西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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08/03/02(日)

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 昨日のメモの続編です。私が『学び合い』を進める理由は、日本を変えることです(世界とはまだ言えない・・)。そして、私は小中高12年間の学習を6年間に圧縮し、中高ではレベルの高い大学教育を国民全員が学ぶことを考えています。この妄想が、私には妄想に思えない理由を書きます。まあ、多くの人にとっては読み終わっても妄想でしょうが。

 まず、前者です。『学び合い』を実践している方だったら実感していることでしょうが、『学び合い』をやれば従来の三分の二の時間で課題を達成できます。おそらく二分の一にまで短縮することは比較的難しくないと思います。今、その段階に至っていないとしたら、それは子どもの能力を見くびっているからです。そして、毎日ごとに課題を与えているからです。一ヶ月ぐらいをまとめて課題を与えてみれば上記は実感できるはずです。想像してください。校長から仕事を与えられて、毎日、校長室で報告を求められたらどうなります。おそらく、依存的になるだろうし、校長へのプレゼン作成にエネルギーを費やし、本来の課題解決へのエネルギーがそがれます。そんなことより、「君に任せた。期待しているよ」と任されたら、自分の考えをフル回転しますよね。もちろん、その時は、相談できる職員集団がいるはずです(『学び合い』が分かっている校長ならね)。

 また学習内容も削減します。現在の学校教育では、成人になってから使うこともないこと、そして成人になってから意味があると実証されたことのないこと、つまり学校教育でしか意味のないものが山ほどあります。それを組織的に調査して削減するのです。例えば、私は古典は現代語訳で学んだ方が良いと思います。(その代わり、古典をもっと読むべきだと思います。個人的には徒然草や方丈記は全編読んだ方がいいと思っています。ありおりはべり、を覚える時間に、人間は昔も今も同じことを悩み、それ故に古典は大事だということを学ぶべきだと思っています)また、仮定法過去完了を学ぶ必要性はないと思います。(私は大学、大学院時代、そして学者人生のおいて仮定法過去完了の文章に出くわしたことは一度もありません)。跳び箱より、歩くことを学んだ方が良いと思います。ただし、以上は直感に過ぎません。それを学術で精査するのです。

 以上のように内容の精選と『学び合い』を併用すれば12年間の学習内容を6年間に短縮することは不可能ではありません。

 次に、『学び合い』で理科をやった教師であれば、発想の豊かさ、自由さが半端ではないことはご存じですよね。小学校高学年であっても、大学の卒業研究レベルは出来るのではと感じている同志はいるのではないでしょうか?少なくとも、それが出来る子どもは少なくありません。その子どもと関わることによって、周りの子どもがそのレベルに達せいると思います。ましてや中学生が出来ないわけはない。それは他の教科でも同じだと思います。

さらに、高校では選択制を高めます。数学や理論物理の大発見は二十代で成されることが多く、三十代では難しく、四十代では殆ど不可能であることはよく知られています。数学のフィールズ賞は40歳以上は受賞できない規定があることが象徴的です。そうであるならば、15,6才でノーベル賞・フィールズ賞をねらっても罰は当たりません。そこまで行かなくても、現状の高校物理・数学は理系の人間にとっても馬鹿馬鹿しい。ありゃクイズに過ぎません。大学で解析学・線形代数学を学べば、高校数学の内容は馬鹿馬鹿しい。本当の数学の美しさを醜悪にしています。高校物理の大半を占める力学などは、解析的に扱えばシンプルで美しく、かつ、コンパクトに学べます。もちろん、あれが全ての人がフィットするとは思えません。しかし、フィットしている人間にも、現状の物理や数学を学ばせるのは罪だと思います。これは文学でも同じだと思います。

では、どうやって教育内容の精選、順序性をどうやって研究するでしょう。おそらく、多くの研究者は旧来のパラダイムで研究するでしょう。でも、少なくとも私はそうしません。『学び合い』研究と同じです。教師が出来るのは目標の設定と評価、そして環境の整備なのです。どうやるかは当事者しか分かりません。最初は高校3年でとてつもない課題を与えるのです(例えばノーベル賞をとれ、とか)。また、中学校3年生で大学の卒研レベルの課題を与えるのです。その中で、必要な学習内容は何かを子どもから学ぶのです。それは臨床的に分析します。今の私には想像できませんが、子どもたちが教えてくれるでしょう。私はそれを疑うことが出来ません。さらに言えば、高校入試、大学入試は、現状の大学院修士課程・博士課程レベルの問題を出すんです。あ、ごめんなさい、おそらく彼らにはそれは失礼ですね。もっと高いレベルを与えなければ。現状の「業者テスト的テスト」はせいぜい中学受験で終わりです。

さて、このような社会はどんな社会でしょうか?学校教育を通して、常に他者と関わりあい課題解決することによって、「みんなとは折り合いが出来る」、「みんなは自分と折り合ってくれる」ということを無条件に信じられる。人は多様であることを理解し、単純に序列化しない。それが日本人の殆どなんです。究極の民主主義が成立します。そして、日本の中にはノーベル賞・フィールズ賞・芥川賞・直木賞・・・・をねらっている人がゴロゴロしているんです。その他の人も、それぞれの職場で、家庭で、他の人と関わりながら創造的な活動している人ばかりなのです。どんなに豊かな社会が生まれるでしょうか?

マルクスが夢見た共産社会より、ずっと、ずっとユートピアです。まさに地上の楽園です。考えると、クラクラしてしまいます。私は、そのことがリアルに思い浮かべられるのです。それが、自分でも恐ろしい・・・

とんたんとんたん2008/03/02 16:10連投します。

学び合いの現場最前線から申しますと西川先生と同じような夢を抱きながら授業をしています。

実現に向けて、最も最初に手を加えなければならないのは「教科書」です。あまりに薄すぎます。3倍はあってもよいでしょう。それで値段が高くなるのなら、学校据え置きでもよいです。教科書会社はつぶれちゃうかもしれませんが。
小学校の理科などはニュートン以前の古典科学です。中学校でもせいぜい18世紀までくらいの科学でしょうか。
「アルミは電気が通る」でなくて「通しやすい」が正解です。でもそんなこと、どこにも書いてありませんよね。ガラスだって通ります。「極めて通しにくい」だけです。ネットで調べても言葉の壁がじゃまをします。教科書が駄目なら4年間使える300ページくらいの副読本があるとよいと思っています。それを1000円で売ってくれればかなり高度に学習が進むことでしょうね。

jun24kawajun24kawa2008/03/02 16:40アメリカの教科書は、基本的にとんたんさんのお考えの通りです。厚いですし、カラフルで、実に手の込んだものです。副読本や教材群も膨大です。PSSCやBSCSなどの名著があります。ただ、考え方が日本の教科書とは違います。すなわち、教科書で勉強するというのではなく、教科書を資料集的に使います。そして、基本的に教師の能力をあまり信じていません。だから、厚くなってしまいます。なお、当然、価格はかなり高価です。でも、アメリカの教科書は学校据え置きです。

rion_fujirion_fuji2008/03/02 22:14 よくわかります。今日は幼稚園児のすごさをみて,涙が止まりませんでした。(自分の子ではない子達をみて)小一・中一ギャップという言葉に自分たちが甘えているだけですね。子どもがこちらにあわせていただけですね。開放し,大きな目標を示せば,自然と子どもたちがあるべき姿をみせます。少なくとも理科では,中学の内容は小6でも学べます!しかも,中学生以上に活用可能な知識として身につけます。

jun24kawajun24kawa2008/03/02 22:31幼小連携をやっている地域で幼稚園の先生に、rionさんのコメントと同じようなことを言いました。大きくうなずかれていました。子どもの能力を過小評価しすぎていると思います。教師が用意しすぎると子どもは伸びないことを分かっていただけない、残念です。