みません。そこで重要なのは1)の不満というのは、その人の基準を満たすか/否かです。その人の基準が低いレベルならば、不満は生じません。

 不遜ながら、クラス全員が「分かった気になる」、クラスの6、7割が「分かる」レベルだったら「私」なら出来ます。しかし、私が目指したのはクラス全員が「分かる」ことなのです。これを実現するには『学び合い』しかないと思います。しかし、クラス全員が「分かった気になる」、クラスの6、7割が「分かる」レベルでも、普通の学校ならば十分に賞賛されます。

 若い方々は、経験も浅く、正直、テクニック的には未熟なことがあります。しかし、本気で全員が「分かる」ということを求めています。これは得難い!これが経験が5年もたてば、全員が「分かる」なんて無理、と思うようになってしまいます。もしくは、都合良く「分かっている」と思いこめるようになってしまいます。

 もう一つ、若い方々の強みがあります。それはネットワークです。思い出して下さい。新規採用時代、そして、その後数年は、学生時代のネットワークが生きています。ところが、現場の忙しさで、いつのまにか学生時代の関係は疎遠になるものです。結婚して、家庭を持ち、子どもを持つならば、いっそう疎遠になります。そうでしょ。私はそうでした。では、それに代わる職場のネットワークを生み出せるでしょうか?私の知る限り、「否」です。今の若い先生の罪ではなく、また、今の中堅教師の罪ではなく、教師集団の年齢構成に基づく原因から、学校現場でのネットワークは弱いものです。さらに言えば、勤務学校を超えたネットワークを持っている人は、本当に極々まれです。なんの志もなく、課題もなく、経験を重ねても、学校を超えたネットワークを組むなど、今の時代無理なんです。昔だったら、ノホホンとしている若手を、無理矢理でも自主的な研修のネットワークに引っ張れる中堅・ベテランがいました。では、今の時代、そのような中堅・ベテランに出会える可能性があるでしょうか?いや、少なくとも、そのような中堅・ベテランの知恵を学びなさい、と声をかけるひとがどれだけいるでしょうか?「今の若い教師は」と言う人はいます。でも、その若い教師も、自分が若かったときと同じで愚かである一方、有能でなどです!

 今、若い先生方で苦労している方がいらっしゃいます。その先生方も、1年間を乗り越えれば、次の年は格段に「うまく」生きることが出来ます。そして、苦労する1年目にしても、苦労するのはその先生方であって、子どもたちにとっては一斉指導を下回る可能性は殆どありません。だって、現状の一斉指導は酷すぎますから。来年になれば、また、苦労する若い先生が生まれるでしょう。私としては、苦労してもトライする先生を生まれるように努力します。しかし、その頃には昨年、苦労して1年を過ごした人を紹介することが出来ます。その1年生先輩からは、私は絶対伝えられない知恵を伝えることが出来ます。逆に、その年の新規採用者の苦労を聞くことによって、1年を過ごした人は自分を相対化して理解することが出来ます。つまり、『学び合い』の異学年が成立することが出来るのです。

 若い先生はすべからず『学び合い』にトライするべきだ、というような不遜な思いはありません。とにも、かくにも、若い方々は、年長者と繋がるべきです。縁あって『学び合い』と繋がったならば、私はその方々をサポートしたい。そして、より多様にネットワークを形成するべきことを伝えたい。だから、「教員経験5年未満の方は読んではいけません!?」という看板を下ろしました。

 今、私のゼミ生には、「しばらくは『学び合い』はやるな」とは言いません。新規採用の年から、うまく「やれ」と言っています。そして、一斉学習に見まがう『学び合い』があることを語ります。そして、学生さんが『学び合い』と対局と思われがちな某研修団体の学生向けの研修に参加することを奨励しています。そして、その学生さんが現場に出て独りぼっちにならないようなネットワーク構築に汗を流しています。その学生さんがネットワークに加わることによって、得るのは中堅・ベテランなのですから。

追伸 いつもは馬鹿話が殆どですが、久しぶりにゼミ生に暑苦しく語りました。あはははは。あ、○さんから、「先生のメモは長い!」と注意されそう。あはははは

[]怖いこと 17:41 怖いこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 怖いこと - 西川純のメモ 怖いこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が今、一番恐れていることはなっつさんの19日の指摘です(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/a-peanut/20080619)。他ならない、私の自戒です。なっつさんの「『学び合い』が、一斉授業より優れているのは、百も承知です。けど、だからといって、『学び合い』を選択している人が一斉授業をしている人より偉いわけではありません。願うのはみんな一緒。生徒の幸せです。そして、先輩方には、学ぶべきところがいっぱいあります。」という言葉は、私の心に突き刺さります。「とても大事なこと(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080423)」にも書いたとおりです。

 そして、過去のメモ(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080210/1202639587)にも何度も書いたとおり、私がもっとも大事にしている教師の力量は以下の三つです。

1)子どもや親のせいにしない。確かに、それが原因なのかもしれないが、それを言ってはおしまい。

2)尊敬すべき、先輩、後輩を捜し、その人といっぱい雑談をする。見いだす方法は、子ども「たち」に聞けばいい。

3)まねられるところはまねる。まねられないところは、まねる必要はない。今の自分のままで、出来る授業はある。

 この2番目を偏狭な眼によって失うことを恐れます。

 一つ一つのクラス・学校は違います。そのことを一番知っているのは、数百キロ離れた私ではありません。その学校の先生です。それを忘れることを恐れます。そして、本来協働して実現すべき機会を失うことを恐れます。

なっつなっつ2008/06/20 19:37私の場合、「自分の方が優れたことをしているのに、なんでみんなわかってくれないんだ!」と感じた時に、他者を否定しまうみたいです。でも、自分の方が誰かより全てにおいて優れていることなんて、ありえません。多くの先生は、私にとって尊敬すべき部分を持っているはずだと考えて行動したいと思います。(自戒です。)

jun24kawajun24kawa2008/06/20 19:39それを自覚できるのですから、暴走はないですね。

tontan2tontan22008/06/21 00:061)先行概念への不満が生じなければならない。

多くの先生が子どもの頃から「そこそこ」授業では苦労していないので、一斉型の授業が最適だと思っているのだと思います。おそらく、先生に指名されることも多く、いい気持ちで授業をしてきたからこそ、先生という職業に就く人も多いのではないでしょうか。「学び合い」を広げようとする時に最大の障害になるのは、そこにあるのだと考えています。
ですから、保護者への理解の方が早いのです。だって「子どもの頃思い出してみてくださいよー。」って言えば半分以上の親が、「そうよねー」って思ってくれるからです。

jun24kawajun24kawa2008/06/21 00:49私もそう思います。しかし、ご理解いただけない保護者の方もおられ、教師からでは伝えきれない場合もあります。だから、保護者集団を巻き込んだ『学び合い』を実現しなければ、と思います。期待しています。

J.SASEJ.SASE2008/06/21 10:50誰一人切り捨てることなく、クラスみんなで成長し高まっていこうと考える教師。一人で教えているのだから、一人か二人がついてこれなくても仕方ないと割り切る。あるいは、自分には絶対の授業力があって一人残らず高めていると自負する教師。後者から前者へ私は教育観を変えていきたいと思っています。同志のネットワークを広げていきます。

tsmumutsmumu2008/06/21 14:58ご指摘、深く考えさせられました。自戒します。N先生、もっとそういったことを各地のセミナーでお話ししていただきたく思います。私たち(といったら横柄かもしれませんが)は、N先生の言葉に敏感です。それだからこそ、『学び合い』のよさを語る以上に、職場での『学び合い』をおろそかにしてはいけないと語っていただきたく思います。偏狭な視点をもってしまいがちな私ですので。

jun24kawajun24kawa2008/06/21 15:47SASEさんへ
 お宅のところは、ハードだと思いますが、変われば影響も大きい。期待しています。
tsumumuさんへ
 人を見て法を説くと言います。一般の講演で、このレベルのことは語りません。無理ですから。一方、同志の方だったら、このメモを見ているかも知れません。あはははは

08/06/19(木)

[]今やっていること 22:29 今やっていること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今やっていること - 西川純のメモ 今やっていること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、しこしこと書いているものがあります。それは保護者向けの学級通信に使える文案の下案です。そこまで書くのは「ダメかな~」とも思いますが、対処療法としては必要だと思います。今のところ1回2000字程度の一話読み切りを8回連載にしました。近日、公開予定です。

 今、気がつきました。これって、どこかの教師用雑誌に載せれば、10万円はもらえると思います。あはははは

[]本日 19:34 本日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本日 - 西川純のメモ 本日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は上越の実践校二つに参りました。一方は授業を見させていただきました。本日の『学び合い』は100点満点ではありません、しかし、その状態においても落ち着いている実践の先生方に対しては100点満点です。

 午後は他方の学校の保護者を対象としたシンポジウムに呼ばれました。Mさんが司会、私ともう一人の方がシンポジストになりました。私の評価では、かなりレベルの高い結果だと思います。私自身が楽しめました。楽しめた理由は、色々あります。校長先生や、教頭先生が良い味を出していることを挙げたい。しかし、バカみたいですが、もう一方のシンポジストが時間を守ったということを特に挙げたい。今まで参加したシンポジウムで、シンポジストが時間を守ることは、二三十に一つです。どうも、自分を自己モニター出来ない人が少なくありません。私の経験上、時間を守れない人に、いい話があったことはありません。本日のシンポジストはあたり!でした。シンポジウムのあとの校長先生、シンポジストの方の話も楽しめた。よかった、よかった。

J.SASEJ.SASE2008/06/20 09:25「保護者向けの学級通信に使える文案の下案」指導主事に読ませたいです!!切実な問題です(^_^;)

jun24kawajun24kawa2008/06/20 17:03途中のものですが、とりあえず送ります。

janglejapjanglejap2008/06/20 17:41公開楽しみにしております。実は私も「学級通信で・・」と思いつつ、1号が進みません・・。是非、ご教示ください!!

jun24kawajun24kawa2008/06/20 17:58なあんだ、直ぐ送ります。
朱を入れて送り返して下さい。お願いします。

08/06/18(水)

[]結果 16:24 結果 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 結果 - 西川純のメモ 結果 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある同志の学校の保護者の方から、電話を頂きました。紳士的な方で、頭の良い方です、非常に有益な議論が出来ました。

 何度かメモった内容ですが、改めて書きます。保護者の方、学校の方へ『学び合い』を理解して貰える、その最大の方法は「結果」を出すのです。『学び合い』の理論や学術データでは説得できません。だって、保護者の方にとっては平均的なものではなく、自分の大事な大事な子どもの問題なんです。「その子」に結果を出さねばなりません。もちろん、今の一斉指導が結果を出しているわけではありません。しかし、今までやられたことは説明を求められませんが、新たなことをやるには説明を求められます。結果とは何か?ごたくを言ったとしても、それは業者テストの点数と、出席率に尽きると思います。それが最終目的ではなくとも、まずは、そこで結果を出してからの話です。

 今、凄い結果を出せなくて悩んでいる方も多いでしょう。でも、それはクラスの最低点が、業者テストの期待得点を上回ることを実現していないことです。多くの学級は夢の又、ユメのレベルの、ある意味、贅沢なレベルです。しかし、少なくとも一斉指導より下がる可能性は殆ど無いでしょう。だから、私のメモの主題の多くは、その結果を理解してもらうところに主眼がおかれています。

 が、その保護者の方からのお話しだと、一斉指導より低い結果だそうです。何でだろう・・・っと考えました。理解不能です。というのは私は一斉指導の効率の悪さを知っているからです。あんな酷いもより下回ることを予想することは困難です。下回るためには、かなり馬鹿馬鹿しいことをしなければ出来ません。例えば、「みんな」を求めず、低レベルの問題を一杯与えれば成績が下がります。それは「手引き書」にも書いたことだし、そんなことはしないでしょう?その保護者の方と話しながら考えました。そして、電話を置いてから分かりました。

 その学校は生徒指導上、かなり困難な学校だそうです。そこが原因だと思います。我々が提案する学習者観、授業観は、ある程度の授業能力が無いと実践できません。それではどれほどの能力かといえば、とりあえず学習者をコントロールできる能力です。具体的には、「静かに!」と言えば、それなりに静かにさせることが出来る先生です。その先生が子どもを信じることによって、全く違った次元に進むことが出来ます。しかし、「静かに!」と言っても、子ども達に「せせら笑われる」先生が、子どもを信じようと思っても、結局、授業崩壊が起こってしまいます。幸いなことに、日本の多くの学校の場合は、「静かに!」と言えば、それなりの割合の子どもが静かになります。その子が、静かにならない子を取り込んでいくので問題ありません。しかし、その最初の割合が低いと時間がかかるし、効果が現れるまで結果を出すことが出来ません。

 そういう場合は、どうすればいいかは「ボスとして認められる方法(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080422)」に書きました。参考にしてください。『学び合い』に関して、一歩後退、二歩前進ではなく、十歩後退で結構です。とにもかくにも、一人一人にとっては、一生に一度の時間なのです。結果を出しましょう。

追伸 保護者の方の言葉のイントネーションと、その学校の学校段階と、教科名で、大体、どの同志であるか分かりました。と書けば、本人は想像できるよね。あえてメモにアップしました。君の学校の管理職は、君の成長を通して学校をよくしようとする大人物ですよ。そこのところは恵まれているよ。

[]人情話 09:16 人情話 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人情話 - 西川純のメモ 人情話 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は円生という落語家の語りが大好きです(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20020624)。最近、歩きで大学の行き帰りしています。片道50分です。そこで、円生の落語を聞いています。円生は人情話・芝居話を得意としている一方、滑稽話はそれほどではありません。それは何故だろうっと考えながら歩きます。ふと分かったような気がします。

 笑いというのは計算できません。人が笑う話を考える、また、それを引き出す「間」というのは理屈では解明できないように思います。それは努力によって高めることが出来ますが、最終的には才能の問題だと思います。ところが共感してもらうというのは、難しいにしても、計算できるように思います。一番大事なのは、話している本人がそれを信じていることだと思います。女性を口説くための本は山ほどありますが、それが役に立つことは殆どありません。一番、普遍的で強力な方法は、本気でその女性に惚れることです。凡人が出来る最強の方法だと思います。しかし、むやみやたらに信じるわけにもいきません、自分なりに努力し、考え抜いて信じれば巌のごとき信念となります。

 円生とう落語家は、非常に勉強家で時代考証がしっかりしています。また、諸芸を学びました。もともとは大阪生まれなのにも関わらず、本当の江戸言葉を会得した人です。天賦の才で生き抜いた志ん生とは違います。その勉強や考察の上に、語ります。芝居話は時代考証がしっかりしていないと、現代人には分からぬものです。また、人情話で一番大事なのは、心を込めて語ることだと思います。人情話で語られる主題は、日本人の常識的な価値観に根ざしているものです。それはみんな知っています。しかし、「そんなこといったって」と実際には軽視されていることです。それを改めて「うん、大事な!」と共感させるのが人情話だと思います。そこに必要なのは、本人が信じることだと思います。

 円生の人情話を聞きながら、最初の語りと同じだと感じました。

追伸 円生という落語家は、人に対する評価や、価値観が狭く、また頑固な方でした。それがため人間関係では、あまり円満とは言えません。他山の石としたいと思います。

[]若い方々へ(心の若い方々へ) 09:16 若い方々へ(心の若い方々へ) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 若い方々へ(心の若い方々へ) - 西川純のメモ 若い方々へ(心の若い方々へ) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 おそらく教師にとって採用1年目は地獄です。だって、今ままは自分のペースでやっていたのに人のペースでやらねばなりません。追い立てられます。今まではつきあう相手は自分の好きな相手を選べました。ところが選べない相手が数十人、数百人も、そして自分の生殺与奪を出来るような立場で現れます。これは『学び合い』をしようがしまいが同じです。そして学校に勤めようが、学校以外に勤めようが同じです。そして、この問題の解決の仕方は非常に簡単です。朝起きて、ご飯を食べて、クソして、寝て、これを365日繰り返せば終わります。皆さんから見て、「???」と思える人も、それが出来ました。だから職場にいるんです。『学び合い』をしたからクビになるわけではありません。クビになるとしたら、結果を出せない、いや、ものすごくひどい結果を出すしかないのです。

 私の新規採用の1年目、それも1学期は酷かった・・・。遠い思い出としては楽しいけれど、詳細に思い出そうとすると自己防衛で思い出さないようになります。辛かった。でも、良き先輩に恵まれて乗り越えることが出来ました。さらに言えば、その先輩が無くても乗り越えられるのです。先に書いたように、朝起きて、ご飯を食べて、クソして、寝て、これを365日繰り返せば終わります。そして、2年目から、もっとうまく過ごせます。余裕を持てます。踏んではいけない数少ない地雷がどこにあるかが分かります。そうすると、もっと楽に1年を過ごすことが出来ます。

 2年目からは、1年目には想像できないほど楽なのです。でも、それが恐ろしい。どんなに酷くても、面と向かって指弾されない程度のことは出来るようになります。そして、自分の都合の悪い情報は遮断し、合理化することが非常にスムーズになります。皆さんから見て「???」の人はそうやって過ごしています。でも、だからといって伝記になるような人生は勧めません。志を高く保ちつつも、折り合いをつけることが大事です。私の尊敬する同志は、そうやって生きていますし、生きるしかありません。私もそうやっていたから、やんちゃをやりつつも、上越教育大学の史上最年少で教授になれました。

  とりとめの無いメモです。分かっていますが、書きます。若い方、そして心の若い方々へ。

 もがきつつも日常を続ければ1年を過ごせます。そして2年目は楽になります。そこから先は志を高く維持して、折り合いをつけて下さい。私の好きな言葉に「志は高く、現実には柔軟に」という言葉があります。ある意味で、安易な言葉にとられがちです。でも、現実に柔軟であり、かつ、志を高く維持しつつけることは、本当の意志の力が試されます(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20050508)。

08/06/16(月)

[]保護者対策 23:08 保護者対策 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 保護者対策 - 西川純のメモ 保護者対策 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 同志の中で、保護者の方々に理解していただくことに関してご苦労されているようです。私なりに色々な対策を「手引き書」に書きましたし、メール相談には応えています。しかし、究極的には、その人が、その人の頭で解決しなければなりません。問題の原因は千差万別で、その状況把握は当人しかできません。でも、確信があります。それは、「へたれなければ」本年度中、そして、遅くとも来年度には保護者に理解してもらえるようになると思います。

 かなり以前の研究ですが、自分たちの話し合いを5分間、聞き直すだけで(自己モニター)、話し合いが大幅に改善されることを「学び合う教室」に紹介しました。では、何故、5分間、聞き直しただけで改善するのでしょうか?聞くことによって新たなことを学ぶわけではありません。だって、5分間でそんなたいしたことを学ぶわけではありませんよね。学ぶのは、たった一つです。自分の「今」の行動を、客観的に見るということです。それだけで改善できるのです。

 保護者対策も同じです。あっと驚くような奇手があるわけではありません。「こんなことしたら保護者からどう思われるだろうか?」、「保護者の方々に理解してもらうには、どうやったらいいか?」と事前にシミュレーションすることが大事です。そうすれば、どうすべきかは分かります。また、保護者から厳しいことを言われても、「こんなことが前あったな~・・。でも、結局、○○になったよな~」という風に相対化できます。結局、どうすれば良いかの全ての知恵は、皆さんの常識の中にあります。今、痛い思いをして、そことを学んだはずです。

 ということで、「へたれなければ」本年度中、そして、遅くとも来年度には保護者に理解してもらえるようになると確信している次第です。

 同志の皆さんへ・・・ファイト!

追伸 言うまでもなく、皆さんの常識とは、個の常識ばかりではなく、「みんな」の中にある常識もです。

[]病気の再発 21:51 病気の再発 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 病気の再発 - 西川純のメモ 病気の再発 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 久しぶりの病の再発です。本日、「上越教育大学をやめて別の大学に異動したいな~」と思い始めました。こう思うときは、大抵、原因が特定されています。ところが、それを思ったとき、その原因が思い当たりません。何故だろう・・・っと思いました。家に帰ってから考えてみて、分かりました。教師の楽しさがないからです。なんやかやいっても、教師の楽しさは「担任」の楽しさです。

 ゼミの現職の修士2年は現場に行っています。学卒の修士2年は教員採用試験の準備で忙しい。修士1年は殺人的な授業プログラムの中にいます。そして、学部生は、これまた殺人的なプログラムの中にいます。ということで、つまらないのです。う~ん

追伸 私がゼミ生にしたいのは「指導」ではありません。一緒に昼飯やお茶しながら馬鹿話をしたいのです。あはははは

ricky-hollyricky-holly2008/06/16 22:44ええ、いつでも!!


と、距離さえ近ければ、申したいところです!!!笑。

遠い空の下、次お話できる日を、
今か今かと待っておりまする、笑!

jun24kawajun24kawa2008/06/16 22:478月末に合えること、楽しみにしているよ。
そのときには、同僚も連れてきてね。

ながたくながたく2008/06/16 23:38その気持ちはとっても分かります。
そういう時間が大好きです。
だいたい、学びあいで邪魔しているのは、担任であるぼくだったりします・・・。

D902iD902i2008/06/17 00:39なんとか時間をつくって,先生を引き止めるよう努力します!

jun24kawajun24kawa2008/06/17 07:08ながたくさんへ
 邪魔しないようにしています。でも、関わりたい。業です。
D902iさんへ
 あははは、忙しいのは、よ~~っく分かっていますよ。

J.SASEJ.SASE2008/06/17 12:14昨日、前橋にライブ参観に行って参りました。一番の収穫は道徳の『学び合い』の難しさに気付いたことかなぁ。
F先生、金曜日には上越へ戻るとおっしゃってました。

jun24kawajun24kawa2008/06/17 14:17よかった、よかった。

kogapon7kogapon72008/06/17 22:31西川先生、いつもメールで相談にのっていただいてありがとうございます。
へこたれないようにがんばります!

jun24kawajun24kawa2008/06/17 23:14はい、したたかにね!

vivienne_ky_666vivienne_ky_6662008/06/17 23:36初めてコメントさせていただきます。

ひゃ~~、異動したいだなんて…
是非是非、お茶やお昼、ご一緒させて下さい!
私としては、「指導」もお待ちしています。

jun24kawajun24kawa2008/06/18 08:41ひゃ~~、是非是非、お茶やお昼、ご一緒させて下さい!
私も!

sumi-chansumi-chan2008/06/20 22:51>>でも、確信があります。それは、「へたれなければ」本年度中、そして、遅くとも来年度には保護者に理解してもらえるようになると思います。

西川先生、いつもありがとうございます。
1つお聞きしたいのですが、ここで「確信がある」と書かれているのには、どんな根拠があるのですか?野暮な質問かも知れないのですが、どうしてなのかな〜と思ったまま5日経ちましたが、やっぱり聞いてみたくなったので、コメントしました。よろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/06/20 23:01お応えします。
それは『学び合い』云々の問題ではありません。一般的な話です。
最初の道は長く感じても、それを何度も繰り返すと短く感じます。
大学1年目が大学4年間で一番長く感じませんか?
新任1年目が一番辛く、2年目になると職員会議で発言するようになります。
学術的に語ることは可能でしょうが、難しくなりますし、納得しがたいと思います。まあ直感的に説明するとなると、そうなります。

sumi-chansumi-chan2008/06/23 22:57ありがとうございます。
エントリーにそのように書かれていましたね。理解力不足ですみません。でも、そういうことではなくて、今年・来年あたりで『学び合い』ビッグウェーブが来る!!とかそういうことなのかもと、勝手に妄想してました(笑)。
いや、でも実際きてますよね?(笑)

jun24kawajun24kawa2008/06/23 23:00ビッグウェーブが来る、のではなく、
ビッグウェーブを創るのです。ね。

08/06/15(日)

[]けなげ 21:14 けなげ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - けなげ - 西川純のメモ けなげ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この半月ほど、息子と家内とのこそこそ話が何度もあります。息子から「お父さんはきいちゃだめ」などと言われました。なんとなく父の日のプレゼントのことを話しているのだろう、と想像していました。

 本日の昼頃までは息子は元気です。が、2時過ぎからはクターっとなり始めました。変だな~っと思っていたら、「寒い」と言い始めました。体温は測ったら38度です。直ちにお医者様に行きました。そこで計ったら8度5分です。眠たそ~にしています。家に帰って、直ちに寝かせました。直ぐ、ぐっすり寝たのですが、数時間たったらフラーッと起きて家内と何か話しています。家内が「大丈夫、おかあさんがやるから」と言い聞かせて、寝かせていました。

 夕食直前、家内とフラフラの息子が台所で何かやっています。夕食には、家内と息子の作った「おつまみセット」が並んでいました。とても美味しかった。本当に美味しかった。それを褒めたら、息子は「やった~」っとニコニコしていました。早々に食べて、高熱でフラフラの息子の添い寝をして寝かしつけました。

 8度以上の高温の中、息子は私の「おつまみセット」ばかりを考えていたのです。感謝・・・

[]思わぬ影響 19:27 思わぬ影響 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 思わぬ影響 - 西川純のメモ 思わぬ影響 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 6月27日(金)に上越教育大学附属小学校で講演をします。勤務している大学の附属からの依頼ですから、二つ返事でOKしました。ましてや息子が大変、た~いへんお世話になっている学校です。心より光栄に思います。が、思わぬ影響がありました。

 家内の知り合いは、大学関係者の家であることを知っています。まあ、大学官舎に住んでいるのですから当然です。その関係で、私と最初話すときちょっと緊張されてしまいます。しかし、実際に話してみると普通の人であることは分かっていただけますので、最近では意識されていないと思っています。ところが、附属小学校のポスターに「上越教育大学教授 西川純」が載るので、「特別偉い先生様」と思われてしまいました。その関係で、お母さん方と合うと、怖いものを見るような目をされます。さらに、息子と一緒に登校するお子さんのお母様(そのため朝には世間話をしているお母さん)からは、「とても偉い先生だとは知らず、気軽に話しかけていまいました。お詫びします。」と真顔で言われたので、ビックリしてしまいました。おそらく家内の方がえらい迷惑をしていると思います。とほほ

追伸 一方、楽しみもあります。愛知から私の講演にこられるというメールをいただきました。「前日に早めに高田に到着したら飲みませんか?」とお誘いしたら、都合をつけていただきました。もし、そんな方が他にもいたら、メールでお知らせくださいね。

[]『学び合い』の適応範囲 17:39 『学び合い』の適応範囲 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』の適応範囲 - 西川純のメモ 『学び合い』の適応範囲 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 埼玉の会を日経新聞が報じたことをブログで紹介しました。教育を主たるターゲットとしていない新聞が取り上げた先見の明を感じるとともに、当然とも思います。実は、同志の中には「全く」教育とは関係ない人は少なくありません。そして、教師になるつもりのない方が、上越などの『学び合い』の実践を見に来ています。

 「学び合い」ではなく『学び合い』を最初に採用したのは、数百万年前の人類の祖先です。そして、それ以来、人類は一貫して『学び合い』をあらゆる場面で利用してきました。『学び合い』は数百万年の間、厳しい生存競争の中で洗練され、DNAの中に組み込まれてきました。

 それを最初に学問的に分析したのは経営学であり、教育学ではありません。「勉強しなさいを言わない授業」で紹介したとおり、初期ミシガンの研究です。経営学が教育学の先鞭をつけたのは当然だといえます。なぜなら、教育の世界より経営の世界は遙かにシビアです。教育の世界は、成果が出なくても「親が悪い」、「子どもが悪い」、「社会が悪い」と言い訳ができます。果ては、「教育の成果は100年度に出る」などということも言います。こんなこと経営の世界ではあり得ません。そんなことを言ったら、潰れてしまいますから。

 一方、教育の場で我々がやることには意味があります。それは、経営学では絶対に出来ないことが教育の場の研究では出来ます。第一は、経営者(つまり教師)の指導の下に、職員(つまり子ども)がどのような会話をして行動するかを記録分析することは、教育では可能ですが経営ではまず不可能です。第二は、経営方針を変えることを求めることは教育では可能ですが、経営ではかなり困難です。その意味で、経営に極めて有益な示唆を我々の研究は与えることが出来ると自負しています。

 それ故、経営の世界の方々が『学び合い』に注目する先見の明を感じるとともに、当然とも思うのです。

janglejapjanglejap2008/06/15 21:17「親ばか」けなげ・・・にうるっときてしまいました・・。

jun24kawajun24kawa2008/06/16 07:14はい、私もじわーっとなりました。やはり家が一番です。

08/06/14(土)

[]新聞 10:39 新聞 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新聞 - 西川純のメモ 新聞 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大阪(奈良)の同志より連絡を受けました。昨日の日経夕刊に埼玉の会の記事が載ったそうです。取り急ぎ、お知らせいたします。

Mellow FieldsMellow Fields2008/06/14 19:40大阪で人材育成業を営んでいるものです。
昨日の日経の記事を読んで、企業教育でもこの手法が実践できないものか?と考えておりました。

まずは本ブログと先生のHPを参考に勉強させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

jun24kawajun24kawa2008/06/14 21:53はい、どんな教育でもOKですよ。
よろしくお願いいたします。

osugi-symphonicityosugi-symphonicity2008/06/14 22:06Mellow Fieldsさま
はじめまして。杉山と申します。御社のWEBを拝見させていただき、コンセプトや事業内容に大変共感いたしました。御社WEBのお問い合わせよりメールを送らせていただきました。よろしくお願い致します。

08/06/13(金)

[]学び合う学校の発進 22:06 学び合う学校の発進 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合う学校の発進 - 西川純のメモ 学び合う学校の発進 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は下越の学校にMさんと一緒に行きました。この学校の校長先生は、本当に陽性で、指導力ある先生です。そして、私が大学院で最初に授業した派遣院生さんでした。当時は私は26歳でした。人の縁を感じます。もともと大学院で子どもの自主性を最大限に生かす研究をされた方です。『学び合い』の根っこの部分を理解されています。本日は、おいしいおそばをご馳走になってから学校に行きました。そして、『学び合い』のトライをしている先生の授業を参観しました。一生懸命でした。頼もしく感じました。授業の際、その先生のそばにいてささやきました。ささやいたことは3つです。

1)関わりを褒めて下さい。ただし、褒めるのは「その子」へではなくクラス全体にメッセージを伝えることです。

2)1)が成り立つためには、クラス全体を見て下さい。個々を細かく見ると、クラスが見えなくなります。

3)課題は子どもが関わる必然性のあるシャープなもの。

 いずれも、上記を、その時の具体的な場面で語りました。分かっていただき、それによって子どもが変わるのを実感していただきました。その先生も言われていましたが、本で書いていることの意味というのは、このような現実のライブで伝えるといいですね。

 最後のまとめの部分に関して質問を受けました。超具体的な質問です。このようなことは小学校教師の経験のあるMさんにはかないません。「Mさん助けて」とお願いして、私は下がりました。Mさんの提案によって、あの状態における、最善の展開になったと思います。

 実践された先生の今後の成長が楽しみです。そして、これからは、より多くの先生方のトライにサポートしたいと思います。なにしろ、Mさんの新潟市の家から20分ぐらいということですから。あはははは。

追伸 8時20分ぐらいに家に到着したので、息子と風呂に入って、添い寝をしました。ホッとします

[]算数・数学、物理、体育の陶冶価値 06:49 算数・数学、物理、体育の陶冶価値 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 算数・数学、物理、体育の陶冶価値 - 西川純のメモ 算数・数学、物理、体育の陶冶価値 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 色々な先生から、出来る子と出来ない子の差があることを相談されます。そして、どうやって差を埋めるかを相談されます。

 それに対して、差があるのは当然であり、差を埋めることは不可能だと語ります。『学び合い』によって、「みんな」が業者テストの期待得点以上になる程度のことは、そりゃ出来ます。でも、そういう状態になったとき、出来る子はもっと凄い高見に至っています。

 私は差があることは当然だと思います。そして、それを学ぶことはとても大事なことです。自分が出来ないことを、出来る人の前に立って卑屈になる必要性はないことを学ぶことは大人社会で大事なことです。逆に、自分が出来ることを、出来ない人の前になって尊大になることは愚かであることを知ることは大人社会で大事なことです。そして、出来る/出来ないの違いはあっても関わることによって、両者とも得るものが多いことを学ぶことは、とても、とても大事なことです。だから、私は数学・算数、物理、体育が学校教育にあるのだと思っています。この教科ほど、出来る/出来ないの差が激しい教科はないと思います。そして、最終的に分からん、出来ないという子どもが残る可能性が高い教科です。しかし、そこが大事だと持っています。

 差があることを悩む必要性はありません。冷静に考えれば、分からなくても、出来なくても良いんです。三桁の足し算が分からなくても電卓があります。「摩擦のない状態の運動」なんて大人になってから考える必要なんてありません。町を歩いていたら跳び箱に出会い、それを飛ばなければならない状態は永久に来ません。大事なのは、色々な人たちと折り合いと付けて、各々がそれぞれの課題を達成する(達成できなかった)過程が大事なんです。

 ただし、教師は「みんな」を求め続けることは大事ですよ。出来ないと分かっていても、それを求め、それが実現することを本気で願い続けることは。

追伸 だから差があることを悩むことはありません。差があれば、それを生かせばいい。差があってよかった、と思えるようになりましょう。だって、それが現実なんですから。特に、障害のある子の場合、必要だと思います。出来る/出来ないと人間的な価値は違うことを学ばなければなりません。そして、出来なくても、仲間と受け入れてくれる人は少なくないことを学ぶことは大事なことです。(当然、健常者もそれによって安心できるようになることは、「気になるこの指導に悩むあなたへ」で書いたとおりです)

sumimonsumimon2008/06/13 08:00メッセージと勝手に自己解釈しました。
ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2008/06/13 08:12こちらこそありがとうございます。
みんな悩んでいるんです。
多くの方に、メッセージが伝わればと願います。

mascottmascott2008/06/22 03:23高校で物理を教えています。
昨年度メールでいろいろと教えていただき,今年度本格的に学び合いにとり組んでおります。それで,本日やっとこのブログを4月分から読んでおります。
物理では他の理科と比べても,西川先生のご指摘の通り差がものすごくあります。たとえば,物理の問題を解くのに1次方程式を使わなければならないときに,移項ができず,整数の引き算も間違う。というような。教科書に載ってないような知識や,解き方は資料にして渡してあるのですが・・・。
4月から3ヶ月やってみて困ったことは,
1.高校生ともなるとクラスという概念が薄れており,自分の仲間数人でのグループになってしまう。また,男女の交流はほとんど無い。
2.わかる生徒が劣等感を持ってしまっているため,教えに行けない生徒が多い。
3.静かな環境で授業を受けたいという生徒が意外に多い。
4.先生の説明(一斉授業)が聞きたいという生徒が多い。
あるクラスでは,1時間の授業を使って一斉指導と学び合いとどっちにするか選ばせました。きわどい差で学び合いでしたが,その後よい雰囲気になったような気がします。
数学,物理,実技は自分でやってみないと何ともならない学問であるので,やってみる時間を作るためにも一斉指導は絶対にしないとは言ってますが,現在学び合いの散村状態にはなっているので,ヒントを教えながらグループがつながるような声かけをしていきたいと思います。

ついでに2つほど。
1.「何故、理科は難しいと言われるか」がどこにも売っておりません。ぜひ再版をお願いします。
2.前の方に,「科学誌の中で・・・実験の仮説を考えさせることに意味がない」と言うような記載がありましたが,私は実験前に簡単に書かせます。理由は3点あり,実験方法を読ませること。間違ってもよいので表に出すことが大切であることを教えること。考察を書きやすくすること。ですが,どうでしょうか?

長くなってしまい,すみません。

jun24kawajun24kawa2008/06/22 08:05こんにちは
1に関しては、出版社の編集に電話とか手紙でお願いして下さい。
2に関しては、どのメモであるかが分からず、トンチンカンかもしれませんが・・・
おそらく、「全ての子どもに一律にそれを課すことは意味がない」という意味だと思います。いかがでしょうか?

08/06/12(木)

[]研修会 22:12 研修会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 研修会 - 西川純のメモ 研修会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、地元の学校の研修会に参加しました。Mさんの出前授業が午前中にあり、それを受けての研修会です。なんともグッドです。終わったあと考えました。これを越えるためには、小技ではなく、志だと思いました。学校を変える、ではなく、新潟県を変えるという志です。それさえあれば、もの凄いことが出来ます。

 私の出来ること、それは願うことだと思いました。思いがあれば、言葉は力を持ちます。

[]40万ヒット 12:22 40万ヒット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 40万ヒット - 西川純のメモ 40万ヒット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、40万ヒットを越えました。15ヶ月かかりました。お読み頂いている方々に感謝します。

 ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

08/06/11(水)

[]議論に負けていい 22:09 議論に負けていい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 議論に負けていい - 西川純のメモ 議論に負けていい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教職大学院の職場はいいな~、と思います。

 私の大学の最初の職場は理科コースです。最悪の職場で、徹底的にいじめられ、人が悪くなりました。おかげで、最悪のことを常に考える癖がつきました。そして、議論に強くなりました。そうでないと、私および私の関連する学生さんに被害が起こります。また、偉そうなことを言う人は、その割には、問題が起こっても責任をとりません。したがって、いつのまにか私が尻を拭く役目を負います。だから、何が何でも議論で勝たねばなりません。

 教職大学院のメンバーで色々と議論しますが、「議論に負けていい」という感覚を持てることを不思議に思います。あれだけのメンバーで出した結論ならば、私の考えるより良い結論なのだと思います。また、私がさんざん最悪のケースを警告しても、それを受け入れなかった場合、その最悪のケースが起こったとき、メンバー全員でなんとかするだろうという予想がつきます。だから、ある意味、議論に負けることを待っているような部分があります。だって、「ほ~ら、私があれだけ言ったでしょ」と言えて、気楽なポジションに居られるのですから。

 良き、職場に着けたことを、今更ながら感謝しています。

[]社会科は何故嫌われるか? 08:58 社会科は何故嫌われるか? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 社会科は何故嫌われるか? - 西川純のメモ 社会科は何故嫌われるか? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この前の埼玉の会で出した事例を紹介します。

 社会科の大好きな先生は、子どもたちが社会科を何故嫌い、何故分からないかを難しく考えすぎです。これは社会科だけの問題ではありません。「なぜ理科は難しいと言われるか?」という本に詳しく書きましたが、よく分かっている人は、分からない人の理解や気持ちを分からないのです。これは、人間の頭がそういう仕組みになっているからです。だから、社会科の好きな先生は、社会科が嫌いな子どもにはフィットしない、色々な「ひねり」を入れ始めます。「ひねり」を入れれば入れるほど、特定の人にはフィットしますが、そうでない人にはフィットしなくなります。これは『学び合い』の基本的な前提である、万人にフィットする教え方はないということです。でも、社会科の大好きな人は、自分にあったフィットをし始めます。そして、それがうまくいっているように感じます。何故でしょう?

 何度かこのメモにも書きましたが、「首都」という言葉を小学生に分かるように説明することは至難の業です。どうせ、政治や経済などの、さらに説明しなければならない言葉でしか説明できなくなってしまいます。我々教師は、相対的に現在の学校教育にフィットしています。そして、相対的にテレビのニュースや新聞を見たり読んだりします。そこで何度も色々な言葉にさらされているので、「なんとな~く」分かった気になることが出来、大抵の場合、大凡の意味を理解することが出来ます。しかし、ニュースも聞かないし、新聞も読まない大人は少なくありません。いや、そっちの方が多いのではないでしょうか?ましてや、小中高生が聞いていません。以前、コンパの時に「さんかいの珍味」と言ったら、キョトンとしてました。そこで、どんな意味かを聞いてみましたら、「太平洋、大西洋、インド洋の珍味」だと思っていたそうです。ちなみに、その学生さんは、某県の教員として一発採用されました。

 改めて社会科の教科書をお読み下さい。そこにはニュースや新聞では当然のように使われているが、日常会話では出てこない言葉に満ちあふれています。日常会話に出てこない言葉が分からない人にとって、それらはどのように見えるのでしょうか?

『「○○への○○の○○がずいぶんすくないから、もっと○○できるようにすることがたいせつね。」

 「でも、まだ日本の○○が少ないといって○○にもなっているそうだよ。」

 「また、○○では、○○がいないので、こまっているそうだよ。」

 「○○のわかい人が、およめさんをさがしている○○があったわ。」

 「考えなければならないことが、ずいぶんあるみたいね。」

 「日本の○○は、これからどうなるかしら。」』

『○○は○○と○○の2つに分かれています。○○は、○○で○○とき○○。同じことを○○で2度も○○のは、重要な○○の○○を○○におこなうためで、このような○○を○○といいます。○○の全員で行う○○を○○といいます。○○の前には、○○などを○○に調べる○○ます。』

 これを読んでいる気持ちを想像してください。実は、以上は小学校の教科書の記述なんです。

 『「外国への農産物の輸出がずいぶんすくないから、もっと輸出できるようにすることがたいせつね。」

 「でも、まだ日本の輸入が少ないといって問題にもなっているそうだよ。」

 「また、農家では、後つぎがいないので、こまっているそうだよ。」

 「農家のわかい人が、およめさんをさがしている記事があったわ。」

 「考えなければならないことが、ずいぶんあるみたいね。」

 「日本の農業は、これからどうなるかしら。」

(平成4年 学校図書 小学校5年上)』

『国会は衆議院と参議院の2つに分かれています。法律は、両院で可決されたとき成立します。同じことを両院で2度もしんぎするのは、重要な政治の決定をしんちょうにおこなうためで、このようなしくみを二院制といいます。国会議員の全員で行う会議を本会議といいます。本会議の前には、法律案などを専門に調べる委員会が開かれます。(平成3年 学校図書 小学校6年下)』

 さて、先の伏せ字の文章を読んでいる子どもにとって、「ひねり」をいれた指導が必要でしょうか?あははははは

 そんなこと必要ありません。必要なのは、「教科書○ページ~○ページの書いてあることをクラス全員で分かるようになる。」だけでいいのです。「ひねり」を入れた指導も、すべて上記の意味に子どもたちは捉えているから意味があるのです。「ひねり」の効果は主たるものではありません。

 結局、教材、指導法にひねりを入れることが大事なのではなく、最大・最高の教材である「みんな」が徹底されているか、否かなんです。効果はあるのは、そこが成立されているかで、それが成立されていなければ全ては意味を失います。  

08/06/10(火)

[]夏期休業期間 22:49 夏期休業期間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 夏期休業期間 - 西川純のメモ 夏期休業期間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、8月4日に依頼がありました。何をさておいても受けたい相手方です。でも、お断りしました。理由は、そんなことしたら死にそうだからです。

 夏期休業中の予定は以下の通りです。「○」の日の夜は各地の同志と合う予定です。ご希望があればご連絡ください。飲みながら議論しましょう。

7月 27日 仙台に移動

28日 山形県寒河江で講演会、終了後、飛行機で大阪に移動。

29日 ○大阪で博士課程の会議、終了後、鳥取に移動

30日 ○鳥取県教育センターで講演

31日 同上、終了後、島根の益田に移動

8月1日 ○『学び合い』の島根の会

2日 ○仙台に移動、学校教育学会

3日 学校教育学会

5日 ○長野塩尻に移動

6日 ○長野県総合教育研究センター、高岡に移動

7日 ○富山県入善町で講演、終了後、新潟に移動

8日 ○学び合いフォーラム

9日 学び合いフォーラム

17日 ○佐賀に移動

18日 ○佐賀で講演

19日 佐賀で講演、終了後、上越に移動

20日 洗脳旅行受け入れ

21日 洗脳旅行受け入れ

22日 洗脳旅行受け入れ

23日 大学院入試

25日 富山県砺波で講演

26日 洗脳旅行受け入れ

27日 新潟県田上中学校講演、洗脳旅行受け入れ

28日 洗脳旅行受け入れ

29日 ○大阪に移動

30日 神戸で博士課程講義

31日 神戸で博士課程講義

[]折り合いを付けて(その2) 12:27 折り合いを付けて(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 折り合いを付けて(その2) - 西川純のメモ 折り合いを付けて(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の「折り合いを付けて」に補足します。

 もし、子どもたちに「みんな」を求めて、それで駄目だったらどうしたらいいでしょうか?つまり、どうやっても、ある問題が解けなかったら、あることが出来なかったら?

 これに関しては、「そんなこと、どうでも良いじゃないですか?」と応えます。だって、学校教育のどんなものだっていいです。それが分からない、出来ないと、人生が大変だってことあるでしょうか?ありゃしません。私は「クラス全員80点以上」という課題を例示します。しかし、私はテストの点数なんて、どうだって良いと思っています。重要なのは、全員が一つの課題に向かってクリアーすることだと思っています。だから、規定の時間を費やして出来なかったら、次に進みます。だって、これは一斉指導だって同じでしょ?1年365日、1日は24時間は『学び合い』だって、一斉指導だって同じです。まあ、一斉指導の場合は、人から文句を言われないように、まとめをやるだけですから。それに、その後のクラス作りの成長によって、出来るようになる場合もあります。そして、その後は急激に回復します。そんなにカリカリする必要はありません。むしろ、カリカリすると、教師の心に余裕が無くなります。そして、それは子どもに伝染します。最悪、その子どもを責めることを教師や子どもがし始めます。そんなことだったら、カリカリしないことです。

 それより遙かに問題なのは、ある子どもを集団の中に取り込めないという現象です。さっきとは違って「どうでもいいこと」ではありません。その子にとっても、その子を取り込めないクラスにとっても重大です。だって、そのために学校教育があるのですから。特に、アスペルガーの一部の子どもの場合、関われば、関わるほど、人を不快にさせます。そのため、「みんな」を求め続ければ、クラスのメンバーがヘトヘトになります。その場合は、「仲良く」を求めていけなことを心に留めて下さい。そして、その子と距離を持つ権利を子どもに与えて下さい。ただし、人権侵害あたるような言動、無視は許しません。そうすれば、その子にあった間合いを取ります。まあ、みなさんの職場にいるコマッタチャンとの大人のつきあいをイメージすれば良いと思います。その中で、周りの子どもが、その子の扱い方を学び、その子が「これをやると、何故だか分からないが怒り出す」というNG集を形成します。そうすることによって、それなりの人間関係を結べる様になります。

 さて、それでも「でも、それでも駄目だったら?」と聞かれたらば・・・。残念ながら諦めざるを得ません。教師が責任を負っているのは、クラス集団が第一です。「その子」に拘り続ければ、他の子を捨てることになります。

 しかし、注意点があります。もし、安易にクラス集団がその子を「切れ」ば、その子を切ったとたんにクラスはバラバラになります。なぜなら、一人を切るクラスは、二人目を切り、三人目を切り、次は自分を切ることをクラスのみんなは知っているからです。一方、クラス集団が本当に色々なことをやって、へとへとになって、それでも駄目だったとしたら、その子を「切った」としてもクラスはバラバラにはなりません。何故なら、クラスが取り込もうとどれだけやったかが、自分は切られない保証となっています。このことを教師が心に留め、子どもたちに語って下さい。そうしたとき、神ならず自分が出来る最善が尽くせると思います。

 繰り返すならば、その子に拘り続けることは最善ではありません。歪みはもっと大きなところに出ます。「それでも」と言われるならば、「どうぞ、ご随意に」と言うでしょう。でも、そうしないでしょうね。だって、そういうことをやっても何も良くならないことは十分にお分かりですから。

 『学び合い』は完全無欠ではありません。しかし、ごく普通の教師の最善を尽くせるただ一つの道だと思います。だって、自分一人で背負うのではなく、みんなで背負ったほうがいいですから。そして、みんなも、自分と同じように、自分のことが一番大事ですから。続けられることしかやれません。

[]折り合いを付けて(その3) 12:27 折り合いを付けて(その3) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 折り合いを付けて(その3) - 西川純のメモ 折り合いを付けて(その3) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「その2」を書き終わって、思い出したことがありました。

 学生さんから、「何故、西川先生は日本の教育を変えようとしているのですか?」と聞かれました。私は「自分のために」と直ぐに応えました。それから以下を語りました。

詳しいことはHPの「西川研究室の目標」をご参照下さい。ここでは、簡単に説明します。人間の生き残る最大の戦略は他の人と繋がって協働することです。そして、どれだけ自分とは異質なメンバーと、どれだけ多くのメンバーと協働できるかが、生き残れるか否かのポイントです。短期的で直截な利害損得勘定では、そのような協働は成り立ちません。より抽象度が高く、より広い範囲の人に関係する目標を掲げることが必要です。

さて、私の場合は、「自分のため、家族のため」という狭い範囲の目標があり、「日本の教育のため」という目的があります。そして、それらを繋げる、「自分の関係する学生さん、院生さんのため」、「全国の同志のため」という目標があります。そして、それらは矛盾無く繋げられています。例えば、「全国の同志のため」ということと、「私の関係する院生さん、学生さんのため」は矛盾しません。相互が関わることによって、より高まりますから。また、「全国の同志のため」、「自分の関係する学生さんのため」ということによって、私は大学教師として誇りを持ち続けることが出来ますし、何よりも、多くの感激の涙を流せる。

しかし、それらが矛盾することがあります。その場合は、何を優先するか?私は、「自分のため、家族のため」を優先すべきだと思います。だって、そうでなければ健全に続くわけありません。世の中には、自らの時間全てを子どもたちに費やし、そのことで本を著した教師は少なからずいます。しかし、私はそのような教師を尊敬できませんし、好きにもなれません。何故なら、そんなことによって道を迷う教師は少なくないからです。全ての時間を子どもに費やした教師をよく調べれば、教師を続けられなかったのではないでしょうか?また、その人の家族のことはどうなのでしょうか?我々は普通の教師であるべきで、まず守るべきは自分の家族であって、他人の子どもではないはずです。だから、「自分のため、家族のため」を優先すべきです。

私は色々なところから講演を依頼されます。その場合は、「自分のため、家族のため」に矛盾がないように折り合いを付けようとしています。例えば、夜7時までに自宅に帰れれば家族と夕食が食べられます。夜8時までに自宅に帰れれば、息子と一緒に風呂に入り、添い寝が出来ます。それに出来るだけ合わせるように、依頼校にお願いします。依頼校でも出来るだけ、折り合いを付けてもらっています。互いに、短期の利害ではなく、長期の利害を考えて折り合いを付けて、落としどころを探しています。

それ故、私の場合は、十年つきあえないと思ったらば、手間のかかる関わり方をしないし、どうしても関わらざるを得ない場合は、短期で利害損得の帳尻を合わせるようにしています。

08/06/09(月)

[]折り合いを付けて 08:51 折り合いを付けて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 折り合いを付けて - 西川純のメモ 折り合いを付けて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 テレビなどの報道で、受けられるべき生活保護を受けられず餓死者が出た、というものがあります。大抵の場合は、行政の不備を指弾するコメントが付けられます。でも、そうでしょうか?考えて下さい。その人は何故、生活保護しか収入の術は無いのでしょうか?若いとき、壮年の時代、人並みの老後の備えをすれば、そんなことにはならなかったはずです。もちろん、生まれたときからの障害で苦労された方もおられるでしょう。でも、そうであるならば、そういう状況になる可能性は高いことは数十年前から明らかです。それなのに、生活保護等の情報は何故知らなかったのでしょうか?

 また、人並みに地域の人とのコミュニケーションがあれば、民生委員が気づく前に、地域の人が生活保護の情報を流していたはずです。何故、その人は、地域の人とコミュニケーションが取れなかったのでしょうか?何らかの原因があるはずです。それの責めを行政、民生委員、地域の人が受けるべきなのでしょうか?

 その人が人並みの老後の備えをせず、その時、その時でお金を使った不備を、社会全体で帳尻を合わせなければならないのでしょうか?地域の人とコミュニケーションを取れない人を全員抜けがないように、民生委員を確保するべきでしょうか?私は「否」だと思います。そんなことをしたら、資源は有限なのですから、本来配分されるべき人の配分が減ります。そんなことになったら、公的社会保障に対する信頼が揺らぎ、かえって多くの人が被害を受けます。

 しかし、「その人」だけに責めを負わせ、切り捨てるのは我々の考え方ではありません。では、どうするか?それは公的保証はギリギリの範囲で良いように思います。それは現在よりもレベルを下げて良いぐらいだと思います。しかし、一方、地域コミュニティーを育てることに資源配分をしたほうがいい。米・塩の貸し借り、多めに作った総菜を隣にお裾分け・・・、そんなことがベースです。また、簡単な手間仕事を紹介する、そして、本当にどうしょもなくなったら、公的機関に一緒に陳情するということもあるでしょう。しかし、その互助の程度は、公的社会保障のような一律ではありません。その人が若いとき、壮年だったときの姿に影響されるでしょう。また、その人が、その地域での活動に、どのように関わり合っているかによるでしょう。その人、その地域が折り合いをつけた互助をやります。残念ながら、そのような場合においても餓死者は出るかもしれません。しかし、現在の資源であっても、その数を限りなく少なくすることができるはずです。

 さて、長い前置きでした。今回の埼玉の会で私が一番多くの受けた質問は「学び合っても最後まで残る子どもがいるため時間がかかってしょうがない。どうしたらいいでしょうか?」です。

 この場合では、教師が公的機関で、クラスが地域コミュニティーで、その子がその人です。与えた時間内でクラス全員が達成しなかったとき、クラス全員の問題だと評価し、規定通りに次に進むべきです。もし、「その子」のためだけに、貴重な時間を配分するならば、結局、その子以外に被害が行きます。そして、最悪は、「何であいつばかりのために」となってしまいます。それに、そんな風に教師が対応したら、「その子」の対応するのは教師の仕事だと子どもは思ってしまいます。それでは子どもたちは頭を使わない。戦略的に動かない。それ故、何が何でも指示した時間で切ります。しかし一方、一人の子を切り捨てるクラスは結局バラバラになることを述べ「みんな」を求め続けるのです。そうすることによって子どもたちは折り合いを付けます。

 『学び合い』では原理・原則を大事にします。しかし、現実の場は多様です。頭を使って、折り合いを付けてやらねばなりません。しかし、頭を使う、折り合いを付けるのは、教師ばかりではなく子どもたちもです。そして、「学び合っても最後まで残る子どもがいるため時間がかかってしょうがない。どうしたらいいでしょうか?」のレベルのことに関して頭を使い、折り合いを付けるのは子どもたちであって、教師ではありません。教師が頭を使って折り合いを付けるのは、学校、地域における政治のレベルです。

[]多くを得るために 08:51 多くを得るために - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 多くを得るために - 西川純のメモ 多くを得るために - 西川純のメモ のブックマークコメント

 仲良くなるにはどうしたらいいでしょうか?多くの教師が、そのためにピアサポートやアイスプレイクや・・・と様々なテクニックに走っています。しかし、そんなのはチンケだと思います。大事なのは、一緒の課題を達成することだと思います。思い出して下さい。学校異動で移ってきた人が、その学校になじむのはどういうことがきっかけでしょうか?コンパではないと思います。学年を組み、分掌を組み、そこでの課題を達成したときではないでしょうか?

 部活でもそうです。部の練習には殆ど参加しないが、コンパの時に参加する人っています。面白いキャラの人だと、それなりに重宝されます。しかし、それであっても芸人として思われているのであって、仲間とは思われていません。そして、部活のコンパの話題は部活が主なので、それを一緒にやっていない人にとっては楽しめる話題とはなりません。

 今回の埼玉の会で、一番楽しめた人、一番多くを得た人は誰か?そりゃ、会を企画運営した人、そして発表した人です。それに準じて楽しめた人、多くを得た人は誰か?そりゃ、普段から『学び合い』の情報発信をしている人です。そういう人であれば、「中学生」であっても(失礼)、楽しめる、多くを得ることは同志の方であればご存じなはずです。実は、「中学生」、「保護者」、「非教育関係者」、そして「教師」の分類はあまり意味はありません。いっしょにやっているか、やっていないか、が大事なんです。

 普通の教師は、「学び手が多くを得て、教え手に悪いな~・・」と思っています。その免罪符として、「教えることによって学びは深まる」と子どもや保護者に説明していますが、教え手の方は相対的には得るもの少ないと思っているので、教え手に対して「悪いな~」と思っています。しかし、本当は教え手は多くを得ています。だから、続くのです。滅私奉公で学び合いを強いたら、1年間、続くわけありません。まあ、最大、2ヶ月で限界が来ます(学術データもあります)。これは教師も同じです。多くの教師は授業を見られることを嫌がります。しかし、ライブを公開した同志ならばお分かりのはずです。ライブを公開した側の方が多くを得ます。私も、多くの方から質問メールを頂きます。毎日、その処理に2時間~5時間ぐらいかかります。正直大変です。でも、やります。何故かと言えば、それによって得ることが多いからです。

 さて、もっと、もっとを得ようとしたら、もっと、もっと高い志を持つことです。そして、そのために仲間を増やし、実現することです。そうすれば、自分のクラスの向上を願うレベルより、遙かに高いものを得ます。いや、自分のクラスで悩み多い方であっても、それより高いレベルに参画することによって、自分のクラスの悩みが解消されるのだと思います。そして、そのためには、先ほどの例でいえば「コンパの時しか参加しない幽霊部員」を巻き込むことが必要です。それが、実は自分のためになります。

 『学び合い』は単なる指導法ではありません。ホモサピエンスの生存のための戦略です。

追伸 ちなみに、我が研究室の目標は「自分の心に響き、多くの人の心に響く教育研究を通して、自らを高め、教育を改善しよう」としています。その説明はHPに書いてあります。

08/06/08(日)

[]昨日話したこと 22:33 昨日話したこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日話したこと - 西川純のメモ 昨日話したこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は『学び合い』の社会の話をしました。参加されていない方々から、その内容に関する問い合わせが何通も来ています。そこで、以下に概略をアップいたします。当日は、事例を挙げながら、詳しく説明いたしました。

『「『学び合い』は単元や教科や学年や学校段階に依存するか?」いう疑問をよく受けます。私は0.2秒もかからず「そんなことはありません」と応えます。しかし、初めてその教科をやる方にとってやりやすい教科と、やりにくい教科があることは確かです。やりやすい教科は、算数・数学、体育、音楽、美術、家庭科などが代表格です。何故やりやすいかといえば、課題の設定が簡単だからです。

学び合い』の課題は、短くて、そして子どもが分かる課題を与えます。例えば、算数・数学の場合は「教科書○ページの問題をクラス全員で解けるようになる」と求めます。体育であれば、「クラス全員が逆上がりを出来るようになる」、「クラス全員が15mを息継ぎをしながら泳げるようになる」と求めます。音楽だったら「クラス全員が○○をリコーダーで吹けるようになる」、「クラス全員が大きな声で○○を歌えるようにある」と求めます。家庭科だったら、「○○円で3品以上のおいしい食事をクラス全員が作る」、「今年一年間使える雑巾を作る」と求めます。そして、いずれにおいても「○月○日にテストをやるので、クラス全員が○○を達成する」と求めれば、いい加減なことは出来ません。いずれもシンプルで分かりやすい。一方、取り組みにくい教科としては国語と社会があります。しかし、実は社会科は非常に簡単なんです。一度分かってしまえば、算数・数学以上に簡単な教科です。事実、社会科において成果を上げている同志は少なくありません。

まず、何故、社会科が嫌いで、社会科が分からないか、それを多くの教師、特に社会が得意な先生が理解していません。我々は、社会科の『学び合い』における子どもたちの呟きを拾いました。『学び合い』においては、自分が分からないことを素直に言葉にします。自分がつまらないところを素直に言葉にします。それ故、本当に子どもが何が分からないのか、何故、嫌いなのかが分かります。その結果分かったのは、子どもは教科書に書いていること(従って、教師が言っていること、板書していること)が分からないのです。それも、教師にとってはとてつもなく簡単な言葉をです。

例えば「首都」という言葉を子どもに分かる言葉で説明してください。おそらく、「政治」、「経済」といような、子どもに説明しなければならない言葉を使って説明しようとします。それでは分かりません。また、「政治の中心」といった場合の、中心とは何を指すのでしょうか?とたんに、どう説明したらいいか分からないのではないでしょうか?そういう視点で改めて教科書を読んで下さい。教科書に書かれている名詞の殆どは、それにあたるはずです。それらはテレビでは説明不要な言葉として使われています。特にニュースではそうでしょう。しかし、それらは社会科の得意な人にとっては分かる言葉ですが、日本中の子どもが分かる言葉でしょうか?いや、日本中の大人が分かる言葉でしょうか?違います。

社会科が嫌われ、分からないといわれる原因は、「何を言っているか、何を書いてあるかチンプンカンプンである」というとてつもなく簡単な理由なんです。従って、社会科が分かるようになり、社会科が好かれるようになるために必要な手だては、「何を言っているか、何を書いているか分かる」ことなのです。従って、社会科における毎日の課題は非常に簡単です。算数・数学では、「教科書○ページの問題をクラス全員で解けるようになる」という課題が普遍的に使えるのと同じように、社会科では、「教科書○ページ~○ページの書いてあることをクラス全員で分かるようになる」が普遍的な課題になります。もちろん同志は「信長、秀吉、家康の違いをクラス全員で分かるようになる」とか、「日本の政治を支える基本的組織をクラス全員で分かるようになる」というような表現を使います。しかし、それを達成するためには「教科書○ページ~○ページの書いてあることをクラス全員で分かるようになる」と全く同じなのです。そして、「○月○日にテストをやるので、クラス全員が○○を達成する」と求めれば、いい加減なことは出来ません。冷静に考えて下さい。もし、教科書に書かれていることを理解できたならば、義務教育段階のテストであれば、業者テストの期待得点を取ることは当たり前ではないでしょうか?

「信長、秀吉、家康の違いをクラス全員で分かるようになる」とか、「日本の政治を支える基本的組織をクラス全員で分かるようになる」は、極論すれば教師の趣味の問題であって、どうでもいいのです。一番大事なのは、「教科書○ページ~○ページの書いてあることをクラス全員で分かるようになる」なのです。「信長、秀吉、家康の違いをクラス全員で分かるようになる」とか、「日本の政治を支える基本的組織をクラス全員で分かるようになる」を達成するためには、「教科書○ページ~○ページの書いてあることをクラス全員で分かるようになる」に繋がるから意味を持ちます。もし繋がらなければ意味を持ちません。例えば、信長、秀吉、家康のデータが箇条書きに誰かがまとめたものを、出来ない子が暗記し始めたら全く意味を持ちません。

今までの教材研究は、教師が万巻の書を読み、研修を深めて、指導要領に書かれたこと、教科書に書かれたことに何かを加えることだと考えていると思います。加えるものは、発問の仕方、説明の仕方、ゲーム性の高い課題などです。しかし、『学び合い』における教材研究は指導要領、教科書を読み、そこで求められているものを限界まで削ることなのです。ある同志は、それを極限まで削り、指導要領自体を子どもに公開し、それで「さあどうぞ」で数ヶ月間任せるという、離れ業をやっています。

では、教材研究をそれほどまでに削ったとき、教師に残されている教材研究とは何でしょうか?それは、以上のように削りきった課題を与えても、クラス全員が達成できるようなクラス作りに意を尽くすのです。さらに、子どもたちが、もっと広い範囲で「みんな」を意識できるよう、校内・校外で政治をすることです。』

[]自転車 18:35 自転車 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自転車 - 西川純のメモ 自転車 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は家族で買い物です。大きくなった息子に合わせた自転車を買いました。今までに比べて格段に大きい自転車ですが、すいすいと乗りこなしていました。

iku-nakaiku-naka2008/06/08 22:39今日のブログを読んで思った事があります。
自分の持っている教科(中学校の場合)が「分からない」と思っている生徒達に「どうして分からないの?」と聞いている教師がどくのらいいるのでしょうか?。授業を受ける側の気持ちを理解しないでおいて、教師側の都合で「手だて」をこねくり回されたら、生徒達はたまったもんじゃありませんよね~。
考えたらごくごく当たり前のことなんだけど、やっていない教師の方が多そうですね~。変なの(笑)。

jun24kawajun24kawa2008/06/08 22:42そうですよね。分かってみれば、とてつもなく、当たり前のことをしているだけのことです。私が今、疑問なのは、それがなかなか分かってもらえないと言うことです。でも、これは「何故、理科は難しいと言われるか」という本に書いたとおり、人間の理解の本性なのですから、しょうがない。

isinomakiisinomaki2008/06/08 23:13「一番大事なのは、「教科書○ページ~○ページの書いてあることをクラス全員で分かるようになる」なのです。」
やはりここですね。クラス全員で(「みんな」)分かるために子どもたちがどう本気になるか,と言うことだと思いますが,ここをクリアするのに四苦八苦してしまいます。なんか,何人かをこぼしてしまっているような気がしてつらくなるときがあります。教師主導でやると,そのつらさは「自分は教えた」という自己満足があるので感じずに済むのでしょうけど…。
「数ヶ月任せる」で個々の子どもに大きく差は出ないのでしょうか。数時間任せたら個々の開きが出てしまった私から見ると想像しにくいのです。もっとも,「みんな」の達成度が違うからだと思いますが,その段階にまで進む道が手探り状態です。子どもたちが「みんな」を達成することを本気で追究する意味を理解すること,最後はいつもそこに行き着きます。

なっつなっつ2008/06/08 23:20すごーーーーく納得できる話でした。他の方のブログなども読んで、やっぱり無理してでも参加するべきだったと後悔しています。
数学の問題でも、例題としてあげられている文章を読み解くことができなくて困る生徒がいっぱいいます。全ては、言葉の問題にたどり着くんだなぁ…と感じました。

ybhdv7ybhdv72008/06/09 01:53今回の会は僕のために開催されていました(笑)
ありがとうございます!!

今後は「子どもは有能である」ということを常に意識して、素の自分で生徒と接していきたいと思います。
様々な先生方の熱意に刺激をうけました!!
楽しみにしておいてください。

OB1989OB19892008/06/09 06:43埼玉ではありがとうございました。往路の車中で新刊を拝読しましたが感動しました。ところで,次回の長野では,iku-nakaさんの社会科の『学び合い』の報告がありますので必見です。長野でお待ちしています。

jun24kawajun24kawa2008/06/09 08:56isinomakiさんへ
結局、言葉に書けば簡単なことを、どれだけの深みと広がりで理解できるかの差だと思います。
なっつさんへ
あははは。そりゃ来ればよかった。でも、もっと良いのは北海道で会を開けばいいんですよ。
コニーへ
君のその反応は予想の範囲内だよ、ふぉふぉふぉ。あとは結果だ、期待しているよ。だって、君のために山形から佐賀までの90人が集まってくれたんだから。責任重要だよ。あはははは
OB1989さんへ
長野の会、期待しています。特に、お膝元のN市の地固め、あなたならはできます!

08/06/07(土)

[]埼玉の会 23:17 埼玉の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 埼玉の会 - 西川純のメモ 埼玉の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 あ~楽しかった!あ~楽しかった!

 色々な人と会えた、色々な人と語り合えた、色々な人の夢をいただけた、色々な人に夢を語った。

 発表者の話はよかった。私みたいに不遜で、偉そうな語り口はなく、控えめでしっとりとした語りでした。悩みつつ、それでもトライしつつける姿は、私の百万倍も意味あるものだと感じました。いいな~

 茨城から来られた保護者の方と合ったとき、「私は場違いですから」と遠慮されました。わははははは!と笑って、「ここには保護者の方もおられますよ、会社の方も、塾の方も、学生さんも・・・・・、さらに中学生も、その母親の方も・・・」と申しました。驚かれていました。

 教員の方も、小学校、中学校、高校、そして、校長先生も、行政の方もいらっしゃいます。参加者も、私の認識しているだけでも、関東以外に、山形、新潟、長野、京都、大阪、和歌山、佐賀・・・。その多様な集団が、ゴチャゴチャしている。ふるえるほど、いいな~っと思います。こんな会に参加できる、とても、とても誇りに思います。

 参加していただけた方、準備をしていただけた方、そして、参加しようと思っていた方、みんな、ありがとうございました!

 あ~楽しかった!あ~楽しかった!

sumi-chansumi-chan2008/06/07 23:27今日はありがとうございました。
講演で西川先生のお話しを聞くことができて、ぶれずにいて語って下さることが本当にありがたく思いました。シンプルに考えてやっていこうと、気持ちを新たにしました。

蛇足ですが、懇親会の最後の言葉は「日本を変えて下さい!」かと思いましたが、外れました(笑)。来年ももちろん参加します。

hayato-rikahayato-rika2008/06/07 23:34今日はありがとうございました。今日、学んだことを活かして段々に私の学校の『学び合い』を変えていければいいな、と思っています。楽しいひと時をありがとうございました!

D902iD902i2008/06/08 00:34ありがとうございました。道中では,西川先生の「理科の先生」としての姿を見ることができました(笑)
また,次の質問を考えてきますね!

J.SASEJ.SASE2008/06/08 06:52楽しかったです。
研究生Iさんも西川先生から説明を聞いて理解が深まったようです。
新潟で再会できることを楽しみにしています。
16日群馬のF先生の学校でライブをみてきます(^_^)v

歌2008/06/08 07:32社会科のお話、眼から鱗が落ちました。教え手(教師)の姿や教え方ではなく、子供たちの姿を見て、子供たちの会話に耳を傾けるからこそあのようなお考えになるのですね。
お話の内容はもちろん、その他にもたくさんのことを学ぶことができました。ありがとうございました。

jun24kawajun24kawa2008/06/08 07:32sumi-chanさんへ
あ、そうだ!そうですよね~・・・。あんまり楽しい会だったんで、また合いましょう、で頭がいっぱいになってしまいました。あはははは。
hayato-rikaさんへ
あたなたは本当に良い親御さんに恵まれている!と思います。感謝しつつ、大きく伸びて下さい。
D9021さんへ
実は、そうだ俺は理科の先生だったんだ~っと、久しぶりに思い出しました。
J.SASEさんへ
ライブへは複数で行った方が良いですよ。おそらく帰りの道筋で語り合うことが得るものも多い。教師も『学び合い』ですから。

katunori-skatunori-s2008/06/08 08:26今日は、社会科のお話。じゃあ、国語は?
「先生のことだから『国語も算数と同じです』とおっしゃるんでしょ」と質問しましたら、「そう!」ということで、頭の中がとてもシンプルになりました。
わたしのブログへのコメントもありがとうございます。
「今日の話、期待していますよ。うふふ」
「…。今日の話…。それはどれ?」と思うくらい、大ぶろしきをたくさん広げてしまいましたが、楽しいのでいいです。

iku-nakaiku-naka2008/06/08 15:36昨日はありがとうございました。
来月の発表「ネタ」も頂けて非常に参考になりました。「社会科が嫌いになる理由」について、とてもすっきりとしました。あとはどんどん広げようと思います・・・いや、広げます!!。

jun24kawajun24kawa2008/06/08 16:26katunoriさんへ
それはどれ?のお応えは、「そりゃ、その全部。そして、その全部にハイクロリティを期待しています。」です、ドワハハハ
iku-nakaさんへ
おわかりでしょうが、私はせっかちですので。期待しています!

kaz-horiekaz-horie2008/06/10 00:07先日はありがとうございました。
つながりって本当に心強いです。
谷でもしぶとくやっていきます。

jun24kawajun24kawa2008/06/10 06:19そうですよ、繋がってホモサピエンスは強くなれますよね。

08/06/06(金)

[]ネタばらし 22:33 ネタばらし - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ネタばらし - 西川純のメモ ネタばらし - 西川純のメモ のブックマークコメント

 投資に関する本で、「こうやって、○億円を稼ぎました」というデートレイダーの本があります。そこには色々なチャートの読み方など、多くのテクニックが満載です。しかし、投資家として最も成功した人によれば、投資で成功するポイントは、長期的には上がる株を長期的に投資し続けることだそうです。

十年、二十年のレベルの中で周期的にくる、大暴落・大高騰の大きな波を捉え、大底ねらいや天井ねらいをせずに買って、売ればぜったいに儲かります。しかし、そのような人は多くはありません。その原因は、判断する情報だと思います。世の中の経済ニュースの殆どは、この数日、この数ヶ月に株価が上がった、下がったという情報に満ちています。ところが5年、十年のレベルのニュースはほとんど無いはずです。一度、意識して聞くと、そうであることが分かります。その情報を知って、それを無視するのは、よほどの覚悟が必要です。一方、そのような情報を遮断すれば迷うことはありませんが、今度は、十年、二十年のレベルの中で周期的にくる、大暴落・大高騰の大きな波を捉えることが出来ません。

 デートレイダーとして成功した人の場合は、長期投資をデートレイダーとしての知識・技能の一つとして捉えます。結果として、それまでのデートレイダーとしての知識・技能によって長期投資の原則が崩れます。そのため、もう少し長く持っていればあがるのにも関わらず、直ぐ手放してしまいます。

 デートレイダーとしての経験がない人の場合は、「長期的には上がる株を投資し続ける」と言われると、一度、株を買うとじっと持ち続けてしまいます。そして、何も手だてをとらずに持ち続け、最悪の時にたまらなくなって売ってしまい大損をします。

学び合い』の学校観、子ども観、そしてその結果としての授業観は、長期投資にかなう株だと思います。しかし、経験豊富な先生の場合、それが短期的な情報に基づき原則が崩れます。元々力があるので、かなりのところまでいけます。でも、その先生の本当の力量を持ってすれば達せられる、ものすごいところまではなかなかいけません。逆に、若い先生の場合は、「言葉」の一部を本当に信じ切ります。例えば、「ゴチャゴチャ教えるな」と書いてあると、悪いことをしても叱ってはいけない、とまで思ってしまします。「可視化が大事」と書くと、いつまでも可視化をし続けることになります。

経験豊富な先生が、長期的な見方を持ったとき、一番凄いことが出来ます。その先生方に守られながら、長期的な見方を持った若い先生が、中期的な対応を学んでいけばいいな~っと思っています。

明日は、比較的書くことの少なかった、短期と中期の関係を語ろうと思っています。ま、こう書いても、判じ物に過ぎないですね。当日は、それなりに面白く語って、さらりと流すつもりですが、意図は上記のようなものです。

makine45makine452008/06/06 23:52よろしくお願いします。

ikutosuikutosu2008/06/07 00:40明日は授業があり、伺えませんが、肝に銘じたいと思います。

あべたかあべたか2008/06/07 04:00確かに……。
自分のレベルで、自分なりにわかる範囲で、行っていくしかありませんね。
本当に行けないのが残念です。

jun24kawajun24kawa2008/06/07 06:22kineさんへ へい、わかりやした!
ikutosuさんへ、あべたかさんへ
 コメントありがとうございます。私の元々の専門は理科ですので、国語や社会があまり分かりません。お二方のブログを読んでいると、「すっと」分かる日と、「難しく」感じる日があります。前者は子どもの動きを書いているとき、後者は教材を詳しく書いているときが多いように思います。子どもも同じだと感じるのです。子どもの動きに着目すると、実は日々の課題はバカバカしく簡単になります。結局、「教科書に書いていることを、みんな読めるようにしなさい」ということです。うまくいっているクラスは、教師がどんな課題を与えても、その意味にとらえます。ところが、うまくいかないクラスは、その意味にとらえられません。そして、同じ課題なのに、なんで、うまくいくクラスと層でないクラスが生まれるか、頭をひねることになります。結局、与える課題ではなく、クラスの中にある文化の問題になります。もちろん、教師の与える課題によって「みんなが読めるように」という本当の課題につなげやすいか、つなげにくいかが影響する場合も少なくありません。でも、「結局、みんなが読めるようにする」ということが大事なのだと分かってしまえば、日々の課題に拘らなくなります。いや、日々に課題を与えることのデメリットを感じ始めます。そして、「みんなが読めるように」という課題を直截に語り、それのレベルでじっと子どもを見守るようになるわけです。そんな話を我々の学術データと絡めて話すつもりです。

あべたかあべたか2008/06/08 05:07>実は日々の課題はバカバカしく簡単になります。結局、「教科書に書いていることを、みんな読めるようにしなさい」ということです。

なるほど。
肩の荷が下りました。
(仙台のホテルより)

jun24kawajun24kawa2008/06/08 07:35あべたかさんへ
よかった、よかった。そこで肩の荷を下ろし、エネルギー配分を「日々の教材内容をいじくる」から、「クラス作り→学校作り→東北作り」に振り向けて下さい。

chunsuzumechunsuzume2008/06/08 08:30西川先生へ
>結局、与える課題ではなく、クラスの中にある文化の問題になります。

私には、ちょっと難しく感じる表現です。もう少し詳しく教えていただければと思うのですが・・よろしくお願いします_(_^_)_

jun24kawajun24kawa2008/06/08 16:33この説明自身も難しいかもしれませんが・・・
校長の例で言います。
超凄い校長なれば、「良い学校を作ろう」で1年間、ニコニコしていい。
凄い校長なれば、月に1種類ぐらいの課題を与えるでしょう。例えば、3月ごろだったら「すばらしい卒業式をやろう」でもいいでしょう。
でも、普通だったら、週に1度ぐらい課題を与えるでしょう。
そして、無能だったら、毎日、校長室に呼びつけて、チェックと指示をするでしょう。
それと同じです。
クラス作りができあがれば、日々の課題、いや、単元ごと、学期ごとの課題もあまり意味が無くなります。そうなれば、どんな課題も、こどもたちは「みんなで高まる」という意味に翻訳しますから。良き職員集団が形成されれば、いかなる課題も、「良き学校を作ろう」に翻訳されるのと同じです。
そんなことを語ったのです。

chunsuzumechunsuzume2008/06/08 21:09西川先生

さっそくのお返事ありがとうございます。

>良き職員集団が形成されれば、いかなる課題も、「良き学校を作ろう」に翻訳されるのと同じです。

「『良き学校』というのがどのようなものか」という「職員集団の共通理解」があればこそ、ですね。

つづきは私のブログに書きます。

jun24kawajun24kawa2008/06/08 22:20たとえば、以下をご参照下さい。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080427
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080310
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080227
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080202
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20080130
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071128
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071109
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20071020
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070725
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070719
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20070712
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20030612

08/06/05(木)

[]コンパ 21:46 コンパ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - コンパ - 西川純のメモ コンパ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は新入ゼミ生の歓迎コンパです。この人たちと楽しい1年を過ごせそうだと感じます。いつものように8時頃に、すっと居なくなり、家に帰りました。息子と風呂に入り、添い寝をしました。

D902iD902i2008/06/06 00:52ありがとうございました!また近々,コンパを開きたいと思います。

jun24kawajun24kawa2008/06/06 05:14楽しい会を一杯開こうね。

08/06/04(水)

[]成長 22:10 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子を見ていると、本当に我が息子です。とにかく本が大好きで、一日中、家に居たがります。他の子どもと関わるのもうまくありません。

 私の場合は、家の近くに同年代がおりませんでした。そして、両親とも放任状態だったので、私が人と関わることをやりはじめるのは小学校高学年で、友達といえる関係を結べたのは高校生ぐらいです。

 本日、家内から携帯にメールです。内容は、息子が友達から家に遊びに来るよう誘われたそうです。そのため、自転車でその子の家までいくそうです。どうしたらいいか?というメールです。ところが本日は会議が立て込んでいたため、返答が送れました。返答したときには、出発した後だそうです。迎えには家内が行くとのことです。しかし、次のメールでは自分で一人で帰ってきたとのことです。

 息子が一人で友達の家に行き、帰ってくる。この成長を感じ、喜びます。本日の夕食は、祝杯でした。

[]社会科の『学び合い22:10 社会科の『学び合い』 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 社会科の『学び合い』 - 西川純のメモ 社会科の『学び合い』 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週末の本庄で語る内容、右に、左に、悩みました。特別支援の話にしよう・・・。いや、異学年学習にしよう・・・・。でも、昨日、Y小学校の方々と話しているうちに、社会科の『学び合い』にしようと、と決定しました。

 社会科で『学び合い』をやるとなると、課題設定が難しい・・、と思われている人が多いように思います。でも、社会科はとてつもなく簡単に『学び合い』が出来、効果は絶大です。何故ならば、多くの先生方は、何故、社会科が嫌われ、分からないといわれるのかの本当の理由をご存じない。私は社会科の『学び合い』の話を通じて、『学び合い』における教師の教材研究の話をしようと思います。それは、「足す」教材研究ではなく、ぎりぎりまで「引く」教材研究の話です。

 乞う、ご期待。

追伸 1時間のプレゼンの用意を1時間で出来る自分を褒めてやりたい。ふぉふぉっふぉ

iku-nakaiku-naka2008/06/04 22:25「「足す」教材研究ではなく、ぎりぎりまで「引く」教材研究の話です。」のコメント。まさに「!」です。7日はメモ用紙を準備して参加します。当日の先生のお話、今から楽しみです~♪。

jun24kawajun24kawa2008/06/04 22:31このメモで分かるなら、聞く必要はないですね。まあ、三十年前は美青年だった私の横顔を見に来て下さい。ふぉふぉふぉ

歌2008/06/04 22:50私も社会科の『学び合い』が難しいと感じている一人です。本庄でのお話、とても楽しみです。

jun24kawajun24kawa2008/06/04 22:54乞う、ご期待!

kogapon7kogapon72008/06/04 22:57本庄に行きたいです!
でも遠いです!
西川先生にもお会いしたいし、同志の方々にもお会いしたいです。

jun24kawajun24kawa2008/06/04 23:04コニーに連絡したけど、8月末に大阪に行くよ!自慢話、期待しているよ。

ricky-hollyricky-holly2008/06/04 23:18本庄の会、参加させて頂くことになりました!
おすぎさんと、あともう一人の三人で参ります。
お話、楽しみにしています!

rion_fujirion_fuji2008/06/04 23:19 私も今社会科で学び合いをしていますが,引くの意味がよくわかる気がします。足すと子どもは学びあわなくなるんですよね。以前担任していたときは足しまくっていました。自己満足でした。

あべたかあべたか2008/06/05 04:38う〜ん、くやしいなぁ……。
わたしが行けないときに「社会科の学び合い」をするなんて。
katunoriさんに、きちんと聞いてきてもらって後で教えてもらうことにします。

jun24kawajun24kawa2008/06/05 06:20リッキーへ お~来るか~。頭ナデナデしちゃうぞ~
rionさんへ 引いても成り立つクラス作り、それがポイントですよね。
あべたかさんへ
え~・・。あべたかさんがこないの~・・・。あべたかさんのブログ意識してプレゼン作ったんだよ~。残念。

katunori-skatunori-s2008/06/05 21:48ん?名前が出ていてびっくり。今回のエントリー&プレゼンは、あべたかさんを意識しているとすぐわかりました。ああ、行くことに決めてよかったなあ!心からそう思います。わくわくが増しました。

jun24kawajun24kawa2008/06/05 21:59よろしくお願いしますね。

hayato-rikahayato-rika2008/06/05 22:07私も、社会での『学び合い』は難しいと感じています。本庄の会はiku-nakaさんと同様、メモ用紙を持っていきたいと思います。よろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/06/05 22:15あはははは
了解!
ちなみに、私は授業の最初に「ノートはつけなくても良いですよ。その代わりに聞いて、考えて下さい。もし、なにを言ったか忘れたら、何度でも聞いて良いよ」と言います。お待ちしております。

katunori-skatunori-s2008/06/05 22:25「書いて話してまた書いて」が授業の定番の流れの、うちの地区。先生の授業の最初の言葉、びっくりされると思います。

jun24kawajun24kawa2008/06/05 22:43先の言葉の続きがあります。
「詳しいことは本にありますので、お求め下さい。」です。
まあ、笑いを取る意味もありますが、『学び合い』に通じるところがあります。つまり、教師がどうしても伝えたいことは、書いて渡しておくということです。本当に知りたい人は、知りたい時に、それを見るということです。
もちろん、1冊買っていただければ、我が家に100円が入り、息子のあめ玉になります。よろしくお願いいたします。あははは

あべたかあべたか2008/06/06 04:51うーん、本当に残念です。

7日は、息子の保育参観、教え子の結婚式、そして自分が代表を務める東北青年塾の第6回目の研修会と3つが重なり、3つとも参加する予定でいます。
本当に本当に残念!

katunoriさん、いろいろ情報を回してください。
よろしくお願いします。

jun24kawajun24kawa2008/06/06 05:16東北青年塾はプログで知っていましたが、3つですか・・・。それも3つとも参加するとは大変だ。でも、そうせざるをえない会ばかりですね。

08/06/03(火)

[]学び合う学校、発進(その2) 17:30 学び合う学校、発進(その2) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合う学校、発進(その2) - 西川純のメモ 学び合う学校、発進(その2) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校として最初に『学び合い』に取り組まれたのはG県のY小学校です。その学校のO校長先生が昨年度末にご退職になられました。本日は、新校長先生と研修主任の先生がわざわざ上越においで頂きました。今年から准教授になったMさんとお迎えしました。2時間半、熱く、熱~く、語りました。私たちの思いは伝わったと思います。また、お二人の願いを受け止められたと思っています。これからが楽しみです。

[]囚われ 06:50 囚われ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 囚われ - 西川純のメモ 囚われ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/janglejap/20080531/1212190263を読んで、ふと思い出したことがあります。

 昨日、学卒院生さんが相談に来ました。話題は、運動会のかけっこで順位をつけるのは是か非か、という内容です。現職院生さんと話し合っても結論は出なかったとのことです。よくありますよね、手を繋いでゴールする、ってやつ。

私:何で、かけっこで順位をつけると問題?

学生さん:いつも遅い子が可愛そう

私:何で、可愛そう?だってかけっこが遅いと、その子の人生になんか問題がある?

学生さん:(首を振る)

私:じゃあ、何で可哀想だと思うの?

学生さん:無言

私:じゃあ、誰が可哀想だと思わせてるの?

学生さん:教師

私:教師が手を繋いでゴールするということをさせるのは何故?

学生さん:かけっこで遅い子が可愛そうだと思うから。

私:そうだよね。それじゃあ、問題の解決にならないよね。

私:じゃあ、教師がどうしたら、そんなこと無いよう出来る?

学生さん:無言

私:じゃあ、パン食い競争だったら、なんか、可哀想さが減るでしょ?何故だと思う?

学生さん:(不思議そうな顔になる)

私:そりゃ、かけっことパン食い競争を見る教師の見方の違いだよ。根本的な解決は、教師自身がかけっこにかりかりする必要性はないは無いよ。大事なのは、みんなで高まること、それに拘るべきだと思うよ。

 今の教師は、色々な囚われにからめとられています。でも、その多くは馬鹿馬鹿しいものです。根本を疑うと、解決策が見えるものです。

追伸:最後にドイチェの競争と協同の話をしました。そして、クラス全員が一定時間を切ることを目標にすることの可能性を語りました。

OB1989OB19892008/06/03 08:27http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20040708が参考になります。

jun24kawajun24kawa2008/06/03 10:30フォロー、感謝!

janglejapjanglejap2008/06/03 17:41トラックバック、ありがとうございます。
20040708も参考にさせていただきました!

jun24kawajun24kawa2008/06/03 19:27こちらこそ。

08/06/02(月)

[]佐賀の会 22:03 佐賀の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 佐賀の会 - 西川純のメモ 佐賀の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨年度の夏に佐賀県の佐城教育事務所(小城市、多久市、佐賀市)の所長さん、指導主事さんたちご一行が洗脳旅行にこられました。そして、秋には『学び合い』研究協議会(小学校教諭9名、中学校教諭9名、校長先生5名、各市指導主事3名、事務所3名)を立ち上げました。九州の同志の授業を参観するなどの研修を深められています。その関係で夏に佐賀の小城市で講演をします。九州での講演は17年の宮崎大学附属中学校での講演以来2年ぶりです。大まかな予定は以下の通りです。

8月17日(日)佐賀入り 懇親会

8月18日(月)『学び合い』実践者との意見交換会、東与賀小中での講演会・意見交換会、懇親会

8月19日(火)小城市講演会 佐賀発 

 ということで、九州の同志の方にお誘いです。担当の指導主事の方に、「懇親会とか意見交換会に九州の同志の方も参加してもOKですよね?」と伺ったところ、即、OKでした。メンバーが多様であればあるほど、人数が多ければ多いほど、高い成果を安定して得られるのが『学び合い』の考え方ですから。

 ということで、講演会はもちろんですが、懇親会や意見交換会の参加のご希望の方いらっしゃったら西川までどうぞ。佐賀以外の方でも、少なくとも、上越に行くよりは、ず~~っと近くに参ります。

[]学び合う学校、発進! 19:40 学び合う学校、発進! - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学び合う学校、発進! - 西川純のメモ 学び合う学校、発進! - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は上越のK小学校の研究推進会議にMさんと参加しました。とても、「いい感じ」です。何しろ、昨年からいらっしゃる先生方は、『学び合い』による子どもの変容、また、自分の変容を実感された方々です。また、校長先生はお茶目なフランクな先生で、かつ、はっきりと学校の方針として『学び合い』を示しています。これで学び合う学校にならないわけありません。

 私が考えているのは、学び合う学校になるかならないか、ではなく、どれほど「ド」凄いことをやらかすか、の一点です。楽しみです。

[]「みんな」が大切 19:40 「みんな」が大切 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 「みんな」が大切 - 西川純のメモ 「みんな」が大切 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学ぶべき課題があり、子どもたちを自由にすれば、『学び合い』の初期段階は直ぐに起こります。馬鹿馬鹿しいほど簡単に。だって、DNAにプログラムされているのですから。しかし、「みんな」が徹底されることはDNAの中にはありません。そして、その「みんな」が徹底されれば充実段階に進み、発展段階に進みます。初期段階より遙かに素晴らしいものが生み出されます。

 今月7日に埼玉の本庄で、今年度最初の『学び合い』の会が行われます。それに参加される方は、自分が子どもたちに求めていることを、自らに求めてください。自分の姿を自己モニターしてください。もし、自分が分からなかったら、分からない子どもに、どんな姿になって欲しいと願うかを思い浮かべてください。また、分かっている子どもに、どんな姿になって欲しいと願うかを思い浮かべてください。

 『学び合い』においては、固定的な教え手は無く、固定的な学び手もありません。入り乱れています。「私は参観者側だから」、「私は主催者側だから」という固定的な役割もないはずです。『学び合い』は指導法ではなく、人の生き方、そのものです。みんなで多くを学びましょう~!

katunori-skatunori-s2008/06/02 20:50「求めよされば与えられん」ですね。本庄の会、とても楽しみにしています。今日、新幹線のチケットをとりました。積極的に参加します。

jun24kawajun24kawa2008/06/02 22:03いっしょにやりましょうね。

makine45makine452008/06/02 23:09お待ちしております。
私たちもすごく楽しみにしております。

jun24kawajun24kawa2008/06/03 06:19面白い、人間関係の化学反応が見られそうですね。ワクワク